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93 ストライキ、します ②
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紫輝は、金蓮たちから少し離れ、威圧を感じない位置に遠ざかる。
全く、なにが怖いのやら。
龍鬼、怖くなーい。って、言ってやろうかな?
「龍鬼だというだけで、疎み、忌み嫌う、ここ最近の将堂の風潮は、行き過ぎです。心の通じ合った恋人同士を引き離し、堺を牢に入れるのは、間違い。許しがたい所業だ。金蓮様は、龍鬼を不当に貶め、天から授かったありがたい能力ばかりを搾取する、この状態を、いかがお思いか?」
「ど、どうって…」
考えたこともないだろうから、そりゃ、金蓮はなにも言えないだろうな、と紫輝は思う。
こうして、龍鬼に牙を剥かれること自体、考えられないことなのだろう。
それだけ、今までの龍鬼は、おとなしく泣き寝入りしてきた、ということだ。
おとなしい龍鬼の上に、代々胡坐をかいてきたのだろうな?
「この将堂の体質が改善されない限り、我らは将堂のために能力を使用いたしません。ストライキ、します!」
「すとらいき?」
この場にいる、すべての者が、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ストライキというのは、職場の待遇改善、地位の向上を目的に、業務を停止することです。堺が牢に入れられたのは、龍鬼に対する不当な行いだ。これを機に、龍鬼一同、龍鬼への待遇改善を要求いたします」
「それは、いいな。俺も、龍鬼の待遇改善に上が同意しないなら、右軍を動かさない」
青桐も賛同し、紫輝とうなずき合う。
これが、自分らの、結婚に向けての第一歩だと、言わなくても承知しているのだ。
「勝手なことを、青桐、誰のおかげでおまえはその地位にいられると思っているのだっ?」
「それは、なんのお話ですか? 兄上。俺は記憶喪失だから、よくわからないのだが?」
赤穂が記憶を失ったのが、青桐という態なので。
金蓮の『地位にいられる』という言葉はおかしいものなのだ。
それを、記憶を失っていない青桐は、気づいているが。
白々しくも、とぼけたフリだ。
金蓮は、押し黙ってしまう。でもすぐに、不機嫌そうに、結んだ口を開いた。
「そのような、一兵士や民が思うことまで、私が統制できるものではない。それに、堺の投獄は不当ではない。堺は将堂の血脈を穢したのだからな」
「はい、穢された、出ました。そうやって、龍鬼を汚物扱いしている間は、働きませんと申しました。大体、同じ戦場に立ち、龍鬼を率いる貴方が、龍鬼はうつると本当に思っているのですか? 藤王をそばに侍らせていたくせに、龍鬼を汚いと罵るのはなぜなのですか?」
「藤王はっ、汚くないから」
「その理屈が、ここで通用すると、お思いか?」
容赦なく、紫輝は金蓮を追い詰めていった。
「一応、ここは論破させていただきます。二十年周期で三人ほどの龍鬼が生まれるということが、現在の研究で明らかになっています。その時点で、見るだけで龍鬼がうつる、触ると、体液を取り込むと龍鬼がうつる、などというのは妄言であると言える。戦場で、多くの者が龍鬼と相対しているはずだが、それでも龍鬼の出生率が上がらないことから、断言できます。あと、接触すると、翼が腐り落ちる、とか。能力がうつる、とか。化け物になる、とか。それもあり得ません。俺の伴侶も、青桐も、体調は万全ですし、翼もちゃんとありますよ」
金蓮は青桐をみつめ、恐る恐る聞いた。
「本当に、龍鬼と関係を持っても、体に不調はないのか?」
「あるわけねぇ。堺は翼がないだけの、ただの人。俺と堺に、体の違いなどないし、不調などなったことない」
わかりやすく、青桐は黒い大翼を部屋の中でバサバサさせた。
うぜぇ。
「龍鬼は人を汚染しない。この持論に、金蓮様は、反論できますか?」
この持論は、天誠が考えたものだ。
己の賢い、スーパーダーリンがな。
絶対に覆せないはずだっ。
「反論できないのなら、龍鬼は無害であると、しっかり認識してもらいたい。そして、これを知っても、まだ龍鬼を汚いと断じるのであれば、それは、明らかな龍鬼への敵対行動であり。我らはそれに歯向かう権利がある」
これ以上は対決姿勢になりますよ、と。目力を込めて暗に訴える。
「金蓮様、俺は別に、難しいことを言っているのではないのですよ。堺の投獄は、間違いであったと認め。龍鬼を人と同等に扱ってもらいたいとお願いしているだけだ」
「私に…どうしろと言うのだ?」
「声明を出してください。龍鬼は翼がないだけの、ただの人である。将堂は正義の心を持って、あらゆる差別を撤廃する。咎のない者を理由なく疎み、迫害する者は、減給に処する。とね。統花様、貴方は頭が良いのでしょう? 一言一句、間違わずに声明の文書を各軍に行き渡らせていただきたい」
「間宮、おまえ…調子に乗るなよっ」
燎源は憤りをあらわにし、いつも微笑んでいる糸目がかっぴらいていて怖い…けど。
紫輝は小首を傾げて、不思議そうな面持ちで彼をみつめた。
「なんで怒るのですか? 統花様。これは善行なのですよ? 金蓮様が率先して、龍鬼への待遇を改めることで、民もそのような意識に置き換わっていくのです。金蓮様はそれほどに、影響力のある方ですからね?」
金蓮を持ち上げる紫輝を、燎源はこれ以上、怒れない。
悔しげに、押し黙るしかない。
燎源を黙らせた紫輝は、意味深に金蓮をみつめ、ニコリと笑いかける。
「龍鬼の待遇改善がなされたら、きっと…藤王も感激して、姿を現すかもしれませんねぇ?」
「…声明を出したら、龍鬼は、右は動くのだな?」
「もちろんです」
短く承知すると、金蓮はため息をついて言った。
「これだけだ、次も同じ方策が使えるとは思うなよ。燎源、前線基地に戻る。手配しろ。どうやら、この一連の騒ぎは、こいつの勘違いだったようだ」
金蓮に燎源はうなずき。部屋の外にいる兵に、速やかに指示を出した。
すると、こいつ呼ばわりされた元家令が、きいきいと声を上げる。
「そんな、金蓮様!? なぜ、このような龍鬼の言うことを聞くのですか? 金蓮様に仇成すこんな者、手討ちにすればよいのだ」
今まで黙って様子を見ていたくせに、元家令は強気で金蓮をけしかける。
しかし将堂家当主の金蓮が、家令ごときに言い訳するわけもなく。
顎を振るだけだ。
燎源が代弁をした。
「わかっていないな、貴様。右軍が動かなければ、我らはたちまち、手裏に制圧されてしまうのだ。龍鬼の力は馬鹿にならない。ただそこにいるだけで、彼らは抑止力になる。その強力な駒を、簡単に手討ちになどできるわけがなかろうっ」
したたかに燎源に怒られ、元家令は身を縮めて、頭を下げるしかない。
燎源も、苦汁をのむ顔つきをするが。
彼は頭が良いので、ここが、この話の落としどころだとわかっているようだった。
「声明だけで、龍鬼がこころよく動いてくれるのなら、安いものなのだ。それよりも貴様のせいで、藪にいた大蛇を叩き起こしてしまったではないか。命が惜しければ、おとなしく田舎に下がるがよい」
元家令は、そんな、とか。御考え直しを、とか。言っているが。
もう誰も、彼に耳を貸さず。
左の兵によって、執務室から出されていった。
堺が投獄になり、ちょっとヒヤッとしたけれど。結果、いい話の流れになったので。
元家令もグッジョブと言ってやってもいいと、思わないでもなくはなくはない。
「青桐、堺との結婚を許したわけではない。将堂家の者は、人の上に立って、戦と政治を先導してきた。上に立つ者が、人並み外れた大きな力を持てば、民の心に恐怖を生む。人々の意見をまとめて政治を行う我らが、畏怖の存在となってはならないのだ。だから私は、結婚は認めない」
金蓮が青桐に告げる。
言い方を変え、龍鬼へ向かうベクトルをそらしてはいるが。内容は変わっていないな。
結局、龍鬼の大きな能力が怖いと言っているわけだから。
「なるほど、汚いとか、穢れるとか、言われるよりは、マシな意見だ。だが、俺はいずれ堺と結婚する。それは覆させない。でも今日のところは、これで引き下がりましょう。龍鬼の待遇が改善されれば、話し合いの余地もできるだろうからな。そう期待しています、兄上」
青桐は金蓮に一礼すると、堺の腰を抱いて執務室を出て行った。
幸直と巴も、安堵の表情をにじませて、退室する。
「間宮」
名を金蓮に呼ばれ、紫輝はなにも考えずに大将の大机の前に立った。
すると、一瞬、ものすごい殺意に襲われて。
いきなり目の前に暗幕が下りてきたかのような、バリアのような感覚を受け。紫輝は目を丸くした。
気づいたら、辺りが色褪せて…というか。白黒映画みたいになっていた。
モノクロの中で、なにもかもが止まっている。
目の前の金蓮は、ヤバい形相で、紫輝に向かって剣を突き出している。
これは、あれを思い出すよね。
よく見た、夢のやつ。
子供の頃に、誰かが自分に向かって棒を振り上げているやつ。
つまりこれは、母親から二度も殺されかけた、という感じですね。
もう、期待なんか、してはいなかったけれどさ。やっぱり殺意を向けられると、それが誰でも、悲しい気持ちになるよね。
なんで、すぐに殺そうとするのかな? ホント、意味不明。
とりあえず、いつ時間が動き出すかわからないから、金蓮の剣先から、横に逃れておく。
後ろを見たら、大和が手で防ごうとしているから。彼も避けておこう。
体張っちゃ、駄目って、言っておいたのに。全く言うこと聞かないレトリバーだよ。
そうこうしている間に、色が鮮やかに戻ってきて。時間が動いた。
これは、無意識の能力発動かな?
三百年前も、こんな感じで時空を移動しちゃったのかな?
もしもそうだとしたら、今回は天誠を置いて行かなかったから、セーフだよね。
怖いよね。無意識で能力出ちゃうの。
ヤバいから、突発的になんかしないでほしいよね。
紫輝の横にいる大和は、体がビクンとなった。
予期せぬ体の位置に、心が追いつかなくて、痙攣したみたい。
本能的なやつかな? 隠密としては優秀な反応です。
金蓮の方は、剣が空振っただけだ。
でも、金蓮には紫輝が瞬間移動したみたいに見えたのだろう。
確実に仕留めたと思った相手がいないから、驚いたみたいだな。
「殺さずの雷龍を殺そうとするのは悪手だと、以前、申しませんでしたかね?」
「…龍鬼の能力に、殺傷力はないというが、おまえのこの力は、本当にそうなのか?」
「金蓮様は死んでいないのだから、そうなのでしょう? ところで、他になにか御用が?」
金蓮は、内緒話をするつもりか、紫輝を呼び寄せるが。馬鹿ですか?
「今さっき殺そうとした人の近くに行くわけないでしょ」
「じゃあ、おまえ。席をはずせ」
今度は大和に、金蓮は言うが。大和も首を振る。
「今さっき殺そうとした人の前に、と、友達を置いて行けません」
本来、下の者は上官に逆らえない。大和は声を震わせるが。
ここで下がれば、確実に死亡案件だ。
魔王様の手によって。
ブブブと、小刻みに顔を振る大和を見て、金蓮はため息をつく。
「まぁ、いい。おまえ、間宮は…もしかして藤王の子供なのか?」
思いもよらないことを言われた。
いいえ、己は赤穂の子です。
つか、自分で生んでおきながら、マジでなにも感じないんですかね?
てか、いろいろツッコミどころがあります。
「俺の中に、藤王の要素はないかと思いますが。藤王は堺の兄弟で、そっくりだという噂だ。第一彼、二十八歳でしょう? それじゃ、彼が十歳のときの子供ってことになる」
でもそれを言ったら、マジ父の赤穂は三歳のときの子ってことになるけど。ウケる。
「…要素は確かにないが。随分、私に藤王の話を振ってくるから」
「貴方が藤王に執着しているからでしょう? 俺は、その気持ちを利用しただけだ」
「金蓮様の気持ちを利用などと、不敬にもほどがあるぞ、間宮っ」
さすがに、そばにいる燎源が怒った。
でも、これほどまでに龍鬼差別を助長した貴方にも、責任はあると思いますよ…と紫輝は思う。
側近ならば、行き過ぎた差別を目にしたら、もっと、周囲をたしなめてくれないと。
あれ? それとも。
燎源も龍鬼憎し、なのかもな。
藤王とは親友だったみたいだが。金蓮の側仕えとして、同僚でありライバルだったとしたら。藤王を蹴落とそうとする気持ちが芽生えても、おかしくないか。
紫輝は。燎源は、金蓮至上主義という評価をしていたが。少し改めた方がいいような気がした。
つか、元々腹黒そうだとか、裏がありそうとかは、思っていたのだけど。
「この、はなはだしい龍鬼差別の中にいたら、敬意も枯れます。待遇が改善されたら、金蓮様をおおいに敬うと思いますので、声明の方、よろしくお願いしますね。じゃ、失礼しまーす」
軽い挨拶をして、紫輝は大和の手を引いて、今度こそ執務室を出た。
その途端。横で大和が腰を抜かす。
「…マジで、ヤバかった。今度こそ、死亡案件かと…」
「本当だよねぇ。びっくりだよねぇ。マジむかつくよねぇ」
あれ? この言い方。
いつの間にか月光の口調がうつっているのを紫輝は感じ。こいつはヤバいと思うのだった。
「紫輝様、あのとき、なにをしたんですか? いきなり目の前の景色が変わったので。俺、クラッときて」
「なんか、時間、止まったんだ。無意識に能力出ちゃったみたい。大和、体張って、守っちゃダメだって、言っておいただろう? 最悪、ライラが生気を吸ってくれるんだからな? 剣の前に大和がいたから、危ないと思って、ちょっと動かしておいたんだ」
「しかし、なにもしなくても。紫輝様が傷つけば、俺は、あの方に殺されます。あの方に殺されるとしたら、きっと無残な死にざまでしょう…金蓮様の方がマシと言えます」
「まぁ、そこらは、俺、よくわからないから。とにかく、大和が無事で良かったよ」
そう言ったら、大和は目をキラキラさせて。尻尾がブンブンと…ないけど、紫輝の目には見えた。
「ありがとうございます、紫輝様。紫輝様は俺の命の恩人ですっ。一生ついていきますぅ」
この頃、言うこと聞かないレトリバーが、一段とウザくなったような。そんな予感が、紫輝の胸に走り。
苦笑した。
全く、なにが怖いのやら。
龍鬼、怖くなーい。って、言ってやろうかな?
「龍鬼だというだけで、疎み、忌み嫌う、ここ最近の将堂の風潮は、行き過ぎです。心の通じ合った恋人同士を引き離し、堺を牢に入れるのは、間違い。許しがたい所業だ。金蓮様は、龍鬼を不当に貶め、天から授かったありがたい能力ばかりを搾取する、この状態を、いかがお思いか?」
「ど、どうって…」
考えたこともないだろうから、そりゃ、金蓮はなにも言えないだろうな、と紫輝は思う。
こうして、龍鬼に牙を剥かれること自体、考えられないことなのだろう。
それだけ、今までの龍鬼は、おとなしく泣き寝入りしてきた、ということだ。
おとなしい龍鬼の上に、代々胡坐をかいてきたのだろうな?
「この将堂の体質が改善されない限り、我らは将堂のために能力を使用いたしません。ストライキ、します!」
「すとらいき?」
この場にいる、すべての者が、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ストライキというのは、職場の待遇改善、地位の向上を目的に、業務を停止することです。堺が牢に入れられたのは、龍鬼に対する不当な行いだ。これを機に、龍鬼一同、龍鬼への待遇改善を要求いたします」
「それは、いいな。俺も、龍鬼の待遇改善に上が同意しないなら、右軍を動かさない」
青桐も賛同し、紫輝とうなずき合う。
これが、自分らの、結婚に向けての第一歩だと、言わなくても承知しているのだ。
「勝手なことを、青桐、誰のおかげでおまえはその地位にいられると思っているのだっ?」
「それは、なんのお話ですか? 兄上。俺は記憶喪失だから、よくわからないのだが?」
赤穂が記憶を失ったのが、青桐という態なので。
金蓮の『地位にいられる』という言葉はおかしいものなのだ。
それを、記憶を失っていない青桐は、気づいているが。
白々しくも、とぼけたフリだ。
金蓮は、押し黙ってしまう。でもすぐに、不機嫌そうに、結んだ口を開いた。
「そのような、一兵士や民が思うことまで、私が統制できるものではない。それに、堺の投獄は不当ではない。堺は将堂の血脈を穢したのだからな」
「はい、穢された、出ました。そうやって、龍鬼を汚物扱いしている間は、働きませんと申しました。大体、同じ戦場に立ち、龍鬼を率いる貴方が、龍鬼はうつると本当に思っているのですか? 藤王をそばに侍らせていたくせに、龍鬼を汚いと罵るのはなぜなのですか?」
「藤王はっ、汚くないから」
「その理屈が、ここで通用すると、お思いか?」
容赦なく、紫輝は金蓮を追い詰めていった。
「一応、ここは論破させていただきます。二十年周期で三人ほどの龍鬼が生まれるということが、現在の研究で明らかになっています。その時点で、見るだけで龍鬼がうつる、触ると、体液を取り込むと龍鬼がうつる、などというのは妄言であると言える。戦場で、多くの者が龍鬼と相対しているはずだが、それでも龍鬼の出生率が上がらないことから、断言できます。あと、接触すると、翼が腐り落ちる、とか。能力がうつる、とか。化け物になる、とか。それもあり得ません。俺の伴侶も、青桐も、体調は万全ですし、翼もちゃんとありますよ」
金蓮は青桐をみつめ、恐る恐る聞いた。
「本当に、龍鬼と関係を持っても、体に不調はないのか?」
「あるわけねぇ。堺は翼がないだけの、ただの人。俺と堺に、体の違いなどないし、不調などなったことない」
わかりやすく、青桐は黒い大翼を部屋の中でバサバサさせた。
うぜぇ。
「龍鬼は人を汚染しない。この持論に、金蓮様は、反論できますか?」
この持論は、天誠が考えたものだ。
己の賢い、スーパーダーリンがな。
絶対に覆せないはずだっ。
「反論できないのなら、龍鬼は無害であると、しっかり認識してもらいたい。そして、これを知っても、まだ龍鬼を汚いと断じるのであれば、それは、明らかな龍鬼への敵対行動であり。我らはそれに歯向かう権利がある」
これ以上は対決姿勢になりますよ、と。目力を込めて暗に訴える。
「金蓮様、俺は別に、難しいことを言っているのではないのですよ。堺の投獄は、間違いであったと認め。龍鬼を人と同等に扱ってもらいたいとお願いしているだけだ」
「私に…どうしろと言うのだ?」
「声明を出してください。龍鬼は翼がないだけの、ただの人である。将堂は正義の心を持って、あらゆる差別を撤廃する。咎のない者を理由なく疎み、迫害する者は、減給に処する。とね。統花様、貴方は頭が良いのでしょう? 一言一句、間違わずに声明の文書を各軍に行き渡らせていただきたい」
「間宮、おまえ…調子に乗るなよっ」
燎源は憤りをあらわにし、いつも微笑んでいる糸目がかっぴらいていて怖い…けど。
紫輝は小首を傾げて、不思議そうな面持ちで彼をみつめた。
「なんで怒るのですか? 統花様。これは善行なのですよ? 金蓮様が率先して、龍鬼への待遇を改めることで、民もそのような意識に置き換わっていくのです。金蓮様はそれほどに、影響力のある方ですからね?」
金蓮を持ち上げる紫輝を、燎源はこれ以上、怒れない。
悔しげに、押し黙るしかない。
燎源を黙らせた紫輝は、意味深に金蓮をみつめ、ニコリと笑いかける。
「龍鬼の待遇改善がなされたら、きっと…藤王も感激して、姿を現すかもしれませんねぇ?」
「…声明を出したら、龍鬼は、右は動くのだな?」
「もちろんです」
短く承知すると、金蓮はため息をついて言った。
「これだけだ、次も同じ方策が使えるとは思うなよ。燎源、前線基地に戻る。手配しろ。どうやら、この一連の騒ぎは、こいつの勘違いだったようだ」
金蓮に燎源はうなずき。部屋の外にいる兵に、速やかに指示を出した。
すると、こいつ呼ばわりされた元家令が、きいきいと声を上げる。
「そんな、金蓮様!? なぜ、このような龍鬼の言うことを聞くのですか? 金蓮様に仇成すこんな者、手討ちにすればよいのだ」
今まで黙って様子を見ていたくせに、元家令は強気で金蓮をけしかける。
しかし将堂家当主の金蓮が、家令ごときに言い訳するわけもなく。
顎を振るだけだ。
燎源が代弁をした。
「わかっていないな、貴様。右軍が動かなければ、我らはたちまち、手裏に制圧されてしまうのだ。龍鬼の力は馬鹿にならない。ただそこにいるだけで、彼らは抑止力になる。その強力な駒を、簡単に手討ちになどできるわけがなかろうっ」
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燎源も、苦汁をのむ顔つきをするが。
彼は頭が良いので、ここが、この話の落としどころだとわかっているようだった。
「声明だけで、龍鬼がこころよく動いてくれるのなら、安いものなのだ。それよりも貴様のせいで、藪にいた大蛇を叩き起こしてしまったではないか。命が惜しければ、おとなしく田舎に下がるがよい」
元家令は、そんな、とか。御考え直しを、とか。言っているが。
もう誰も、彼に耳を貸さず。
左の兵によって、執務室から出されていった。
堺が投獄になり、ちょっとヒヤッとしたけれど。結果、いい話の流れになったので。
元家令もグッジョブと言ってやってもいいと、思わないでもなくはなくはない。
「青桐、堺との結婚を許したわけではない。将堂家の者は、人の上に立って、戦と政治を先導してきた。上に立つ者が、人並み外れた大きな力を持てば、民の心に恐怖を生む。人々の意見をまとめて政治を行う我らが、畏怖の存在となってはならないのだ。だから私は、結婚は認めない」
金蓮が青桐に告げる。
言い方を変え、龍鬼へ向かうベクトルをそらしてはいるが。内容は変わっていないな。
結局、龍鬼の大きな能力が怖いと言っているわけだから。
「なるほど、汚いとか、穢れるとか、言われるよりは、マシな意見だ。だが、俺はいずれ堺と結婚する。それは覆させない。でも今日のところは、これで引き下がりましょう。龍鬼の待遇が改善されれば、話し合いの余地もできるだろうからな。そう期待しています、兄上」
青桐は金蓮に一礼すると、堺の腰を抱いて執務室を出て行った。
幸直と巴も、安堵の表情をにじませて、退室する。
「間宮」
名を金蓮に呼ばれ、紫輝はなにも考えずに大将の大机の前に立った。
すると、一瞬、ものすごい殺意に襲われて。
いきなり目の前に暗幕が下りてきたかのような、バリアのような感覚を受け。紫輝は目を丸くした。
気づいたら、辺りが色褪せて…というか。白黒映画みたいになっていた。
モノクロの中で、なにもかもが止まっている。
目の前の金蓮は、ヤバい形相で、紫輝に向かって剣を突き出している。
これは、あれを思い出すよね。
よく見た、夢のやつ。
子供の頃に、誰かが自分に向かって棒を振り上げているやつ。
つまりこれは、母親から二度も殺されかけた、という感じですね。
もう、期待なんか、してはいなかったけれどさ。やっぱり殺意を向けられると、それが誰でも、悲しい気持ちになるよね。
なんで、すぐに殺そうとするのかな? ホント、意味不明。
とりあえず、いつ時間が動き出すかわからないから、金蓮の剣先から、横に逃れておく。
後ろを見たら、大和が手で防ごうとしているから。彼も避けておこう。
体張っちゃ、駄目って、言っておいたのに。全く言うこと聞かないレトリバーだよ。
そうこうしている間に、色が鮮やかに戻ってきて。時間が動いた。
これは、無意識の能力発動かな?
三百年前も、こんな感じで時空を移動しちゃったのかな?
もしもそうだとしたら、今回は天誠を置いて行かなかったから、セーフだよね。
怖いよね。無意識で能力出ちゃうの。
ヤバいから、突発的になんかしないでほしいよね。
紫輝の横にいる大和は、体がビクンとなった。
予期せぬ体の位置に、心が追いつかなくて、痙攣したみたい。
本能的なやつかな? 隠密としては優秀な反応です。
金蓮の方は、剣が空振っただけだ。
でも、金蓮には紫輝が瞬間移動したみたいに見えたのだろう。
確実に仕留めたと思った相手がいないから、驚いたみたいだな。
「殺さずの雷龍を殺そうとするのは悪手だと、以前、申しませんでしたかね?」
「…龍鬼の能力に、殺傷力はないというが、おまえのこの力は、本当にそうなのか?」
「金蓮様は死んでいないのだから、そうなのでしょう? ところで、他になにか御用が?」
金蓮は、内緒話をするつもりか、紫輝を呼び寄せるが。馬鹿ですか?
「今さっき殺そうとした人の近くに行くわけないでしょ」
「じゃあ、おまえ。席をはずせ」
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「今さっき殺そうとした人の前に、と、友達を置いて行けません」
本来、下の者は上官に逆らえない。大和は声を震わせるが。
ここで下がれば、確実に死亡案件だ。
魔王様の手によって。
ブブブと、小刻みに顔を振る大和を見て、金蓮はため息をつく。
「まぁ、いい。おまえ、間宮は…もしかして藤王の子供なのか?」
思いもよらないことを言われた。
いいえ、己は赤穂の子です。
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「…要素は確かにないが。随分、私に藤王の話を振ってくるから」
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「金蓮様の気持ちを利用などと、不敬にもほどがあるぞ、間宮っ」
さすがに、そばにいる燎源が怒った。
でも、これほどまでに龍鬼差別を助長した貴方にも、責任はあると思いますよ…と紫輝は思う。
側近ならば、行き過ぎた差別を目にしたら、もっと、周囲をたしなめてくれないと。
あれ? それとも。
燎源も龍鬼憎し、なのかもな。
藤王とは親友だったみたいだが。金蓮の側仕えとして、同僚でありライバルだったとしたら。藤王を蹴落とそうとする気持ちが芽生えても、おかしくないか。
紫輝は。燎源は、金蓮至上主義という評価をしていたが。少し改めた方がいいような気がした。
つか、元々腹黒そうだとか、裏がありそうとかは、思っていたのだけど。
「この、はなはだしい龍鬼差別の中にいたら、敬意も枯れます。待遇が改善されたら、金蓮様をおおいに敬うと思いますので、声明の方、よろしくお願いしますね。じゃ、失礼しまーす」
軽い挨拶をして、紫輝は大和の手を引いて、今度こそ執務室を出た。
その途端。横で大和が腰を抜かす。
「…マジで、ヤバかった。今度こそ、死亡案件かと…」
「本当だよねぇ。びっくりだよねぇ。マジむかつくよねぇ」
あれ? この言い方。
いつの間にか月光の口調がうつっているのを紫輝は感じ。こいつはヤバいと思うのだった。
「紫輝様、あのとき、なにをしたんですか? いきなり目の前の景色が変わったので。俺、クラッときて」
「なんか、時間、止まったんだ。無意識に能力出ちゃったみたい。大和、体張って、守っちゃダメだって、言っておいただろう? 最悪、ライラが生気を吸ってくれるんだからな? 剣の前に大和がいたから、危ないと思って、ちょっと動かしておいたんだ」
「しかし、なにもしなくても。紫輝様が傷つけば、俺は、あの方に殺されます。あの方に殺されるとしたら、きっと無残な死にざまでしょう…金蓮様の方がマシと言えます」
「まぁ、そこらは、俺、よくわからないから。とにかく、大和が無事で良かったよ」
そう言ったら、大和は目をキラキラさせて。尻尾がブンブンと…ないけど、紫輝の目には見えた。
「ありがとうございます、紫輝様。紫輝様は俺の命の恩人ですっ。一生ついていきますぅ」
この頃、言うこと聞かないレトリバーが、一段とウザくなったような。そんな予感が、紫輝の胸に走り。
苦笑した。
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「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
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