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21 第四の攻略対象者

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     ◆第四の攻略対象者

 窓の外、日は落ちた。暗くなったサロンの中は、ランプのあかりで明るくする。
 シャンデリアはあるが。この世界には電気はなく。ろうそくの火を反射させる構造のものだ。
 それは、使用人がひとつひとつ、ろうそくに火をともさなければならないならないわけで。モブの仕事場のシャンデリアに、火を灯す者など、来てくれるわけもない。
 あ、大丈夫です。
 モブは、ランプの灯りで充分なので。きらびやかなシャンデリアなど、恐れ多いです。
 まぁ、そうはいっても、暗い場所での作業は目に悪いので。それなりにランプの数は多めに使わせてもらっています。
 それだけでも、すみませんという感じだ。

 チョンは、もう人型に戻っている時間なので、自室で待機していて。
 ぼくはもう少し仕事を進めようと思って、サロンでチクチクしていた。

 そうしたら、給仕の人が夕食を持ってきてくれた。
「クロウ様、夕食のお時間です。部屋にお運びいたしましょうか?」
「いえ、自分で運びますので。そこに置いておいてください」
 針を針山に戻し、顔を上げて言うと。
 サロンの中ほどに、ワゴンを押してきた人が。無言でジッとぼくをみつめてきた。

 長い濃茶の髪を、後ろで結んでいる。
 アーモンド形の目に琥珀の瞳。正統派の美形だな。

 たぶん、第四の攻略対象者だろう。

 ぼくより少し年上か。勉強を教えてくれる、優しい隣家のお兄さん、みたいな?
 つか、どっかで見たような、親しみを感じる顔だな?

「申し遅れました。私は王城で執事をしております。ラヴェル・ウォリックです」
「…ラヴェル?」
 その名前には、聞き覚えがあった。
 ラヴェル…十年前。別邸で執事見習いをしていた。あの?
 え? マジ?

 戸惑い、目をぱちくりしていると。
 堅い表情をしていたラヴェルは、途端に泣きそうな顔つきになった。
「あぁ、やはり、クロウ様なのですね? 姓が違っても、ホールで見たときに、面影があると思い。やはり、間違いではなかった。私のクロウ様っ」

 ラヴェルは、ワゴンをその場に残し、ぼくが座るスツールのそばまで来ると。その場に膝をついて深く頭を下げた。
 そんな? 王城勤務の方が、ぼくに頭など下げてはいけません。

「ラ、ラヴェル様。その、頭を上げてください」
「様など…。私は貴方様の執事です。昔のようにラヴェルとおっしゃってください」
 ひえぇぇぇ。急展開に、ぼくはワタワタしてしまう。
 なぜに、攻略対象様が、モブに頭を下げるのですかっ。

 前世で、死ぬ前にちょっとだけ見た、アイキンの攻略本には。
 執事は王に忠実で、王の要求にはなんでも応える王のしもべ。
 攻略対象ではあるが、王よりも自分の好感度を上げないと攻略できないという、難易度MAXなゲームキャラ、だったはずだ。
 しばらくは、話しかけても、声を聞かせてもらえないとか。
 レジェンド声優を起用しているのに、無口キャラとか。超無駄遣いだと。思ったものです。

 その、ラヴェルが。以前、公爵家で働いていた執事?
 どういう運命の悪戯いたずらなのですか?

「そうは、いきませんよ。今や、貴方は王城で働く、王の右腕とも言うべき執事で。ぼくはただの、平民の仕立て屋ですから」
「平民? ですって? なぜ? どうしてクロウ様が…公爵子息様が、仕立て屋をしているのですか?」
 驚愕による大きな声で、ラヴェルがぼくを公爵子息だなんて呼ぶものだから。
 慌てて椅子から立ち上がり。ラヴェルと同じく床に座り込んだ。

「ここで…扉を開け放したサロンで、そんな話はできないよ。ラヴェル様、続きの間に移動しましょう」
 ぼくは彼を立ち上がらせると。
 続きの間の扉をココココと、四回ノックした。隠れろの合図だ。

「貴方の部屋なのに、なぜ、ノックを?」
「習慣です。…どうぞ」
 充分に間を開けてから、ぼくは部屋にラヴェルを招いた。

 まだ、ラヴェルが、ぼくの味方になってくれるのか、わからないじゃん?
 ラヴェルは、仕事中でも、子供だったぼくたち兄弟の遊び相手をしてくれるような、優しく、優れた、執事見習いだった。
 だから、すごく懐かしくて。再会したのは嬉しい気持ちではあるのだけど。
 彼が王城へ来た、経緯がわからない。
 バミネと通じている可能性もあるから。慎重に。
 シオンの姿は、すぐには彼に見せられなかった。

 ラヴェルは夕食のワゴンを部屋の中に押し入れ。そして改めてぼくと向き合った。
「クロウ様は、なぜ仕立て屋を? まさかバミネに脅されて、仕立て屋のフリを?」
「いや、正真正銘、僕は仕立て屋だ。ラヴェル…と離れたあと。僕たちは公爵家をたずねたのだが。そこでバミネに追い返されてね。母と弟を守るため、仕立て屋になったんだ。手先が器用だったからさ」

 なんてことない、という感じで話すが。
 ラヴェルは、どこかが痛いとでもいうような、とてもつらそうな顔で、ぼくをみつめる。
 昔は、ぼくに。いつもほのぼのした顔で、微笑みかけてくれたのに。

「そんな…私は。私と父は。アナベラ様に、公爵家を出て王城に勤めるよう言われ。第二公爵夫人に危害を加えないという条件で、その任を引き受けたのです。それなのに…」
 レジェンド声優に似た、まろやかな、鼓膜を包む心地よい声。
 うん。ラヴェルは顔も良いけど、声がたまらなく良い。いつまでも聞いていたい気になるね。

「まぁ、危害は加えられていないな。母は無事だから。公爵家には入れなかったが」
 それに、母は無害でも、シオンは呪いをかけられたしね。
 バミネのクソ野郎、曲解もはなはだしいわっ。

「私たちの要求は、もちろん。第二夫人とそのお子様が、公爵邸にて心穏やかに暮らすと…そういう意味だったのですっ。それなのに、公爵邸に迎え入れないなんて…公爵様のお血筋をないがしろにするなど…」
 怒りの余り、ラヴェルは震えている。
 琥珀の瞳が、燃えて、金目に輝いた。
 うわぁ、綺麗だけど。怖い。

「あいつらは、自分の都合のいいように、なんでも捻じ曲げるんだよ。まぁ、それで。僕らは、公爵家から離れ、母の叔母に保護してもらった。大叔母様が営むジェラルド商会で、僕は仕立て屋をさせてもらっているんだよ」
「本当に、平民に? なんという…おいたわしい…私は、クロウ様は立派な公爵子息様になっておられると信じていたのです」
「あれから十年、父上にはお会いできないままだ。アナベラとバミネは、人の生死などなんとも思っていないようなヤバいやつだと、わかっている。だから。僕らは深入りしないで、公爵家からは離れることにしたんだよ。命あっての物種だからね」

 今でも、あのときの決断は正しかったと思っている。
 ここまでの十年、大叔母様たちのおかげで、母上にも不自由のない生活をさせられたし。グッジョブ、ぼく。

「しばらくはバミネにみつかることなく、静かに暮らしていたが。今回の件で、みつかってしまってね。バミネに先日会ったときには、母も弟も死んだと言っておいた。アイツらに目をつけられたくないんだ。だから。ふたりとも健在だけど、そこら辺、ラヴェルも口裏を合わせてくれ」
「承知いたしました。夫人とシオン様はご無事なのですね。それは、良かったです」

 無事と、言えるのかどうか。と、ぼくは苦笑いする。まぁ、元気は元気だけど。
「…ロイドは元気? ロイドもここに?」
 ロイドは、公爵家の筆頭執事だった。
 公爵家のことは、ロイドがいなければ回らないとまで言われていた優秀な執事だったのだが。やはり十年前から姿が見えない。
 先ほどラヴェルが、私と父は、と言っていたから。親子で王城勤務になったのかと思ったのだが。

「父は二年前に亡くなりました。ここには医者がいないので。病気になってしまうと、あっという間で…」
「医者がいないのか? 病気になっても、上陸を許されないなんて…なんて非人道的なんだっ」
 信じられないっ、いくらなんでも、命というものを軽視し過ぎだ。
 バミネの冷酷さや残虐さに、改めて鳥肌が立つ思いだった。

「王城から出ないことが、第二夫人と貴方様を守る術でした。陛下も…」
 内情を口にするのは、執事としてマズイんだろうな。
 守秘義務、的な?
 それでラヴェルは語尾を濁したが。ぼくはある程度のことは知っているよ。アイキンのおかげでっ。

「やはり、陛下はこの王城に閉じ込められているんだな?」
「なぜ、それを…」
 一般市民は、陛下が表に出てこないことを。先代陛下の弔いのためだとか。流行り病を国民にうつさないよう、まだ警戒しているのだとか。そういうふうに思っている。
 誰かに国王が幽閉されているなど、考えつきもしない。
 大半の国民は、陛下が王城で穏やかに生活していると信じているのだ。

 だからラヴェルは。ぼくが、陛下が幽閉されていると知っていることに、驚いたようだった。
 でもさ、いわゆるぼくは、当事者に近いわけだからね。
 実は、愛の力で幽閉された王を救うゲーム知識によるものだけど。

「ラヴェルたち、公爵家の核を追い出し。血縁である僕らも追い出して。アナベラとバミネは公爵家を乗っ取ったってことだろう? 次に奴らが狙うのは、王座だ。元々、それが狙いだったんだろうけどね。公爵家はその布石というところか。陛下もぼくらの件と同様に、王城から出ないよう、あいつらに脅されているのだろう?」
「素晴らしい御慧眼です、クロウ様」

 いやいや、アイキンの知識があってこそなので。
 はい。ズルです。
 そんな、キラキラした目で見ないでください。いたたまれません。

「クロウ様は、なぜ、バミネの依頼などを受け、ここにいらしたのですか?」
 ラヴェルに聞かれ、ぼくは…悩む。
 彼の話を聞く限り、アナベラやバミネから自分たちを守るために、王城へ来たみたいだ。
 だったら、ぼくらの不利になることを、しないでくれるのではないか?

 ぼくは、シオンがここで危険なく過ごすために、少し味方が欲しかったのだ。
 だから。ちょっとズルい言い方だけど、ラヴェルにたずねた。

「僕は、ラヴェルが裏切ったとは思わなかったけれど。公爵家に入れず、心許ない思いをしていたとき、頼れる者がそばにいなくて、つらかった。ラヴェル…君は、僕たちを見捨てたわけではないよね?」
 その問いかけに、ラヴェルは、端正な顔をゆがめ、目に涙を浮かべた。

「当然です。私も、亡き父も、この王城へ来てから一日たりとも、クロウ様を想わぬ日はありませんでした。あの日、貴方様から離れたことを、何度悔やんだことかっ」

 ええ? そこまで、想ってくれなくてもいいんだけど。
「そう。なら…ちょっとだけ僕に力を貸してくれないか?」

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