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103 いつもうちの眞仲がお世話になってますぅ

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     ◆いつもうちの眞仲がお世話になってますぅ

 夜明け前、紫輝たちは四季村を出て、山の中に入っていった。
 月光は、お留守番だ。

 低体温症と失血で命の危機だった幸直は、食事と一日の休養で、すっかり体力を取り戻した。
 元々、素地が、頑丈なのだ。
 ただ、出血は止まったものの、刺された痛みなどは、さすがに改善しない。
 大和や橘が、鎮痛効果のある薬草を傷に塗り込んで、なんとか動ける感じだ。
 ライラで移動することになったが、ま、なんとか、おんぶひもは回避し。ライラにしがみついている。

 イケメンは矜持を死守したのだっ。

 紫輝と赤穂。廣伊と千夜は。大和と他の隠密による道案内で、小走りで山の中をひた走った。
 その隣を、幸直を乗せたライラがついてくる。
 山なんか、ひとっ飛びのライラ的には、幸直を乗せてはいても、ルンルンのお散歩感覚である。

「巴たち、まだ奥多摩の山の中にいるんだって。良かったな、幸直。あまり遠くまで行っていなくて」
 走りながら、紫輝は幸直に話しかける。
 隠密や、足の速い廣伊にも、紫輝の走りは引けを取らない。短距離走は、いつも天誠に負けていたが。紫輝は持久走なら、いつまでも走れるくらい、心肺機能が発達してるのだ。
 だから、あまり疲れたことないんだよね。
 らいかみっ! を打ったあとなんかは、疲れるが。
 あのとき初めて、疲れたなぁと感じたのだ。
 それでも、一日寝れば、すっきり快調で。翌朝まで疲れを引きずったことはない。

「銀杏のお供のひとりが、隠密なんだ。だから、道に迷ったフリして、わかりやすい場所に一行を誘導してある」
 千夜の補足に、赤穂が牙を剥いた。

「なんだよ、それじゃ、敵は、お供ひとりに、女がひとりじゃねぇか!」
 紫輝たちは、普通に軍服とマントという姿だが。
 赤穂は、軍靴を履いてはいるが、作務衣と毛皮のベストという姿で。
 寒くないのぉ? マント着てきてよぉ。と紫輝は思う。
 でも赤穂は戦闘モードでギラギラしているから、寒くないんだって。
 あり得ないんですけど。

 幸直の事前情報では、銀杏と、お供がふたりだけ。その内ひとりは、味方のようで。
 紫輝は、呆れた声を出す。

「だから、赤穂も留守番で良かったのに。人手多すぎ問題」
「ま、味方が多いに越したことはないだろ。廣伊と隠密、手ぇ出すんじゃねぇぞ」

「了解。捕縛後の罪人護送に徹します」
 赤穂に従い、廣伊は短くうなずく。

 ま、確かに。人を運ぶのには、手はいくらあっても多過ぎということはない。
 そんなことを話しながら、一時間くらい走ったら。太陽が昇ってきた。

 そうしたら、大和が突然、ホーと、大きな声を出した。
 すると木々の向こうから、ホーとフクロウが応える。

「今のなに? 大和はフクロウとお話ができるのか?」
 キラリンと、瞳を輝かせて、紫輝が聞くと。
 大和は眉尻を下げて、申し訳なさそうに告げる。

「すみません。隠密の暗号伝達です。もうすぐ目的地です」
「え、あっちも人なの? つまんない」
 がっかりしつつも、紫輝は足を動かし続ける。

 そして、火を消したあとの、白い煙が見えてきた。
 特に、派手な演出で登場することもなく。
 紫輝たちは林を抜けて、彼らが野営していた開けた場所に、姿を現した。

「あ、いたいた。巴、迎えに来たよ」
 紫輝は笑顔で手を振るが、幸直は、慌てた様子でライラから降り。心配そうな声を出した。

「巴っ、大丈夫か?」
「幸直…」

 巴は幸直の元へ行こうとするけれど、背後から銀杏が、巴の首に腕を回し。短剣を首に突きつけた。
 巴は手を前で縛られている。

「逃がさないわよ。あんたたち、これを殺されたくなかったら、おとなしくしなさい」
 銀杏は、いわゆる悪役のような台詞を言うけれど。
 普通に、六人対三人で、分が悪いとか、考えないのだな。
 現場把握能力がないみたい。
 それに、巴がなんでか、手首の縄をほどいて、銀杏の短剣を持つ手を掴んだ。
 そのまま腕をひねって、銀杏を制圧してしまう。

「ありがとう、紫輝。助けに来てくれて。それに幸直も、回復したみたいで良かった」
 感動もなにもない感じで、巴はたんたんと礼を口にする。
 いつものように、たんたんと。
 誘拐されても、冷静な巴は、変わりなしのようだ。

「な、なんで、あんたっ。縄切ってんのよ? つか、仲間になるって言ったでしょ?」
「僕こそ、言ったでしょう? 今更、基成が出てきたところで。なにも変わらないって。それについさっき、姉さんも、僕を安曇に突き出すって言っていたじゃないか? そんなところに僕がのこのこ着いて行くわけないだろう?」

 後ろ手にひねられた銀杏は、悔しげに巴を睨む。
「はじめまして、銀杏さん。いつも、うちの眞仲がお世話になってますぅ」

 これ、ちょっと言ってみたかったんだよねぇ? 奥さん気取りで挨拶するやつ。
 ほくほくして言う紫輝を、銀杏はいぶかしげに見てくる。

「申し遅れました。俺、眞仲の伴侶の、間宮紫輝です。先日は、貴方の短慮のせいで、眞仲が死んだことになってしまって、本当に悲しみましたが。まぁ、いいです。眞仲にも、貴方を捕縛していいって、許可をもらいましたので。遠慮なく捕まえさせていただきますね?」
 紫輝は、にっこりと、邪気のない笑顔を向けるが。

 その実、かなり怒っていたのだ。

 だって、己の眞仲を。
 この女は、いらないと言ったのだから。許せないよ。

「あんたみたいなちんちくりんのお猿さんが、安曇の伴侶ですってぇ? あり得ないわ」
 銀杏は鼻で笑って。それが紫輝の冗談かと思ったようだが。巴がつぶやく。

「え、知らないの? 手裏基成の伴侶が紫輝だって、将堂では有名な話だよ?」
 嘘だけど。
 巴も天誠と同じで、息を吸うように嘘がつける人種だった。

「は? そんな話、信じないわよ。そんなことになってたら、もっと大騒ぎに…」
「嘘じゃないですよ。今、手裏軍の中では、基成様の伴侶の噂で持ちきりです。もう、それはそれは仲睦まじいのだとか。溺愛される伴侶がうらやましいと、ね」
 これは常識ですよ、という顔で。銀杏のお供も同意したので。
 銀杏は顔を真っ赤にして、怒り始めた。

「こんな、不細工で、ちっさい男が、安曇の伴侶だなんて、許せない。あの、美しい人に、こんなブサが?」
 うーわー、久々に、美醜でディスられたよ。
 紫輝は半目になるが。
 そのとき銀杏が、羽をバサバサさせて、巴から離れようとした。
 巴はもちろん、手を離さないが、一瞬の隙をついて、大柄な方のお供が、巴に突進してきた。
 巴は短剣で、刀を振る大柄な男と対峙しなければならず。銀杏から手を離してしまう。

 そうしたら、銀杏は。紫輝に真っすぐ向かってきた。
 ですよね?
 紫輝は、銀杏と大柄な方のお供に『らいかみっ!』を撃つため、ライラに指示しようとした。
「ら…」

 しかし。一足早く、赤穂が前に出て、銀杏の短剣を剣で弾き。
 柄で、腹に当て身をして、銀杏を昏倒させ。
 大柄な方も、刀を弾いたあと、剛力で体を吹っ飛ばしてしまった。
 彼は木に、したたかに背を打ち、気絶してしまう。

 その間、わずか五秒。

「あぁぁ、駄目、今のなし。これで終わりかよ? 手応えなさすぎっ」
 もっと、楽しみたかったのだろう。赤穂は手で頭を抱え、絶叫した。
 確かに、赤穂は剣をふたつしか振ってない。これでは欲求不満だよね。

「おい、廣伊。帰る前に俺と手合せしろ」
「いえ、すぐに罪人を護送いたします」
「紫輝は?」
「俺も、本拠地に戻るし」
 赤穂の視線は、怪我人の幸直をスルーし。巴を見やる。そして、ニヤリとした。
 どうやら生け贄が決まったらしい。

「そんなに、長くは休ませられないけど。幸直が馬に乗って、帰って来られるくらい、四季村で養生させてあげてよ」
 紫輝が言うと、赤穂は満足そうにうなずいた。
 その間、きっと。巴が赤穂を満足させるのだろう。
 あ、いやらしい意味じゃないよ? それだと、幸直も月光も怒っちゃうもんね。
 とりあえず、巴、任したっ。

 その、幸直と巴は。お互いの無事を確かめ合って、感動の再会を果たした。
 幸直は巴の両手を、熱く握る。

「巴の馬鹿っ。俺ひとりだけ逃がして、ここに残るなんて、無茶しやがって。温かくて、動いて、笑わないと、巴じゃない。冷たくなった巴なんて、俺は嫌いなんだからなっ」
 涙ぐむ幸直を、巴はぼんやりみつめる。
 おちょぼ口を小さく開いて三角にすると。小首を傾げた。

「ん? 別に死ぬ気はなかったよ?」
 まぁ、確かに。
 最悪のことは、考えたけれど。
 ちゃんとその前に、逃げるつもりだった。

 自分がいなくなったあとのことを、巴はちゃんと理解している。
 幸直は、壊れてしまうと。
 己がいなくなったあとに、幸直の幸せはないのだ。
 だから、幸直のために死ぬという選択肢は。巴の中では一番、最後の最後だった。

「それで、いいんだよぉ」
 幸直は、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、巴に抱きついた。
 その顔は、ちょっといただけない。線画には残さないでやろう。
 でも、巴の胸はほんわかして。ふわりと微笑んだ。

「…許さない」
 すると、赤穂の当て身で倒れていたはずの銀杏が、身を起こして、巴に突進していった。
「あんただけ幸せとか、絶対許さないんだからぁ!」
 銀杏の手には、短剣がしっかり握られている。
 彼女の動きに、幸直だけが反応し、巴をかばうが。
 誰の手も間に合わない。

「らいかみっ!」
 紫輝の叫びで、紫色の小さな雷が、天空から真っすぐ落ちてきた。
 その景色はまるで、口を開けた龍が山を食らうかのようだった。

 紫輝が手を伸ばした先の人々は、みんな倒れている。
 そこに、ノテノテと、優雅な足取りでライラがやってきて、紫輝に寄り添った。

「けんぞくと、いつものみどりは、よけたわぁ」
 紫輝は、あまりにも咄嗟のことで、ライラに指示できなかったのだ。
 だから、この場にいる者、みんな、生気を吸われて昏倒してしまった。
 立っているのは、赤穂と千夜と廣伊だけだ。

「おい、俺は眷属じゃなくて、紫輝の父親だ。だが…すまん、紫輝。当て身が弱すぎたか? 女相手だと勝手がわからん」
 ライラに訂正しつつも、殊勝に謝る赤穂に。
 紫輝は唇をとがらせる。

「もう、ブンブン振り回してばかりだから、繊細な加減ができないんだろ? もっと精進してください」
 父に八つ当たりするけれど。これは自分の失態だと、紫輝はわかっていた。

「あぁ、これ、みんな運ぶとなると、大変だよね。ごめん、廣伊ぃ」
「いや。精神が強い者は、すぐ気づくだろう」
 そう言って、廣伊が顎をやる先に、大和がむくりと頭を起こした。

「ううぅ、ひでぇよ、姫。俺は仲間認定されていなかったの、か…」
 そういえば、赤穂のことも、ライラは生気を吸ったことがあるが。
 赤穂は意識さえ失わなかったのだ。恐るべし精神力。
 でも大和も、この中で一番に目を覚ましたのは、すごい精神鍛錬をしているからなんだな。
 改めて、大和の有能さを実感した紫輝だった。

 その後、巴が目を覚まし。自分の体の上に乗り、かばってくれたらしい幸直を。愛おしそうに抱き締めていた。
 続いて、島田が目を覚まし。
 十分後くらいに、幸直が目を覚ました。
 ま、幸直は病み上がりだから仕方がないよ。
 でも赤穂は、修行が足りん、と怒っていたけど。

 ちなみに、すでに気絶していた大柄なお供は、そのまま昏倒し続け。銀杏も倒れたままだが。
 剣先が、幸直の背中の生地を引っかいていて。もう、本当に紙一重の差だった。ギリギリセーフ。
 先ほどの反省を生かして、とっとと体を縄で縛らせていただきました。

「紫輝様、お初にお目にかかります。安曇様の隠密の、島田仁と申します。あぁ、紫輝様。素晴らしかったです。あの紫の炎に包まれた、神々しいお姿。遠のく意識の向こうで、俺は超絶感動しておりました」

 すると、大和はいぶかしげな目で、島田を見る。
「おまえのこと、俺、見たことないけど…」
「二ヶ月前の第三期おうでぃしょんに合格いたしました。よろしくお願いします、木佐先輩」

 紫輝は苦笑する。
 第三期オーディションって…芸能界の登竜門的なアレみたいな?
 つか、天誠はまだ、隠密増殖しているのか?
 ま、孤児の働き口が増えるのは良いことだけど。

「二ヶ月前って…おまえ、いくつだよ?」
「十五歳です。同期はみんな、年少で。俺は即戦力のえりぃとちーむりいだぁ? やってます」

 丸顔で、黒髪つやつやで、カラスの黒々とした翼。
 なので、紫輝は種族当てを今回はしなかった。

 ところで、その話を聞いていた巴は、頭の中でぼやきまくっていた。

 あれ、安曇の隠密だったのか。
 どうりで、短剣くれたり、幸直、逃がしてくれたりしたわけだよ。
 つか、大人びた顔しているから、小柄でも同年代かと思っていたのに。まさかの十五歳とか、まだ子供じゃないか。
 その割には火おこしも天幕張りも手際が良く、有能なんじゃね?
 ま、紫輝と話しているときの顔は、年相応だな。
 きっと、潜入中はわざと大人に見せていたのだろう。
 つか、ガッツリ年下に、敬語使ってしまったな?

 そんなことを考えている最中も。巴は、ぼんやりした表情を微動だにしないのだった。
「そうか。島田くん、よろしくな? エリートチームリーダー頑張って」
 紫輝は島田と握手する。
 すると、森のあちらこちらで、フクロウがホーホー鳴き出した。まるで森中に響き渡る合唱のように。

「これは、なんて言っているの? 大和」
「ぶーいんぐです。島田ばっかりズルいぃ、的な」

「え? 紫輝。このフクロウ、隠密なのか?」
 大和の言葉に反応したのは、意外なところで、巴だった。
 紫輝がうなずくと。なにやら悲しげな顔つきでつぶやいた。

「枝にすずなりの集団フクロウ…見たかったのに」

 なにはともあれ。
 巴を無事救出し。結果的に、暴れたり抵抗したりするより、意識のない状態の罪人を運ぶ方が楽で。
 紫輝たちは全員無傷で、山を降りたのだった。

 生気を吸われてぐったりしているのも、若干名いたけどね。

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