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80 とにかく、愛らしいのです(照)
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◆とにかく、愛らしいのです(照)
翌日、大和の案内で、紫輝は堺とともに、奥多摩の山の中へ入っていった。
どこかに狩猟小屋があり、そこに天誠と藤王がいるという。
狩猟小屋は、大和が千夜の隠密修行をしたときに、使った場所らしい。あぁ、姿は見えないが、千夜も、他の隠密も、人知れずついてきているみたいだ。
でも、兄弟対面のときは、外で待機するんだって。
四季村の近くまで来ているのに、天誠が村に来ないのは。まだ、藤王が味方になるのか、わからないからだ。
強力な龍鬼であるからこそ、彼の動向は、慎重に見極めなければならない。
もしも、彼が裏切ったら。
天誠が作り上げた村が、壊滅することも、あり得るので。
「堺、昨日は眠れた?」
「いいえ、緊張してしまい…青桐様にも迷惑をかけてしまいました」
「あぁ、一緒の寝台だものな?」
紫輝はもう、堺と青桐が恋仲なのを知っているので、当たり前のつもりで言ったのだが。
堺は、恋人だと指摘されるのが、恥ずかしいみたい。
まだまだ初々しいんだよね、このカップルは。
「紫輝様、あちらになります」
大和が手で示した先に、小さな小屋があり。その前で、藤王と天誠が、外に出て待っていた。
黒い詰め襟の、手裏の軍服は。長身のふたりが身につけていると、マジで格好いい。
天誠の話では、藤王は普段、黒髪のようなのだが。小屋の前で立っているのは、白くて長い、堺に似た髪の人。
白と黒のコントラストも、格好いいじゃん!
「兄さんっ」
小走りになって、堺が近づき。
藤王も、堺に駆け寄った。
そしてふたり、ギュッと抱きつく。
兄弟の感動の再会に。紫輝も、天誠と再会したときのことを思い出して、感動してしまった。
弟である堺の方が、若干、背が高いか?
堺は、天誠と同じくらいの身長があるからな。
「堺、よく顔を見せてくれ。あぁ、会わぬうちに、私の身長は越されてしまった。もう、抱っこはできないな?」
その言葉に、堺は目を潤ませる。
年の離れた兄は、いつも忙しくしていて、そうそう会うことはできなかったが。仕事から帰ると、真っすぐ堺の元へ来て、手で体を持ち上げるのだ。
抱っこして、幼い堺が、どれだけ成長したのか。確かめているようだった。
そのことを、懐かしく思い出す。
「申し訳ありません、兄さん。図体ばかりが大きくなり、兄さんが可愛がってくれたときの面影を、なくしてしまいました」
「謝るな、兄としての立つ瀬がなくなるだろう? それに、立派になったが。私の愛らしい弟であることに変わりはない」
藤王が言うのに、堺は、はにかんだ微笑みを浮かべた。
紫輝は、天誠の隣に立って、仲睦まじい兄弟を見守る。
藤王のことを初めて見るが、堺が大人になったらこうなるのかな? と思うくらい、面差しが似ている。
白皙の肌も、高い鼻梁も。
くっきりした目元は、少し藤王の方が、厳しい眼差しだろうか。
目の色だけが、堺は薄青で、藤王は赤色だった。
その印象のせいか、同じ白髪であるのに。堺は青みのグラデーションが入るが。藤王は黄色の温かみを感じるグラデーションだ。
藤王は炎を操るのが得意だと聞いているから、能力差でも、そのように印象が変わるのかもしれないな、と。紫輝は思った。
「兄さん、手が震えていますね。私が刺した傷が、まだ痛むのでしょうか?」
堺は藤王の手を取り、小刻みに震える手に、手を重ねる。
藤王は右手に、天誠が作ったという革の手甲を装着し、目立つ傷跡をそれで隠している。
「いや、これは…」
藤王は言いよどむ。
傷跡は目立つものの、堺が刺したことによる後遺症はほとんどなかったのだ。
「堺、それ、俺のせいかも」
そう紫輝が声をはさんだことで、堺のことしか目に入れていなかった藤王は、ようやく紫輝を認識した。
安曇の肩までもない、黒髪の小さな青年。
なにやら嬉しげに、安曇が青年の肩を抱いた。
「紹介しよう、不破。彼は間宮紫輝。俺の愛する兄さんだ」
ちょん。と、安曇の横にいる青年を。藤王は、もう一度、まじまじと見た。
どこの村にも、ひとりはいそうなほど、特徴のない容姿。
安曇のように麗しくもない。
というか、目つきは悪めの、青年だ。
「この、ちんちくりんが、安曇がずっと言っていた、愛らしい兄? 白を固めたかのように清い、天使の兄? つか、年下じゃね?」
「ま、詳しい話は、小屋の中でしよう。兄さんが凍えてしまうからな」
そう言って、天誠は紫輝の肩を抱いたまま、狩猟小屋に入っていった。
紫輝は。藤王の言い分に、いろいろ言いたいことがあったのだが。
紫輝に会っただけでご機嫌さんの天誠は、聞く耳持たずだ。
もうっ。
★★★★★
狩猟小屋の中は、八畳くらいの広さの一部屋があるだけの、簡素な造りだった。
囲炉裏があるから温かいし、お茶ぐらいは飲めるが。生活をする意図では作られていない、休憩所という感じ。
ま、内緒話をするのには、もってこいだ。
囲炉裏を囲んで、紫輝と天誠、堺と藤王が並んで床板に座っている。
いよいよ本題だ。
「安曇、おまえの兄にしては、小さい…」
しかし、藤王は。まだ紫輝が気になるようで。ぽつぽつと暴言を吐く。
もう、よっぽど天誠が、兄賛辞をしたみたいだ。
天誠の評価はほとんど嘘だから、藤王が首を傾げる気もわかる…んだけどぉ。
「小さい、言うな」
「兄というには、子供…」
「子供じゃねぇし、十八歳だし」
「嘘だっ!」
藤王に断言された紫輝は、ガーンと、ハンマーで頭を殴られたようなショックを受けた。
年齢は詐称してないもんっ。
涙目で、横にいる天誠にすがる。
「うぅ…天誠っ」
「兄さんを泣かすな、不破。手、治さねぇぞ」
紫輝を慰める安曇に言われ。藤王は慌てた。
「それは困る」
堺が先ほど言ったように、普通にしていても、藤王の手は震えるようになってしまった。
早くなんとか、できるものならしたいのだ。
「治すの、兄さんだから」
そうして、安曇はドヤ顔で、紫輝を手で示す。
藤王は、疑いの眼差しで紫輝を見やった。
マジで、どこにでもいるような容姿の青年。しかし、龍鬼ではある。
紫輝の背後に立ち昇る紫の炎は、能力の可視化だ。これほどの気を発するのは、並の能力者ではない。
「紫輝、先ほど兄の手の震えが、紫輝のせいだと言っていましたが。どういうことなのですか?」
おっとりした口調で、堺に聞かれ。
紫輝は気を取り直して、説明する。
「この前、話したろ? 子供の俺が、三百年前の世界に逃げたとき。時空の穴に手を突っ込んで、引き戻したのが不破、いわゆる藤王だったのだと。彼はそのとき、俺の能力の欠片を体に取り入れて、不調になったと考えられる。その傷を見ると、そんな感じだ」
「あっ、二年前の、あの子供かっ?」
心当たりアリアリだから、藤王は息をのんだ。
そして堺もハッとして、藤王をみつめ。
そして紫輝に、視線を戻す。
「兄さんの能力とか、二年前のこととか、聞きたいことはいろいろありますが。とりあえず、兄さんの傷を、治せるのなら治していただけませんか?」
「うん。手甲、外して?」
堺に依頼され、紫輝はうなずく。
でも、天誠は。少し心配そうな顔を見せた。
「兄さん、無理するな? 能力いっぱい使うようなら、止めるから」
「いや、棘を抜くくらいなものだと思う」
手甲を外した藤王が、紫輝に手を差し出す。
紫輝は藤王の手に触れ、ひっくり返すと。手のひらの大きな傷を、改めて見やる。
「あぁ、これだ。あのときの大きな手。間違いない」
紫輝は、自宅の庭に突然現れた、大きな手に握られて、この世界に連れて来られた。まだ一年経っていないけれど。ようやく、その手の持ち主をみつけたのだ。
なんだか感慨深くなる。
「な? あの手で間違いないだろ?」
天誠が、深くうなずきながら言うと。
藤王は、眉間にしわを寄せて、いぶかしげに安曇にたずねた。
「なに言ってんだ? おまえは二年前、私と一緒にその場に居合わせただろ?」
「いろいろあるんだよ。じゃあ、紫輝。頼む」
オッケー、と紫輝は軽く請け負うと。藤王の人差し指に手を当てて。ブチリと紫のモヤを引き千切った。
その途端、藤王はだいぶすっきりとした感覚を得る。しかし。
「あぁ、これは。ライラの呪いもかかっているな」
と、紫輝がなにやら怖いことを言い出した。
そしておもむろに、後ろ手に剣を抜く。
その剣が空中でクルリと回ったと思ったら、デデーンと白い大きな獣が現われ。
藤王は、驚愕に目を見開いた。
「なっ、なっ?」
藤王は、堺に目をやる。
すると弟は、訳知り顔で『ライラさんです』と紹介した。
理解が追いつかない藤王は、ただただ紫輝に身を委ねるしかなかった。
「ライラ、この人、苦しんでいるみたいなんだ。ライラは怒っているかもしれないが、機嫌を直して、彼の呪いを解いてあげてくれないか?」
「おんちゃんは、そうしたいの? いっぱい、泣いたわぁ?」
「俺は、ライラと天誠がそばにいるから、もう大丈夫なんだ」
「そう? なら、いいわ」
ライラはそう言って、藤王をキッと睨む。
ちなみに、ライラの呪いを受けているからか、藤王には、ライラの声が聞こえていた。
「ちょっと、あんた。おんちゃんに、かんしゃしなさいよねぇ? あたしだけだったら、ずっとこのままなんだからねぇ?」
「わ、悪かった」
よくわからないが、藤王はとりあえず謝った。
そうしたら、ライラはにっこり笑って。藤王の人差し指をザラリと舐めた。
すると、薄布でギリギリ締めつけられていたような感覚が、すっかり消えて。己の龍鬼の能力も、体の中に感じられるようになってきた。
試しに手の上に炎を出してみると。メラリと赤い火が立ち昇る。
「治った」
「本当ですか? 良かったですね、兄さん?」
心から兄の再起を喜んでくれる堺が、やはり一番、心根の美しい人物のように思われ。
藤王はつい、つぶやいてしまった。
「あぁ、やっぱり。天使というのは、堺のような清らかな者にこそ、相応しい言葉だ」
うっとりと、堺をみつめる藤王に。意義を唱えたのは、もちろん天誠だった。
「は? なに言ってんだ? 敵味方関係なく傷を治してやる、器のでっかい兄さんこそが、天使だろうが? 愛らしさの極致だろうがっ」
「いやいや、おまえの目は節穴か? 容姿の美しさは、堺にかなう者はいまい? この世で一番愛らしいのは、堺だ」
「こんな身長の馬鹿でかい男を、愛らしいとか、思えるわけねぇ。この世で一番愛らしいのは、紫輝だっ」
紫輝は、半目で、男たちの攻防を見やる。
なんて、不毛な言い争いだろうか。
つか、紫輝は。己を愛らしいなどとは、毛ほども思っていないのだ。
堺が美しいのは、言うに及ばずだし。
それに対抗などできるわけもない。
こればかりは、天誠の負け戦である。
紫輝は弟が可哀想になり、堺に仲裁を求めた。
「もう、ふたりとも、なに馬鹿なこと言ってんの? なぁ、堺も止めてよ」
「…紫輝は男らしくて、たくましくて、格好いいのです」
そうしたら、堺まで、紫輝を褒め殺しし始めて。オロオロしてしまう。
もう、聞くに堪えない。
「いや、そうじゃなくてね、堺。ま、男らしいと堺に言われるのは、嬉しいけどぉ…」
愛らしいよりはマシに思えて、そう紫輝は言ったのだが。
「そして…とにかく、愛らしいのです」
ほんのりと頬を染め、なにやら照れ照れしている。
堺さん? なんで、愛らしい話に戻しちゃうの?
「ほら見ろ、おまえが愛らしいと思っている堺が、愛らしいと認める兄さんこそが、この世で一番愛らしいのだっ」
胸を張って、藤王に指を突きつける天誠。
そして悔しがる、藤王。
紫輝は呆れてものが言えない。
この、ブラコンどもめがっ。
翌日、大和の案内で、紫輝は堺とともに、奥多摩の山の中へ入っていった。
どこかに狩猟小屋があり、そこに天誠と藤王がいるという。
狩猟小屋は、大和が千夜の隠密修行をしたときに、使った場所らしい。あぁ、姿は見えないが、千夜も、他の隠密も、人知れずついてきているみたいだ。
でも、兄弟対面のときは、外で待機するんだって。
四季村の近くまで来ているのに、天誠が村に来ないのは。まだ、藤王が味方になるのか、わからないからだ。
強力な龍鬼であるからこそ、彼の動向は、慎重に見極めなければならない。
もしも、彼が裏切ったら。
天誠が作り上げた村が、壊滅することも、あり得るので。
「堺、昨日は眠れた?」
「いいえ、緊張してしまい…青桐様にも迷惑をかけてしまいました」
「あぁ、一緒の寝台だものな?」
紫輝はもう、堺と青桐が恋仲なのを知っているので、当たり前のつもりで言ったのだが。
堺は、恋人だと指摘されるのが、恥ずかしいみたい。
まだまだ初々しいんだよね、このカップルは。
「紫輝様、あちらになります」
大和が手で示した先に、小さな小屋があり。その前で、藤王と天誠が、外に出て待っていた。
黒い詰め襟の、手裏の軍服は。長身のふたりが身につけていると、マジで格好いい。
天誠の話では、藤王は普段、黒髪のようなのだが。小屋の前で立っているのは、白くて長い、堺に似た髪の人。
白と黒のコントラストも、格好いいじゃん!
「兄さんっ」
小走りになって、堺が近づき。
藤王も、堺に駆け寄った。
そしてふたり、ギュッと抱きつく。
兄弟の感動の再会に。紫輝も、天誠と再会したときのことを思い出して、感動してしまった。
弟である堺の方が、若干、背が高いか?
堺は、天誠と同じくらいの身長があるからな。
「堺、よく顔を見せてくれ。あぁ、会わぬうちに、私の身長は越されてしまった。もう、抱っこはできないな?」
その言葉に、堺は目を潤ませる。
年の離れた兄は、いつも忙しくしていて、そうそう会うことはできなかったが。仕事から帰ると、真っすぐ堺の元へ来て、手で体を持ち上げるのだ。
抱っこして、幼い堺が、どれだけ成長したのか。確かめているようだった。
そのことを、懐かしく思い出す。
「申し訳ありません、兄さん。図体ばかりが大きくなり、兄さんが可愛がってくれたときの面影を、なくしてしまいました」
「謝るな、兄としての立つ瀬がなくなるだろう? それに、立派になったが。私の愛らしい弟であることに変わりはない」
藤王が言うのに、堺は、はにかんだ微笑みを浮かべた。
紫輝は、天誠の隣に立って、仲睦まじい兄弟を見守る。
藤王のことを初めて見るが、堺が大人になったらこうなるのかな? と思うくらい、面差しが似ている。
白皙の肌も、高い鼻梁も。
くっきりした目元は、少し藤王の方が、厳しい眼差しだろうか。
目の色だけが、堺は薄青で、藤王は赤色だった。
その印象のせいか、同じ白髪であるのに。堺は青みのグラデーションが入るが。藤王は黄色の温かみを感じるグラデーションだ。
藤王は炎を操るのが得意だと聞いているから、能力差でも、そのように印象が変わるのかもしれないな、と。紫輝は思った。
「兄さん、手が震えていますね。私が刺した傷が、まだ痛むのでしょうか?」
堺は藤王の手を取り、小刻みに震える手に、手を重ねる。
藤王は右手に、天誠が作ったという革の手甲を装着し、目立つ傷跡をそれで隠している。
「いや、これは…」
藤王は言いよどむ。
傷跡は目立つものの、堺が刺したことによる後遺症はほとんどなかったのだ。
「堺、それ、俺のせいかも」
そう紫輝が声をはさんだことで、堺のことしか目に入れていなかった藤王は、ようやく紫輝を認識した。
安曇の肩までもない、黒髪の小さな青年。
なにやら嬉しげに、安曇が青年の肩を抱いた。
「紹介しよう、不破。彼は間宮紫輝。俺の愛する兄さんだ」
ちょん。と、安曇の横にいる青年を。藤王は、もう一度、まじまじと見た。
どこの村にも、ひとりはいそうなほど、特徴のない容姿。
安曇のように麗しくもない。
というか、目つきは悪めの、青年だ。
「この、ちんちくりんが、安曇がずっと言っていた、愛らしい兄? 白を固めたかのように清い、天使の兄? つか、年下じゃね?」
「ま、詳しい話は、小屋の中でしよう。兄さんが凍えてしまうからな」
そう言って、天誠は紫輝の肩を抱いたまま、狩猟小屋に入っていった。
紫輝は。藤王の言い分に、いろいろ言いたいことがあったのだが。
紫輝に会っただけでご機嫌さんの天誠は、聞く耳持たずだ。
もうっ。
★★★★★
狩猟小屋の中は、八畳くらいの広さの一部屋があるだけの、簡素な造りだった。
囲炉裏があるから温かいし、お茶ぐらいは飲めるが。生活をする意図では作られていない、休憩所という感じ。
ま、内緒話をするのには、もってこいだ。
囲炉裏を囲んで、紫輝と天誠、堺と藤王が並んで床板に座っている。
いよいよ本題だ。
「安曇、おまえの兄にしては、小さい…」
しかし、藤王は。まだ紫輝が気になるようで。ぽつぽつと暴言を吐く。
もう、よっぽど天誠が、兄賛辞をしたみたいだ。
天誠の評価はほとんど嘘だから、藤王が首を傾げる気もわかる…んだけどぉ。
「小さい、言うな」
「兄というには、子供…」
「子供じゃねぇし、十八歳だし」
「嘘だっ!」
藤王に断言された紫輝は、ガーンと、ハンマーで頭を殴られたようなショックを受けた。
年齢は詐称してないもんっ。
涙目で、横にいる天誠にすがる。
「うぅ…天誠っ」
「兄さんを泣かすな、不破。手、治さねぇぞ」
紫輝を慰める安曇に言われ。藤王は慌てた。
「それは困る」
堺が先ほど言ったように、普通にしていても、藤王の手は震えるようになってしまった。
早くなんとか、できるものならしたいのだ。
「治すの、兄さんだから」
そうして、安曇はドヤ顔で、紫輝を手で示す。
藤王は、疑いの眼差しで紫輝を見やった。
マジで、どこにでもいるような容姿の青年。しかし、龍鬼ではある。
紫輝の背後に立ち昇る紫の炎は、能力の可視化だ。これほどの気を発するのは、並の能力者ではない。
「紫輝、先ほど兄の手の震えが、紫輝のせいだと言っていましたが。どういうことなのですか?」
おっとりした口調で、堺に聞かれ。
紫輝は気を取り直して、説明する。
「この前、話したろ? 子供の俺が、三百年前の世界に逃げたとき。時空の穴に手を突っ込んで、引き戻したのが不破、いわゆる藤王だったのだと。彼はそのとき、俺の能力の欠片を体に取り入れて、不調になったと考えられる。その傷を見ると、そんな感じだ」
「あっ、二年前の、あの子供かっ?」
心当たりアリアリだから、藤王は息をのんだ。
そして堺もハッとして、藤王をみつめ。
そして紫輝に、視線を戻す。
「兄さんの能力とか、二年前のこととか、聞きたいことはいろいろありますが。とりあえず、兄さんの傷を、治せるのなら治していただけませんか?」
「うん。手甲、外して?」
堺に依頼され、紫輝はうなずく。
でも、天誠は。少し心配そうな顔を見せた。
「兄さん、無理するな? 能力いっぱい使うようなら、止めるから」
「いや、棘を抜くくらいなものだと思う」
手甲を外した藤王が、紫輝に手を差し出す。
紫輝は藤王の手に触れ、ひっくり返すと。手のひらの大きな傷を、改めて見やる。
「あぁ、これだ。あのときの大きな手。間違いない」
紫輝は、自宅の庭に突然現れた、大きな手に握られて、この世界に連れて来られた。まだ一年経っていないけれど。ようやく、その手の持ち主をみつけたのだ。
なんだか感慨深くなる。
「な? あの手で間違いないだろ?」
天誠が、深くうなずきながら言うと。
藤王は、眉間にしわを寄せて、いぶかしげに安曇にたずねた。
「なに言ってんだ? おまえは二年前、私と一緒にその場に居合わせただろ?」
「いろいろあるんだよ。じゃあ、紫輝。頼む」
オッケー、と紫輝は軽く請け負うと。藤王の人差し指に手を当てて。ブチリと紫のモヤを引き千切った。
その途端、藤王はだいぶすっきりとした感覚を得る。しかし。
「あぁ、これは。ライラの呪いもかかっているな」
と、紫輝がなにやら怖いことを言い出した。
そしておもむろに、後ろ手に剣を抜く。
その剣が空中でクルリと回ったと思ったら、デデーンと白い大きな獣が現われ。
藤王は、驚愕に目を見開いた。
「なっ、なっ?」
藤王は、堺に目をやる。
すると弟は、訳知り顔で『ライラさんです』と紹介した。
理解が追いつかない藤王は、ただただ紫輝に身を委ねるしかなかった。
「ライラ、この人、苦しんでいるみたいなんだ。ライラは怒っているかもしれないが、機嫌を直して、彼の呪いを解いてあげてくれないか?」
「おんちゃんは、そうしたいの? いっぱい、泣いたわぁ?」
「俺は、ライラと天誠がそばにいるから、もう大丈夫なんだ」
「そう? なら、いいわ」
ライラはそう言って、藤王をキッと睨む。
ちなみに、ライラの呪いを受けているからか、藤王には、ライラの声が聞こえていた。
「ちょっと、あんた。おんちゃんに、かんしゃしなさいよねぇ? あたしだけだったら、ずっとこのままなんだからねぇ?」
「わ、悪かった」
よくわからないが、藤王はとりあえず謝った。
そうしたら、ライラはにっこり笑って。藤王の人差し指をザラリと舐めた。
すると、薄布でギリギリ締めつけられていたような感覚が、すっかり消えて。己の龍鬼の能力も、体の中に感じられるようになってきた。
試しに手の上に炎を出してみると。メラリと赤い火が立ち昇る。
「治った」
「本当ですか? 良かったですね、兄さん?」
心から兄の再起を喜んでくれる堺が、やはり一番、心根の美しい人物のように思われ。
藤王はつい、つぶやいてしまった。
「あぁ、やっぱり。天使というのは、堺のような清らかな者にこそ、相応しい言葉だ」
うっとりと、堺をみつめる藤王に。意義を唱えたのは、もちろん天誠だった。
「は? なに言ってんだ? 敵味方関係なく傷を治してやる、器のでっかい兄さんこそが、天使だろうが? 愛らしさの極致だろうがっ」
「いやいや、おまえの目は節穴か? 容姿の美しさは、堺にかなう者はいまい? この世で一番愛らしいのは、堺だ」
「こんな身長の馬鹿でかい男を、愛らしいとか、思えるわけねぇ。この世で一番愛らしいのは、紫輝だっ」
紫輝は、半目で、男たちの攻防を見やる。
なんて、不毛な言い争いだろうか。
つか、紫輝は。己を愛らしいなどとは、毛ほども思っていないのだ。
堺が美しいのは、言うに及ばずだし。
それに対抗などできるわけもない。
こればかりは、天誠の負け戦である。
紫輝は弟が可哀想になり、堺に仲裁を求めた。
「もう、ふたりとも、なに馬鹿なこと言ってんの? なぁ、堺も止めてよ」
「…紫輝は男らしくて、たくましくて、格好いいのです」
そうしたら、堺まで、紫輝を褒め殺しし始めて。オロオロしてしまう。
もう、聞くに堪えない。
「いや、そうじゃなくてね、堺。ま、男らしいと堺に言われるのは、嬉しいけどぉ…」
愛らしいよりはマシに思えて、そう紫輝は言ったのだが。
「そして…とにかく、愛らしいのです」
ほんのりと頬を染め、なにやら照れ照れしている。
堺さん? なんで、愛らしい話に戻しちゃうの?
「ほら見ろ、おまえが愛らしいと思っている堺が、愛らしいと認める兄さんこそが、この世で一番愛らしいのだっ」
胸を張って、藤王に指を突きつける天誠。
そして悔しがる、藤王。
紫輝は呆れてものが言えない。
この、ブラコンどもめがっ。
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公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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