【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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75 やらかしやがったっ

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     ◆やらかしやがったっ

 一夜明けて、紫輝は幸直に会いに来た。昨日の件で、話をするために。
 どこまで話すか、夜に、月光と話し合って。紫輝の裁量に任せるということになったのだが…。
 幸直がどこまで知りたがるのか、わからないけれど。
 とりあえず、赤穂が生きていることは話していいと、言われている。
 それで満足するなら、そこで話を止めろ、ということだ。

 責任重大で、緊張するなぁ。

 ま、自分の失態だから、仕方がない。
 ここを切り抜けるくらいの才覚がなきゃ、天誠の隣に並び立てないからな。頑張ります。

 あと、巴のことを、幸直に見てもらおうと思っていた。
 監視までは、いかないで。彼の生活を脅かさない範囲で。
 彼が本当に、計画に横槍を入れないか。それだけを見てもらいたかったのだ。

 しかし、意外なことになった。

 堺に、幸直の部屋を教えてもらって、ノックすると。
 室内でなにやらバタバタ音がして、ガラリと戸が開いた。

「巴っ」
 開口一番、幸直が巴の名を呼んだ。
 なんか、慌てて、引き戸を開けたみたい。紫輝を巴だと思って。
 幸直は、紫輝の顔を見て、あからさまにがっかりした顔をした。
 失礼だな。

「昨日の話の続きをしようと思って。入っていいか?」
 幸直は、なにやら重いため息をついて。一応、入室は許してくれた。
 でも、気だるそうに寝台に腰かけ。頭を手で覆ってしまう。
 すっごく落ち込んでいる様子。
 幸直の後ろに、ドーンという描き文字が見えるようだった。

 昨日の勢いで、どういうことだ、全部教えろと、食いついてくるのかと思っていたから。
 紫輝は、幸直の様子に拍子抜けしてしまった。

「あの、なんかあった?」
「なんかあった? じゃねぇよ。なんで巴のこと、暴露すんだよ。このあと、いったいどうすりゃいいんだよっ」
 もしかして、あのあと喧嘩とかしちゃったのかな?
 ニコイチ的な仲の良さだったからな、幸直と巴は。

「巴と喧嘩したのか? でも、巴は基成だけど、今は巴なんだから。今までと、なにも変わらないじゃないか?」
「そうさ、変わらない。でも、巴はダメだって。基成と美濃は相容れないって。俺、カッとして…巴のこと、無理矢理…」
 顔を覆ったまま話す幸直の言葉に、紫輝は顔を青くした。
 無理矢理? なに?

「なに? 巴に、なにした?」
「巴を、犯したんだ」

 ギャッと、髪が逆立ったような気がした。

 紫輝は幸直の元に行き、胸倉をガッと掴む。
 殴ってやろうと思ったのだ。
 そうしたら、幸直がべそべそ泣いているから。上げた拳を止めた。

「雨の日に、巴と抱き合ったんだ。愛し合ったと、思った。俺のこと、いつも大事にしてくれて。俺の気持ちを誰よりわかってくれる。ずっと、好きで。ようやく、手に入れた。なのに、巴が基成だから。俺が美濃だから。ダメだって。それが、なんだっていうんだっ、美濃とか、関係ない。俺が巴を欲しているんだ」

 え、なに? 紫輝にはよくわからなくて。
 上げた拳を、さ迷わせた。

「俺、よくわからないんだが。なんで基成と美濃は駄目なの?」
「美濃家は、将堂の親戚筋だ。手裏家とは、何代にもわたって、戦ってきた。家同士が、仇敵…だとか」

 ええぇぇ? それって、リアルロミジュリなのでは?
 ロマンティックすぎて、紫輝は拳を振り回した。

「けど、美濃とか、関係ねぇし。誰も彼もが、俺を美濃だ、美濃だからって、うるさいっ。今までそんなこと言わなかった巴まで、俺を美濃だと言いやがって。俺は、俺だ。巴を離したくない。巴はもう、俺のものだ。なにがあっても離さないと言った。だから、俺のものを抱いたんだっ」

「えっと、前の日に抱き合って恋人になって、次の日に喧嘩した、で合ってる?」
 幸直は男前の顔を情けなく歪ませて、こくりとうなずく。
 痴話喧嘩じゃねぇかよっ。
 紫輝は拳を下ろした。

「同意、大切。これ、基本だから。恋人同士でも、嫌がる相手としたらダメだぞ」
「嫌がってない。でも、脅した」
「はぁ?」
 再び怒りが込み上げて、もう一度、拳も振り上げる。

「美濃の俺から、基成を離そうとしているのがわかった。そうはさせねぇよ。だから、俺が上に突き出してやるって…命が惜しかったら、俺のものになれって。そばから離れるなって。…脅した」
 なんだそりゃ? 脅し、ではあるだろうが。
 なんだか『俺を捨てないでぇ』と全力ですがっているようにも思える。
 いや、でも。巴にとっては、基成であるということを盾に脅されるのは、ストレスだろうな。

「もう、なにやってんの? 幸直。謝るしかないよ。土下座案件だよ。俺は、巴に幸せになってもらいたいんだよ。なのに、幸せにするべき幸直が、不幸に突っ走るとか、なんなのっ? 殺すよ、マジでっ!」

 拳はおさめたが、胸倉ギリギリ締めあげて、言ってやった。
 そうしたら幸直は、泣きながら、紫輝の手にすがってきた。

「俺だって、謝りたいよ。でも、ごめんのあとで、嫌いって言われたら、どうすんだっ? 嫌だよ。俺は巴を離さねぇ」
 幸直は紫輝の腕をベリッと引っぺがすと、立ち上がり。紫輝を苛烈に睨んだ。

「紫輝の話は、もう聞かねぇ。もう知らねぇ。紫輝は、なんでもやればいい。俺も巴も関わらねぇからっ」
 そう言って、足音荒く部屋を出て行ってしまった。
 はぁ?
「子供かっ!」
 紫輝の叫びは、幸直に届いたか、届かなかったか。

 あぁ、しかしヤベェ。まさかの幸直が…やらかしやがった。

 以前、紫輝は。愛も恋も信じていない、そんなものないと言っていた幸直に、そういう人に限って大恋愛しちゃったりするんだよねぇ…なんてからかったのだが。
 チャラくて、そつがないのは。自分の素を見せていないからだと思って。そういう人に限って、本命の前では馬鹿みたいなことしちゃうもんさ…なんてからかったりもして。

 しかし、本当に、ロミオとジュリエット並の大恋愛しちゃったり。愛をこじらせて脅すとか、馬鹿しちゃったりするなんて。
 それで、終戦もなにも、どうでもいいとか…考えらんないっ!

 終戦すれば、手裏も将堂も美濃も、家同士の確執は、いったんチャラになって、お互いが良ければ、付き合うことだって可能なんじゃないかと思うのだが。
 そういうところまで、思考が至らないってことだろう?
 幸直め…考えらんないっ!!

 恋愛脳で馬鹿になったのかっ。もうっ。

     ★★★★★

 紫輝は、恐る恐る、巴の部屋をノックした。
 抱き潰されて、寝込んでいたら、どうしようかと思って。

 そうしたら、案外、柔らかい声音で『どうぞ』とうながされる。
 そっと顔をのぞかせると。巴は軍服を着込んで、しっかりと立っていた。
 顔に、あざや傷もないし。腰を気にする様子もないし。
 幸直は、犯したなんて言って、泣いていたが。
 想像したような、ひどい惨状ではなかったようで、ほっとする。

「なにか話が? これから指令本部へ行くので。幸直を待たせたくないんだが」
「幸直なら、もう屋敷を出て行ったけど」
 泣きながら、とは言わないでおいた。

 紫輝が言うと、巴は少しだけ眉を下げた。
 ん? 悲しそう?

 巴は、あまり表情は豊かではないが。廣伊や堺の能面顔に比べれば、全然、動く方だと思う。
 微笑むし。幸直に絡まれて、迷惑そうな顔をするとか。道場での真剣な顔とか。バリエーションはある。

 ただ、一重の目元は、ほぼ動かないので。目が物を言う、の逆パターンというか。
 目から情報を得られない感じなのだ。
 驚いても、悲しくても、面白くても、同じ目の形、目の色。わかりにくい。

「あの、ちょっと話していいか?」
 幸直が待っていないと知ると、巴は入室を許可してくれた。
 特に、椅子のようなものは見当たらないので、紫輝は床に正座する。すると対面に巴も座ってくれた。
 …というか。
 寝台の他に、荷物があるのだが、部屋の隅にひとまとめになっていて。

 もしかして、幸直に乱暴されて、将堂から逃げようとしているのかと思って、焦った。

「と、巴? なんか荷物が片付いているけど。足抜けとか考えていないよね? 幸直がなんかしたみたいだけど。もうちょっと、我慢してくれたら、終戦して巴が望む未来が来るから…」
「足抜けなんかしないよ。将堂からも手裏からも追討されたら、逃げる場所なんかないからな。荷物は…青桐邸に行くときに、またまとめるのが面倒だから、そのままにしているだけだ」
 巴の言葉に、安堵した。
 幸直に強要されたのなら、顔を合わせたくないと思っても、仕方ないけど。
 足抜けしたら、後々大変だからな。
 幸せな生活を望んでも、それは叶わなくなるかもしれない。

「あ、わかっているんだね? 良かった。でも、もう手裏の追討はないみたいだよ? あ、だからって、抜けると罪人扱いだから、やめといた方がいいと思うけど」
「…幸直がなんかしたって、彼からなにか聞いたのか?」
 いきなり本題を突きつけられて、紫輝はのけぞる。
 オブラートにくるんで、さりげなく聞くつもりだったのに。
 もう、仕方ない。単刀直入に行こう。

「その、巴に無理矢理したって…泣いてた」
「はは、大袈裟だな」
 軽く笑うから、巴は信じていないみたいだけど。
 嘘じゃないよ。ベソベソだったよ。
 ま、あんな男前が泣くとか、ちょっと考えられないもんな。
 己も、見たときはドン引きだったよ。

「あのさ、幸直の言葉に、従うことないよ。俺がしっかり注意するし。幸直に、巴の人生を壊す権利ないんだから」
「それはそのまま、君に返る言葉だ。僕たちのことに、君が口を出す権利はない」
 きっぱりと言われ、紫輝は驚いてしまった。
 でも、幸直は巴を脅したと言った。
 無理矢理、とも。
 そのままで良いことなんか、ないと思うのに。

「きついこと、言ってしまったかな? でも、大丈夫だから。君が僕の生活を守ってくれる気があるのなら、どうか、目をつぶっていてくれ」
「でも、幸直に。命が惜しかったらって…無理に言うこと聞かされてんじゃないのか?」
「命は惜しい。でも、君に泣きつくようなヘタレが、要求することなど、たかが知れている。大丈夫、無体なことはされてない。許容範囲内だ」

 幸直のこと、ヘタレって言った。意外と毒舌なんだな。
 巴は、可愛い系の和風美人なのだが。
 可愛いギャル系毒舌王がそばにいるから、紫輝には耐性はある。

「本当に? 体の…関係も?」
「ずいぶん私的なことまで言ってくれたものだな。あぁ、僕は承諾しているから。強姦とかではないよ」
「承諾って…脅されて仕方なく、だろ?」
「いいや、幸直に従うと、承諾した。僕と幸直の仲は、合意だ」

 納得ずくで、従うと了承したって?
 巴は相変わらず、ひょうひょうとした顔つきで。苦しんでいるのかも、喜んでいるのかも、わからないし。言葉もぽつぽつで。
 彼の気持ちが、よくわからない。
 紫輝は混乱した。

「紫輝。僕の望みは、絵を描いて暮らすこと。それと、幸直のそばにいることだ。それだけだから。心配ないから。頼むよ」
 放っておいてくれ、ということだ。
 巴がそこまで言うのなら。そう思って。
 紫輝は、心配ながらも、うなずいた。

「でもでも。なにかあったら、相談してくれよ、絶対。俺は巴の味方だから」
「紫輝。僕の味方なら。幸直の味方にもなってあげてくれ」
 そう言うと、巴はにっこり笑った。

 幸直は、巴を脅したとか、犯したとか、強い言葉を使ったけれど。
 巴は、それほど危機感を抱いていないみたい。
 というか、幸直を心配している。
 幸直のこと、好きなのかな?
 乱暴に抱かれてもいいと思うくらいには、好きなんだろうな、うん。

 気にはなるけど。紫輝はノータッチに決めた。
 あんまりひどかったら、口を出すかもしれないけど。

 巴を見る感じ、犬も食わない系? かなと思って。

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