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幕間 ハシビロコウの秘密
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◆幕間 ハシビロコウの秘密
四人とライラが狩猟小屋を出ると、大和がすぐにも、紫輝のそばに寄ってきた。
天誠がそばにいるから、大丈夫なんだけど。やはり藤王が不確定要素だったから。大和は紫輝の身を心配していたようだった。
藤王が仲間になったと報告したら、すごく安心した顔つきになったよ。
「牙織、出て来い」
天誠がどこへともなく呼ばわると、いつの間にか隠密がひとり、紫輝たちの前に膝をついた状態で現れた。
あの、天誠の、なんでも出てくる黒のマントと同じものを、身につけている。
「紫輝、紹介する。隠密の牙織だ。手裏基成の三人目として、俺たちと行動することになった」
「紫輝様、お目にかかれて光栄です」
そう言って、顔を上げた彼の顔は、まつ毛バシバシのゴージャス美形で。今まで見たことないタイプだ。
た、たとえるなら…。
「た…からづか…」
いわゆる、男装の麗人のようだと、紫輝は思ったのだ。
艶やかな、波打つ黒髪、キリリとした目元は、いかにも男らしく。しかしまつ毛は長く、手足も長く、細面の顔に女性の要素などはないのだけど。
女性が天誠のコスプレしたらこんな感じになるんじゃね? って感じに見えた。
「やべぇ、紫輝の洞察力はすごいな」
「え? じゃあ、そうなの?」
天誠の言葉に紫輝が問うと、彼はうなずく。
でも、なんか内緒って空気を感じたから、紫輝はそれ以上追求しなかった。
「…基成の三人目は、亜義がなるんじゃなかったのか?」
「彼は身長がちょっと足りないので。俺の手持ちで一番長身の牙織を選んだんだ」
天誠が言うと、牙織と大和がプッと笑った。
ちょっと、可哀想じゃん。身長足りない仲間として、見逃せんぞ。
カラス血脈の牙織は、黒髪で切れ長な目元で、美形なので。天誠にわざと寄せているのかな? と思ってしまう。
一応…彼が立ち上がると、まぁ、天誠には届かないが、藤王とは同じくらいの身長になる。
堺も合わせて、四人の長身に、ズモモと効果音が鳴るような雰囲気で見下ろされ。
紫輝は…とにもかくにも泣きそうになった。
くそぅ、デカけりゃ偉いってわけじゃないんだからねっ! 負け惜しみ。
「あぁ、紫輝様。なんて愛らしいお顔なのでしょう。このように、貴方様に間近でお会いできるなんて、望外の幸せです」
両の手を包むように握られて、キラキラの瞳にみつめられて、紫輝は目がチカチカしてしまう。
なんなの? この世界には、美形しかいないの?
いや、野際は普通のおっさんだ。大丈夫。凡庸でも生きていけるはず。
「俺は、強く生きる!」
脈絡のない紫輝の宣言に、天誠は声なく笑い。
他のみんなは、頭に疑問符を浮かべていた。
そんなこんなで、とりあえず山を降りて、紫輝の村にみんなで行くことになったのだ。
★★★★★
道中、黙々としていたらつまらないので、紫輝は天誠に、すみれに聞いた驚愕の話をすることにした。
「昨日は天誠がいなかったから、暇でさ。夕食のあと、すみれたちをお手伝いしたんだ。食器を布巾で拭きながら、雑談なんかして。それで、橘が珍しく、いろいろ話してくれたんだ」
ハシビロコウ血脈の橘は、背が高いの代名詞である安曇より、縦も横もひと回り大きい体格の男性で。大和や、すみれたちと同じく、子供の頃に、安曇に働き手として雇われた者だ。
「私は人より体が大きく、食欲も旺盛で、孤児院にいたときから無駄飯食らいと罵られていました。みんなと同じ量では、この体を維持できないのです。だから、いつもお腹を減らして。孤児のみんな、そういう思いをして来たでしょうが、私は特に、その気持ちが強かったのです」
そんなときに、安曇が救いの手を差し伸べた。
安曇の屋敷で、橘は物心ついてから初めて、満腹感というものを味わったのだ。
だから、安曇のために、なんでもしようという気持ちになった…のだけど。
体は思うように動かない。
当時、亜義や大和たちよりも、背が高くて。体格に恵まれていた橘は、隠密に最適かと思われたのだが。
身が重く、いわゆる俊敏ではなかった。
安曇が拾い上げた孤児たちは、生き残り競争を常にしていて、ある意味ハングリー。男性で、体力がありながら、隠密になれない橘を。いじめはしないながらも、下に見る傾向があった。
価値がない、役に立たない、というように。
「やはり、自分は無駄飯食らいなのだと痛感しました。そのときは、隠密になれないと、安曇様のお役に立てないと思い込んでいて。隠密の訓練を難なくこなす、みんながうらやましくて。陰でこっそり泣きました」
そうしたら、安曇がうずくまる橘の隣に座った。
「安曇様、お役に立てず、申し訳ありません」
大きな体を小さく縮めて、泣きながら謝る橘に、安曇はこう言った。
適材適所という言葉がある、と。
「仕事は隠密だけではない。屋敷を維持するのに、掃除や洗濯、料理、することは山ほどある。そのうちのひとつができれば、役に立たないということにはならないのだ」
そう告げて、安曇は橘に革細工の技術を伝授したのだ。
「これを習得出来たら、食うに困らないだろうと。そうしたら、なかなか良い作品ができてしまい。自分の手が器用なのを知りました。安曇様は私に、隠密以外の道を示してくれたのです」
ホッとしたように、橘は息をつく。
紫輝も、良かったなと思った。
自分の長所って、なかなか自分では気づかないものだから。
それに、死活問題でもあったわけだから。眞仲に教えてもらえて良かったよな。
「体は俊敏に動かないし、この大きな体で、陰に隠れることもできませんが。力があるので、紫輝様が危険なときでも暴漢を追い払うくらいのことはできます。お任せください」
「まさしく、適材適所なんだな。橘の料理は美味しいしね」
「それも、初めの頃、安曇様が私たちに料理を作ってくれているのだと知って。ある程度コツを教えてもらったあとは、台所仕事も譲ってもらいました。面倒見てもらっている方に、いつまでも雑用などさせられません。それで、掃除も洗濯も馬丁も、やることになって。いつの間にか、私がいないと屋敷が回らないと…安曇様に言ってもらえるようになって。とても嬉しかったです」
ブルーグレーの瞳を和ませて、橘ははにかんだ笑みを見せた。
「もう、すぐにも死にそうだった孤児の私たちに、家も食事も着るものも与えてくださり、この世で生きていくための術も知恵も能力も、授けていただいた。安曇様は、私たちの神。感謝しきりです。だから、その安曇様が愛する紫輝様のことも、私はとても大切に思っています。貴方をお守りし、快適な生活を送っていただく、そのことに私は全力を注ぎたいのです」
「もちろん、充分に快適な生活をさせてもらっているよ。俺は、橘に感謝しちゃうけど。だって、この屋敷周りは、結構な敷地面積があるけど、どこも、いつも、綺麗に整えられている。なかなかできることじゃない。天誠はきっと、橘のこと、良い部下を持てて良かったって思っているはずだよ」
「…ありがとうございます」
しっかり正座して、頭を下げられると、なにやらこそばゆくなってしまう紫輝だった。
「すみれちゃんもさぁ、良い男捕まえたじゃん? で、いつ結婚するの?」
急遽、紫輝たちの祝言の日にちが決まり、すみれは自分の花嫁衣装を紫輝にすすめた。
紫輝の幸せにあやかりたいと言って、こころよく貸してくれたのだ。
衣装まで、できていたのだから。年明けにも、喜びの報告が聞けるのではないかと思っていたのだけど。
「それが…」
すみれは拭いていた食器を、コトリと置いて。神妙な顔をした。
え? まさか、別れちゃってた? とか?
紫輝はすみれの雰囲気に固唾をのむ。
そうしたら、彼女は言うのだ。
「安曇様が、私たちに手を差し伸べたとき。孤児院から出された私たちは、生きるために身を寄せて、団体で行動していたのです。徒党を組んだ方が、変な輩に襲われる心配が減るし、共同分配で微々たるものでも食べることができる。そういう利点があるので」
紫輝は、うんうんとうなずく。
年端もいかない、身寄りのない子供たちが、路上に出されるのは、うなずけるものではないが。今の世の中は、そういうことらしい。
「孤児院は、だいたい十歳前後で出されます。だから私たち、十一歳から十五歳くらいの孤児が、安曇様に引き取られたという感じだったんですけど…」
なんの話をしているのかわからなくなってきて、紫輝は小首を傾げた。
「橘は、当時七歳だったんです。つまり、今は十四歳」
「「「えっ?」」」
紫輝が天誠に、その話をしていたのだが。天誠と同時に、大和と牙織も声を出した。
「天誠が声をかけたとき、橘が一番背が高かったんだって? それで、仲間もみんな、橘を同年代だと思っていたみたいで…すみれちゃんも。結婚話をしたときに、年の話になって、つい最近知ったみたい。せめて橘が十六歳にならないと結婚は無理ぃ…って、肩を落としていたよ」
「それは、ヤバい。十歳以下をこき使っていた鬼畜になるじゃねぇかっ? おい、おまえら。マジで知らなかったのか?」
天誠の睨みに、大和が震えあがって言った。
「し、知らないっす。ともすれば、年上かと思っていたくらいで…」
「俺も。橘は無口で。俺は自分のことに精いっぱいで他人と関わる余地なしだったんで」
「あぁ、話しかけると噛みついてくるもんな、ガオは」
軽口を言う大和に、牙織はガッと牙を剥いて威嚇する。怖い…。ライラより短気だ。
「牙織って、面白い名前だなと思ったけど。あだ名なのか?」
紫輝が聞くと、牙織が答えてくれた。
「俺の名前は、こいつらが面白がってつけた、あだ名なのですが。安曇様がそれに、漢字をつけてくださって。それから、この名を名乗らせてもらっています。俺にぴったりで、気に入っています」
牙に織るって、いかにも当て字なのに、気に入っているんだ。
なら、いいけど。
「牙を折って欲しかったんだが、ガオと呼んでるうちは駄目だと、あとで気づいた」
残念そうに眉間を寄せて、天誠はつぶやく。でしょうね。
「それより、橘だ。ま、今更、どうしようもないが…」
「天誠は、悪くないんじゃない? 七歳の子供を追い出す施設が悪いよ」
紫輝がフォローすると、大和がうなずいた。
「そうですよ。俺も、身長が高くて、九歳で追い出されたんで、身につまされます。身長が高いと、余計に食べるという印象で、嫌がられるんですよ。いつだって、満足に食べたことなどなかったのに」
苦々しく、大和は吐き捨てる。
己を追い詰めた世の中を、今でも恨んでいるのだろう。
「でも、橘は安曇様に助けられたんだ。七歳の子供が路頭に迷っていて、あのままだったら確実に死んでいた。安曇様は、その橘に手を差し伸べ。彼は仕事で恩返しをしたんだから。それでいいっすよ。それに…俺も、体格が大きい者の飢餓感ってやつが、少しはわかるっすよ。俺も、満腹まで食べられたら、死んでもいいと思った口ですから」
大和、苦労してきたんだよなぁ、と思うと。紫輝も泣きそうになるし。
安曇の善行で助かった者が多くいるということが、兄的に誇らしくも思えた。
「…じゃあ、結婚式を派手にやるってことで、チャラにしてもらおう。まだ先になりそうだが」
「いいね、それ。俺も手伝う」
天誠の提案に、紫輝が手を上げたところで、紫輝の村が眼下に見えてきた。
四人とライラが狩猟小屋を出ると、大和がすぐにも、紫輝のそばに寄ってきた。
天誠がそばにいるから、大丈夫なんだけど。やはり藤王が不確定要素だったから。大和は紫輝の身を心配していたようだった。
藤王が仲間になったと報告したら、すごく安心した顔つきになったよ。
「牙織、出て来い」
天誠がどこへともなく呼ばわると、いつの間にか隠密がひとり、紫輝たちの前に膝をついた状態で現れた。
あの、天誠の、なんでも出てくる黒のマントと同じものを、身につけている。
「紫輝、紹介する。隠密の牙織だ。手裏基成の三人目として、俺たちと行動することになった」
「紫輝様、お目にかかれて光栄です」
そう言って、顔を上げた彼の顔は、まつ毛バシバシのゴージャス美形で。今まで見たことないタイプだ。
た、たとえるなら…。
「た…からづか…」
いわゆる、男装の麗人のようだと、紫輝は思ったのだ。
艶やかな、波打つ黒髪、キリリとした目元は、いかにも男らしく。しかしまつ毛は長く、手足も長く、細面の顔に女性の要素などはないのだけど。
女性が天誠のコスプレしたらこんな感じになるんじゃね? って感じに見えた。
「やべぇ、紫輝の洞察力はすごいな」
「え? じゃあ、そうなの?」
天誠の言葉に紫輝が問うと、彼はうなずく。
でも、なんか内緒って空気を感じたから、紫輝はそれ以上追求しなかった。
「…基成の三人目は、亜義がなるんじゃなかったのか?」
「彼は身長がちょっと足りないので。俺の手持ちで一番長身の牙織を選んだんだ」
天誠が言うと、牙織と大和がプッと笑った。
ちょっと、可哀想じゃん。身長足りない仲間として、見逃せんぞ。
カラス血脈の牙織は、黒髪で切れ長な目元で、美形なので。天誠にわざと寄せているのかな? と思ってしまう。
一応…彼が立ち上がると、まぁ、天誠には届かないが、藤王とは同じくらいの身長になる。
堺も合わせて、四人の長身に、ズモモと効果音が鳴るような雰囲気で見下ろされ。
紫輝は…とにもかくにも泣きそうになった。
くそぅ、デカけりゃ偉いってわけじゃないんだからねっ! 負け惜しみ。
「あぁ、紫輝様。なんて愛らしいお顔なのでしょう。このように、貴方様に間近でお会いできるなんて、望外の幸せです」
両の手を包むように握られて、キラキラの瞳にみつめられて、紫輝は目がチカチカしてしまう。
なんなの? この世界には、美形しかいないの?
いや、野際は普通のおっさんだ。大丈夫。凡庸でも生きていけるはず。
「俺は、強く生きる!」
脈絡のない紫輝の宣言に、天誠は声なく笑い。
他のみんなは、頭に疑問符を浮かべていた。
そんなこんなで、とりあえず山を降りて、紫輝の村にみんなで行くことになったのだ。
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道中、黙々としていたらつまらないので、紫輝は天誠に、すみれに聞いた驚愕の話をすることにした。
「昨日は天誠がいなかったから、暇でさ。夕食のあと、すみれたちをお手伝いしたんだ。食器を布巾で拭きながら、雑談なんかして。それで、橘が珍しく、いろいろ話してくれたんだ」
ハシビロコウ血脈の橘は、背が高いの代名詞である安曇より、縦も横もひと回り大きい体格の男性で。大和や、すみれたちと同じく、子供の頃に、安曇に働き手として雇われた者だ。
「私は人より体が大きく、食欲も旺盛で、孤児院にいたときから無駄飯食らいと罵られていました。みんなと同じ量では、この体を維持できないのです。だから、いつもお腹を減らして。孤児のみんな、そういう思いをして来たでしょうが、私は特に、その気持ちが強かったのです」
そんなときに、安曇が救いの手を差し伸べた。
安曇の屋敷で、橘は物心ついてから初めて、満腹感というものを味わったのだ。
だから、安曇のために、なんでもしようという気持ちになった…のだけど。
体は思うように動かない。
当時、亜義や大和たちよりも、背が高くて。体格に恵まれていた橘は、隠密に最適かと思われたのだが。
身が重く、いわゆる俊敏ではなかった。
安曇が拾い上げた孤児たちは、生き残り競争を常にしていて、ある意味ハングリー。男性で、体力がありながら、隠密になれない橘を。いじめはしないながらも、下に見る傾向があった。
価値がない、役に立たない、というように。
「やはり、自分は無駄飯食らいなのだと痛感しました。そのときは、隠密になれないと、安曇様のお役に立てないと思い込んでいて。隠密の訓練を難なくこなす、みんながうらやましくて。陰でこっそり泣きました」
そうしたら、安曇がうずくまる橘の隣に座った。
「安曇様、お役に立てず、申し訳ありません」
大きな体を小さく縮めて、泣きながら謝る橘に、安曇はこう言った。
適材適所という言葉がある、と。
「仕事は隠密だけではない。屋敷を維持するのに、掃除や洗濯、料理、することは山ほどある。そのうちのひとつができれば、役に立たないということにはならないのだ」
そう告げて、安曇は橘に革細工の技術を伝授したのだ。
「これを習得出来たら、食うに困らないだろうと。そうしたら、なかなか良い作品ができてしまい。自分の手が器用なのを知りました。安曇様は私に、隠密以外の道を示してくれたのです」
ホッとしたように、橘は息をつく。
紫輝も、良かったなと思った。
自分の長所って、なかなか自分では気づかないものだから。
それに、死活問題でもあったわけだから。眞仲に教えてもらえて良かったよな。
「体は俊敏に動かないし、この大きな体で、陰に隠れることもできませんが。力があるので、紫輝様が危険なときでも暴漢を追い払うくらいのことはできます。お任せください」
「まさしく、適材適所なんだな。橘の料理は美味しいしね」
「それも、初めの頃、安曇様が私たちに料理を作ってくれているのだと知って。ある程度コツを教えてもらったあとは、台所仕事も譲ってもらいました。面倒見てもらっている方に、いつまでも雑用などさせられません。それで、掃除も洗濯も馬丁も、やることになって。いつの間にか、私がいないと屋敷が回らないと…安曇様に言ってもらえるようになって。とても嬉しかったです」
ブルーグレーの瞳を和ませて、橘ははにかんだ笑みを見せた。
「もう、すぐにも死にそうだった孤児の私たちに、家も食事も着るものも与えてくださり、この世で生きていくための術も知恵も能力も、授けていただいた。安曇様は、私たちの神。感謝しきりです。だから、その安曇様が愛する紫輝様のことも、私はとても大切に思っています。貴方をお守りし、快適な生活を送っていただく、そのことに私は全力を注ぎたいのです」
「もちろん、充分に快適な生活をさせてもらっているよ。俺は、橘に感謝しちゃうけど。だって、この屋敷周りは、結構な敷地面積があるけど、どこも、いつも、綺麗に整えられている。なかなかできることじゃない。天誠はきっと、橘のこと、良い部下を持てて良かったって思っているはずだよ」
「…ありがとうございます」
しっかり正座して、頭を下げられると、なにやらこそばゆくなってしまう紫輝だった。
「すみれちゃんもさぁ、良い男捕まえたじゃん? で、いつ結婚するの?」
急遽、紫輝たちの祝言の日にちが決まり、すみれは自分の花嫁衣装を紫輝にすすめた。
紫輝の幸せにあやかりたいと言って、こころよく貸してくれたのだ。
衣装まで、できていたのだから。年明けにも、喜びの報告が聞けるのではないかと思っていたのだけど。
「それが…」
すみれは拭いていた食器を、コトリと置いて。神妙な顔をした。
え? まさか、別れちゃってた? とか?
紫輝はすみれの雰囲気に固唾をのむ。
そうしたら、彼女は言うのだ。
「安曇様が、私たちに手を差し伸べたとき。孤児院から出された私たちは、生きるために身を寄せて、団体で行動していたのです。徒党を組んだ方が、変な輩に襲われる心配が減るし、共同分配で微々たるものでも食べることができる。そういう利点があるので」
紫輝は、うんうんとうなずく。
年端もいかない、身寄りのない子供たちが、路上に出されるのは、うなずけるものではないが。今の世の中は、そういうことらしい。
「孤児院は、だいたい十歳前後で出されます。だから私たち、十一歳から十五歳くらいの孤児が、安曇様に引き取られたという感じだったんですけど…」
なんの話をしているのかわからなくなってきて、紫輝は小首を傾げた。
「橘は、当時七歳だったんです。つまり、今は十四歳」
「「「えっ?」」」
紫輝が天誠に、その話をしていたのだが。天誠と同時に、大和と牙織も声を出した。
「天誠が声をかけたとき、橘が一番背が高かったんだって? それで、仲間もみんな、橘を同年代だと思っていたみたいで…すみれちゃんも。結婚話をしたときに、年の話になって、つい最近知ったみたい。せめて橘が十六歳にならないと結婚は無理ぃ…って、肩を落としていたよ」
「それは、ヤバい。十歳以下をこき使っていた鬼畜になるじゃねぇかっ? おい、おまえら。マジで知らなかったのか?」
天誠の睨みに、大和が震えあがって言った。
「し、知らないっす。ともすれば、年上かと思っていたくらいで…」
「俺も。橘は無口で。俺は自分のことに精いっぱいで他人と関わる余地なしだったんで」
「あぁ、話しかけると噛みついてくるもんな、ガオは」
軽口を言う大和に、牙織はガッと牙を剥いて威嚇する。怖い…。ライラより短気だ。
「牙織って、面白い名前だなと思ったけど。あだ名なのか?」
紫輝が聞くと、牙織が答えてくれた。
「俺の名前は、こいつらが面白がってつけた、あだ名なのですが。安曇様がそれに、漢字をつけてくださって。それから、この名を名乗らせてもらっています。俺にぴったりで、気に入っています」
牙に織るって、いかにも当て字なのに、気に入っているんだ。
なら、いいけど。
「牙を折って欲しかったんだが、ガオと呼んでるうちは駄目だと、あとで気づいた」
残念そうに眉間を寄せて、天誠はつぶやく。でしょうね。
「それより、橘だ。ま、今更、どうしようもないが…」
「天誠は、悪くないんじゃない? 七歳の子供を追い出す施設が悪いよ」
紫輝がフォローすると、大和がうなずいた。
「そうですよ。俺も、身長が高くて、九歳で追い出されたんで、身につまされます。身長が高いと、余計に食べるという印象で、嫌がられるんですよ。いつだって、満足に食べたことなどなかったのに」
苦々しく、大和は吐き捨てる。
己を追い詰めた世の中を、今でも恨んでいるのだろう。
「でも、橘は安曇様に助けられたんだ。七歳の子供が路頭に迷っていて、あのままだったら確実に死んでいた。安曇様は、その橘に手を差し伸べ。彼は仕事で恩返しをしたんだから。それでいいっすよ。それに…俺も、体格が大きい者の飢餓感ってやつが、少しはわかるっすよ。俺も、満腹まで食べられたら、死んでもいいと思った口ですから」
大和、苦労してきたんだよなぁ、と思うと。紫輝も泣きそうになるし。
安曇の善行で助かった者が多くいるということが、兄的に誇らしくも思えた。
「…じゃあ、結婚式を派手にやるってことで、チャラにしてもらおう。まだ先になりそうだが」
「いいね、それ。俺も手伝う」
天誠の提案に、紫輝が手を上げたところで、紫輝の村が眼下に見えてきた。
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