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73 紫輝の波紋 青桐side
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◆紫輝の波紋 青桐side
帰り際の紫輝を捕まえて、忠告をした青桐は。紫輝の呆然自失といった表情を目の当たりにし、後悔していた。
彼は、己よりも自分の意志をしっかりと持っていて、賢いし、明るいし。なんでも乗り越えていける男のように思っていたのだ。
だから、紫輝がまだ十八歳だということを失念していた。
寿命の話なんて、するべきではなかったかも。
寿命なんか、知りたくないと思う者が大半だろうし。誰だって取り乱す事柄だ。
でも、なんの準備もなく、明日死ぬと言われるよりは。
なにもかもを出し尽くして、死ぬ方が。いいんじゃないか。紫輝は、その類じゃないかと、思って。
実際、言わない方が良かったかと聞いたら、紫輝は『知っている方がいいに決まってる。時間を無駄に使えないじゃん?』と言ってはくれた。
そのときは、ホッとしたが。
屋敷を出る前に『早く俺たち、結婚できるようにしなきゃ。ほら、青桐もイチャイチャラブラブしてきて』なんてお茶目に言っていた。それが、虚勢なのは…。明らかだった。
話をしていた茶室に戻ると。心配そうな顔で、堺が見上げてくる。
「紫輝に、あのことを告げたのですか? 大丈夫でしたか?」
口をへの字にしたまま、青桐は小さくため息をつき。
この頃、邪魔だと感じる長い前髪を、かき上げた。
「言った。やはり、平常とはいかなかった。呆然としているようだったな。できれば、自分で調べて、そこにたどりつく方が、傷は浅いのだろうが。紫輝には、文献を調べるような時間も、環境も、なさそうだし。知って良かったというようなことも、言ってはいたが」
青桐は、堺の隣に腰かけて、肩を抱いた。
紫輝を案じる一方で、堺も、そのことを気にしているようだから。
「そうですか。ここで生まれれば、龍鬼が短命だということは、常識的なところがあり。私も、子供の頃から、そういう者だと思って生きてきましたから。普段はあまり、気にならないのですが。紫輝は、この世界で育ったのではない。彼こそ、人間と同じものだと思っている、龍鬼なのです。人と同じように、生きられると…」
「そう思うのは、悪くないことだ。本来、龍鬼は。人と同じものだと、俺は思う。別の生き物だと、堺のように卑下することはない」
からかうように。青桐は、堺の鼻の頭を、指先でチョンとつついた。
「ただ、紫輝は。精力的に動いていて、時間に追われているし。大事な人もいるようだから。人生の優先順位を、彼自身が決める。そうするべきだと、少し助言しただけだ」
白く輝く堺の髪を撫でて、青桐は愛する人をみつめる。
堺だとて、残された時間は、紫輝よりも少ない。
青桐は、堺の将来を、色鮮やかに彩ってやりたかった。
「堺も、もう、自分が望むものに手を伸ばしていい。今まで、つらい思いばかりしてきたのだから。好きなことをして、好きなものを食べて、もう心のままに振舞っていいんだ。軍の中にいるうちは、自由にというわけにはいかないだろうが。俺が隣にいるときは、なるべく望みを叶えてやるから」
「私は、もう。望む者に手を伸ばしていますよ」
そう言って、堺は青桐の頬に手を当てた。
柔らかい色の眼差しが、それは本当のことだと語っている。
胸が熱くなって、青桐は堺にくちづけた。
いつだって、いつまでも、堺に触れていたいと思う。
青桐は、初めての恋だったが。
心を掴まれるという、初の体感を、じっくり味わっていた。
ひどく息苦しいが、嬉しくて。逃げたいが、離せない。
「でも、私はどうあっても、貴方より先に死ぬでしょう。それで。貴方が、紫輝の言うように苦しむのだとしたら。まだ…間に合うと思うのです」
この目の前の愛おしい人がいなくなる、それを想像すれば、すぐにも恐慌におちいりそうだ。だから、考えないようにはしている。
けれど、その痛みを恐れて、愛する人の手を離す。そんな選択肢は、青桐の中にはない。
「いいや。もう遅いよ。間に合うというのは、傷が浅くて済むとか、そういうことだろう?」
やんわりと、堺がうなずく。そのたおやかな、たたずまいが。いつも青桐を魅了するのだ。
「堺は、俺をあなどっている。記憶は失っていなかったんだ。だから、龍鬼に恋をした時点で、堺が短命だということはわかっていた。それでも、手を伸ばさずにいられなかった。たかがそれだけのことで、堺を手放すことなどできないよ。だから…出会った瞬間に。もう手遅れだったんだ」
白皙の顔に、ほんのりと朱が乗る。
己に恋をしてくれる堺が、可愛くて仕方がない。
愛しさ募って、青桐は、頬やこめかみに小さなキスを贈る。
堺は、初めて頬にキスをされたとき、その意味がわからず戸惑っていたが。
今はもう、それが青桐の愛情の表れだと理解している。
絶対ではないけれど。
頬への細かなキスは愛情、唇への濃厚なキスは恋情。
恋のキスは、激しくて嵐のよう。
愛おしい気持ちがいっぱいの、小さなキスは、温かくて、柔らかくて、包み込まれると幸せに満たされる。
だから、堺も。今は、その小さなキスが、大好きだ。
「なぁ、堺。俺たち、もっと幸せになろうよ。すぐには、結婚を宣言できないようだが。俺は生涯、堺を愛するし。俺が先かもしれないけれど。もしも堺が先に逝って…そこに彼岸というものがあったなら、川を渡らないで待っていてくれないか? そうしたら俺は、狂ったりすることなく、堺と再び会える日を、心穏やかに待てると思うんだ」
「いつまでも、お待ちしております。遅くなっても、文句など言いません」
「ふふ、たまには怒ってもいいぞ。瞳を冷徹に凍らせて、いつまで私を待たせるのですか、って叱ってくれ」
「そのようなこと、しません」
青桐は、怒れる氷の精霊を見てみたいと、本気で思っている。
道場で向けられる、厳しい視線で、堺に怒られるのを想像すると。ぞくぞくするのだが。
普段ははんなりしている堺が、マジおこになることは、当分なさそうだ。
「それにしても、先ほどの紫輝の話は、驚かされることばかりだったな。巴のこともびっくりしたが。紫輝が堺に心をさらしたというのが、一番驚いた。紫輝はすごいな、心のすべてを堺にさらけ出せるなんて」
普通は、後ろ暗いところがなくても、心を見られることを恐れてしまうものだ。
生きているうちには、ひとつやふたつ、思い出したくもない失敗や、知られたくない恥や、誰にも言えぬ癖があるものだから。
そして人には、必ず負の思考がある。
おおよそ、そこら辺を探られたくないものなのだ。
それが顕著な人ほど、堺には近づきたくないだろう。
「そうですね。紫輝は、考えなしに心を明かしたわけじゃない。たぶん、すべてをさらすことで、己は味方なのだと私に示したのだと思います。それは心を開いたと同義。私は…そんなことをしなくても、紫輝を慕っていたのですが。紫輝はそうすることで、家族にしてくれと、私に言ってくれたように思うのです」
「そうしてあいつは、堺の小姑になったわけなんだな?」
「小姑? というより。お兄さん、ですかね? 本当の兄と似ているわけではないのですが。包容力がすごくて、そばにいて、心地よいのです」
きょとん顔の堺は、可愛いが。
年下を、あっさり兄として受け入れる感性が、おかしい。
ま、堺を猫可愛がりしたい、紫輝の気持ちは、わからなくもない。
「俺はな。紫輝に負けたくない気持ちはあるが。堺のことが好きだから。奪いたい気持ちとか、ズルをしても堺を手に入れたいと思う、綺麗じゃない気持ちがたくさんあるんだ。堺を脅えさせたくないから、見せられないな」
堺に対し、己も後ろ暗いところはないので、堺に心をさらしてもいいんだが。
どちらかというと、己は。堺に、邪な想いを抱いているから…それをのぞかれたら、絶対ドン引き案件だと思うのだ。
まだ、堺に。あれをしたい、これをしてほしい、というものが多々ある。
「もちろん、それでいいのです。心を暴かれることを恐れるのは、人として当然の気持ちですから」
にっこり、仏の微笑みで言う堺に。邪心満々の青桐は、申し訳なく思う。
つい最近まで、童貞だった己の妄想力が、果てしなくてすみません。と思いつつ。
威厳を持って、顔を引き締める。
「でも、ちゃんと言葉で伝えるからな。愛していると。そばにいてほしいと」
「はい。おそばにおります」
肩にコテンと頭を預ける堺が可愛くて、可愛くて、青桐はギュギュっと抱き締めてしまう。
あぁ、可愛い。
それ以上の言葉がみつからない。
どうして、こんなに、美しく、可愛く、強く、凛々しい、完璧人間が。山奥でくすぶっていた、己の嫁になったのだろう?
神様ありがとう。
「あぁ、もう、心配だ。だぶるでぇとで、堺が兄に取られてしまわないかっ」
「青桐様が心配をするようなことは、ありません。私も二十三歳になり、結婚するには遅いくらいの年齢です。青桐様が私を見初めてくれたのは、本当に奇跡のようなことなのですよ。それに、兄と離れてから、身長もだいぶ伸びましたし。今の私を見て、兄が伴侶に望むとは思えません」
こういう堺の、己の容姿をかえりみないところが、青桐は一番心配だった。
龍鬼という、世間的には敬遠条件が、兄には通じないのだ。
嫁に望まれるに決まっているだろうがっ。
「正式な名乗りは上げていなくても、堺はもう、俺の嫁だから。兄から、伴侶にと求められても、断ってくれ。毅然とっ」
「もちろんです。もう貴方にしか、唇は許しません」
そんなことを言われたら、堺の唇に目が釘付けになってしまう。
薄めで、肉感的な色っぽさはないものの。
逆に、禁欲的な清楚さが、青桐の情欲を煽る。
誰の物でもない、唇。
己だけの、唇。
ほんのりと、薄い桃色に彩られているその唇が、やんわりと微笑むと。もう堪らなくなって。
青桐は堺にくちづけて、その場に押し倒した。
ついばんで、誘わなくても。堺はもう口を開いて、己の舌をこころよく受け入れてくれる。
ぬるりと舌を結びつけてから唇を離すと、唾液が糸を引いて。
離された、堺の舌が、心もとなく、さ迷う。
それを甘く噛んでやると。堺は『あ、ん』と艶やかなあえぎを漏らした。堺は舌を甘噛みされるのが好きだ。
『ん、ぅ』と誘うような、欲しがるような吐息に。青桐は深く、くちづける。口腔の中で、堺をカミカミした。
舌を噛まれるというのは、怖いことのように、青桐は思うが。堺が、己を信用している証のようにも思えるし。堺が己に命を預けているようにも思えるし、で。
己も、堺の舌を甘噛みするのは気分がいい。
瞳が潤んで、堺がその気になってきたのを見て取ると、青桐は堺の軍服に手を這わせる。
だが、それは。堺の手に止められた。
「いけません、青桐様。これ以上は…昨晩も、いたしましたし」
「なんで? 堺も気持ち良さそうにしてくれていたのに」
「でも、もうすぐ昼食ですし。茶室は狭いですし、囲炉裏が危ないですし、先ほどのように幸直が乱入することもありますし…」
「いや、でも」
「午後は書類仕事について、お教えしたいと思います。いつまでも、幸直たちに負担をかけていられません。青桐様が准将として振舞うと決めたからには、お教えすることは、まだまだ山のようにあるのですよ?」
それを言われると、弱い。
なにもできない男では、堺の横に立つのに相応しくないしな。
青桐が身を起こすと。堺も上半身を起こし。にっこり笑んだ。
「まだ日も高いですし。秘め事は、秘められる時間に、お願いします」
「…っ、夜、覚えてろよ。昨日のアレで全部だと思うなよな?」
「そうなのですか? 今日は、なにを教えていただけるのですか?」
あどけない様子で聞いてくる堺に、青桐は自爆した。
「まずは…昼食だろう」
席を立って、青桐は部屋を出る。
なにをしようか、などと考えようものなら。興奮がいつまでも覚めないではないかっ。
帰り際の紫輝を捕まえて、忠告をした青桐は。紫輝の呆然自失といった表情を目の当たりにし、後悔していた。
彼は、己よりも自分の意志をしっかりと持っていて、賢いし、明るいし。なんでも乗り越えていける男のように思っていたのだ。
だから、紫輝がまだ十八歳だということを失念していた。
寿命の話なんて、するべきではなかったかも。
寿命なんか、知りたくないと思う者が大半だろうし。誰だって取り乱す事柄だ。
でも、なんの準備もなく、明日死ぬと言われるよりは。
なにもかもを出し尽くして、死ぬ方が。いいんじゃないか。紫輝は、その類じゃないかと、思って。
実際、言わない方が良かったかと聞いたら、紫輝は『知っている方がいいに決まってる。時間を無駄に使えないじゃん?』と言ってはくれた。
そのときは、ホッとしたが。
屋敷を出る前に『早く俺たち、結婚できるようにしなきゃ。ほら、青桐もイチャイチャラブラブしてきて』なんてお茶目に言っていた。それが、虚勢なのは…。明らかだった。
話をしていた茶室に戻ると。心配そうな顔で、堺が見上げてくる。
「紫輝に、あのことを告げたのですか? 大丈夫でしたか?」
口をへの字にしたまま、青桐は小さくため息をつき。
この頃、邪魔だと感じる長い前髪を、かき上げた。
「言った。やはり、平常とはいかなかった。呆然としているようだったな。できれば、自分で調べて、そこにたどりつく方が、傷は浅いのだろうが。紫輝には、文献を調べるような時間も、環境も、なさそうだし。知って良かったというようなことも、言ってはいたが」
青桐は、堺の隣に腰かけて、肩を抱いた。
紫輝を案じる一方で、堺も、そのことを気にしているようだから。
「そうですか。ここで生まれれば、龍鬼が短命だということは、常識的なところがあり。私も、子供の頃から、そういう者だと思って生きてきましたから。普段はあまり、気にならないのですが。紫輝は、この世界で育ったのではない。彼こそ、人間と同じものだと思っている、龍鬼なのです。人と同じように、生きられると…」
「そう思うのは、悪くないことだ。本来、龍鬼は。人と同じものだと、俺は思う。別の生き物だと、堺のように卑下することはない」
からかうように。青桐は、堺の鼻の頭を、指先でチョンとつついた。
「ただ、紫輝は。精力的に動いていて、時間に追われているし。大事な人もいるようだから。人生の優先順位を、彼自身が決める。そうするべきだと、少し助言しただけだ」
白く輝く堺の髪を撫でて、青桐は愛する人をみつめる。
堺だとて、残された時間は、紫輝よりも少ない。
青桐は、堺の将来を、色鮮やかに彩ってやりたかった。
「堺も、もう、自分が望むものに手を伸ばしていい。今まで、つらい思いばかりしてきたのだから。好きなことをして、好きなものを食べて、もう心のままに振舞っていいんだ。軍の中にいるうちは、自由にというわけにはいかないだろうが。俺が隣にいるときは、なるべく望みを叶えてやるから」
「私は、もう。望む者に手を伸ばしていますよ」
そう言って、堺は青桐の頬に手を当てた。
柔らかい色の眼差しが、それは本当のことだと語っている。
胸が熱くなって、青桐は堺にくちづけた。
いつだって、いつまでも、堺に触れていたいと思う。
青桐は、初めての恋だったが。
心を掴まれるという、初の体感を、じっくり味わっていた。
ひどく息苦しいが、嬉しくて。逃げたいが、離せない。
「でも、私はどうあっても、貴方より先に死ぬでしょう。それで。貴方が、紫輝の言うように苦しむのだとしたら。まだ…間に合うと思うのです」
この目の前の愛おしい人がいなくなる、それを想像すれば、すぐにも恐慌におちいりそうだ。だから、考えないようにはしている。
けれど、その痛みを恐れて、愛する人の手を離す。そんな選択肢は、青桐の中にはない。
「いいや。もう遅いよ。間に合うというのは、傷が浅くて済むとか、そういうことだろう?」
やんわりと、堺がうなずく。そのたおやかな、たたずまいが。いつも青桐を魅了するのだ。
「堺は、俺をあなどっている。記憶は失っていなかったんだ。だから、龍鬼に恋をした時点で、堺が短命だということはわかっていた。それでも、手を伸ばさずにいられなかった。たかがそれだけのことで、堺を手放すことなどできないよ。だから…出会った瞬間に。もう手遅れだったんだ」
白皙の顔に、ほんのりと朱が乗る。
己に恋をしてくれる堺が、可愛くて仕方がない。
愛しさ募って、青桐は、頬やこめかみに小さなキスを贈る。
堺は、初めて頬にキスをされたとき、その意味がわからず戸惑っていたが。
今はもう、それが青桐の愛情の表れだと理解している。
絶対ではないけれど。
頬への細かなキスは愛情、唇への濃厚なキスは恋情。
恋のキスは、激しくて嵐のよう。
愛おしい気持ちがいっぱいの、小さなキスは、温かくて、柔らかくて、包み込まれると幸せに満たされる。
だから、堺も。今は、その小さなキスが、大好きだ。
「なぁ、堺。俺たち、もっと幸せになろうよ。すぐには、結婚を宣言できないようだが。俺は生涯、堺を愛するし。俺が先かもしれないけれど。もしも堺が先に逝って…そこに彼岸というものがあったなら、川を渡らないで待っていてくれないか? そうしたら俺は、狂ったりすることなく、堺と再び会える日を、心穏やかに待てると思うんだ」
「いつまでも、お待ちしております。遅くなっても、文句など言いません」
「ふふ、たまには怒ってもいいぞ。瞳を冷徹に凍らせて、いつまで私を待たせるのですか、って叱ってくれ」
「そのようなこと、しません」
青桐は、怒れる氷の精霊を見てみたいと、本気で思っている。
道場で向けられる、厳しい視線で、堺に怒られるのを想像すると。ぞくぞくするのだが。
普段ははんなりしている堺が、マジおこになることは、当分なさそうだ。
「それにしても、先ほどの紫輝の話は、驚かされることばかりだったな。巴のこともびっくりしたが。紫輝が堺に心をさらしたというのが、一番驚いた。紫輝はすごいな、心のすべてを堺にさらけ出せるなんて」
普通は、後ろ暗いところがなくても、心を見られることを恐れてしまうものだ。
生きているうちには、ひとつやふたつ、思い出したくもない失敗や、知られたくない恥や、誰にも言えぬ癖があるものだから。
そして人には、必ず負の思考がある。
おおよそ、そこら辺を探られたくないものなのだ。
それが顕著な人ほど、堺には近づきたくないだろう。
「そうですね。紫輝は、考えなしに心を明かしたわけじゃない。たぶん、すべてをさらすことで、己は味方なのだと私に示したのだと思います。それは心を開いたと同義。私は…そんなことをしなくても、紫輝を慕っていたのですが。紫輝はそうすることで、家族にしてくれと、私に言ってくれたように思うのです」
「そうしてあいつは、堺の小姑になったわけなんだな?」
「小姑? というより。お兄さん、ですかね? 本当の兄と似ているわけではないのですが。包容力がすごくて、そばにいて、心地よいのです」
きょとん顔の堺は、可愛いが。
年下を、あっさり兄として受け入れる感性が、おかしい。
ま、堺を猫可愛がりしたい、紫輝の気持ちは、わからなくもない。
「俺はな。紫輝に負けたくない気持ちはあるが。堺のことが好きだから。奪いたい気持ちとか、ズルをしても堺を手に入れたいと思う、綺麗じゃない気持ちがたくさんあるんだ。堺を脅えさせたくないから、見せられないな」
堺に対し、己も後ろ暗いところはないので、堺に心をさらしてもいいんだが。
どちらかというと、己は。堺に、邪な想いを抱いているから…それをのぞかれたら、絶対ドン引き案件だと思うのだ。
まだ、堺に。あれをしたい、これをしてほしい、というものが多々ある。
「もちろん、それでいいのです。心を暴かれることを恐れるのは、人として当然の気持ちですから」
にっこり、仏の微笑みで言う堺に。邪心満々の青桐は、申し訳なく思う。
つい最近まで、童貞だった己の妄想力が、果てしなくてすみません。と思いつつ。
威厳を持って、顔を引き締める。
「でも、ちゃんと言葉で伝えるからな。愛していると。そばにいてほしいと」
「はい。おそばにおります」
肩にコテンと頭を預ける堺が可愛くて、可愛くて、青桐はギュギュっと抱き締めてしまう。
あぁ、可愛い。
それ以上の言葉がみつからない。
どうして、こんなに、美しく、可愛く、強く、凛々しい、完璧人間が。山奥でくすぶっていた、己の嫁になったのだろう?
神様ありがとう。
「あぁ、もう、心配だ。だぶるでぇとで、堺が兄に取られてしまわないかっ」
「青桐様が心配をするようなことは、ありません。私も二十三歳になり、結婚するには遅いくらいの年齢です。青桐様が私を見初めてくれたのは、本当に奇跡のようなことなのですよ。それに、兄と離れてから、身長もだいぶ伸びましたし。今の私を見て、兄が伴侶に望むとは思えません」
こういう堺の、己の容姿をかえりみないところが、青桐は一番心配だった。
龍鬼という、世間的には敬遠条件が、兄には通じないのだ。
嫁に望まれるに決まっているだろうがっ。
「正式な名乗りは上げていなくても、堺はもう、俺の嫁だから。兄から、伴侶にと求められても、断ってくれ。毅然とっ」
「もちろんです。もう貴方にしか、唇は許しません」
そんなことを言われたら、堺の唇に目が釘付けになってしまう。
薄めで、肉感的な色っぽさはないものの。
逆に、禁欲的な清楚さが、青桐の情欲を煽る。
誰の物でもない、唇。
己だけの、唇。
ほんのりと、薄い桃色に彩られているその唇が、やんわりと微笑むと。もう堪らなくなって。
青桐は堺にくちづけて、その場に押し倒した。
ついばんで、誘わなくても。堺はもう口を開いて、己の舌をこころよく受け入れてくれる。
ぬるりと舌を結びつけてから唇を離すと、唾液が糸を引いて。
離された、堺の舌が、心もとなく、さ迷う。
それを甘く噛んでやると。堺は『あ、ん』と艶やかなあえぎを漏らした。堺は舌を甘噛みされるのが好きだ。
『ん、ぅ』と誘うような、欲しがるような吐息に。青桐は深く、くちづける。口腔の中で、堺をカミカミした。
舌を噛まれるというのは、怖いことのように、青桐は思うが。堺が、己を信用している証のようにも思えるし。堺が己に命を預けているようにも思えるし、で。
己も、堺の舌を甘噛みするのは気分がいい。
瞳が潤んで、堺がその気になってきたのを見て取ると、青桐は堺の軍服に手を這わせる。
だが、それは。堺の手に止められた。
「いけません、青桐様。これ以上は…昨晩も、いたしましたし」
「なんで? 堺も気持ち良さそうにしてくれていたのに」
「でも、もうすぐ昼食ですし。茶室は狭いですし、囲炉裏が危ないですし、先ほどのように幸直が乱入することもありますし…」
「いや、でも」
「午後は書類仕事について、お教えしたいと思います。いつまでも、幸直たちに負担をかけていられません。青桐様が准将として振舞うと決めたからには、お教えすることは、まだまだ山のようにあるのですよ?」
それを言われると、弱い。
なにもできない男では、堺の横に立つのに相応しくないしな。
青桐が身を起こすと。堺も上半身を起こし。にっこり笑んだ。
「まだ日も高いですし。秘め事は、秘められる時間に、お願いします」
「…っ、夜、覚えてろよ。昨日のアレで全部だと思うなよな?」
「そうなのですか? 今日は、なにを教えていただけるのですか?」
あどけない様子で聞いてくる堺に、青桐は自爆した。
「まずは…昼食だろう」
席を立って、青桐は部屋を出る。
なにをしようか、などと考えようものなら。興奮がいつまでも覚めないではないかっ。
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