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96 騎士に任じてくれ ★
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◆騎士に任じてくれ
青桐は堺と、心を通わせ、体もつなげた。
衣服をすべて脱いだ堺は、その白い背中を、惜しげなく青桐にさらして見せる。
うつ伏せで、寝台に膝をついて、腰を上げた状態だ。
すでに後孔に、青桐は剛直を挿入していて。膝立ちで堺を攻めていた。
挿入まで至る情交は、まだ、両手で数えるほどだが。
体をつなげる刺激を知ったばかり堺の体は、素直に快楽を受け入れている。
最初こそ、キスも情交も、その言葉にさえ恥じらいを見せていたけれど。
青桐からもたらされる、めくるめく愉悦を、ふたりきりのときに拒むことなど、ない。
「ん、ん、あ、青桐さまぁ…」
後ろから突き入れるたびに、桜色の唇から艶やかな声が漏れる。
振り返ってこちらを見る、薄青の瞳が、濡れて、色っぽかった。
白い髪を横に流し、背中をあらわにしているのは。青桐が、その敏感な背中を楽しむためだ。
ゆるりと腰を揺らめかせながら、青桐は堺の肩甲骨の辺りに唇を寄せる。張り出した骨を舐めれば、堺は背筋をそらして、善がった。
「堺に羽があったら、ここから、真っ白な翼が生えていたのだな? 堺に羽が生えていたら、この年齢まで独り身でいないだろう。この綺麗な人が、嫁になってくれたなんて…俺は本当に、幸運な男だ」
なめらかな肌を舐めて、堪能していたが。
堺が無言で、青桐は首を傾げる。
いつもなら、そのような…とか。あり得ませんとか。己の目がおかしい的なことを言ってくるのだが。
不思議に思い、堺の顔を見ると。なにやら頬を染めていた。
「あの…鏡というか。自分の姿を、ライラさんに見せてもらったのです。このように、兄に酷似した顔をしていたとは思わず。綺麗と言われて、否定をしたら。兄のことも、けなす感じになってしまいますから。なにも申せません」
ライラさんに見せてもらった、というのは。青桐にはよくわからなかったが。
あの生き物は、存在自体がよくわからないので。そうなのかと納得するしかない。
なにはともあれ。
堺は、自分が美人さんだということを知ったのだ。
「…だろう? 堺は美しいんだ。氷の妖精のように、雪の結晶のように、綺麗で気高く。顎の線がすっきりとしていて、鼻筋が通っていて、薄めの唇は白皙の顔に彩りを添え…」
「や、やめてください。恥ずかしくて、心臓が壊れてしまいます」
鋭敏な背骨の線を、舌で舐め濡らしながら青桐が告げていくと、堺は降参した。
今まで気にしたことのなかった、化け物だと思っていた、容姿が。青桐を魅了するものだったと自覚し。
堺は混乱の極みだった。気持ちがついてこない。
「あぁ、この白い背中も。まるで足跡のない雪原のようだ。目にまぶしく。俺がこの雪原に、跡をつけてもいい?」
青桐が背中に吸いつき、チクリと感じる。
でもその些細な痛みが、堺の胸を、なぜだかキュンとさせる。
「堺の背中に、情痕がついた。雪原の上に、赤い花びらが散ったみたいで。綺麗だよ」
「それは、青桐様だけがつけられる跡なのですね?」
「そうだよ。俺の刻印だから」
青桐に所有される感覚が、堺の心を満たす。
もっと、貴方のものにしてください。そんな気にさせた。
「あの、青桐様」
堺は青桐を振り返って、情欲に潤む魅惑の瞳でみつめた。
「青桐様に、背中を愛でてもらうのは、とても気持ちが良いのですが。私は青桐様と正面から抱き合いたいのです。いけませんか?」
珍しい堺のおねだりに、青桐は興奮してしまった。
顔や態度には出さないが。すごくたぎったので、剛直がギンと張り詰める。
その感覚に、堺が、あぁと、感じ入るのを目にし。
さらに、高まってしまう。
「…いや、そうして、してほしいことは、全部教えて? それが、ふたりで探り合いながら、極めていく、第一歩だからな。堺の願いは、なんでも叶えてやる」
「は、あぁぁ、あ…ん」
香油にまみれた剛直は、堺の中からぬるりと抜けるが。その引き抜く合間も、堺は甘いあえぎを漏らした。
存在感のある、熱いモノが失われると。堺は悲しげに眉をしかめる。
大丈夫、すぐ与えてやる。
堺をあおむけにかえして、組み敷くと。膝裏に手を置いて、押し開き。再び堺の蕾に、剛直を当てた。
欲しがるように、ひくつく後孔に、じっくり、先端をもぐり込ませる。
堺は焦れる様子で、腰を揺らめかせた。
「早く、奥までください。青桐様…あ、あ、んぁあ」
内壁がさざめく感覚を楽しみながら、青桐は最奥まで剛直を挿入した。
堺も充分に、中で悦楽を受けているので。青桐のモノを歓喜して迎えてくれる。
甘い締めつけが、青桐を熱望しているようで、愛情をかき立てられた。
「堺っ、可愛い、可愛い、俺の龍。あぁ、愛している。言葉だけではもどかしいほどに…」
大胆なうごめきで剛直を抜き差しすると、ずちゅずちゅと濡れた音が鳴り、ふたりの情熱を燃え上がらせる。
炙られ、火照った熱い体を、互いに引き寄せる。
堺は首に腕を回して、溶け合うように肌を重ね。
青桐は、背に手を回して、荒々しくかき抱く。
「私も…私の主。私は、貴方おひとりのもの。愛しています、青桐様」
ふたり、微笑みを交わし。幸せの中でくちづけ合って。
そして嵐のように激しく求め合い。
狂おしい官能の波に揉まれて…ふたりで高みに駆け上がっていった。
★★★★★
熱く抱き合ったふたりは、荒い息を整え、絶頂の余韻に身を浸らせていた。
情熱の火を燻ぶらせていく、その過程も甘露なものだった。
「青桐様、おそばに行ってもいいですか?」
あおむけに体を投げ出す青桐に、少し身を起こした堺が聞いた。
もちろん、いいに決まってる。
青桐は双眸を細めて承諾すると、腕を堺の首の下に通し、肩を抱いて身を引き寄せた。
堺は青桐の脇に近い、胸の辺りに頭を委ねる。
柔らかい髪が、胸に触れて。くすぐったい。
「以前、紫輝と、恋について話したことがあります。恋愛は、なんとしてもその人を欲しいと思う、欲だと。ときには、腕の中に閉じ込めて、ひとりで食らうような、激烈な感情が湧くのだと」
堺は青桐の胸を指先で撫で、汗に湿った肌の感触を味わう。
「そんな凶暴な気持ちが、私の中に生まれることを、当時は想像すらできなかった。でも、今ならわかります。貴方の、この肌の熱さを、抱き締める力強さを、私以外の誰にも渡したくない」
たおやかで気品があり、道場での手合せでも、苛烈さを表に出さない堺が。このような強い気持ちで、己を想ってくれるなんて。
青桐は、ジンと胸が熱くなる。
本当に、自分は堺と想い合っているのだなと、しみじみ感じた。
「正真正銘、俺は堺だけのものだよ。肌を合わせたのも、俺の激しさを知るのも、堺だけだ」
「初めて…というのは。驚きました。だって青桐様が触れると、いつでも、なんでも、気持ち良いだけなので」
すぅっと、息を吸いこむ気配がして。堺が匂いを嗅いでいるのだと知った。
「…汗臭いか?」
ちょっと、心配になってしまう。情事のあとだから、それなりに汗をかいた。
「いいえ、青桐様は、いつも良い匂いがするのです。香水ですか?」
「いや、なにも。さっき堺に使った、香油くらいかな」
「その香りではないのです。でも、ずっと嗅いでいたい気になります」
高い鼻梁を押しつけて、堺は陶酔するみたいな、あどけない顔で微笑した。
ほのぼのとした堺の様子を見ると、青桐は安堵するのだ。
己の腕の中が一番安心する場所なのだと、堺に思ってもらいたい。
「…昔、読んだ本で。名家の姫様が盗賊にさらわれて。そこから逃げ出した姫様が、助けを求めたのは、大きな馬に乗った勇猛果敢な騎士だった。っていう話があって。その姫様、盗賊の元から逃げるくらいだから、お転婆で、戦う姫様なんだけど。いざというときに姫様を守るのは、やっぱり頼れる騎士」
なんの話だろうと、堺は青桐をみつめる。
青桐は、己の腕の中の姫様の頭に、慈愛のキスを贈った。
「剣術では、俺は堺にかなわない。ヨワヨワな騎士だ。堺は、刀を振り上げてくる相手には、鬼強くて。俺のことをしっかりと守ってくれるのだろう。でも、凶器を持たぬ相手には、弱い。今朝、燎源になにも言わずに従ったように。権力を振りかざす者にも、言葉で心を傷つける者にも、従順で。自分が傷つくことを厭わず、俺を守ろうとする」
そのような、健気な堺も愛おしいが。
「でも俺は、堺の心が傷つくのは嫌なんだよ? だから。そういう権威や言葉の刃を振りかざす輩から、俺は堺を守りたい。俺を、堺の心と誇りを守る、騎士に任じてくれないか?」
「青桐様…」
「今のところ、俺には権力がある。力のある何者からも、堺を守ることができる。俺は、この心を傷つけさせない。矜持を踏みつけさせない」
この心、と言ったとき。青桐は堺の心臓の辺りを、指先でくるくるなぞった。
「私を守ってくださるなんて。とても嬉しいです。では、青桐様は、私の心を守る騎士、私は貴方の体を守る騎士、ですね?」
「違う、違う。堺は、俺の体を守る、戦う姫様だよ。長くて美しい髪の、艶やかなお姫様」
青桐は、大きな手のひらで、堺の白い髪を撫でる。透き通るような色味はキラキラ光り、つるつるとした触り心地で、いつだって良い匂いがする。
青桐のお気に入りだ。
「青桐様、姫様と騎士様は、どうなったのですか?」
「もちろん、追いかけてくる盗賊たちを、姫様と騎士はバッタバッタと斬り倒し、姫様は自分の屋敷に無事に帰りついた。褒美に、騎士は姫様との結婚を許され。姫様はひとり娘だったから、騎士はその家の家督を継いで、玉の輿。めでたしめでたしだ」
「良かった。いいお話ですね?」
ふんわりと笑う堺を見ると、青桐も幸せな気持ちになる。
だから、これでいいのだ。
本当は、姫様には許嫁がいて、その人の子供を身ごもって、愛憎渦巻いたり。家督の権利をめぐって叔父と剣戟を交わしたりする。ドロドロの恋愛活劇なのだが。
「姫様と騎士のように、俺たちも、早く結婚の名乗りをあげたいな。そうしたら、昼間のツンも、少しは和らぐ」
昼間のツンと言われ、堺はおろおろしてしまう。
「決して、青桐様をないがしろにしているわけではないのです。ただ、人々に悟られないよう、戒めているだけなのです。想いは心に秘めておく。そうしないと、そばにいることすら叶わなくなるので」
結局、燎源に捕縛されたわけだから。堺の懸念は間違いではなかったわけだ。
「今しばらくは、そのように振舞っていた方が良いと思うのです。金蓮様も、いつか怒りが再燃し、私を討ちにくるかもしれませんし。目立つ行いは控えましょう。なので、青桐様も戒めます」
堺は、戒めると言って、青桐の唇をチュッとひとつ吸った。
「これで、想いを心に秘められます」
照れながらする、小さなキスに。
青桐はゴオッと、邪な炎が立ち昇った。
ほんのり頬を染めて、己の胸元から上目遣いにみつめてくる堺などっ。
愛らしいの極みだっ。
「いやいやいや、それでは秘められない。ダダ漏れる。もっと、しっかり封じてくれないと。俺の堺への想いは、どくどくと、あふれてくるから」
「もっと、しっかり、ですか?」
前に垂れてくる髪を、指先で耳に引っかけ、堺は青桐に、今度はしっかりと、くっつけるキスをした。
でも、恥ずかしいのか。深いくちづけまではしてこない。
「ふふっ、ダメダメ、もっと。昼間、俺が想いを秘めてもいいって思えるくらいに、封じて。戒めて」
唇をくっつけたまま。堺と青桐は寝台の中で、いけません、とか、駄目です、とか、言いながら。クスクスと笑いながら。
戒めという名のキスを、何度も交わし合った。
★★★★★
翌日、青桐の屋敷への引っ越しは、無事に完了し。
紫輝が指示した声明も、一言一句たがわず出された。
金蓮は、たかが紙切れに書かれたことに、大した影響力もないと思っているのだろうが。
各部署に出されたその声明は、当主の厳命として、ゆるやかにではあるが浸透していくことになる。
終戦への道は、確実に進んでいったのだ。
青桐は堺と、心を通わせ、体もつなげた。
衣服をすべて脱いだ堺は、その白い背中を、惜しげなく青桐にさらして見せる。
うつ伏せで、寝台に膝をついて、腰を上げた状態だ。
すでに後孔に、青桐は剛直を挿入していて。膝立ちで堺を攻めていた。
挿入まで至る情交は、まだ、両手で数えるほどだが。
体をつなげる刺激を知ったばかり堺の体は、素直に快楽を受け入れている。
最初こそ、キスも情交も、その言葉にさえ恥じらいを見せていたけれど。
青桐からもたらされる、めくるめく愉悦を、ふたりきりのときに拒むことなど、ない。
「ん、ん、あ、青桐さまぁ…」
後ろから突き入れるたびに、桜色の唇から艶やかな声が漏れる。
振り返ってこちらを見る、薄青の瞳が、濡れて、色っぽかった。
白い髪を横に流し、背中をあらわにしているのは。青桐が、その敏感な背中を楽しむためだ。
ゆるりと腰を揺らめかせながら、青桐は堺の肩甲骨の辺りに唇を寄せる。張り出した骨を舐めれば、堺は背筋をそらして、善がった。
「堺に羽があったら、ここから、真っ白な翼が生えていたのだな? 堺に羽が生えていたら、この年齢まで独り身でいないだろう。この綺麗な人が、嫁になってくれたなんて…俺は本当に、幸運な男だ」
なめらかな肌を舐めて、堪能していたが。
堺が無言で、青桐は首を傾げる。
いつもなら、そのような…とか。あり得ませんとか。己の目がおかしい的なことを言ってくるのだが。
不思議に思い、堺の顔を見ると。なにやら頬を染めていた。
「あの…鏡というか。自分の姿を、ライラさんに見せてもらったのです。このように、兄に酷似した顔をしていたとは思わず。綺麗と言われて、否定をしたら。兄のことも、けなす感じになってしまいますから。なにも申せません」
ライラさんに見せてもらった、というのは。青桐にはよくわからなかったが。
あの生き物は、存在自体がよくわからないので。そうなのかと納得するしかない。
なにはともあれ。
堺は、自分が美人さんだということを知ったのだ。
「…だろう? 堺は美しいんだ。氷の妖精のように、雪の結晶のように、綺麗で気高く。顎の線がすっきりとしていて、鼻筋が通っていて、薄めの唇は白皙の顔に彩りを添え…」
「や、やめてください。恥ずかしくて、心臓が壊れてしまいます」
鋭敏な背骨の線を、舌で舐め濡らしながら青桐が告げていくと、堺は降参した。
今まで気にしたことのなかった、化け物だと思っていた、容姿が。青桐を魅了するものだったと自覚し。
堺は混乱の極みだった。気持ちがついてこない。
「あぁ、この白い背中も。まるで足跡のない雪原のようだ。目にまぶしく。俺がこの雪原に、跡をつけてもいい?」
青桐が背中に吸いつき、チクリと感じる。
でもその些細な痛みが、堺の胸を、なぜだかキュンとさせる。
「堺の背中に、情痕がついた。雪原の上に、赤い花びらが散ったみたいで。綺麗だよ」
「それは、青桐様だけがつけられる跡なのですね?」
「そうだよ。俺の刻印だから」
青桐に所有される感覚が、堺の心を満たす。
もっと、貴方のものにしてください。そんな気にさせた。
「あの、青桐様」
堺は青桐を振り返って、情欲に潤む魅惑の瞳でみつめた。
「青桐様に、背中を愛でてもらうのは、とても気持ちが良いのですが。私は青桐様と正面から抱き合いたいのです。いけませんか?」
珍しい堺のおねだりに、青桐は興奮してしまった。
顔や態度には出さないが。すごくたぎったので、剛直がギンと張り詰める。
その感覚に、堺が、あぁと、感じ入るのを目にし。
さらに、高まってしまう。
「…いや、そうして、してほしいことは、全部教えて? それが、ふたりで探り合いながら、極めていく、第一歩だからな。堺の願いは、なんでも叶えてやる」
「は、あぁぁ、あ…ん」
香油にまみれた剛直は、堺の中からぬるりと抜けるが。その引き抜く合間も、堺は甘いあえぎを漏らした。
存在感のある、熱いモノが失われると。堺は悲しげに眉をしかめる。
大丈夫、すぐ与えてやる。
堺をあおむけにかえして、組み敷くと。膝裏に手を置いて、押し開き。再び堺の蕾に、剛直を当てた。
欲しがるように、ひくつく後孔に、じっくり、先端をもぐり込ませる。
堺は焦れる様子で、腰を揺らめかせた。
「早く、奥までください。青桐様…あ、あ、んぁあ」
内壁がさざめく感覚を楽しみながら、青桐は最奥まで剛直を挿入した。
堺も充分に、中で悦楽を受けているので。青桐のモノを歓喜して迎えてくれる。
甘い締めつけが、青桐を熱望しているようで、愛情をかき立てられた。
「堺っ、可愛い、可愛い、俺の龍。あぁ、愛している。言葉だけではもどかしいほどに…」
大胆なうごめきで剛直を抜き差しすると、ずちゅずちゅと濡れた音が鳴り、ふたりの情熱を燃え上がらせる。
炙られ、火照った熱い体を、互いに引き寄せる。
堺は首に腕を回して、溶け合うように肌を重ね。
青桐は、背に手を回して、荒々しくかき抱く。
「私も…私の主。私は、貴方おひとりのもの。愛しています、青桐様」
ふたり、微笑みを交わし。幸せの中でくちづけ合って。
そして嵐のように激しく求め合い。
狂おしい官能の波に揉まれて…ふたりで高みに駆け上がっていった。
★★★★★
熱く抱き合ったふたりは、荒い息を整え、絶頂の余韻に身を浸らせていた。
情熱の火を燻ぶらせていく、その過程も甘露なものだった。
「青桐様、おそばに行ってもいいですか?」
あおむけに体を投げ出す青桐に、少し身を起こした堺が聞いた。
もちろん、いいに決まってる。
青桐は双眸を細めて承諾すると、腕を堺の首の下に通し、肩を抱いて身を引き寄せた。
堺は青桐の脇に近い、胸の辺りに頭を委ねる。
柔らかい髪が、胸に触れて。くすぐったい。
「以前、紫輝と、恋について話したことがあります。恋愛は、なんとしてもその人を欲しいと思う、欲だと。ときには、腕の中に閉じ込めて、ひとりで食らうような、激烈な感情が湧くのだと」
堺は青桐の胸を指先で撫で、汗に湿った肌の感触を味わう。
「そんな凶暴な気持ちが、私の中に生まれることを、当時は想像すらできなかった。でも、今ならわかります。貴方の、この肌の熱さを、抱き締める力強さを、私以外の誰にも渡したくない」
たおやかで気品があり、道場での手合せでも、苛烈さを表に出さない堺が。このような強い気持ちで、己を想ってくれるなんて。
青桐は、ジンと胸が熱くなる。
本当に、自分は堺と想い合っているのだなと、しみじみ感じた。
「正真正銘、俺は堺だけのものだよ。肌を合わせたのも、俺の激しさを知るのも、堺だけだ」
「初めて…というのは。驚きました。だって青桐様が触れると、いつでも、なんでも、気持ち良いだけなので」
すぅっと、息を吸いこむ気配がして。堺が匂いを嗅いでいるのだと知った。
「…汗臭いか?」
ちょっと、心配になってしまう。情事のあとだから、それなりに汗をかいた。
「いいえ、青桐様は、いつも良い匂いがするのです。香水ですか?」
「いや、なにも。さっき堺に使った、香油くらいかな」
「その香りではないのです。でも、ずっと嗅いでいたい気になります」
高い鼻梁を押しつけて、堺は陶酔するみたいな、あどけない顔で微笑した。
ほのぼのとした堺の様子を見ると、青桐は安堵するのだ。
己の腕の中が一番安心する場所なのだと、堺に思ってもらいたい。
「…昔、読んだ本で。名家の姫様が盗賊にさらわれて。そこから逃げ出した姫様が、助けを求めたのは、大きな馬に乗った勇猛果敢な騎士だった。っていう話があって。その姫様、盗賊の元から逃げるくらいだから、お転婆で、戦う姫様なんだけど。いざというときに姫様を守るのは、やっぱり頼れる騎士」
なんの話だろうと、堺は青桐をみつめる。
青桐は、己の腕の中の姫様の頭に、慈愛のキスを贈った。
「剣術では、俺は堺にかなわない。ヨワヨワな騎士だ。堺は、刀を振り上げてくる相手には、鬼強くて。俺のことをしっかりと守ってくれるのだろう。でも、凶器を持たぬ相手には、弱い。今朝、燎源になにも言わずに従ったように。権力を振りかざす者にも、言葉で心を傷つける者にも、従順で。自分が傷つくことを厭わず、俺を守ろうとする」
そのような、健気な堺も愛おしいが。
「でも俺は、堺の心が傷つくのは嫌なんだよ? だから。そういう権威や言葉の刃を振りかざす輩から、俺は堺を守りたい。俺を、堺の心と誇りを守る、騎士に任じてくれないか?」
「青桐様…」
「今のところ、俺には権力がある。力のある何者からも、堺を守ることができる。俺は、この心を傷つけさせない。矜持を踏みつけさせない」
この心、と言ったとき。青桐は堺の心臓の辺りを、指先でくるくるなぞった。
「私を守ってくださるなんて。とても嬉しいです。では、青桐様は、私の心を守る騎士、私は貴方の体を守る騎士、ですね?」
「違う、違う。堺は、俺の体を守る、戦う姫様だよ。長くて美しい髪の、艶やかなお姫様」
青桐は、大きな手のひらで、堺の白い髪を撫でる。透き通るような色味はキラキラ光り、つるつるとした触り心地で、いつだって良い匂いがする。
青桐のお気に入りだ。
「青桐様、姫様と騎士様は、どうなったのですか?」
「もちろん、追いかけてくる盗賊たちを、姫様と騎士はバッタバッタと斬り倒し、姫様は自分の屋敷に無事に帰りついた。褒美に、騎士は姫様との結婚を許され。姫様はひとり娘だったから、騎士はその家の家督を継いで、玉の輿。めでたしめでたしだ」
「良かった。いいお話ですね?」
ふんわりと笑う堺を見ると、青桐も幸せな気持ちになる。
だから、これでいいのだ。
本当は、姫様には許嫁がいて、その人の子供を身ごもって、愛憎渦巻いたり。家督の権利をめぐって叔父と剣戟を交わしたりする。ドロドロの恋愛活劇なのだが。
「姫様と騎士のように、俺たちも、早く結婚の名乗りをあげたいな。そうしたら、昼間のツンも、少しは和らぐ」
昼間のツンと言われ、堺はおろおろしてしまう。
「決して、青桐様をないがしろにしているわけではないのです。ただ、人々に悟られないよう、戒めているだけなのです。想いは心に秘めておく。そうしないと、そばにいることすら叶わなくなるので」
結局、燎源に捕縛されたわけだから。堺の懸念は間違いではなかったわけだ。
「今しばらくは、そのように振舞っていた方が良いと思うのです。金蓮様も、いつか怒りが再燃し、私を討ちにくるかもしれませんし。目立つ行いは控えましょう。なので、青桐様も戒めます」
堺は、戒めると言って、青桐の唇をチュッとひとつ吸った。
「これで、想いを心に秘められます」
照れながらする、小さなキスに。
青桐はゴオッと、邪な炎が立ち昇った。
ほんのり頬を染めて、己の胸元から上目遣いにみつめてくる堺などっ。
愛らしいの極みだっ。
「いやいやいや、それでは秘められない。ダダ漏れる。もっと、しっかり封じてくれないと。俺の堺への想いは、どくどくと、あふれてくるから」
「もっと、しっかり、ですか?」
前に垂れてくる髪を、指先で耳に引っかけ、堺は青桐に、今度はしっかりと、くっつけるキスをした。
でも、恥ずかしいのか。深いくちづけまではしてこない。
「ふふっ、ダメダメ、もっと。昼間、俺が想いを秘めてもいいって思えるくらいに、封じて。戒めて」
唇をくっつけたまま。堺と青桐は寝台の中で、いけません、とか、駄目です、とか、言いながら。クスクスと笑いながら。
戒めという名のキスを、何度も交わし合った。
★★★★★
翌日、青桐の屋敷への引っ越しは、無事に完了し。
紫輝が指示した声明も、一言一句たがわず出された。
金蓮は、たかが紙切れに書かれたことに、大した影響力もないと思っているのだろうが。
各部署に出されたその声明は、当主の厳命として、ゆるやかにではあるが浸透していくことになる。
終戦への道は、確実に進んでいったのだ。
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アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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