【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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25 彼を知りたい(イアンside)

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     ◆彼を知りたい(イアンside)

 もう、すぐにも、あの死神を滅殺してやろうと、我は勢い込んでサロンに入っていった。
 クロウは、我が剣を持っているのを見て、顔を青くし。殊勝にもその場で正座をして、今までの不躾を詫びてきたが。
 それで我の気が晴れるわけもない。
 こいつがここにいることこそが、我の心をひどく掻き乱すのだから。
 なのに、顔を上げたクロウは。ヘラリと。気の抜けた笑みを見せた。

 彼の行動や言動の意味が、わからぬ。

 わからぬものには、不安やいら立ちがかき立てられ。我は舌打ちしたい気分で、クロウを責めた。
「なぜ笑う? おまえはここで死ぬのだぞ」
「すみません。幼少から、人から受け入れられるよう、とにかく笑っていなさいと教えられまして。悪い癖のようなもので。決して、不真面目なわけではないのです」
 普段は顔色の悪い、白い顔だが。頬を染めて恥じらう、彼の仕草が。なんだか。小動物を見ているような、ほのぼのとした感覚を、呼び起こし。毒気ががれていった。
 いやいや、たとえ、細身の体で床に正座している姿が、どれだけ哀れを誘おうとも。

 やつは、バミネの手先だ。

 すべては、我の油断を誘うもの。ほだされてなるものかっ。
「誤魔化すな。どうせ…気性の荒い、偏屈な王だから、笑って媚を売れとでも忠告されたのだろう? だがそれは、このようなところへ、のこのことやってきたおまえが悪いのだ」
 こいつが悪い。
 こいつが、死神だから、悪い。
 そう思い込むことで、己を奮い立たせ。剣を振り上げた。
 だが、そのとき。クロウが初めて強い気を発して、言った。
「陛下の婚礼衣装に携われる誉れを、どうして他の者にやれるでしょうっ」

 こ、婚礼衣装?

 その勢いと、なにより婚礼衣装という言葉を聞き。
 我は。
 ただただ呆気にとられ。振り上げた手を下ろす。

 死神は、そんな我に構うことなく、己の気持ちを、とうとうと述べていった。
「蛮族から本土を守り切った勇猛な国王一族のお話を、幼き頃より本で読み。僕は王家を敬愛しております。その現国王であられる陛下の、めでたき日の衣装を仕立てられるというこの喜びは、誰にも渡せませんっ」

 キラキラと目を輝かせ、希望に満ちあふれた笑みを浮かべるクロウに、害意は全く感じられなかった。
 そうして、我は。先ほどのサロンでの、クロウの振る舞いを思い返す。
 大事そうに衣装を扱う彼の手つきや。
 晴れの日に、という祝福の言葉を。

 おまえは、喜々として死に装束を作っていたのではないのか?
 おまえは本当に、結婚する王を寿ことほぎ、婚礼衣装を作っていただけなのか?
 すべて、わからなくなった。

「おまえは、婚礼衣装を作りに来たのか?」
 ストレートにたずねると。
 死神は、びっくり顔で目を見開き、口もマヌケに開けて、呆気にとられた。

「もしかして、依頼内容が間違っていましたか? もしもお好みの絵柄が…」
 死神は慌てふためいて、言い訳をベラベラとまくし立てたが。
 我の耳には、あまり入ってこなかった。

 先ほど目にした。スツールに腰かけ、少し首を傾けて、口元をほんのりほころばせ嬉しそうに婚礼衣装を作っている、クロウの顔が。脳裏にべったりと張りついて。
 疑った我を、責めるかのように、消えてくれない。

 あの美しい光景が、死に装束を作りながら生み出されたものではなかったことに。ホッとした。
 というか。彼に、悪意がないことが。
 少なくとも、今現在、悪意はないと感じられることに。
 嬉しい、ような。胸が締めつけられるような。不思議な心地になっていた。

「…だけは、ご容赦を」
 いろいろ言ったあと、彼は頭を下げたが。
 引き結んだ唇が小刻みに震えていた。

 剣を突きつけられて尚、彼は笑みを見せていたが。
 決して死を恐れていないわけではないのだなと、そのとき実感した。

 それを思ったとき。この小さき者と、己の姿が重なって見えた。
 バミネに、死へと向かわされている我と。
 剣を突きつけられて震えるクロウ。
 我とクロウは、今まさに同じ境遇にある。王でも、死神でもなく…。

 理不尽な力を前に脅えている、ただの人間の姿だ。

「…冗談だ」
 柄を一度、ギュッと握り締めた我は。剣を鞘におさめた。
 恐る恐る、クロウが顔を上げる。
 小鹿のようなつぶらな瞳でみつめられ。いたたまれなくなり。横柄な態度を示すことで気まずさを隠した。
「わかるだろう。城から出られず、暇を持て余した…たわむれだ」
 苦しい言い訳をし、そそくさと踵を返す。
 足がよろけるほどの羞恥に襲われ。これ以上、彼と目を合わせられなかった。
 自身の器の小ささに辟易へきえきし、口の中でつぶやく。

「国民をしいたげるなど…我は、なにをしているのだっ」

 先王からの教えは、民は己の子供と同じく、守り慈しむ者。ということだ。
 その民を、我は傷つけようとした。
 最悪である。
 たとえ、彼を死神だと思っていても。彼は我の民だった。
 武力行使する騎士団に歯向かうならともかく。
 針と糸しか持たぬ民に剣を向けては、王の名がすたるではないかっ。

 苦汁を舐める想いで廊下に出ると。
 四人が心配顔で待っていた。

「陛下…もしや…」
 心なしか、唇をわななかせるラヴェルの問いかけに。我は、目線でついて来いと示す。
 皆を居室へ迎え入れ、そこで彼らと向き合い、告げた。

「死神に殺されるのを待つことはない。そう思って、あいつを手にかけようとした」
 四人は固唾かたずをのんで、言葉を待つ。

 手にかけたのか。思いとどまったのか。

 我は首を横に振った。
「なにもしていない。死神はまだ生きている」
「お、驚かさないでください、陛下」
 胸を手でおさえ、ラヴェルはあからさまに安堵の息をついた。
 余計な会話を慎み。いろいろ制限のある中でも、我の要求に涼しい顔で応え。感情を表に出さないよう普段から心掛けている。
 非常に優秀な執事である、そんな彼が。これほど内面をさらすことは、珍しいことだった。
 少し話した程度だと思うのだが、余程クロウが気に入ったのだろう。

「ははっ。なぁ、ラヴェル。やつは婚礼衣装を作りに来たらしいぞ?」
 部屋の中ほどに、暖炉を囲むようにしてソファセットが配置してある。
 我は、ひとり掛け用の椅子に腰掛け。他の椅子を皆にすすめた。
 アルフレドとセドリックは、暖炉そばのソファに座るが。
 シヴァーディは警護の定位置である我の斜め後ろに立ち。
 ラヴェルは、人数分のティーカップに紅茶を注いで給仕した。すでに、冷静沈着な執事の顔つきに戻っている。

「婚礼衣装? 死に装束ではなく、か?」
 セドリックの驚いた声に。ひとりだけそのことを知らなかったアルフレドが、叫ぶ。
「死に装束って、なんだっ!!」
 城内に響き渡りそうな彼の声を、セドリックが口をおさえて止める。

「バミネが、陛下の死に装束を作る仕立て屋を送るって、言ってきたんだよ。それが、あのクロウだった」
「あぁ、それで、陛下はあれほどにお怒りだったわけか? 無理もない。でも、坊ちゃんには、そんな気配はなかったぞ。頭から花が咲いている感じだ」

 セドリックの説明に、アルフレドが納得し。我は話を続けた。
「クロウはバミネに騙されて、偏屈な王の元に送り込まれた、哀れな民のようだな?」
 すると、ラヴェルが神妙に眉根を寄せて。思いを口にした。
「私は、バミネから悪意を感じます。婚礼衣装を作れと依頼して、クロウ様を王城へ送り。陛下には死に装束と言って、怒りを煽り。クロウ様を陛下に殺させる算段だったのでは?」

 だがその憶測には、セドリックが首を傾げる。
「クロウは平民だろ? クロウを殺して、バミネになんのメリットがある?」
 かつてのラヴェルやセドリックたちのように、バミネの邪魔になるのなら、そういうこともあるだろう。
 だが、クロウは仕立て屋だ。
 政治にも地位的にも、目障りな存在になりえない。

 ラヴェルは。なにやら難しい顔で押し黙る。
 言いたいことがありそうな雰囲気ではあるが。その場ではなにも言わなかった。

「ただ単に、我に、罪のない一般人を殺害させ、王の矜持をおとしめたかったのかもしれぬ」
 簡単にへし折れそうだと感じた、クロウの細い首筋を、我は思い浮かべる。
 サロンに行く前、バミネの言葉を思い出した。
 心のままに振る舞え。その気持ちのままに、クロウの首をへし折っていたら。剣を突き刺していたら。
 バミネの思う壺になったのかもしれない。そう思うと。ゾッとした。

 自分も幽閉状態で、不自由な生活をいられているが。バミネに目をつけられたクロウの人生も、辛苦にまみれているのだろうか?
 そんなふうに思案を重ねていると、シヴァーディが言った。

「すべては憶測で。婚礼衣装の件も、クロウの言でしょう? 知っていて、とぼけている可能性も捨てきれません。まだ気を抜いてはなりませんよ、陛下」
 ピシリと気を引き締められ。我もうなずく。
「そうだな。…単純に、あの細腕で暗殺は無理だと思う。しかしクロウが暗殺者であろうが、なかろうが。その事実を知っていようが、知らなかろうが。あの者が、死に装束を作る死神であることに、変わりはない」
「不快な思いをするくらいなら、あんな者など、陛下のお目に映さなければよろしい」

 少し、憤りの気配をにじませ、シヴァーディが告げる。
 我は、鼻からため息を漏らした。
「ふ、ん。不快…か」
 肘掛けに掛けた手で、気だるげに髪をいじる。
 目の前で、金の髪がさらりと指先からこぼれ落ちていった。

 不快、というわけではなくて。
 胸になにか、引っかかっているような感覚なのだ。

 死神だと言いながら。脳裏に浮かぶ彼の顔は、柔らかな微笑みだったり、前髪をマヌケに結った姿だったり、慌ててオタオタする姿だったり。
 そして、あの印象的な黒い瞳。闇のように黒いのに、表面がキラリと光って、夜空に星が瞬くような。あの瞳を、もう我の目に映さない。
 そんな状況は考え難かった。

 ありていに言えば…なんかヤダ。

 とにかく、なぜだか、彼が気になって仕方がないのだ。
「無視がお気に召さないのなら、深く掘り下げてみるって手もありますが?」
 ノンキな様子でアルフレドが言うのに、シヴァーディがたしなめるが。
 彼は澄ました顔で、淡々と考えを述べた。

「坊ちゃんは死神なのか、そうではないのか。彼の人となりを知れば判断できるのでは? 言葉などどうとでも言えると、シヴァは言うが。嘘か本当かは、そのときに坊ちゃんがどんな顔をしているのか、見れば大抵わかるものだ。人伝ひとづてでは駄目ですよ。なんでも自分の目で見て、感じて、経験してみないと、納得はできないもんです。陛下自身が、坊ちゃんの存在を理解する、そうすれば、懸念は払しょくできるんじゃないですかね?」
「なるほど…」

 人生経験が豊富なだけあって、アルフレドの言葉には説得力がある。
 確かに、わからないから、イライラしたり、ソワソワしたり、するのだ。

 我は深く考え込む。
 クロウは死神だ。
 けれど。彼はそれを自覚していないようだった。
 婚礼衣装を作っていると言って、あんな敬愛の眼差しで真っすぐみつめてくるくらいだ。
 なんか、心臓の奥の方がこそばゆくなるほどに、真摯な瞳の色だった。
 そんな目で見られたら、無下にはできないではないかっ。
 もしも、あの態度が演技で、彼が暗殺者だったら。我は本当になにも信じられなくなりそうだ。

 クロウは死神だ。
 けれど。もう少しだけ、彼を知りたい。
 あの、春の日のようにほのぼのとして、けがれのない清らかな空気を醸す彼が、悪者でないと。我は、信じたいのだ。

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