【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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95 貴方の耳にだけ

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     ◆貴方の耳にだけ

 今日は、一日バタバタしていた。
 朝早くから、堺が捕縛され。なんとか救出し。
 一連の騒動を、紫輝とともに、月光と赤穂に報告し。
 怒る彼らを、なだめて。
 でも、龍鬼の待遇改善は、終戦への大きな一歩になるので、それは良かったと褒められて。
 しばらくは、おとなしくしていようという話になった。やれやれ。

 夕方に、紫輝たちは第五の宿舎に戻り。幸直と巴が帰ってきて。やっといつもの日常になるのだが。
 明日は引っ越しだった。
 まだまだ、バタバタは続きそうだな?

 青桐も堺も、疲れてはいたのだけれど。
 こんなことがあった日は、やはり愛を確かめ合いたくなってしまう。
 青桐は夜の挨拶に来た堺を、部屋の中に引き入れて。扉を閉めると同時に、キスした。

 堺の方が青桐よりも背が高いので。立ってキスするときは、堺に少し頭を下げてもらわないとならない。
 半月前は、堺がこういう触れ合いに慣れていなくて。青桐から行動を起こすことが多かったから。寝台に腰かけているときとか、組み敷いているときに、キスしなければならなかった。
 でも今は、堺の頬に触れれば、顔を寄せてきてくれる。
 それは、自分たちの心が近づいた証のような気がして、青桐は嬉しかった。
 ありがとう、という気持ちを込めて。くちづけながら、堺の頬を、愛しげに指先で撫でた。

「もう一度、この唇に触れられるとは、思いませんでした」
 そう言って、堺は。一度、離した唇を、再び青桐の唇に触れさせる。
 まるで、自ずとキスしたいと思ってくれているみたいだ。
 堺から、そうして動いてくれるのは、珍しいからな。

 唇をしっとりと覆い、濡らすような、甘ったるいくちづけのあと。名残惜しげに、ひとつついばんでから、唇をほどく。
「俺と、キスするの。好きか?」
「はい」
 短いけど、端的な答え。
 堺が己を求めているのがわかって、感動してしまう。

 だったら、もういいな。
 本当のことを話しても、堺なら、きっとわかってくれる。

「堺、座って。少し話をしよう」
 青桐は堺をうながし、寝台に並んで腰かける。
 いつもなら、触れ合って、キスして、服を脱がして、という流れだけど。
 青桐は堺の手を優しく握って。口を開いた。

「あのな。俺が堺に教えられることは、もうなくなった」
「え?」
 思いがけないことを聞いた、というように、堺は少し驚きに目をみはる。
 どことなく、寂しげな雰囲気もある。

「堺に、告白しなければならない。正直に、言うよ。堺と初めて抱き合ったとき…俺も初めてだった」
 堺は、青桐の言葉が理解できないようで。小首を傾げた。
 白い髪が揺れて、可愛い。

「初めてって? なにがですか?」
「んー、ぶっちゃけ、童貞だったということだ。堺に手ほどきしたのは、全部、本の知識だったっ」
 恥ずかしくて、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
 でも、事実だからな。

「堺の書庫を見たとき、専門書が多いと感じた。動植物を研究したものとかな。娯楽のものは、ほぼなかったな? でも俺は、恋愛小説とかも読んでいて。本に関しては、雑食というか。なんでも読んだんだ。だから、そういう娯楽小説の中に、恋の手ほどきみたいなものが書いてあって。それを参考にした」

「でも、青桐様は、なんでも知っていて。私の知らないことを、いっぱい教えてくれて。もっと、いろいろ教えてほしいのです」
「寝台の中のことは、全部教えたよ」
 青桐が言うと、なんでか、堺は眉を情けなく下げた。

「では…もう、私に触れてはいただけないのですか?」
「いやいや、なんでそうなる? そうじゃなくて。これからは、ふたりで。手探りで前に進んでいくんだよ」
 堺は、心細そうな、寂しそうな目で、青桐をみつめる。
 だから、離す気なんかないってば。

「どこが気持ちいい? 今、どうしてほしい? そういうのは、人それぞれだ。これからは、一般的な知識ではなく。専門的な知識を極めていくってことだよ。俺は、堺のことを。堺は、俺のことを。気持ちを、感覚を、手探りで互いに学んでいくんだ。そうしたらいつか、俺も知らない俺を、堺はみつけ出すかもしれない」

「青桐様の知らない、貴方のことを。私がみつけられるのですか?」
「極めていけばな。あれ、俺、堺にこうされると気持ちいいんじゃね? って。感じる日が来るかもな」

 そう言うと。なにやら、照れくさそうに。堺が青桐をみつめた。
「青桐様の知らない貴方を、知っています。青桐様は…私の舌を噛むのが好きなのですっ」
 すっごく自信満々に、堺が言う。
 いや、そんな目をキラキラさせて、可愛さ突き抜けているんだけど。
 でも残念ながら、それは、逆です。

「俺が好きなんじゃないって。堺がカミカミされると、目がウルウルってなるんだって。舌、カミカミされるの、好きだろう?」
 再び、堺の眉が八の字になる。
 でも、堺の表情が動くようになったことは、青桐にも嬉しいことだ。
 もっと、いろいろな表情を見せてくれるようになったらいいな。

「好きですが…違うのですか?」
「ま、違わないけど。堺の目がウルウルってなって、気持ち良さそうに、うっとりしているの見るのは、好きだからな。そうやって、お互いに、好きなところをみつけていこうって話だよ」
「わかりました。頑張ります」
 また、授業を受ける生徒のような感じになっているが。
 そんな真面目で、清廉な堺が、大好きだよ。

「ふたりで、手探りで進んでいくのだから。俺の手を、ずっとつないでいてくれよ? 俺からもう、離れるな」
 朝、ひとりで行ってしまった堺の後ろ姿を思い出すたびに。青桐は胸が痛くなる。
 自分を想って、ひとり、悲壮な決意をしていたのだということは。昼間の検証のときに知った。
 けれど。青桐は、将堂家の物など、一切いらないのだ。

 欲しいのは、堺だけ。

「何度だって、言えるよ? 欲しいのは、堺だけなんだ。今日のことは、俺の幸せを考えてのことだから、怒れないけれど。だからこそ、堺の頭の中だけで解決しないで。ふたりのことなのだから、相談してほしい。鶴の恩返しのように、ひとり飛び立って、手の届かないところへ行かないでくれ」

 握っていた手を、強く、ギュッと握って、青桐は堺に切実に訴えた。
「俺は、堺が腕の中にいてくれたら、他はなにもいらない。なにもなくなったら、贅沢はさせてあげられないかもしれないが。一生懸命働いて、衣食住に苦労させたりしないよ。だから、病めるときも健やかなときも。雷が落ちても、山が燃えても。俺の手を離さないでくれないか?」

 堺は、自分の勝手な行動が、青桐を傷つけたのだと知って。
 己の愚かさに歯噛みし。申し訳なさで、涙が出た。

 堺の中の、一番大きな壁は。青桐が真実、将堂家の血筋だったということだ。
 金蓮に罵倒され続けた堺は、将堂家の方に、龍鬼である己が触れるのは、不敬なのだと。刷り込まれていた。
 それは、長い年月の積み重ねゆえに、なかなか拭い取れない。刻印にも似た、呪いだったのだ。

 青桐に愛されて。自分も青桐のことを、愛した。
 初めてくちづけたとき、青桐と関係を持ったときはまだ、青桐が将堂の血筋だと知らなかった。
 将堂家には入ったが。赤穂と似てはいたが。
 きこりだったと、燎源に聞いていたから。遠縁なのではないかと。

 ならば、触れてもいいのではないかと。

 もう、どうしようもなく、触れたかったから。そう、思いたかったのかもしれない。
 でも、関係を持った翌日、紫輝に、青桐が赤穂の双子の兄弟だと聞かされたとき。

 この身は金蓮に、いつか滅ぼされるのだなと確信した。

 でも、そうはならなかった。
 青桐と紫輝が救ってくれたから。

 そして、己の考えが間違えであったと、突きつけられた。
 将堂だから、龍鬼が触れたら不敬。青桐がそう思っていないのなら、そんなことは関係ないのだと。
 金蓮でも、誰でもない、己が愛する青桐の気持ちこそが、一番に優先されるべきものだったのだと。

 青桐が、その手を離すなと言うのなら…。

「誓います。もう二度と、貴方の手を離しはしません。だから、愚かだった私を、貴方のそばに、もう一度置いてください。今度こそ、貴方から離れない」
 胸に飛び込むようにして、堺が抱きついてきた。
 青桐は、この腕の中にいる、綺麗で大切で愛する人を、決して離しはしないのだという想いで、キスを贈った。

 唇を触れ合わせたとき、手をつないだ堺とともに、一歩ずつ歩みを進める心象風景が、青桐の脳裏に浮かんだ。

 龍鬼でも右将軍でもない、ただの堺と。
 将堂でも准将でもない、ただの青桐が。
 伴侶として、今、同じ位置に立っている。

 ゆっくりとした歩みは、どちらが、早くも遅くもない。
 ほんのり微笑む堺が、これからは隣に、必ずいるのだ。

 龍鬼であることを卑下していた、恋愛や触れ合いに慣れていなかった、将堂の血筋である青桐に遠慮していた。
 そんな壁を、ひとつひとつ乗り越え。
 ふたりの心が、ようやく重なり合ったのだと、実感した瞬間だった。

「愛してる、堺。俺もこの手を離さないから」
 青桐は堺を寝台に押し倒し、腰帯に手をかける。
 けれど。堺は口元に手を当て、戸惑いに瞳を揺らした。

「…いやか? 今日はいろいろあったから、無理にはしないが」
「いえ、他人に…ねやの声を聞かれていたと思うと…恥ずかしくて」

 あぁ、と。青桐は思わず半目になってしまう。
 あの、元家令が、この部屋の近くで耳をそばだてていたのかと思うと、青桐も胸糞悪い気はするが。
 一応、そんなことがあったから、堺の屋敷内の警備はいつもより多めに配置してある。

「でも、こうも思うのです。私は青桐様に愛されているのだから、なにも恥ずかしく思うことはないと。あの声は、青桐様の愛を、一身に受けている証なのだと。とはいえ、万民に知らしめるほどの無恥にはなれませんが」
 そう言って、堺は青桐の耳にこっそり囁いた。

「だから、貴方の耳にだけ。青桐様のことを、こんなにも感じているのだと、知ってほしいです」
 青桐はボボボッと、顔が焼ける音を聞いた。
 赤面で、火傷しそうだ。

 つか、そんな可愛いことを言われたら、もう止まれないんだからなっ。

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