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90 俺は雷龍だ
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◆俺は雷龍だ
第五大隊長の屋敷。食堂で朝食をとった紫輝と大和は、屋敷の敷地内にある厩舎に行った。
ミロの手綱を、馬丁さんから渡してもらって、まずは歩いて門を出る。
いつものように、午前中は堺の屋敷に向かうのだ。
仕事の仕方を教わったり、青桐とともに勉強をしたりする毎日。
でも明日は引っ越しだから、今日は荷造りだなって思っていた。
門番をしている野際に、行ってくるね、と。のんきに挨拶して、馬に乗り。
しばらく馬を走らせていたら、千夜が道の真ん中に立っていた。
「千夜? どうした?」
馬を止め、紫輝は千夜にたずねる。
今日も、瑠璃色の髪が目に鮮やかだ。
朝早い時間だし、ここは屋敷と本拠地の中心部の間くらいだったから、人影がなかったからいいけど。
でも千夜は隠密ながら、外見は派手だし。
無茶なことをして、どうした? と思ってしまう。
おもむろに、千夜は紫輝の横に来て、言う。
「時雨将軍が、統花燎源様率いる左の兵に拘束された」
あんまり思いもよらないことを言われたから、紫輝は脳みそに情報が到達するのが遅れた。
「なに? 堺が捕まったってこと? なんで?」
「将堂の血脈を汚したという、傷害罪だ」
「…続けて」
珍しく険しい眼差しでうながす紫輝に、千夜は短くうなずき。
報告を続ける。
「青桐様と美濃様、里中様は。談判しに、指令本部に向かった。大将の執務室に入り。金蓮様と統花様に将軍の解放を要求しているところだ」
「うん。堺は今どこに?」
「指令本部の地下牢に。抵抗することなく、おとなしく牢におさまった」
「抵抗しなかった、か。金蓮も本拠地に入っているんだな?」
「金蓮様一行は、今朝方、本拠地に入った」
「今朝、本拠地入りして、その足で堺を捕まえた? ずいぶん急な話だ」
どういうつもりなのか?
もしかして、四季村を出る間際に危ぶんだみたいに、堺を餌に、藤王をおびき出す作戦を、金蓮が考えついたのか、とも紫輝は思ったが。
「青桐様の屋敷の元家令が一緒だった。青桐様が、時雨様の屋敷に逗留していることを、歪曲して伝えたのでは?」
千夜の言葉に、紫輝は重いため息をついた。
あのトンデモ家令が、金蓮に嘘八百で泣きついたってことだ。
「歪曲でもないけどな。オケ。じゃあ、大和は青桐のところに行って、俺が堺を連れて行くから、そこで談判を続けていてって、伝言してくれ」
「紫輝様は?」
大和にたずねられ、紫輝はメラリと燃える怒りの眼差しを向け、決然と告げた。
「もちろん、堺を救出に行く。つか、略奪? 脱獄?」
紫輝は千夜に、ミロに乗るよううながし。彼に手綱を持たせて、指令本部へと馬を走らせた。
「千夜、地下牢の場所わかる? 案内して」
「正面から行くのか? 左の兵士が守っているぞ?」
「行くの。全部、生気吸うから」
馬上で、千夜は紫輝の様子をうかがうが、かなりご立腹だ。
ずっと口がへの字なので。
「正面突破して、堺を連れ出したら、金蓮のところへ行く。今日こそ、ビシッと言ってやるっ!」
でも、ただ腹立ちまぎれに、がむしゃらに突っ込んで、全部ぶっ壊す…という感じではなさそうなので。
千夜は安堵の息をつく。
紫輝は、安曇のように理詰めで計画的に動くのではないが。本能的にでも、ちゃんと着地点に向かって行動しているのだ。
だから、大丈夫だと思える。
そうして、紫輝たちは指令本部についた。
指令本部は横長の和風建築。画一的な作りで、正面玄関を入って、右側を右軍が、左側を左軍が使用している。
執務や作戦対策する、教室のような造りの部屋がいくつもある。昭和初期の小学校みたいな感じ。
大和は左側に行き、突き当りの大将の執務室へと向かった。そして千夜は、玄関ホールのさらに奥へ行くと、その場にいた三人の兵士に斬りかかっていった。
紫輝もライラ剣を出して、彼らの剣を受け、生気を吸う。
「千夜、殺さないで。味方をやると、あとが面倒くさそうだから」
「わかっている」
兵士がその場に倒れると、千夜は床板に手を置き、なにかを掴むと。床板を引っ剥がした。
ように見えたが。
ただの廊下に見えていた、そこの扉を開くと。下に木製の階段が伸びていた。
あ、階段、久しぶりに見た。
つか、忍者屋敷みたいな隠し部屋?
そうか。地下牢だから、地下にあるんだな、と思い。
紫輝は階段を降りていく。背中は千夜に守ってもらうのだ。
「行くぞ、ライラ。ガンガン吸ってけ」
『あいっ、おんちゃん、ひさしぶりね』
ライラはなにやら、ウキウキして言う。
戦場から遠ざかり、三ヶ月ほど経つ。その間、ライラは大体、紫輝の生気を吸っていたから、他人の生気食べるのは久しぶり、ってことだ。
ま、結婚式とか、つまみ食いはしていたけどな。
階段を降りると、薄暗い中を、廊下が伸び。ぼんやりとしたろうそくの火が、ところどころ照らしている。
つか、なにやら夜の学校みたいで怖いんですけど。
暗がりから、突然、左の兵士が出てきたっ。
まるでゾンビ映画なんですけどぉ。
とはいえ、紫輝は如才なく兵士の剣を受け、敵はライラに生気を吸われて昏倒する。
よしよし、この感じが、久しぶりなんだな。
敵意のある人の剣を受けるってやつ。
なんか、初陣思い出したよ。
やっぱり、間が空くと感が狂うね。赤穂と手合せしていて、良かった。
紫輝は気を引き締め直し、廊下を進んでいく。
だが、そうは言っても、地下牢に、それほどの人員は配備されていないみたい。
三人くらい、倒したら。奥の方から話し声がした。
「…おまえも懲りないな。金蓮様に目をつけられているというのに、将堂の御血筋に手を出すとか。考えられねぇ。龍鬼は龍鬼らしく、肩身を狭めて生きてりゃ、いいんだよ」
その言い様に、紫輝はイラッとして。口をはさんだ。
「龍鬼らしくって、なんだよ? 俺らは人と同じ。ただ翼がないだけだ」
「なんだ、おまえはっ? 見張りはどうした?」
紫輝は、右手にライラ剣を持ったまま、左腕の記章を男に見せつけ、言った。
「右参謀、兼、第五大隊副長、間宮紫輝だ。あ、雷龍も名乗った方がいい?」
「…紫輝?」
男の前にある牢の中から、堺の声がした。
どうやら、目の前の男がラスボスのようだ。
背後に、時折襲い掛かってくる兵士は、千夜がしっかり退治してくれている。
青いつむじ風は健在だな。
「ちなみに見張りの方は、俺が倒しました。もうひとりもいないよ」
言って、紫輝は辺りを見やる。
牢屋は、分厚めの木組みが縦横の格子状になっている。中は床板。だけど、暗いし狭いし、底冷えするというか、なんか寒々しい。
そんなところに、氷の化身のごとき堺が、おとなしく座っていて。
あぁっ、掃き溜めに鶴とはこのことかっ? つか、冬にこの場所はあり得ないんだけど。
「おい、あんた。堺のこと出してくれる?」
普通に、紫輝は男に頼んだ。ま、彼は怒るよね。
「はぁ? おまえ、誰に口利いてんだ? 俺は左次将軍、大塚洋だぞ」
大塚は、紫輝よりちょっと背が高いくらいの男で、体格が大きいわけでもなく。だから、きゃんきゃん騒ぐ小型犬みたいな感じ。
羽は…暗いからよく見えない。あんまり興味もない。
「あぁ、すいません。大塚さん、堺をそこから出してください」
こっちこそ怒っているのだけど。とりあえず紫輝は下手に出て、笑みも浮かべてみた。
「ふっざけんなっ、龍鬼ごときがっ、俺に軽々しく話しかけてんじゃねぇよ」
「出たよ、龍鬼ごとき。左のやつらって、語彙が少ないよね? 本当に頭良いの?」
「おまえ、馬鹿にしてんのか?」
馬鹿にして…なくもなくもなくもない。つか、問答、面倒くさい。
「ちなみに、大塚さん。堺はなんで牢に入れられたの? 参考に、聞かせてください」
「はっ、そんなの。醜い龍鬼が、汚い手で、将堂の御方に触ったからだ」
「触ったから、なんなの? まさか、見るだけ、触れるだけで龍鬼がうつるとか思ってる、頭の悪い人なの? だったら、あんたももう、龍鬼になってしまうな?」
「高貴なハヤブサ血脈の俺が、醜い龍鬼になどなるわけがない。ただ汚いから、近寄りたくはないがな」
ハハッと、なにが面白いのかわからないが、大塚は笑った。
咎のない者を、理由なく排他し。自分ではなにも考えず、周りがそういう雰囲気だから、自分もするという、胸糞悪い人種のようだった。
「あんたと話していると、不愉快だな。むかつくから、生気を吸って、頭の先から足の先まで、龍鬼の能力で汚染してやるよ。あんたの言う、汚い龍鬼の能力で、溺れてしまえっ」
目の前が真っ赤になるほどに、紫輝は怒りを感じていた。
声を張って威嚇するが、大塚はニヤリと笑って。紫輝に言う。
「雷龍、知ってるぜ。おまえ、剣を合わせた相手を昏倒させるんだろ? でも、俺は。麟義瀬間に次ぐ剣の使い手だ。おまえなど、剣を合わせるまでもなく、ぶった切ってやるぜ」
あぁ、また龍鬼を有効活用できない、おバカちゃんが出現した。
そうだ、こいつは脳みそを使えない人種だった。
頭の悪いやつが、剣術だけで、上の地位につくと、下が迷惑するんですけど。
と、紫輝はげんなりする。
「龍鬼をぶった切ったら、金蓮様がお怒りになるんじゃね?」
わかりやすく、忠告してやったが。
聞く耳持ちゃしない。
「龍鬼が人を襲ったから成敗したと言えば、金蓮様も納得するだろうよ」
なるほど。こういう輩のせいで、なんの咎もない龍鬼が、不当に蔑まれることになったのかもしれないな、と紫輝は考え。
もう、マジで、ふつふつと怒りが燃えたぎってきたよ。
「冤罪をでっちあげるわけか。わっかりました。腐ったクズと話すのは、時間がもったいないってことがな」
紫輝はビシッと、ライラ剣の剣先を大塚に向けた。
「腐った、クズだと? 俺に向かって? 許せんっ」
大塚は剣を抜いて、紫輝に向かってきた。確かに早いし、隙もなく、なかなかの手練れのようだが。
「おまえ、情報不足だぞ。俺は…雷龍だ」
バリリッと、電撃の光が剣先に集まり。紫輝は叫んだ。
「らいかみっ!」
ドンと、紫輝の怒りの波動のような大きな音が鳴り。紫の電光が、大塚に直撃した。
バリバリと感電したかのように男は痙攣し、その場にくずおれる。
「別に、ライラと剣を合わせなくても、生気は吸えるよ? もう、聞こえてないだろうけど」
のほほんとした口調で、紫輝は意識を失った大塚に教えてあげた。
普通なら死んじゃうような派手な感じで倒れ込んだが、大丈夫。普通にライラが生気を吸っただけ。いつもと同じだ。
とにかく、ラスボスを倒したので、いったんライラ剣を背中の鞘にしまい。
大塚の軍服を探って牢のカギを取り出すと、堺の牢の出口を開ける。
「さぁ、帰ろう。堺」
紫輝は笑顔で、堺に手を差し出した。
第五大隊長の屋敷。食堂で朝食をとった紫輝と大和は、屋敷の敷地内にある厩舎に行った。
ミロの手綱を、馬丁さんから渡してもらって、まずは歩いて門を出る。
いつものように、午前中は堺の屋敷に向かうのだ。
仕事の仕方を教わったり、青桐とともに勉強をしたりする毎日。
でも明日は引っ越しだから、今日は荷造りだなって思っていた。
門番をしている野際に、行ってくるね、と。のんきに挨拶して、馬に乗り。
しばらく馬を走らせていたら、千夜が道の真ん中に立っていた。
「千夜? どうした?」
馬を止め、紫輝は千夜にたずねる。
今日も、瑠璃色の髪が目に鮮やかだ。
朝早い時間だし、ここは屋敷と本拠地の中心部の間くらいだったから、人影がなかったからいいけど。
でも千夜は隠密ながら、外見は派手だし。
無茶なことをして、どうした? と思ってしまう。
おもむろに、千夜は紫輝の横に来て、言う。
「時雨将軍が、統花燎源様率いる左の兵に拘束された」
あんまり思いもよらないことを言われたから、紫輝は脳みそに情報が到達するのが遅れた。
「なに? 堺が捕まったってこと? なんで?」
「将堂の血脈を汚したという、傷害罪だ」
「…続けて」
珍しく険しい眼差しでうながす紫輝に、千夜は短くうなずき。
報告を続ける。
「青桐様と美濃様、里中様は。談判しに、指令本部に向かった。大将の執務室に入り。金蓮様と統花様に将軍の解放を要求しているところだ」
「うん。堺は今どこに?」
「指令本部の地下牢に。抵抗することなく、おとなしく牢におさまった」
「抵抗しなかった、か。金蓮も本拠地に入っているんだな?」
「金蓮様一行は、今朝方、本拠地に入った」
「今朝、本拠地入りして、その足で堺を捕まえた? ずいぶん急な話だ」
どういうつもりなのか?
もしかして、四季村を出る間際に危ぶんだみたいに、堺を餌に、藤王をおびき出す作戦を、金蓮が考えついたのか、とも紫輝は思ったが。
「青桐様の屋敷の元家令が一緒だった。青桐様が、時雨様の屋敷に逗留していることを、歪曲して伝えたのでは?」
千夜の言葉に、紫輝は重いため息をついた。
あのトンデモ家令が、金蓮に嘘八百で泣きついたってことだ。
「歪曲でもないけどな。オケ。じゃあ、大和は青桐のところに行って、俺が堺を連れて行くから、そこで談判を続けていてって、伝言してくれ」
「紫輝様は?」
大和にたずねられ、紫輝はメラリと燃える怒りの眼差しを向け、決然と告げた。
「もちろん、堺を救出に行く。つか、略奪? 脱獄?」
紫輝は千夜に、ミロに乗るよううながし。彼に手綱を持たせて、指令本部へと馬を走らせた。
「千夜、地下牢の場所わかる? 案内して」
「正面から行くのか? 左の兵士が守っているぞ?」
「行くの。全部、生気吸うから」
馬上で、千夜は紫輝の様子をうかがうが、かなりご立腹だ。
ずっと口がへの字なので。
「正面突破して、堺を連れ出したら、金蓮のところへ行く。今日こそ、ビシッと言ってやるっ!」
でも、ただ腹立ちまぎれに、がむしゃらに突っ込んで、全部ぶっ壊す…という感じではなさそうなので。
千夜は安堵の息をつく。
紫輝は、安曇のように理詰めで計画的に動くのではないが。本能的にでも、ちゃんと着地点に向かって行動しているのだ。
だから、大丈夫だと思える。
そうして、紫輝たちは指令本部についた。
指令本部は横長の和風建築。画一的な作りで、正面玄関を入って、右側を右軍が、左側を左軍が使用している。
執務や作戦対策する、教室のような造りの部屋がいくつもある。昭和初期の小学校みたいな感じ。
大和は左側に行き、突き当りの大将の執務室へと向かった。そして千夜は、玄関ホールのさらに奥へ行くと、その場にいた三人の兵士に斬りかかっていった。
紫輝もライラ剣を出して、彼らの剣を受け、生気を吸う。
「千夜、殺さないで。味方をやると、あとが面倒くさそうだから」
「わかっている」
兵士がその場に倒れると、千夜は床板に手を置き、なにかを掴むと。床板を引っ剥がした。
ように見えたが。
ただの廊下に見えていた、そこの扉を開くと。下に木製の階段が伸びていた。
あ、階段、久しぶりに見た。
つか、忍者屋敷みたいな隠し部屋?
そうか。地下牢だから、地下にあるんだな、と思い。
紫輝は階段を降りていく。背中は千夜に守ってもらうのだ。
「行くぞ、ライラ。ガンガン吸ってけ」
『あいっ、おんちゃん、ひさしぶりね』
ライラはなにやら、ウキウキして言う。
戦場から遠ざかり、三ヶ月ほど経つ。その間、ライラは大体、紫輝の生気を吸っていたから、他人の生気食べるのは久しぶり、ってことだ。
ま、結婚式とか、つまみ食いはしていたけどな。
階段を降りると、薄暗い中を、廊下が伸び。ぼんやりとしたろうそくの火が、ところどころ照らしている。
つか、なにやら夜の学校みたいで怖いんですけど。
暗がりから、突然、左の兵士が出てきたっ。
まるでゾンビ映画なんですけどぉ。
とはいえ、紫輝は如才なく兵士の剣を受け、敵はライラに生気を吸われて昏倒する。
よしよし、この感じが、久しぶりなんだな。
敵意のある人の剣を受けるってやつ。
なんか、初陣思い出したよ。
やっぱり、間が空くと感が狂うね。赤穂と手合せしていて、良かった。
紫輝は気を引き締め直し、廊下を進んでいく。
だが、そうは言っても、地下牢に、それほどの人員は配備されていないみたい。
三人くらい、倒したら。奥の方から話し声がした。
「…おまえも懲りないな。金蓮様に目をつけられているというのに、将堂の御血筋に手を出すとか。考えられねぇ。龍鬼は龍鬼らしく、肩身を狭めて生きてりゃ、いいんだよ」
その言い様に、紫輝はイラッとして。口をはさんだ。
「龍鬼らしくって、なんだよ? 俺らは人と同じ。ただ翼がないだけだ」
「なんだ、おまえはっ? 見張りはどうした?」
紫輝は、右手にライラ剣を持ったまま、左腕の記章を男に見せつけ、言った。
「右参謀、兼、第五大隊副長、間宮紫輝だ。あ、雷龍も名乗った方がいい?」
「…紫輝?」
男の前にある牢の中から、堺の声がした。
どうやら、目の前の男がラスボスのようだ。
背後に、時折襲い掛かってくる兵士は、千夜がしっかり退治してくれている。
青いつむじ風は健在だな。
「ちなみに見張りの方は、俺が倒しました。もうひとりもいないよ」
言って、紫輝は辺りを見やる。
牢屋は、分厚めの木組みが縦横の格子状になっている。中は床板。だけど、暗いし狭いし、底冷えするというか、なんか寒々しい。
そんなところに、氷の化身のごとき堺が、おとなしく座っていて。
あぁっ、掃き溜めに鶴とはこのことかっ? つか、冬にこの場所はあり得ないんだけど。
「おい、あんた。堺のこと出してくれる?」
普通に、紫輝は男に頼んだ。ま、彼は怒るよね。
「はぁ? おまえ、誰に口利いてんだ? 俺は左次将軍、大塚洋だぞ」
大塚は、紫輝よりちょっと背が高いくらいの男で、体格が大きいわけでもなく。だから、きゃんきゃん騒ぐ小型犬みたいな感じ。
羽は…暗いからよく見えない。あんまり興味もない。
「あぁ、すいません。大塚さん、堺をそこから出してください」
こっちこそ怒っているのだけど。とりあえず紫輝は下手に出て、笑みも浮かべてみた。
「ふっざけんなっ、龍鬼ごときがっ、俺に軽々しく話しかけてんじゃねぇよ」
「出たよ、龍鬼ごとき。左のやつらって、語彙が少ないよね? 本当に頭良いの?」
「おまえ、馬鹿にしてんのか?」
馬鹿にして…なくもなくもなくもない。つか、問答、面倒くさい。
「ちなみに、大塚さん。堺はなんで牢に入れられたの? 参考に、聞かせてください」
「はっ、そんなの。醜い龍鬼が、汚い手で、将堂の御方に触ったからだ」
「触ったから、なんなの? まさか、見るだけ、触れるだけで龍鬼がうつるとか思ってる、頭の悪い人なの? だったら、あんたももう、龍鬼になってしまうな?」
「高貴なハヤブサ血脈の俺が、醜い龍鬼になどなるわけがない。ただ汚いから、近寄りたくはないがな」
ハハッと、なにが面白いのかわからないが、大塚は笑った。
咎のない者を、理由なく排他し。自分ではなにも考えず、周りがそういう雰囲気だから、自分もするという、胸糞悪い人種のようだった。
「あんたと話していると、不愉快だな。むかつくから、生気を吸って、頭の先から足の先まで、龍鬼の能力で汚染してやるよ。あんたの言う、汚い龍鬼の能力で、溺れてしまえっ」
目の前が真っ赤になるほどに、紫輝は怒りを感じていた。
声を張って威嚇するが、大塚はニヤリと笑って。紫輝に言う。
「雷龍、知ってるぜ。おまえ、剣を合わせた相手を昏倒させるんだろ? でも、俺は。麟義瀬間に次ぐ剣の使い手だ。おまえなど、剣を合わせるまでもなく、ぶった切ってやるぜ」
あぁ、また龍鬼を有効活用できない、おバカちゃんが出現した。
そうだ、こいつは脳みそを使えない人種だった。
頭の悪いやつが、剣術だけで、上の地位につくと、下が迷惑するんですけど。
と、紫輝はげんなりする。
「龍鬼をぶった切ったら、金蓮様がお怒りになるんじゃね?」
わかりやすく、忠告してやったが。
聞く耳持ちゃしない。
「龍鬼が人を襲ったから成敗したと言えば、金蓮様も納得するだろうよ」
なるほど。こういう輩のせいで、なんの咎もない龍鬼が、不当に蔑まれることになったのかもしれないな、と紫輝は考え。
もう、マジで、ふつふつと怒りが燃えたぎってきたよ。
「冤罪をでっちあげるわけか。わっかりました。腐ったクズと話すのは、時間がもったいないってことがな」
紫輝はビシッと、ライラ剣の剣先を大塚に向けた。
「腐った、クズだと? 俺に向かって? 許せんっ」
大塚は剣を抜いて、紫輝に向かってきた。確かに早いし、隙もなく、なかなかの手練れのようだが。
「おまえ、情報不足だぞ。俺は…雷龍だ」
バリリッと、電撃の光が剣先に集まり。紫輝は叫んだ。
「らいかみっ!」
ドンと、紫輝の怒りの波動のような大きな音が鳴り。紫の電光が、大塚に直撃した。
バリバリと感電したかのように男は痙攣し、その場にくずおれる。
「別に、ライラと剣を合わせなくても、生気は吸えるよ? もう、聞こえてないだろうけど」
のほほんとした口調で、紫輝は意識を失った大塚に教えてあげた。
普通なら死んじゃうような派手な感じで倒れ込んだが、大丈夫。普通にライラが生気を吸っただけ。いつもと同じだ。
とにかく、ラスボスを倒したので、いったんライラ剣を背中の鞘にしまい。
大塚の軍服を探って牢のカギを取り出すと、堺の牢の出口を開ける。
「さぁ、帰ろう。堺」
紫輝は笑顔で、堺に手を差し出した。
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