上 下
20 / 176

14 ラスボスチックな自覚はあります

しおりを挟む
     ◆ラスボスチックな自覚はあります

「クロウには、ここで仕事をしてもらう」
 そう言い、セドリックは二階のある部屋を示した。
 階段を上った陛下は、左手の方へ歩いていったが。この部屋は、右手に歩いていった、突き当りにある部屋だった。
 セドリックが両開きの木製のドアを開け放つと、白を基調にした家具と暖炉がまず目に入る、素敵なサロンで。そのきらびやかさに、ぼくは目を丸くした。

 暖炉の枠の部分が陶器でできている。今は火が消えているが、その暖炉の前には、金細工が施されている白地のカウチと椅子の応接セットが置かれていて。
 照明はシャンデリアだ。
 床にはえんじ色の絨毯が敷かれていて。部屋の中央部分が広く開いている。
 それはおそらく、仕事道具などを置くための、取りなしだろう。

 見るからに、普段は上流階級と相対する応接室として使用されるべき部屋である。これほどに豪華絢爛な部屋を、仕事部屋として提供してもらえるとは思わず。恐縮しきりだ。
「このような素敵な部屋を、仕事部屋として使って良いのですか?」
「陛下のご指示だ」
 セドリックは短く答え。そして続きの間のドアを開けた。

「サロンの扉は、基本、開けっ放しにするように。そして、寝食はこちらの部屋を使用しろ」
 続きの間は、おそらく、客の従者が待機するための部屋なのだろう。そこに、ベッドやワードローブや小机が運び込まれている。
 しかし、洗面、バス、トイレ付きなので。全然不自由ないよ。
 ワーカーホリック気味のぼくとしては『仕事を終えたらすぐベッド』的環境は大歓迎だ。
 チョンが隠れるにしても、独立したバスルームがあるから悪くないじゃん?

「至れり尽くせりで、助かります。これはコート掛けですか?」
 部屋の隅に、ブリブリした感じに彫刻がされている木の棒があって。それを指差すと、セドリックはうなずいた。ぼくはさっそくマントを脱いで、いそいそ、そこに引っかける。
「中も、黒いんだな」
 手提げかばんを部屋に運び入れたセドリックに言われ、ぼくは己の姿に視線を向ける。
 マントの下に着ていたのは、黒のスーツに、黒シャツ。首に巻く、ふわりとしたスカーフタイだけ、クリーム色だ。

 この世界のタイは、前世のような幅広の紐の物は流行ではなく。スカーフをふわりと巻いて、装飾品で留めるようなスタイルや。もっと甘めにリボンタイというのが主流だった。
 ネクタイ、流行らすか? シオンとか、似合いそうじゃね?

 マントを脱いで。座る場所がなくなり、ぼくの頭にしがみつくチョンを、ベッドの上におろしながら。セドリックに答えを返した。
「はい。服の色目をダーク系にしていると、糸くずがついていたらすぐにわかって良いのです。糸くずをつけたまま接客するのは失礼ですからね。ぼくは好んで黒を身につけているんですよ」
 ゲーム中に、クロウのことを、陰気な黒い服の、前髪長くて仕事を舐めた仕立て屋、と内心馬鹿にしていたが。すまない。ちゃんと、すべてに理由があったのだな?
 今、自分がクロウになり。イケていないのはわかっていながら、仕事的にはこのスタイルがベストなので。
 ゲーム内のクロウを罵ってしまったことを、謝りたい気分だ。

「しかし、このマントはいささかやり過ぎだろ」
 セドリックはコート掛けに掛けたマントのすそを指先でつまんで、めくってビラビラする。
 おっ、お目が高い。よくぞ聞いてくれました。

「陛下にお会いするのに、失礼のないよう、社交界で流行のデザインを取り入れているのです。そで先から、裾まで、一枚の布でつながっているのですよ? たっぷりとしたドレープのスカートが、ご婦人方には人気でして、それをコートに応用したのです。素敵なシルエットでしょう? えりには刺繍もほどこしてあり、男性物でありながら、おしゃれ心も忘れない逸品に仕立て上げました」

 ま、この大きな襟の総黒くめは、悪役を彷彿ほうふつさせるから。ラスボスチックな自覚はあります。

「ふーん、これもおまえが作った物なのか。へぇ。…まぁ、わかりました。お疲れでしょう? 夕食の時間までしばしお休みください。食事は時間になったら、給仕がこちらに運んできますので。あと…貴方はこの部屋の中だけでお過ごしになるのが良いでしょう。城内をうろうろしているのを見とがめられたら、スパイを疑われ、斬られるかも。ま、疑われるような行動をしたら、斬られても文句は言えませんよね?」
 暗に、目障りなら斬るとセドリックに言われ。ぼくは…。

 さすがアイキンの世界だと感心したのだ。
 そうだ。モブだとはいえ、アイキンの世界なのだもの。成敗は付き物だよね?

 でも、こうして忠告してくれるのだから、優しいじゃないか?
「ありがとうございます、セドリック様。御忠告に従います」
 モブだからと油断していた、浅はかなぼくの目を覚ましてくれたセドリックには、深く感謝しよう。
 思いを込めて返事をすると、彼は少し目を丸くして。なにやら気まずそうな顔つきで、サロンを出て行ってしまった。

「なんだ、あの赤髪といい、王といい、嫌ぁな感じのやつばっかりだな?」
 チョンはベッドの上で、目を吊り上げてシャーシャー言っている。猫だけに。

 ちなみに、ぼくは。チョンのときの声は、四歳当時の可愛い声に聞こえている。
 勝手に脳内変換しているのかな?
 シオンの声は、前世で、低く男らしい声が評判だった若手声優、みたいに聞こえている。

 アイキンは、声優もアニメ会社も贅沢ぜいたく使いしていたからなぁ。
 シオンはメインキャラじゃなかったが。絶対腐ったスタッフが。

 モブの弟くんは絶対イケボよ、モブとは違うのよぉ。

 って言いながら。妄想で声を当てていたに違いない。
 それはともかく。
 甲高かんだかい声の子猫が、生意気な感じで言うのが、たまらなく可愛いんじゃっ。

「赤髪じゃなくて、セドリック様。国王のことは、ちゃんと陛下と呼びなさい。ふたりとも、この国と国民を守ってくださる尊い方だ。敬意を払わなければならないよ?」
 メロメロのデロデロに可愛がってやりたいところだが、注意するべきところは注意するよ。お兄ちゃんだからな。

 ベッドに腰かけ、ぼくはチョンの背中を撫でながら言い含める。
 こういうことは、子供の頃からきっちり指導しておくべきなのだ。
 シオンが大人になったとき、陛下の御前に呼ばれることがあるかもしれない。公爵子息としてではなくても、今のぼくのように、思いがけない事態だってあるかもしれないんだから。

 ま、ぼくはうまくできなかったけれど。
 だからこそ、弟が失敗しないようにしたいではないか?

「しかし。兄上のことを醜いなどと…王様だとて、僕は許せません」
「それは仕方がないだろう、僕はモブだもの」
「モブではありません。僕の兄上は、誰よりもお美しいのだから」
「はいはい。美しいと言えば、陛下のお美しさが暴力的で、僕は心の中で二リットルほど吐血をしたよ」

 そう、美しいというのは、陛下のような人のことを言うのだ。
 いずれチョンの美的感覚は矯正しなければならないな、とぼくは心に誓う。
 まぁ、この城にいたら、美男美女が目白押しだろうから、チョンの美意識も自然に塗り替わっていくことだろう、とは思うけど。

 とにもかくにも、この城に来て、ぼくは第一成敗を回避したっ。

 許しなく、目を合わせるという無作法をしてしまったとき。もう駄目かと思ったが。
 怒られることもなく、仕事部屋まではたどりつけた。
 無事、仕事を始めることができそうなのは、喜ばしいことだった。

 今日は、船に乗ったり、坂を上ったりで、インドア派のぼくとしては、体力をかなり消耗した一日であったが。
 それよりも、陛下の御尊顔を拝見し、俄然、創作意欲が湧いてきてしまった。
 あんなに、きらびやかな方なのだもの。もっとあでやかな刺繍にしたい。

 ぼくは荷解きをして、仕事着である黒のタートルシャツとズボンに着替えると。仕事道具の入った手提げかばんを持ち上げた。
「兄上、仕事をするのですか? もう少し、お休みをされては?」
「いいや、時間は限られているし。僕は、陛下のお衣装を満足のいく出来に仕上げたいから。まだまだ手を入れたいんだ」
 疲労よりも、ウキウキ気分が勝ったぼくは、サロンの方へ戻った。それにシオンもついてくる。
「兄上、でしたら、暖炉に火を入れてください。僕はこちらに陣取ります」
 チョンは、暖炉の方を向いた猫足のチェアに飛び乗り、そこにちょこんとお座りする。かっわいいっ。

「わかったよ。猫は暖炉が大好きだものな」
「猫だからではありません。人でも、炎を見れば、ほんわかするものです」
「はいはい。時間が来たら、ちゃんとベッドに行くんだぞ? もしも人型のときに部屋に誰かが来るようだったら、バスルームに隠れろよ。なにがあっても…僕が危険だと思っても。絶対に出てきたら駄目だからな?」
「兄上が危険なら、出て行くに決まっているじゃありませんか。僕は兄上のボディガードなのですから」
 目の縁をつやつやさせる小さな黒猫は、可愛いボディーガード。
 でも、ここは成敗渦巻く危険な王城だから。ぼくになにがあっても。チョンの命だけは救えるように手立てをしておかないとならないなと考える。

 一番は、アイリスに頼めたら良い。チョンの好感度がありそうだったから。
 でもアイリスは、後宮にいることが多いだろうから、頼みに行くことができないかも。

 あと頼めそうなのは、動物に優しそうなセドリックかな。
 ぼくが死んだら、チョンを本土に返してと。機会があったらお願いしよう。そうしよう。

「チョンを信用している。でも、チョンが出てくる場面は、最終手段だよ。基本、人型の姿は決して見られてはならない。わかったな?」
「抜かりありません、兄上」
 暖炉に火を入れ、部屋が温かくなってくると。チョンは椅子の上で丸くなって寝た。
 その様子を目端めはしで見ながら、ぼくはトルソーの位置を決めたり、仕事道具を並べたりと、仕立ての準備を始めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

最終目標はのんびり暮らすことです。

海里
BL
学校帰りに暴走する車から義理の妹を庇った。 たぶん、オレは死んだのだろう。――死んだ、と思ったんだけど……ここどこ? 見慣れない場所で目覚めたオレは、ここがいわゆる『異世界』であることに気付いた。 だって、猫耳と尻尾がある女性がオレのことを覗き込んでいたから。 そしてここが義妹が遊んでいた乙女ゲームの世界だと理解するのに時間はかからなかった。 『どうか、シェリルを救って欲しい』 なんて言われたけれど、救うってどうすれば良いんだ? 悪役令嬢になる予定の姉を救い、いろいろな人たちと関わり愛し合されていく話……のつもり。 CPは従者×主人公です。 ※『悪役令嬢の弟は辺境地でのんびり暮らしたい』を再構成しました。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

【完】ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが

BL
 俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。  ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。 「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」  モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?  重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。 ※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。 ※第三者×兄(弟)描写があります。 ※ヤンデレの闇属性でビッチです。 ※兄の方が優位です。 ※男性向けの表現を含みます。 ※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。 お気に入り登録、感想などはお気軽にしていただけると嬉しいです!

処理中です...