上 下
36 / 176

幕間 兄弟のこそこそ話

しおりを挟む
     ◆幕間 兄弟のこそこそ話

 夜になり、人型になったシオンと夕食をとっている。
 調理したものを、夜はシオンが優先で食べ、ぼくはパンを食べた。
 焼き立てパンは美味しいから、それだけでも全然苦にならないよ。

 生活空間にあてられた部屋は、狭いが、クローゼットも水回りもあって、難はない。
 この世界のお風呂は、バスタブにお湯と水を合わせて、適温にし。少なめの湯量で体をこすって洗うというもの。
 前世の風呂は、どっぷり肩までお湯に浸かれたし、シャワーも使えたから。
 洋式の風呂は味気ない。
 でも機械がないから、水道もちょろちょろ出る感じだし。お湯は別のところで沸かしたものを合わせるのが、一般的だから、仕方がないのだ。

 しかし。王城の風呂は。蛇口がふたつあって。ひねったら、水と熱湯が出てきたのだっ!
 これには、シオンもぼくも感動した。

「兄上、お湯が出ますっ」
 感動の余り、大声で叫ぶシオンの口を、ぼくは手でふさがなければならなかった。
 でも。お湯が出たとはしゃぐ弟が、べらぼうに可愛い。
 手で口を塞いだぼくを、なにやら目を細めてイケメンオーラをダダ漏らして見るけれど。

 今更、格好つけても遅いからね。

 まだまだお子ちゃまな弟なのだった。
 あと、シオンがいるから、お湯をもらうときは気をつかわないと、と思っていたので。それが杞憂に終わったのは、ありがたいことだった。ラッキー。

 ま、そんなこともありつつ。今は食事をしている。
 部屋には小机があって、シオンはそこに食事の乗ったトレーを置いて、椅子に座って食べ。
 ぼくは行儀が悪いが、ベッドに座って食べているところ。椅子はひとつなので。

「なぁ、陛下がイアン様って呼んでいいって言ってくださったの、聞いてたか? 僕のことも、クロウって…ギャー、あのときのことを思い出すと、今でも顔が赤くなるぅ」
 会話が万が一聞こえたら、マズいので。
 小声ながら、テンションアゲアゲでシオンに言う。

 陛下に、イアンと呼べと命令されたときは、驚いて。一瞬、なにを言われたのかわからなくて、ハテナが頭の中をしめた。
 確かに、名前の話をしてはいたのだが。
 陛下を。この国の王様を。名前で呼ぶなど恐れ多すぎますっ。

 もしかしたら、昨日、ドッキリで、ぼくを怖がらせたお詫びのつもりだったのかもしれないけど。
 だとしたら、陛下のお気遣いが、優しすぎます。

 戸惑うぼくに、陛下は。
 ぼくも立っているというのに、目の前の陛下は、目線でぼくを見下ろし。尊大に言った。『許す』と。

 あぁ、存分に見下ろしてくださいませ。

 偉大と荘厳と華麗で、ぼくを踏み潰してくださいぃ…という気になった。
 神々しさにひれ伏したい気持ちって、こういうことなんだな。

 とはいえ、陛下がお待ちなので。ぼくは。恐る恐る。小声で言った。
 陛下が言ったんですからね? 成敗はなしですよっ。
「…イアン様」
「なんだ? クロウ」

 いやあぁぁぁっ。
 今まで厳しい目つきで、ごみクズのようにぼくを見てきた陛下が、ほんのり口角を上げて、名を呼ぶなんて。
 でも、王様オーラはあるから、威厳を損なうことなく。
 上品さを保ちながら。ぼくの名を呼ぶなんてっ。

 なんてご褒美。なんて顔面の破壊力。ボンと、顔から火を噴いた。いや。爆発したよ。

 その後も、ミハエルの剣を見たいと言ったぼくの無茶振りに、いつかな、と言って。フッと笑った。
 笑ったっ。
 今度は確実に、笑いました。

 踵を返す陛下が。去っていくのが。ぼくの目にはスローモーションに見えました。
 切れ長の目が、ぼくを捕え、踵を返すときに流し目のようになって。それが色気大爆発で。
 ヤバいヤバい格好いい無理無理。
 たっぷりした黄金色の髪が、足を進めるたびに揺れて、波打つ天の川のようだ。本当に麗しい。

 でも、陛下は見た目だけが麗しいのではないのです。

 まだ、ぼくを死神と言うくらいだから、暗殺者の疑いは晴れていないわけだろう?
 そんな怪しげなモブにも、優しく接してくれるなんて。
 あまつさえ名呼びを許してくださるなんて。器が大きすぎです、国王陛下。

 それに、場違いでくだらない…ミハエル様はくだらなくないのだけど。ちっぽけなモブのお願いを、一国の王が叶えてくれようとしてくださるなんて。
 慈悲が深すぎます。
 神、なのかな? うん。神だな。

 あのときのことを思い返して、うっとりしていると。シオンが聞いてきた。
「兄上は、陛下が好きなのですか?」
「好き。あぁ、もう、好き好き好き。ヤバヤバ好き好き」
 かぶせ気味に、言うと。シオンがジト目で見てきた。

「なんか、軽いんだよな、その言い方。僕が聞いたのは、恋愛的な意味でなんですけど?」
「ばか、なんて恐れ多いことを。陛下はこの国の王様だぞ?」
 それに、陛下はすぐにご結婚されるのだし。
 誰かは知らないけど。
 もしかしたら、アイリスと結婚するかもしれないし。
 主人公ちゃんが、愛の力で王様を救うのも、時間の問題。
 そこにモブの入る余地などないと知っていますし。邪魔など絶対いたしませんからっ。

 つか、そもそも男同士じゃね? アイキンはビーのエルではなく、乙女ゲームなんだからね。

「僕はただ、美しい御仁を、美しいと言っているだけだ。そこには美の感動があるだろう? あのように麗しいお方を目にするだけで、心が洗われるようだ。シオンも、わかるだろう?」
「そうですね。僕は兄上の嬉しそうな顔を見れば、心が洗われます」
 シオンはステーキを優雅な手つきで切り分け、肉汁滴る柔らかそうなお肉をフォークで口に入れる。
「あぁ、肉、美味しそう。一口ちょうだい? だから、つまり、恋愛の好きではないんだ」
「そうですかぁ?」
 すっごい疑いの眼差しで、シオンはぼくを見ながら。フォークを差し出す。
 ぼくはアーンと口を開け、彼のフォークに刺さった肉を食べた。
 うーん、口の中でとろける上質なお肉ですぅ、アルフレドが調理したタレの味付けが、ニンニクとバターの濃厚な香りと旨味で、たまらん。
 パンが二個も三個も進むってば。

 でも母上が見たら、行儀悪すぎで卒倒するかも。ここだけの内緒な?
「兄上は、金髪がお好きなのですか? 黒髪では駄目ですか?」
「えぇ? 黒は自分の髪で見飽きているよ」

 ぼくの真っすぐな黒髪は、ペッタリしててヘルメットみたいだから。黒々しいのだ。
 なんか、キャラデザをした…なんだっけ、畑野こやし先生? が、モブはベタでいいとか言って、墨でベタッと片手間に塗ったとしか思えない。

 見飽きていると言ったら、同じ黒髪のシオンが、ガーンという擬音を背負って、ぼくをみつめた。
 シオンは大丈夫だよ。
 畑野こやし先生が、丁寧に、艶出しした、美しく波打った髪に仕上げてくれたんだからな。

「うそうそ、おまえは黒髪でも良い男だもの。セクシービーストだもの。シオンは見目麗しいから、僕の目が喜んでいる」
「そうですかぁ?」
 今度はなにやら嬉しそうな、そうですかぁ? になった。
 わかりやすいやつめ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔法薬師の恋の行方

つくも茄子
BL
魔法薬研究所で働くノアは、ある日、恋人の父親である侯爵に呼び出された。何故か若い美人の女性も同席していた。「彼女は息子の子供を妊娠している。息子とは別れてくれ」という寝耳に水の展開に驚く。というより、何故そんな重要な話を親と浮気相手にされるのか?胎ました本人は何処だ?!この事にノアの家族も職場の同僚も大激怒。数日後に現れた恋人のライアンは「あの女とは結婚しない」と言うではないか。どうせ、男の自分には彼と家族になどなれない。ネガティブ思考に陥ったノアが自分の殻に閉じこもっている間に世間を巻き込んだ泥沼のスキャンダルが展開されていく。

婚約破棄と言われても・・・

相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」 と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。 しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・ よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。 *********************************************** 誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

処理中です...