【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 右次将軍、美濃幸直 1

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     ◆番外 右次将軍、美濃幸直

 マジ泣きした顔を、誰にも見られないうちに、堺の屋敷を出て。指令本部に着くまで、馬で遠回りしつつ、気持ちを立て直した幸直は。巴よりも先に執務室に入って、書類仕事を始めていた。
 一日休んだから、雨のあの日より、書類の束が二倍に増えている。
 でも、今日はなにも考えたくないから。仕事に集中できて、いいと思い。
 束をひっくり返して、古い案件から片付けていく。
 たんたんと。

 間もなく、巴が執務室に入ってきて。なにも言わずに、書類の束をひと掴み持って、彼の机に座った。
「体、大丈夫か?」
「あぁ。問題ない」

 いつものように、巴は無駄口を叩かず、事実を述べる。
 そうは言っても、乱暴に抱いてしまって、黒い羽が寝台に散っていた。
 自分でやったこととはいえ、可哀想で。
 昨夜のことを思い浮かべると、目頭が熱くなる。

 どこで、間違ってしまったのだろうか。幸直は手を止めることなく。記憶の中をさ迷った。

     ★★★★★

 幸直の初恋は、堺である。
 というか、白髪のおかっぱで、清楚で、可愛らしくはにかんで笑う、五歳の頃の堺である。

 当時四歳の幸直と、同じくらいの身長だったが。幸直は堺のことを、女の子より小さくて、華奢で、美人で、可愛いと思い。
 父親に、堺と結婚すると宣言したら。頭にげんこつをもらった。
 なんでだっ!

 そのときは、わからなかったが。
 あとで、龍鬼とか、性別とか、美濃家のこととか、いろいろ知って、驚愕した。

 龍鬼や性別は、四歳の脳みそでは理解できないものだった。
 一緒に遊んで、楽しくて、美人なら、最高。結婚して、となるから。

 しかし、すでにクマタカ血脈の婚約者がいると、父に言われたときは。
 脳天に、雷が落ちたような衝撃だった。
 美濃家の男子は、クマタカの女と結婚すると決まっているなんて。聞いてないよぉ。

 だが、初っ端がそれだったものだから。幸直には同性だからどう、龍鬼だからどう、という禁忌の意識は生まれなかった。
 その後、木から落ちた幸直を、堺が龍鬼の力で助けてくれたこともあり。
 むしろ、龍鬼ってすごくね? という尊敬の念が生まれたほどだったのだ。

 でも。そのことで、堺は、堺の父親から厳しく叱責され。幸直の目の前で、土下座をさせられて謝っていた。

 自分の好きな子が、自分を助けたのに、怒られている。
 幸直は、堺をかばいたかったけれど。堺の父親が、ものすごい剣幕だったものだから。足がすくんで、ただただ泣くしかなかった。
 父親に言って、やめさせたかったが。
 時雨家には時雨家の流儀があるから、なんて言われ。
 結局、幸直は、堺を助けることはできなかったのである。

 この出来事は、幸直の心に、長い年月、深い傷となって残った。

 幸直は、あの父から堺を守ってあげたかった。
 今度こそ、泣いたりせずに。毅然と堺の前に立つのだ。
 でも、その一件があってから、父親は、堺の家に遊びに連れて行ってくれなくなり。
 そのうち、疎遠になり。
 堺は七歳で初陣を迎えたと聞いた。

 幸直は、あのおかっぱの可愛い子を守れなかったのだ。

 せめて、准将である父親に。
 あんな優しい子が七歳で初陣だなんて、死んでしまう。どうか、目をかけてくださいっ。と涙ながらにお願いするしかなかった。

 あの子は、とても優しい子。
 植物が大好きで、庭に咲いている花を、うっとりみつめる。
 薄青の瞳で、幸直に綺麗だね? と問いかける、その笑顔がたまらなく可愛かった。

 幸直は、活発な子だったから、庭で駆け回ったり、それこそ木に登ったりもしたのだが。
 堺も男の子だったから、幸直について回って。いっぱい笑って、楽しく遊んだ。

 その思い出が、理想の恋人像。というのが。幸直の悲劇であったのかもしれない。

 守ってあげたくなるような、いじらしくて可愛らしい子を、幸直は恋人にしたいと思ったのだ。
 けれど、堺(五歳)のような、健気で美人で笑顔が可愛い、己と一緒になって遊んでくれるような女の子など、いないのである。

 十を過ぎれば、性の兆しも見え始め、閨の教育などもされる。
 特に、美濃家のクマタカ血脈は、一族をあげて、血族を残すことを使命としており。幸直も、その必要性をこんこんと教え込まれた。
 血脈を絶やすことなく、強いクマタカ遺伝子を残すことが、美濃家後継者の義務なのだと。

 その話を聞いたとき、幸直は、堺とは結婚できないのだと知った。
 男性だからでも、龍鬼だからでもない。
 幸直は、クマタカ血脈の者と結婚することが、生まれたときから決まっていたのだから。
 いくら幸直が堺を好きでも。あの子を守りたいと思っても。
 もう婚約者がいるのだ。許されない恋だった。

 ここで幸直は、堺に完全に失恋した。
 ふられた、のではないから、納得しにくかったのかもしれない。
 こちらが勝手に恋をして、こちらの勝手で失恋したのだから。
 幸直の胸には、ずっともやもやしたものが残ったままだった。

 それでも、婚約者として名があがっている従兄弟の女性は、顔も見たことがないが、お姫様のように大事に大事に育てられてきたと聞いていたので。
 堺のような、清楚で可愛らしく、花を見て微笑むような子なのだろうと。期待を膨らませてしまう。
 いつかその子と、恋をする。そんな夢を見た。

 二二九四年。
 十五になる年、幸直は初陣した。
 名家の子息は、幹部から始めることが多いが。その当時、幹部の椅子は埋まっていて。幸直は、第八大隊長に任じられた。
 幸直の父親は、そのとき准将の位にいて。息子を補佐として、そばに置くこともできたのだが。

 美濃家は血の気の多い家系で。

「この程度の試練を越えられずに、美濃の男と言えるかっ」
 というような、苛烈な父親だったため。甘えた人事は許されなかった。

 いや、幸直的には、叩き上げでも、全然、良かった。
 堺も、一兵士から始めたと聞いている。
 つか、美濃のコネとかいらねぇし。と思うほどには。幸直も血の気の多い、美濃の男なのだった。

 第八大隊長になった幸直は、一番に、堺に会いに行った。
 堺は、その前の年に、両親を殺され。兄も失踪して。時雨家の当主になっている。
 あの父が、もう堺を叱らないと思うと、良かったと感じるが。
 堺にとっては家族なので。亡くなったというのは、なんとなく複雑な気持ち。
 そんな思いを抱えつつ、幸直は堺と対面したのだ。

「堺、久しぶりだな。俺のこと覚えているか?」
 気さくに声をかけるが、幸直は、すっごく驚いていた。
 目の前の堺は、己より、頭半分身長が高く。戦場で鍛えられたのか、大ぶりの剣を持ち。己よりも、しっかりとした体つきをしていた。
 白い髪は、腰の下まで伸び。くっきりした目の形はそのままながら。薄青の瞳は、なにも映していないかのように、表情がなかった。

「お久しぶりです、美濃幸直さま」
 覚えてはいるようだが、なんとなく突き放されたような感じがした。
 そういうの、わかる。
 幸直は、感情の機微に敏感で、嫌がっているとか媚びているとか蔑んでいるとか。そういう負の感情は、特に、よく感じてしまう性質だった。

 今の堺は、壁があるというか。拒絶、だ。

「様なんて、つけるなよ。俺の方が地位は下だし。前みたいに、幸直って呼んでくれ?」
 大隊長になったばかりで、やることもまだ多く。今回は挨拶だけで、すぐに分かれてしまったが。
 時雨家の事件は。とても大きなものだったから。
 きっと堺は、まだ気落ちしているのだろうと。そのときは思ったのだ。

 しかし軍に入って、しばらくすると。堺が『血塗られた白き魔物』だなどと呼ばれているのを聞いてしまい。耳を疑った。
 あの、動植物を愛した、可憐な子が。
 入軍して、心を閉ざしてしまったのだと思った。
 ただ、目の前のものを斬るだけの魔物に、作り替えられてしまった。

 だからって、堺を嫌いになったり幻滅したりしたわけじゃない。
 むしろ、悲しかった。

 だけど、堺は。いつまでも、俺の初恋の人だよ。
 家の都合で、結婚などはできないけれど。今度は本当の友達になりたい。
 また、あのときのような笑顔を、堺に戻してやりたい。
 そんなふうに、幸直は思ったのだが。

 龍鬼の傷は、幸直には…癒すことはできなかった。

     ★★★★★

 第八大隊長になった幸直であるが、戦場のいろはを知らないので。
 将堂家次男である赤穂は、幸直に先生をつけた。
 第五大隊長である、高槻廣伊だ。

 龍鬼である廣伊を、指南役としてつけたのは。いずれ幹部入りして、赤穂の部下となる幸直に、戦術の指南や部下の采配など、基本を教えるためだ。
 さらに。廣伊を用いた一番理由は、効果的な龍鬼の使い方を教えるためだった。
 将堂軍には、堺と廣伊という、ふたりの龍鬼がいて。強力な力を持つ彼らを、どのように使うかで、戦況を有利にすることができる。

「先生、俺は先生を、効果的使うとか、できないんだけど」
 幸直は、強い者が好きだ。
 赤穂は年下であるが、剣術はけた違いに強く。すでに、将堂の飢えた狼などと言われ、敵兵に恐れられているほどで、一目置いているし。
 廣伊は、剣の手合わせで勝てたことはないので、尊敬の対象だ。
 さらに、戦術論も見事。
 若さで先走り、自分が戦場に出て戦うのが早い、などと思っている幸直をいさめ。人を使って勝つ術を教えてくれる。
 廣伊は、冷静に大局を見極めることのできる、優れた戦術家であった。

 だから、その廣伊を戦場で戦わせることに躊躇ためらいがあるし。初恋の相手である堺はもちろん、単純に戦場に出したくない。

「一応、指導者なので、敬語を使え」
 真顔のまま、ビシッと、すねに足蹴りが飛んでくる。
 いってぇなっ。

「…できないんですけど」
「できない、ではなく。しなければならない」
 廣伊は言葉少なく、ただ言い切る。
 そして、こういう状況になったら、どこへ龍鬼を配置するのか。その戦術指導を、延々とやらされた。
 それも、きついが。なんといっても、廣伊の礼儀作法の躾が、一番きつかった。

 つか、納得できません。

      ★★★★★

 時雨家の事件に続き、瀬来家の謀反という大事が起きた。
 時雨も瀬来も、現当主(堺と月光)に落ち度はないものの、以後は廃嫡はいちゃくという重い処分が下された。
 事実上、お家取り潰しということだ。

 名家の不祥事に伴い、残る、美濃家と麟義家の動向に注目が集まっていた。
 将堂軍は、すでに金蓮が率いていて、旧体制から新体制へ、という機運が高まっていたのだ。

 麟義はいち早く、家督を息子の瀬間に譲り、将軍職を返上した。
 幸直の父は、准将であるが。まだ三十代半ばと若く。引退するには惜しい逸材だった。
 しかし、すぐ下に、将堂家次男の赤穂がいる。
 右軍の総指揮を、赤穂に譲るのが相応しいという、周囲の空気感に、美濃は折れ。
 十六歳の幸直に家督を譲り、軍の引退を決めた。

 家督を継承するにあたり、幸直は結婚することになった。
 あの、いまだ顔を合わせていない、従兄弟の姫様だ。

 彼女が家に入るというとき、幸直は庭に出て、綺麗に咲いていたアヤメを自ら切り取り、花束を作った。
 側仕えをいっぱい引き連れて、玄関に現れた彼女に、アヤメを差し出すと。
 彼女は受け取らず。それを側仕えに持たせた。

「花なんて、手が汚れるわ」
 ふわりとした薄茶の髪に、切れ長の瞳。美人ではあるが。贈り物をする幸直に、にこりともしないで、花束も受け取らない、その態度に。

 幸直はがっかりしたのだ。

「お嬢様はお疲れですので。部屋に案内してください」
 側仕えの言葉に、美濃家の使用人が応じ。彼女たちは屋敷の中へ入っていった。

 幸直は、それはそれは夢を見ていたのだ。

 差し出した花束を見て、笑ってくれたら。庭を案内してやろう。
 美濃家の庭は、季節によって咲く花が違うんだよ? 花の盛りは過ぎてしまったが、見事な藤棚ふじだながある。秋には金木犀きんもくせいが香り、紅葉もみじも色づく。
 手をつないで、庭を歩いて。彼女と少しずつ距離を縮めていくのだ…なんて。

 そんな期待は、ガラガラと音をたてて崩れた。

 守りたくなるような、可愛い女の子と恋をする。その夢も。彼女と結婚することになり、泡のように消えた。
 恋も愛も、人一倍夢見てきたからこそ。
 恋も愛もないと知り。
 幸直は、人一倍絶望したのだった。

 紫輝に『恋や愛なんて、おとぎ話だろ。紫輝はそんなの信じちゃってんのか?』と言った幸直は。
 本当は誰よりも、恋愛に憧れを持っていた男だったのだ。

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