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48 俺というものがありながらっ
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◆俺というものがありながらっ
瀬間が部屋を出て行ったのと入れ替わりに、幸直が部屋に入ってきた。
明るい薄茶色の髪に、少し垂れ目な印象の柔らかい美形。
キラキラしくて人懐こいとあれば、誰もが彼を好きになるだろう。
キラキラしい人たちが周りにいっぱいいるから、自分はそれほど心惹かれないけれど。
「おい、紫輝。誰と結婚したんだよぉ? 俺というものがありながらっ」
今まで瀬間が座っていた場所に、幸直が座り。いきなり噛みついてくる。
なんだよ、もう。
「誤解を生むようなことを言うな。つか、いつそんな話になったんだ? 意味不明」
ツンとそっぽを向くと、幸直が苦笑してつれないなぁとつぶやいた。
紫輝は、わかっているのだ。
彼が自分に執着するのは、紫輝が幸直のことを好きにならないからだと。
名家のお坊ちゃんでルックスもいい幸直は、好意ばかり受け続け、食傷気味。
そこへ幸直になびかない紫輝が現れたから、珍しくて仕方がないのだろう。
リア充、滅べ。
「つか、幸直の本命は俺じゃないだろ?」
指摘すると、幸直はきょとんとした顔をして。小さく息を吐く。
「なんで、そう思う?」
「だって、幸直は俺と話すときチャラいじゃん。そしてソツがない。でもそういう人に限って、本命の前では馬鹿みたいなことしちゃうものさ」
ムムゥと、幸直の下唇が突き出る。
美形はどんな顔をしても美しいが。ほだされないぞ。
「本命っていうか、好きなのかどうか、自分でわからないんだけど。なんだか目が離せなくて、危なっかしくて。彼は剣の腕前もあるし、側近ほどではないが頭も冴えている。でも、心がもろくてな」
思い当たる人物がいる、というのが。もう本命ってことなのに。
幸直は気づいていないようだと、紫輝は思う。
「比喩だけど。彼がうずくまっていたら、手を貸したくなるんだ。でも、余計なことするなって怒られる。どうしたらいいと思う?」
幸直の質問に、紫輝はうーん、と。頭を巡らせる。
「比喩だけど。ライラはよく、俺のことをウザいと言う。でもそう言いながら、俺に構われるのは好きなんだ。でも調子に乗って構い倒すと本噛みするから、気をつけて。マジ、ウザいと言われたら、少し離れるのが良いだろう」
「猫の話じゃないんだが。つか、ライラさんに本噛みされて生きていられるのか?」
「大きくなってからは、そこまでやってない。でも猫の相手は、命を懸けてするものだ」
拳を握り、紫輝は言い切る。
持論である。良い子は真似してはいけない。
「まぁ、参考に、なったようなならないような」
項垂れて、しばらくしてから顔をあげた幸直は。目をキリリとさせた、別人顔になっていた。
「門番が。紫輝がここに来たのは金蓮様が承知している、などと言っていたのだが。本当か? 紫輝は今回のことをどれだけ知っているんだ?」
なるほど、本題に入ったから幸直の表情が引き締まったのだな。と紫輝は胸のうちでうなずく。
「…赤穂が亡くなり、月光さんは金蓮様に命じられて亡骸を人知れず葬った。金蓮様は青桐様を、赤穂の身代わりにしろと堺に命じ。今、青桐様が赤穂に成り代わるべく、ここで教育を受けている…ってところだ」
「ちっ、ほぼ全部だな。なんで、紫輝はそれを?」
「俺も赤穂を看取ったからだよ。冬期休暇で河口湖の屋敷にいた」
初対面の瀬間には丁寧に説明したが、幸直には要所だけを言う。
それでも通じた。
幸直は、月光と紫輝が仲良くしていたのを河口湖の屋敷で見ていたし、紫輝は赤穂のお気に入りだと脳みそに刻め、なんて。月光に怒られたこともあったから。
その場面、状況を、すぐにも納得できたようだ。
「じゃあ、赤穂様は、本当に…」
唇を噛んで悲しみに暮れる幸直を見ると、胸が痛む。
ごめん。
でも、名家の者はおそらく金蓮の味方になる。
一族を後ろに背負っているのだ、彼だけがこちらにつきたいと思っても、家の総意で覆されることもある。
計画を崩される危険は犯せない、と月光が言っていた。
堺も名家だが、お家断絶が決まっているうえに、身内がいない。
ある意味、身軽。
堺の意志がしっかりしていれば、大丈夫なのだ。
ま、紫輝が堺にバラしちゃったときは、あまり深く考えていなかったけれど。
龍鬼を早めに味方につけておきたかったと、きっと潜在意識で思っていたに違いない。
たぶん。おそらく。
「俺は今回の一件を知る者として、協力者になることになった。金蓮様が幹部入りさせるなどと言っていたが、どうなるのかはわからない。とりあえず…ひと晩泊めてくれる?」
屋敷の主人である幸直に聞くと、彼は悲しみに濡れた目で、紫輝にうなずいてくれた。
彼は素直でチャラいけど、情に厚い。
だから赤穂の死を、本当に悲しんでいるんだなとわかる。
「で、誰と結婚したんだよぉ?」
鼻をぐすぐすさせながら、幸直が聞いてくる。それ、今聞く?
「え? なんで今? 悲しみに沈んでいる最中なら、そこに集中しなよ。つか、龍鬼と結婚する奇特な人の身を守るために、ノーコメント…発言は控えさせていただきます」
「もう、赤穂様の凶事からの失恋とか、俺の心はボロボロだよぉ。龍鬼だから結婚できないって言ってたから、俺がしてあげようと思っていたのにぃ」
「はい、上からぁ。してあげようっていう心根が、もう駄目です」
ペソォと机に身を預けて落ち込む幸直を、紫輝は苦笑して見やる。
彼は、自分で茶々を入れつつ、気持ちを立て直そうとしているのだろう。
紫輝は本当のことを言って、彼を慰めることはできないから。
幸直の茶番に、せめて付き合ってやろうと思った。
★★★★★
幸直が少し落ち着いたところで、堺に話があるんだけど、と紫輝は切り出した。
「あぁ、今はどこにいるかな? 堺は青桐様に付きっきりなんだ。ま、屋敷の敷地内のどこかには、絶対にいるけどね。屋敷はしっかり塀で囲われてるから、逃げられないよ」
最後の『逃げられないよ』だけ、こっそり囁いた。
怖い。
記憶を奪っただけでは、安心できないようだ。
「幸直は、青桐様の脱走を恐れているのか?」
「金蓮様が、すごい剣幕だったんだ。記憶を奪って赤穂様に仕立て上げろ。ってさ。計画が失敗したら、俺らの首が飛ぶ」
両の人差し指で、両の目尻を引き上げ、幸直は目を吊り上げて怒る金蓮の真似をする。
笑っちゃいけないんだろうけど、ウケる。
ま、それはともかく。
幸直によると、青桐の教育は、剣の指導や、兵法の教育、それ以外は堺に一任されている状態らしい。
それは青桐自身が望んだことで。
おなじ事柄について、大勢の人に違う見解を言われると混乱するから、という理由みたい。
「そっか。じゃ、散歩がてら堺を探してみるよ」
紫輝は部屋を出て、幸直と別れると。軍靴を履いて庭に出てみた。
堺を探すついでに、月光から教えてもらった屋敷の配置が正しいか確認する。
屋敷は広く、庭がいっぱいあるのだ。
一番に目を引くのは、門を入ってすぐの場所にある大きな庭。
来客などが、目にするところだから、綺麗に手入れされている。
さらに奥に入っていくと、各々の部屋から見ることができる小さな庭。
それこそ部屋の数ほどあるのだ。
植木の剪定とか庭の維持が大変そう。
そして裏の方には、剣の訓練ができそうな広いスペースがあり。その一角、大きな椿の木の前に立つ、堺の後ろ姿をみつけた。
薄青の軍服を身につけた堺と、もうひとり、紺色の着物を着る男性だ。
白髪の堺が、赤い椿の花を愛でている姿は。ポスターにでもなりそうな、美しい情景だ。
そして寄り添うふたりは、なにやら親密に見える…。
「…堺、大丈夫だったか?」
紫輝が声をかけると、堺は驚きに目を見開いた。
すごく表情が柔らかくなったように見える。
「来てくれたのですね? 紫輝」
笑顔で駆け寄ってくる堺に、紫輝は思いっきり抱きついた。
堺は紫輝よりも頭ひとつ分大きいから、腕にすっぽりだ。
ま、いつもの挨拶だけど。
そばにいた男は、その場面を見て、ムッと口を引き結んだ。
おやおや? もしかしてこれは…恋バナ第二弾?
「良かった。元気そう。いろいろあったみたいで心配だったんだけど…」
「堺、そいつは誰だ?」
とうとう、その男は不機嫌そうに口を出した。
肩にかかるくらいの、真っ黒な髪。白いワンポイントのある大きな翼。
赤穂にそっくりな、目力の強いその男が。
「青桐様、お客様に対してそのような物言いはいけません」
堺に怒られ、歯を軋らせる青桐。
紫輝はその様子を見て、目をキラキラさせた。
「うん。いいね!」
紫輝は堺に向かって、親指を立てた。
「…なにが?」
堺は紫輝が、なにをいいねと言ったのかわからず、首を傾げる。
よくわかっていない顔つき。でも、いいの、いいの。
堺のことを守ってくれそうな王子様の出現に、紫輝は大興奮だった。
まだ、彼に託せるかはわからないけれど。
なかなかの有望株がいきなり現れて、超御機嫌。テンション爆上げ。
反比例して、目の前の青桐はテンション爆下がりだが。
「赤穂、久しぶり。あっ、青桐に名前変えたんだって? 馬から落ちて頭打つなんて、ドジだなぁ」
「…ドジ」
ものすっごく不本意そうな顔をしている。なるほど。
「記憶喪失になったんだって、金蓮様から聞いたよ。まさか親友の俺の顔も忘れるとはね。まぁ、いい。また友達になろうぜ、青桐。俺は間宮紫輝。右第五大隊副長だ」
記章を見せて、にっかり笑うと。
青桐は『親友…』とつぶやいた。
「それとも、龍鬼の俺と友達は嫌か?」
「龍鬼とか、関係ない。ただ、おまえのことは知らないから…」
即座に関係ないと答えたことに、紫輝は好感を持つ。
ま、自分のことは気に入らないようだな、と察するが。
それは、今は。別にいい。
ともかく紫輝は、少ないやり取りの中で、的確に布石を打っていった。
「堺、詳しいことを話したいんだけど。先に、青桐と話がしたいんだ。席を外してもらってもいい?」
明るい笑顔で、紫輝にそんなふうに言われて。堺は衝撃を受けた。
いつでも、自分のことを紫輝は優先してくれた。
なのに、自分より先に青桐と話したいなんて。
胸にもやもやが湧き起った。
恋人ではないのだから、そんな資格はないのだが。
友達にだって。親しい友達を取られたら、もやもやするのだ。そうだ。それだ。と、堺は己の気持ちを分析した。
それに青桐は、まだ不安定だ。記憶を奪われて間もなく、堺がそばを離れることを嫌がる。
だから彼らをふたりきりにするのに、堺はためらいを感じた。
「はは、そんな顔しないで、堺。俺はいつでも堺の味方だよ。知ってるだろ?」
そう。だからこそ、紫輝の言葉に動揺してしまったのだ。
「紫輝。彼は…青桐様は。記憶喪失になられて不安定で。だから…」
「わかっている。悪いようにはしないよ。約束する」
その紫輝の顔を見て。堺はハッとした。
普段は快活で、とにかく明るくて可愛らしい印象の紫輝だが。
目の前の彼は、澄んだ瞳をキリリと光らせている。
強く、正しく、美しい、凛とした気概を感じた。膝を折って、ひれ伏したくなるような高潔さ。
そんなこと、紫輝は望まないだろうけれど。
とにかく堺は本能的に、紫輝に従う気になったのだ。
「わかりました、紫輝。部屋でお待ちしています」
一礼して、堺はその場を去っていった。
さて、という気持ちで、紫輝は青桐と対峙する。
村を出る前、作戦会議中の雑談で赤穂が言っていたのだ。
「俺の弟だぞ。黙って傀儡になるとは思えねぇ。会ったことはねぇけど?」
そうだな、赤穂。
確かに、一筋縄ではいかない男のようだ。
紫輝は青桐を目の前にして、そう思うのだった。
瀬間が部屋を出て行ったのと入れ替わりに、幸直が部屋に入ってきた。
明るい薄茶色の髪に、少し垂れ目な印象の柔らかい美形。
キラキラしくて人懐こいとあれば、誰もが彼を好きになるだろう。
キラキラしい人たちが周りにいっぱいいるから、自分はそれほど心惹かれないけれど。
「おい、紫輝。誰と結婚したんだよぉ? 俺というものがありながらっ」
今まで瀬間が座っていた場所に、幸直が座り。いきなり噛みついてくる。
なんだよ、もう。
「誤解を生むようなことを言うな。つか、いつそんな話になったんだ? 意味不明」
ツンとそっぽを向くと、幸直が苦笑してつれないなぁとつぶやいた。
紫輝は、わかっているのだ。
彼が自分に執着するのは、紫輝が幸直のことを好きにならないからだと。
名家のお坊ちゃんでルックスもいい幸直は、好意ばかり受け続け、食傷気味。
そこへ幸直になびかない紫輝が現れたから、珍しくて仕方がないのだろう。
リア充、滅べ。
「つか、幸直の本命は俺じゃないだろ?」
指摘すると、幸直はきょとんとした顔をして。小さく息を吐く。
「なんで、そう思う?」
「だって、幸直は俺と話すときチャラいじゃん。そしてソツがない。でもそういう人に限って、本命の前では馬鹿みたいなことしちゃうものさ」
ムムゥと、幸直の下唇が突き出る。
美形はどんな顔をしても美しいが。ほだされないぞ。
「本命っていうか、好きなのかどうか、自分でわからないんだけど。なんだか目が離せなくて、危なっかしくて。彼は剣の腕前もあるし、側近ほどではないが頭も冴えている。でも、心がもろくてな」
思い当たる人物がいる、というのが。もう本命ってことなのに。
幸直は気づいていないようだと、紫輝は思う。
「比喩だけど。彼がうずくまっていたら、手を貸したくなるんだ。でも、余計なことするなって怒られる。どうしたらいいと思う?」
幸直の質問に、紫輝はうーん、と。頭を巡らせる。
「比喩だけど。ライラはよく、俺のことをウザいと言う。でもそう言いながら、俺に構われるのは好きなんだ。でも調子に乗って構い倒すと本噛みするから、気をつけて。マジ、ウザいと言われたら、少し離れるのが良いだろう」
「猫の話じゃないんだが。つか、ライラさんに本噛みされて生きていられるのか?」
「大きくなってからは、そこまでやってない。でも猫の相手は、命を懸けてするものだ」
拳を握り、紫輝は言い切る。
持論である。良い子は真似してはいけない。
「まぁ、参考に、なったようなならないような」
項垂れて、しばらくしてから顔をあげた幸直は。目をキリリとさせた、別人顔になっていた。
「門番が。紫輝がここに来たのは金蓮様が承知している、などと言っていたのだが。本当か? 紫輝は今回のことをどれだけ知っているんだ?」
なるほど、本題に入ったから幸直の表情が引き締まったのだな。と紫輝は胸のうちでうなずく。
「…赤穂が亡くなり、月光さんは金蓮様に命じられて亡骸を人知れず葬った。金蓮様は青桐様を、赤穂の身代わりにしろと堺に命じ。今、青桐様が赤穂に成り代わるべく、ここで教育を受けている…ってところだ」
「ちっ、ほぼ全部だな。なんで、紫輝はそれを?」
「俺も赤穂を看取ったからだよ。冬期休暇で河口湖の屋敷にいた」
初対面の瀬間には丁寧に説明したが、幸直には要所だけを言う。
それでも通じた。
幸直は、月光と紫輝が仲良くしていたのを河口湖の屋敷で見ていたし、紫輝は赤穂のお気に入りだと脳みそに刻め、なんて。月光に怒られたこともあったから。
その場面、状況を、すぐにも納得できたようだ。
「じゃあ、赤穂様は、本当に…」
唇を噛んで悲しみに暮れる幸直を見ると、胸が痛む。
ごめん。
でも、名家の者はおそらく金蓮の味方になる。
一族を後ろに背負っているのだ、彼だけがこちらにつきたいと思っても、家の総意で覆されることもある。
計画を崩される危険は犯せない、と月光が言っていた。
堺も名家だが、お家断絶が決まっているうえに、身内がいない。
ある意味、身軽。
堺の意志がしっかりしていれば、大丈夫なのだ。
ま、紫輝が堺にバラしちゃったときは、あまり深く考えていなかったけれど。
龍鬼を早めに味方につけておきたかったと、きっと潜在意識で思っていたに違いない。
たぶん。おそらく。
「俺は今回の一件を知る者として、協力者になることになった。金蓮様が幹部入りさせるなどと言っていたが、どうなるのかはわからない。とりあえず…ひと晩泊めてくれる?」
屋敷の主人である幸直に聞くと、彼は悲しみに濡れた目で、紫輝にうなずいてくれた。
彼は素直でチャラいけど、情に厚い。
だから赤穂の死を、本当に悲しんでいるんだなとわかる。
「で、誰と結婚したんだよぉ?」
鼻をぐすぐすさせながら、幸直が聞いてくる。それ、今聞く?
「え? なんで今? 悲しみに沈んでいる最中なら、そこに集中しなよ。つか、龍鬼と結婚する奇特な人の身を守るために、ノーコメント…発言は控えさせていただきます」
「もう、赤穂様の凶事からの失恋とか、俺の心はボロボロだよぉ。龍鬼だから結婚できないって言ってたから、俺がしてあげようと思っていたのにぃ」
「はい、上からぁ。してあげようっていう心根が、もう駄目です」
ペソォと机に身を預けて落ち込む幸直を、紫輝は苦笑して見やる。
彼は、自分で茶々を入れつつ、気持ちを立て直そうとしているのだろう。
紫輝は本当のことを言って、彼を慰めることはできないから。
幸直の茶番に、せめて付き合ってやろうと思った。
★★★★★
幸直が少し落ち着いたところで、堺に話があるんだけど、と紫輝は切り出した。
「あぁ、今はどこにいるかな? 堺は青桐様に付きっきりなんだ。ま、屋敷の敷地内のどこかには、絶対にいるけどね。屋敷はしっかり塀で囲われてるから、逃げられないよ」
最後の『逃げられないよ』だけ、こっそり囁いた。
怖い。
記憶を奪っただけでは、安心できないようだ。
「幸直は、青桐様の脱走を恐れているのか?」
「金蓮様が、すごい剣幕だったんだ。記憶を奪って赤穂様に仕立て上げろ。ってさ。計画が失敗したら、俺らの首が飛ぶ」
両の人差し指で、両の目尻を引き上げ、幸直は目を吊り上げて怒る金蓮の真似をする。
笑っちゃいけないんだろうけど、ウケる。
ま、それはともかく。
幸直によると、青桐の教育は、剣の指導や、兵法の教育、それ以外は堺に一任されている状態らしい。
それは青桐自身が望んだことで。
おなじ事柄について、大勢の人に違う見解を言われると混乱するから、という理由みたい。
「そっか。じゃ、散歩がてら堺を探してみるよ」
紫輝は部屋を出て、幸直と別れると。軍靴を履いて庭に出てみた。
堺を探すついでに、月光から教えてもらった屋敷の配置が正しいか確認する。
屋敷は広く、庭がいっぱいあるのだ。
一番に目を引くのは、門を入ってすぐの場所にある大きな庭。
来客などが、目にするところだから、綺麗に手入れされている。
さらに奥に入っていくと、各々の部屋から見ることができる小さな庭。
それこそ部屋の数ほどあるのだ。
植木の剪定とか庭の維持が大変そう。
そして裏の方には、剣の訓練ができそうな広いスペースがあり。その一角、大きな椿の木の前に立つ、堺の後ろ姿をみつけた。
薄青の軍服を身につけた堺と、もうひとり、紺色の着物を着る男性だ。
白髪の堺が、赤い椿の花を愛でている姿は。ポスターにでもなりそうな、美しい情景だ。
そして寄り添うふたりは、なにやら親密に見える…。
「…堺、大丈夫だったか?」
紫輝が声をかけると、堺は驚きに目を見開いた。
すごく表情が柔らかくなったように見える。
「来てくれたのですね? 紫輝」
笑顔で駆け寄ってくる堺に、紫輝は思いっきり抱きついた。
堺は紫輝よりも頭ひとつ分大きいから、腕にすっぽりだ。
ま、いつもの挨拶だけど。
そばにいた男は、その場面を見て、ムッと口を引き結んだ。
おやおや? もしかしてこれは…恋バナ第二弾?
「良かった。元気そう。いろいろあったみたいで心配だったんだけど…」
「堺、そいつは誰だ?」
とうとう、その男は不機嫌そうに口を出した。
肩にかかるくらいの、真っ黒な髪。白いワンポイントのある大きな翼。
赤穂にそっくりな、目力の強いその男が。
「青桐様、お客様に対してそのような物言いはいけません」
堺に怒られ、歯を軋らせる青桐。
紫輝はその様子を見て、目をキラキラさせた。
「うん。いいね!」
紫輝は堺に向かって、親指を立てた。
「…なにが?」
堺は紫輝が、なにをいいねと言ったのかわからず、首を傾げる。
よくわかっていない顔つき。でも、いいの、いいの。
堺のことを守ってくれそうな王子様の出現に、紫輝は大興奮だった。
まだ、彼に託せるかはわからないけれど。
なかなかの有望株がいきなり現れて、超御機嫌。テンション爆上げ。
反比例して、目の前の青桐はテンション爆下がりだが。
「赤穂、久しぶり。あっ、青桐に名前変えたんだって? 馬から落ちて頭打つなんて、ドジだなぁ」
「…ドジ」
ものすっごく不本意そうな顔をしている。なるほど。
「記憶喪失になったんだって、金蓮様から聞いたよ。まさか親友の俺の顔も忘れるとはね。まぁ、いい。また友達になろうぜ、青桐。俺は間宮紫輝。右第五大隊副長だ」
記章を見せて、にっかり笑うと。
青桐は『親友…』とつぶやいた。
「それとも、龍鬼の俺と友達は嫌か?」
「龍鬼とか、関係ない。ただ、おまえのことは知らないから…」
即座に関係ないと答えたことに、紫輝は好感を持つ。
ま、自分のことは気に入らないようだな、と察するが。
それは、今は。別にいい。
ともかく紫輝は、少ないやり取りの中で、的確に布石を打っていった。
「堺、詳しいことを話したいんだけど。先に、青桐と話がしたいんだ。席を外してもらってもいい?」
明るい笑顔で、紫輝にそんなふうに言われて。堺は衝撃を受けた。
いつでも、自分のことを紫輝は優先してくれた。
なのに、自分より先に青桐と話したいなんて。
胸にもやもやが湧き起った。
恋人ではないのだから、そんな資格はないのだが。
友達にだって。親しい友達を取られたら、もやもやするのだ。そうだ。それだ。と、堺は己の気持ちを分析した。
それに青桐は、まだ不安定だ。記憶を奪われて間もなく、堺がそばを離れることを嫌がる。
だから彼らをふたりきりにするのに、堺はためらいを感じた。
「はは、そんな顔しないで、堺。俺はいつでも堺の味方だよ。知ってるだろ?」
そう。だからこそ、紫輝の言葉に動揺してしまったのだ。
「紫輝。彼は…青桐様は。記憶喪失になられて不安定で。だから…」
「わかっている。悪いようにはしないよ。約束する」
その紫輝の顔を見て。堺はハッとした。
普段は快活で、とにかく明るくて可愛らしい印象の紫輝だが。
目の前の彼は、澄んだ瞳をキリリと光らせている。
強く、正しく、美しい、凛とした気概を感じた。膝を折って、ひれ伏したくなるような高潔さ。
そんなこと、紫輝は望まないだろうけれど。
とにかく堺は本能的に、紫輝に従う気になったのだ。
「わかりました、紫輝。部屋でお待ちしています」
一礼して、堺はその場を去っていった。
さて、という気持ちで、紫輝は青桐と対峙する。
村を出る前、作戦会議中の雑談で赤穂が言っていたのだ。
「俺の弟だぞ。黙って傀儡になるとは思えねぇ。会ったことはねぇけど?」
そうだな、赤穂。
確かに、一筋縄ではいかない男のようだ。
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