【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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76 右参謀、間宮紫輝になるために

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     ◆右参謀、間宮紫輝になるために

 紫輝は大和を伴って、堺の屋敷を訪れた。
「おっはようございますぅ」
 玄関で呼ばわりながら、軍靴を脱いでいると。堺の家令が現われた。
「間宮様、いらっしゃいませ。青桐様たちは今、朝食中なのですが…」
「あぁ、みんなに話があるから、丁度いいね。朝食の席に行かせてもらいます。あっ、俺らは、もう食べてきたんで、お気遣いなく。そうだ、こちらは俺の補佐の、木佐大和。俺の護衛として、屋敷に出入りすることになったから、よろしくお願いします」
 家令は『承りました』と深く頭を下げる。
 堺の屋敷の人たちは、龍鬼の己にも優しいので、好きです。

 紫輝と大和は、家令の後ろについて、居間に向かう。
 冬は寒いから、温かい囲炉裏のある部屋で、食事をしているようだ。
 家令が扉の外から一声かけ、どうぞと言われてから、ふたりは中に入った。

「おはようございます。ちょっと、お話があるので、ご飯中に失礼しますね?」
 居間の中には四人いるけど、とても静かな食事風景。
 いつもはムードメーカーの幸直がおとなしいから、誰も無駄口を叩かずに、食事しているようだ。

 上座に青桐、その右斜めに堺。左斜めに幸直と巴が並んでいる。
 紫輝は、堺の横に座り。大和は紫輝の斜め後ろで正座した。

「紹介します、木佐大和。俺の護衛として、そばにつけさせていただきます」
「右第五大隊副長補佐、木佐大和です。よろしくお願いします」
 紫輝に護衛がつく話は、青桐から通っていたようで。みんなうなずいている。
 でも、話というのは大和の紹介ではないのだ。
 ダブルデートの日にちが決定したので、その報告です。

「えっと、青桐様は、堺と俺とともに、十日から二泊三日で町の視察をします。村人の生活様式を知り、将堂の次男として勉強するためです」
「は? そんなの、急に言われても…」

 幸直は、眉間にしわを寄せて、紫輝を睨むが。紫輝は目をつぶって、へたくそなウィンクをして合図する。
 あれ? この前青桐にやったときは、うまくできたのに。今やると、両目が一緒に閉じてしまう。
 パチパチと何度かまばたきするのを。
 幸直は、眉間に深いしわを寄せる、いかにも訝しげな顔で見ていた。

 そうしたら、隣に座っていた巴が、幸直の耳に手を寄せ。こっそり、なにやら囁いている。
 どうやら、巴には。
 紫輝たちの外出が、例の、終戦に向けてのなにやらだというのが伝わったようだ。

「そうか、わかった。留守の間は、俺らでなんとかする」
 そう言った幸直は、ニコリと笑った。

 紫輝は、ちょっと心配しているのだ。
 幸直と巴が喧嘩、というか。脅すような物騒なことになっているから。

 先ほど巴は、自然な感じで、幸直に忠告していたけど。
 幸直の笑みは、なにやら胡散臭くも感じるしな。
 自分たちの留守中に、このふたりがこじれにこじれてしまわないか、という胸騒ぎに襲われる。

 すると巴が、朝食の箸を置いて、紫輝に言った。
「紫輝、今日の午前中は、僕が青桐様に戦術についての講義をする。戦術論に関しては、紫輝も、あまり詳しくないだろうから、一緒に勉強すると良いと思うのだが」
「はい。よろしくお願いします」

 それは紫輝には、ありがたい申し出だった。
 幹部入りして、参謀になったけれど。それは金蓮が、紫輝の口封じをするための措置であって。

 紫輝の活躍や才覚による人事ではない。

 つまり、紫輝は戦術なんか全く、これっぽっちも齧っていないし。ほぼチンプンカンプンという状態だ。
 そう思うと、金蓮、よくも無茶な人事を押しつけてくれたものだな、と。
 逆に嫌がらせなのかもしれない、と。
 疑心を持ってしまうほどだ。

「では、参りましょう」
 みんなが朝食を終えたのを見計らって、堺が声をかけ。みんなが席を立つ。
 青桐が部屋を出て、その後ろに堺が。幸直、巴、と続いていく。

 ちゃんと、部屋を出るのにも、順番があるんだよな。
 以前の世界で、学生だった紫輝は。そういうことも、あまり考えないで生活していたから。いまだに戸惑うこともある。
 この世界の、階級社会の常識やルールは、半年以上経験して、だいぶ身についた気でいるが。
 ふとしたときに、友達感覚でルールを無視しちゃったりするから、気をつけないとな。

 それはともかく。
 紫輝は、最後尾の巴の手を握り、廊下の真ん中で引き留めた。

「巴、三日も留守にするけど、大丈夫か? その…幸直のこと?」
 こっそり聞くと。巴もこっそり返してくる。

「大丈夫だ、仲直りした」
 これこれこういうことがあって…などと、巴は余計なことはしゃべらない。
 でも、ちゃんと仲直りできているのか。
 心配な言葉数だ。少なすぎです。もう少し情報をください。

 そうしたら、巴がついてきていないと気づいたらしい幸直が。巴の背後から、体を引き寄せた。
 今まで、ふたりは友達の距離感だった。紫輝には、そう見えた。
 でも、今は。
 巴の背後にいる幸直が、彼の腹に手を回し、ぴったりとくっついている。
 その触り方が、もう、親密な感じ。
 指先が、腹の上をねっとり這うような。いやらしいっ!

「あぁ、はいはい。わかりました。仲直りしたようで、良かったな? 幸直」
 わかりやすい、独占欲です。情報過多なくらい、わからされました。
 なんとなく、ダークな匂いがしないでもないが。
 でも、こんなにあからさまな『俺のもの主張』するようなら。無体なことはしないだろう。

 それにしても、幸直はチャラさが薄まったかな?
 誰も彼も友達になるぅ、的な人懐こい感じが、なくなったような。
 以前は紫輝にも、ウザ絡みしてきたが。
 今は、巴に一点集中という感じか?

「紫輝。巴は、あの毒舌な側近さえも舌を巻く賢さがあるから、戦術の講義は勉強になるぞ。名ばかりの参謀と言われたくなかったら、死ぬ気で頑張れよ」
 幸直は紫輝に言ったのだが、それに巴が返した。
奇抜きばつさが売りの幸直に言われてもな」
「いいの、俺とおまえ、奇抜と定石じょうせきして二で割ると、丁度いいんだから」

 そして幸直は。巴の頭をポンポンして『先に行ってる』と囁いて、その場を離れていった。
 なぁにぃ? あまーい。

「幸直は元々、脅しやズルは縁遠い、真っすぐな男だから。ちょっと道を間違えただけだよ」
 何事もなかったように、巴は紫輝をうながし、ある部屋に入っていく。
 普通の部屋なのだが、そこに大きな黒板が運び込まれていて、なんとなくアットホームな塾っぽい感じだ。
 部屋には、すでに青桐がいる。

「青桐様、今日は紫輝がいるので、基本に立ち返ってみましょう」
 そのあと三時間ほど。みっちり授業した。
 この世界に来てからは、ずっと体育会系だったから。久しぶりに脳みそ使った感じだ。

「紫輝は次回までに、こちらの教則本を読んできてくれ」
 そうして、巴はひもで閉じてある本を貸してくれた。
 はっきり言って、授業はよくわからなかったというか。
 あんまり、うまくのみ込めないというか。理解できなかったというか。なのだが。

「終戦に向かってるのに、いくさの勉強するのって、変な感じだな」
 つい、つぶやいてしまった。
 ハッとして、巴にすぐ謝る。

「ごめん、聞きたくない話だったよね。あと、一生懸命教えてくれる人に、失礼だった」
「いいや、構わない。しかし、水を差すようだが。当たり前なのだが、終戦していないうちは、終戦ではないし。その道のりが、どれだけ時間を費やすのかもわからないし。この先、紫輝が戦場に出ないとは言い切れないだろう?」

「そのとおりです」
 右軍は、四月には前線基地に出陣予定なのだ。四ヶ月もない。
 その間に終戦できるとは、紫輝も思っていなかった。

「紫輝は一兵士として、戦場に出て、現場の空気感を知っている。それは、強みだよ。名家の者は、いきなり幹部になる者も多いのでね。悪口ではないが。敵がわんさか押し寄せているのに、こちらに動け、なんて言われても無理ぃ。という状況って、あるだろ? そういうの。上官に教えてあげて」
 ぽつぽつと、巴は言葉をつむぐ。
 こんな、戦術のセの字も知らない自分にも、やれることがあると、教えてくれているのだろうか?

「叩き上げだから、わかるってやつ?」
「そう。あと、戦術論は、戦の勉強だけど。対人にも応用できる。たとえば、目の前に怒っている人がいる。紫輝はどう対応するのか? 正面からガチンコで殴り合う? 一度、逃げて、ほとぼりを冷ます? 怒ってる事案とは別の話題を投げて、相手の意識を反らす? 戦術論は、敵がこう布陣を敷いたら、どこに兵を置くか、そういう話が多いが。いわゆる、相手とどう対峙するか、その方策が提示されている。だから、無駄な勉強なんてないんだ」
「わぁ、勉強になります」

「その本、基本が書かれていて、いいものだが。紫輝は高槻先生の部下だから、彼に習うのもいいよ。彼は側近と並ぶ、すごい戦略家なんだ。幸直も、彼に基本を教わったようだよ」
「そうなの? じゃあ、聞いてみる」

 廣伊はこの前、天誠と赤穂と月光が一緒になった席で、最低限しか喋らなかったし。基本無口だから、戦略家というイメージはない。
 己と同じ『現場しか知らない仲間』だと思ったのにぃ。
 あと、戦略家ナンバーワンは、やっぱり月光なんだな、と紫輝は思う。ピンクのパパからも、教えてもらおう。

「四月までに、紫輝も参謀として働けるようになってもらう。しばらくは青桐様とともに、僕の講義を受けてもらうよ」
「はい。よろしくお願いします」

 紫輝は、今度は素直に、巴に頭を下げた。
「つか、なんでも知ってるようなおまえも、俺と似たり寄ったりだったな?」
 黙って、紫輝と巴のやり取りを聞いていた青桐が、ニヤリと笑って、言った。

「なんでも知ってるわけ、ないじゃん? 俺、十八歳だぞ。周りのみんなに助けられてるだけだよ」
 そうだ、周りが凄すぎるだけ。
 ハイパースパダリの天誠とか、将堂の宝玉の月光とか。鬼剣豪の赤穂とか、不言実行気配り上司の廣伊とか、青いつむじ風の千夜とか。己の心を支えてくれた、堺とか。

 彼らがいなかったら、己など、いまだに第五大隊二十四組九班のペーペーに違いない。
 いや、もしかしたら生きていない可能性もあるね、うん。

「なら、自力をつけるいい機会だと思って。頑張って」
 巴の頑張ってには、熱量がないが。常時フラットな感じが巴なんだね。少し理解してきたよ。

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