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幕間 兄弟のこそこそ話 ②

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     ◆幕間 兄弟のこそこそ話 ②

 いつものように、夜の十時過ぎまで仕事をしたぼくは。自室に戻って、就寝する準備に入る。
 まぁ、お風呂に入って寝るだけだけど。
 前世のように、娯楽が馬鹿みたいにあるわけじゃないからね?
 あの頃は、ゲームも漫画も小説も、見たいものやしたいことがたくさんあって、時間が全然足りないと思ったものだけど。

 仕事しろや、って感じだよねぇ?

 前世では、九郎がクロウを、仕事舐めてんのか、モブのお邪魔ムシめっ、なんてディスっていたけど。
 ここではぼくが、クロウをディスってるとか。ウケるぅ。
 どっちも、ヘタレなぼくだっつうの。

「兄上、ちゃんと髪を拭いてください。枕が濡れます」
 ベッドに腰かけると、シオンが背後に回って、手拭いで、ぼくの濡れ髪を拭いてくれる。
 この世界には、前世にあった、いわゆるタオルなんて上等なものはない。
 あれは機械で、糸をループ状にして作られているから。機械のない今の世界にはないんだ。
 こういうの作ったら? なんてアイデアはあっても。
 どうやって作る? となったら。できないものは、多いよね。

 だから、シオンは木綿の手拭いで、ぼくの髪を拭いてくれているわけだ。…どうでもいいか。
「兄上。僕、森で見ていました。兄上が陛下に、忠誠を誓ったところ」
 森には、陛下とふたりきりだと思っていたから。ものすごく驚いた。

「なんで? シャーロット殿下と遊んでいたんじゃないのか?」
「なんで僕が、あんな小娘のおままごとに、付き合わなければならないのですか?」
 小娘って、シオンの言いように、苦笑してしまう。
 だって、年齢ひとつしか変わらないんだから。

 シオンは、呪いを受けたりして、普通の生活を送ってこられなかったから、逆に大人びちゃって。可哀想…って言ったら、怒っちゃうかも、だけど。もっと人並みに、子供の無邪気な時代を味わわせてあげたかったって、思うんだよねぇ。
 そういう点では、今回、殿下と縁があって。同年代の関りみたいなものを、経験するのには。いい機会だと、お兄ちゃんは思う次第です。

「兄上が陛下と手をつないで、どこかに行こうとするから。そりゃ、あとをつけますよ。邪魔しなきゃ、兄上の貞操が危ないではないですか?」
「貞操って…店の客から、下世話な話を聞きすぎだ」
 十四歳の青年が、口にする言葉ではありません。と、ぼくは目を吊り上げる。

「そうは言っても、兄上。森で。陛下と、抱き合っていたではありませんかっ。兄上が狼に食われると思って、僕は、止めに入ろうとしたのですが…」
「狼ではなく、王様な」
 ぼくがいちいちツッコむから。シオンは髪を拭いていた布を、ワシャワシャッとした。
 悪かった。黙って聞きます。
「なのに突然。気配もなく。あの女が後ろから、僕を抱き上げたのです」
「あの女?」
「アイリスですよっ。声を出して邪魔したら、殺すわよって。言ったんですよ? 口は笑っているのに、目が笑っていないのです。恐ろしくて…僕は思わず、うなずいてしまいました。あの女はただものではない。動物の勘が働く僕を、あざむくほどのステルス能力。半端ない。きっと、あの女が暗殺者に、違いありませんっ」
 鼻息荒く、シオンは断言するが。それは誤解だ。

「あぁ、アイリスは大丈夫。僕が、身元を知っているから」
「お知り合いでしたか?」
 知り合いではないが。たぶん、前世が同じの、アイキンを知っている転生者同士。
 でも、説明できないなぁ。

「仕事で、ちょっと。とにかく、アイリスは普通の女の子だよ。魔力は多そうだけど」
 主人公ちゃんだから。いずれ聖魔法に目覚める予定?
 そうだ、アイリスはアルフレドルートに進んだだけだから。主人公は、まだアイリスで大丈夫だよね?
 死神キャライコール主人公、ではなかった。よね? たぶん。

 ……ぼくが聖魔法に目覚めるとか、ないよね?
 聖女は女の子であるべきですっ。そこは曲げないでくださいよ? 公式さんっ。

「まぁ、確かに。陛下と兄上を、遠目からジッと見ていただけで。襲うような気配は、なかったですけど」
「なんか、言っていたか?」
「森の中の忠誠シーン、ヤバいわヤバいわ。尊死寸前よ。とか。木漏れ日がふたりを、スポットライトのように照らしているわっ、マジ神。とか。やっぱりキンクロ王×クロウは最高ね、とか。クロウ様が乙女の顔をしているわぁ、とか? あっ! 兄上、やっぱり。陛下に恋をしているのですかっ? 乙女の顔をして、陛下に惚れちゃったんですか? やっぱり貞操の危機ではありませんかっ」

 手拭いを放り投げて、シオンはぼくと向かい合い。睨んできた。
 アイリスの言葉で、貞操の危機のくだりを思い出してしまったみたい。

 つか、キンクロってなに?

「駄目ですよ。陛下は王様なんだ。カザレニアの王様と恋愛なんか…傷つくに決まっています」
「陛下が僕なんか、相手にしないよ…男同士だし…」
「兄上には、王様もメロメロにする、すっごい魅力があるんです。同性の壁なんて、簡単に超えちゃう人は、いくらでもいるんですよ? 店の客の下世話な話を聞く限りではね。兄上が男と知っていても、付き合いたいという男性は何人もいたんだ。陛下だって…」
 口に苦い物が入っているような、嫌そうな顔をして。シオンは奥歯を噛む。
 途中で言葉を切ったけど。陛下がぼくを気に入っているのだと、シオンは本気で思っているのかな?

 陛下の気持ちはわからないけど、ぼくの話をすると…。
 前世で、BLの本をそれなりに読んだから、同性同士の恋愛はない、なんて言えないよぉ。
 実際、ぼくの性志向自体、いまだに自分でもわからないしな。
 画面の向こうにいた陛下を、好きだと思ったし。
 現実に目の前にいる陛下のことも、好きだと思っている。

 だからぼくの中では、確かに、男性同士という点は、それほどの壁にはならない。ような気がする。
 あまり、抵抗感はないし。
 陛下に、頬チュをされたときも。驚いたけど、嫌だとは思わなかったし。
 むしろ、ドキドキが頂点に達した感じで。ときめいた。

 でも、なまじ知識があるものだから、キスのその先も、どうするのかわかっちゃっているから。
 わぁぁぁ、とは思うけど。
 陛下と、そうなっちゃうの? とか。
 わぁぁぁ、考えるの、不敬だよね? 身の程知らずだよね? 考えないぞっ、ぼくは。

 あぁ、でも。ちょっと考えちゃったから。
 顔が赤くなってるって、自覚できるほど。頬が熱くなっちゃって。
 シオンにまた睨まれた。

「そばに置いてくださいって。結婚してくださいって意味じゃないですよね?」
「あ、あ、あ、当たり前だろう? 陛下にプロポーズとか、恐れ多いしぃ。僕は単純に。人のぬくもりを知らない、陛下のことを考えると、悲しくなって。そばにいることで、陛下の慰めになればと…」
「慰み者? いけませんっ」
「そんな、えっちぃことは言っていませんっ!」

 シオンがどんどん、エロい思考に向かって行くので。ぼくはそれを止めようとして、大きな声を出してしまった。
 慌てて、口を手でおさえる。
 ここでは、こそこそ話でなければならないのです。

「やっぱり、兄上は陛下を…?」
 シオンは。眉を下げた、少し泣きそうな顔で。ぼくにたずねる。
 でも。ぼくだって、そんないきなり。気持ちの整理が追いつかないんだからねぇ?
 ちょっと、落ち着いて考えさせてよぉ。

「い、い、い…ったん、話はこっちに置いておこう。今日は、もう寝るぞ」
 箱を持つような手の形で、ぼくは。話の箱を、遠くに置いた。
 そして、横暴に話をぶった切る。兄的権限で終了です。

 ため息をついて。シオンは納得していなさそうな、への字口だったけれど。
 一応うなずき。ベッドに入っていった。
 ぼくも同じベッドに入る。シオンに背中を向けると。シオンは背後から抱きついて。耳に囁く。
「愛してる、兄上。おやすみなさい」
 耳たぶにチュッと挨拶されて。ぼくも、胸の前に回る彼の腕をテンテン叩いて、おやすみと囁いた。
 でも、すぐには眠れそうにない。

 森で、陛下はいろいろな顔を見せた。
 ほがらかに笑う顔や。生真面目に口を引き結ぶ顔や。ミハエルの本を読んだと言ったときのドヤ顔や。…せつなげに、笑みを作った顔。

 思い返せば、そのすべてが、頭が爆発しそうなくらいの破壊力で、お美しかった。

 公式かみが手ずから創造した美しい人。
 その人が、無防備に、いろいろな顔を見せてくれたのだ。惚れてしまうには、充分なインパクトだった。
 元より、好意があったのだ。
 そしてさらに、その人となりを知れるほどに、そばにいたらさぁ…それはもう、惚れちゃうだろうがっっ!

 あぁ、ヤバいよ。やっぱり、恋しちゃったよ。確定だよぉ。

 もうすぐ結婚するくせに、どうしてモブを、こんなに魅了しやがるかなぁ?
 王がとてつもなく魅力的すぎるから、その強い吸引力に、吸い込まれて、トルネードで、揉みくちゃで。恋愛ビギナーのぼくなどは、恋の嵐に巻き込まれて、グルグルしてしまったよ。

 けれど。ぼくは、ただのモブ。ただの仕立て屋。

 一国の王と自分では、身分が違い過ぎるでしょうが?
 そこ、ちゃんと自覚してぇ、ぼくっ。

 アイリスが戦線離脱しても、結婚相手が怪しくても、ぼくのターンは回ってこないんだぞ。
 そう思って。悲しくなるくらいには。恋しちゃっているな。うん。
 あぁ、そうか。恋って、こういう気持ちなんだなぁ。
 ホワホワの幸せ気分と。キリキリの不安な気分が。半分半分だ。

 陛下の顔を思い返して、嬉しい。
 陛下に冷たい目で見られるかもと思うと、苦しい。
 楽しいこと。怖い状況。どちらも浮かんで。うわぁ、心が、痛い痛い痛い。

 初恋だよ? 陛下に初恋とか。絶対、叶わな過ぎて、むしろ笑える。
 馬鹿だな、ぼく。

 シオンが、傷つくに決まってるって、言ったけど。
 だよねぇ? わかっているよ。
 でもさ、自分が傷つくことを恐れて。孤独な陛下のそばを離れるのは、違うじゃん?
 ついさっきまで、ぼくは恋とか愛とかわからないって。思っていた。
 でも。今は。恋しちゃったって、思っている。

 けど。恋とか愛とかいう気持ち、ではなくて。
 ただ、陛下のそばにいたい。
 陛下の、お許しがあるうちは、ずっと陛下のそばにいると。決めたんだ。

 胸に灯った、熱い炎を、持て余してしまう。
 けれど。この気持ちは、陛下への忠誠心に昇華させればいい。
 そうしたら。陛下にとって、ぼくの存在が不要になったとしても。きっと、悲しくないだろう。

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