【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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21 死闘   ▲

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     ◆死闘

 九月二十六日。紫輝は変わらずに、戦場へ赴いている。
 だが翌日。第五大隊は、将堂の本拠地へと帰還するのが決まっていた。
 二十四組だけではなく、第五大隊の者みんなが、戦場から離れることを心待ちにしている。そんな、どこかそわそわした空気感が流れていた。
 だから…浮足立った状態ではあったのかもしれない。

 今日も紫輝は、目の前の敵を倒すことで精いっぱいだった。
 殺さずの雷龍は、一撃で昏倒させる。そんな噂が、敵にも味方にも流れているので。紫輝が雷龍だとは、わからなくても。翼がないのを見て、警戒する者も多くなっているのだが。

 目の前の敵は、むしろ紫輝に向かって突進してくる…ような気がする。

 自意識過剰ではない。紫輝の周りには、すでに三十人以上の手裏兵が倒れているのだ。
 ひとりずつではなく、何人も、いっぺんに襲いかかってくるから。
 自分は、ライラがいるから大丈夫。なんて、高をくくれなくなって。
 大和はもちろん、野際や、組長補佐の千夜まで、紫輝のサポートについて守ってくれた。

「なんなんだ、今日のこいつら…たくっ、キリがねぇ」
 やけくそになった野際が、ぼやいて。剣を大雑把に振り回す。
 たとえは悪いが…ゴミ収集所に群がったカラスを、ほうきで追い払うみたいな。
 黒い翼が、野際の剣を避けて後ろに飛びのいていくから、まさにそんな感じだ。

「紫輝、おまえが狙われているんだ。このまま九班が押し込まれたら、陣形が崩れるぞ」
 千夜に言われ、紫輝は辺りを見回す。
 他の班が相手にしている手裏兵が、こちらにやってきそうな気配だ。
 龍鬼を認識して、進路を変える者がいる。怖っ。

 わっ、と大声で吠え、野際が威嚇しているが。
 そんなの、焼け石に水なのだ。
 紫輝も、肩で息をついている。まだ午前中だから、本当は温存しておきたいのだが。
 仕方がない。

 心の中で。紫輝は、ライラに『やるぞ』と声をかけた。
 一心同体のライラが『あい』と返事をする。

「みんな、俺から少し距離を取って」
 周囲で守ってくれている千夜や大和、野際たちに声をかけ。紫輝はライラ剣を天にかざした。

「らいかみっ!」

 高らかに、紫輝が呪文を唱えると。
 紫輝の周りに、大きな紫色の炎が立ち昇った。
 気の発露なので、熱くはないが。濃度のある空気がうごめいて、紫輝の黒髪をユラリと揺らした。
 空には、とぐろを巻くみたいに見える黒雲が、日差しを遮り。
 雷が迫りくる、ゴロゴロとした天の咆哮が辺りに響く。

 そこから、間もなく。
 紫の稲妻が、ライラ剣めがけて真っすぐに落ちてきた。
 パーン、という。
 甲高く、でも大音量の、心臓がビクーンと縮こまるような音。
 近くに落ちる雷は、そんな音なのだと、紫輝はこの世界に来てから知った。

「ヤバい。こんなに美しいなんて…」
 大音量からの静寂に、大和は恐ろしさを感じた。
 隠密の修業などして、大概のことには動じないつもりだったのだが。
 自然の驚異に、体が無意識にビビっていた。
 雷や噴火や地震など、人の力ではどうにもならないことに対して。体に脈々と流れている、過去、先祖からの記憶が、問答無用でひれ伏すような感覚だ。

 そして、紫輝の美しさが、圧倒的だった。
 以前も、紫の気の発露は見たことがあったけれど。
 量がすさまじく。炎のように揺らめく紫の中にいる紫輝は、大きな瞳が凛と輝き。引き結ばれた口元は、紫に彩られて艶っぽく。
 触れてはならぬ神のごとき、気高さがあり。

 美しいと感じて身が震えたのは、大和は初めてだった。

 そうして小声でつぶやき、ブルブルしている大和を。紫輝は見やり。
 なんだか、耳が寝て、尻尾が股の間に挟まって見える。
 なぜ、大和はモズなのに、犬っぽく見えるのだろう。なんて考えていた。

「おお、いつ見ても壮絶だなっ」
 敵がごっそり倒れているのを見て、野際が、カモメの大きな羽をバサバサさせて、面白がっている。
 でも、紫輝は。疲労感がドッと押し寄せていて。
 立っていられないほどではないが。すっごくしんどい。
 肩に大きな荷物を背負わされたような感じだ。
 ライラが吸った、魂の重みなのかな…と、ちらりと思う。

 とにかく、目の前は、風通りが良くなった。
 百メートル四方に、敵はいない。紫輝はホッと息をつく。

 それでも、敵は。すぐに、こちらに来るのだろうなと思った。
 だって、今まで、自分を狙っていたみたいだったから。
 遠目に見える、動ける手裏兵が、こちらに来る前に。陣形を組み直し、万全の態勢を整えなければならない。

 しかし。敵兵は、紫輝がいるこちらには来ず。
 ある一方向へと向かい始めた。
 その手のひらの返しようを見て。紫輝は背筋がゾッとした。

 なんとも言えない嫌な予感が、背中を舐めるように這い上がってくる。

 顔も知らない不破が、高い位置から紫輝を見下ろし、操っているような。
 不快な感覚。

「やつら、こっちに来ないな。紫輝の雷に恐れをなしたんじゃねぇか?」
 ふぅと、大きなひと息をついた野際が、そう言うけれど。
 なにが起きているのかは、紫輝にもわからなかったけれど。
 雷に恐れをなして近づかないのなら、それでいいのだけれど。

 きっと。たぶん。違う。

 天誠が恐れるほどの、不破だから。あの兵の動きには、なにか意味があるのだと、紫輝は感じ取った。
 紫輝は近場に倒れている手裏兵の胸倉を掴んで、気を失っているところを揺さぶり。無理矢理、目を覚まさせる。

「おい、起きろ。おまえらの目的はなんだ?」
 普通なら、敵兵に凄まれたくらいで、手裏兵が作戦内容を明かすことはない。
 拷問したって、口を割らない者の方が多いのだ。
 けれど、朦朧としているその兵は、上官に命令されていると思い込んで、あっさり口にした。

「はい。前面で攻撃する、龍鬼二名のうち、ひとりが大隊長である。それは、雷ではない方。大隊長を殺せば。大隊が崩れ、防衛線に穴が開く」
 すぐにも眠ってしまいそうな、ろれつの回らない話し方で、敵が言った。

「雷じゃない方の龍鬼って、組長? 高槻組長が、大隊長だと思ってんのか?」
 おいおい、と冗談を真に受けた者をからかうみたいに、野際が呆れ口調で言うが。

「待てよ。じゃあ、紫輝に向かっていたやつら、みんな廣伊のとこへ行ったってことか?」
 頭に血を上らせた千夜は、真偽も確かめず。廣伊が現在、指揮している一班後方の位置に向かって、行ってしまった。
 そして、紫輝のかたわらにいた大和は、冷静に、敵兵から情報を引き出している。
「その情報源が誰か、教えろ」
「将堂軍の者からの情報で、信ぴょう性があります。名は、山本」
 山本…つい最近、どこかで聞いたような。
 と紫輝が悩んでいると。大和が教えてくれる。

「二十二組の組長が、山本です」
「あ、組長の山本はいやらしい、の、あれ?」
「あれです」
 大和を紹介された日に、廣伊と千夜と、第五大隊長に関する話をしたのだ。
 二十二組組長の山本が、大隊長は廣伊なのではと疑い。絡んできたということだが…。
 あれかぁ、と紫輝が思っていると。
 野際が、剣をぶんぶん振りながら、大和の話を補足した。

「あぁ、あいつな。確かに山本組長は、うちの組長を、目の敵にしていたようなところがあるが。敵に情報を漏らし、組長を陥れようとしたってことか? さすがにそこまでしないだろ」
「もし、本当に廣伊が大隊長だったら?」
 あり得ないと、野際は思っていたが。紫輝にそう言われると否定できず、息をのむ。

「廣伊がいなくなって、もし大隊長の椅子があいたら…敵への情報漏洩が気づかれなかったら、山本は大隊長になれるのか?」
「いえ、大隊長の下には、副長がいる。山本が大隊長になるには、少なくとも副長も…」
 大和が推察を口にし。三人は顔を青くした。

「なら、副長の命も危ない」
 紫輝はそう言いながらも、思い違いであってほしいと願う。
 味方が、出世のために裏切るなんて。絶対ダメじゃん。
 警察が犯罪起こして、揉み消すのと同じくらい、ダメじゃん。

 でも、現に、敵に将堂の情報が漏れている。
 それが本当であろうと、そうでなかろうと。最悪のパターンであることに、違いはない。

 九班の前には、敵がいなかった。
 そして九班の後ろには、二十三組の一班が重なって配置されている。
 紫輝は二十三組の組長に、事情を説明し。この場を任せ。
 九班の者たちを連れて、廣伊の加勢に向かった。

 廣伊がいるのは、二十四組一班の後方。しかし一班の前方は。山本率いる、二十二組の九班だ。
「組長…二十二組の近くにいるってのが、嫌な感じだな」
「言うなよ。考え過ぎであってほしいんだから」

 野際の不吉な言葉を。紫輝は首を横に振って、跳ね飛ばした。

     ★★★★★

 紫輝が、廣伊の元に駆けつけたとき。二十二組は、壊滅寸前だった。
 二十四組の前方で戦っているはずの、二十二組九班の者は、姿が見えず。
 七、八班も、ほとんど倒されて、陣形に穴が開きそうだ。
 三班分の守りを、二十四組の一班の兵が、幅広く散開して、かろうじて突破されないでいる。そんな現状だった。
 血を流して倒れ伏す、二十二組の兵で。地は覆われている。
 周りの、将堂兵の数は。圧倒的に少ない。
 廣伊が突破されたら、最前線に突破口があき、幹部のいる本陣まで押し込まれてしまう。
 そこまで追い詰められていた。

 廣伊は千夜と並んだ状態で、前線を死守しているが。
 目の前の敵は、二重、三重に、廣伊の前に押し寄せている。
 マジでヤバいよ、これ。

「安井、藤森、二十三組と二十五組が比較的敵兵が薄いので、応援要請しに行ってくれ。三木は幹部に状況報告。あとの皆さんは、俺と一緒に暴れてください」
「おぅっ」
 紫輝の指示に、野際が大きな声で応えてくれて。
 名を呼ばれた者たちも、即座に動いてくれた。
 まぁ、龍鬼の指示に従えるか、なんて言っていられない状況だもんな。

「俺は、そばで、貴方をお守りします」
 大和が耳に囁き、剣を抜く。
 それに紫輝はうなずき。ライラ剣を構え直した。

「ライラ、どんどん吸っていけっ!」
 紫輝が剣を振りかざすと、了解とばかりに、柄がガタガタと震える。
 紫輝は己の心に気合を入れ、だが気は抜かず、慎重、丁寧、そして大胆に、敵と剣を交えていく。

「おらおら、どけどけぇ」
 剣をめちゃくちゃに振り回す、野際の大きな動きで、手裏兵が、こちらにも目を向け始めた。
 廣伊の方にいる敵を、こちらに呼び寄せたい。

「二十二組の兵は、野際の後ろに続いて行けっ」
 総崩れになっている、二十二組の残存兵に、紫輝は声をかける。
 野際の力強い頼もしさに刺激され、気持ちが萎えかけていた将堂の兵たちが、手裏兵に再び向かって行く。

「大和。山本の所在を聞いてくれ。俺じゃ、脅えさせちゃうから」
 龍鬼である紫輝が、触ったり、そばに行ったりしたら。せっかく気を奮い立たせているところに、水を差してしまうから。大和に頼んだ。
 彼は紫輝の意を汲んで、残存兵のうちのひとりを捕まえて、聞いた。

「二十二組の山本組長は、どこにいるんだ?」
「…わからねぇ。乱戦で、いつの間にか、姿が見えなくなった。もしかしたら、やられたかも」

 前線に戻っていく兵士を、離し。紫輝は、辺りを見回した。
 山本の顔は、うろ覚えだった。廊下ですれ違ったときに、少し見ただけ。
 基本、上官には頭を下げるので。顔が見えず。本当に、薄っすらとした印象だ。

 でも、組長以上は、二の腕辺りに『右第五大隊二十四組組長』などと、刺繍で階級名が書かれている、記章をつけている。
 えっと、ワッペンみたいなやつ。わかりやすい。
 でも幹部以上になると、己の血脈の鳥類の刺繍になるんだって。
 だから赤穂と初対面のとき、准将だってわからなかったんだよぉ。知らんがなっ。

 それはともかく、組長の記章がある者は、廣伊以外見当たらない。
 野際の後ろについて、戦いを再開した二十二組の兵は、十人足らず。
 三班分の兵がいたとしたら、三十人くらいだが。二十名以上が倒れてしまったというのか?
 山本も、倒れた兵の中にいるのかもしれなかった。

「龍鬼だ! 緑の龍鬼を殺れっ」
 手裏の兵が、声を上げ、廣伊が集中的に狙われる。
 紫輝も加勢に入るが、前だけでなく、横からとか上からとか、手裏兵に襲われて、進路を妨害される。
 廣伊のところまで、なかなか行けない。

「ライラ『らいかみっ!』もう一度、撃てるか?」
 敵に剣を当てながらも、紫輝はライラに聞いた。
 剣になっているライラとは、柄を通して意思疎通ができる。
 剣を持っていなくても、背中に背負っていたり、どこかしら体に触れていれば、話すことができた。

「むりよぉ。くろとちゃいろがいっぱいで、あたし、よくわからないわぁ」
 頼りなげな声で、ライラが言うので。紫輝も、しゅんとしてしまう。

『らいかみっ!』は、敵と味方が入り乱れているところで使用すると、味方の生気も吸ってしまう。
 ライラは細かく、より分けることができないのだ。

 前方に、敵しかいない。もしくは、味方から離れたところで孤立してしまった。あと、九班の班員なら、ライラが顔を覚えていて、敵認定しない。
 そういう条件下でなら、効果的に使える。
 決して万能な技ではないのだ。

 まぁ、自分が生き残るために、敵味方関係なく撃つこともできるけど。
 それは究極の、最終手段だと思うので。

「でも、ここで敵を蹴散らさなきゃ。廣伊が危ないんだ」
「でもでも、おんちゃんの体力も、もたないとおもうのぉ」
 剣を合わせて、生気を吸うというのは。ライラのみの能力でできる。
 でも『らいかみっ!』は、紫輝とライラの共同作業みたいな感じなのだ。
 技を発動するのに、紫輝の気力が、それなりに使用される。

 ライラは一日一回が限度だと言っていたのだ。
 でも、その一回は、すでに使ってしまった。でも。でも。

「大和、野際っ、廣伊の元へ行く。ついてきてっ」
 紫輝はひとりひとり、剣をガッツンガッツン当てて、敵を倒していき。
 その横で、大和も野際も、敵を斬り捨てながら、ついてきてくれる。

 そうしてなんとか、廣伊と話ができるところまで近づいた。
 廣伊の周りには、山のように手裏兵が横たわっているのだが。全くひるまず、敵が突っ込んでくる。

 完璧に、廣伊がピンポイントで狙われていた。

「廣伊、計画があります。二十二組と一班を後方へ下げ、俺たちは前線を押し込んで敵の中へ入り込む」
 応戦しながら、紫輝は廣伊たちに話しかけた。
 廣伊は冷静に、紫輝の案に苦言を呈す。

「五人で敵地に入るのは、無謀だ。目の前に、ざっと五十はいるぞ」
「一時的に、だ。雷を落としたいのに、今のままだと味方が邪魔なんだ。敵地に入ったら、中心の俺らだけ避けて雷を落とす」
「できるのか? そんな繊細なこと」
「俺がひとりのときは、できたんだ。でも、わかんない。一か八かだ」

 策を話していた紫輝を、野際が大きな声で笑った。
「ははっ、いいんじゃねぇ? 一か八か。戦場は元々、予想外の連続だ。それに、このままじゃ、どうせ死ぬ」
 野際は、笑いながらも。手は震えていた。
 明日には、故郷に帰れたかもしれない。
 愛する妻や子供に会うことを楽しみにしている、子煩悩パパだ。
 ここで死なせるわけにはいかない。

「よし。やろう」
 組長の承諾を取り。紫輝は野際に指示を出した。

「野際は二十二組と一班を後方に下げてくれ。前線が後退するのと同時に、俺たちは前に行く」
「おい、ここまで来て、特等席はお預けかよ?」
 文句を言いながらも、野際は剣を振り回しながら下がっていく。

「俺は貴方の背中を守ります。決して離れませんから」
「わかってるよ」
 雷の真ん中に立つんだけど、さっきビビッてたのに大丈夫かな? と紫輝は思いつつ。大和に笑いかける。
 後方では、野際が声を出して、味方を制していた。

「将堂軍一同、ここは俺たちで充分だぜ。後方へ、下がれ、下がれ、死にたくなければ、早く下がれっ」
 二十二組と一班が下がったことで、前線が後退し。そのタイミングで、紫輝と廣伊と千夜と大和が、集団となって敵兵の中へと割って入っていく。
 四方を手裏兵が囲んだ、そのとき。紫輝は剣を天にかざした。

「らいかみっ!」

 心の中で、ライラ、ドーナツ。ドーナツ型で吸うんだぞ。と何度も唱え。
 作戦がうまくいくように祈った。

 途端、紫輝の周りから、紫色のオーラが立ち昇り。空には黒雲が覆う。
 そして四人には触らせない、とでも言うように。紫輝たちを中心とした竜巻が起きる。
 白い砂埃が、ガードの役割を果たし。その周りに、雷が落ちた。

 カーンと、乾いた音のあと、パリパリと電気が唸る音が続き。

 紫輝たちを囲む敵の輪の中に、四方八方に紫電が走り抜けていった。
 一瞬の出来事、だから敵の悲鳴すら上がらない。
 彼らはただ、バタバタと地に倒れ伏した。

 竜巻がおさまり、視界が開けると。
 そこには立っている敵兵は、存在しなかった。

「すげぇ…威力。これが龍鬼の力…」
 感嘆の声を上げる大和に、紫輝は返事を返せなかった。
 膝が笑って、立っていられない。
 野際級の、大きな大人を、三人くらい背負ったみたいに。体が重くて。
 その場にくずおれた。

「わっ、大丈夫か? 紫輝」
 紫輝の手が地につく前に、咄嗟に体を支えてくれたのは、千夜だった。

「だい、じょぶ。作戦、うまくいった?」
「あぁ、この辺りに手裏兵はもういねぇ。廣伊も無事だぞ」
「…良かったぁ」
 紫輝は笑みを浮かべ、千夜をみつめた。

 やっぱ『らいかみっ!』二回目は、かなりリスクがあるな。
 体が痺れて動けないし。頭も、なんだかぼーっとする。
 でも、廣伊が無事だったから、良かった、良かった。

「ありがとう、紫輝。本当に、本当に、感謝している」
 死線をくぐり抜けた千夜は、泥に汚れ、返り血も浴びているが。瑠璃色の髪の毛はまぶしくて。彼が馬鹿みたいに明るく笑うから。
 紫輝も、晴れやかに笑った。

 千夜にとって、廣伊の命はとても重いものだ。
 紫輝は友人として、それを守る助けの手となることができて、心底嬉しかった。
 体が動かないことなど、些細なことじゃん。そう思えた。

 疲労と安堵…そして頭もぼんやりと霞んでいて。紫輝はぐったりしていたのだが。
 そんな状態でも、目の端に、組長の記章が見えた。
 やっと、二十三組か二十五組の組長が駆けつけてくれたんだな?

 千夜は紫輝を、大和に預け。
 青い閃光のように駆けていく。なに? どうかした?

 廣伊の前に、千夜が立つのを。紫輝は見た。
 油断していたのだ。
 周りに、手裏兵がいなかったから。敵がいないと思い込んでいた。
 二発の『らいかみっ!』で、もう体も動かなかった。

 だけど、どうしても。
 このときのことは、紫輝の一生の悔いとなって残ることになる。

 紫輝の網膜が、血の赤色に染まった…。

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