【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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51 俺を信じて、彼を信じて ②

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 小さな囲炉裏がある、堺の部屋で。紫輝は堺と恋バナをしている。
 いや、まだ恋バナではない。
 恋になりそうな、可愛い花芽のお話だ。

「実は、他人と過ごすということが、もう初めてのことなのです。屋敷では、使用人はいますけど、本邸に住まうのは私だけですし。軍や前線基地でも、個室で。今回のように、ひとつの屋敷に多くの者が滞在するような機会が、今までもなかったのです」
「そうなの? 俺は大部屋だったから、むしろひとりになったことがない。一兵卒だからかな?」

 軍に入った初日に、部屋を追い出されて野宿したけど。
 そのときはライラがいたし。
 実質、紫輝はひとりで寝たことはないのだ。

「初陣のときは、私も一兵士だったのですが。そのときから個室でした。名家のお坊ちゃんと一緒に寝られない、などと言われましたが。単純に、同僚は龍鬼と同じ部屋で寝たくなかったのでしょう」

 頭を巡らせ、紫輝は考えた。
 確かに。廣伊が組長のとき。本来なら相部屋らしいのだが、個室を与えられていた。
 基地でも同様だ。
 それは龍鬼と相部屋が嫌だから、なのか。
 根強い龍鬼差別に、紫輝は眉間にしわを寄せる。

 単純に、個室いいなぁ、なんて思っちゃいけなかったやつかな?

「でも。青桐様はこの囲炉裏が暖かいからって、よく部屋をたずねてきます。私は長く、ふたりでいるということに慣れていなくて、戸惑ってしまって…」
「そうか。じゃあ人と交流する機会を得たと思って、青桐といっぱい話をしたらいいよ。好意的な人と話をして慣れていけば、いずれ誰とでも友達になれるじゃん? あ、悪意や敵意のある人とも、無理して仲良くすることはないんだからな? 心が和む人とともにいたいと思う気持ちは、自然なものだ」

 友達を選ぶなんて言うと、上からとか、なに様とか、感じ悪いかもしれないけど。
 フィーリングって、大事だから。
 堺には、そばにいて心地よい人を選んでもらいたいと思うのだ。

 紫輝は最近まで、ひとりでも多くの人に自分は無害だとわかってもらいたいと思っていた。
 でもこの頃は、己を大事に扱ってくれる人が大事だ。

 友達百人、なんかいらない。
 少人数でも、わかってくれる人がいることが重要なのだと思うようになってきた。
 みんなから拒絶された時期は、とてもつらかったけれど。誠実であれば、わかってくれる人はできるものだ。
 できて良かったな、と思った。

「青桐様が話しかけてくれるので、楽しいひとときなのですが。私は口下手なので、面白い話もできなくて。記憶を失い、心細い思いをしている彼を力付けなければならない身なのに、力不足を憂いています」
「彼は、堺のそばにいれば安心なのだろうから、無理に話さなくてもいいんじゃないか? なにも話さなくても、ただ寄り添っているだけで心が満ち足りる。そんなことだってある」

「沈黙が気まずくて。でも、なにかを話そうと思うと、なにも思い浮かばなくて。いつも焦ってしまいます。赤穂様の後ろにいるときは、なにも話さなくても平気だったのに…」
「じゃあ堺は、青桐と赤穂が別人だと思っているんだ? あんなに似ているのに」
 なにやら言いにくそうな様子で、堺は重々しく口にした。

「…青桐様と初めて目が合ったときに、別人だと感じました。爽やかに笑ったのです」
「ニヤリ、じゃなくて。にっこり?」
 うなずいた堺に。
 紫輝は苦笑いするしかない。

「青桐、俺にはニヤリと笑ったよ。それはもう悪い顔で」

 弱点を握ったときのあの顔を、堺にも見せてやりたかったと紫輝は思う。
 つまり、彼は。堺の前で猫をかぶっているということだ。
 一目惚れって言っていたし。
 きっと堺を目にして、爽やか青年を演じたのだ。あざといっ。

「大丈夫、彼は赤穂の跡を引き継げる器があるよ。息子の俺が言うんだから、間違いない」
 後半はこっそりと、堺に囁いた。ふと、笑うが。堺は紫輝に首を振った。

「私は、青桐様を赤穂様にする気はないのです。彼は彼のままで。青桐様は赤穂様のことを、よく聞いてきます。以前の自分はどんな男だったのか、と。気になることに、答えは返しますが。でも。以前と同じでなくていいと、伝えますし。私も彼を、赤穂様の分身に育てるつもりはないのです」

「そうなんだ。ま、無理に寄せれば、逆に不自然かもしれないし。少し性格が違ったところで、あれだけ顔と翼が似ていたら誰も別人とは思わないだろう。いいんじゃない? 堺は彼の持って生まれた性格を歪ませたくないんだろう? それは彼にとって良いことだ」
 堺は、紫輝がうなずいたので、己の考えが間違いではないと確信でき。ホッとした。

「あとは、彼の心細さが少しでも解消されたらと願っています。青桐様は、とても…寂寥を感じているようで」
「よく部屋に来ると言っていたが、もしかして一緒に寝ている、とか?」
「はい。見る人はみな初対面の感覚らしく、ひとりきりを痛感するみたいなのです。彼にあてた大きな部屋も、寂しさを増長するようで。ここで布団を並べて寝ています。近くに私がいると落ち着くと言って…」

 青桐、あざといっ。と紫輝は再び、心の中で叫んだ。

「龍鬼がそばにいるのは、よくないと思うのですが」
「そんなことないよ。俺も好きな人がそばにいるなら一緒に寝ている。彼がいなければ、ライラにくっついて寝てる。ひとりで寝るのは寂しいものだと、俺も思うよ」

 青桐と堺が仲良くなるのはいいことだから、紫輝は援護射撃をした。
 ちょっと危険かもしれないが。
 できればお友達から、徐々に距離をつめていってもらいたいものだ。

「そうですか。私は物心ついたときから、大抵はひとりで寝ていたので。その感覚はないのです」
「大抵というのは?」
 小さな花が咲くような微笑みを浮かべ、堺は思い出を語った。

「兄がいた頃は、兄がよく添い寝をしてくれましたよ。でも忙しい人だったので。たまに、ですが」
 出た、藤王。
 やっぱり、天誠と同じブラコン臭がする。
 でも、藤王と堺は。実の兄弟だ。
 年の離れた弟を可愛がっているだけだと…思いたい。

「堺は、ぐっすり寝る派? 眠り浅い派?」
「浅い方でしょうか。隣に誰かが寝ている状況がほぼなかったので、気になってしまい。たまに青桐が、寝ているときに触れてくるのですが。すぐに起きるので」
 ぎょっとした。やっぱり、危険なやつだったかな?

「触れる? どこに?」
「頬、とか。口、とか。虫がいたみたいですよ」
「ふーん、悪い虫がいるようだね」
 こめかみがピクピクしてしまう。
 あとで、厳重注意しておこう。青桐、同意ないのは駄目だからねっ!!

「でも彼には、広い部屋でひとりで寝ることに、そろそろ慣れてもらわないとならないのです。年明けには本拠地に戻るので。青桐様のお屋敷で、龍鬼の私が一緒に住むわけにはいかないのです。でも青桐様は、当然私も一緒だと思っているようで…どうしようかと」

「年明けに赤穂の屋敷に入るのか? 急だな」
「えぇ。四月には通常通り、准将としての役目を果たすようにと、金蓮様のお達しです」

 金蓮は、赤穂の尻拭いは一切しないということか?
 もう、本当に自分勝手なんだから。一年くらい前線引き受けろやっ。

「龍鬼が、とか。考えてもらいたくないけど。ふたりがヤバいなら、いっそ幹部みんなで屋敷に入ったら? 中は充分広いだろうし、幹部教育もまだまだなんだろう?」
「なるほど、いい意見です。でも…この前は、遠乗りに行ったので。この次はぜひ紫輝を私の屋敷に招きたかったのですが。青桐様が軍に慣れるまでは、おそばにいて差し上げたくて。彼の屋敷に住まうとなったら、当分は、紫輝を私邸に招くことが叶いそうにありません」

 お人形のように、表情が動かなかった堺だが。わずかに眉を下げて、しゅんとする。
 少しずつ表情が動いているみたいで、紫輝は嬉しい。
 それが良い顔でも、悲しい顔でも、怒った顔でもだ。

「ずいぶん厳しい日程だから。青桐を優先するのは仕方がないよ。大丈夫、俺は逃げないんだから。またいつか、な?」
 小さくうなずく感じは、渋々って感じ?
 まぁ、堺のお家訪問は興味あるけど。
 四季の村にも、案内してあげたいし。お楽しみはまだまだいっぱいあるんだから、焦らないで。

「紫輝はこのあとどうするのですか? ここには、あとしばらくしかいませんが、滞在するのでしょう?」
「いや、明日には戻る。家族水入らずの年越しだ」
「…素敵ですね」

 紫輝を囲んで、赤穂と月光がのんびり過ごしている様子を、堺は思い描いているようだ。
 一時は亡くなったと思っていたふたりが幸せに過ごすことを、堺が心底喜んでいるのが伝わる。

「年が明けたら、廣伊とともに本拠地に戻る。俺は大隊副長として動くつもりだが。金蓮様が今回の一件を知ったことで、俺を幹部入りさせるつもりらしい。どうなるかはわからないが…まぁ取り込んで口をふさぐ、的な?」
「物騒ですね。紫輝になにもないと良いのですが」
「殺さずの雷龍を殺す馬鹿をするほど、頭が悪くないと思いたいけどね?」

「なにやら、側近の毒舌を聞いている気分です」

 眉間にしわを寄せ、眉を下げるという、高等技術を、堺が披露した。
 すごいじゃん?

「でも、紫輝が幹部入りするのなら、心強いです。もしかしたら、青桐様のお屋敷でともに住むことになるかもしれませんし。そうしたら、私は楽しみです。紫輝のお役にも立ちたいですし」
「充分だよ。堺が青桐のそばにいたから、最悪な事態は防げた」
「最悪、とは?」

 気持ちを引き締めて、紫輝は堺の手を握る。
 言葉を脳裏に浮かべた。

『青桐が、金蓮様の言うことだけを聞く操り人形と化すことだ。青桐が金連側につくと、厄介だったが。堺が親身に尽くしたから。青桐は堺には心を開いている。堺を慕っている。だから。少なくとも、なにも考えずに兄に従うようなことにはならないんじゃないかなぁ、と思っている』

「それで、いいのですか?」
「それが、いいの。だからこれからも、青桐のそばに寄り添ってあげて?」

 紫輝に褒められて、堺は嬉しそうに頬を染めた。
 それに、青桐のそばにいること自体も、嫌ではないのだろう。
 照れているような、そんな表情に見えた。

「それにしても、四月かぁ。戦場では、堺ががっちり守ってあげるんだろうけど。青桐の剣技は、どう?」
「素地があるようで、幸直や巴となら渡り合えるくらいでしょうか?」
「すごいじゃん。俺のへっぴり腰よりマシ」

 幸直の剣技を、紫輝は直接見ていないが。千夜が怪我をしたとき、場をおさめたのが幸直だった。
 連携などぶちぎれていた隊列を整えて、手裏兵を追い返した。
 それだけ手腕があるということだ。

「赤穂様と渡り合っていた貴方が、へっぴり腰では。みな、立つ瀬がないのでは?」
「あれはさ、赤穂が手加減してたから」
 紫輝は再び堺の手を取り、脳裏に場面を思い描いた。

『赤穂と天誠が、マジでやり合ったの見たけど。俺のとは、子供のお遊びだったなって痛感した』
 今思い出しても、背筋が震える、鬼気迫る赤穂の迫力。
 赤穂の強い打ち込みを、涼しい顔で受け流す天誠。

 端から見ているこちらは、息を止めて、見守るしかなかったよ。
 次元が違うその戦いを、紫輝は堺に見せてやった。
 脳内再生でも、盛る必要がないくらいの剣戟けんげきだ。

『これが手裏基成ですか? 赤穂様と張るとは…でも、なぜこのようなことに?』
 ゆるみ切った頬で、紫輝は堺にヘヘェと笑った。

「四日前に祝言あげたんだ。ま、そこに至る間に、息子をください、やらねぇ、のひと悶着がありまして」
「え、祝言…」
 堺は白い顔をして固まってしまった。

『ごめんな、堺。ほら、赤穂が村に入ったから、急に決まったんだよ。本当は堺も招いて、お祝いしてもらいたかったんだけど。こちらは青桐の件で、動けなかっただろ?』
 そこまで言って、紫輝は手を離した。

「でも、本当の両親と、ライラと、友達と…いっぱいの人に祝ってもらえて。俺、すっごく幸せだった。以前の世界では、男同士で結婚しても、祝福してもらえない感じだった。だから。嬉しかったよ」

 クリスマスイブの結婚式を思い返して。紫輝はほのぼのとした、柔らかい笑みを浮かべる。
 そんな紫輝を見て、堺は幸せな心地になった。

 ほんの少し、寂しさを感じもするが。

 紫輝が友達なのは、変わらない。
 紫輝は、自分を大事に想ってくれる。いつだって。
 だから、紫輝が誰かのものになっても。親友である紫輝が親友でなくなることはないのだ。
 そう思い至って、堺は笑みを浮かべた。
「おめでとうございます、紫輝。貴方が幸せそうなのが、私は一番嬉しい」

 紫輝は胸の奥が熱くなった。
 氷の、と評されることの多い堺だが、今は麗らかな笑顔を見せてくれる。
 やっぱり堺は、いつだって己の味方なのだ。

「あぁあ、あの場に堺がいたら完璧だったのにぃ。でも、どこにいたって堺は俺の親友だから…。あの日に、堺のことを考えたよ。今、大変な想いをしているのだろうな。嫌なことさせられて、傷ついているのだろうな。って。本当はすぐにも慰めに行きたかったけれど、きちんと計画を立てないと危なかったから、今になってしまった。この次に会ったら、堺をいっぱい慰めてあげるんだ。そして堺はきっと俺のことを祝ってくれる。そう、想像していた。今、それが叶って本当に嬉しいよ」

 手を取り合って、にこにこと笑い合う。
 大切で優しい、友達。
 お互いがお互いを、そう思っていた。

「だれかがくるわぁ」
 でっかい頭を起こし、突然ライラが鳴いた。
 あわあわと、紫輝は慌てるが。ライラを剣に戻して、鞘におさめる。

「誰かが来るって、ライラが…」
「あぁ、そろそろ夕食の時間ですから、使用人が呼びに来たのでしょう。青桐様にも声をかけないと…」
 そうして、堺と紫輝は部屋を出て、道場に向かった。
 その途中で使用人とも会って。

 要件は確かに『夕食の支度が整いました』という話だったのだ。

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