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33 お仕置きだ   ★

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     ◆お仕置きだ

 十二月になり、冬期休暇をとった紫輝は、大和とともに四季村に帰ってきた。
 廣伊は、兵補充のめどが立たず、本拠地に残って大隊の立て直しに注力するそうだ。
 千夜を置いていきたかったけれど、それは駄目だと、天誠にも大和にも千夜にも、言われてしまった。とほほ。
 でも、心配だよ。と廣伊に言ったら。
 屈強な使用人が大勢いるから、大丈夫だと言われてしまう。
 冬の間は、外での訓練も少なくなり。休暇で故郷に戻る者も多く。本拠地内の人数が減る。

 刺客も動かないという。

 っていうか、廣伊はなんで、そんなに刺客に狙われちゃうの?
 大きな戦力っ。狙っちゃ駄目、絶対!

 そんなわけで、紫輝は黒馬のミロに乗って帰還した。
 そう、馬の名前を決めました。
 というか。この名前、気に入ってはいるけれど、かなり急遽つけることになったのだ。
 だって。
 名前をつけなかった間に、馬丁さんが。仮に、クロって。呼んでいたんだもーん。
 己の馬が、自分をクロだと認識し始めていたよ?

 いやいやいや、黒馬に、クロはないでしょ。ダサいでしょ。
 堺の雪のこと、笑えなくなるでしょ。

 でも、なかなか考えられなくて。
 クロみたいな字面で、名前っぽい奴。
 名前を決めあぐねていたら、逆にハードルが上がったという…うーーーっ。

 で、ミロにしました。

 ミロのビーナスってあるから、格好いいかなって。
 オスだから女神じゃないけど。
 あれ、ミロって、画家の名前だっけ? まぁ、いいや。とにかく、馬の名前はミロくんになりました。

「紫輝様、お帰りなさいませ」
 屋敷の働き手の人たちが、みんな出てきて、挨拶してくれる。
「いや、そんな、仰々しくしなくていいよ。天誠と一緒に暮らしてくれたんだから、俺にとっても、みんな、家族みたいなものだよ? もっとリラックス…んー、ゆるい感じで、肩の力抜いて、ね?」

「りらっくすはゆるい、ですね? わかりました。みんな、りらっくすだって」
 すみれの号令で、みなさん、解散していきました。よかった。
 そうしたら、橘がぬっと現れ、紫輝と大和の馬の手綱を預かって、馬小屋に持っていってくれた。

「紫輝様、お疲れでしょう? 居間の方、暖かくしておりますから、どうぞ」
 この世界は、冬が寒いと紫輝は感じた。
 以前の世界では、都心の方に住んでおり、雪は一年に一度、降るか降らないかだった。温暖化だったからかなぁ?

 でも、四季村は。ちらほら雪が降り始めている。
 大隊長の宿舎で、感じたことだが。家屋は密封性がないから、室内はすぐに、外気温と同じになる。
 暖炉や囲炉裏がある部屋は良いのだが、寝室などは寒くって。
 いつもライラに、引っついて寝ていた。
 温かい、ライラ様様である。

 なので、ここに来る間も。ミトン型の革手袋。マントの下は、毛皮を着こむ、重装備だ。
 屋敷の中へ入り、玄関で、マントや毛皮やら脱いで、居間でくつろぐと、ホッとした。
 家に帰ってきたなぁって、思える。

 お茶を淹れてくれるすみれも、美味しい料理を作ってくれる橘も、屋敷を綺麗に整えてくれる他の働き手たちも、紫輝が心を許せる人たちだ。
 正月に実家に帰って、こたつに足を入れて寝転ぶみたいな、開放感がある。
 俺、祖父母がいなかったから、実家、なかったけど。
 あと、この世界にこたつはないから、囲炉裏だけど。あくまで、実家帰省のイメージだよぉ?

 村に帰って、早速することは。
 ライラを出すことだ。
 獣型に戻ったライラは、囲炉裏の火を、目をハート型にして見ている。

「ああああぁ、あたたかいわぁ。いいわねぇ」
 囲炉裏の周りをグルグル回って、ドシンと横向きに倒れ込む。
 火で、腹を温める体勢だ。
 でも。一番暖かいのは、ライラだよぉ、とばかりに。紫輝もライラの大きなお尻に身を寄りかからせる。
 体ぽかぽかで、寝てしまった。

     ★★★★★

「安曇様は、いつ屋敷にいらっしゃるのかしら?」
「九日だと、紫輝様から、うかがっているが」
「あら、休みを合わせられなかったのね? 安曇様らしくない失態だわ」
「どうせ、また銀杏様が引き留めてんだろ?」
「あの女、しつこいわねぇ。安曇様には紫輝様がいらっしゃるのだから、無駄なのに」
「おいおい、一応、ご当主様だから」
「私の当主は、安曇様と紫輝様よ。手裏なんか関係ないもん」

 自分の名前が出たのを、ぼんやりした頭で把握し、紫輝は目を覚ました。
 ライラは、いつの間にか寝返りを打ち、火を背にして豪快に寝ている。
 紫輝は、頭には枕、体には薄がけをかけ、床板の上ながら、ちゃんと寝ていた。

「ごめん、いつの間にか、寝ていたみたいだ」
 体を起こすと、正面に座っていた大和とすみれが、笑みを向けてくる。
「寒い中、何時間も馬を走らせてきたのですもの。さぁ、お茶をどうぞ」
 湯飲みに、緑茶。みかん。
 囲炉裏に、なにやら鍋がかけられていて、良い匂いがする。
 すごい。昔話の冬の描写って感じだ。

 紫輝はお茶をひと口飲み。そして、言った。
「で、銀杏様というのは、誰?」

 紫輝の質問に、大和はお茶を吹き出し、すみれは顔を青くした。

「き、聞こえていましたか? あの、全然、気にしなくていいのですよ。紫輝様は安曇様に愛されていますもの」
 震えた声でのすみれの取りなしに、大和は馬鹿、とつぶやいた。
「天誠の恋人?」
「「まさか!」」
 大和とすみれが、素晴らしい同調性で否定した。
 そして大和が代表して、紫輝に言う。

「あの。安曇様から、大体のことは聞いていると思うのですが。手裏基成は三人体制で回しています。安曇様、不破様、そして手裏銀杏様」
「手裏銀杏? 乱心して一族を殺め、基成が成敗したと、将堂では伝わっているけれど。その銀杏?」

 天誠が、翼を手に入れた日のことだ。
 その出来事を、天誠は忌まわしく思っているようなので、詳しく話してはくれないが。
 天誠たちが基成と成り代わった顛末を、廣伊に話したとき。手裏家のお家騒動の話を、紫輝は廣伊に教えてもらったのだ。
 でも、銀杏が生きているとなると。将堂に伝わっている話とは、だいぶ異なる。
 まぁ、天誠が基成な時点で、完全の異なっているけど。

「はい。銀杏様は養子で、黒の大翼を持ちませんが、手裏家の正式な後継者です。しかし、手裏軍を掌握するには、手裏家の象徴である黒の大翼が必要で。今は姿を隠し、手裏基成として、安曇様や不破様同様に振舞っております」

「その銀杏様は…女性なの?」
「…まぁ、そうですが」
「天誠のこと、好きなの?」
「それは、一兵士にはわかりませんが。でも、紫輝様にはかないませんっ」

 あまりにも、ここで言い間違えたら殺されるぅ、という目で。大和もすみれも、見てくるので。
 紫輝も、意地悪な追及はやめにした。

「大丈夫だよ。気にしてない、マジで。あのね。天誠は昔から、それはもう、モテてモテて、大変だったんだよ。あの顔で、強くて、優しくて、頭が良くて、今では家柄も良いと来たら。モテないわけないじゃん。なのに、天誠は俺を大事にしてくれるんだから。彼を疑ったりしないよ」

 ちょっと、モヤッとはするけど。でも、それは仕方がない。
 恋人になってから、初めて女の影が見えたんだから。好きゆえの、モヤッとは。許してほしいな。

「はぁ、良かったです。お願いですから決してっ、安曇様を嫌いとか言わないでくださいね」
 必死な大和がおかしくて、紫輝は、ははっと軽く笑った。
 彼にしてみれば、生死がかかっているのだろうが。

「言わないよ。そんなことより、ふたりにお願いしたいことがあるんだけど?」
 大和とすみれは、なんでもしますと言わんばかりに、目をかっぴらいて、紫輝を見た。

「クリスマスパーティーしたいんだ」
「くりすます、ぱ、て?」
 まぁ、当然。この世界にはないだろうと思っていたので。ふたりが首を傾げるその反応を、紫輝は微笑ましく見やった。

「クリスマスっていうのは、海外の神様が生まれた日なんだけど」
「かいがいとは?」
 大和が紫輝に聞いてくる。が、そこからか。

 この世界は、海の向こうの人たちと、交流はないようだ。
 そもそも、ここ以外の世界の人が、あの、世界を破滅させる兵器から、逃れられているのかもわからない。
 海の向こうは、人類のいない、自然豊かな土地が広がっているだけかもしれないのだ。
 海を渡る技術がないから、それはわからないのだが。

「三百年前は、海の向こうにある土地にも、人類がいてね。海の向こうを海外、海の向こうの人たちを、外国人と言ったんだ。で、外国人が信仰した神様が生まれた日、十二月二十五日がクリスマスって言うの。でも、ぶっちゃけ、外の神様を、俺らは真面目に信仰しないでしょ? でも、遊びたいじゃん? だからその日は、家族や恋人と仲良く遊ぶ日になったんだ。パーティーするわけ」

 まぁ、ちゃんとキリスト教を信仰している人は、しっかり降誕のお祝いをするのだろうけど。
 大概の日本人はそんな感じだったように思うので。
 でも言葉にすると、なにやら不敬だな。

「その、二十五日に、パテをするのですか? パテはなにをするのですか?」
「モミの木…はないかな。なんか小さめな木に飾りつけして、御馳走作って、ケーキとチキンを食べて、みんなでワイワイする感じ」
「木に飾りつけと、御馳走はできます。けいきとちきんとはなんですか?」
「ケーキは…甘いお菓子。生クリーム、は難しいか。小麦粉と牛乳と砂糖とバターをまぜて…ベーキングパウダーないから膨らまないかな。でもメレンゲ作ればできそう。卵を馬鹿みたいにかき混ぜて、焼いたら、ケーキ」
 首を傾げて、大和はケーキ作りの工程を頭で考えていた。

「難しそうですが。橘なら、作れんじゃね?」
「そうね。ちきんは?」
 相槌を打ったすみれが、紫輝に質問する。

 得意げに、紫輝は説明した。

「鶏肉を照り焼きにしたやつ」
「鳥? を、食べるんですか?」
 大和とすみれは、顎が外れるほどの驚愕で、紫輝を見やった。
 顔面蒼白。あれれ? これは…。

「もしかして、共食い的な?」
「「共食い的な!!」」
 またもや声をそろえて、ふたりは告げた。仲いいな。

 しかし。ええぇぇ? チキン、美味しいのに。
 この世界では、鶏肉は食べないようだ。
 卵は食べるのに。
 卵を食べるのは三百年前の名残かもな。生き延びるために、一番初めに食べていそう。

 そういえば、この前、堺にもらった引っ越しそば。
 野際が作ったそばの具も、豚肉とネギだった。
 紫輝がそばを作るときは、総菜の天ぷらか、鳥南蛮だったから。珍しいなと思ったのだ。

 そうか。共食いか。それは強要できないな。

「じゃあ、チキンはなしで。二十五日は、クリスマスツリーと、御馳走と、ケーキでお祝いしよう?」
「わぁ、なんだか楽しそうですね。紫輝様、他には、前にあって今はないものってありますか?」

「んー、いろいろあると思うよ。春は御花見、夏は海水浴に花火大会、秋はお祭り…」
「ハナビタイカイ以外は、今もあります」
 この世界には、まだ火薬のようなものがない。銃がないから、戦もあの規模でおさまっているのだ。
 そうじゃなければ、百年以上も戦をしてきた、この世界は。とっくに滅んでいる。
 紫輝がいなかった八年の間に、天誠が銃を作り出さなくて良かったと、心底思う。
 簡単に作りそうだもの、あの人。

「そうか。んー、じゃあ、キャンプファイアは?」
 紫輝は学園の文化祭を思い出して、言った。

「きゃんぷふぁいあ、とは、なんですか?」
「やぐらを組んで、真ん中で大きな焚火をするの。そして、その周りを踊りながら回るんだ」

 中等部、高等部、合同の学園祭では、後夜祭でキャンプファイアをするのだが。みんな思春期だから、男女で踊ることを恥ずかしがってしまう傾向があった。
 天誠が中等部の生徒会長をしていたときに、仮面舞踏会を開催したことがあり。キャンプファイアと組み合わせたら、恥ずかしさが軽減して参加者が増えるだろう、そんな提案がなされ。
 またもや天誠のお手柄で、仮面オーケーな後夜祭は、参加人数を増やすことができ。学園祭は、盛況のうちに終わった…。ということがあったのを、紫輝は懐かしく思い出す。

 天誠と踊りたい女子が、彼の後ろに、列をなしたが。
 一番に、天誠が手を取ったのは、紫輝で。
 女子の視線が針を刺すかのごとくチクチクした中。

 天誠と踊ったのは…まぁ、楽しかったけど。照れ照れ。

「え? 火の周りで踊るんですか? なんで?」
 純粋な疑問を、大和に投げかけられ。紫輝も小首を傾げる。
 なんで?

「男女の出会いの場、みたいな? 火を見ると、心も燃えるというか? ロマンティック…こう、高揚して、カップル…恋人成就の成功率があがる、的な?」
 大和は、ピンとこないような顔をしているが。
 すみれは、夢見るような顔つきになった。

「なんか、想像するだけで、素敵な予感。恋人を作る絶好の機会なんですね? 自分の恋人をみんなに見せびらかすのにも、良さそう。ねぇ、紫輝様。きゃんぷふぁいあもやりましょうよ」
「キャンプファイアは、夏か秋によくやるもので。冬だと人が集まらないんじゃないか?」
「えぇ? 一年も待てなーい。でも…なるほど。秋に恋人を作り、冬にこもって、春夏には子供が生まれる、そういう仕組みなんですね?」
 え、そんな赤裸々な感じではないけど。
 もしかしたらそうかもしれないので。紫輝は曖昧に笑っておいた。

     ★★★★★

 十二月九日は、天誠が屋敷にやってくる日だ。
 雪が積もっていて、ちゃんと来られるのか心配だが。
 とりあえず、彼が来ることを、紫輝は待ちわびている。

 紫輝が村にやってきた日は、ちらちら雪が舞っているくらいだったが。今日はもうしっかりと、積もっている。
 以前の世界では。東京は、雪合戦がやっとできるくらいしか、積もらなかった。
 でも、ここではすでに、ニ十センチくらい雪が積もっている。

「しろくて、ちべたい」
 最初はおそるおそる、でも好奇心に目を輝かせて、雪の大地で遊んでいたライラも。寒いの嫌いと言って、剣になってしまった。
 ちなみに、猫はこたつで丸くならない。

 一文字で寝る。真っすぐだ。

 そんなわけで、現在紫輝は、ライラ剣を背中に背負い。毛皮とマントの完全防備で、屋敷の外で作業している。
 玄関の近くで、雪のオブジェを作っているのだ。
 天誠の帰りを、盛大に歓迎したくって。

 いい歳して、雪遊びとか。子供っぽいって思われるかもしれないけど。
 だって、こんなにいっぱいの雪、初めてなんだ。
 一度、マンガに出てくるような、真っ白い雪だるま作ってみたかったんだよね。
 都会の雪は、なんとなく汚れていて。道路の土とかついちゃって、白くないからさ。
 そして、調子に乗って大きな雪玉を二個作ったのだが。
 案の定、重くて、頭を乗せられない。雪だるま、あるある。
 大和と橘に手伝ってもらって、頭を乗せた。それから、三角の耳をつけて…。

 紫輝は眉根を寄せて、白い息を吐いた。
 違うのだ。
 紫輝は可愛いライラを作るつもりだったのに。耳のついた、某猫型ロボットのようなフォルム。
 イメージとちがーう。

「く、ふ…」
 背後から聞こえたのは、天誠の笑い声だ。こらえているみたいだが、聞こえているぞ。

「兄さん…予想通り、雪だるま作ってるとか…。どんだけ、可愛いのてんこ盛りなんだ」
 橘は、笑いの発作に肩を震わせている天誠から、馬の手綱を受け取り。大和も一緒に、その場から下がっていった。

「雪だるまじゃないし。ライラだし。…似てないけど」
「あぁ、確かに耳がついているな。フム」
 黒のマントを手で払い、天誠はスラリと刀を抜いた。
 え? 侍みたいで格好いいんですけど。
 そして天誠は、白刃を振りかざし、雪だるまに突き刺した。

 ぎゃー、雪だるま殺人事件…と紫輝は思ったが。

 天誠はそのまま、小刻みに刀を動かしていき。あっという間に、白い猫が手をそろえて座っている感じに仕上げた。
 すごい。頬の毛が長い感じや、胸毛の柔らかそうな感じとか、リアルライラだ。

「すっげぇ、さすが天誠。俺の弟、マジ天才」
「褒めるより、挨拶して」
 刀をおさめ。手を広げて待っている天誠の胸に、紫輝は飛び込んだ。
 冬仕様でお互いに着込んでいるから。胸と胸が合うという密着感はないけれど。
 抱き締めれば温かみを感じる。

「おかえり、天誠」
「ただいま、兄さん。鼻が真っ赤だ」
 人差し指で、天誠は紫輝の鼻をつつく。
 天誠から見た紫輝は、頬も鼻も赤く染まり。白い息を吐く唇は、優しく弧を描き。黒曜石の瞳が、光を放ちながら天誠を映し込んでいる。
 このあどけなくも可愛い生き物は、小熊ちゃんなのかっ?

「いつから、ここにいるんだ? 体がこんなに冷たくなって。お風呂に入ろう。俺も冷えたし。な?」
 天誠に肩を抱かれ、紫輝は屋敷の中に入っていった。

 屋敷の風呂は、良い匂いのする、ヒノキ風呂だ。
 本当に、贅沢の極みなんだけど。
 どんどん風呂のグレードが上がっていっているよ?
 天誠、どんだけお金持ちなんだろう。聞くのは怖いので、聞かないが。
 冷えた体を、湯にドボンとつければ、最初は熱く感じるが。体が湯に馴染んでくると、気持ちが良くて。至高の境地である。

 肩までどっぷり浸かりてぇ、と嘆いた日もあったけど。
 あれからすれば、夢のようだ。

「雪遊びのあとの風呂は、最高だな?」
「兄さんは、風呂が好きだよね。以前の世界では、それほど感じなかったが」

 紫輝と天誠は、肩を並べて湯に浸かっている。
 恋人に裸をさらすのは恥ずかしい、という考えは。紫輝たちにはない。
 その前に、兄弟としていっぱい、一緒にお風呂に入っていたからだ。
 会話も、恋人というより兄弟談義だった。

「おまえが、次から次にヤバい風呂を作り出すからじゃないか。でも、ずっとあっちで暮らしていたら、温泉巡りが趣味になっていたかもしれないな」
「温泉か。どこか掘ってみようかな。風呂を適温にするのは、なかなか大変な作業だ」

 この風呂のお湯は、すみれや橘が、一生懸命湯を沸かし、汲み入れてくれるのだ。
 ありがたいことです。

「だね。前は、毎日風呂に入れる環境だったから、ありがたみがなかったけど。蛇口から湯が出るって、今思うとすごく贅沢だったんだなって感じるよ」
「その域に行くには、機械がないとな。でも、この世界で機械を作る気はない」
「そうなのか?」

 天誠なら、簡単なものなら作り出せると、紫輝も思う。
 でも、作る気がないのだ。

「機械文明は滅んだ。つまり欠陥があったわけだ。自然を壊した報いかもしれないが。再び滅びるかもしれないものを持ち込んではいけないような気がするんだ」
「うん。俺たちは、そうしよう。いずれ文化が発展すれば、機械が生まれるかもしれないが、そこは自然の摂理だもんな」
 紫輝と天誠は、三百年前の文明の欠片を持っている。
 でも、それを、今の世界に普及させるのは違う。
 ふたりともがそう思ったのだ。だから紫輝たちは、その感覚に従うことにした。
 まぁ、でも。機械に限る、だが。

 唐揚げ文化は、持ち込んでは駄目かなぁ?
 コンビニチキンで育った世代、と言っても過言ではない紫輝にとって。鶏肉食べられないのは、悲しいものがある。たまに無性に食べたくなるやつ、代表でしょ?

「なぁ、天誠。今度クリスマスするんだけど。ここ、チキン食べないらしいよ?」
「マジか? 共食い的な?」
「共食い的な」
「あんな美味いものを、もったいない。ふたりでこっそり食べちゃおうか?」
「でも、ニワトリさばくのは無理ぃ」
「肉は俺が調達する。こんがり焼いて、塩振って食べよう。あぁ、マジで食いたくなってきた」
「クリスマスまで、我慢、我慢。でも、もしかして鳥遺伝子的なものが嫌悪感を生むとか?」
「でも、紫輝にも鳥遺伝子はある。紫輝が食べられるのなら、大丈夫だろう」
「そっか。俺も鳥さんなんだ」
「可愛い鳥さんだな、おい」
 裸の天誠にギュッと抱き締められて、こめかみにキスされた。

 急に恋人モードに突入し、そのまま睦み合う流れになるかと思ったが。
 風呂場の扉がガンガン叩かれた。

「お湯が冷めたら、風邪をひきますよ」
 足し湯も追い炊きもないので、湯は冷める一方なのだ。
 天誠は舌打ちして『無粋なやつらだ』と文句を言うが。
 夏ならともかく、冬場はお風呂ではいたさない方が良いようだ。

「あがって、部屋に行こう。それとも、お腹空いているか?」
「紫輝のことを食べさせて」
 そう言って、天誠はキスという名のつまみ食いをした。

     ★★★★★

 寝室に入り、紫輝は、天誠の長い髪を手拭いで拭いていた。
 天誠は寝台の上に腰かけ、紫輝はその後ろだ。
 ちなみにライラは獣型で、すでにライラベッドで寝ている。
 寝室には暖炉があり、あったかぬくぬく。ライラもご機嫌だ。

「いいなぁ、天誠は。真っすぐサラサラの髪で、うっとりしちゃうよ」
 翼は、ひとつバサリと羽ばたかせれば、水滴が払えるらしい。
 撥水加工? 傘が水を弾くみたいな、感じ。
 風呂上がりの天誠の黒い翼は、つるりとして、黒の中に光沢の光が走って、綺麗だ。
 羽に水は染みていないので、そばにいる紫輝が濡れることもない。
 髪も、若干、撥水傾向はある。でも天誠の髪は長いから、紫輝は丁寧に拭きあげるのだ。

「乾かすの面倒くさいだろ? 髪切っちゃおうかな」
「馬鹿なことを言うな。俺のつやつやキューティクルを切るなんて」
 紫輝は天誠の髪を抱き締めて、いやいやと首を振る。
 こんな美しい髪を切るなんて、神への冒涜だ。

「兄さんのじゃなくて、俺のだろ」
 相変わらず、髪への執着が激しい兄を知り、クスクスと天誠は笑う。
 紫輝は、天誠の髪を撫で拭きながら、雑談のような軽い気持ちで聞いた。

「あのさ、天誠は手裏基成なんだろ? 基成が、戦はやめると言ったら、やめられるんじゃないか?」
「基成は三人体制なんだ。誰もが基成になれる」

 三人体制…と紫輝は口に出さずにつぶやく。
 心に引っかかるワードになってしまった。
 意図があるのかないのか、天誠が紫輝に、手裏銀杏のことを話さなかったことも。ちょっとだけ、ささくれている。

「中でも不破は、世界征服を目論んでいる。もし、やつを無視して、不用意にやめるなんて言ったら。不破は龍鬼の能力を用いて、俺の記憶を操作するかもしれない。紫輝を忘れる俺とか、考えたくもない。なので、慎重にやっているんだ」
「そっか。それは嫌だな。くれぐれも慎重にな?」

 天誠に忘れられて、この世界でひとりぼっちになったら。
 紫輝は、想像だけで泣きそうになる。

 前はこんなに、弱くなかったつもりなのに。
 天誠と恋人になったからなのか。彼と離れていた時期があったからか。
 もう、天誠と離れたくない、そういう強い欲望が紫輝の中に芽生え始めていた。

 距離が離れているのも嫌だし、誰にも渡したくない。
 でもそんなの、自分の気持ちばかりを優先した我が儘だから、言えないけど。

「不破は、どんな世界を作りたいのかなぁ? 俺たちの思い描く世界と、似ているといいなぁ」
「さぁ、興味ないので、聞いたことなかった」
 己の欲には、いくらでも智略を巡らせる天誠だが。他人の欲など、どうでもいいので無頓着だった。

「将堂が嫌い、という感じを受けることもあるが。なぜなのか、詳しく聞いていない。俺たちは、長くともにいるが、相手の中に踏み込まないことで、一定の距離感を保ち、良い関係を築いてきたんだ」
「一度、聞いてみたら? 彼がどんな未来を思い描いているのか。戦が終わるのなら、トップが不破でもいい」

 紫輝が天誠に言うと。彼は黙ってしまった。
 背中を向けているから、紫輝には彼の表情が見えない。
 怒っているのか、考えているだけなのか、わからなくて。困ってしまう。

「あ、天誠がトップになりたいのか?」
「いや。その気は全くない」
 即答で、否定する。

 天誠は、紫輝をトップに据えたかったのだ。
 この世界の頂点に君臨するのは、最愛の兄だけ。そう思っていたから。
 紫輝の、なにげない問いかけに、答えを返せなかった。
 だが。日本を統一したあと、おそらく面倒なことだろう、社会を回す役目を、不破に負わすのは、ありかな。

 振り返って、紫輝に笑みを向けた天誠は。紫輝から手拭いを取り上げ、抱き締めた。
「そうだな。一度聞いてみるよ。不破の思惑というやつを」

 紫輝も彼に身を委ね、天誠の頬を手のひらで撫でた。
「戦が終わったら、春も夏も秋も冬も、ずっと天誠と一緒にいられるようになるんだな? 早くひとり占めしたい」
 たったの一言だった。
 でも、天誠は。紫輝の機微を、鋭く感じ取る。

「ひとり占め? 俺は子供の頃から、紫輝だけのものだよ。なのに、なんでそういうことを言うのかな?」
「え、それは…」
 言い逃れできないように、天誠は紫輝の頬を両手で包み込んでしまう。
 そして瞳をのぞき込んで、紫輝の心の深いところまでもじっくり見通した。

「俺が、自分だけのものじゃないと感じている? なんで、そんな気に?」
 近い距離でみつめ合えば、心はさらけ出される。
 もとより紫輝は、彼に隠し事などできないのだ。

「三人体制の基成は、天誠と不破と、手裏銀杏だと聞いた。銀杏は女性で、天誠のそばにいて。でも、天誠の気持ちを疑ったわけじゃないよ。ただ。ちょっとだけモヤッとしただけなんだ」
「…モヤッと?」
「だって。天誠のこと、好きなんだ。だから…」

 天誠は紫輝から手を離した。
 ぶっちゃけ、天誠の中で、銀杏の存在など、ないも同然だった。
 ただ、手裏の苗字を持つ女、でしかない。
 不破のように、軍の采配や政治に長けていれば、利用価値もあるが。基成として存在するときも、女性の声で受け答えするわけにいかないから、ただそこにいるだけ。
 カカシほどの存在感もない。

 そんな、己のそばにいるだけの女に、兄が嫉妬しているとは…。

 それ自体は、喜ばしいことだ。それは、紫輝が完全に、己を恋人だと認めてくれたということだから。
 それに紫輝の嫉妬は、可愛らしいものだ。
 束縛して、俺だけ見てと言ってくれても、構わないのに。己のように…。

 だけど。疑っていないとは言うけれど。
 まだ己の愛の深さがわかっていないようだね、兄さん。

「そうか、好きだから嫉妬したんだな? じゃあ…お仕置きだ」
 爽やかな笑顔で天誠が言うと、紫輝は、理不尽、という顔つきで驚いた。
 でもさぁ。仕方がないよ。これは紫輝がいけないよ。
 紫輝が、己の前に、美味しい餌をバラまいてしまったんだから。

 天誠は、紫輝の浴衣の帯をほどくと、ベッドに押し倒した。
 着物がはだけると、下着をつけていない紫輝の裸体があらわになる。
 白くて、なめらかな肌触りを、天誠は手のひらで味わった。

「俺の中に、兄さん以外の人物が入り込む余地など、髪ひと筋ほどもないんだよ? 男も女も、紫輝が心を揺らす対象ではない。紫輝は、俺が乗ってきた馬にモヤッとするか? そういうことだ」

 紫輝の鎖骨の部分を、天誠はひとつ舐め。それから軽く噛んだ。
 ヒクリと紫輝の体が震える。
 天誠はさらに、肩口をひとつ舐め、そこを噛む。舐められた場所は、噛む。ということを、紫輝に知らしめるために。

「ねぇ、兄さん。わかってて、そんなこと言うんだよね? 俺にお仕置きをされたいんだ?」
 組み敷かれている紫輝は、自分を見下ろす天誠をみつめる。
 この世界に来る直前、紫輝は同級生の女子に、どうしてもと頼み込まれて。ラブレターの橋渡しをした。

 その、怒ったときの目の色と、同じだ。
 今はそれに、情欲の色も混じっている。

 興奮し、喜々として、どんなお仕置きをしようかと、思い巡らせている顔。
 そんな弟を見て、紫輝も、彼にどうされてしまうのか、そう思って…ぞくぞくしてしまった。

「お仕置き、なに、するんだ?」
「どう、されたい?」

 舐めて、噛んでを繰り返し、天誠は紫輝の官能を呼び覚ましていく。
 桃色の乳首は、舐めると、天誠を誘うかのように、乳頭が舌を押し返してくる。
 そして噛んだら、あん、と紫輝は可愛い鳴き声をあげた。
 兄の、いじらしくも淫靡な反応に、弟のオスの本能が、ふつふつと燃え盛っていく。

「このまま、噛み噛み攻撃しようか?」
 ゆるりと勃ちあがる紫輝の陰茎を舐めると、紫輝は首を横に振って、懇願する。
「やだ、そこは、噛まないで」
 でも、駄目と言われたら、いじめたくなる。
 天誠は口を開けて、紫輝の屹立に軽く歯を立てた。

「や、や、怖いぃ」
 半泣きで、紫輝は天誠を見やる。でも、屹立は萎えない。
 天誠が何度も、甘く噛みついても。逆にしっかりと、みなぎってしまった。

「お仕置きなんだから、紫輝がごめんなさいって言えるようなことをしなきゃね」
 今度は、紫輝の屹立の突端を、舌でねっとりと舐めあげた。
 そして、噛むぞ、と口を開けると。
 鈴口から、先走りがピュクっと漏れた。

「ん、ん、んっ」
 天誠が歯を立てるたびに、紫輝は鼻からあえぎを漏らし、先走りも漏らす。
 こんなに感じちゃって。ちょっとなら、痛いのも好きなのかもな。
 そう思いながら、天誠は傷つけないように、紫輝をハムハムと食んでいく。

「ごめんなさい、天誠…もう、嫉妬なんか、しないからぁ」
「だめだめ、まだまだ。もっと楽しませてよ、兄さん」
 官能に満ち満ちた紫輝の体を、起き上がらせ。天誠は寝台の上で胡坐をかいた。

「決めたよ。今日は基成デーだ。将堂の雷龍、私に奉仕しろ」
 基成デーって、なに? と紫輝は思いながらも、潤んだ目で彼を見上げる。

 黒の浴衣を羽織り、そこに座す彼は、傲慢な笑みを浮かべて、紫輝を睥睨している。
 弟の気安さもなく、眞仲の優しさもない、邪悪で高潔な男が、そこにいた。

「基成、さま?」
「そうだ。紫輝」
 基成は、紫輝の髪を手で鷲掴むと、剛直に頭を引き寄せた。
「口を開けて、舌を出せ」
 強引な要求ながらも、紫輝は言われるままに、舌を差し出す。
 そして基成の剛直を舐めた。
 そびえるほどに大きくて、根元は太く。頑丈そうな、それは。己のモノとは、全く別物のような気がした。

「嘘、だろ? こんな大きいの、俺の中に入るわけない」
 両手で、茎の部分を撫でながら、紫輝は剛直に舌を這わせた。
 御奉仕だから、彼に気持ち良くなってもらわないと。

「基成さまは、ここの大きさを、自在に変えられるのですか?」
 きゅるんとした、邪気のない目でみつめられ、基成は動揺する。
 うう、兄が、可愛すぎます。

「…そうだ。おまえに負担のないよう配慮しているのだ。感謝しろ」
「はい。ありがとうございます、基成さま」
 紫輝はほんわか笑顔で、基成の突端を口に含む。
 エロ可愛い攻撃を受け、基成はタジタジだった。

「…紫輝」
 乱暴に、基成は紫輝の顎を掴み、顔を引き寄せ。間近で目を合わせる。
 ありったけの眼力で、紫輝を睨みつけるが。
 紫輝は、ぼんやりとした顔でみつめる。
 睨む。みつめる。睨む…。

 結局、基成は。紫輝のあどけなさに殺られ。天誠が顔を出した。
 紫輝の頬を、両手でそっと包む。

「無理。これ以上、兄さんに無体なことできない」
 項垂れる天誠に、紫輝は小首を傾げて聞いた。
「別に、全然、無体なことされてないぞ。よくわからないけど、基成は無体をする人なのか?」
「そうではないが。人の上に立つ者の威厳というか。すべてを踏み潰す魔王みたいな…」
「魔王か、なるほどな」

 ふむふむとうなずいて、紫輝は納得する。
 異世界に、魔王はつきものだ。
 天誠は、手裏の総帥におさまっているわけだから、一応、敵の親玉。
 あれ? まさかのラスボスなのでは?
 でも天誠は。紫輝の敵ではない。

 弟で、恋人だ。

「でも、魔王様にだって、好きな人はいてもいいんじゃないか?」
 紫輝の一声で、天誠はインスピレーションを受け。うなずいた。

「あぁ、いいな。その線で行こう」
 もう一度、顔を引き締めて。天誠は基成を作ると。紫輝を腿の上に乗せあげて、甘く囁いた。

「紫輝、手裏軍総帥の私がこうべを垂れるのは、おまえにだけだ。私の愛を存分に受け止めるがいい」
 にっこりと紫輝は明るく笑って、返事をした。
「喜んで、魔王様。あ、間違えた。基成さま」
「ふふ、締まらないなぁ、兄さんは」

 喉の奥で、天誠は笑い。紫輝の、肩に引っかかっているだけになっていた浴衣を、剥ぎ取って。寝台の外に投げ捨てる。
 そしてカーテンの紐をといて、束ねられていた薄布を広げ、天蓋の目隠しをした。

 ふたりきりの空間で、天誠は存分に裸体の紫輝を愛でる。
 紫輝の色づいた唇を、しとどに濡れるほど舐め、くちづけて。
 手は、紫輝の体に、ほの赤く残る、先ほどの噛み跡をたどる。

「なぁ、天誠? お仕置きはもう終わりか?」
 紫輝は天誠の髪を優しく撫でながら、色っぽくかすれた声で言う。

「俺、どんな天誠でも、好きだよ。天誠も眞仲も基成も、魔王様でも。だけど、それは天誠が天誠だからだ。どの天誠の中にも、俺の好きな天誠がいるから。だからな。魔王様に飲み込まれたら駄目だぞ」

「…俺に、そんなことを言ってくれるのは、兄さんだけだよ。俺の本質だけを、真剣にみつめてくる。稀有な人。だから愛さずにはいられないんだ。兄さんがそばにいてくれるのなら、兄さんを愛するのに忙しくて、魔王なんぞに飲み込まれてる暇などない」

 闇に飲み込まれた弟が、紫輝は不憫でならなかった。
 でも、そうしなければ生きてこられなかったのも、理解しているから。紫輝は天誠を否定しない。
 ただ、大きく手を広げて、彼を受け止めるだけ。

 天誠は、兄の愛に包まれていれば、幸せだ。ただ、それだけでいい。
 ふたりは、お互いが目の前にいることを感じながら、体を合わせる。
 唇を合わせ。胸を合わせ。体温を合わせて。そうして幸せに感じ入る。

「なぁ、天誠? 本当に、ここの大きさを自在に変えられるのか?」
 丹念に、天誠が紫輝の蕾をほぐし、広げている最中。紫輝は天誠の股間に手を伸ばし、大きくそびえる剛直を、手のひらで撫で擦った。
 紫輝が口で愛撫したときから、そこはずっと、みなぎっている。

「試してみるか?」
 ニヤリと笑い、天誠は紫輝を寝台に仰臥させると、正面から腰を進めた。
 後孔に突端をあてがい、潤滑剤のぬめりをまとう剛直を、ゆっくり挿入していく。
 中へ進めるたびに、紫輝はなやましげにあえいだ。
「あ、あ、おっきぃ。天誠、もっと細くして?」
「細く…できるわけないだろ。可愛らしく身悶える兄さんを目の前にして、萎えたら男じゃない」
「う、嘘つきぃ…んんっ、ふ」

 可愛い言葉しか出てこない、紫輝の唇を、天誠は唇でふさいで。紫輝の体を前後に揺さぶった。
 その荒々しさに耐え忍ぶため、紫輝は天誠の首に腕を回してしがみつく。
 彼と何度も体を合わせてきたけれど。いつも天誠に、なにもかもさせてしまって、申し訳ないと思っていた。
 でも、天誠のモノで体の中を擦られると、ジンジンして、気持ち良すぎて、わけがわからなくなって、なにもしてあげられなくなる。

「天誠、いい? 気持ち良い?」
 せめて、天誠が快楽を感じていてほしいと願い、紫輝はたずねた。

「あぁ、いい。イイに決まってる。大好きだよ、兄さん」
 チュッと、音のなるキスをして。天誠は情欲と慈愛の混ざった、潤んだ目で紫輝をみつめた。

「いつも、俺を受け入れてくれて、ありがとう。俺は、幸せ者だ」
「俺も、幸せ」

 良かった。彼が幸せなら、それが一番だ。
 紫輝は嬉しくなって、ギュッと彼を抱き締める。
 自分から、舌を絡める深いキスをした。心も体も結びつけるような、情熱的なくちづけを。
 どれだけ激しく揺さぶられても。どれだけ熱烈に求められても。
 彼の愛を感じられれば、甘い刺激にしかならない。

「俺だけを見て。ずっとそばにいて」
 体の高揚に背中を押されるように、つい、紫輝は胸の奥にあった我が儘を、言ってしまった。
 それは、兄のままなら、言えない言葉だ。
 弟に弱味を見せられない。弟の足を引っ張りたくない。そんな気持ちが先に立つから。

 でも。それが叶わなくても。今、言いたくて。

「兄さんしか、見えない。俺こそ。二度と。兄さんが嫌だと言っても。離さないよ」
 天誠にとって、兄の我が儘は。小鳥のさえずりのような、可愛らしいものだ。
 醜悪な、どす黒い、己の欲望と比べたら。
 本当に、籠の鳥にできたら、どれだけ幸せだろう。
 世界中の人類を滅ぼして、紫輝を、誰にも見られないようにして。この世界のアダムとイブのように、ふたりきりで暮らして。ふたりきりで死ねたら。
 ふたりきりなら、紫輝が泣いても、怒っても、己を頼るしかない。紫輝の目が、己だけを映すのだ。最高だ。

 だけど、紫輝の太陽の笑顔が好きだから、やらないだけ。

 マグマのような、暑苦しいだけの己の欲望は、紫輝への愛情でおさえ込んでみせる。
 でも、体はたまに、暴走するから。紫輝…この体の熱だけは、受け止めてほしい。

 結合したところから、ズチュズチュと、濡れた音が響く。際まで引いて、奥まで突き入れる、とろけるほどに淫らな性感に支配され、苛烈な腰の動きを止められない。
 はっはっと短い息をついて、紫輝を貪る己が。飢えた獣のようで、忌々しい。
 セックスに没頭して、獣の本性を見られたら、紫輝は恐れおののいて逃げてしまわないだろうか?
 そんな恐れを抱きながら、いつも大丈夫だよと言い、受け止めてくれる兄さんに甘えている。

 せめて、紫輝の体が悦楽を感じられるように。
 天誠は、紫輝の屹立を握り、ゆるやかに上下に動かした。

「あ、あ、イく、天誠、も、イく」
 天誠にうながされれば、くすぶっていた紫輝の体は、一気に燃え上がり。解放に向かって、高みへと昇っていく。
 体の中では、悦楽を産み出す熱い剛直が、いやらしいリズムで紫輝を突き上げ。
 気持ち良さが満ち満ちて、弾けた。

「あぁっ、んぅ」
 紫輝の体がびくびくとわなないて、天誠を甘く締めつけ。同時に、天誠も紫輝の中に、情熱を注ぎ込んだ。
 愛の熱と欲望の熱を。

 しかし、天誠の欲は際限がなく。熱を吐き出してなお、別の熱を生む。
 紫輝を抱き潰したくないのに、と歯噛みした。

「んっ、また、硬くなってきた。天誠の、太くて、大きくて、硬いから…中で形が変わるの、わかっちゃうよ」
 上気した顔で、紫輝が下腹を手でさすりながら言う。

 嘘だろ? そんなこと言われたら、もう完全に臨戦態勢になってしまうっ。

 激しくしてしまったから、紫輝の体を気遣って我慢しようと思っていたのに。
「なんてこと言うんだ? 兄さん? 俺を煽り過ぎだ」
「煽っちゃ、ダメなのか? まさか久しぶりに会ったのに、一回で終わらないよな、魔王様?」

 目を細め、艶っぽく誘惑する、この黒い小悪魔を。振り切れる者などいるものか!

 ううっ、と唸り。
 天誠は、凶暴な獣をおさえ込みつつも、乱暴に紫輝をかき抱く。
 そんな天誠を、紫輝は柔らかく抱き締めて、甘ったるく耳に囁いた。

「もっと、欲しい。俺、天誠のこと、全部、欲しい」
「なにもかも、俺のすべては紫輝のものだ」
 貪るように、天誠は紫輝の体を求めてきた。
 彼と唇を合わせ、くちゅくちゅと音が鳴るほどに舌を絡め合わせて。

 紫輝は口角を上げて、笑った。

 体でつなぎとめる、なんてつもりはなかったけれど。
 これほどの才人を、自分のような凡人が、つなぎとめられるとも思わないけれど。
 彼が自分を求めてくれるうちは、彼は己のもの。
 この腕の中にいる男は、己のもの。
 手放すつもりも、逃がすつもりもない。

 目の前の彼が、自分しか見えないというのなら。女の影など、塵芥ちりあくただ。

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