【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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番外 炎龍、時雨藤王 1

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     ◆炎龍、時雨藤王

 金蓮暗殺に失敗し、単独行動を安曇に責められた不破は。突如狂い始めた歯車に焦りを感じていた。
 自室に入ると、悔しげに奥歯を噛みしめる。

 せめて金蓮を仕留められていれば、安曇もあれほど怒りはしなかったのだろうが。
 あの場に、赤穂が現れさえしなければ。

 赤穂は一年前、赤穂の子供であるという龍鬼を大事に育てていた。龍鬼が生まれたら不遇な目に合わせる親が多い世の中で、愛情をかけて育てる親というのは、貴重だ。
 赤穂の子は笑顔が無邪気で、人怖じしない子だった。虐待とは無縁だったのだろう。

 金蓮に、剣を振りかざされるまでは。

 それで、あの子は消えてしまったが。
 龍鬼の子を普通に育てようとした赤穂に、不破は敵意を持ってはいない。
 だから命を取り留めたというのなら、それは良かったと思う。

 それよりも、子供の龍鬼を殺めようとした金蓮を不破は許せなかったのだ。

 富士周辺が雪深くなり。手裏の陣営は、田貫湖まで下がっていた。
 雪が解けるまでは、その先へは進めない。
 今年も、将堂攻略は叶わなかったということだ。

 安曇が一ヶ月の完全休暇を取り、陣営の指揮は不破と銀杏が交互に行っていたのだが。気持ちはくすぶっていた。
 冬季の間でも、なにか将堂を揺さぶれる事はないか?
 そうして不破は、かつて上司であった金蓮に、藤王の名で呼び出しをかけたのだ。
 ダメ元で。
 出てこなければ、そうだろうなと思うだけ。
 出てきたら儲けもの。くらいの感覚だった。

 果たして、金蓮は動いたのだった。

 金蓮暗殺は己ひとりでするつもりだった。この手でケジメをつけるのだ、と。
 しかし銀杏が作戦をかぎつけ、自分も手柄を立てたいと言い出した。

 銀杏は金蓮の妹である。後継問題を回避するために。双子の片方を外に出す。もしくは、殺す。というのが将堂のやり口であった。
 そのせいで、銀杏は幼い頃、回り回って。最終的に手裏の家に、切り札に使うためという理由で引き取られ。座敷牢で育てられたのだ。

 銀杏も、金蓮に思うところがあるようだ。
 そう思い。不破は銀杏の同行を許した。
 己が隙を作るから、銀杏は金蓮を矢で撃て、と。
 誰が手を下そうと、金蓮を亡き者にできるのなら、それで良かった。

 髪色を白に戻した不破は、藤王として金蓮の前に立つ。
 金蓮は頬を淡く染め、柔らかに笑う少女の顔で駆け寄り。
 不破に抱きついた。

 気持ち悪い。

「どこに行っていたのだ? 私の龍よ。美しい、龍。あぁ、会いたかったぞ。もっとよく顔を見せてくれ」
 金蓮は不破の頬を手で包むと、顔をじっくりと眺めた。
 瞳を潤ませ、愛慕の情で己をみつめているように見えるが。

 その目の焦点は歪んでいるように見え。
 あぁ、まだ狂っているのだなと感じた。

「変わらぬな、藤王。賢く、強く、美しい。この赤い瞳も、輝く白い髪も、男らしく精悍な顎の線も…」
 相変わらず、己の外面しか見ない女だ。
 だから、己の殺意には全く気づいていない。

「兄上、貴方はいったいなにをしているんだっ?」

 そこに赤穂が登場し、不破は内心、慌てた。
 金蓮が基地を出るときは、ひとりだった。
 これから殺すつもりだった金蓮以外の者に、この姿を見られたくなかったのに。

 失敗だ。

 赤穂と瀬来、このふたりと会ってしまったら。すぐにも堺に己のことが知らされてしまう。
「赤穂、決まっているではないか。藤王がみつかったのだ。さぁ帰ろう、藤王。おまえの地位も名誉もすべて元通り…いや、もっと高くして戻してやるからな?」
 赤穂のことなど眼中にない様子で、金蓮は一生懸命己に話しかけている。
 その様子は、一種異様だった。

 金蓮は昔、己にした仕打ちを忘れたのだろうか。
 それとも覚えていて、この対応?
 ならば金蓮は、八年前に自分がなにをしたのかすらわかっていないのかもしれないな。

 馬鹿な話だ、と思いながら。不破は金蓮にそっと笑いかけ。
 指先で頬を撫でる。

「地位、名誉、そんなものより、私はもっと欲しいものがあるのです、金蓮様」
「なんだ? なんでも用意してやるぞ」

「貴方の命です」

 無邪気な金蓮を、冷たい目で見やる。そして金蓮を、銀杏の矢が狙う場所に突き飛ばした。
 これですべてが終わる。己の悪夢が、すべて。

 そう思ったのに。金蓮の前に赤穂が立ちはだかり。
 矢を受けた赤穂が、ばったり倒れた。

 逆上した瀬来が、不破を剣で威嚇する。
 これは、あの子の育ての親、将堂の宝玉だ。
 あの子がいなくなったあと、瀬来が将堂軍に復帰したという情報があった。
 あの子を探すために軍の情報機関を利用するつもりなのだと、思いつく。
 なるほど、ひとりで闇雲に探すよりは良い判断だ。さすが将堂の宝玉と言われるだけのことはある。

 即断即決、大胆で緻密。まるで安曇のよう。

 頭脳を称賛されている瀬来だが、剣の腕もなかなかだ。下がるだけでは危なくなり、不破は刀を抜いた。
 瀬来は名家の子息だから剣技も極めている。
 対峙するが、これは多勢に無勢、撤退するしかない。

「基成様、逃げてください」
 基成という名の銀杏は、それほど剣の腕はない。彼女をかばいながら深追いすることはできなかった。

「ひとりで来いと言ったのに、まさか赤穂を連れてくるとはっ」
 侮蔑の眼差しで金蓮を見る。
 おまえが悪いと、言うように。
 おまえが悪いから、藤王は手に入らないのだと言うように。

「違う、私はちゃんとひとりで…藤王、信じてくれ」
 瀬来などは、こいつはなにを言っているのか? という顔で金蓮を見ている。
 激しく同意するぞ。

「瀬来、藤王に剣を向けるな」
 しかし上官にそう言われてしまえば。瀬来もこれ以上己を追うことはできない。
 かつて、己が彼女の言いなりであったときのように。

 まぁ、いい。
 不破は銀杏の肩を抱いて、逃げる。
 私の主はもうおまえではないのだと印象付けてやりたかった。

「やった。将堂赤穂をやったぞ、不破。これできっと安曇も私を見てくれる。私を有益な者だと認めてくれる。そうだろう?」

 銀杏は、金蓮をやり損ねたことはどうでもよいようだ。
 ただ安曇に認められたいだけの、恋する女。
 不破はそんな銀杏を嫌悪の目で見て、彼女になにも答えなかった。

 今はこうして肩を抱いて、親しげにしているが。
 不破は金蓮と同じ顔をした銀杏が苦手だった。できれば目にしたくないほどだ。

 しかし金蓮のせいで長く座敷牢に閉じ込められていたことには、同情した。
 この娘も、金蓮の被害者なのだと思えば。彼女を助けるために画策したし。今まで優しく接してもきたけれど。
 本物の金蓮を目にし、その顔貌がそっくりであることを改めて認識すると。

 嫌悪しか浮かばなくなってしまった。

 ただ一点。銀杏は、安曇に惚れたのだ。
 恋慕の念を己に向けてこなかった。
 それだけで、ともにいることに我慢できた。安曇には迷惑な話だろうが。

 それにしても。
 赤穂は龍鬼に優しい男だった。
 龍鬼の子供を大切に育てていただけではなく。弟の堺も、彼のそばで長く重用されている。
 己の部下だった高槻も、右で従軍しているようだし。
 もうひとり、殺さずの雷龍もそばに置いていた。

 その三人は、龍鬼であることの不遇はそれなりにありそうだが。赤穂にぞんざいに扱われたり、使い捨てのようなひどい使われ方をされたりはしていない。
 だから、敵ではありながら、殺したくない男ではあったのだ。

 だが銀杏は、手柄が立てられればなんでもいいのだ。
 安曇は、なんと言うだろう…。

     ★★★★★

 そして不破は怒られたのだ。

 四歳も年下の男に、正論で。
 両頬を張り飛ばされたような心地だった。

 あぁ。この世を壊すためには、安曇が必要不可欠なのに。
 彼を怒らせてはならないのに。

 安曇の、俯瞰して大局を見る目、人心掌握術、緻密で奇抜な戦略。
 堺をこの手にするまで、その頭脳は手放せない。

 安曇と銀杏、どちらかを切るなら、断然銀杏だ。

 座敷牢で育てられていた銀杏のことを、最初こそ同情したが。
 安曇に恋をして、安曇に執着し始めたときから、扱いが難しくなった。
 金蓮もだが。恋をすると、なぜ感情で動き出すのだろうか。
 好きという免罪符で、自分を正義と思い込み、なにをしても許される…なんて思っているのだろうか。

 私を守ってくれるでしょう?
 私が好きだと言っているのに、なんで拒むの? 

「はは、安曇が一番嫌いそうな、ウザい女の典型だな。冷静に考えてみれば、銀杏には勝ち目など最初からなかった」
 あきらめて次へ行けばいいのに。すがりつくから、引導を渡される。
 銀杏は引き際を誤ったのだ。

 安曇は己によく似た男だ。
 顔の皮一枚で好きとか言ってくるやつは、ゴミ。
 彼はたまに、そんなことを言う。

 己は龍鬼であるから、なかなかそのように言われることもないが。
 金蓮があの調子なので。同じに思う。

 金蓮は、己の顔の皮一枚だけを見て、結局己の内面を見ることはなかった。

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