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43 主人公の邪魔をする悪役キャラ?
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◆主人公の邪魔をする悪役キャラ?
陛下と塔に登った、その翌日から。ぼくは、部屋から出ても良いことになりました。
おそらく、暗殺者としての疑いが完全に晴れたのでしょう。良かった良かった。
とはいえ、バリバリのインドア派であるので。城内をうろつく許可が出たところで、どこへ行くわけでもないのですが。
あぁ、チョンにとっては良かったです。
お散歩解禁になったので、彼はさっそく庭へ遊びに行きました。
ラヴェルが、一階のサロンの窓を開けておいてくれるということで。チョンは出入り自由で、心もウキウキ。という様子です。
「兄上、遊びに行くのではないのです。偵察です。僕が城内の使用人から情報を聞き出してまいります」
いかにも大仕事に行くぜ、というセリフだが。
チョンよ。尻尾がブンブンしていて、興奮しているのが見え見えだぞ。
まぁ、そこには触れてやるまい。行ってらっしゃいませ。
陛下の仮縫いも、今度は蹴りを入れられることもなく、穏便に、無事に、行うことができました。
とはいえ、この世界の仮縫い段階というのは、この位置で縫えば、支障なく着られるという指針に過ぎず。このあとやることの方がてんこ盛りです。
刺繍もまだまだ手を入れたいし。縁取りも、立ち襟の始末も。まだまだ。チクチク縫って縫って縫いまくらなければなりません。
でも。前世で、針子を仕事にしたら、ずっと縫物をすることがつらくなるんじゃないかって、危惧したこともあるけれど。
やってみたら。やっぱ、ぼく、この仕事、向いていたみたいだ。
案外、ずっとチクチクしていられたよ。
シオンがいい加減にしろと怒るくらい、チクチクしているよ。
まぁ、前世のお針子さんは、ミシンを扱えないとならないから。ミシンは無理だったんだけど。
だから、この世界のお針子が、ドンピシャでぼくの天職だったってことだよね?
仮縫いのあと、陛下はぼくに、ご家族を紹介してくれた。
というより。王城にこういう人物が来たからね、という報告を家族にしたという方が近いかな?
いわゆる、家族に紹介とかいうのは。お付き合いしてまーす、とか。結婚しまーす、とか? 前世ではそういうイメージだけど。
全然、そういうのではないですからね?
だって、陛下の御家族と言ったら。前王妃様と王妹殿下だよ? 王族の方だよ?
平民が王族と相まみえるとか、本当に、恐れ多いにもほどがある。もう恐縮しきりです。
陛下に、いろいろくっちゃべっているぼくが。今更と言われれば、そうなのだけど。
でも。ちゃんと陛下にだって、恐れ多いと、常に思っているよ? 本当だよ?
王城と、後宮の中間地点にある、左右対称に植木が切られている西洋風の庭に。王妃様とシャーロット様、そしてアイリスがいて。陛下はぼくを伴って、そこに向かった。
わぁ、アイリス。久しぶりぃ。
「母上、シャーロット。彼が、先ほど話した、クロウ・エイデンだ。我の衣装を仕立てるため、しばらく王城に滞在する」
王妃様は、陛下をおっとりさせたようなお顔立ちの、とても美しいお方で。明るい青いドレスがよくお似合いだった。
王家の方々は、代々金髪で。陛下も、前王の髪色を引き継いでおられるのだけど。
王妃様も、輝くばかりの金髪で、とてもまばゆいお方です。
「クロウ・エイデンと申します。滞在をお許しいただき、ありがとうございます」
ぼくは地に膝をつき。深く頭を垂れる。臣下の礼を取った。
「エイデンさん、陛下から、お話をうかがいました。大変な思いをされたようね? ここでは、お仕事できたのでしょうけれど、陛下と年も近いのだし。ぜひ、陛下のお話し相手になっていただけると、嬉しいわ?」
「は、はい。誠心誠意、陛下にお尽くしいたします」
不敬であるので、顔は上げないが。雰囲気が、なんだかニコニコしていて。いわゆるウエルカム状態。
いやいやでも、平民の仕立て屋が、王様の話し相手は。さすがに荷が重すぎます。
求められれば、できる限りのことは致しますけどぉ。
「…シャーロット・カザレニアです」
そして、陛下の妹であるシャーロット様は。王族ゆえに頭を下げない、けれど美しい淑女の礼を取った。たっぷりしたドレスをつまみ上げる、その指先のラインが、上品だ。
大きな目元ながら、陛下と同様に切れ上がっていて。少しきつめな印象なのだが。
人見知りなのか。挨拶は至極短かった。
外から来たぼくを警戒しているのかもしれないな?
十三歳だから、シオンよりひとつ年下か。
シオンはもう、ぼくよりも体格がよくて、全然、中学生年齢には見えないが。
シャーロット様は、ぼくよりも背が小さくて、華奢で、可愛らしい、年相応の女の子だった。
「シャーロット殿下。お見知りおきくださいませ」
陛下と同じ黄金色の髪を、縦にくるりと巻いている。
その髪型を見て、悪役令嬢っぽい。と思うのは偏見だけど。それで、思い出したのだ。
このメンツは、アイキンの中では、主人公の邪魔をする、悪役キャラ一同だ、と。
王妃様は。
王様であり、自分の息子であるイアン様と、身分の低い主人公ちゃんが、恋仲になるのを許せず。
主人公と陛下を、会わせないよう邪魔をするのだが。
つか、バミネに殺されたら元も子もないのに。恋路を邪魔してる場合じゃないよな、と。攻略本をチラ見したときに思ったものです。
でも、今。アイリスと王妃様は、談笑していて。特に意地悪されている様子はなさそうだな?
シャーロット様は。
王様であり、武も美も兼ね備えた、完璧兄にゾッコン。いわゆるブラコンをこじらせたタイプ。
お兄さまを取らないでっ、という可愛らしい攻撃を、主人公に仕掛けてくる。
可愛いが、ウザいお邪魔ムシ。
つか、そのお兄さまは、バミネに脅かされているので。こちらも主人公ちゃんを邪魔している場合ではない。と、攻略本をチラ見し以下同文。
キャラ紹介のところで、王の腕にしがみつくシャーロットという場面が描かれていたが。
でも、今。シャーロットは、陛下にくっついていない。
アイキンの中ほど、ブラコンではないのか?
そして、ただの仕立て屋で、モブで、顔も出てこないが。王と主人公ちゃんが話していると、必ず邪魔をしに来る、超絶うぜぇお邪魔ムシ。
その名もクロウ、このぼくだ。
でも、今。ぼくは邪魔などいたしておりませんよ?
んん? なにやら悪役キャラたちは、みんなお邪魔をしないようですよ?
アイリス、これはチャンスなのでは?
そう思って、立位を許されたぼくは。立ち上がり、アイリスに目を向けた。
彼女は一週間前と同じく、蛍光オレンジの髪を幅広の三つ編みにして、大きな丸眼鏡の向こうで、桃色の瞳をキラキラさせている。
可愛らしい笑顔で。ぼくに話しかけてきた。
「クロウ様、お久しぶりです」
「アイリス様。こんにちは。お元気でしたか?」
「えぇ、もう。クロウ様が順調にお話を進めてくださるので。私、どんどん若返る気分でしたわ? 特に、噴水の周りを、陛下と手をつないで、キャッキャウフフなシーン。心のシャッター切りまくりでしたわぁ」
文脈が、よくわからないが。あれは全然、キャッキャウフフではなかった。
「え、あれを見られていましたか。お恥ずかしい」
ハチに追いかけられて、涙目だったのにぃ。
そんな情けないところを、アイリスに見られていたなんて。顔から火を噴きそうです。
そうだ。そんなことより。ちょっと聞きたいことがある。
悪役キャラは、四人のはずだった。
「あの、アイリス様。王城に行儀見習いにくる御令嬢が、予定ではもうひとり、いましたよね?」
時期王妃となるべく、アイリスと同じく行儀見習いとして、王城に入るはずの悪役侯爵令嬢が、いるはずなのだ。でもぼくは、その人を一度も見ていない。
「あら、ブ…バミネ公から、聞いておりましたか? 彼女は、私たちと同じ船に乗らなかったみたいよ? バミネ公と仲良くなられたの。ここだけの話…バミネ公がお金持ちだと、気づいたようで。彼女、お金が大好きなご様子でしたわ?」
アイリスはこっそりと、ぼくの耳に囁いた。
あぁ、なるほど。バミネに鞍替えしたのですね?
「それにしても、クロウ様。ラヴェル様を懐柔した手腕は、見事でしたわね? 王様ルートでは、クロウ様よりラヴェル様の方がうざ…いえ、邪魔…いや、手強い障害でしたもの。でもクロウ様は、あの堅物で融通の利かない、空気を読まないラヴェル様の目の前で、あのようにキャッキャウフフと…さすがですわぁ。これなら、愛の力で王を救う日も近いですわね?」
「懐柔、なんて…」
だから、あれは全然キャッキャウフフじゃなかったしぃ。
ラヴェルも、たまたま、ぼくと顔見知りだってだけで。懐柔したつもりなんかないしなぁ。
そう、言い訳しようとしたら。アイリスはシャーロット様に呼ばれて、バラ園の方へ行ってしまった。
「あ、アイリスぅ…」
またもや、聞きたいことを聞けなかった。
でも、ルートとかシャッターとか言ってたし。
やっぱりアイリスは転生者、なんじゃないかなぁ?
でも、だったらどうして。陛下と仲良くならないんだ?
アイリスが行ってしまった方角へ、心許なく手を伸ばした。そのとき。
頭をグワシと、大きな手のひらにつかまれた。
いわゆる、鷲掴みというやつだ。
「ここから先は、後宮だ。男性は入れないことになっている」
今、背後から大きな手で、ぼくの頭を掴んでいるのは、陛下のようだ。
そして、陛下は。男でも腰砕けになるセクシーボイスを、ぼくの耳元に吹き込んだ。
「クロウ? アイリスと、どんな内緒話をしていたのだ?」
ぎゃあぁぁぁっ、陛下がぼくを殺しにかかっているぅ。心臓を止めにかかっているぅ。
そうして、ギギギっと、無理矢理、頭を回され。ぼくは陛下と目を合わせる。
陛下は、にっこりしているけれど。片眉を上げて、青い瞳は氷のように冷たい。悪い顔をしているっ?
「クロウは、我だけの死神だから。秘密は許さぬぞ?」
「秘密など、ありません。もうひとり、この孤島に渡る者がいたのでは、と。アイリス様にたずねただけなのです」
近距離でジッとみつめられ。嘘ではないのに、言い訳のようにつぶやいて、上目遣いで陛下の様子をうかがう。
麗しいお顔に、ノックアウト寸前です。
「…そうなのか? ま、来ない者など、どうでもよい。王城に帰るぞ」
無遠慮に掴んでいた、ぼくの頭を解放し。髪を指先でさらりと撫でて、直してくれる。
そういう飴とムチ、やめてください。心臓がマジで持ちませんよっ。もうっ。
陛下と塔に登った、その翌日から。ぼくは、部屋から出ても良いことになりました。
おそらく、暗殺者としての疑いが完全に晴れたのでしょう。良かった良かった。
とはいえ、バリバリのインドア派であるので。城内をうろつく許可が出たところで、どこへ行くわけでもないのですが。
あぁ、チョンにとっては良かったです。
お散歩解禁になったので、彼はさっそく庭へ遊びに行きました。
ラヴェルが、一階のサロンの窓を開けておいてくれるということで。チョンは出入り自由で、心もウキウキ。という様子です。
「兄上、遊びに行くのではないのです。偵察です。僕が城内の使用人から情報を聞き出してまいります」
いかにも大仕事に行くぜ、というセリフだが。
チョンよ。尻尾がブンブンしていて、興奮しているのが見え見えだぞ。
まぁ、そこには触れてやるまい。行ってらっしゃいませ。
陛下の仮縫いも、今度は蹴りを入れられることもなく、穏便に、無事に、行うことができました。
とはいえ、この世界の仮縫い段階というのは、この位置で縫えば、支障なく着られるという指針に過ぎず。このあとやることの方がてんこ盛りです。
刺繍もまだまだ手を入れたいし。縁取りも、立ち襟の始末も。まだまだ。チクチク縫って縫って縫いまくらなければなりません。
でも。前世で、針子を仕事にしたら、ずっと縫物をすることがつらくなるんじゃないかって、危惧したこともあるけれど。
やってみたら。やっぱ、ぼく、この仕事、向いていたみたいだ。
案外、ずっとチクチクしていられたよ。
シオンがいい加減にしろと怒るくらい、チクチクしているよ。
まぁ、前世のお針子さんは、ミシンを扱えないとならないから。ミシンは無理だったんだけど。
だから、この世界のお針子が、ドンピシャでぼくの天職だったってことだよね?
仮縫いのあと、陛下はぼくに、ご家族を紹介してくれた。
というより。王城にこういう人物が来たからね、という報告を家族にしたという方が近いかな?
いわゆる、家族に紹介とかいうのは。お付き合いしてまーす、とか。結婚しまーす、とか? 前世ではそういうイメージだけど。
全然、そういうのではないですからね?
だって、陛下の御家族と言ったら。前王妃様と王妹殿下だよ? 王族の方だよ?
平民が王族と相まみえるとか、本当に、恐れ多いにもほどがある。もう恐縮しきりです。
陛下に、いろいろくっちゃべっているぼくが。今更と言われれば、そうなのだけど。
でも。ちゃんと陛下にだって、恐れ多いと、常に思っているよ? 本当だよ?
王城と、後宮の中間地点にある、左右対称に植木が切られている西洋風の庭に。王妃様とシャーロット様、そしてアイリスがいて。陛下はぼくを伴って、そこに向かった。
わぁ、アイリス。久しぶりぃ。
「母上、シャーロット。彼が、先ほど話した、クロウ・エイデンだ。我の衣装を仕立てるため、しばらく王城に滞在する」
王妃様は、陛下をおっとりさせたようなお顔立ちの、とても美しいお方で。明るい青いドレスがよくお似合いだった。
王家の方々は、代々金髪で。陛下も、前王の髪色を引き継いでおられるのだけど。
王妃様も、輝くばかりの金髪で、とてもまばゆいお方です。
「クロウ・エイデンと申します。滞在をお許しいただき、ありがとうございます」
ぼくは地に膝をつき。深く頭を垂れる。臣下の礼を取った。
「エイデンさん、陛下から、お話をうかがいました。大変な思いをされたようね? ここでは、お仕事できたのでしょうけれど、陛下と年も近いのだし。ぜひ、陛下のお話し相手になっていただけると、嬉しいわ?」
「は、はい。誠心誠意、陛下にお尽くしいたします」
不敬であるので、顔は上げないが。雰囲気が、なんだかニコニコしていて。いわゆるウエルカム状態。
いやいやでも、平民の仕立て屋が、王様の話し相手は。さすがに荷が重すぎます。
求められれば、できる限りのことは致しますけどぉ。
「…シャーロット・カザレニアです」
そして、陛下の妹であるシャーロット様は。王族ゆえに頭を下げない、けれど美しい淑女の礼を取った。たっぷりしたドレスをつまみ上げる、その指先のラインが、上品だ。
大きな目元ながら、陛下と同様に切れ上がっていて。少しきつめな印象なのだが。
人見知りなのか。挨拶は至極短かった。
外から来たぼくを警戒しているのかもしれないな?
十三歳だから、シオンよりひとつ年下か。
シオンはもう、ぼくよりも体格がよくて、全然、中学生年齢には見えないが。
シャーロット様は、ぼくよりも背が小さくて、華奢で、可愛らしい、年相応の女の子だった。
「シャーロット殿下。お見知りおきくださいませ」
陛下と同じ黄金色の髪を、縦にくるりと巻いている。
その髪型を見て、悪役令嬢っぽい。と思うのは偏見だけど。それで、思い出したのだ。
このメンツは、アイキンの中では、主人公の邪魔をする、悪役キャラ一同だ、と。
王妃様は。
王様であり、自分の息子であるイアン様と、身分の低い主人公ちゃんが、恋仲になるのを許せず。
主人公と陛下を、会わせないよう邪魔をするのだが。
つか、バミネに殺されたら元も子もないのに。恋路を邪魔してる場合じゃないよな、と。攻略本をチラ見したときに思ったものです。
でも、今。アイリスと王妃様は、談笑していて。特に意地悪されている様子はなさそうだな?
シャーロット様は。
王様であり、武も美も兼ね備えた、完璧兄にゾッコン。いわゆるブラコンをこじらせたタイプ。
お兄さまを取らないでっ、という可愛らしい攻撃を、主人公に仕掛けてくる。
可愛いが、ウザいお邪魔ムシ。
つか、そのお兄さまは、バミネに脅かされているので。こちらも主人公ちゃんを邪魔している場合ではない。と、攻略本をチラ見し以下同文。
キャラ紹介のところで、王の腕にしがみつくシャーロットという場面が描かれていたが。
でも、今。シャーロットは、陛下にくっついていない。
アイキンの中ほど、ブラコンではないのか?
そして、ただの仕立て屋で、モブで、顔も出てこないが。王と主人公ちゃんが話していると、必ず邪魔をしに来る、超絶うぜぇお邪魔ムシ。
その名もクロウ、このぼくだ。
でも、今。ぼくは邪魔などいたしておりませんよ?
んん? なにやら悪役キャラたちは、みんなお邪魔をしないようですよ?
アイリス、これはチャンスなのでは?
そう思って、立位を許されたぼくは。立ち上がり、アイリスに目を向けた。
彼女は一週間前と同じく、蛍光オレンジの髪を幅広の三つ編みにして、大きな丸眼鏡の向こうで、桃色の瞳をキラキラさせている。
可愛らしい笑顔で。ぼくに話しかけてきた。
「クロウ様、お久しぶりです」
「アイリス様。こんにちは。お元気でしたか?」
「えぇ、もう。クロウ様が順調にお話を進めてくださるので。私、どんどん若返る気分でしたわ? 特に、噴水の周りを、陛下と手をつないで、キャッキャウフフなシーン。心のシャッター切りまくりでしたわぁ」
文脈が、よくわからないが。あれは全然、キャッキャウフフではなかった。
「え、あれを見られていましたか。お恥ずかしい」
ハチに追いかけられて、涙目だったのにぃ。
そんな情けないところを、アイリスに見られていたなんて。顔から火を噴きそうです。
そうだ。そんなことより。ちょっと聞きたいことがある。
悪役キャラは、四人のはずだった。
「あの、アイリス様。王城に行儀見習いにくる御令嬢が、予定ではもうひとり、いましたよね?」
時期王妃となるべく、アイリスと同じく行儀見習いとして、王城に入るはずの悪役侯爵令嬢が、いるはずなのだ。でもぼくは、その人を一度も見ていない。
「あら、ブ…バミネ公から、聞いておりましたか? 彼女は、私たちと同じ船に乗らなかったみたいよ? バミネ公と仲良くなられたの。ここだけの話…バミネ公がお金持ちだと、気づいたようで。彼女、お金が大好きなご様子でしたわ?」
アイリスはこっそりと、ぼくの耳に囁いた。
あぁ、なるほど。バミネに鞍替えしたのですね?
「それにしても、クロウ様。ラヴェル様を懐柔した手腕は、見事でしたわね? 王様ルートでは、クロウ様よりラヴェル様の方がうざ…いえ、邪魔…いや、手強い障害でしたもの。でもクロウ様は、あの堅物で融通の利かない、空気を読まないラヴェル様の目の前で、あのようにキャッキャウフフと…さすがですわぁ。これなら、愛の力で王を救う日も近いですわね?」
「懐柔、なんて…」
だから、あれは全然キャッキャウフフじゃなかったしぃ。
ラヴェルも、たまたま、ぼくと顔見知りだってだけで。懐柔したつもりなんかないしなぁ。
そう、言い訳しようとしたら。アイリスはシャーロット様に呼ばれて、バラ園の方へ行ってしまった。
「あ、アイリスぅ…」
またもや、聞きたいことを聞けなかった。
でも、ルートとかシャッターとか言ってたし。
やっぱりアイリスは転生者、なんじゃないかなぁ?
でも、だったらどうして。陛下と仲良くならないんだ?
アイリスが行ってしまった方角へ、心許なく手を伸ばした。そのとき。
頭をグワシと、大きな手のひらにつかまれた。
いわゆる、鷲掴みというやつだ。
「ここから先は、後宮だ。男性は入れないことになっている」
今、背後から大きな手で、ぼくの頭を掴んでいるのは、陛下のようだ。
そして、陛下は。男でも腰砕けになるセクシーボイスを、ぼくの耳元に吹き込んだ。
「クロウ? アイリスと、どんな内緒話をしていたのだ?」
ぎゃあぁぁぁっ、陛下がぼくを殺しにかかっているぅ。心臓を止めにかかっているぅ。
そうして、ギギギっと、無理矢理、頭を回され。ぼくは陛下と目を合わせる。
陛下は、にっこりしているけれど。片眉を上げて、青い瞳は氷のように冷たい。悪い顔をしているっ?
「クロウは、我だけの死神だから。秘密は許さぬぞ?」
「秘密など、ありません。もうひとり、この孤島に渡る者がいたのでは、と。アイリス様にたずねただけなのです」
近距離でジッとみつめられ。嘘ではないのに、言い訳のようにつぶやいて、上目遣いで陛下の様子をうかがう。
麗しいお顔に、ノックアウト寸前です。
「…そうなのか? ま、来ない者など、どうでもよい。王城に帰るぞ」
無遠慮に掴んでいた、ぼくの頭を解放し。髪を指先でさらりと撫でて、直してくれる。
そういう飴とムチ、やめてください。心臓がマジで持ちませんよっ。もうっ。
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