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37 息子さんを俺にください

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     ◆息子さんを俺にください

 赤穂は、亡くなった。
 棺を積んだ馬車は、河口湖から長野方面に向かい…赤穂と月光はその後、消息不明となる。

 というシナリオで。ピンピンしている赤穂と月光は、大和が運転する馬車で、四季村へと向かっていた。

 長野に迂回したのは、金蓮が差し向けた監視の目を巻くためだ。
 しかしそれも、月光が命令に従うかの確認を、遠目にしているくらいのもので。それほどしつこくはなかったらしい。

 その彼らが、十二月二十二日に、四季村に到着するという先触れがあり。
 紫輝と天誠は、玄関を出たところで、彼らの到着を待っていた。

 彼らは、紫輝の両親であり上官なので。紫輝はいつもの、紫の軍服を。天誠は、手裏の黒い軍服を身につけ。敬意を表している。

 いわゆる…嫁の親がスイートホームへ初めてやってくるのを、スーツでお出迎え、的な?

 馬車が村に入ってきたところが見え、紫輝は無事に到着したことを嬉しく思う。
 しかし。赤穂の殺気が飛んできたのを感じ。
 やっぱりこうなるか、とがっかりしつつ。本能的にライラ剣を後ろ手に掴んだ。

「紫輝、ここは俺がするところだ。黙って見てろっ」
 天誠が言い、スラリと刀を抜く。
 直後、ガンと剣が合わさった。

 燃える赤の軍服の赤穂と、漆黒の天誠の、玄関先の敷地での、ガチンコ勝負が始まった。
 すごい迫力で。紫輝は息をのむしかない。

 いつも、赤穂の剣を、紫輝は受けていたが。
 己と相対するときよりも剣戟けんげきが激しい。
 スピードも、力加減も、気迫も、段違いで。
 本気の赤穂は、これほどに凄まじいのかと、紫輝は背筋を震わせた。

 一方の天誠も。紫輝は彼の本気の剣を、久しぶりに見た。
 中学生のとき、剣道の大会で負け知らずだった天誠だが。その頃の剣が、お遊びのように。今は、洗練された太刀さばきだ。
 重い赤穂の剣を受けて流し、受けて流し。刀が刃こぼれしないよう、留意している動きだ。
 まるで赤穂の剣にまとわりつくムチのように、太刀筋が流動的に見える。

「将堂赤穂っ!」
 抜かりなく赤穂の剣を受けながら、天誠は大声で呼んだ。
 赤穂も剣の手を止めることなく天誠に聞く。
「な、なんだ?」
 天誠は、一番、受けの良さそうな、爽やかな笑みを浮かべ。でも、刀の動きをゆるめることなく、告げた。

「お父さん、息子さんを、俺にくださいっ」

「断る!!」

 間髪入れずに、赤穂は拒絶した。
 なにやら背後が、メラリと燃えて見える。
 そしてさらに強力に、剣圧が勢いを増すのだった。

 怒る赤穂は、ヤバい奴だが。
 天誠も余裕で相対しているので、紫輝は心配はしていなかった。
 なので、横から茶々を入れる。

「ええぇぇ? そこは、わかったって言う場面だろ? 空気読めよ、赤穂」
 恋人が、自分の両親に挨拶する、憧れのシチュエーションなのだから。感動的にしてもらいたいんですけどぉ。
「こいつに、父さんとか呼ばれたくねぇんだよ。つか、年上だろうが、貴様っ」
「はは、瀬来と同じ反応とか…ウケる」

 先ほどの爽やかな笑顔は、とっとと収納してしまった天誠は。薄笑いで、赤穂を挑発する。
 やめなさいよ、魔王様。

「マジ、殺す!」
 赤穂が憤怒するほど、天誠は喜々として対戦している。
 強者と戦うの、好きだったもんな、天誠。

 すると、ちらりと紫輝を見やり、彼はちょっと甘えた声を出した。
「紫輝、お父さん、怒っちゃったよ。ここままじゃ、殺られる。頼む、助太刀してくれ」
「オッケー」
 ふたりの手合わせを見学していた紫輝は、ニヤニヤとして、ライラ剣を抜く。
 ちょっと、うずうずしていたんだよね。
 ふたりで遊んでずるいぃ、て。

「紫輝ッ、てめぇ、父でなく、この男に加勢するとは何事だ?」
 赤穂は、紫輝と天誠の剣を交互に受ける体勢になり、さすがに押されてきた。
 思いっきり怒鳴りつけるが、紫輝は当たり前という顔つきで、不思議そうに赤穂を見やる。

「そんなの、決まってる。俺の大事な人を守ってるんじゃん?」
「さすがだ、紫輝。俺の嫁」

 ポッと、紫輝は頬を染める。
 天誠に伴侶として扱われると、嬉しくて、胸が満たされる心地で。
 そばで剣を振るう己の旦那が、格好良くて。惚れ直してしまうぅ。

「嫁と、言われて、赤くなるんじゃねぇ。俺は男だって、怒るところだろうがっ!」
 ガンガンに打ち合っているというのに、のんきに笑いながら話をするこのふたりに、赤穂は狂気を感じる。
 紫輝は龍鬼だから、それなりに身体能力があるので理解できるが。
 この男は、能力のない普通の人間だという。

 普通の人間? いやいや、あり得ねぇ。
 普通の人間が、なにをまかり間違って、手裏基成の座につけるというのか?

「そのやり取りは、もうしちゃったからなぁ…二番煎じ? なぁ?」
「なぁ?」

「仲良しかっ!」
 目で合図して、語尾を合わせる、甘い空気でイチャイチャしやがって、と。赤穂はイラッとした。
 赤穂はこの男の、なにもかもが嫌いだ。
 特に、息子の心のど真ん中に、どっかりと居座っているところ。

「紫輝、てめぇ。こいつは手裏基成だぞ。俺を矢で撃った奴。敵だぞっ」
「天誠にはアリバイあるし。それに将堂の敵でも、俺の敵じゃないし。な?」
「なぁ?」
 さっきと同じやり取りに、赤穂は奥歯をきしらせた。
 マジ、血管切れそうだ。

「つか、ありばいって、なんだ?」
「現場不在証明だ。そのとき、俺は。紫輝とともにいた」
 キイィンと音が鳴って、三人の剣は離れた。
 敷地には、雪が積もっていたのに。三人が戦っていたところの地面が剥き出しになっている。

 凄まじく、長い、手合せだったと思い。紫輝は息をつく。
 手合せ、だよな? 殺し合ってないよね?

「紫輝から、大雑把に聞いたが。本当なのか? 手裏基成が三人いるっていうのは…」
 赤穂が剣をおさめたので、紫輝も、天誠も武器をしまって。
 ふたりは軽く頭を下げる。

「将堂赤穂、瀬来月光、ようこそ紫輝の村へ。詳しい話は中でしましょう。その前に、長旅の疲れを癒してください。風呂と食事を用意しています」
 赤穂の横に、いつの間にか並んでいた月光が。口をとがらせて言う。

「ね? 嫌な奴だろ? この、つけ入る隙のないところ…マジ、むかつく!」
 ついて早々、文句を言う月光に。天誠は先ほどの爽やかスマイルを浮かべた。

「瀬来月光、息子さんを俺にください」

「断るっ!!」
 大きな桃色の瞳に、剣呑な光を浮かべ。翼をバサバサさせる月光を。
 天誠は、それはそれは楽しそうに、笑い飛ばした。

 それ、言いたいだけだろ、天誠。

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