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111 燎源の裏切り
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◆燎源の裏切り
一月二十一日。朝の五時。
紫輝一行は、誰にも気づかれることなく本拠地を出立し。早駆けのスピードで、一路、富士のふもとへと向かった。
前日に、月光と赤穂に相談したところ。一番効果的なところで出て行くから、心配しないでぇ。ということで。
行きがけの合流は、なくなった。
大丈夫かな? 捕まるとかはないよね?
赤穂と将堂の宝玉なんだから。
「つか、急だよねぇ? いきなり言われてもねぇ? あいつ、マジで、早く紫輝を囲いたいんだな? そうはいかないからっ、ひとり占めは許さないからぁ!」
と、月光は半泣きで、いつものようにぼやいていたが。
ま、ちゃんと来てくれるでしょう。
そんなこんなで、道中はつつがなく進み。
日が暮れかかる夕方四時ごろ、前線基地のほど近い村、田子の浦に到着。
ここで幌馬車を調達し、ライラの背中から、銀杏の身を荷台へ移し。ライラを剣に戻してから、樹海の中の基地に入っていった。
ちなみにその間、銀杏は安らかに寝ている。生気を吸われて、すよすよと。
のんきですな。
紫輝は、到着した前線基地を、荷台の幌の隙間から、感慨深く見やる。
この基地を、慌ただしく去ったのは、まだ三ヶ月ほど前のことなのに。なんか、懐かしいって思っちゃうよ。
雪景色だから、夏の暑い盛りの風景とは全く違うんだけどね。
ところで。自分たちは、最短距離の道を進んできて。
この時代は、それほど幾筋も道があるわけではない。なのに、先触れというか、連絡というか、銀杏持ってきてぇ、と言ってくるべき連絡係と、出会わなかった。
これはどういうことでしょうね?
こちらは大和を先触れで出していたので。右軍幹部が駆けつけた、前線基地内の広場に。燎源ほか、数名の左の幹部が出迎えていた。
広場にも、雪が積もっていて。みんな軍服の上にマントをかぶって防寒している。
進軍するのは大変そうだ。
「青桐様、急にお出でになるとは、何事ですか?」
糸目で笑顔の燎源に、青桐は、は? という顔をする。
つまり、誤魔化すつもりらしいのだが。
では、どうするつもりなのだろう? 燎源の思惑がわからない。
とりあえず、瀬間が話を進めた。
「何事、ではない。こちらの独自情報では、金蓮様が捕縛されていると聞いた。受け渡す罪人も護送してきたのだ」
瀬間の言葉に、燎源は、笑顔ながら青い顔をし。
小さくため息をついた。
「人質の交換ができなければ、金蓮様の命が危ういのに。連絡係とすれ違うこともなかったぞ? 燎源、まさか貴様は、金蓮様を見殺しにする気だったのか?」
「そこまでわかっているのなら…もう誤魔化せないな」
燎源が軽く右手を上げると、左軍の兵士が、剣を抜いて、青桐たちを睨みつけた。
多勢に無勢なので、瀬間や青桐は顔をこわばらせたが。
そこに紫輝が出て行く。
「統花様? なんで、こんな無謀な真似をしちゃったんです? 冷静で、金蓮様至上主義の貴方らしくもない」
すると、少し後ろの方から、誰かが叫びを上げた。
「龍鬼の言葉なんかに、耳を傾けないでください、統花様。金蓮様がいなくなれば、統花様が将堂軍を率いていけるのです。そこの青桐も、まがい物。もう将堂家の者はいないのだから。小うるさい龍鬼などは、切って捨ててしまえばいいっ」
「あれあれぇ? そこで吠えているのは、大塚くんじゃない?」
紫輝は、後ろ手にライラ剣を抜くと、剣先を大塚に向けた。
大塚は堺が牢に入っていたとき、グチグチ言っていた、うぜぇ左次将軍だ。
「大塚くんは、知っているよね? 剣を合わせなくても、俺が雷、落とせることを。もう一度、電撃浴びたくなっちゃったかなぁ? 癖になっちゃったとかぁ?」
名指しして、紫輝が挑発すると。
大塚は、あのときのことを思い出したのか。ヒッと悲鳴を上げる。
「統花様、そこの大塚くんが言っているのは、間違いですよ。青桐はまがい物ではない。将堂の正統な血脈なのです。それに、青桐が継がないとしても、まだ夏藤様もいらっしゃいますし。あぁ、子供を傀儡にすることもできますけど、それはさすがに、名家の方が黙っちゃいない。ここには麟義家も時雨家もいる。金蓮様を見殺しにしたら、さすがに後継に統花様を、という話にはなりませんよ?」
「麟義も時雨も、みんなを殺ってしまえばいい。この件を知る者は口を封じてしまえば、将堂は統花様のものです」
またもや大塚が吠えるので。
紫輝はすかさず、訂正する。
「美濃家の幸直は本拠地に残してあるんですよ。今回の顛末は、俺の隠密が、随時本拠地へ報告しているので。死人に口なし、にはならないんだよ? 大塚くん」
まぁ、そんな企ては、していなかったけど。もしも、そういうことが起きても、もう言ったから、この場にいる隠密は従うでしょう? と紫輝は。希望的観測をする。
でも、死ぬ気もないからね。
観念したのか、燎源は上げた手を下ろした。
左の兵士たちも、息を抜いて、剣をおさめる。
さすがに命令とはいえ、味方に、上官に、剣を向けるのは、後ろめたかったのだろう。
「統花様っ」
大塚だけが、気負って、燎源をけしかけるが。
彼は首を横に振る。
「連絡が間に合わないのなら、私のせいではないと思えたが。もうここに、手裏の要人がいるというのに。この状況で、私は金蓮様を見殺しにはできない」
「じゃあ、大塚くんだけ、天誅だな」
そう言って、紫輝は笑顔で、紫に光る電撃を大塚に放った。
彼はビキビキと感電し。その場に倒れる。
いやいや、見た目は派手だけど、生気を吸って、気絶しただけだから。命に別状はないよ。
左の兵士は、その大塚の倒れっぷりに、恐れおののきながら。彼を医務室に運ぶため。解散した。
その場には、燎源だけが残っている。
「金蓮様に、忠誠を誓っていた貴方が、なんで大塚なんかの甘言に乗ったんですか?」
紫輝の、燎源の印象は。
金蓮至上主義、金蓮のためならなんでもやれる、金蓮の盾になって死ねる、それぐらいの忠節を持っている。
でも、腹黒そうなイメージもあり。
しかし、それは金蓮のために発揮されるものだと思っていた。
金蓮のために、陰ながら手を汚す、的な。
あくまで、イメージなのだが。
あたらずといえども遠からず、だと思うんだよね。
「金蓮様は、藤王が絡むと、挙動がおかしくなられる。藤王と仲が良い者を、毛嫌いしたり。藤王が声をかけた者を冷遇したり。藤王自身へも、金蓮様の対応は、総じて厳しいもので。だから、金蓮様は藤王を嫌っているのだと、最初は思ったほどなのだ」
なんだ、それ? プライド高い系ツン? ねじ曲がった、ツン? デレのない、ツン?
わかりずれぇ…。
「だが、藤王が失踪すると、金蓮様は恐慌をきたすほど荒れて。それで、私は。金蓮様が藤王を好いていたのだと、ようやくわかったというか。納得できた。藤王の姿を見なくなれば、奇行はおさまるかと思ったが。堺を目にすれば、藤王を思い出しておかしくなるし。結局その部分は変わらず。ここ最近になって、藤王が生きていたことがわかり。また…。彼のことさえなければ、金蓮様は。良い傀儡であったのに」
「…傀儡?」
「政治に関しては、ほとんど、私の言うとおりに動いてくれた。このまま行けば、名君であったのだが」
「名君? 龍鬼をあれだけ差別する方向へ推し進めたのは、あんただったってことか?」
怒りに燃える目を、紫輝は燎源に向けた。
しかし彼は首を振る。
「言っただろう、藤王に関することは駄目なのだ。龍鬼はどうしても、藤王を連想させるだろう? すると金蓮様は拒否反応を示される。ひどく感情的になる。だから、龍鬼の件には触れずに来ただけだ」
「触れないことが、悪化する原因だろ? なら、なんとかするべきだった」
「なんともできないから、見限ったのではないかっ」
燎源は、口惜しい気持ちを、紫輝を睨んで示す。
「もうずっと、金蓮様の情緒は不安定だ。私も井上も、心の病は癒せぬ。なぜ、今更。藤王は現れたのか?」
「死んでいた方がいいって、言いたいのか?」
「言えるか。藤王は親友だったのに。彼が、ずっとそばにいてくれたら良かった。それだけのことなのだ」
常に笑みを浮かべていた燎源が、苦悩に顔をゆがませ。苦々しげに内心を吐露した。
「親友だったが、優秀な藤王は、私にとっては煙たい存在だ。なかなか乗り越えられない、高い壁。好敵手。でも、龍鬼だから。将堂の中では、自分より上官にはなれない。それだけが、己の誇りを守ってくれた。だから、彼を貶めなくて済んだ。そんな、醜い心を隠すように、私はいつも笑顔でいた」
笑顔の仮面で、燎源は本心を隠していたのだな。と紫輝は思う。
紫輝は知らないし、想像しかできないけれど。
藤王が将堂にいた頃が、燎源にとっての最高の時間だったんだろう。
「だが、失踪直前。金蓮様も藤王も、どこかおかしくて。ギクシャクしていた。失踪の心当たりといったら、それくらいしかないが。いや、なにも関係ないかもしれない。ただ、私は。彼がいなくなって、ホッとした。安堵、してしまった」
「そんな…燎源は、兄上がいなくなったあとも、私を気遣ってくれて。兄上を探す手伝いをしてくれたこともあったではありませんか?」
悲しげな堺の声に、燎源は、ふと、口角を上げて笑う。
「複雑なのだ。親友で、友として愛しているが、その才能に嫉妬し、憎んで。金蓮様を脅かす大きな影を恨んだ。藤王がいなくなり、孤立無援な堺にも、手を差し伸べたかったが。金蓮様のそばにいるうちはできない。なにもできぬ同情は、なにも生まない。ないのと同じ。藤王に嫉妬するなどといいながら、彼のような大きな心根を持ち得ない。それこそが、私の限界だ。私は藤王になれなかった」
「統花様は、藤王になりたかったのか?」
紫輝の質問に、燎源は嫌そうに眉間を寄せるが。
肯定も否定もしないで、口にした。
「金蓮様は、藤王しか見ていなかったから。長年、そばにいて尽くしてきたのは、私なのに。私のことは空気くらいの存在感しかない」
「空気も大事じゃん? でも…仕方ないんだよ。金蓮様は藤王に恋しちゃってんだから」
この世界では、男同士の恋愛に、禁忌はそれほどないので。金蓮が男性だと思っている燎源も、即否定はしなかったが。
金蓮と恋というワードがしっくりこないような、そんな顔をしていた。
「恋しちゃってるから、好きな人の気を引きたくて、わざとつれない態度を取ったり。好きな人が誰かと親密に話しているのが、ムカつくし。その人に冷たくしたり、するんだろ? 仕事に公私混同は、良くないけどね」
「まさか、金蓮様と藤王は恋仲だったとか? だから失踪直前に、ギクシャクと…しかし、昨日会った藤王は。金蓮様をとても冷たい目で見ていた。金蓮様は気づかなかったが。あのあからさまな嫌悪の目にすら、気づかないほど。金蓮様はなにも見ていなくて…」
そうか、と紫輝は思う。
やはり、なにも見えていないのか。
藤王のいい部分だけ。
いや、都合のいい部分だけ。もしくは都合のいい、妄想の藤王、しか。
金蓮の目には、もはや映っていないのだろう。
独りよがりの、悲しい恋だ。
「金蓮様と藤王が恋仲というのは、あり得ない。情緒不安定な金蓮様が、なにかやらかして、藤王の逆鱗に触れたから、殺意が湧くほど、こじれちゃったんじゃね?」
特に天誠から詳しい話を聞いていないのに、なにげに核心を突いている紫輝だった。
「つか、統花様も金蓮様が好きなのか?」
「好きだなどと、恐れ多い。私はただひたすらに、金蓮様をお慕いし、尽くすだけだ」
「でも、藤王に嫉妬するってことは…無意識にそう思ってんじゃね?」
その問いには、燎源は答えず。
だが、胸のもやもやを吐き出したからか、苦い物を食べたような表情は落ち着いて。
穏やかな顔でそっと、うつむいた。
「もしも金蓮様のそばに仕えていた、あの頃に戻れたら。おかしくなってしまった金蓮様も。元に戻られるのではないか? 藤王も、将堂でなにもなかったように過ごせるのではないか? どうしても、そう思ってしまう。でもそれは無理なこと。ならば、金蓮様を消し去って、あの日に戻れば良いと…大塚にそそのかされて馬鹿なことを考えてしまったのだ」
それは、金蓮が死んだあと、燎源も死ぬつもりだった、ということだ。
ふたりで、あの日に戻ろうとしたのだ。
恋も愛も、恋愛の苦しさや喜びも味わっていないくせに。
燎源も、歪んだ愛情を押しつけて、勝手に心中するつもりだったってことじゃん。そんなの、駄目じゃん。
「明日、俺が金蓮様を解放してやる」
「…おまえが?」
なにを言っているのかと、理解できない表情で、燎源は紫輝を、その細い目で見やる。
「藤王には、藤王の事情があって、もう将堂には…統花様の元へも、あの日とやらにも、戻れないんだ。だから、すべて元通りにはできない。でも、ガチガチに武装された金蓮の重い鎧を、剥いで、剥いで、生身の体を、燎源に渡してやる。すべてを失い、だが身軽になる金蓮様を、貴方が支えるか、見捨てるか。それはそのときに考えてみてくれない?」
もしも、燎源が。金蓮を見捨てたら。縁がなかったということだし。
ただの金蓮となった彼女を見守り、苦しい想いはするだろうが、それでも彼女を愛するのならば、それは本物の気持ちだと思う。
どうなるのかは、彼次第だ。
「すべてを失うって…おまえはいったい、なにを…」
「明日。とにかく、人質交換を見届けてくれよ。あと、統花様も。金蓮様に恋しちゃってるって、すぐにも認めた方がいいと思うよ? そしたら、自分のごちゃついた気持ちも、少しは整理できんじゃね?」
一応、謀反のような感じではあったが。その場は、瀬間も青桐もスルーして。
燎源の処分は様子見ということになった。
大塚は、侮辱罪とか不敬罪で、捕縛されたけどね。
一月二十一日。朝の五時。
紫輝一行は、誰にも気づかれることなく本拠地を出立し。早駆けのスピードで、一路、富士のふもとへと向かった。
前日に、月光と赤穂に相談したところ。一番効果的なところで出て行くから、心配しないでぇ。ということで。
行きがけの合流は、なくなった。
大丈夫かな? 捕まるとかはないよね?
赤穂と将堂の宝玉なんだから。
「つか、急だよねぇ? いきなり言われてもねぇ? あいつ、マジで、早く紫輝を囲いたいんだな? そうはいかないからっ、ひとり占めは許さないからぁ!」
と、月光は半泣きで、いつものようにぼやいていたが。
ま、ちゃんと来てくれるでしょう。
そんなこんなで、道中はつつがなく進み。
日が暮れかかる夕方四時ごろ、前線基地のほど近い村、田子の浦に到着。
ここで幌馬車を調達し、ライラの背中から、銀杏の身を荷台へ移し。ライラを剣に戻してから、樹海の中の基地に入っていった。
ちなみにその間、銀杏は安らかに寝ている。生気を吸われて、すよすよと。
のんきですな。
紫輝は、到着した前線基地を、荷台の幌の隙間から、感慨深く見やる。
この基地を、慌ただしく去ったのは、まだ三ヶ月ほど前のことなのに。なんか、懐かしいって思っちゃうよ。
雪景色だから、夏の暑い盛りの風景とは全く違うんだけどね。
ところで。自分たちは、最短距離の道を進んできて。
この時代は、それほど幾筋も道があるわけではない。なのに、先触れというか、連絡というか、銀杏持ってきてぇ、と言ってくるべき連絡係と、出会わなかった。
これはどういうことでしょうね?
こちらは大和を先触れで出していたので。右軍幹部が駆けつけた、前線基地内の広場に。燎源ほか、数名の左の幹部が出迎えていた。
広場にも、雪が積もっていて。みんな軍服の上にマントをかぶって防寒している。
進軍するのは大変そうだ。
「青桐様、急にお出でになるとは、何事ですか?」
糸目で笑顔の燎源に、青桐は、は? という顔をする。
つまり、誤魔化すつもりらしいのだが。
では、どうするつもりなのだろう? 燎源の思惑がわからない。
とりあえず、瀬間が話を進めた。
「何事、ではない。こちらの独自情報では、金蓮様が捕縛されていると聞いた。受け渡す罪人も護送してきたのだ」
瀬間の言葉に、燎源は、笑顔ながら青い顔をし。
小さくため息をついた。
「人質の交換ができなければ、金蓮様の命が危ういのに。連絡係とすれ違うこともなかったぞ? 燎源、まさか貴様は、金蓮様を見殺しにする気だったのか?」
「そこまでわかっているのなら…もう誤魔化せないな」
燎源が軽く右手を上げると、左軍の兵士が、剣を抜いて、青桐たちを睨みつけた。
多勢に無勢なので、瀬間や青桐は顔をこわばらせたが。
そこに紫輝が出て行く。
「統花様? なんで、こんな無謀な真似をしちゃったんです? 冷静で、金蓮様至上主義の貴方らしくもない」
すると、少し後ろの方から、誰かが叫びを上げた。
「龍鬼の言葉なんかに、耳を傾けないでください、統花様。金蓮様がいなくなれば、統花様が将堂軍を率いていけるのです。そこの青桐も、まがい物。もう将堂家の者はいないのだから。小うるさい龍鬼などは、切って捨ててしまえばいいっ」
「あれあれぇ? そこで吠えているのは、大塚くんじゃない?」
紫輝は、後ろ手にライラ剣を抜くと、剣先を大塚に向けた。
大塚は堺が牢に入っていたとき、グチグチ言っていた、うぜぇ左次将軍だ。
「大塚くんは、知っているよね? 剣を合わせなくても、俺が雷、落とせることを。もう一度、電撃浴びたくなっちゃったかなぁ? 癖になっちゃったとかぁ?」
名指しして、紫輝が挑発すると。
大塚は、あのときのことを思い出したのか。ヒッと悲鳴を上げる。
「統花様、そこの大塚くんが言っているのは、間違いですよ。青桐はまがい物ではない。将堂の正統な血脈なのです。それに、青桐が継がないとしても、まだ夏藤様もいらっしゃいますし。あぁ、子供を傀儡にすることもできますけど、それはさすがに、名家の方が黙っちゃいない。ここには麟義家も時雨家もいる。金蓮様を見殺しにしたら、さすがに後継に統花様を、という話にはなりませんよ?」
「麟義も時雨も、みんなを殺ってしまえばいい。この件を知る者は口を封じてしまえば、将堂は統花様のものです」
またもや大塚が吠えるので。
紫輝はすかさず、訂正する。
「美濃家の幸直は本拠地に残してあるんですよ。今回の顛末は、俺の隠密が、随時本拠地へ報告しているので。死人に口なし、にはならないんだよ? 大塚くん」
まぁ、そんな企ては、していなかったけど。もしも、そういうことが起きても、もう言ったから、この場にいる隠密は従うでしょう? と紫輝は。希望的観測をする。
でも、死ぬ気もないからね。
観念したのか、燎源は上げた手を下ろした。
左の兵士たちも、息を抜いて、剣をおさめる。
さすがに命令とはいえ、味方に、上官に、剣を向けるのは、後ろめたかったのだろう。
「統花様っ」
大塚だけが、気負って、燎源をけしかけるが。
彼は首を横に振る。
「連絡が間に合わないのなら、私のせいではないと思えたが。もうここに、手裏の要人がいるというのに。この状況で、私は金蓮様を見殺しにはできない」
「じゃあ、大塚くんだけ、天誅だな」
そう言って、紫輝は笑顔で、紫に光る電撃を大塚に放った。
彼はビキビキと感電し。その場に倒れる。
いやいや、見た目は派手だけど、生気を吸って、気絶しただけだから。命に別状はないよ。
左の兵士は、その大塚の倒れっぷりに、恐れおののきながら。彼を医務室に運ぶため。解散した。
その場には、燎源だけが残っている。
「金蓮様に、忠誠を誓っていた貴方が、なんで大塚なんかの甘言に乗ったんですか?」
紫輝の、燎源の印象は。
金蓮至上主義、金蓮のためならなんでもやれる、金蓮の盾になって死ねる、それぐらいの忠節を持っている。
でも、腹黒そうなイメージもあり。
しかし、それは金蓮のために発揮されるものだと思っていた。
金蓮のために、陰ながら手を汚す、的な。
あくまで、イメージなのだが。
あたらずといえども遠からず、だと思うんだよね。
「金蓮様は、藤王が絡むと、挙動がおかしくなられる。藤王と仲が良い者を、毛嫌いしたり。藤王が声をかけた者を冷遇したり。藤王自身へも、金蓮様の対応は、総じて厳しいもので。だから、金蓮様は藤王を嫌っているのだと、最初は思ったほどなのだ」
なんだ、それ? プライド高い系ツン? ねじ曲がった、ツン? デレのない、ツン?
わかりずれぇ…。
「だが、藤王が失踪すると、金蓮様は恐慌をきたすほど荒れて。それで、私は。金蓮様が藤王を好いていたのだと、ようやくわかったというか。納得できた。藤王の姿を見なくなれば、奇行はおさまるかと思ったが。堺を目にすれば、藤王を思い出しておかしくなるし。結局その部分は変わらず。ここ最近になって、藤王が生きていたことがわかり。また…。彼のことさえなければ、金蓮様は。良い傀儡であったのに」
「…傀儡?」
「政治に関しては、ほとんど、私の言うとおりに動いてくれた。このまま行けば、名君であったのだが」
「名君? 龍鬼をあれだけ差別する方向へ推し進めたのは、あんただったってことか?」
怒りに燃える目を、紫輝は燎源に向けた。
しかし彼は首を振る。
「言っただろう、藤王に関することは駄目なのだ。龍鬼はどうしても、藤王を連想させるだろう? すると金蓮様は拒否反応を示される。ひどく感情的になる。だから、龍鬼の件には触れずに来ただけだ」
「触れないことが、悪化する原因だろ? なら、なんとかするべきだった」
「なんともできないから、見限ったのではないかっ」
燎源は、口惜しい気持ちを、紫輝を睨んで示す。
「もうずっと、金蓮様の情緒は不安定だ。私も井上も、心の病は癒せぬ。なぜ、今更。藤王は現れたのか?」
「死んでいた方がいいって、言いたいのか?」
「言えるか。藤王は親友だったのに。彼が、ずっとそばにいてくれたら良かった。それだけのことなのだ」
常に笑みを浮かべていた燎源が、苦悩に顔をゆがませ。苦々しげに内心を吐露した。
「親友だったが、優秀な藤王は、私にとっては煙たい存在だ。なかなか乗り越えられない、高い壁。好敵手。でも、龍鬼だから。将堂の中では、自分より上官にはなれない。それだけが、己の誇りを守ってくれた。だから、彼を貶めなくて済んだ。そんな、醜い心を隠すように、私はいつも笑顔でいた」
笑顔の仮面で、燎源は本心を隠していたのだな。と紫輝は思う。
紫輝は知らないし、想像しかできないけれど。
藤王が将堂にいた頃が、燎源にとっての最高の時間だったんだろう。
「だが、失踪直前。金蓮様も藤王も、どこかおかしくて。ギクシャクしていた。失踪の心当たりといったら、それくらいしかないが。いや、なにも関係ないかもしれない。ただ、私は。彼がいなくなって、ホッとした。安堵、してしまった」
「そんな…燎源は、兄上がいなくなったあとも、私を気遣ってくれて。兄上を探す手伝いをしてくれたこともあったではありませんか?」
悲しげな堺の声に、燎源は、ふと、口角を上げて笑う。
「複雑なのだ。親友で、友として愛しているが、その才能に嫉妬し、憎んで。金蓮様を脅かす大きな影を恨んだ。藤王がいなくなり、孤立無援な堺にも、手を差し伸べたかったが。金蓮様のそばにいるうちはできない。なにもできぬ同情は、なにも生まない。ないのと同じ。藤王に嫉妬するなどといいながら、彼のような大きな心根を持ち得ない。それこそが、私の限界だ。私は藤王になれなかった」
「統花様は、藤王になりたかったのか?」
紫輝の質問に、燎源は嫌そうに眉間を寄せるが。
肯定も否定もしないで、口にした。
「金蓮様は、藤王しか見ていなかったから。長年、そばにいて尽くしてきたのは、私なのに。私のことは空気くらいの存在感しかない」
「空気も大事じゃん? でも…仕方ないんだよ。金蓮様は藤王に恋しちゃってんだから」
この世界では、男同士の恋愛に、禁忌はそれほどないので。金蓮が男性だと思っている燎源も、即否定はしなかったが。
金蓮と恋というワードがしっくりこないような、そんな顔をしていた。
「恋しちゃってるから、好きな人の気を引きたくて、わざとつれない態度を取ったり。好きな人が誰かと親密に話しているのが、ムカつくし。その人に冷たくしたり、するんだろ? 仕事に公私混同は、良くないけどね」
「まさか、金蓮様と藤王は恋仲だったとか? だから失踪直前に、ギクシャクと…しかし、昨日会った藤王は。金蓮様をとても冷たい目で見ていた。金蓮様は気づかなかったが。あのあからさまな嫌悪の目にすら、気づかないほど。金蓮様はなにも見ていなくて…」
そうか、と紫輝は思う。
やはり、なにも見えていないのか。
藤王のいい部分だけ。
いや、都合のいい部分だけ。もしくは都合のいい、妄想の藤王、しか。
金蓮の目には、もはや映っていないのだろう。
独りよがりの、悲しい恋だ。
「金蓮様と藤王が恋仲というのは、あり得ない。情緒不安定な金蓮様が、なにかやらかして、藤王の逆鱗に触れたから、殺意が湧くほど、こじれちゃったんじゃね?」
特に天誠から詳しい話を聞いていないのに、なにげに核心を突いている紫輝だった。
「つか、統花様も金蓮様が好きなのか?」
「好きだなどと、恐れ多い。私はただひたすらに、金蓮様をお慕いし、尽くすだけだ」
「でも、藤王に嫉妬するってことは…無意識にそう思ってんじゃね?」
その問いには、燎源は答えず。
だが、胸のもやもやを吐き出したからか、苦い物を食べたような表情は落ち着いて。
穏やかな顔でそっと、うつむいた。
「もしも金蓮様のそばに仕えていた、あの頃に戻れたら。おかしくなってしまった金蓮様も。元に戻られるのではないか? 藤王も、将堂でなにもなかったように過ごせるのではないか? どうしても、そう思ってしまう。でもそれは無理なこと。ならば、金蓮様を消し去って、あの日に戻れば良いと…大塚にそそのかされて馬鹿なことを考えてしまったのだ」
それは、金蓮が死んだあと、燎源も死ぬつもりだった、ということだ。
ふたりで、あの日に戻ろうとしたのだ。
恋も愛も、恋愛の苦しさや喜びも味わっていないくせに。
燎源も、歪んだ愛情を押しつけて、勝手に心中するつもりだったってことじゃん。そんなの、駄目じゃん。
「明日、俺が金蓮様を解放してやる」
「…おまえが?」
なにを言っているのかと、理解できない表情で、燎源は紫輝を、その細い目で見やる。
「藤王には、藤王の事情があって、もう将堂には…統花様の元へも、あの日とやらにも、戻れないんだ。だから、すべて元通りにはできない。でも、ガチガチに武装された金蓮の重い鎧を、剥いで、剥いで、生身の体を、燎源に渡してやる。すべてを失い、だが身軽になる金蓮様を、貴方が支えるか、見捨てるか。それはそのときに考えてみてくれない?」
もしも、燎源が。金蓮を見捨てたら。縁がなかったということだし。
ただの金蓮となった彼女を見守り、苦しい想いはするだろうが、それでも彼女を愛するのならば、それは本物の気持ちだと思う。
どうなるのかは、彼次第だ。
「すべてを失うって…おまえはいったい、なにを…」
「明日。とにかく、人質交換を見届けてくれよ。あと、統花様も。金蓮様に恋しちゃってるって、すぐにも認めた方がいいと思うよ? そしたら、自分のごちゃついた気持ちも、少しは整理できんじゃね?」
一応、謀反のような感じではあったが。その場は、瀬間も青桐もスルーして。
燎源の処分は様子見ということになった。
大塚は、侮辱罪とか不敬罪で、捕縛されたけどね。
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あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
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戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
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田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
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髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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