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103 いつもうちの眞仲がお世話になってますぅ
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◆いつもうちの眞仲がお世話になってますぅ
夜明け前、紫輝たちは四季村を出て、山の中に入っていった。
月光は、お留守番だ。
低体温症と失血で命の危機だった幸直は、食事と一日の休養で、すっかり体力を取り戻した。
元々、素地が、頑丈なのだ。
ただ、出血は止まったものの、刺された痛みなどは、さすがに改善しない。
大和や橘が、鎮痛効果のある薬草を傷に塗り込んで、なんとか動ける感じだ。
ライラで移動することになったが、ま、なんとか、おんぶひもは回避し。ライラにしがみついている。
イケメンは矜持を死守したのだっ。
紫輝と赤穂。廣伊と千夜は。大和と他の隠密による道案内で、小走りで山の中をひた走った。
その隣を、幸直を乗せたライラがついてくる。
山なんか、ひとっ飛びのライラ的には、幸直を乗せてはいても、ルンルンのお散歩感覚である。
「巴たち、まだ奥多摩の山の中にいるんだって。良かったな、幸直。あまり遠くまで行っていなくて」
走りながら、紫輝は幸直に話しかける。
隠密や、足の速い廣伊にも、紫輝の走りは引けを取らない。短距離走は、いつも天誠に負けていたが。紫輝は持久走なら、いつまでも走れるくらい、心肺機能が発達してるのだ。
だから、あまり疲れたことないんだよね。
らいかみっ! を打ったあとなんかは、疲れるが。
あのとき初めて、疲れたなぁと感じたのだ。
それでも、一日寝れば、すっきり快調で。翌朝まで疲れを引きずったことはない。
「銀杏のお供のひとりが、隠密なんだ。だから、道に迷ったフリして、わかりやすい場所に一行を誘導してある」
千夜の補足に、赤穂が牙を剥いた。
「なんだよ、それじゃ、敵は、お供ひとりに、女がひとりじゃねぇか!」
紫輝たちは、普通に軍服とマントという姿だが。
赤穂は、軍靴を履いてはいるが、作務衣と毛皮のベストという姿で。
寒くないのぉ? マント着てきてよぉ。と紫輝は思う。
でも赤穂は戦闘モードでギラギラしているから、寒くないんだって。
あり得ないんですけど。
幸直の事前情報では、銀杏と、お供がふたりだけ。その内ひとりは、味方のようで。
紫輝は、呆れた声を出す。
「だから、赤穂も留守番で良かったのに。人手多すぎ問題」
「ま、味方が多いに越したことはないだろ。廣伊と隠密、手ぇ出すんじゃねぇぞ」
「了解。捕縛後の罪人護送に徹します」
赤穂に従い、廣伊は短くうなずく。
ま、確かに。人を運ぶのには、手はいくらあっても多過ぎということはない。
そんなことを話しながら、一時間くらい走ったら。太陽が昇ってきた。
そうしたら、大和が突然、ホーと、大きな声を出した。
すると木々の向こうから、ホーとフクロウが応える。
「今のなに? 大和はフクロウとお話ができるのか?」
キラリンと、瞳を輝かせて、紫輝が聞くと。
大和は眉尻を下げて、申し訳なさそうに告げる。
「すみません。隠密の暗号伝達です。もうすぐ目的地です」
「え、あっちも人なの? つまんない」
がっかりしつつも、紫輝は足を動かし続ける。
そして、火を消したあとの、白い煙が見えてきた。
特に、派手な演出で登場することもなく。
紫輝たちは林を抜けて、彼らが野営していた開けた場所に、姿を現した。
「あ、いたいた。巴、迎えに来たよ」
紫輝は笑顔で手を振るが、幸直は、慌てた様子でライラから降り。心配そうな声を出した。
「巴っ、大丈夫か?」
「幸直…」
巴は幸直の元へ行こうとするけれど、背後から銀杏が、巴の首に腕を回し。短剣を首に突きつけた。
巴は手を前で縛られている。
「逃がさないわよ。あんたたち、これを殺されたくなかったら、おとなしくしなさい」
銀杏は、いわゆる悪役のような台詞を言うけれど。
普通に、六人対三人で、分が悪いとか、考えないのだな。
現場把握能力がないみたい。
それに、巴がなんでか、手首の縄をほどいて、銀杏の短剣を持つ手を掴んだ。
そのまま腕をひねって、銀杏を制圧してしまう。
「ありがとう、紫輝。助けに来てくれて。それに幸直も、回復したみたいで良かった」
感動もなにもない感じで、巴はたんたんと礼を口にする。
いつものように、たんたんと。
誘拐されても、冷静な巴は、変わりなしのようだ。
「な、なんで、あんたっ。縄切ってんのよ? つか、仲間になるって言ったでしょ?」
「僕こそ、言ったでしょう? 今更、基成が出てきたところで。なにも変わらないって。それについさっき、姉さんも、僕を安曇に突き出すって言っていたじゃないか? そんなところに僕がのこのこ着いて行くわけないだろう?」
後ろ手にひねられた銀杏は、悔しげに巴を睨む。
「はじめまして、銀杏さん。いつも、うちの眞仲がお世話になってますぅ」
これ、ちょっと言ってみたかったんだよねぇ? 奥さん気取りで挨拶するやつ。
ほくほくして言う紫輝を、銀杏はいぶかしげに見てくる。
「申し遅れました。俺、眞仲の伴侶の、間宮紫輝です。先日は、貴方の短慮のせいで、眞仲が死んだことになってしまって、本当に悲しみましたが。まぁ、いいです。眞仲にも、貴方を捕縛していいって、許可をもらいましたので。遠慮なく捕まえさせていただきますね?」
紫輝は、にっこりと、邪気のない笑顔を向けるが。
その実、かなり怒っていたのだ。
だって、己の眞仲を。
この女は、いらないと言ったのだから。許せないよ。
「あんたみたいなちんちくりんのお猿さんが、安曇の伴侶ですってぇ? あり得ないわ」
銀杏は鼻で笑って。それが紫輝の冗談かと思ったようだが。巴がつぶやく。
「え、知らないの? 手裏基成の伴侶が紫輝だって、将堂では有名な話だよ?」
嘘だけど。
巴も天誠と同じで、息を吸うように嘘がつける人種だった。
「は? そんな話、信じないわよ。そんなことになってたら、もっと大騒ぎに…」
「嘘じゃないですよ。今、手裏軍の中では、基成様の伴侶の噂で持ちきりです。もう、それはそれは仲睦まじいのだとか。溺愛される伴侶がうらやましいと、ね」
これは常識ですよ、という顔で。銀杏のお供も同意したので。
銀杏は顔を真っ赤にして、怒り始めた。
「こんな、不細工で、ちっさい男が、安曇の伴侶だなんて、許せない。あの、美しい人に、こんなブサが?」
うーわー、久々に、美醜でディスられたよ。
紫輝は半目になるが。
そのとき銀杏が、羽をバサバサさせて、巴から離れようとした。
巴はもちろん、手を離さないが、一瞬の隙をついて、大柄な方のお供が、巴に突進してきた。
巴は短剣で、刀を振る大柄な男と対峙しなければならず。銀杏から手を離してしまう。
そうしたら、銀杏は。紫輝に真っすぐ向かってきた。
ですよね?
紫輝は、銀杏と大柄な方のお供に『らいかみっ!』を撃つため、ライラに指示しようとした。
「ら…」
しかし。一足早く、赤穂が前に出て、銀杏の短剣を剣で弾き。
柄で、腹に当て身をして、銀杏を昏倒させ。
大柄な方も、刀を弾いたあと、剛力で体を吹っ飛ばしてしまった。
彼は木に、したたかに背を打ち、気絶してしまう。
その間、わずか五秒。
「あぁぁ、駄目、今のなし。これで終わりかよ? 手応えなさすぎっ」
もっと、楽しみたかったのだろう。赤穂は手で頭を抱え、絶叫した。
確かに、赤穂は剣をふたつしか振ってない。これでは欲求不満だよね。
「おい、廣伊。帰る前に俺と手合せしろ」
「いえ、すぐに罪人を護送いたします」
「紫輝は?」
「俺も、本拠地に戻るし」
赤穂の視線は、怪我人の幸直をスルーし。巴を見やる。そして、ニヤリとした。
どうやら生け贄が決まったらしい。
「そんなに、長くは休ませられないけど。幸直が馬に乗って、帰って来られるくらい、四季村で養生させてあげてよ」
紫輝が言うと、赤穂は満足そうにうなずいた。
その間、きっと。巴が赤穂を満足させるのだろう。
あ、いやらしい意味じゃないよ? それだと、幸直も月光も怒っちゃうもんね。
とりあえず、巴、任したっ。
その、幸直と巴は。お互いの無事を確かめ合って、感動の再会を果たした。
幸直は巴の両手を、熱く握る。
「巴の馬鹿っ。俺ひとりだけ逃がして、ここに残るなんて、無茶しやがって。温かくて、動いて、笑わないと、巴じゃない。冷たくなった巴なんて、俺は嫌いなんだからなっ」
涙ぐむ幸直を、巴はぼんやりみつめる。
おちょぼ口を小さく開いて三角にすると。小首を傾げた。
「ん? 別に死ぬ気はなかったよ?」
まぁ、確かに。
最悪のことは、考えたけれど。
ちゃんとその前に、逃げるつもりだった。
自分がいなくなったあとのことを、巴はちゃんと理解している。
幸直は、壊れてしまうと。
己がいなくなったあとに、幸直の幸せはないのだ。
だから、幸直のために死ぬという選択肢は。巴の中では一番、最後の最後だった。
「それで、いいんだよぉ」
幸直は、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、巴に抱きついた。
その顔は、ちょっといただけない。線画には残さないでやろう。
でも、巴の胸はほんわかして。ふわりと微笑んだ。
「…許さない」
すると、赤穂の当て身で倒れていたはずの銀杏が、身を起こして、巴に突進していった。
「あんただけ幸せとか、絶対許さないんだからぁ!」
銀杏の手には、短剣がしっかり握られている。
彼女の動きに、幸直だけが反応し、巴をかばうが。
誰の手も間に合わない。
「らいかみっ!」
紫輝の叫びで、紫色の小さな雷が、天空から真っすぐ落ちてきた。
その景色はまるで、口を開けた龍が山を食らうかのようだった。
紫輝が手を伸ばした先の人々は、みんな倒れている。
そこに、ノテノテと、優雅な足取りでライラがやってきて、紫輝に寄り添った。
「けんぞくと、いつものみどりは、よけたわぁ」
紫輝は、あまりにも咄嗟のことで、ライラに指示できなかったのだ。
だから、この場にいる者、みんな、生気を吸われて昏倒してしまった。
立っているのは、赤穂と千夜と廣伊だけだ。
「おい、俺は眷属じゃなくて、紫輝の父親だ。だが…すまん、紫輝。当て身が弱すぎたか? 女相手だと勝手がわからん」
ライラに訂正しつつも、殊勝に謝る赤穂に。
紫輝は唇をとがらせる。
「もう、ブンブン振り回してばかりだから、繊細な加減ができないんだろ? もっと精進してください」
父に八つ当たりするけれど。これは自分の失態だと、紫輝はわかっていた。
「あぁ、これ、みんな運ぶとなると、大変だよね。ごめん、廣伊ぃ」
「いや。精神が強い者は、すぐ気づくだろう」
そう言って、廣伊が顎をやる先に、大和がむくりと頭を起こした。
「ううぅ、ひでぇよ、姫。俺は仲間認定されていなかったの、か…」
そういえば、赤穂のことも、ライラは生気を吸ったことがあるが。
赤穂は意識さえ失わなかったのだ。恐るべし精神力。
でも大和も、この中で一番に目を覚ましたのは、すごい精神鍛錬をしているからなんだな。
改めて、大和の有能さを実感した紫輝だった。
その後、巴が目を覚まし。自分の体の上に乗り、かばってくれたらしい幸直を。愛おしそうに抱き締めていた。
続いて、島田が目を覚まし。
十分後くらいに、幸直が目を覚ました。
ま、幸直は病み上がりだから仕方がないよ。
でも赤穂は、修行が足りん、と怒っていたけど。
ちなみに、すでに気絶していた大柄なお供は、そのまま昏倒し続け。銀杏も倒れたままだが。
剣先が、幸直の背中の生地を引っかいていて。もう、本当に紙一重の差だった。ギリギリセーフ。
先ほどの反省を生かして、とっとと体を縄で縛らせていただきました。
「紫輝様、お初にお目にかかります。安曇様の隠密の、島田仁と申します。あぁ、紫輝様。素晴らしかったです。あの紫の炎に包まれた、神々しいお姿。遠のく意識の向こうで、俺は超絶感動しておりました」
すると、大和はいぶかしげな目で、島田を見る。
「おまえのこと、俺、見たことないけど…」
「二ヶ月前の第三期おうでぃしょんに合格いたしました。よろしくお願いします、木佐先輩」
紫輝は苦笑する。
第三期オーディションって…芸能界の登竜門的なアレみたいな?
つか、天誠はまだ、隠密増殖しているのか?
ま、孤児の働き口が増えるのは良いことだけど。
「二ヶ月前って…おまえ、いくつだよ?」
「十五歳です。同期はみんな、年少で。俺は即戦力のえりぃとちーむりいだぁ? やってます」
丸顔で、黒髪つやつやで、カラスの黒々とした翼。
なので、紫輝は種族当てを今回はしなかった。
ところで、その話を聞いていた巴は、頭の中でぼやきまくっていた。
あれ、安曇の隠密だったのか。
どうりで、短剣くれたり、幸直、逃がしてくれたりしたわけだよ。
つか、大人びた顔しているから、小柄でも同年代かと思っていたのに。まさかの十五歳とか、まだ子供じゃないか。
その割には火おこしも天幕張りも手際が良く、有能なんじゃね?
ま、紫輝と話しているときの顔は、年相応だな。
きっと、潜入中はわざと大人に見せていたのだろう。
つか、ガッツリ年下に、敬語使ってしまったな?
そんなことを考えている最中も。巴は、ぼんやりした表情を微動だにしないのだった。
「そうか。島田くん、よろしくな? エリートチームリーダー頑張って」
紫輝は島田と握手する。
すると、森のあちらこちらで、フクロウがホーホー鳴き出した。まるで森中に響き渡る合唱のように。
「これは、なんて言っているの? 大和」
「ぶーいんぐです。島田ばっかりズルいぃ、的な」
「え? 紫輝。このフクロウ、隠密なのか?」
大和の言葉に反応したのは、意外なところで、巴だった。
紫輝がうなずくと。なにやら悲しげな顔つきでつぶやいた。
「枝にすずなりの集団フクロウ…見たかったのに」
なにはともあれ。
巴を無事救出し。結果的に、暴れたり抵抗したりするより、意識のない状態の罪人を運ぶ方が楽で。
紫輝たちは全員無傷で、山を降りたのだった。
生気を吸われてぐったりしているのも、若干名いたけどね。
夜明け前、紫輝たちは四季村を出て、山の中に入っていった。
月光は、お留守番だ。
低体温症と失血で命の危機だった幸直は、食事と一日の休養で、すっかり体力を取り戻した。
元々、素地が、頑丈なのだ。
ただ、出血は止まったものの、刺された痛みなどは、さすがに改善しない。
大和や橘が、鎮痛効果のある薬草を傷に塗り込んで、なんとか動ける感じだ。
ライラで移動することになったが、ま、なんとか、おんぶひもは回避し。ライラにしがみついている。
イケメンは矜持を死守したのだっ。
紫輝と赤穂。廣伊と千夜は。大和と他の隠密による道案内で、小走りで山の中をひた走った。
その隣を、幸直を乗せたライラがついてくる。
山なんか、ひとっ飛びのライラ的には、幸直を乗せてはいても、ルンルンのお散歩感覚である。
「巴たち、まだ奥多摩の山の中にいるんだって。良かったな、幸直。あまり遠くまで行っていなくて」
走りながら、紫輝は幸直に話しかける。
隠密や、足の速い廣伊にも、紫輝の走りは引けを取らない。短距離走は、いつも天誠に負けていたが。紫輝は持久走なら、いつまでも走れるくらい、心肺機能が発達してるのだ。
だから、あまり疲れたことないんだよね。
らいかみっ! を打ったあとなんかは、疲れるが。
あのとき初めて、疲れたなぁと感じたのだ。
それでも、一日寝れば、すっきり快調で。翌朝まで疲れを引きずったことはない。
「銀杏のお供のひとりが、隠密なんだ。だから、道に迷ったフリして、わかりやすい場所に一行を誘導してある」
千夜の補足に、赤穂が牙を剥いた。
「なんだよ、それじゃ、敵は、お供ひとりに、女がひとりじゃねぇか!」
紫輝たちは、普通に軍服とマントという姿だが。
赤穂は、軍靴を履いてはいるが、作務衣と毛皮のベストという姿で。
寒くないのぉ? マント着てきてよぉ。と紫輝は思う。
でも赤穂は戦闘モードでギラギラしているから、寒くないんだって。
あり得ないんですけど。
幸直の事前情報では、銀杏と、お供がふたりだけ。その内ひとりは、味方のようで。
紫輝は、呆れた声を出す。
「だから、赤穂も留守番で良かったのに。人手多すぎ問題」
「ま、味方が多いに越したことはないだろ。廣伊と隠密、手ぇ出すんじゃねぇぞ」
「了解。捕縛後の罪人護送に徹します」
赤穂に従い、廣伊は短くうなずく。
ま、確かに。人を運ぶのには、手はいくらあっても多過ぎということはない。
そんなことを話しながら、一時間くらい走ったら。太陽が昇ってきた。
そうしたら、大和が突然、ホーと、大きな声を出した。
すると木々の向こうから、ホーとフクロウが応える。
「今のなに? 大和はフクロウとお話ができるのか?」
キラリンと、瞳を輝かせて、紫輝が聞くと。
大和は眉尻を下げて、申し訳なさそうに告げる。
「すみません。隠密の暗号伝達です。もうすぐ目的地です」
「え、あっちも人なの? つまんない」
がっかりしつつも、紫輝は足を動かし続ける。
そして、火を消したあとの、白い煙が見えてきた。
特に、派手な演出で登場することもなく。
紫輝たちは林を抜けて、彼らが野営していた開けた場所に、姿を現した。
「あ、いたいた。巴、迎えに来たよ」
紫輝は笑顔で手を振るが、幸直は、慌てた様子でライラから降り。心配そうな声を出した。
「巴っ、大丈夫か?」
「幸直…」
巴は幸直の元へ行こうとするけれど、背後から銀杏が、巴の首に腕を回し。短剣を首に突きつけた。
巴は手を前で縛られている。
「逃がさないわよ。あんたたち、これを殺されたくなかったら、おとなしくしなさい」
銀杏は、いわゆる悪役のような台詞を言うけれど。
普通に、六人対三人で、分が悪いとか、考えないのだな。
現場把握能力がないみたい。
それに、巴がなんでか、手首の縄をほどいて、銀杏の短剣を持つ手を掴んだ。
そのまま腕をひねって、銀杏を制圧してしまう。
「ありがとう、紫輝。助けに来てくれて。それに幸直も、回復したみたいで良かった」
感動もなにもない感じで、巴はたんたんと礼を口にする。
いつものように、たんたんと。
誘拐されても、冷静な巴は、変わりなしのようだ。
「な、なんで、あんたっ。縄切ってんのよ? つか、仲間になるって言ったでしょ?」
「僕こそ、言ったでしょう? 今更、基成が出てきたところで。なにも変わらないって。それについさっき、姉さんも、僕を安曇に突き出すって言っていたじゃないか? そんなところに僕がのこのこ着いて行くわけないだろう?」
後ろ手にひねられた銀杏は、悔しげに巴を睨む。
「はじめまして、銀杏さん。いつも、うちの眞仲がお世話になってますぅ」
これ、ちょっと言ってみたかったんだよねぇ? 奥さん気取りで挨拶するやつ。
ほくほくして言う紫輝を、銀杏はいぶかしげに見てくる。
「申し遅れました。俺、眞仲の伴侶の、間宮紫輝です。先日は、貴方の短慮のせいで、眞仲が死んだことになってしまって、本当に悲しみましたが。まぁ、いいです。眞仲にも、貴方を捕縛していいって、許可をもらいましたので。遠慮なく捕まえさせていただきますね?」
紫輝は、にっこりと、邪気のない笑顔を向けるが。
その実、かなり怒っていたのだ。
だって、己の眞仲を。
この女は、いらないと言ったのだから。許せないよ。
「あんたみたいなちんちくりんのお猿さんが、安曇の伴侶ですってぇ? あり得ないわ」
銀杏は鼻で笑って。それが紫輝の冗談かと思ったようだが。巴がつぶやく。
「え、知らないの? 手裏基成の伴侶が紫輝だって、将堂では有名な話だよ?」
嘘だけど。
巴も天誠と同じで、息を吸うように嘘がつける人種だった。
「は? そんな話、信じないわよ。そんなことになってたら、もっと大騒ぎに…」
「嘘じゃないですよ。今、手裏軍の中では、基成様の伴侶の噂で持ちきりです。もう、それはそれは仲睦まじいのだとか。溺愛される伴侶がうらやましいと、ね」
これは常識ですよ、という顔で。銀杏のお供も同意したので。
銀杏は顔を真っ赤にして、怒り始めた。
「こんな、不細工で、ちっさい男が、安曇の伴侶だなんて、許せない。あの、美しい人に、こんなブサが?」
うーわー、久々に、美醜でディスられたよ。
紫輝は半目になるが。
そのとき銀杏が、羽をバサバサさせて、巴から離れようとした。
巴はもちろん、手を離さないが、一瞬の隙をついて、大柄な方のお供が、巴に突進してきた。
巴は短剣で、刀を振る大柄な男と対峙しなければならず。銀杏から手を離してしまう。
そうしたら、銀杏は。紫輝に真っすぐ向かってきた。
ですよね?
紫輝は、銀杏と大柄な方のお供に『らいかみっ!』を撃つため、ライラに指示しようとした。
「ら…」
しかし。一足早く、赤穂が前に出て、銀杏の短剣を剣で弾き。
柄で、腹に当て身をして、銀杏を昏倒させ。
大柄な方も、刀を弾いたあと、剛力で体を吹っ飛ばしてしまった。
彼は木に、したたかに背を打ち、気絶してしまう。
その間、わずか五秒。
「あぁぁ、駄目、今のなし。これで終わりかよ? 手応えなさすぎっ」
もっと、楽しみたかったのだろう。赤穂は手で頭を抱え、絶叫した。
確かに、赤穂は剣をふたつしか振ってない。これでは欲求不満だよね。
「おい、廣伊。帰る前に俺と手合せしろ」
「いえ、すぐに罪人を護送いたします」
「紫輝は?」
「俺も、本拠地に戻るし」
赤穂の視線は、怪我人の幸直をスルーし。巴を見やる。そして、ニヤリとした。
どうやら生け贄が決まったらしい。
「そんなに、長くは休ませられないけど。幸直が馬に乗って、帰って来られるくらい、四季村で養生させてあげてよ」
紫輝が言うと、赤穂は満足そうにうなずいた。
その間、きっと。巴が赤穂を満足させるのだろう。
あ、いやらしい意味じゃないよ? それだと、幸直も月光も怒っちゃうもんね。
とりあえず、巴、任したっ。
その、幸直と巴は。お互いの無事を確かめ合って、感動の再会を果たした。
幸直は巴の両手を、熱く握る。
「巴の馬鹿っ。俺ひとりだけ逃がして、ここに残るなんて、無茶しやがって。温かくて、動いて、笑わないと、巴じゃない。冷たくなった巴なんて、俺は嫌いなんだからなっ」
涙ぐむ幸直を、巴はぼんやりみつめる。
おちょぼ口を小さく開いて三角にすると。小首を傾げた。
「ん? 別に死ぬ気はなかったよ?」
まぁ、確かに。
最悪のことは、考えたけれど。
ちゃんとその前に、逃げるつもりだった。
自分がいなくなったあとのことを、巴はちゃんと理解している。
幸直は、壊れてしまうと。
己がいなくなったあとに、幸直の幸せはないのだ。
だから、幸直のために死ぬという選択肢は。巴の中では一番、最後の最後だった。
「それで、いいんだよぉ」
幸直は、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、巴に抱きついた。
その顔は、ちょっといただけない。線画には残さないでやろう。
でも、巴の胸はほんわかして。ふわりと微笑んだ。
「…許さない」
すると、赤穂の当て身で倒れていたはずの銀杏が、身を起こして、巴に突進していった。
「あんただけ幸せとか、絶対許さないんだからぁ!」
銀杏の手には、短剣がしっかり握られている。
彼女の動きに、幸直だけが反応し、巴をかばうが。
誰の手も間に合わない。
「らいかみっ!」
紫輝の叫びで、紫色の小さな雷が、天空から真っすぐ落ちてきた。
その景色はまるで、口を開けた龍が山を食らうかのようだった。
紫輝が手を伸ばした先の人々は、みんな倒れている。
そこに、ノテノテと、優雅な足取りでライラがやってきて、紫輝に寄り添った。
「けんぞくと、いつものみどりは、よけたわぁ」
紫輝は、あまりにも咄嗟のことで、ライラに指示できなかったのだ。
だから、この場にいる者、みんな、生気を吸われて昏倒してしまった。
立っているのは、赤穂と千夜と廣伊だけだ。
「おい、俺は眷属じゃなくて、紫輝の父親だ。だが…すまん、紫輝。当て身が弱すぎたか? 女相手だと勝手がわからん」
ライラに訂正しつつも、殊勝に謝る赤穂に。
紫輝は唇をとがらせる。
「もう、ブンブン振り回してばかりだから、繊細な加減ができないんだろ? もっと精進してください」
父に八つ当たりするけれど。これは自分の失態だと、紫輝はわかっていた。
「あぁ、これ、みんな運ぶとなると、大変だよね。ごめん、廣伊ぃ」
「いや。精神が強い者は、すぐ気づくだろう」
そう言って、廣伊が顎をやる先に、大和がむくりと頭を起こした。
「ううぅ、ひでぇよ、姫。俺は仲間認定されていなかったの、か…」
そういえば、赤穂のことも、ライラは生気を吸ったことがあるが。
赤穂は意識さえ失わなかったのだ。恐るべし精神力。
でも大和も、この中で一番に目を覚ましたのは、すごい精神鍛錬をしているからなんだな。
改めて、大和の有能さを実感した紫輝だった。
その後、巴が目を覚まし。自分の体の上に乗り、かばってくれたらしい幸直を。愛おしそうに抱き締めていた。
続いて、島田が目を覚まし。
十分後くらいに、幸直が目を覚ました。
ま、幸直は病み上がりだから仕方がないよ。
でも赤穂は、修行が足りん、と怒っていたけど。
ちなみに、すでに気絶していた大柄なお供は、そのまま昏倒し続け。銀杏も倒れたままだが。
剣先が、幸直の背中の生地を引っかいていて。もう、本当に紙一重の差だった。ギリギリセーフ。
先ほどの反省を生かして、とっとと体を縄で縛らせていただきました。
「紫輝様、お初にお目にかかります。安曇様の隠密の、島田仁と申します。あぁ、紫輝様。素晴らしかったです。あの紫の炎に包まれた、神々しいお姿。遠のく意識の向こうで、俺は超絶感動しておりました」
すると、大和はいぶかしげな目で、島田を見る。
「おまえのこと、俺、見たことないけど…」
「二ヶ月前の第三期おうでぃしょんに合格いたしました。よろしくお願いします、木佐先輩」
紫輝は苦笑する。
第三期オーディションって…芸能界の登竜門的なアレみたいな?
つか、天誠はまだ、隠密増殖しているのか?
ま、孤児の働き口が増えるのは良いことだけど。
「二ヶ月前って…おまえ、いくつだよ?」
「十五歳です。同期はみんな、年少で。俺は即戦力のえりぃとちーむりいだぁ? やってます」
丸顔で、黒髪つやつやで、カラスの黒々とした翼。
なので、紫輝は種族当てを今回はしなかった。
ところで、その話を聞いていた巴は、頭の中でぼやきまくっていた。
あれ、安曇の隠密だったのか。
どうりで、短剣くれたり、幸直、逃がしてくれたりしたわけだよ。
つか、大人びた顔しているから、小柄でも同年代かと思っていたのに。まさかの十五歳とか、まだ子供じゃないか。
その割には火おこしも天幕張りも手際が良く、有能なんじゃね?
ま、紫輝と話しているときの顔は、年相応だな。
きっと、潜入中はわざと大人に見せていたのだろう。
つか、ガッツリ年下に、敬語使ってしまったな?
そんなことを考えている最中も。巴は、ぼんやりした表情を微動だにしないのだった。
「そうか。島田くん、よろしくな? エリートチームリーダー頑張って」
紫輝は島田と握手する。
すると、森のあちらこちらで、フクロウがホーホー鳴き出した。まるで森中に響き渡る合唱のように。
「これは、なんて言っているの? 大和」
「ぶーいんぐです。島田ばっかりズルいぃ、的な」
「え? 紫輝。このフクロウ、隠密なのか?」
大和の言葉に反応したのは、意外なところで、巴だった。
紫輝がうなずくと。なにやら悲しげな顔つきでつぶやいた。
「枝にすずなりの集団フクロウ…見たかったのに」
なにはともあれ。
巴を無事救出し。結果的に、暴れたり抵抗したりするより、意識のない状態の罪人を運ぶ方が楽で。
紫輝たちは全員無傷で、山を降りたのだった。
生気を吸われてぐったりしているのも、若干名いたけどね。
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そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
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