【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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43 祝言とクリパ ②

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     ◆祝言とクリパ ②

 一応、祝言的なものは、終えた。
 でも。結婚式といえば、定番のものがあるだろう?

 指輪交換だ。

 しかし、この世界で、指輪を作るのは難しい。
 なので紫輝たちは、いつも自分たちが身につけている腕輪で、代行することにした。
 指輪交換ならぬ、腕輪交換だな。
 というよりも。天誠が紫輝に、そういうつもりで贈った物であるし。この世界に来て、ひとりで、心が折れそうなとき、天誠との絆を感じて乗り切ることができた。特別に、意味のある腕輪なので。
 むしろ、この腕輪でしないでなにでするの? という気持ちだった。

 みんなの前で、交換イベントをするのだが。
 もちろん、そのために、腕輪を外さなければならない。
 大広間の外で、紫輝は、この世界に来て初めて、腕輪を外した。
 ずっと手首にあったから、もう体の一部みたいで。そこにあることすら、忘れがちだったけれど。
 でも、とても大切で、大事な物。

 前の世界から持ってきた物は、みんな無くなってしまった。
 ほとんどのものが劣化して、砂のように粉々になってしまったのだ。
 服も靴もスマホも。
 でも、この腕輪だけが無傷だった。全部、自然のものでできていたから。

 もしも、この腕輪がなかったら。紫輝は天誠との絆が断たれたように思って。立てなくなったかも。
 早々にあきらめて、殻にこもってしまったかも。
 そうしたら、今の輝かしい祝宴はなかった。

「みなさま、これから、新郎新婦が腕輪交換の儀式をいたします」
 紫輝と天誠が、再び上座の席に戻ったところで。明るいすみれの声が、大広間に響いた。
 紫輝は、腕輪が出てくるのを、どきどきしながら待った。
 ほんの少し外しただけなのに、そこにあるものがないのが、心細くって。無意識に左手首をさすってしまう。

 漆塗りの綺麗なお盆に、小さな座布団を乗っけて、その上にうやうやしく、ふたりの腕輪が鎮座している。
 それをすみれが持ってきて、紫輝と天誠の前に差し出した。

「紫輝。左手を出して」
 天誠の手に、紫輝は左手を乗せる。盆の上からアメジストが光る腕輪を取ると、改めて紫輝の手首にはめた。
 そして紫輝も天誠に、同じようにして腕輪をつける。

 黒い水晶が光る天誠の腕輪は、八年の歳月で、さすがにボロボロになっていたので。作り替えたのだ。でもデザインや、水晶自体は変わっていない。

 革がめくれてしまった、以前の腕輪は。歴史を感じて、天誠が苦労してきた証のように思え。残しておかなくていいのかと、天誠に聞いたのだが。つらい記憶しかないと言われてしまって。
 だったら今度は、ふたりで明るい未来を歩いていく証にしよう! ってことで。リニューアルしたのだ。

 それでようやく、自分の腕輪と天誠の腕輪の見た目がおそろいになった、というわけ。

「兄さんは紫水晶、俺は黒水晶。色が違っても、水晶という本質は変わらない」
 この腕輪をもらった、四月。そのときと同じ言葉を、天誠が口にした。

「俺たちは、本当の兄弟じゃないけれど。本当の兄弟よりも、強い絆で結ばれている。そして今日、さらに強い絆ができたね?」
 微笑みで言われた言葉は、以前と同じもの。
 でも、後ろの方は少し違っていた。

「昔から…紫輝と初めて会った幼い頃から、今日まで。俺のこの想いは、ずっと変わっていない。だから、兄さん。いつまでも俺のそばにいてよ」

 ギューッと、目頭が熱くなった。

 この世界に来て、離れ離れになって。再会して。
 天誠が、一番大事な人になって…。
 そんなことが目まぐるしく、脳裏によみがえった。
 苦しかったことも。嬉しかったことも。

「そばにいる。そばに、いさせて、天誠。俺も、この手を離さないっ」
 そして感極まって。天誠のすべてを包み込みたくて、愛したくて、思いっきり抱きついて、キスした。

 人前だということを、すっかり失念していたのだ。
 目の前の、天誠しか見えていなかったのだ。
 だから、ピューという口笛とかドヨドヨッと沸いたみなさんの声で。紫輝は、我に返った。
 そして、離れようとしたけれど。今度は天誠が離してくれなくて。
 後ろ頭を天誠の手に固定され。笑った形をした唇に、存分にくちづけされている最中。
 紫輝は目を回していた。

 ギリギリ、赤穂が剣を抜く前に、天誠は紫輝を離したが。
 その頃には、紫輝はぐったりしてしまった。

「情熱的な誓いのキッスをありがとう、兄さん」
 にっこり笑って、甘く囁く天誠を、紫輝は涙目で睨む。
 誓いのキッスは、やるつもりなかったのに。
 でも。結婚式ではお約束だから、まぁいいか。

 それに、本当に、伴侶になったんだなって実感できた。
 もう、ずっと前から、天誠とは結婚している態だったけど。
 やっぱりこういうイベントは、ケジメ的な意味でも大事なんだなって。

 のぼせた頭でぼんやりと、紫輝は思った。

     ★★★★★

 そのあとは、無礼講で、クリスマスパーティーになった。
 中央の大きなテーブルに、御馳走をずらりと並べて、好きに取って食べる、バイキング形式。
 やむを得ない事情で、チキンは出せないが。
 クリスマスといえば、ポテト。
 ポテトの素揚げは、オッケー出たよ。
 あとケーキの代わりに、パンケーキを馬鹿みたいに積み上げて、バターとハチミツをいっぱいかけたやつとか。
 全然、オッケーじゃね?
 あとは野菜の煮物とか豚の角煮とか、川魚の塩焼きとか。
 クリスマスっぽくはないけど、充分な御馳走が並んでいる。

 ご飯を食べる前に、紫輝はもう一度、お色直しをした。というか、着替えた。
 白い着物を汚したら、次に着るすみれに、悪いと思ったからだ。
 そして、帯でぎゅうぎゅうに締めつけられていると、美味しいものを美味しく食べられないからだ。

 そうはいっても、今回の主役であるので、普段着とはいかない。
 ちょっとおしゃれめの衣装である。
 ズボンをはいた上に、短い丈の白い着物、その上に紫色の薄絹を重ねる。
 ズボンというのも、以前の世界のように、ボタンとチャックで留めるものではない。左右の足を通したら、腰の部分は紐で結んで留めるというものだ。なので、とにかく紐が多い。
 金具がないから、上着もズボンも基本、紐で結んで留めるのだ。

 それでも、着物重ね着、帯ギュウギュウよりは、少しだけ身軽になり。
 紫輝は再び、天誠の横に立って、クリスマスツリーを眺めた。
 この日のために、小ぶりな木を、森からとってきたのだ。

 三百年前は、きらびやかなモールとか電飾とかで、華やかにデコレーションしたが。この世界には、そういうものはない。でも、ここなりの飾りつけをしてあった。
 赤や黄色の糸で作られた、小さな毬を吊るしたり、木の彫刻を吊るしたり。
 彫刻は橘が、器用に、いろいろな種類のものを、短時間で作ってくれた。
 鹿とか猪とかライラとか、リアル模型だ。

 雪を模した綿わたは、この世界には結構いっぱいある。
 綿って、綿花っていう植物からとれるんだって。だから綿のつまった半纏とか、防寒の衣類もいっぱいあるし。分厚い布団もあるし。エアコンがなくても、なんとか過ごせるのだ。

 そんなこんなで、クリスマスツリーは、なかなか見ごたえのある飾りつけになっていた。
「紫輝、結婚おめでとう」
「さっきの衣装も綺麗だったが、今のも可愛いぞ」

 横合いから、廣伊と千夜に声をかけられ。紫輝は、手に持っていたコップを合わせて、ふたりと乾杯した。
「ありがとう、廣伊、千夜。…あ、そうだ」
 紫輝は髪を飾っていたピンを外し、廣伊の耳のそばにつけた。

「前の世界では、花嫁の花束をもらった人が、次に結婚するって言われてたんだ。でもここでは、今の季節、花はないんだって」
 説明する紫輝に、廣伊はうなずく。

「まぁ、そうだな。雪が降る中で咲く花は少ない」
「だから。代わりに、このピンを。廣伊が次の花嫁、な?」

 ピンには、小花を模した造花が飾られていて。生花ではないが、綺麗だから。
 紫輝は、これを見たとき、廣伊にあげたいなと思っていたのだ。
 想像通り、メタリックグリーンの髪に、白い小花が映える。

「似合うよ、廣伊。綺麗だ」
 その緑の髪に、千夜は触れ。賛辞を贈る。
 おおぅ。怪我をする前の千夜は、まだ子供っぽさが残っていて、紫輝とわちゃわちゃしていたのだが。
 この頃は、大人の色気全開で。廣伊への猛烈アタックも、すごい。
 人前で、甘い言葉吐く人じゃなかったのに、どうした?

「馬鹿を言うな、こんなところでっ…」
 案の定、廣伊は恥ずかしがって。紫輝の前から去っていった。
 アダルトな雰囲気で、千夜は首をすくめるが。
 紫輝にはニカッと、いつもの明るい笑顔を向けた。

「おめでとさん、紫輝」
 紫輝の背中をポンポンと叩いて、千夜は廣伊のあとを追って行った。
 苦笑いで、廣伊にフォローしてる。

「これはどうやら、次の花嫁は高槻で間違いなさそうだ。紫輝の読みは当たったな?」
 天誠に言われ、紫輝はドヤ顔した。

「安曇様、亜義が紫輝様に、ご挨拶させていただきたいと…」
 すっと大和が寄ってきて、紫輝と天誠に頭を下げた。
 大和の隣には、しっとり黒髪の、カラス羽の男が立っている。
 手裏の軍服ではないが、黒い装束で、まんま忍者みたい。

 ちなみに大和は、将堂の軍服だが。色が紫だ。
 紫輝に引っ張られて、大和は副長補佐になるわけだが。それを機に、紫の軍服を新調してしまったのだ。
 前に、軍服を紫輝に合わせて、紫にしたいと。言われてはいた。
 冗談というか、リップサービス的なものかと思っていたのだけど。

 とうとう、やりやがった。

 目立つからやめろと、言ったのにぃ。隠密は目立っちゃ、ダメなはずなのにぃ。
 あと、紫輝が副長になることで、腕に記章、地位を称するワッペンがつけられるのだが。
 それに伴って、紫輝も、軍服を新調することになった。
 紫輝はもちろん、みんなが着ている茶色の軍服にしようと思ったのだが。
 手配を大和に頼んだら、出来上がった軍服が…紫だった。

 なんで?
 大和が似合うからって。いやいや。

 目立ちたくないって、言ったじゃーん。
 大和に頼んだ自分が悪いのか?
 だって、ついでだからって言うからぁ。

 なので、結局。紫輝はまた、紫の軍服を着用することになった。もうっ。
「あぁ、紫輝は初めて会うな。俺の隠密の筆頭だ。主に、俺の近くで働いてもらっている」
 天誠が紹介してくれ、亜義は、紫輝に頭を下げて挨拶する。

「勝池亜義です。この度は、ご結婚おめでとうございます」
 一重の切れ長な目元、真面目そうな性格、大和とは受ける印象がまるで違うのに、隣に立つ感じがしっくりしている。
 こ、これは?

「腐女子垂涎の幼馴染みケンカップル?」

 紫輝がつぶやくと、大和と亜義は、声もなく、口をまぬけに開けて驚いていた。
 ん? どうした?
「なぁ、紫輝。ワンコ受けか和風美人受けか、どっちだと思う?」
「ええぇ? そんなこと、本人目の前にして、言えないよぉ」
 クスクス笑いで天誠に聞かれるが、な、悩むなぁ。どっちのシチュエーションも、アリよりのアリ。

 すると、大和が。珍しく、泣きそうな顔でキレた。
「なんなんっすか? その呪文は、いったい、どういう意味なんっすか?」
「聞くな、大和。これは絶対に聞いちゃダメなやつだっ」
 律儀に一礼して、亜義は去り、大和もその後ろについていった。
 その後姿を見て、紫輝は言う。

「尻に敷かれている大和が攻めってのが萌える」
「いや、ワンコを可愛がる美人が萌える」
「うん、どちらも捨てがたいね」
「あぁ、捨てがたい」

 なんて、いろいろなことがありつつも、祝言とクリパがミックスされた、賑やかな夜は更けていった。

     ★★★★★

「みなさん、宴もたけなわですが。ここで一度、会を締めたいと思います。まだ食べたりない、遊び足りないという方は、引き続きこちらで、飲んで食べて遊んでも、構いませんよ」
 紫輝が声をかけると、サッと注目が集まった。
 紫輝はまだ、みんなの前でなにかを言うことに慣れていないから、緊張してしまうのだが。
 最後のメインイベントに向けて、気を引き締める。

「三百年過去の結婚式では、式の最後に新郎新婦から両親への挨拶というものがあります。それを、少しだけさせてください」
 紫輝が天誠に目を向けると。天誠が隣にいるライラを、ゆるりと撫でた。

「ライラ、いつも紫輝を守ってくれて、ありがとう。ライラは紫輝が子供の頃から、ずっと紫輝を守っていた。最高のママだ。これからも、紫輝のことをしっかり守ってくれ」
「あい、てんちゃん。あたし、おんちゃんをまもるわぁ」
 ゴロゴロと喉を鳴らして、ライラは天誠に頭をなすりつけた。

「そして、将堂赤穂、瀬来月光。この可愛らしい天使が俺の前に舞い降りてくれたのは、ひとえに、貴方方の功績だ。俺は、本当に、最上級に、心の底から感謝している」
 天誠は、最大限の感謝の気持ちを述べ、猛烈に感動しているのだが。
 赤穂たちは『おまえのために紫輝を育てたんじゃない』という顔をしていて。
 紫輝は苦笑いしてしまう。

 そして次は、紫輝の番。
 ひとつ深呼吸して、告げた。

「赤穂、月光さん、俺がここまで大きく育つことができたのは、赤穂と月光さんが、大切に、慈しんで、俺を愛してくれたからです。本当に感謝しています。お父さん、そしてお父さん。ありがとうございます」
 紫輝はふたりの父、ひとりひとりに目を合わせ。深く頭を下げた。
 顔をあげると、月光が号泣していて。
 気恥ずかしくなって、紫輝は頬を指先でポリっとかいた。

「…えっと、自分で言うのもなんだけど、一番可愛い盛りに雲隠れしちゃって、ごめんね。そんな、危なっかしい俺だけど。これからもどうか、温かい目で、ふたりがたどる道のりを見守ってください」
 言い終わって。紫輝は、胸に手を当て、目を閉じた。

「それから、天誠と俺を育ててくれた、両親へ」
 この展開を聞いていなかった天誠は、紫輝の言葉に、息をのんだ。

「今、ここにはいないけれど…天誠を返してあげられなくて、ごめんなさい。でも。きっと。きっと。天誠のこと、幸せにします。父さん、母さん、愛してる。だから、俺を許して」

 こらえきれなくて、紫輝は涙をこぼした。
 天誠を戻せなかったこと、それだけはどうしても、紫輝の心の傷になっていた。
 たとえ天誠が望んだことでも。
 不破の手で引き戻されたのだとしても。
 自分のせいではないからいい、というわけではなくて。

 天誠は八年も年を取り、翼もあるから帰れない、そういう表面的なことでもなくて。

 息子を失った、両親の気持ちを考えると。ただただ申し訳ないと思ってしまうのだ。
 だけど、もう離せないから。
 天誠をこの世界に縛りつけるのは、己だから。
 紫輝は両親に、謝り続けるのだ。

「馬鹿だな、紫輝」
 泣く紫輝を、天誠はやんわり肩を抱いて引き寄せ。ライラも身を、ぴったりと紫輝に寄り添わせる。

「父さんも母さんも、紫輝になら俺を任せられるって、思ってくれてる。母さんなんか、きっと『初恋のお兄ちゃんと結婚できてよかったわねぇ』って言ってると思うぞ、マジで」

 基本、放任な両親だったが。なんでも、そつなくこなす実の息子より。紫輝の方を頼りにしていた感がある。
 紫輝がいたから、安心してアメリカに行ったのだ。
 それは天誠が、紫輝の言うことなら聞くという面も、あったからかもしれないが。
 生真面目で健全なしっかり者のお兄ちゃんに、両親は一目置いていたからだ。

 両親も、天誠同様、華やかゆえに、尊大、傲慢になりがちで。
 よく言えば高潔だが、高飛車で。モラルを軽視しがちだ。

 それを引き締めてくれたのが、紫輝だった。

 純真な紫輝の前で、両親は羽目を外せない。
 逆に、紫輝さえいれば、間宮家の者は、人に後ろ指差されるような行いをすることはないということだ。

 紫輝は、間宮家の良心だった。

 だから、紫輝と天誠が消えたとなったら。
 きっと真っ先に、両親は天誠に怒りを向けたことだろう。
 うちの天使をひとり占めしやがったな…と。

 天誠はそう、想像がつくのだが。
 愛情深く育ててくれた両親を、裏切ってしまったと思って、涙する紫輝には。そんなことは想像もつかないに違いない。

「そうよぉ、パパもママも、おんちゃんのこともてんちゃんのことも、だいすきだったのよぉ。なくことなんか、なんにもないわぁ」
「ライラも、大好きだよ。これからもずーっと、一緒だよ」

 フォローしてくれるライラに、紫輝はしがみついて。涙顔を隠した。
 いつだって、ライラは紫輝の味方だ。
 それから、この世界の親である、赤穂と月光に。紫輝はハグする。
 拍手と感動の嵐の中、紫輝は、天誠とライラとともに、大広間を後にしたのだ。


 大広間に残った者たちは、一瞬しんみりしたが。
 仕切り直しとばかりに、また酒を手に取り始めた。

 そんな中、赤穂はつぶやくのだった。
「三百年前の儀式、えぐぅ…矢で射られるより、胸が痛い」
「赤穂、それ、シャレにならないから。でもこれは、反則だよね。腹殴られたくらいの衝撃があったよ」

 桃色の羽をヒックヒックさせて、月光の号泣は止まらないのであった。

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