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幕間 セドリックの恋愛指南

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     ◆幕間 セドリックの恋愛指南

 夕食後、王の居室で、まったりと本を読んでいたところ。セドリックが入室してきて。声をかけてきた。
「シヴァーディと警護を交代しました。今日の寝ず番は、俺がしますので」

 今日は、シヴァーディの勤務だったはずだが。
 ふたりしかいない、騎士なので。スケジュールなどは、ふたりに一任している。
 ゆるりとうなずいて。我は本を閉じた。

「了解したが…もう寝ずに番をしなくても、よいのではないか? クロウもアイリスも、大丈夫だろう?」
 彼らが城に来たとき。バミネに、あからさまに煽られていたから。警備はできるだけ厳重にしていた。
 しかし、ふたりとも害意がないことは、もうわかっているし。
 彼らが来る前の警備体制に、戻してもいいのではないかと思った。

「いいえ、バミネはもう、殺意を隠していない。いつ、なにを仕掛けてくるか、わかりませんので。シヴァーディとも話し合って、今の警備体制を維持することにしました」
 確かに。森でクロウと相対し、彼を守りたいと思ったとき。己の命の期限を、身に染みて感じてしまったのは事実だ。
 クロウが城にいなかった頃、我は、あきらめていた。
 いつか、バミネに殺される。それが運命だと。
 だが、死の恐怖に戦々恐々としていた時期が長かったから。その日が必ず来るのだと、もう逃れられないことなのだと、覚悟していたというか…。
 だが、目の前にクロウがやってきて。
 彼を守りたいと思って。守れない日が来るのを、悔しいと思って。

 生きたい、と思って。

 生きたいと願ったら、逆に死を意識してしまうなんて。困ったことだ。
 でも、一日でも長く、生き永らえたいのだから。ここで、警備をゆるめるのは、愚策なのだろう。

「そうか。任せる」
 うなずいたら、下がるのかと思っていたのだが。
 セドリックは、まだその場から動かない。

「陛下、ご報告したいことがあるのですが、少し…お話してもよろしいですか?」
 いつも、朗らかで、馬鹿みたいに笑っているセドリックが。いつになく真面目な顔つきをしているから。
 我は、深刻な話なのかと思って、椅子をすすめた。
 それは手で固辞されたが。立ったまま、セドリックは口火を切った。

「実は、俺とシヴァーディは、本土にいたときから、恋仲だったのです」
 ちょっと…驚いた。
 仲が良いとは思っていたが、友情とか騎士の信頼とか、そういうものかと思っていたので。
 それに、我は。このふたりが必要以上にくっついているところを、見たことがない。
 恋人なら、キス…は人前ではしないかもしれないが。肩を組んだり、腰を抱いたり、そういう親密さがあるかと思って。

「そうなのか? 全く気づかなかったな」
「はい。俺たちがこの城に来たのは、八年前。陛下が十歳のときでした。恋人の…同性の恋人の接触は、陛下の教育に良くないだろうと。シヴァーディが言いまして。気づかれないように振舞っていました。陛下が恋をするまでは、そういう接触はなし。恋人であることも内緒にしようと。そういう約束があったのですが。ようやくご報告でき。嬉しい次第です」

 先ほどまでは、深刻そうにしていたのに。
 今は、にっこにこである。
 よっぽど嬉しかったのだな。別にそんなこと、我に気をつかわなくても良いのに。っていうか…。

「我は、恋をしていないが? 良いのか?」
 いや、本当に、我は構わないのだが。
 我が恋をするまでって、言うから。どうなのかな、と思ったのだ。

 そうしたら、セドリックが、口を大きく開けて、目もかっぴらいて、我を見やった。
 おまえは、どこもかしこも大きいのだから、全開きにすると、怖いぞ。

「まさか、自覚していないのですか? 陛下。塔の上で、クロウとキスしたんでしょう?」
 思いも寄らないことを、断言口調で聞かれ。こちらこそ驚いてしまう。
「なぜ、クロウとキスをするのだ?」
「だって、クロウは恋人ですよね? キスしますよね? 誰も連れていかなかった塔の上に、クロウを連れていったし。ひとつのマントに入って、階段を降りてきたし。今日も森で、仲睦まじく抱き合っていましたし? 頬にチュウまでしていたではありませんか?」

 セドリックの言葉に、我は、雷に打たれたような衝撃を感じた。

 いや、セドリックに、頬チュウを見られていたことではない。
 彼は護衛なので、姿は見せなくても、そばにいることはわかっていた。そこではなくて。

 確かに、書物の中に登場する恋人同士よりも、甘いことを、我とクロウはしているかもしれない。

 恋人? 恋人?! 男同士で恋人になれるのか?
 と思ったけれど。目の前に、男同士で恋人のやつがいた。
 それで。狼狽する。え、アリなのか?
「頬にチュウは。挨拶とかでも、するだろう?」
「家族でも、よっぽどでなければしませんよ」
「は、ハグは。クロウに求められたのだ」
「平民が王にハグを求めたのなら、不敬罪ですけど? つか、王様は平民の求めに、いちいち従わなくてもよろしいのですけど?」

 マズい。クロウのせいにしたら、クロウが捕まってしまう。

「いや、勘違いしていた。ハグもチュウも、我が求めた」
「話の根幹は、そこではないのですよ、陛下。陛下がクロウに恋をしているのか? 好きなのか? 愛しているのか? ってことですっ」
「わ、わからぬ。恋など、考えたこともない」

 セドリックに追い詰められ。我は動揺しつつも、本心を告げる。
 本当に、わからない。

 書物には、男と女が出会って恋をする、そういう小説が多くある。
 でも、恋愛小説に出てくるのは、男と女。クロウではない。
 恋は、男と女がするものだと、思い込んでいた。

 しかし。セドリックはシヴァーディと恋仲である。

「…男と男でも恋愛は可能なのか?」
 戸惑いつつ、つぶやくと。セドリックは笑顔で言った。
「ええ、キスもセックスも過不足なくできます」
「セッ…そこまで聞いておらぬっ!」
 あからさまな単語に、我は、らしくなく、赤くなってしまった。
 頬が熱い。
 書物に、簡単な描写と。閨の教育も受けているから、どういうことをするのか、わかっている。

 それを、クロウと? 彼とベッドの中で抱き合うのか?

 想像して、いや、想像する前に。思考を閉ざした。
 駄目だ、マズい、思い描いてはならぬっ。
 脳内に、その言葉があふれかえる。

「そのように、恥ずかしがらなくても良いのでは? 閨の教育を受けているのでしょう? 実施は、まだでも。王族として、子孫を残すことは、大切なお役目ですし。情交は、相手と愛を確かめ合う、崇高な行為です。陛下はもう十八歳ですから、性的なことに興味を持つのは、当たり前なことですよ?」

 セドリックの言い分も、もっともで。
 昔は初夜のとき、王族の血脈が確かに引き継がれたと証明するため、衆人環視の中で情交しなければならない時代もあったらしい。
 そうなったら。恥ずかしいなんて感情を持っていたら、できないからな。
 今は、そういうしきたりはないのだが。
 それに、ミハエルも。数多あまたの女性と浮名を流していた。そういう描写があった。

 クロウ…女性と睦み合うあの描写を、見たのかな?

 でも、なんとなく。あの綺麗なクロウが、あられもない姿になるのを、想像するのは。気が咎める。後ろめたい。
 というか、なんでか、女性とクロウが…というのを想像できない。
 他の男に組み敷かれているのは、想像できるが。かなり腹立たしく。
 自分がクロウを…というのは。ごめんなさい、という気になる。

 王を謝らせるとは何事だっ!

「自慰は、していますよね?」
 恥ずかしがることが、恥ずかしいと思い。セドリックのあけすけな言葉に、あぁと返す。
「クロウだって、していますよ。もしかしたら、本土に相手がいるかもしれない」

 はぁっ? クロウはそんなこと、しないっ。
 清楚で可憐なあいつが、そんなことっ。
 頬チュで、顎が外れるほど驚愕していたあいつが、自慰なんて。しないっ。

 あと、本土に相手が? 他の男が? そんなことは許せんっ。
 と。自然に思った。
 その、我の顔をセドリックが見て。ニヤニヤしている。

 こいつ、本当に不敬だなっ。成敗してやろうかな?

 ま、我はセドリックには敵わないが。剣の師匠だからな。
「クロウに恋人がいるかもしれないと思って、怒るのは。恋をしている証拠では? クロウの顔を見て、動悸がするというのは、恋の初期症状だと思うのですがね?」
 そうなのか?
 それでこいつは、我がラヴェルに相談したとき、腹を抱えて笑ったのだな?
 本当にムカつく。なんで、もっと早く教えてくれないのだ? 変な病気かと思って、悩んでしまったではないか。

 しかし、ということは。ラヴェルにも、我がクロウに恋をしていると、バレてしまったということか?
 それで、あんな変な顔をしていたのか?
 もうっ、本当に。早く教えろっ。

 というか、これが、この気持ちが、恋なのか?
 恋。恋? 守りたいとか。温かいとか。顔が見たいとか。こんな簡単な気持ちが?

 でも、確かに。セドリックの顔を、二、三日見なくても。顔が見たいとソワソワすることはないかな?
 病気かな、と。心配はするかもしれないが。
 この王城にいる者たちのことを、家族も使用人も、大切に思っている。
 バミネに危害を加えられないよう、助けてやりたいと思っているし。守りたいとも思っているし。
 それはクロウに対する気持ちと、似ているように思うが。

 少し、違うのだな。我はクロウを…ギュッとしたい。

 その感覚は、他の者には持っていない。
 可愛い、愛らしい、妹でさえ。ギュッとしたいと思ったことはない。

 それが、恋なのだろうか?

 そうやって、思い悩んでいたら。セドリックが大人な顔をして。苦笑した。
「いっぱい、悩むといいですよ。陛下。恋愛って、相手がいるから。彼が、なにを考えているのかって、わからないことも、戸惑うことも、あるのですけど。悩んだり、思いやったり、寄り添ったり。そうして愛を育んでいくんですよ。きっと、クロウは。陛下が今まで感じたことのない気持ちを、いっぱい引き出してくれる。俺はそう期待しているんです」

 今まで感じたことのない気持ち…あぁ、クロウが来てから、それを感じてばかりだ。
 怒ったり、戸惑ったり、呆れたり、楽しかったり、こらえられないほど笑ったり。

「俺は陛下に、人を信じるなって、教えてきました。信頼してきた者たちに、俺が裏切られたからです。バミネの甘言のせいで。そんな、ちっぽけなことでね。でも、その教えのせいで、陛下は誰も寄せつけなくなってしまって。心の扉を閉めっきりにしています。だけど、クロウが。その扉を開けてくれた。だから、そこに便乗しますが、陛下。俺らのことも、信じてくださいませんか? クロウのように」

 目に炎を宿らせるように、真剣な眼差しで、セドリックは我に告げた。
「誰も彼もを信じるのは、危険です。その考えは変わりません。でも、俺は…俺とシヴァーディは。決して陛下を裏切らない。親を盾に取られても。恋人であるシヴァを、盾に取られても。陛下に刃を向けることはない。シヴァーディも、同じ気持ちです」
 誰も信じるな。俺でさえも。
 ほぼ初対面の時に、我はセドリックにそう言われたのだ。
 元より、ロイドやラヴェルに、そういう教えを受けていたから。その言葉に、ただうなずき。今までそう過ごしてきた。
 しかし、長年そばにいて、信じないと言われるのは。寂しいことだ。
 我も、誰とも心を寄り添えられず。寂しい思いをしてきた…のだろうか?

 クロウと出会って、今日、ハグというものをして。
 体を寄せ合って。温かいと感じて。
 そうだな。寂しかったのだなと。思えば…そう感じる。

 寂しいことにも、わからぬくらいに。孤独で、寂しかったのだな。

「ありがとう。ふたりの想いを、心強く思う。しかし。セドリックもシヴァーディも、傷つくのは、我は嫌なのだがな」
 自分のせいで、誰も傷ついてほしくないと思う。
 なにもできない王だから。
 せめて、手を伸ばして、触れられるところにいる者のことくらいは、守りたいのだ。

「陛下はお優しいから。でも、俺らがそういう気持ちであることを、どうか心の片隅に置いておいてほしいのです。そして、もし。陛下がやつらに、歯向かう気になったなら。俺もシヴァーディも、どれほど大きな脅威であろうと、立ち向かってみせます。バミネを、ぶっ殺してやりますよ」
「…カザレニアの国民を守ることが、我の、王としての務めだ」

 セドリックの言は、とても頼もしく、嬉しい気持ちにさせるものだったが。
 洪水で、町や、家や、人々が流されてしまう。そんな危険がある状態で、我は、やつらに歯向かうことはできない。
「騎士たちの力を、信用している。でも、決起はできない」
「…わかりました。でも、いつか。陛下が運命に抗って、立ち上がる日を。俺は待っていますし。その準備を整えておくつもりです。では、任務に戻りますね?」
 セドリックは一礼して、王の居室を出ていった。
 扉の前で、寝ず番をするのだ。

 この城から出て、バミネから権力を取り戻す。それは、現時点では難しいことだ。
 我が、その気になったとしても。
 バジリスク公爵の洪水の脅威を、退けられないうちは。無理だ。
 無理だと思っているうちに、クロウが衣装を仕立て上げ。
 タイムリミットが尽きる。
 無理だ。無理だ。

 我は、重いため息をついた。
 今日は、命について、いっぱい考えさせられたな。
 ただ、クロウと。森で、手をつないで歩いていたかっただけなのに。

 そう、思うことが。もう恋なのか?
 恋か。恋、していたのか。初めての、恋を。

 なんか、セドリックにがっつり、恋を自覚させられてしまったな。
 王族だから、血脈を残す使命がある。そう、王族としての心構えを習ってきた。
 だから、クロウを相手に。男性を相手に、恋をするということに、考えが至らなかったのだ。
 しかし、子孫を残すのなら、クロウのことを、好きとか、可愛いとか、思うのは駄目なのではないか?
 でも、命に期限があるのなら。そんなことを言っている場合ではない。
 というか、子孫など到底、残せやしない。
 こういうときに、バミネの言葉を思い出すのは、すっごい嫌なのだが。

 残りわずかな人生、心のままに振舞えばいい。どうせ死ぬなら、それまで、心のままに、好きなものを好きと思っても、良いのではないか?

 クロウと恋愛しても、良いのではないか?

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