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64 青桐の屋敷、奪還作戦

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     ◆青桐の屋敷、奪還作戦

 朝から道場で遊んでいた青桐と堺を、紫輝は連れ出して。本拠地内の青桐の屋敷に向かった。

 昨日の夜、早速ライラの爪を使って赤穂と月光に連絡を取り。屋敷のことと、これからの方針について話し合った。
 ほら、青桐にいろいろバレちゃったから。どうする? って相談だ。

 とりあえず道すがら、青桐と堺には、赤穂から仕入れた屋敷についての説明することにした。

「いろいろ調べてみたんだけど。今青桐の屋敷に大きな顔で居座っている家令は、青桐の改名と同時に着任した者らしい。金蓮様の指示で、使用人を総入れ替えしたみたい。元は左軍の兵士で、龍鬼が大っ嫌い」

 紫輝が言うと、青桐は眉間にしわを寄せる。
 青桐は完璧に龍鬼の味方になっているようだ。
 堺、良い仕事しますな。
 将堂の次男と堺が結婚すれば、己と天誠、いわゆる手裏基成との結婚もスムーズに進む。
 いや、もちろん堺は。仕事で嫌々青桐の相手をしているわけじゃないだろうけど。
 お互いの気持ちは、もちろん大事だよ?
 ふたりが向き合っていなければ、高い障害は越えられないんだからね。

「人事で確認したところ、以前の使用人はもういないのだが、前の家令だった藤原という男が屋敷に残っている。屋敷の仕様がわからなくなると不便だから残しておいたみたい。で、この藤原さんは龍鬼に寛大な、右軍出身者なので、彼に戻ってもらうのが一番楽ちんな方法だと思われます」

 藤原の人となりは、昨晩赤穂に確認済みだ。
 紫輝を屋敷に呼ぶために、龍鬼対策をいろいろ検討していた矢先だったらしい。
 いわゆる、紫輝のために屋敷の増築を企てていたという…。
 親馬鹿すぎだろ。
 でもついでだから。この計画も利用して龍鬼御殿を作ってもらおう。
 上官の屋敷に龍鬼が出入りすると、頭の固い何者かがヤイヤイ口出ししそうだが。
 龍鬼のいるべき場所に龍鬼が出入りしても、文句つけられないじゃん?
 名案だ。

「で、藤原を戻すにはまず、あの家令を追い出さなければならない。とりあえず俺に任せてくれる? 青桐と堺は証人的な? 立会人的な?」
 そうする間に、青桐の屋敷に到着し。紫輝は門番に告げた。

「青桐様がご帰宅だ。門を開けて家令を呼んで来てくれる?」
「おかえりなさいませ、青桐様。しかし龍鬼は…」
 四の五の言いかける門番の、横の柱を、紫輝はガンと蹴り上げた。

しつけがなってないな。俺は右軍参謀だぞ。おまえごときが話しかけていいとでも?」
「私は、左で…」
「いいから開けろよ。あと青桐様は右軍総司令官だ。左の常識が通用すると思うな。つか、いい加減無礼だぞ」

 紫輝はあの、ちょっと睨めばヤンキーも避ける眼力で門番を威圧する。
 これ、マジで久々に使ったよ。
 門番はすくみ上がり、分厚い木製の門を引き開けた。

 そうするとすぐにも、あの失礼な家令が飛んでくる。いや、羽使っていないけど。
「青桐様、おかえりなさいませ」

 揉み手の家令の前に紫輝は立ちはだかり。にっこり笑う。
 家令は、なんだこの龍鬼は? という顔をした。

「この度右軍参謀に任じられました、間宮紫輝です。堺と同じく、俺もこの屋敷でお世話になるので。よろしくな?」
「そのような話はうかがっておりません。そもそも龍鬼が将堂の御方の屋敷に出入りするなど…」
「おっかしいな? 俺は金蓮様の命で参謀になったし。俺たちがこの屋敷で生活するというのは、すでに准将が明言されているはずですが?」
「私も金蓮様のご指示で動いております。金蓮様は青桐様と龍鬼が接触するのを憂いております」

「准将と将軍は旧知の仲だよ? 親密に話もする。貴方も元は兵士だろ? 指令室で上司と部下が作戦を練るなど、よくある話だ。屋敷で過ごすのとなにも変わらないじゃないか。大丈夫、龍鬼はうつったりしないからな。触ったら…わからないけど」
 そう言って、紫輝は家令の腕を手で掴んだ。

 すると家令は。断末魔のような、耳をつんざかんばかりの悲鳴を上げた。
「ぎゃーーーーーっ」
 うるさい。
 堺も青桐も、その叫びに身をのけぞらせるほどだ。
 つか、うるさい。黙れ。

 家令の悲鳴を聞きつけて、門番他警備の者や使用人が集まってきて。紫輝たちを取り囲んで剣のつかに手をかける。

「おい、俺に向かって剣を抜くつもりか?」
 真ん中に悲鳴をあげる家令と、紫輝。そのそばに、青桐と堺。
 警備の者は青桐の言葉に、剣を抜けなくなる。
 しかし龍鬼が家令の腕を掴んでいるのを見て、どうしようかという顔で戸惑っている。

「嘘、嘘、大丈夫。龍鬼は触ってもうつらないよ。龍鬼、怖くなーい」
 紫輝はほがらかに言うが。周りの者は怒っている。
 ここにいる使用人は元左軍で固められているのだ。

 全く、金蓮はなにをやりたいのやら。
 青桐を味方につけたいのなら、放っておきすぎ。
 その割には、青桐を左で囲もうとして…全くわからない紫輝だった。

「りゅ、りゅう、に…さ、さわっ」
 かくかくと顎を動かす家令の顔を、紫輝はのぞき込む。

「そんな怖がるなよぉ? 俺たち金蓮様の指示を受けた、言わば仲間じゃーん?」
「仲間など…私は龍鬼を、青桐様から引き離すよう、金蓮様に言われて…」
 顎はかくかく、息も絶え絶えで、家令は言うけど。
「へぇ? 金蓮様にそう言われたの? でもここは青桐様の屋敷だからなぁ…青桐様の言うことを聞かないと、ダメなんだよ?」
 紫輝は幼児に言い聞かせるように、優しい顔と声で家令に伝える。

「それに俺も金蓮様の指示で、青桐様のそばに来たんだよねぇ。家令さんの言ってること矛盾してない? もう一度金蓮様に指示をあおいでみたらどうかなぁ?」
 紫輝が家令の腕を離すと、彼は身を震わせて虫がたかったあとみたいに腕や体を手で払う。失礼な。

「くそっ、龍鬼が大きな顔しやがって。おまえなどすぐに金蓮様に排除してもらうからなっ! 覚えてろっ」
 家令がいら立たしげに足を踏み鳴らしながら、門を出て行く。
 紫輝は自分たちを取り囲む使用人たちにも告げた。

「貴方たちも家令について行って、金蓮様の指示をあおいでください」
 うながすと、わらわらと使用人たちが門を出て行く。
 大方、左の者はこれで排除できただろう。

「追い出し、成功」
 ニヤリと紫輝が笑うと。青桐が声をかけた。

「おい紫輝。堺が固まってるぞ」
 紫輝が堺に顔を向けると、堺は青い顔をして小刻みに震えていた。

「いけません、紫輝。龍鬼を嫌がる人の手を、掴むなんて…」
「なんでいけないの? 堺。龍鬼はね、ただの、翼がないだけの人間なんだよ。でもなにもしていない俺らを、彼らは傷つけ続けてきた。そう思わない? 堺がそうやって脅えるほどに、龍鬼は人に触れずに来た。でも堺は誰にも危害を加えていないだろ? 違うか?」

「危害など、加えていません」
「堺、あの家令の後ろ姿を見てごらん」

 紫輝は門の方へ指をさす。
 家令と、左軍出身の使用人は仲間だったはずだ。
 しかし龍鬼に触られた家令の周りには、一定の距離が空いている。
 龍鬼に触れられた家令は龍鬼に汚染されたとみなされ、仲間とは言えなくなったかのようだった。

「今の彼の姿が、まんま俺たちなんだよ。彼はただ俺に触られただけで、彼自身はなにも変わっていないだろう。でもああやって、輪から弾かれるんだ。俺たちだって、なんの咎もないのに龍鬼だってだけで不当に輪から弾かれているんだよ」

「…しかし彼がこれで、実家に帰れなくなったとしたら」
 堺は自分こそがこの家を追い出されたというのに、家令の心配なんかする。
 その優しさは堺のいいところだけど。
 紫輝は、己を攻撃した者にもう同情する気はなかった。

 以前は、同情したかもしれない。彼にも、なにか事情があるんじゃないかとか考えて。
 でも今は、紫輝を愛する人たちが、紫輝が攻撃されることを嫌がるから。怒るから。悲しむから。
 紫輝は愛する人たちに目を向けることにしたのだ。

 己を大事にしないで、無防備に攻撃にさらされることは。
 一番彼らが悲しむこと。
 だから紫輝はにっこり笑って、堺に告げる。

「知らないね。彼が先に俺たちを攻撃した。攻撃したなら、反撃されても文句言えないんじゃね?」
 あの家令は、自業自得。
 この屋敷の主が誰か、はき違えている時点で、家令失格。同情できません。
 しばらく仲間からはぶかれて、龍鬼が疎外される痛い気持ちを少しでも思い知ればいいんだ。

「言葉の暴力は、物理的暴力より弱いとか思っている? それは間違いだ、堺。龍鬼のくせに大きい顔しやがって…おまえの方が顔でっかいっつうの」
 ブッと音がする方を見たら、青桐が吹き出してた。
 もう。ちょっと我慢してよ。

「心の傷は、何十年も癒えないんだよ。一発殴られて終わりならその方が楽なんだ。痛いのも嫌だけど。心無いたったの一言で何十年も苦しむのは、つらすぎるよ。俺はもう誰かに傷つけられたくないんだ。だから嫌と駄目を口にする。堺も、嫌なことは嫌だと言えばいい」

「ふふ、そうだな。堺は誰もが恐れるほどの猛者だというのに、心根が優しすぎる。あの家令に同情なんてすることはない。それより、俺の屋敷を取り戻したことを喜んでくれ」
 青桐は不安に瞳を揺らす堺の背を撫でて、慰めた。

「でも、せっかく紫輝が幹部入りしたのに。あの家令がなにかを言って降格させられたら…」
「そこは准将に頑張ってもらいますよ。そのための准将でしょ?」

「おまえのための准将じゃねぇから。でも、まぁ人事権はあるだろうから、そこは任せろ」
 青桐が請け負い、堺の憂いもなんとか晴れたので。次に行きますよ。

「藤原さーん、出てきてくださいっ」
 大きな声で、紫輝は屋敷の中心で藤原を呼ばわった。
 すると案外近くの木陰から、藤原が顔を出す。
 あの家令とのやり取りを陰ながら見ていたようだ。

「あぁ、赤穂様…いぇ、今は青桐様でした。私などを思い出していただき、ありがとうございます」
 黄色くて小さい翼の藤原が、腰を低くして青桐に挨拶した。
 紫輝はインコっ、とは思ったが。口にしなかった。
 空気を読んだよ。

「いや、思い出したわけではないんだが。以前の家令が貴方だったと聞いて」
「貴方など…どうか藤原とお呼びください。青桐様の気に沿う屋敷づくりをさせていただきます。なんなりとおっしゃってください」
 藤原の答えに、青桐は満足げにうなずき。早速注文をつけた。

「じゃああいつ、二度と敷居をまたがせるな。できれば以前の使用人たちを戻して。人が足りなかったら、右の、龍鬼に寛大な者を採用してくれ。あと幹部を屋敷に逗留させるので、その手配を。あぁもちろん、堺もだ。彼は俺の教育係だから、部屋は俺の部屋の近くに。堺は俺のそばに置く」

「そのようにいたします。あの者が金蓮様の指示でと言って来たら、いかがしましょう? 使用人では金蓮様の指示を突っぱねられません」
「そのときは俺が出向く。呼びに来い」
「かしこまりました」

 紫輝は威厳を持って藤原に指示を出す青桐に、感心していた。
 赤穂の弟というだけでなく。
 青桐には王者の風格が見えるような気がした。

「藤原さん、以前龍鬼用に離れを増築する計画があったと思うんだけど。それも進めてください。部屋は三つ、水回り充実」
 紫輝が言うと、青桐は眉間をしかめた。

「あぁ? 普通に屋敷を使えばいいだろ? 龍鬼対策なんか必要ない」
 青桐としては龍鬼用に違うものを作るのが、もう差別っぽくて嫌なのだ。
 肩身の狭い思いをして、堺が屋敷に滞在するのが嫌だった。

 でも紫輝は、人差し指を顔の前で振って、言う。
「青桐、これは宣伝なんだよ。この施設があるから、龍鬼はここに出入りするのだというパスポート…うーん、えっと。免除するやつ。免許…とにかく大きな顔で出入りしていい証、みたいな?」
「免罪符か?」
「そうそれ。離れは使わなくてもいいんだ。ただあるだけで、堺は青桐のそばにいていい感じ。金蓮様にだって、文句言わせない感じ」

 言うと、青桐が紫輝の首根っこを腕でホールドしてきた。
 なに? プロレス?

「そうなのか? 俺は堺と一緒に風呂に入りたいんだ。風呂がひとつの方が一緒に入れると思って…」
 耳元に青桐がこっそり囁いてきた。
 ので、紫輝もこっそり返す。

「なるほど。お風呂は距離が縮まるよね。でもヒノキの良い匂いがする新しーいお風呂ってのも、最高じゃね? 龍鬼はね、翼がないから。膝の上に座らせると堺の真っ白い背中を堪能できるよ? ひろーいお風呂にしたら、可能だよぉぉぉ?」

 青桐は。表情も翼も動かさなかったが、目をキラーンと輝かせた。
 その精神ツヨツヨなの、なに?
 修行僧だったの?

 それはともかく、紫輝は振り返って、藤原に欲のままにオーダーした。
「藤原さん、離れのお風呂は三人で入れるくらい大きくして」
「ヒノキの風呂だ。金をかけていい、こだわって良い風呂にしろ」
 増築計画に盛り上がる紫輝と青桐に、堺はついていけずに苦笑いしている。

「今、俺たちは堺の屋敷に世話になっているが、荷をほどいてしまったのでしばらくそこから動かないつもりだ。藤原、いつ頃用意は整うか?」
「増築はある程度進んでいましたので、十日ほどいただければ元の屋敷に戻せます」
「じゃあ、十五日に引越しをする。あとは任せた」
「ご帰宅の日を、使用人一同心待ちにしております」

 藤原が深く頭を下げたところで、青桐の屋敷、奪還作戦は成功のうちに幕を下ろした。

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