【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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23 死神を成敗する(イアンside)

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     ◆死神を成敗する(イアンside)

 八代前の、国王の肖像画が飾られたディナールームで。我はひとり、夕食をとっている。
 国王の食堂であるから、シャンデリアや柱の彫刻など、見栄えは華やかだが。
 食卓は八人掛けほどの小さなものだ。

 以前は、二十人が余裕で座していた、特大の長机であったが。
 今この部屋で食事をとるのは、我ひとりだけ。大きすぎる机は寒々しさを誇張するだけである。

 王城には、母と妹がいるが、彼女たちは後宮から出てこない。
 というか、監視されていて出てこられないのだ。
 侍女頭の者が、バミネの息がかかっていて。女性陣が…身内の我や、使用人、騎士も含む男性陣に接触しないよう、注意を払っている。
 それは孤立を狙う意味と。王族の血族を増やさぬ意味があった。
 妹はまだ十三歳なのに、子供をはらむ心配をしているのだ。馬鹿馬鹿しい。

 それで家族は、我と一緒の食卓を囲めないということだ。
 給仕をするラヴェルや、警護の騎士たちも、同じテーブルにつくことはない。
 それも、長年のことだから、もう慣れた光景ではあるが。

 食後のワインをグラスに注ぎながら、ラヴェルが我に話しかけてきた。
 寡黙というわけではないが、無駄口を叩かぬ男が。珍しい。

「陛下。クロウ様の仕事場に顔を出されたようですね? もう、彼の元へ行くのはおやめください」
 思いもよらないことを言われ、驚いた。
 アフターヌーンティーのあと、確かに死神の元へ行ったが。それは騎士たちしか知らぬことだと思っていた。
 彼らに目をやると、首を振るので。彼らが話したわけではなさそうだ。
「やつが、そう言ったのか? おまえはいつ、やつと会ったのだ?」
「夕食の給仕をしにまいりました。そこで少し話をお聞きし…王城の食事が美味しいと、大層感激されていましたよ」
 我は、小首を傾げ。ラヴェルにたずねた。
「それは…嫌味か?」
 今回の食事は、メインの肉料理と、サラダ、スープ、パンだ。
 王族がどんな食事をしているのかと、興味津々だったなら、この質素なメニューに落胆するはずなのだが?

「なにも、ごてごてした、品数ばかりが多い料理が優れているわけでもない。それとも陛下は、俺の食事は宮廷料理にそぐわないとおっしゃるのか?」
 皿を下げながら、眉をひそめて言うのは。料理人のアルフレド・ランカスターだ。
 料理人用の白衣を着ているが、その上からでも腕の筋肉が太いと見て取れる。
 長身、大柄、青髪と、特徴は数々あるが。

 なんといっても、彼の料理は美味い。

 バミネのせいで、食費や人件費を制限される中。王城に勤務するすべての者に行き渡る、パンも菓子も、朝昼晩の食事も、全部彼がひとりで取り仕切っている。
 そしてすべてが美味い。これはすごいことだと思うのだ。

「なにを言う。昼間のスコーンも最高だった。アルフレドの料理は、いつも絶品だぞ」
「でしょう? 坊ちゃんも、そうおっしゃってくださいましたよ。料理人冥利に尽きます」
「坊ちゃん?」
 アルフレドは、ラヴェルと同い年の二十八歳だ。
 だが、先代の王が存命のときから王城で働いていた、古参の料理人である。
 セドリックと同じように、我が王でも、親しく接してくれるので。心安い相手である。

 そのアルフレドが、坊ちゃんと言う相手に覚えがなく。我はたずねた。
「クロウ様ですよ。あの細身で、料理をすべてたいらげ、さらにパンがふわふわで美味しいから、多めにほしいって。見かけによらず、健啖家なのですな。感激いたしました」

 まさか、料理人がいつの間にかクロウに取り込まれていた、だと?
 我は驚愕して、目を見開いた。
「あいつは、我を狙う、暗殺者かもしれぬのだぞ。慣れ合うんじゃない」
「俺の料理を美味しいって言う者に、悪者はおりませぬよ、陛下」
 野性的な顔つきながら、垂れ目でウインクしてくる。
 憎めない、愛嬌のあるアルフレドは、ワゴンを押して部屋を出て行った。

 マジか?
 料理美味しいっ。パンがふわふわぁ。って言えば、暗殺者でないと言い切れるのか?
 それでいいのか、アルフレドよっ。
 というか、我の知らぬところで、アルフレドもラヴェルも、あの死神にほだされていたなんて。

 なぜか、それが妙に腹立たしい。

 やはり、あいつは、なにかおかしい。
 こんな短時間で、王城の人間を、こうも懐柔できるものなのか?
 魅了の魔法を使っているとしか思えぬ。

 グラスのワインを飲み干し、ラヴェルに目を向けた。
「ラヴェル、おまえは我が、あの死神に会うことを案じているようだが。あんな男、簡単に首をへし折って、始末できる。そんなことより…」
 テーブルにグラスを音を立てて置き、ふつふつ湧き上がるどす黒い感情に、身をひたす。

「あいつの動向を、脅えながら見守っていることなど、ないのではないか? やつが暗殺者であっても、なくても。我を死へ導く死神であることに変わりあるまい。意に沿わぬ者として、殺してしまえばいいのだ」
 いら立ちを表すように席を立つと、ガタンと椅子が鳴った。
「そう、バミネも。残り僅かな人生、心のままに振舞えと、言っていた。我は、あの者が王城で息をしていることこそが、もう我慢ならないのだ」

 我は、迷いのないストライドでディナールームを出ると。まず居室へ向かった。
 背中に、ラヴェルの慌てた声がかけられていたが。頭に血がのぼっていて、聞こえない。
 居室へ入ると、壁に飾られている剣を手に取った。

 バミネは。王をこの島に閉じ込め。仕事を与えず。娯楽も奪い。尊厳を絶ち。退屈の海に王を沈めることで、我が自然に弱るのを待っているのだ。
 しかし、そうした仕向けに乗るのは業腹だ。

 だから我は、王としての威厳をなんとか維持する努力をしてきた。

 ラヴェルからは、一般の者よりも高い教養を学び。
 古い書物も読み込んで、先達の知恵を深め、長い時間をかけて己に落とし込んだ。

 セドリックとシヴァーディからは、剣術と武術の指南をしてもらっている。
 それ以外にも、城塞内を動き回って体力をつけ、筋力強化に余念がない。
 それを日課にし、王の矜持を保ってきたのだ。

 今、手にしている剣は、カザレニア王家に代々伝わる宝剣である。
 この剣には、王家に敵対した多くの者の血が染み込んでいる。

 宝剣とは言うが、宝飾のない、彫刻があるだけのただの剣だから。値打ちものにしか関心のないバミネの目には止まらず、没収を免れた。
 反逆防止に、先進的な武器は取り上げられてしまい。王城には古びた刀剣しかないのだが。
 この剣は、年代物だが両刃を鋭利に研いであるので、使用可能だ。
 あのような貧弱な死神を討ち果たすのには、食事用のナイフ一本で充分だろうが。
 まぁ、ネズミ相手でも本気を出すべきだろう。

 我は剣を携え、居室を足音荒く出た。
 廊下には、顔を青ざめさせたラヴェルと、珍しく慌てた様子のアルフレドと、面白がる感じのセドリックと、冷静な美貌を崩さないシヴァーディがいた。

「陛下、なにをなさる気なのですか? クロウ様はただの仕立て屋です」
 ふと、我はラヴェルを見やり、言う。
「おまえは、我を案じていたのかと思ったが。違うのだな。あいつの身を案じていたのか?」
「もちろん、陛下のことも案じております。あのような細腕の者に本気になるなど、陛下らしくもない」
「そうですよ、陛下。あんな坊ちゃんなど、腕に止まる蚊ほどのものでしかないでしょう?」

 アルフレドの言い様に、我は片頬を上げて笑い。告げた。
「蚊ならば、叩いて殺しても、気に病むこともないな」

 そうして、我はやつがいるサロンに向かっていく。
 背後では、ラヴェルがなんとか我を止めようと言葉を尽くすが。
 シヴァーディとセドリックは、我がそれほど思い詰めているのなら、と同情的だ。

 だが、もう誰の声も、我には届かない。
 もう、やつしか。目に入っていないのだ。

 二階の、サロンの手前の廊下で。騎士たちを止めた。
「ここから先は、ついてくるな。部屋に入ってきた者は、許さぬ」
 さやに入った剣をギュッと握り締め。我は宣言した。
「死神を、成敗する」

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