32 / 176
24 モブなのに、イベント発生?
しおりを挟む
◆モブなのに、イベント発生?
食事を終え、ワゴンをサロンの入り口付近に置いておいたぼくは、もう一仕事しようと思い、作業台の前に立った。
シオンは自室で、ぼくが独自に作った問題集を使って勉強中。
王城に来たからといって、遊ばせておいたりしないぞ?
学園に行けないとしても、卒業生と同じくらいの知識を、シオンには学ばせたいので。
呪いが解けたら、すぐにも仕事に貢献できるような人材に、育てておかねば。
解呪できず、助けてやれず、なにもしてやれない、不甲斐ない兄だが。
ぼくが出来る限りのことを、シオンにしてやりたい。
学力があれば、就職時の選択肢は広がるし、どんな職でも、無駄になることはないもんな。
しばらくして、青髪のコックさんがワゴンを取りに来た。
わっ、第五の攻略対象者の、料理人では? 美形だから、一目でわかったよ。
短めの青い髪は、料理人だからこそ、なのかな?
油断ならない気配であるのに、垂れ目で、親しみを感じさせる。そこがギャップ萌えなのかな?
目元には泣きぼくろがあり、男の色気が全開ですぅ。
つか、乙女心を揺さぶるアイテムがてんこ盛りではないか?
にこやかで、万民に愛されキャラっぽいけど。
白衣の下の体つきは、筋肉に覆われ、鍛えられているのがよくわかる。
え? 料理人って、力仕事なの?
そういえば、前世で、居酒屋勤務の料理人さんとか、けっこうガタイ良かったかも。
「初めまして、クロウ・エイデンです。今日より王城で働かせていただいています。よろしくお願いします」
「俺は料理人のアルフレド・ランカスター。んー。なんかヒョロいなぁ。ちゃんと食べているのか? でも料理は完食しているな。えらい、えらい」
なにやら、子供に言うような言い方だけど。
アルフレドは見上げるほどに身長が高く、雰囲気も大人っぽいから、ぼくはまだ子供扱いなのだろう。
むぅ、これでもぼくは成人しているのですがっ。まぁ、チビガリだから仕方ない。
「はい。とても美味しくて、全部食べちゃいました。パンがふわふわでぇ、口の中に入れたらバフッて。雲を食べているみたいで。こんな美味しくて柔らかいパンは、初めてですっ」
「おぉ? そうか。気に入ってくれたら、嬉しいよ」
ぼくの言葉に、アルフレドは照れくさそうに笑う。
笑うと垂れ目がへにょりと下がって、さらに柔和な印象になった。
でも攻略本には、彼は戦う料理人とあった。きっと、バミネが襲ってきたら包丁で真っ二つにしてくれるのだろう。頼もしい。
もう、あいつを一刀両断にしちゃってくださいっ。
「あの、できれば。パンを多めにしていただけると嬉しいのですが?」
そうだ、シオンのためにパンを確保しなければ。と思い出し。アルフレドにも頼んでおく。
一応、ラヴェルにも言ったが。
食事の管轄はアルフレドだから。ちゃんと彼に筋を通しておいた方が良いかなって思って。
「そうか、そうか。了解した。いっぱいパンを食べて、もっと体に肉をつけなきゃな?」
アルフレドは、ぼくのちょんちょこりんを、指でつまんでピンピン引っ張る。
あっ、取り忘れてた。
そうして、アルフレドはワゴンを押して去っていった。これで完璧、食の問題は解決しただろう。
それにしても、料理人を攻略すると、どんなストーリー展開になるのだろう?
王様を救い出せるのだろうか?
ゲーム進行時は、まず、王様の攻略を優先したから。他のキャラを選んだときどうなるのか、さっぱりわからない。
つか、王様ルートだって、すぐに成敗されたから。序盤のあらすじしか知らんけど。
いわゆる、王城に入るまで、ってやつだ。
もう、この先はどうなるのか、わからないから。出たとこ勝負だよ。
ま、モブだから。物語の傍観者って立ち位置のぼくが、なにをしても、なんの影響もないだろうけどね。
というわけで。ぼくは、気を取り直して、作業台に向かった。
夜も更けたし、もう誰もたずねてこないよね?
切りの良いところまで仕上げたら、今日は早めに就寝しよう。
船で乗り物酔いしかけたから、やっぱり疲れはある。
そうしてチクチクしていたわけだが、ちょっとのつもりが何時間か経ったのかな。なにやら廊下が騒がしいなと思って。
前髪のちょんちょこりんを、今度は忘れずに直して。顔を上げたら。
サロンに陛下が入ってきた。
「…陛下?」
いやマジで、陛下はこの部屋にもう来ることはないだろうと思っていたから。びっくりしてしまった。
だが呆けてもいられず。スツールを降りて、陛下の前で頭を下げた。
その目線の先に、ぼくは、見てはいけないものを見てしまった。
陛下が、手に、剣を、持っている。…持っている。
え? 成敗案件?
こんな時間差で成敗なのですか? 陛下。
ぼくはさすがに、血の気が引いた。
もう。サッと。顔から血が降りてくる感覚を実感しました。
でも。でも、でも。陛下が持っている剣って、もしかして、ミハエルの剣では?
そう思ったら、ぼくは途端に興奮してしまった。
ミハエルは。王族の中でも名高い剣豪。
王家の武勇伝は数あれど、その中でもぼく的ナンバーワンの冒険活劇だ。
ミハエルの剣は、宝石が埋め込まれているわけでもない、実用的な普通の剣なのだが。鍔のところに白い虎が彫刻されている。
今日も白虎が血に濡れる…が決め台詞でさっ。
シオンなんか、臭い台詞とか言うけど。
それがいいんじゃねぇか。わかってないなぁ。
で、その彫刻があったから、ミハエルの剣だと思ってテンション爆上がったわけだがぁ…。
いやいや、待て待て。
剣を持った陛下と、部屋でふたりきりになる。これって、イベントじゃね?
ぼくが前世で、十連続成敗を受けた、あれじゃね?
ヤバいよヤバいよ。
ぼくはこのイベント乗り切れなかったよ。
攻略する前に、流れ星に当たってマジ死したからねっ。
つか、なんでモブなのにイベント発生するんですか?
「顔を上げろ」
陛下に言われ、ぼくは顔を上げる。
もう、ここは開き直って。真っ向勝負するしかない。
目の前の陛下は、黄金色の髪が豊かで、神々しくて。くっきりとしたアーモンド形の、二重の目元がっ、金色のまつ毛に縁どられていて、もう、もう、美々しいんですけどっ?
「殺しに来たのだ、死神を」
そう言って、陛下は鞘から剣を抜く。
見せつけるように、目の前で抜かれていく剣は、鞘と刃が擦れる音を響かせる。
鈍く光る剣の刃文と、鋭い陛下の眼差しが、重なって…。
ギャーッ、格好良すぎて、目が潰れるっ。無理無理無理。
なんて、頭の中では騒いでいたけど。
表面上は、なにも言えず、ただ立ち尽くしているだけだった。
陛下はその切っ先を、ぼくの胸の辺りに突きつける。
心が刺し貫かれたかのように、そのときだけ唇がふるりと震えた。
「剣を突きつけられて、どうして逃げない? 抵抗しないのか? 命乞いをしてみせろ」
「だ、大丈夫、です」
ぼくは細く息を吐き出して。そっと、その場に正座した。
完全なる、成敗案件。万事休すである。
でも、ここは、ゲームの世界であって、ゲームの世界ではない。
カーソルも選択肢も出てこない、リアルな現場なんだっ。
ここは陛下に、真摯に、心と言葉を尽くして、わかってもらわなければならない。
ぼくが、モブだということをっ!!
「大丈夫とはなんだ。なにが、どう大丈夫なのか、言ってみろ」
「陛下のような高貴なお方に、お会いするのは初めてです。おそらく、僕は無礼な振る舞いをしてしまったのでしょう。思い返せば、心当たりはあります。陛下がお出ましのときに、礼を尽くせなかったこと。先ほど、不躾なお願いをしてしまったこと。誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げて、まずは、とにかく、謝った。
そして、顔を上げてニコリと微笑む。ぼくは無害のモブですと、アピールするために。
「なぜ笑う? おまえはここで死ぬのだぞ」
冷ややかに見下ろされ。失敗したと悟った。
笑って誤魔化そうとするのは、世界では通用しない日本人の悪い癖だと、どこかで聞いたことがあったな。
ここは異世界だが。誤魔化せないみたいだ。
「すみません。幼少から、人から受け入れられるよう、とにかく笑っていなさいと教えられまして。悪い癖のようなもので。不真面目なわけではないのです」
恥ずかしくなって、顔がカッとした。
血の気は戻ったが。頬は赤くなってそうだ。
さてさて、これからどうしよう。と思っていたら。陛下が言った。
「誤魔化すな。どうせ…気性の荒い、偏屈な王だから、笑って媚を売れとでも忠告されたのだろう? だがそれは、このようなところへのこのことやってきた、おまえが悪いのだ」
王が剣を振り上げる。
でも、ぼくは。そのとき、どうしても言いたいことがあって。少し声を張り上げて、言った。
「陛下の婚礼衣装に携われる誉れを、どうして他の者にやれるでしょうっ」
そりゃ、陛下の衣装を作れるとなれば、のこのこと、どこへでも行きますよ。
こうして成敗されるかもしれないとわかっていても、多少の危険はかえりみずに来てしまいますよ。
陛下が己の服に袖を通す、そんな場面を、仕立て屋は夢に見ているのですよ。
「蛮族から本土を守り切った勇猛な国王一族のお話を、幼き頃より本で読み。僕は王家を敬愛しております。その現国王であられる陛下の、めでたき日の衣装を仕立てられるというこの喜びは、誰にも渡せませんっ」
これでわかっていただけましたか? 陛下っ。
ぼくが王家オタクで、推しは陛下で、仕立てしか能のないモブだということをっ。
期待に瞳を輝かせ、ぼくは陛下をみつめたが。
王は驚きに目を見開き、唇も少し開く。あぁ、無防備な顔つきでも、なお素敵です。
「おまえは…婚礼衣装を作りに来たのか?」
ええ? そこからですか?
ぼくが仕立て屋なのは、陛下自身が口にしていたので、承知しているとは思うが。
つか、バミネの野郎が、きっと言い忘れているんだな。職務怠慢男め。
「もしかして、依頼内容が間違っていましたか? もしも、お好みの絵柄などございましたら、すぐにお直しいたします。婚礼衣装ではなくても、普段使いのシャツでもオーダースーツでも、なんでも対応いたします。あ、でも…そもそも僕がお気に召さないのでしょうか? ですが、どうか、僕に引き続き陛下のお衣装に携われる栄誉をお与えください。目障りであるのなら、この部屋から一歩も出ず、黙々と作業に従事いたします。だから、なにとぞ、チェンジだけは御容赦を…」
そうです。ゲームのクロウは邪魔ばかりしてウザい限りでしたが。
ぼくは絶対、陛下とアイリスの邪魔などいたしませんからっ。
ぼくもラヴェルを見習って、陛下の要求にはなんでも応えてみせますから。
なので、なにとぞ。なにとぞぉ…。と。ぼくはお祈りモードで陛下に懇願する。
っていうか、バミネのやつ。きっと、陛下にわざと詳細を伝えず、ぼくが粗相して陛下に成敗されるのを、狙っていたんじゃないかな?
だから、もう本土の地を踏めない、みたいなことを言ったんだ。
むーかーつーくー。
怒りのあまり、唇がワナワナしてしまったよ。
「…冗談だ」
ぼくがバミネへの怒りで打ち震えていると、陛下がつぶやいた。
お祈りモードで、うつむけていた顔を上げると。
陛下は剣を鞘におさめ。ちょっとぶっきらぼうな様子で言う。
「わかるだろう? 城から出られず、暇を持て余した…戯れだ」
そして、ぼくとは目を合わせることなく、ササッとサロンを出て行ってしまった。
ぼくはしばし、床に座ったまま、呆然としていたが……。
あぁ、なるほどね。あれだ。ドッキリってやつ。
初めて島に来た働き手に、ドッキリしかけて、歓迎するやつぅ?
ええ? 陛下ってそういうこと考えちゃう、ライトな御方なの? ちょっと意外だ。
でも、あんなに大人びて、威厳があって、ぼくより全然体格が大きくてたくましいけど。
まだ十八歳だもんな。
王城の中の働き手も、少なそうだし。新顔にシビレル挨拶をかましたってことだね? 了解、了解。
成敗案件かと思っていたけど。ぼくが勘違いしちゃったんだな?
そうだよね。そうそう、成敗したりしないよ。
ゲームじゃなくて、ここはリアルなんだから。
ひとり、心の中で納得していたら。
なにやら視線を感じ。ぼくは自室の方を見た。
そうしたら、シオンが、扉を二センチほど開けて、目だけでこちらを見ていた。怖っ。
ま、シオンにしてみたら、兄の危機を察し、いつ出て行くべきか、思案していたのだろうけど。
これは陛下の戯れだ。姿を現さなくて正解だったね。
でも、誰かに見られたらヤバいから。
ぼくは手を振って、部屋の中に入るよう示す。
シオンは、不機嫌オーラを漂わせつつも。パタリと扉を閉めた。
怖っ。ホラーチックなのやめて。
だけど。ドッキリとは言え、寿命が二年ほど縮まるくらいにはドキドキしたよ。
どっと、疲れた。今日は仕事を終わらせて、もう寝よう。
食事を終え、ワゴンをサロンの入り口付近に置いておいたぼくは、もう一仕事しようと思い、作業台の前に立った。
シオンは自室で、ぼくが独自に作った問題集を使って勉強中。
王城に来たからといって、遊ばせておいたりしないぞ?
学園に行けないとしても、卒業生と同じくらいの知識を、シオンには学ばせたいので。
呪いが解けたら、すぐにも仕事に貢献できるような人材に、育てておかねば。
解呪できず、助けてやれず、なにもしてやれない、不甲斐ない兄だが。
ぼくが出来る限りのことを、シオンにしてやりたい。
学力があれば、就職時の選択肢は広がるし、どんな職でも、無駄になることはないもんな。
しばらくして、青髪のコックさんがワゴンを取りに来た。
わっ、第五の攻略対象者の、料理人では? 美形だから、一目でわかったよ。
短めの青い髪は、料理人だからこそ、なのかな?
油断ならない気配であるのに、垂れ目で、親しみを感じさせる。そこがギャップ萌えなのかな?
目元には泣きぼくろがあり、男の色気が全開ですぅ。
つか、乙女心を揺さぶるアイテムがてんこ盛りではないか?
にこやかで、万民に愛されキャラっぽいけど。
白衣の下の体つきは、筋肉に覆われ、鍛えられているのがよくわかる。
え? 料理人って、力仕事なの?
そういえば、前世で、居酒屋勤務の料理人さんとか、けっこうガタイ良かったかも。
「初めまして、クロウ・エイデンです。今日より王城で働かせていただいています。よろしくお願いします」
「俺は料理人のアルフレド・ランカスター。んー。なんかヒョロいなぁ。ちゃんと食べているのか? でも料理は完食しているな。えらい、えらい」
なにやら、子供に言うような言い方だけど。
アルフレドは見上げるほどに身長が高く、雰囲気も大人っぽいから、ぼくはまだ子供扱いなのだろう。
むぅ、これでもぼくは成人しているのですがっ。まぁ、チビガリだから仕方ない。
「はい。とても美味しくて、全部食べちゃいました。パンがふわふわでぇ、口の中に入れたらバフッて。雲を食べているみたいで。こんな美味しくて柔らかいパンは、初めてですっ」
「おぉ? そうか。気に入ってくれたら、嬉しいよ」
ぼくの言葉に、アルフレドは照れくさそうに笑う。
笑うと垂れ目がへにょりと下がって、さらに柔和な印象になった。
でも攻略本には、彼は戦う料理人とあった。きっと、バミネが襲ってきたら包丁で真っ二つにしてくれるのだろう。頼もしい。
もう、あいつを一刀両断にしちゃってくださいっ。
「あの、できれば。パンを多めにしていただけると嬉しいのですが?」
そうだ、シオンのためにパンを確保しなければ。と思い出し。アルフレドにも頼んでおく。
一応、ラヴェルにも言ったが。
食事の管轄はアルフレドだから。ちゃんと彼に筋を通しておいた方が良いかなって思って。
「そうか、そうか。了解した。いっぱいパンを食べて、もっと体に肉をつけなきゃな?」
アルフレドは、ぼくのちょんちょこりんを、指でつまんでピンピン引っ張る。
あっ、取り忘れてた。
そうして、アルフレドはワゴンを押して去っていった。これで完璧、食の問題は解決しただろう。
それにしても、料理人を攻略すると、どんなストーリー展開になるのだろう?
王様を救い出せるのだろうか?
ゲーム進行時は、まず、王様の攻略を優先したから。他のキャラを選んだときどうなるのか、さっぱりわからない。
つか、王様ルートだって、すぐに成敗されたから。序盤のあらすじしか知らんけど。
いわゆる、王城に入るまで、ってやつだ。
もう、この先はどうなるのか、わからないから。出たとこ勝負だよ。
ま、モブだから。物語の傍観者って立ち位置のぼくが、なにをしても、なんの影響もないだろうけどね。
というわけで。ぼくは、気を取り直して、作業台に向かった。
夜も更けたし、もう誰もたずねてこないよね?
切りの良いところまで仕上げたら、今日は早めに就寝しよう。
船で乗り物酔いしかけたから、やっぱり疲れはある。
そうしてチクチクしていたわけだが、ちょっとのつもりが何時間か経ったのかな。なにやら廊下が騒がしいなと思って。
前髪のちょんちょこりんを、今度は忘れずに直して。顔を上げたら。
サロンに陛下が入ってきた。
「…陛下?」
いやマジで、陛下はこの部屋にもう来ることはないだろうと思っていたから。びっくりしてしまった。
だが呆けてもいられず。スツールを降りて、陛下の前で頭を下げた。
その目線の先に、ぼくは、見てはいけないものを見てしまった。
陛下が、手に、剣を、持っている。…持っている。
え? 成敗案件?
こんな時間差で成敗なのですか? 陛下。
ぼくはさすがに、血の気が引いた。
もう。サッと。顔から血が降りてくる感覚を実感しました。
でも。でも、でも。陛下が持っている剣って、もしかして、ミハエルの剣では?
そう思ったら、ぼくは途端に興奮してしまった。
ミハエルは。王族の中でも名高い剣豪。
王家の武勇伝は数あれど、その中でもぼく的ナンバーワンの冒険活劇だ。
ミハエルの剣は、宝石が埋め込まれているわけでもない、実用的な普通の剣なのだが。鍔のところに白い虎が彫刻されている。
今日も白虎が血に濡れる…が決め台詞でさっ。
シオンなんか、臭い台詞とか言うけど。
それがいいんじゃねぇか。わかってないなぁ。
で、その彫刻があったから、ミハエルの剣だと思ってテンション爆上がったわけだがぁ…。
いやいや、待て待て。
剣を持った陛下と、部屋でふたりきりになる。これって、イベントじゃね?
ぼくが前世で、十連続成敗を受けた、あれじゃね?
ヤバいよヤバいよ。
ぼくはこのイベント乗り切れなかったよ。
攻略する前に、流れ星に当たってマジ死したからねっ。
つか、なんでモブなのにイベント発生するんですか?
「顔を上げろ」
陛下に言われ、ぼくは顔を上げる。
もう、ここは開き直って。真っ向勝負するしかない。
目の前の陛下は、黄金色の髪が豊かで、神々しくて。くっきりとしたアーモンド形の、二重の目元がっ、金色のまつ毛に縁どられていて、もう、もう、美々しいんですけどっ?
「殺しに来たのだ、死神を」
そう言って、陛下は鞘から剣を抜く。
見せつけるように、目の前で抜かれていく剣は、鞘と刃が擦れる音を響かせる。
鈍く光る剣の刃文と、鋭い陛下の眼差しが、重なって…。
ギャーッ、格好良すぎて、目が潰れるっ。無理無理無理。
なんて、頭の中では騒いでいたけど。
表面上は、なにも言えず、ただ立ち尽くしているだけだった。
陛下はその切っ先を、ぼくの胸の辺りに突きつける。
心が刺し貫かれたかのように、そのときだけ唇がふるりと震えた。
「剣を突きつけられて、どうして逃げない? 抵抗しないのか? 命乞いをしてみせろ」
「だ、大丈夫、です」
ぼくは細く息を吐き出して。そっと、その場に正座した。
完全なる、成敗案件。万事休すである。
でも、ここは、ゲームの世界であって、ゲームの世界ではない。
カーソルも選択肢も出てこない、リアルな現場なんだっ。
ここは陛下に、真摯に、心と言葉を尽くして、わかってもらわなければならない。
ぼくが、モブだということをっ!!
「大丈夫とはなんだ。なにが、どう大丈夫なのか、言ってみろ」
「陛下のような高貴なお方に、お会いするのは初めてです。おそらく、僕は無礼な振る舞いをしてしまったのでしょう。思い返せば、心当たりはあります。陛下がお出ましのときに、礼を尽くせなかったこと。先ほど、不躾なお願いをしてしまったこと。誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げて、まずは、とにかく、謝った。
そして、顔を上げてニコリと微笑む。ぼくは無害のモブですと、アピールするために。
「なぜ笑う? おまえはここで死ぬのだぞ」
冷ややかに見下ろされ。失敗したと悟った。
笑って誤魔化そうとするのは、世界では通用しない日本人の悪い癖だと、どこかで聞いたことがあったな。
ここは異世界だが。誤魔化せないみたいだ。
「すみません。幼少から、人から受け入れられるよう、とにかく笑っていなさいと教えられまして。悪い癖のようなもので。不真面目なわけではないのです」
恥ずかしくなって、顔がカッとした。
血の気は戻ったが。頬は赤くなってそうだ。
さてさて、これからどうしよう。と思っていたら。陛下が言った。
「誤魔化すな。どうせ…気性の荒い、偏屈な王だから、笑って媚を売れとでも忠告されたのだろう? だがそれは、このようなところへのこのことやってきた、おまえが悪いのだ」
王が剣を振り上げる。
でも、ぼくは。そのとき、どうしても言いたいことがあって。少し声を張り上げて、言った。
「陛下の婚礼衣装に携われる誉れを、どうして他の者にやれるでしょうっ」
そりゃ、陛下の衣装を作れるとなれば、のこのこと、どこへでも行きますよ。
こうして成敗されるかもしれないとわかっていても、多少の危険はかえりみずに来てしまいますよ。
陛下が己の服に袖を通す、そんな場面を、仕立て屋は夢に見ているのですよ。
「蛮族から本土を守り切った勇猛な国王一族のお話を、幼き頃より本で読み。僕は王家を敬愛しております。その現国王であられる陛下の、めでたき日の衣装を仕立てられるというこの喜びは、誰にも渡せませんっ」
これでわかっていただけましたか? 陛下っ。
ぼくが王家オタクで、推しは陛下で、仕立てしか能のないモブだということをっ。
期待に瞳を輝かせ、ぼくは陛下をみつめたが。
王は驚きに目を見開き、唇も少し開く。あぁ、無防備な顔つきでも、なお素敵です。
「おまえは…婚礼衣装を作りに来たのか?」
ええ? そこからですか?
ぼくが仕立て屋なのは、陛下自身が口にしていたので、承知しているとは思うが。
つか、バミネの野郎が、きっと言い忘れているんだな。職務怠慢男め。
「もしかして、依頼内容が間違っていましたか? もしも、お好みの絵柄などございましたら、すぐにお直しいたします。婚礼衣装ではなくても、普段使いのシャツでもオーダースーツでも、なんでも対応いたします。あ、でも…そもそも僕がお気に召さないのでしょうか? ですが、どうか、僕に引き続き陛下のお衣装に携われる栄誉をお与えください。目障りであるのなら、この部屋から一歩も出ず、黙々と作業に従事いたします。だから、なにとぞ、チェンジだけは御容赦を…」
そうです。ゲームのクロウは邪魔ばかりしてウザい限りでしたが。
ぼくは絶対、陛下とアイリスの邪魔などいたしませんからっ。
ぼくもラヴェルを見習って、陛下の要求にはなんでも応えてみせますから。
なので、なにとぞ。なにとぞぉ…。と。ぼくはお祈りモードで陛下に懇願する。
っていうか、バミネのやつ。きっと、陛下にわざと詳細を伝えず、ぼくが粗相して陛下に成敗されるのを、狙っていたんじゃないかな?
だから、もう本土の地を踏めない、みたいなことを言ったんだ。
むーかーつーくー。
怒りのあまり、唇がワナワナしてしまったよ。
「…冗談だ」
ぼくがバミネへの怒りで打ち震えていると、陛下がつぶやいた。
お祈りモードで、うつむけていた顔を上げると。
陛下は剣を鞘におさめ。ちょっとぶっきらぼうな様子で言う。
「わかるだろう? 城から出られず、暇を持て余した…戯れだ」
そして、ぼくとは目を合わせることなく、ササッとサロンを出て行ってしまった。
ぼくはしばし、床に座ったまま、呆然としていたが……。
あぁ、なるほどね。あれだ。ドッキリってやつ。
初めて島に来た働き手に、ドッキリしかけて、歓迎するやつぅ?
ええ? 陛下ってそういうこと考えちゃう、ライトな御方なの? ちょっと意外だ。
でも、あんなに大人びて、威厳があって、ぼくより全然体格が大きくてたくましいけど。
まだ十八歳だもんな。
王城の中の働き手も、少なそうだし。新顔にシビレル挨拶をかましたってことだね? 了解、了解。
成敗案件かと思っていたけど。ぼくが勘違いしちゃったんだな?
そうだよね。そうそう、成敗したりしないよ。
ゲームじゃなくて、ここはリアルなんだから。
ひとり、心の中で納得していたら。
なにやら視線を感じ。ぼくは自室の方を見た。
そうしたら、シオンが、扉を二センチほど開けて、目だけでこちらを見ていた。怖っ。
ま、シオンにしてみたら、兄の危機を察し、いつ出て行くべきか、思案していたのだろうけど。
これは陛下の戯れだ。姿を現さなくて正解だったね。
でも、誰かに見られたらヤバいから。
ぼくは手を振って、部屋の中に入るよう示す。
シオンは、不機嫌オーラを漂わせつつも。パタリと扉を閉めた。
怖っ。ホラーチックなのやめて。
だけど。ドッキリとは言え、寿命が二年ほど縮まるくらいにはドキドキしたよ。
どっと、疲れた。今日は仕事を終わらせて、もう寝よう。
122
お気に入りに追加
1,078
あなたにおすすめの小説
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
出来損ないアルファ公爵子息、父に無限エンカウント危険辺境領地に追放されたら、求婚してきた国王一番の愛息、スパダリ上級オメガ王子がついて来た!
みゃー
BL
同じく連載中の「アンダー(底辺)アルファとハイ(上級)オメガは、まずお友達から始めます!」の、異世界編、スピンオフです!
主人公二人が、もし異世界にいたらと言う設定です。
アルファ公爵子息は恒輝。
上級オメガ王子様は、明人です。
けれど、現代が舞台の「アンダー(底辺)アルファとハイ(上級)オメガは、まずお友達から始めます!」とは、全く、全くの別物のお話です。
出来損いアルファ公爵子息、超危険辺境領地に追放されたら、求婚してきた上級オメガ王子が付いて来た!
只今、常に文体を試行錯誤中でして、文体が変わる時もあります事をお詫びします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる