【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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48 では、ぎゅ、で。

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     ◆では、ぎゅ、で。

「僕は、ズルくて、したたかな男なのです」
「ズルい? おまえのような善良な者が?」
「善良では、ありません」
 森の中、陛下と手をつないで歩きながら。
 陛下とこんな話になって。ぼくは、後ろめたくて。情けなくて。肩を落とした。
 だって、ぼくは。陛下の未来を。このままいったら、悲惨になる運命を、知っているのに。それを回避しようとはしていない。
 誰かがなんとかしてくれる。
 アイリスがアルフレドを攻略したら、ふたりが助けてくれる。
 まだ見ぬ、陛下の結婚相手が、陛下を愛で救ってくれる。
 強い騎士たちが、陛下を守ってくれる。
 頭の良いラヴェルが、尽くしてくれる。
 陛下が、自力でなんとかしてくれる。

 全部、憶測だよ。

 誰もなにもしなかったら。陛下は、バミネに殺され。この世界は。バミネによって、滅びるんだ。
 そんなの駄目だ。
 なんとかして、陛下を救わなきゃ。なんとかして、ぼくが…。

「おまえが、したたかな男なものか。おまえほど柔らかく、男から遠い男など、おらぬ」
 ぼくは…すっごいシリアスに考えていた。
 なのに。陛下ったら、ぼくの頬をむにっと摘まんで、引っ張ったんだ。

 な、なにしてんですかぁ? 陛下ッ。

「い…いひゃい、いひゃいれす、イアンひゃま?」
 なんか、陛下が頬をミョンミョン引っ張って遊び始めたから。
 ぼくは慌てて、陛下に訴えた。
 そうしたら、すぐに離してくれたけどぉ。

「痛いっ、ひ、ひどいです、陛下ッ」
 ぼくは、ぼくの頬を陛下から取り戻し。痛くなった頬を手でさすった。
 な、なにするんっすかぁ? もうっ。

「はは、軟弱なやつだな。そして、やっぱりおまえは柔らかかった」
 なにやら、軽く笑い飛ばしてくれちゃってるけど。その感じ、絶対反省とかしていないでしょう?

 つか、なんで突然、頬を摘まむぅ? 行動が意味不明です。
 あっ、陛下は、ぼくを戸惑わせて喜ぶ、悪い癖があるからなぁ。またそれかな?

「あぁ、頬が赤くなってしまったな。すまない」
 陛下が謝ってくれて、ぼくは納得したというか。まぁ、いいですけどぉ…という気分になったのだが。
 陛下が…。
 へ、陛下がっ。ぼくの頬にチュッてした。

 チュッ。ちゅっ? 音の鳴る、チュウゥゥ。

 なんで? なんで、頬にチュウを? 陛下?
 なんか、言おうと思うが、言えず。口を開けたまま、驚きの目で陛下をガン見した。
 それを。ぼくの衝撃満載な気持ちを、陛下は真っすぐ受け取ってくれたようだ。

「怒るな、クロウ。相手の機嫌を直すのに、キスが有効だと。ミハエルのしょに書いてあったぞ? おまえがミハエルミハエル、うるさいから。彼の英雄譚を、我も読んでみたのだ」

 どうだ、とばかりに胸を張る陛下。
 なにがどうだ、かは、わかりませんが。とりあえず。
「そこは参考にしちゃ、駄目なところですっ。キスして誤魔化すなんて、横着ですよ」

 確かに、ミハエルの英雄譚の中には、そういう描写がある。
 英雄、色を好む、というか。
 ミハエル様は、文武両道、眉目秀麗、地位も名誉もある超イケメンなので、それはそれは、女性におモテになる。言い寄る女性たちが、喧嘩になって、ミハエル様が仲裁に入るような、そんな場面もあるわけで。
 そういうときに、キスでご機嫌を取って。その場を穏便におさめよう…なんてことも、書いてはあったけれど。

 今、十八歳のうら若き陛下が、女性相手で百戦錬磨であるミハエル様の、そのような熟練の技を、真似してはいけません。
 こういうことは、自分で経験して、身につけていかなくては。
 女性経験など、なにもないぼくには、言われたくないでしょうがねっ!

 でも。つい、シオンに怒るような感じで、注意してしまったが。
 陛下は、王様なのだった。
「あ…すみません。一国の王様に、偉そうに説教をしてしまって…」
「構わぬ。ならば、怒るおまえに、どう接するのが正解なのだ?」
 至極真面目な顔で、陛下にたずねられ。ぼくは…返答に困ってしまう。
「…怒ってなど、おりません」
「いいや、怒っていた」
 切れ長の目に、厳しくも真摯な光を宿らせ、陛下がぼくをみつめる。

 えええぇぇっと? こういうとき、どうしたらいいの?

 ぼくは、つねられた頬を手でこすりながら、超絶真剣に考える。
 つか、さっきのチュウで。頬の痛みなど吹き飛んでしまったよ。
 あぁ、そうだよ。ミハエル様は正しい。
 ぼくは、小さなキス一個でご機嫌になる、チョロい恋愛ビギナー。ちょろちょろのちょろだよ。

 だけど、陛下が。女性の機嫌を取るたびに、ほっぺにチュウをするようになったら。
 それでなくても、セクシーダイナマイトキングなのに。
 軽薄リア充クソすけこましキングになってしまう。
 重厚な王の威厳が、風船のように軽軽かるかるになってしまう。

 キャラ崩壊は、阻止しなければ。

「では、ぎゅ、で」
 ハグくらいなら、親しい女性ならアリかと。
 キスはサービスしすぎです。
「ぎゅ?」
 陛下は小首をかしげ。ド真面目な顔で、ぼくを抱き締めた。
 というか、締めた。ほ、骨がミシミシ言ってます。

「痛い痛い、折れるぅ…」
「むむ、おまえが猫なことを忘れていた」
 そう言って、陛下は力をゆるめてくれたけれど。
 いや、猫じゃないんですけど。
 でも、もう猫でいいです。成敗級の命の危機を感じたので。

 でも、陛下が。ぼくの背中に回した手を、触れるか触れないかくらいの、ふんわりした感じで。おどおど、恐る恐る触れてくるから。
 シャーロット殿下が、チョンをぎこちない手つきで抱っこするのを思い出して。おかしくなってしまった。

「陛下は、ハグの仕方を知らないのですね? こうですよ」
 だから、ぼくの方から。陛下の背に手を回して。良い力加減でギュッとした。
 そして、手のひらでテンテンする。
「ん? なにか用か?」
 テンテンを、要求かと思ったみたいだ。
「いえ、テンテンは…お疲れ様です、のテンテンです」
 陛下は、ぼくの背中に腕を回して、ぼくがするように背中をテンテンした。
「陛下のテンテンは、なんのテンテンですか?」
「…骨を折ってすまないの、テンテンだ」
「折れてません」
 陛下の胸で、ぼくが見上げると。
 陛下もぼくを見下ろしていて。
 目が合って。
 なんだか照れくさくて。へへッと笑い合った。

「これが、ハグと言うのか? 温かい。人というのは、これほどに温かく、柔らかいものなのだな。とても、心地よい」
 ぼくは、アイキンで、陛下の事情を少なからず知っているから。想像できてしまう。
 孤島で。この大きな王城で。陛下は、限られた人数の中で育ったのだ。

 陛下の母上は、王妃様だ。
 後宮にいる母と妹には、そうそう会えないだろうし。ハグや挨拶のキスなども、無縁だったのだろう。
 部下や、使用人であるラヴェルたちとも、こういう濃厚な接触はしないはず。

 そうしたら、人のぬくもりに触れる機会自体が、陛下にはなかったのだなぁ?

 ぼくは。前世でもこの世界でも、家族には恵まれていた。
 前世で、ぼくは。就職に失敗して、人並みの生活を送れなかったけれど。
 そんなぼくを、父も母も受け止めてくれた。
 巴や静は、手厳しかったけど、それでも優しく、明るく、ぼくにできることを探してくれたような気がするし。ありがたかったよ。

 今世では、父とは離れているが。
 母もシオンも、そばにいたから、寂しくなんかなかったし。
 家族の愛情という面では、深く、濃く、与えられた。会えば、ハグもチュウも、普通にするしね。
 今日も元気で、ありがとう。大好きだよ、って。そんな気持ちが、ハグにはいつも込められていて。
 それで、強い強い、愛と絆を感じている。

 だから。家族の、人のぬくもりを知らぬ陛下が、悲しい。

 ぼくは、針と糸しか持っていない、しがない仕立て屋だけど。
 陛下のそばにいることはできる。
 陛下にぬくもりを与え。陛下の味方となり。陛下に尽くして。陛下に安寧をもたらす、そんな存在になるのだ。
 それなら、できるような気がした。

 アイキンの世界だから、愛の力で王を救うということに、こだわるというか。それしかないように感じていたけれど。
 恋愛とか、そういうのは。ぼくはまだ、よくわからなくて。
 どうしようかと、難しく考えていたけど。
 ぼくは、ぼくにできることをするしかないのだ。

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