【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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112 終わらない物語 ①

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     ◆終わらない物語

 前線基地のとある一室で、銀杏が目を覚ました。
 それを見守っていたのは、紫輝と、医師の井上だ。

「すごいな、紫輝くん。朝に、ちゃんと目を覚ましたよ。手術のときに、麻酔の代わりに使用したいなぁ」
 ライラに生気を吸われ、銀杏は本拠地から、前線基地まで運ぶ間、意識を失っていた。
 確かに、麻酔転用の価値はあるかもな。でも。

「生気を吸っているから、術後の回復とかに影響ないかなぁ?」
「いけません、能力は極力使うなと、あの方の指示です」
 紫輝に重なるように、後ろにいた大和が、苦言を呈する。
 余計なことを言うなと、じろりと井上医師を睨んだ。

「でも、生気を吸うのはライラの食事だし。俺の能力とは関係なくね?」
「そうだよ。紫輝くんは、僕の助手になって。手術のお手伝いをするんだ。そうしたらライラ様も、モフり放題。ふへへへ」
 井上が変な笑い方をしたから。ライラ剣がガタガタ震え出した。
 大丈夫だよぉ。ライラのこと、生け贄にしたりしないからぁ。

「やはり、ライラ様が、それは嫌だと申しております」
「そんなぁ…怪我人が助かる善行なのですよ、ライラ様」

「ちょっと、あんたたち。私の枕元で、さっきからなに、わけのわかんない話しているのよ?」
 井上と紫輝の話に、銀杏が割り込んできた。
 この話は、ライラの存在を知らなければわからない話なのだ。
 すると井上が、銀杏の顔をのぞき込んで、つぶやいた。

「うわぁ、本当に金蓮様、そっくりなのですね。これでは、私のお墨付きなどなくても、みなさん、双子認定すると思いますよ? 将堂家の赤茶の大翼も健在ですし。疑いようがないでしょう」
「やめてよ。あの男女おとこおんなと似ているとか。ふざけないでっ」
 銀杏は布団を手で握り込んで、頬を膨らませて怒る。

 あの、さっむい地下牢で、薄い布団を身に巻きつけていたから。今、寝台の上で、柔らかくて温かい布団にくるまれている、この状況を手放したくないのだろう。
 わかります。寒い朝に、布団から出たくない気持ち。

「銀杏さん、これからのことを説明します」
「あんたの話なんか、聞かないわっ」
 紫輝は、基成の伴侶。そう言って煽ったものだから。銀杏は、紫輝が嫌いになってしまったようだ。
 それは、いいんだけど。

「聞いた方が、いいと思うよ? 基成が、銀杏さんのこと迎えに来ているんだから」
 その言葉に、銀杏は目を輝かせた。

「基成…安曇なの? 安曇が私を迎えに来ているの?」
「そうです。将堂家の当主、金蓮様を、基成が捕縛したのです。金蓮様と銀杏さんの身柄交換を、あちらが望んでいる」

「金蓮と? 安曇は、私のことを救うために、金蓮なんて大駒と引き換えにするのね? それだけ私は、安曇にとって重要だってことなんだわぁ」
「そうですよ」

 紫輝は、こめかみがピクピクしながらも、笑顔で告げる。
 満面笑みの銀杏の中で、敵の大将よりも姫の命を優先する、白馬に乗った王子様が迎えに来たっ、という図が出来上がっている。
 それは、王子様の嫁である紫輝にとっては、腹立たしい限りではあるが。

 あと、もうちょっとの辛抱である。

「貴方、安曇の伴侶とか言っていたけど、やっぱり嘘だったのね? 真に受けた私が馬鹿だったわ。安曇はちゃんと、私のことを考えてくれているもの」
「それも、本人に直接確認してみたらどうですか? 手裏兵千人、将堂兵千人の中で、人質交換が行われます。彼らが家族や知り合いに言い伝えていけば、あっという間に、全域に、今日の話は広まりますよ?」

「そうね、あんたが、基成の伴侶なんて馬鹿な夢を見ていたことを、衆人の前で暴露してやるわっ」
 まだ、敵陣にいるというのに。こうしてドヤ顔で、考えなしに挑発してくる銀杏が…一周回ってちょっと可愛く見えなくもなくもなくもない。

「これから井上先生に、少し身綺麗にしてもらいます。彼はお医者さんだから、具合が悪いところがあれば相談してください」
「元気よ。早く、人質交換してちょうだい。でも、大勢の前に出るなら、綺麗にするのも大切ね。わかったわ」
 彼女が了承したので。とりあえず、井上に任せた。
 ちなみに、寝ている間、手の縄はほどいたけど。足に縄がついているので、逃げられないようにはなっている。
 ま、身支度が済んだら、すぐに手を縛ります。

 そうして顔の汚れや、髪を、手入れして。綺麗にした銀杏は。意気揚々と、後ろ手に縛られる。
 もうすぐ助かると思っているからだろう、堂々と胸を張って部屋を出た。
 頭までかぶる防寒のマントで、顔を隠すのも忘れない。

 彼女は、切り札なので。

     ★★★★★

 その日、一月二十二日は、雲ひとつない青空だった。
 紫輝の好きな、青色。天誠の瞳と同じ、青色。

 二月までは、まだ寒い日が続くみたいだけど。今日は、春の足音が聞こえるような、うららかな日で。
 いわゆる…断罪日和だ。

 手裏の兵が、向こうに千人。将堂の兵がこちら側に千人。その兵士たちが、距離を置いて睨み合う、その真ん中に、木材で組み上げられた舞台ができていた。
 いつも命懸けで戦ってきた、殺伐とした平原の真ん中に、舞台って…シュールでウケる。

 多くの者が固唾かたずをのんで、壇上を見守っている。
 そこに。先に、黒衣の軍服をまとい、手裏家の象徴である黒の大翼を、威嚇するように、ひとつバサリと羽ばたかせた手裏基成が現われる。
 それだけで、手裏兵は歓喜に湧いた。
 続いて、黒マントに身を覆うふたり。そして後ろ手に縛られた金蓮が、静かに上がる。

 そのあと、鮮やかな紺碧の軍服を身につけた青桐と堺。
 頭からマントをかぶった銀杏と、彼女の身柄を預かる、紫の軍服に、防寒の紫のマントを羽織る紫輝が立った。

 待って。なんで、マントも紫色なの?
 本拠地から出たときは、茶色のマントを着てきたんですけど??

 理由は。大和が、晴れ舞台だからこれを着てくださいって。
 安曇様から指示されているので、なにとぞお願いしますって。
 首が飛ぶので、どうか、どうか、着ていただけませんか。って。
 半分泣きながら言うものだから。

 もう、わかったよぉ。着るよ。着ればいいんでしょ?

 というわけで。紫輝は紫のマントをなびかせているのだった。
 わけわからん。

 天誠は、満足そうに紫輝を見ている。
 くっそう、天誠め。今は基成なんだから、魔王様の顔をしろ。
 けど、将堂の既成のマントより暖かい。のがっ。また腹立つっ。

「これより、人質交換を行う」
 基成の張りのある美声が、平原の隅々にまで響き渡るようだった。
 これほどの人間が集まっているのに、息を詰めて、みんなが壇上に注目しているのだ。

「人質交換がされたあと、二十四時間は、戦闘や侵略行為を行ってはならない。それを犯した者は、手裏、将堂、問わず。厳罰に処する。この条件を飲むか? 将堂青桐」

「承諾する」
 短く了承した青桐は。用意された書状に署名する。
 その隣に、基成も署名した。

 そして、引き渡しが行われれば、すべて完了だ。
 銀杏を連れて、紫輝が壇上の真ん中へ行き。基成も金蓮を連れて真ん中へ歩み寄る。

 左の兵士は。ジリジリした気持ちで、壇上の脇で紫輝たちを見ていた。
 実は。雷龍の力で、みんな眠らせて、手裏の幹部を拉致してこい、なんて無茶なことを言ってきたのだ。
 紫輝は、はいっと、笑顔で了承したが。

 するわけないっつうの。
 己の旦那が基成って、知らないからな、みんな。嫁にそんなこと頼んじゃ駄目だよね?

 そんなわけで、左兵士の思惑は永遠に成就しないのであった。
 引き渡しを、つつがなく完了し。紫輝のそばに金蓮が来た。
 彼女は消沈していて。なにやら覇気がない。そして紫輝をぼんやりみつめている。

 おそらく、己が実の子だと気づいたんだな、と紫輝は思う。
 まぁ、基成…天誠が。なにか言ったんだろう。
 兄を傷つける者は、たとえ親でも許さない。そういう弟だから。

「基成様、助けに来てくれたのね? やっぱり、基成様は私を愛しているのだわ。あのちんちくりんが、基成様の伴侶だなんて嘘をついて、私をいじめたんですぅ。みんなの前で、嘘を暴いて、辱めてやってください」

 みんなに聞こえる大きな声で、銀杏が言っちゃった。あぁあ。
 すると天誠は、そばに寄ってきた銀杏のマントを剥いだ。
 そこには金蓮と瓜二つの美少女がいる。
 将堂の、イヌワシの翼である赤茶の大翼が、大勢の前にさらされた。

「手裏兵も、将堂兵も、見るがいい。彼女は手裏家の養子である、手裏銀杏だが。将堂金蓮と瓜二つ。彼女たちは双子の姉妹である」

 手裏にも動揺が走ったが。将堂の方に、より、激震が広がった。

「金蓮様が、女性だと? 我々を騙していたのか?」
「将堂家の当主に、女性が居座っていたというのかっ?」
「将堂家のイヌワシ血脈に、男児が生まれなかったから、仕方がなかったのだっ」

 そこに、金蓮を擁護する声が響いた。
 ざわつく兵士たちを一喝する、その目の覚めるような声は。赤穂だ。

 壇上に、臙脂色の軍服を身につける、赤穂と月光が上がった。
 派手な登場シーンに、紫輝も基成も、苦笑するしかない。

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