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45 弟と遭遇しました。
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◆弟と遭遇しました。
十二月二十八日、年の瀬というやつですが。紫輝は、天誠と大和と亜義とともに、馬で富士山へ向かうことになった。
天誠と亜義は、途中で別れて、手裏陣営に戻るのだが。
紫輝と大和は、山中湖へ向かう。
金蓮が、将堂の支部がある山中湖にいると、聞いたからだ。
紫輝は金蓮に用があった。
ちなみに千夜は先行して、道中警備している。
久しぶりに紫の軍服を着て、ライラ剣を背負い。龍鬼だとバレないように、茶色のフード付きマントをかぶる。
天誠は、あのなんでも出てくる不思議な黒マントを羽織り。
魔王様…もとい、手裏基成と化している。
そんなマント集団が、馬を連れて、村の出入り口に集結していた。
「紫輝、気をつけて。っていうか、書状なんか持っていかなくてもいいんじゃない?」
お見送りの人たちの中、月光が不満げに言う。
「駄目。金蓮と、後腐れなく決別するために、必要なんだ。これは早めにやっておくべき」
びしりと、紫輝が言うと。月光はしゅんと項垂れる。
月光は、金蓮との縁が切れることを渋っているのではなく、紫輝が金蓮と対峙するのが嫌なのだ。
母親との対面で、紫輝が傷つかないか。
そして金蓮に、己の子だと気づかれないか。
懸念事項は多いことは多い。
でも、大事なことなので、仕方がない。
「正月までには帰ってくるから。年越しパーティーやろう。親子で年越し、初めてだね?」
にっこり笑って、紫輝は話をそらす。
息子の笑顔に、月光はかなわない。
苦笑いで、送り出すしかないではないか。
「紫輝、月光のことは気にするな。道中、気をつけて行け」
月光の頭を小突く赤穂に、紫輝はうなずき。廣伊に目を向ける。
「廣伊も、正月までには千夜を返すから、待っててね?」
「気遣い無用だ。それより、気をつけて」
うなずくと、紫輝は馬にまたがり、門をくぐって村を出て行く。
天誠を慕う働き手たちが、頭を下げて見送るのにも、手を振った。
富士山近辺まで、ライラで直線距離を行けば、一時間くらいで着くが。馬では一日かかる道のりだ。
特に、紫輝は龍鬼だから。宿に泊まれないし。馬に慣れきってもいない。
山中湖を経由しても、夜までには、美濃の屋敷にたどり着き。野営は、なんとか回避したいと思っているのだ。
だから、急いでいる。
早駆けできるところは、馬を全力疾走させる。
だけど、あんまり急ぐと、天誠との別れが早くなるから、痛し痒しだ。
あぁ、あとちょっとでまた天誠と離れ離れになっちゃうんだな。寂しいな。
途中、道が踏み固められていないところもあるし、山登りで馬を引いて歩くところもあるし、結構大変で。一日で着くのかなと、マジで心配した。
ライラだったら、一時間…。
ライラは、本当にえらいよ。ありがたみを感じます。
「三百年前に、大きな道が通っていたところには、今も大なり小なり、比較的通りやすい道がつながっている。三百年経っても、人々がよく利用する道路は、変わらないんだ」
そう、天誠が説明する。
今は車がないけど、馬車や馬や人が通ることで、道ができる。
以前の世界では、アスファルトがない場所の方が少なかった。
土に触れる機会も、あまりなかったし。
それって、不自然なことなんだなと、天誠の話を聞いて、紫輝は思った。
「そして、ここは大月ジャンクションだ」
この世界に、絶対ない言葉を、天誠が口にする。
「ジャンクションって…高速道路の渋滞情報でよく聞くやつ?」
「そう、まぁ、大体だけど。ジャンクションは、道がくっつく場所のことだが、いわゆる分岐点だ。右手に行くと、山梨方面、左手に行くと、山中湖だ。我らはここから、右に行く」
ってことは、天誠とお別れ? ここで?
そう思ったら、急に心細くなって。紫輝は眉を下げてしまう。
「そんな顔をするな。兄さん、笑ってくれ?」
「無理だよ。ずっと、ずーっと、一緒にいたいんだ」
「俺だって、ずっと、ずーっと。でも、もっともっと、ずーっと一緒にいるために。な?」
天誠は馬を降りると、紫輝に手を差し伸べた。
馬の上から、紫輝は彼の胸に飛び込む。
天誠はしっかり、紫輝を抱き止めた。両腕に紫輝のお尻を乗せて抱き上げている体勢だから、紫輝の方が天誠の頭よりも高くなる。
紫輝は両手で、天誠の頬を包み込んで、そして、額と額を合わせた。
手には、ミトンの形の手袋がしてあるから、手袋を脱いで、天誠の体温を感じたい。
「寒くないか? フードを深くかぶって、その可愛い顔を、むやみやたらにさらすんじゃないぞ」
安定のブラコンモードに、紫輝は笑ってしまった。
「はは、ぶれないな」
「紫輝、今回の休暇は、本当に、ほんとーっうに、最高だった。楽しかったよ」
「俺も、楽しかった。また…早く、またな?」
「あぁ。愛してる」
「…ん」
大和や亜義がいるから、あんまりラブラブだとマズい。でも、ちょっとだけ、チュウして。笑い合って。
紫輝は天誠の腕から降りた。
「大和、望月、紫輝を頼んだ」
天誠が言うのに、振り返ると。いつの間にか、馬に乗った千夜が合流していて。
ふたりは無言で頭を下げた。
「じゃあ、またな。毎日連絡をくれ」
てんてんと天誠は紫輝の頭を叩き、ライラ剣にも触れて、馬に乗った。
そして軽く手を上げて、あっさり行ってしまう。
お見送り、嫌い。
いっせいのせで、離れれば良かった。
「紫輝様、ここからは、それほどきつい道はありませんが、まだ大きめの山越えがありますので、急いだほうが良いかと」
朝早く村を出て、今は昼過ぎ。山中湖までは二時間くらいかかるかな?
そうだ、急がなきゃ野宿になる。
「ごめんごめん。行こう」
颯爽と馬にまたがり。紫輝は疾走させた。
今までは、天誠と一緒で、ちょっとしたデート気分だったけど。
これからは気の乗らない仕事。
でも、大事な仕事だから。気を引き締めた。
★★★★★
山中湖のほど近くに、将堂軍の支部がある。
本拠地と前線基地の、中継点のひとつで。物資の保管や、幹部の待機場所として、よく使われているものらしい。
二十三区ほどの広さのある本拠地や、樹海の大半を占める前線基地に比べると。
支部は、ひとつの大隊が駐屯するくらいの大きさで、規模はそれほど大きくない。
将堂軍、山中湖支部の門の前に、馬を引く紫輝がひとりで来た。
これから金蓮と、デリケートな話をする予定なので、大和はお供につけられない。
いや、大和も千夜も、知っている話なのだが。
金蓮は、人に聞かれたくないと思っている話なので。
だから、紫輝には。隠密の千夜が、隠れて、ついている。
ま、ライラも守ってくれているし。大丈夫だ。
「右第五大隊副長、間宮紫輝だ」
門番に名乗りを上げ、紫輝はマントをひるがえして、腕についた記章を見せる。
副長の地位を称した、ワッペンのついた、真新しい軍服だ。
以前の紫輝は、第五大隊二十四組九班班長、といった長ったらしい名乗りをあげなければならなかったのだが。
いざ、副長だけになると。なんだか文字数が少なくて、逆に寂しさを感じる。
まぁ、舌を噛まなくはなるかな?
「大将の将堂金蓮様に、右軍側近の瀬来様より書状を預かっている。取次をしてください」
つらつらと紫輝は要件を告げたが。
門番は剣を抜いた。
「間宮って、龍鬼だろ? ち、近寄るな」
及び腰で剣を突きつける門番を見て、紫輝は…初めて本拠地の門をくぐったときのことを思い出した。
あのときも門番が剣を抜いて、紫輝を威嚇した。
殺気はないから、まぁ、いいんだけど。
「俺、一応、君たちより上官だと思うのだが?」
「ち、近寄らないで、ください」
紫輝に言われて、上官だと理解しながらも。門番は剣をおさめない。
言ってることも、敬語になっただけで、変わってなくね?
支部に駐屯しているのは左軍なので。とにかく龍鬼が怖いみたい。
「龍鬼、怖くない。俺は雷龍、味方だよ」
子供に言うみたいにして、からかったら。
顔を赤くして怒っちゃった。でも、そっちが悪いんだからな。
「ま、間宮副長…こちらにどうぞ」
門番のひとりの案内で、紫輝は黒馬のミロを引いて。…ニ十分くらい歩いた。
すると、塀がぐるりと囲む屋敷があり。屋敷の門番に取り次がれる。
支部の門番とは、そこで別れ。今度は、屋敷の門番に案内されて、敷地の中へ入る。
ここは、幹部が待機するときに使う屋敷だ。この屋敷が、支部の中央にあり。有事の際には、ここを一大隊が守るという防御策だ。
紫輝は、門をくぐってすぐの、小さな庭に通された。
「龍鬼は、金蓮様が滞在する屋敷の中へは入れられない。ここで、金蓮様が出てくるのを待て」
そう言って、門番は戻っていった。
ちょっと。それって、本人に言わなくても良くね?
上官になったといっても、扱いが変わらないとか。本当にむかつく。
ま、地位なんて、そんなもんだよね。
つか、金蓮に取り次ぎ、ちゃんとできているんだろうな?
待ちぼうけとか、嫌だからな。
一時間経って出てこなかったら、帰るからな、マジでっ!
ここ何日か、晴れ間が続いていて、支部の辺りは雪が積もっていなかった。
でも、年の瀬迫る、季節柄。寒いは寒い。
そんなに長くは、外で待てないぞ。
紫輝はマントを体に巻きつけて、少しでも温かくしようと試みた。
「おうまさん、おうまさん」
甲高い声がして、小さな子供が駆けてきた。
え? 軍の施設に子供がいるなんて。
紫輝は驚くが。
子供を馬に近づけるのは危ないので。膝を屈めて、子供を止めた。
「待って、待って。おうまさんは危ないから、近寄っちゃダメだぞ」
声をかけると、子供は止まってくれた。
しゃがむ紫輝の前で、小首を傾げる。赤茶色の長い髪に、赤茶色の翼がついている。着物を重ね着して、若干丸いが。大人の言うことに従う、品の良い子供だ。
「おうまさんにのったことあるから、大丈夫です」
「へぇ? お馬さんに乗ったことあるのかぁ? すっごいね」
紫輝が褒めると、子供はちょっと、得意げに胸を張る。
大きくて丸い目は、紅茶色。丸いほっぺに赤い唇。顔の造作は優しくて、女の子のように見えなくもないけど、活発さや好奇心旺盛なところ、着物の色合いなんかは、男の子かな?
「くろいおうまさん、はじめてみました。お兄さんのおうまさん?」
「そうだよ。ミロって名前なんだ。格好いいだろう?」
「カッコイイ!」
まるで、ロボットのおもちゃを格好良いと言う子供みたいで。紫輝は微笑ましく思った。
「お兄さんが、りゅうきさんですか? ちちうえのお客さまでしょう?」
いかにも龍鬼だが、父上のお客様?
ってことは…と紫輝が考えると。
きゃあ、と女性の悲鳴が聞こえた。
何事かと思って、紫輝は身構えるが。
慌てて駆け寄ってきた女の子が、子供を抱いて、あとずさる。
「黒髪の客って、龍鬼でしょ? 夏藤様に触っていないでしょうね?」
女の子は紫輝に向かって、犬を追い払うかのようにシッシッと声を出して威嚇する。
剣を抜くのも、大概だが。
久々に、どぎつい差別を受け、紫輝はびっくりして目を丸くした。
村の女の子たちは、みんな紫輝に良くしてくれて、天国だったが。
そういえば、紫輝は。女性に、あまり良い扱いを受けたことがないのだ。
天誠の腰ぎんちゃく、なんでそばにいるの? 的な。
この世界では龍鬼来ないで、的な。
「なにを騒いでいるのだ? 客の前で、みっともない」
そこに、金蓮が現れた。
赤茶色の長い髪を、今日も綺麗に結えて、緑色の着物を重ね着している。
金蓮が母親だと知ってからは、初めて会う。
赤穂に感じたみたいに、なにか納得できる感覚があるのかな、と思ったけれど。
不思議と、なにも感じない。
それよりも、ヒヤッとするような、イラッとするような。
たぶん、恐れや怒りが。感電したみたいに、体に走っていった。
防衛本能かもな。
「こんにちは、金蓮様。金蓮様のお子様でしたか?」
そんな気持ちを見せることなく。紫輝は金蓮に笑いかけた。
なるほど。そりゃ、将堂の跡継ぎを龍鬼に近づけたくはないですよね?
でも、おなかの中で、そばにいたけどね。
実感は、ないけどね。
というか、この子、自分と似ていないな。
髪や目の色も、そうだが。
自分は子供の頃、こんなに雅やかではなかった。夏藤は子供の割に落ち着きがあって、上品で、花が咲いたような柔らかい明るさがある。
なにより、髪がバリバリじゃないっ!
おそらく、同じ年頃のふたりを並べても、双子認定はされないんじゃないかなぁ?
あ、二卵性双生児? なら、アリだけど。
なんて、紫輝はつらつらと、頭の中で考えた。
「そうだ。夏藤という、私の息子だ」
俺も息子です、と脳内でツッコミを入れる。
命懸かってるから、絶対言えないけどねっ。
「間宮、不快な思いをさせてすまない」
頭は下げないが、金蓮が一応、謝辞を述べる。
そして、赤い着物を着た女の子に、言った。
「おまえ、夏藤はいずれ、戦場に出るようになる。そこでは、龍鬼が助けの手となるのだ。龍鬼を毛嫌いするような教育は、この子のためにはならないぞ」
「はい。申し訳ありません、金蓮様」
頬を染め、女の子はしおらしく、金蓮に頭を下げるけれど。
顔をあげたら、紫輝を睨んだ。
ええぇ? 怖いんですけど。
それから、夏藤を抱えて、彼女は場を下がっていった。
夏藤は『おうまさんにさわりたいぃ』とごねたけど。有無を言わせずって感じ。
やっぱ、怖ぇぇ。
「女の教育係は、やはり駄目だな。そろそろ夏藤にも、側仕えをつける頃合いかもしれんな」
誰に聞かせるわけでもないのだろうが、金蓮はつぶやく。
「女性だから、駄目なのではありません。女性でも、優れた指導者はいるでしょう?」
ピクリと金蓮が反応するのに、紫輝は構わず続ける。
「でも、彼女は。金蓮様に惚れているように見えました。年の瀬に、お子様を連れて、支部へ来るというのは。戦場の空気感を体験するためですか? 教育的には、あまり感心しないな」
「今は冬季なので、戦はなく。危なくないから、許可を出したのだが…」
「だから、それでは教育にならないでしょう。戦場の空気感も感じられない場所に来て、なにを学ぶのです? 彼女は、お子様をだしにして金蓮様に会いに来たのではないのですか? だとしたら…」
ちょっと、気に食わない。
ほんの少し目にしただけで、実感もなかったけれど。
己の弟なのだ。
ちゃんとした人物に、ちゃんと学んでもらいたい。
「もしも、見当違いのことを言っていたら、申し訳ありません。ただ、素直なお子様だったので。すくすくのびのび育ってもらいたくて。あぁ、お友達をそばに置くのは、良いことです。きっと、赤穂様と瀬来様のような、仲睦まじい関係性を、長きに渡って作っていかれることでしょう」
ちくりとした、紫輝の嫌味が、効いているのか、いないのか。
金蓮は小さくため息をついて思案した。
「いや、間宮の助言は、検討の余地がある。参考にしよう」
金蓮がそう言うということは、心当たりがあるのかな?
とはいえ、まさか金蓮が。こんな戦場に近い場所に、年端もいかぬ息子を連れてくるとは、思わなかった。
弟に遭遇するなんて、紫輝は考えてもいなかったから、ビビった。
感想………? ビビった。
十二月二十八日、年の瀬というやつですが。紫輝は、天誠と大和と亜義とともに、馬で富士山へ向かうことになった。
天誠と亜義は、途中で別れて、手裏陣営に戻るのだが。
紫輝と大和は、山中湖へ向かう。
金蓮が、将堂の支部がある山中湖にいると、聞いたからだ。
紫輝は金蓮に用があった。
ちなみに千夜は先行して、道中警備している。
久しぶりに紫の軍服を着て、ライラ剣を背負い。龍鬼だとバレないように、茶色のフード付きマントをかぶる。
天誠は、あのなんでも出てくる不思議な黒マントを羽織り。
魔王様…もとい、手裏基成と化している。
そんなマント集団が、馬を連れて、村の出入り口に集結していた。
「紫輝、気をつけて。っていうか、書状なんか持っていかなくてもいいんじゃない?」
お見送りの人たちの中、月光が不満げに言う。
「駄目。金蓮と、後腐れなく決別するために、必要なんだ。これは早めにやっておくべき」
びしりと、紫輝が言うと。月光はしゅんと項垂れる。
月光は、金蓮との縁が切れることを渋っているのではなく、紫輝が金蓮と対峙するのが嫌なのだ。
母親との対面で、紫輝が傷つかないか。
そして金蓮に、己の子だと気づかれないか。
懸念事項は多いことは多い。
でも、大事なことなので、仕方がない。
「正月までには帰ってくるから。年越しパーティーやろう。親子で年越し、初めてだね?」
にっこり笑って、紫輝は話をそらす。
息子の笑顔に、月光はかなわない。
苦笑いで、送り出すしかないではないか。
「紫輝、月光のことは気にするな。道中、気をつけて行け」
月光の頭を小突く赤穂に、紫輝はうなずき。廣伊に目を向ける。
「廣伊も、正月までには千夜を返すから、待っててね?」
「気遣い無用だ。それより、気をつけて」
うなずくと、紫輝は馬にまたがり、門をくぐって村を出て行く。
天誠を慕う働き手たちが、頭を下げて見送るのにも、手を振った。
富士山近辺まで、ライラで直線距離を行けば、一時間くらいで着くが。馬では一日かかる道のりだ。
特に、紫輝は龍鬼だから。宿に泊まれないし。馬に慣れきってもいない。
山中湖を経由しても、夜までには、美濃の屋敷にたどり着き。野営は、なんとか回避したいと思っているのだ。
だから、急いでいる。
早駆けできるところは、馬を全力疾走させる。
だけど、あんまり急ぐと、天誠との別れが早くなるから、痛し痒しだ。
あぁ、あとちょっとでまた天誠と離れ離れになっちゃうんだな。寂しいな。
途中、道が踏み固められていないところもあるし、山登りで馬を引いて歩くところもあるし、結構大変で。一日で着くのかなと、マジで心配した。
ライラだったら、一時間…。
ライラは、本当にえらいよ。ありがたみを感じます。
「三百年前に、大きな道が通っていたところには、今も大なり小なり、比較的通りやすい道がつながっている。三百年経っても、人々がよく利用する道路は、変わらないんだ」
そう、天誠が説明する。
今は車がないけど、馬車や馬や人が通ることで、道ができる。
以前の世界では、アスファルトがない場所の方が少なかった。
土に触れる機会も、あまりなかったし。
それって、不自然なことなんだなと、天誠の話を聞いて、紫輝は思った。
「そして、ここは大月ジャンクションだ」
この世界に、絶対ない言葉を、天誠が口にする。
「ジャンクションって…高速道路の渋滞情報でよく聞くやつ?」
「そう、まぁ、大体だけど。ジャンクションは、道がくっつく場所のことだが、いわゆる分岐点だ。右手に行くと、山梨方面、左手に行くと、山中湖だ。我らはここから、右に行く」
ってことは、天誠とお別れ? ここで?
そう思ったら、急に心細くなって。紫輝は眉を下げてしまう。
「そんな顔をするな。兄さん、笑ってくれ?」
「無理だよ。ずっと、ずーっと、一緒にいたいんだ」
「俺だって、ずっと、ずーっと。でも、もっともっと、ずーっと一緒にいるために。な?」
天誠は馬を降りると、紫輝に手を差し伸べた。
馬の上から、紫輝は彼の胸に飛び込む。
天誠はしっかり、紫輝を抱き止めた。両腕に紫輝のお尻を乗せて抱き上げている体勢だから、紫輝の方が天誠の頭よりも高くなる。
紫輝は両手で、天誠の頬を包み込んで、そして、額と額を合わせた。
手には、ミトンの形の手袋がしてあるから、手袋を脱いで、天誠の体温を感じたい。
「寒くないか? フードを深くかぶって、その可愛い顔を、むやみやたらにさらすんじゃないぞ」
安定のブラコンモードに、紫輝は笑ってしまった。
「はは、ぶれないな」
「紫輝、今回の休暇は、本当に、ほんとーっうに、最高だった。楽しかったよ」
「俺も、楽しかった。また…早く、またな?」
「あぁ。愛してる」
「…ん」
大和や亜義がいるから、あんまりラブラブだとマズい。でも、ちょっとだけ、チュウして。笑い合って。
紫輝は天誠の腕から降りた。
「大和、望月、紫輝を頼んだ」
天誠が言うのに、振り返ると。いつの間にか、馬に乗った千夜が合流していて。
ふたりは無言で頭を下げた。
「じゃあ、またな。毎日連絡をくれ」
てんてんと天誠は紫輝の頭を叩き、ライラ剣にも触れて、馬に乗った。
そして軽く手を上げて、あっさり行ってしまう。
お見送り、嫌い。
いっせいのせで、離れれば良かった。
「紫輝様、ここからは、それほどきつい道はありませんが、まだ大きめの山越えがありますので、急いだほうが良いかと」
朝早く村を出て、今は昼過ぎ。山中湖までは二時間くらいかかるかな?
そうだ、急がなきゃ野宿になる。
「ごめんごめん。行こう」
颯爽と馬にまたがり。紫輝は疾走させた。
今までは、天誠と一緒で、ちょっとしたデート気分だったけど。
これからは気の乗らない仕事。
でも、大事な仕事だから。気を引き締めた。
★★★★★
山中湖のほど近くに、将堂軍の支部がある。
本拠地と前線基地の、中継点のひとつで。物資の保管や、幹部の待機場所として、よく使われているものらしい。
二十三区ほどの広さのある本拠地や、樹海の大半を占める前線基地に比べると。
支部は、ひとつの大隊が駐屯するくらいの大きさで、規模はそれほど大きくない。
将堂軍、山中湖支部の門の前に、馬を引く紫輝がひとりで来た。
これから金蓮と、デリケートな話をする予定なので、大和はお供につけられない。
いや、大和も千夜も、知っている話なのだが。
金蓮は、人に聞かれたくないと思っている話なので。
だから、紫輝には。隠密の千夜が、隠れて、ついている。
ま、ライラも守ってくれているし。大丈夫だ。
「右第五大隊副長、間宮紫輝だ」
門番に名乗りを上げ、紫輝はマントをひるがえして、腕についた記章を見せる。
副長の地位を称した、ワッペンのついた、真新しい軍服だ。
以前の紫輝は、第五大隊二十四組九班班長、といった長ったらしい名乗りをあげなければならなかったのだが。
いざ、副長だけになると。なんだか文字数が少なくて、逆に寂しさを感じる。
まぁ、舌を噛まなくはなるかな?
「大将の将堂金蓮様に、右軍側近の瀬来様より書状を預かっている。取次をしてください」
つらつらと紫輝は要件を告げたが。
門番は剣を抜いた。
「間宮って、龍鬼だろ? ち、近寄るな」
及び腰で剣を突きつける門番を見て、紫輝は…初めて本拠地の門をくぐったときのことを思い出した。
あのときも門番が剣を抜いて、紫輝を威嚇した。
殺気はないから、まぁ、いいんだけど。
「俺、一応、君たちより上官だと思うのだが?」
「ち、近寄らないで、ください」
紫輝に言われて、上官だと理解しながらも。門番は剣をおさめない。
言ってることも、敬語になっただけで、変わってなくね?
支部に駐屯しているのは左軍なので。とにかく龍鬼が怖いみたい。
「龍鬼、怖くない。俺は雷龍、味方だよ」
子供に言うみたいにして、からかったら。
顔を赤くして怒っちゃった。でも、そっちが悪いんだからな。
「ま、間宮副長…こちらにどうぞ」
門番のひとりの案内で、紫輝は黒馬のミロを引いて。…ニ十分くらい歩いた。
すると、塀がぐるりと囲む屋敷があり。屋敷の門番に取り次がれる。
支部の門番とは、そこで別れ。今度は、屋敷の門番に案内されて、敷地の中へ入る。
ここは、幹部が待機するときに使う屋敷だ。この屋敷が、支部の中央にあり。有事の際には、ここを一大隊が守るという防御策だ。
紫輝は、門をくぐってすぐの、小さな庭に通された。
「龍鬼は、金蓮様が滞在する屋敷の中へは入れられない。ここで、金蓮様が出てくるのを待て」
そう言って、門番は戻っていった。
ちょっと。それって、本人に言わなくても良くね?
上官になったといっても、扱いが変わらないとか。本当にむかつく。
ま、地位なんて、そんなもんだよね。
つか、金蓮に取り次ぎ、ちゃんとできているんだろうな?
待ちぼうけとか、嫌だからな。
一時間経って出てこなかったら、帰るからな、マジでっ!
ここ何日か、晴れ間が続いていて、支部の辺りは雪が積もっていなかった。
でも、年の瀬迫る、季節柄。寒いは寒い。
そんなに長くは、外で待てないぞ。
紫輝はマントを体に巻きつけて、少しでも温かくしようと試みた。
「おうまさん、おうまさん」
甲高い声がして、小さな子供が駆けてきた。
え? 軍の施設に子供がいるなんて。
紫輝は驚くが。
子供を馬に近づけるのは危ないので。膝を屈めて、子供を止めた。
「待って、待って。おうまさんは危ないから、近寄っちゃダメだぞ」
声をかけると、子供は止まってくれた。
しゃがむ紫輝の前で、小首を傾げる。赤茶色の長い髪に、赤茶色の翼がついている。着物を重ね着して、若干丸いが。大人の言うことに従う、品の良い子供だ。
「おうまさんにのったことあるから、大丈夫です」
「へぇ? お馬さんに乗ったことあるのかぁ? すっごいね」
紫輝が褒めると、子供はちょっと、得意げに胸を張る。
大きくて丸い目は、紅茶色。丸いほっぺに赤い唇。顔の造作は優しくて、女の子のように見えなくもないけど、活発さや好奇心旺盛なところ、着物の色合いなんかは、男の子かな?
「くろいおうまさん、はじめてみました。お兄さんのおうまさん?」
「そうだよ。ミロって名前なんだ。格好いいだろう?」
「カッコイイ!」
まるで、ロボットのおもちゃを格好良いと言う子供みたいで。紫輝は微笑ましく思った。
「お兄さんが、りゅうきさんですか? ちちうえのお客さまでしょう?」
いかにも龍鬼だが、父上のお客様?
ってことは…と紫輝が考えると。
きゃあ、と女性の悲鳴が聞こえた。
何事かと思って、紫輝は身構えるが。
慌てて駆け寄ってきた女の子が、子供を抱いて、あとずさる。
「黒髪の客って、龍鬼でしょ? 夏藤様に触っていないでしょうね?」
女の子は紫輝に向かって、犬を追い払うかのようにシッシッと声を出して威嚇する。
剣を抜くのも、大概だが。
久々に、どぎつい差別を受け、紫輝はびっくりして目を丸くした。
村の女の子たちは、みんな紫輝に良くしてくれて、天国だったが。
そういえば、紫輝は。女性に、あまり良い扱いを受けたことがないのだ。
天誠の腰ぎんちゃく、なんでそばにいるの? 的な。
この世界では龍鬼来ないで、的な。
「なにを騒いでいるのだ? 客の前で、みっともない」
そこに、金蓮が現れた。
赤茶色の長い髪を、今日も綺麗に結えて、緑色の着物を重ね着している。
金蓮が母親だと知ってからは、初めて会う。
赤穂に感じたみたいに、なにか納得できる感覚があるのかな、と思ったけれど。
不思議と、なにも感じない。
それよりも、ヒヤッとするような、イラッとするような。
たぶん、恐れや怒りが。感電したみたいに、体に走っていった。
防衛本能かもな。
「こんにちは、金蓮様。金蓮様のお子様でしたか?」
そんな気持ちを見せることなく。紫輝は金蓮に笑いかけた。
なるほど。そりゃ、将堂の跡継ぎを龍鬼に近づけたくはないですよね?
でも、おなかの中で、そばにいたけどね。
実感は、ないけどね。
というか、この子、自分と似ていないな。
髪や目の色も、そうだが。
自分は子供の頃、こんなに雅やかではなかった。夏藤は子供の割に落ち着きがあって、上品で、花が咲いたような柔らかい明るさがある。
なにより、髪がバリバリじゃないっ!
おそらく、同じ年頃のふたりを並べても、双子認定はされないんじゃないかなぁ?
あ、二卵性双生児? なら、アリだけど。
なんて、紫輝はつらつらと、頭の中で考えた。
「そうだ。夏藤という、私の息子だ」
俺も息子です、と脳内でツッコミを入れる。
命懸かってるから、絶対言えないけどねっ。
「間宮、不快な思いをさせてすまない」
頭は下げないが、金蓮が一応、謝辞を述べる。
そして、赤い着物を着た女の子に、言った。
「おまえ、夏藤はいずれ、戦場に出るようになる。そこでは、龍鬼が助けの手となるのだ。龍鬼を毛嫌いするような教育は、この子のためにはならないぞ」
「はい。申し訳ありません、金蓮様」
頬を染め、女の子はしおらしく、金蓮に頭を下げるけれど。
顔をあげたら、紫輝を睨んだ。
ええぇ? 怖いんですけど。
それから、夏藤を抱えて、彼女は場を下がっていった。
夏藤は『おうまさんにさわりたいぃ』とごねたけど。有無を言わせずって感じ。
やっぱ、怖ぇぇ。
「女の教育係は、やはり駄目だな。そろそろ夏藤にも、側仕えをつける頃合いかもしれんな」
誰に聞かせるわけでもないのだろうが、金蓮はつぶやく。
「女性だから、駄目なのではありません。女性でも、優れた指導者はいるでしょう?」
ピクリと金蓮が反応するのに、紫輝は構わず続ける。
「でも、彼女は。金蓮様に惚れているように見えました。年の瀬に、お子様を連れて、支部へ来るというのは。戦場の空気感を体験するためですか? 教育的には、あまり感心しないな」
「今は冬季なので、戦はなく。危なくないから、許可を出したのだが…」
「だから、それでは教育にならないでしょう。戦場の空気感も感じられない場所に来て、なにを学ぶのです? 彼女は、お子様をだしにして金蓮様に会いに来たのではないのですか? だとしたら…」
ちょっと、気に食わない。
ほんの少し目にしただけで、実感もなかったけれど。
己の弟なのだ。
ちゃんとした人物に、ちゃんと学んでもらいたい。
「もしも、見当違いのことを言っていたら、申し訳ありません。ただ、素直なお子様だったので。すくすくのびのび育ってもらいたくて。あぁ、お友達をそばに置くのは、良いことです。きっと、赤穂様と瀬来様のような、仲睦まじい関係性を、長きに渡って作っていかれることでしょう」
ちくりとした、紫輝の嫌味が、効いているのか、いないのか。
金蓮は小さくため息をついて思案した。
「いや、間宮の助言は、検討の余地がある。参考にしよう」
金蓮がそう言うということは、心当たりがあるのかな?
とはいえ、まさか金蓮が。こんな戦場に近い場所に、年端もいかぬ息子を連れてくるとは、思わなかった。
弟に遭遇するなんて、紫輝は考えてもいなかったから、ビビった。
感想………? ビビった。
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