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18 出陣します
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◆出陣します
前線基地から出撃するとき、門前の広場に、兵たちは整列する。
二十四組の兵たちが、組長である廣伊の元に集まっていた。
小さな木箱の上に、廣伊は乗る。
出陣の前に、兵を鼓舞するため、演説する組長は多いが。廣伊がなにかを言うのは、珍しいことだった。
「このまま、おとなしくしてくれたら良かったのだが。残念なことに、手裏軍が再び、侵攻を始めた。我らと入れ替わる大隊が到着するのは、ひと月後だ。それまでは、みんな頑張れよ。目の前に迫った休暇を、手裏ごときに奪われてはならない」
廣伊の軽口に、二十四組に笑いが起きた。
「本来。人事は、本拠地に戻ってから行うが。手裏の猛攻と、我らの移動が重なり、雑事が増えると予想される。そこで、本日付で、望月千夜を組長補佐に任ずる」
おおっと、組の中が盛り上がりを見せた。
「さらに、望月の後任として、間宮紫輝を九班班長に任ずる」
その廣伊の言葉には、どよっと、困惑のざわめきが湧く。
ですよね。だから無理だと言ったのに。
と、紫輝は。内心で、ため息をつく。
「今までと、形態が変わるわけではない。いつもどおり、戦場で存分に戦うこと。以上だ」
壇上から降りた廣伊の後ろに、千夜が、そして二十四組の猛者たちが続いていく。
二十四組の出陣風景は、肩の力が抜けた、整然としたものだった。
だが、紫輝を班長に格上げした、組長の爆弾発言に、まだ浮足立つ兵も見られる。
当事者である九班の班員たちが、思ったよりも平然と受け止めていることが、少し救いになった。
班長になったとはいえ、戦場で、紫輝がすることといったら。今までと、なにも変わらない。
自分が死なないようにしつつ、仲間の窮地を見過ごさずに、敵を追い払うことだ。
戦場では、ほぼ個人戦だ。
各々が、自らの力を発揮して、敵を倒す。または追い払う。
少し余裕があれば、仲間に気を配れるのだけど。
なかなか千夜のようにはできず、目の前の敵に集中してしまうものだ。
今は、周囲に、敵の群れはいない。
しかし、ひとりひとり、息つく間もなく襲い掛かってくる。
紫輝が敵と剣を合わせると、相手は腰から崩れるようにして倒れる。ライラが敵の生気を吸い、昏倒させるのだ。
ただ、一定時間、動けなくなるだけなので、敵は死んでいない。
つまり、紫輝は。ライラのおかげで、まだ人を殺してはいないのだ。
そんなところが、噂となり。敵からも味方からも『殺さずの雷龍』というあだ名で、密かに呼ばれていた。
ということを、昨日、大和に教えてもらった。
ええぇ、知らない間に変なあだ名ついてたよ。
目の前の敵が、あらかた倒れ。紫輝はやっと息をつく。
班員は、目の届く範囲にみんないた。
各自、剣を振るう、ある距離感を保って戦闘に当たっている。やはり、基本個人戦だ。
そうして日が暮れ。今日もなんとか生き延びた。
前線基地の中に入ると、安心感が湧いてくる。もう大丈夫。怖くないって。
あと天誠に、生きてるよって報告できることが、一番嬉しい。
班長として、廣伊に、今日の戦場での兵たちの様子などを報告し。
食堂で晩御飯を貰ったら、いつもの場所でライラとふたり、おにぎりを食べる。
いつものルーティーンだ。
今、ちょっと紫輝が気になっていることといえば、月光のことだった。
親子の名乗りをして、十日ほどは、毎日顔を合わせていた。
紫輝の組が休息日のときは、月光の宿舎に招かれたりもしたし。親子というよりは友達感覚なのは仕方がないことなんだけど。
とにかく、円満にやっていたと思う。
けれど、このところ、全く顔を見ない。
いや、全くではない。
今日の出陣のときなんか、陰ながらこちらを見ていた。でも、声は掛けてこない。
あと、月光の隠密は、紫輝にいつも張りついている。
だから、月光に嫌われたとか、放任してるとか、そういう感じではない。
いや、もう十八だし、元の世界の親なんかは、もっと放任だったから。それならそれで、構わないんだけど。
どちらかというと、常に気に掛けられているが、顔は合わせない、みたいな。
謎。
謎といえば、もうひとり。
そこにいるのに、なんで一緒にご飯を食べないのか?
「大和、そこにいるんだろ? 一緒に食べようよ」
紫輝は、別にボッチ飯が好きなわけじゃない。千夜がいるなら千夜と食べるし。
そこにいるのに、個々でご飯を食べていること、ないだろう?
月光の隠密の気配がわかるくらいには、紫輝も敏感だ。
今は、己の能力で敵を倒していることになっているから、ライラの説明が難しい…。っていうか面倒だから、ライラのことを、多くの者に知られたくないのだ。
だから周囲に気を配っている。
月光には、紫輝のあらかたのことが知られていて、隠密も承知しているだろうから、泳がしている。
そして、大和は。結構前から、紫輝についていることを知っていた。
いや、紫輝についていた者が、大和だと知ったのは、昨日だけど。
赤茶のゴールデンレトリバー…もとい、アカモズの大和が、闇に染まる木々の間から、姿を現した。
「あれ、バレちゃいました? いつから?」
「昨日、廊下で。俺のこと、ガン見してたろ? あのとき、見られてる感じが。いつもついている人と、同じだなと思って」
大和は、紫輝の近くにあった切り株に腰かけ、やはりおにぎりを食べる。
「いつもついてる人って…それはいつから?」
「うーん、九班、入った頃かな? 最初は、龍鬼だから見られているのかと思ったんだけど。天誠と再会したあと、あぁ、天誠の隠密だったんだなって、わかったんだ。見てくるけど、危害加える感じじゃないし。ライラが、ひとりだけスルーするんだよ。そばに誰か来るときとか、千夜が来ても、知らせてくれるのに。君だけスルー。それって、天誠の言いつけだろ?」
「あい」
紫輝の問いかけに、ライラが短く返答した。
「わぁ、鋭いんっすね」
隠密の誇りをくじかれたのか、大和は半目で、棒読みで言った。
「俺、空気読むのうまいんだ」
そういう問題かなぁと、大和は思った。
「昨日、大和のこと確信して。わぁ、近くまで来たなぁって思ったから。天誠に報告したんだよ。そうじゃなきゃ、新しい班員のことなんか、いちいち彼に言ったりしないよ」
その言葉で、大和は。紫輝のことを、そら恐ろしく感じた。
昨夜のことも、みんな、お見通しだったとは。
凡庸に見えても、やはり安曇の兄なのだなと実感し。ビビった。
「天誠の隠密ってことは、俺のこと知ってるんだよね? どれくらい?」
「三百年過去から来て、安曇様とラブラブなとこまで」
「それって全部じゃんっ」
照れ隠しでツッコむが。
恥ずかしさはなくならず、紫輝は顔を赤くしつつ、おにぎりをかじった。
「安曇様に殺されるので、エッチシーンは見てません。キスシーンは、しょっちゅう見てますが」
「わかった、やめろ、もう言わないでくれ。俺は聞かないぞ」
頭から湯気が出そうだ。くっそう、天誠のやつめっ。
「まぁ、でも。そばにいるのが、全部知っている人なら、心強いよ。大和は、天誠といつ出会ったの?」
十一歳のとき、大和が安曇眞仲に拾ってもらったところから。彼は、かいつまんで紫輝に話してくれた。
眞仲に施された隠密の修業は、厳しかったようで。大和の眉間のしわは、ずっと消えなかった。
それでも礼儀作法、家事全般、一般教養、さらには医療の知識まで、あらゆるものを叩き込まれたので。もう、食うには困らない。それがありがたいのだと言って。孤児であった彼は、笑った。
大和が語る、眞仲は。長く、殺伐としていた。
だが一年前、そこから百八十度転換したのだという。
紫輝が現れる希望が見えたから。
大和の話を聞いて、紫輝は知らぬ間に泣いていた。いつの間にか、頬が濡れている。
「し、紫輝様。俺、なにか変なこと言いましたか?」
大和は狼狽した。紫輝を泣かせたと知られたら、首が飛ぶ。
比喩でなく。
「ううん、嬉しかったから。天誠が、ずっと、ひとりだったわけじゃ、ないんだって、わかって」
「いえ、俺たちは部下なので。貴方のような存在とは違うんです」
「なんだっていいんだよ。家の中に、誰かの気配があるだけで。完全な孤独ではないから。マジで、良かった」
紫輝は、心底ホッとしていた。
兄を見失った天誠は、ずっと闇の中でもがいていただろう。
でも、大和たちを教育しているときは、気が紛れていたんじゃないかと思うのだ。
「あの、怒らないでくださいね、安曇様が、貴方に隠密をつけていたこと」
「怒らないよ。昨日、彼が言っていただろ? 今も守っていると。大和は、天誠なんだ」
にっこりと紫輝に笑いかけられ、大和はぶわわっと、血が頭に駆け上るのを感じた。
安曇への愛のかけらを、大和にもくれたみたいな感覚だった。
目の前の紫輝は、全然、色恋めいた雰囲気を出していない。
けれど、感じたのだ。信頼とか親愛の情を。
「大和は、天誠を守ってくれた家族だから。俺にとっても家族だよ。これからよろしくな? あと、紫輝様は駄目だから。紫輝って呼べよ」
おにぎりを食べ終わった紫輝が、ちょっと潤んだ目で、大和をみつめる。
わかっている。これは安曇を想って流した涙の名残だと。
でも、己に言い聞かせなければならないほどには…ドキドキしてしまった。
大和が、ひとりでどぎまぎしていたとき。
紫輝は、天誠のことを考えていた。
将堂軍に入り、戦場へ出た、あのとき。紫輝は天誠のことを探し出すことができなくて。嘆き悲しんだ。
自分が倒した手裏兵の中に、天誠がいるんじゃないかと、不安になったりした。
俺を守ると言ってくれた弟は、どこにいるのだ?
何故、そばにいないのか?
何故…俺を守ってくれないのか、と。
でも、天誠はあのときから。いや、紫輝がこの世界に現れたときから、ずっと守ってくれていたのだ。
ライラを紫輝に授けたのも、大和を派遣したのも、天誠の采配だ。
『兄さんは僕が守る』その、三百年前の誓いは。今も変わらず、果たされている。
「貴方は何故、安曇様を許すのですか?」
大和に問われ、紫輝は小首を傾げる。
なにか、許したっけ?
「貴方は、三百年前の、平和な時代からやってきた。殺傷は、ご法度の世界だったのでしょう? 安曇様が言うには、清廉潔白な方だと…安曇様は貴方に嫌われることを、ひどく恐れている」
「天誠が人を殺めたことを、俺が許さないって? 今は戦争中なのに。人を殺すなと言うのは、おまえは死ねと言っているのと同じことじゃないのか? そんなの、綺麗ごと通り越して、傲慢だ」
「…まぁ、そうですね」
うなずいて。大和は考えを巡らせる。
敵も味方も、死に物狂いで戦っているのだ。その相手を殺すなということは、死ねということ。
この世界では、正論だ。
ただ、平和な世界で暮らしていた紫輝が、その境地に到達しているということが、すごいと思う。
「俺は、聖人君子の良い子ちゃん、じゃない。確かに、以前の社会の常識に、未だ縛られているところもある。ライラのおかげで、人を殺さないで済むことに、安心もしているよ。でもさ、俺は、本当に人を殺していないのかな? 違うよ。仲間たちが戦ってくれるから、俺は生きてられる。だったら、千夜が斬った相手も、野際が斬った相手も、俺が斬ったも同然だ。もちろん、天誠が生きるために斬った相手も。俺は天誠が生きていてくれて、嬉しいんだから」
そう、紫輝は天誠が生きていてくれて、嬉しいのだ。
だから、昔の常識からは、目をそらし。愛する者と生きるために、この世界の常識に向き合うと決めたのだ。
「許したんじゃない。天誠の重荷の半分を、俺も背負うということだ。天誠と俺は同じもの。同じなのに、許すも許さないも、ないんだよ」
己の気持ちを真剣に述べて、紫輝は、次の瞬間は軽く笑って見せた。
「だから、殺さずの雷龍ってあだ名、ちょっと、俺的には不本意。俺、そんなに出来た人物じゃないもん。いつまでも弟頼りの、ダメダメな兄貴だしな。あぁ、天誠が言う、俺の賛辞は真に受けないで。話半分以下だからな。変なフィルターかかってて、盛り盛りの増し増しになっているんだ。どうせ、天使とか清いとか、変なこと言ってんだろ? 嘘、嘘、そんなの柄じゃないって見ればわかるだろ?」
「ふぃるたあ…」
「あぁ、えっと…膜? 『兄貴大好き』っていう膜を通り抜けると、どんな感情にも『兄貴大好き』ってのがコーティング…く、包まるような…キモッ。想像したら、キモッ」
紫輝は説明している最中に、天誠のハイパーブラコンのキモさに当てられてしまった。
「なぁ、あいつ、おかしいと思わないか? 冷静に考えて、なんで俺みたいのを、可愛いとか天使とか思えるんだ? あいつの審美眼、なんとか修復できねぇかな?」
「無理っす」
即答され、紫輝は疑問符を飛ばす。
「安曇様の審美眼は正確です。だって、あなたは綺麗な人だ」
「…は?」
「姿も心も美しい。だから安曇様は、貴方に惚れているんです。安曇様の審美眼が正確だというのは、俺もそう思うからです」
真顔で大和が力説するものだから。
紫輝は引いた。
「え、大和も、極悪ノラ猫顔が可愛いとか思う口?」
「極悪ノラ猫顔は、見れば見るほど味が出ると思っています」
「あぁ、そう…」
同じ釜の飯を食べていたから、天誠と似てしまったのか。
可哀想に。大和の審美眼もどうかしちゃったのだな。
無駄な説得をするのを、紫輝はやめた。
「俺も軍服、紫にしていいっすか?」
「ええぇ? 軍服の色、変えていいなら、俺、茶色にしたいんだけど。目立ちたくない」
「ダメっす。似合ってるっす。紫にするっす。紫輝を守り隊、会員番号一番っす…あ、一番は、安曇様に譲るっす」
急におどおどし始めた大和が、切り株から腰を上げて、闇に染まる木々の間に消えていった。
紫輝が振り返ると、近くに大きなライラの顔があった。
いや、目がキリリとしているから、天誠だ。
「あいつ、紫輝を口説きやがった」
「ライラの可愛い声で、そういうこと言ってはいけません。つか、口説かれてない」
「おんちゃん、ちゅー、して」
どんな顔で、ライラに成りきっているんだと。イケメン弟を思い浮かべたら、笑えた。
笑えたから、鼻チューしてやった。
前線基地から出撃するとき、門前の広場に、兵たちは整列する。
二十四組の兵たちが、組長である廣伊の元に集まっていた。
小さな木箱の上に、廣伊は乗る。
出陣の前に、兵を鼓舞するため、演説する組長は多いが。廣伊がなにかを言うのは、珍しいことだった。
「このまま、おとなしくしてくれたら良かったのだが。残念なことに、手裏軍が再び、侵攻を始めた。我らと入れ替わる大隊が到着するのは、ひと月後だ。それまでは、みんな頑張れよ。目の前に迫った休暇を、手裏ごときに奪われてはならない」
廣伊の軽口に、二十四組に笑いが起きた。
「本来。人事は、本拠地に戻ってから行うが。手裏の猛攻と、我らの移動が重なり、雑事が増えると予想される。そこで、本日付で、望月千夜を組長補佐に任ずる」
おおっと、組の中が盛り上がりを見せた。
「さらに、望月の後任として、間宮紫輝を九班班長に任ずる」
その廣伊の言葉には、どよっと、困惑のざわめきが湧く。
ですよね。だから無理だと言ったのに。
と、紫輝は。内心で、ため息をつく。
「今までと、形態が変わるわけではない。いつもどおり、戦場で存分に戦うこと。以上だ」
壇上から降りた廣伊の後ろに、千夜が、そして二十四組の猛者たちが続いていく。
二十四組の出陣風景は、肩の力が抜けた、整然としたものだった。
だが、紫輝を班長に格上げした、組長の爆弾発言に、まだ浮足立つ兵も見られる。
当事者である九班の班員たちが、思ったよりも平然と受け止めていることが、少し救いになった。
班長になったとはいえ、戦場で、紫輝がすることといったら。今までと、なにも変わらない。
自分が死なないようにしつつ、仲間の窮地を見過ごさずに、敵を追い払うことだ。
戦場では、ほぼ個人戦だ。
各々が、自らの力を発揮して、敵を倒す。または追い払う。
少し余裕があれば、仲間に気を配れるのだけど。
なかなか千夜のようにはできず、目の前の敵に集中してしまうものだ。
今は、周囲に、敵の群れはいない。
しかし、ひとりひとり、息つく間もなく襲い掛かってくる。
紫輝が敵と剣を合わせると、相手は腰から崩れるようにして倒れる。ライラが敵の生気を吸い、昏倒させるのだ。
ただ、一定時間、動けなくなるだけなので、敵は死んでいない。
つまり、紫輝は。ライラのおかげで、まだ人を殺してはいないのだ。
そんなところが、噂となり。敵からも味方からも『殺さずの雷龍』というあだ名で、密かに呼ばれていた。
ということを、昨日、大和に教えてもらった。
ええぇ、知らない間に変なあだ名ついてたよ。
目の前の敵が、あらかた倒れ。紫輝はやっと息をつく。
班員は、目の届く範囲にみんないた。
各自、剣を振るう、ある距離感を保って戦闘に当たっている。やはり、基本個人戦だ。
そうして日が暮れ。今日もなんとか生き延びた。
前線基地の中に入ると、安心感が湧いてくる。もう大丈夫。怖くないって。
あと天誠に、生きてるよって報告できることが、一番嬉しい。
班長として、廣伊に、今日の戦場での兵たちの様子などを報告し。
食堂で晩御飯を貰ったら、いつもの場所でライラとふたり、おにぎりを食べる。
いつものルーティーンだ。
今、ちょっと紫輝が気になっていることといえば、月光のことだった。
親子の名乗りをして、十日ほどは、毎日顔を合わせていた。
紫輝の組が休息日のときは、月光の宿舎に招かれたりもしたし。親子というよりは友達感覚なのは仕方がないことなんだけど。
とにかく、円満にやっていたと思う。
けれど、このところ、全く顔を見ない。
いや、全くではない。
今日の出陣のときなんか、陰ながらこちらを見ていた。でも、声は掛けてこない。
あと、月光の隠密は、紫輝にいつも張りついている。
だから、月光に嫌われたとか、放任してるとか、そういう感じではない。
いや、もう十八だし、元の世界の親なんかは、もっと放任だったから。それならそれで、構わないんだけど。
どちらかというと、常に気に掛けられているが、顔は合わせない、みたいな。
謎。
謎といえば、もうひとり。
そこにいるのに、なんで一緒にご飯を食べないのか?
「大和、そこにいるんだろ? 一緒に食べようよ」
紫輝は、別にボッチ飯が好きなわけじゃない。千夜がいるなら千夜と食べるし。
そこにいるのに、個々でご飯を食べていること、ないだろう?
月光の隠密の気配がわかるくらいには、紫輝も敏感だ。
今は、己の能力で敵を倒していることになっているから、ライラの説明が難しい…。っていうか面倒だから、ライラのことを、多くの者に知られたくないのだ。
だから周囲に気を配っている。
月光には、紫輝のあらかたのことが知られていて、隠密も承知しているだろうから、泳がしている。
そして、大和は。結構前から、紫輝についていることを知っていた。
いや、紫輝についていた者が、大和だと知ったのは、昨日だけど。
赤茶のゴールデンレトリバー…もとい、アカモズの大和が、闇に染まる木々の間から、姿を現した。
「あれ、バレちゃいました? いつから?」
「昨日、廊下で。俺のこと、ガン見してたろ? あのとき、見られてる感じが。いつもついている人と、同じだなと思って」
大和は、紫輝の近くにあった切り株に腰かけ、やはりおにぎりを食べる。
「いつもついてる人って…それはいつから?」
「うーん、九班、入った頃かな? 最初は、龍鬼だから見られているのかと思ったんだけど。天誠と再会したあと、あぁ、天誠の隠密だったんだなって、わかったんだ。見てくるけど、危害加える感じじゃないし。ライラが、ひとりだけスルーするんだよ。そばに誰か来るときとか、千夜が来ても、知らせてくれるのに。君だけスルー。それって、天誠の言いつけだろ?」
「あい」
紫輝の問いかけに、ライラが短く返答した。
「わぁ、鋭いんっすね」
隠密の誇りをくじかれたのか、大和は半目で、棒読みで言った。
「俺、空気読むのうまいんだ」
そういう問題かなぁと、大和は思った。
「昨日、大和のこと確信して。わぁ、近くまで来たなぁって思ったから。天誠に報告したんだよ。そうじゃなきゃ、新しい班員のことなんか、いちいち彼に言ったりしないよ」
その言葉で、大和は。紫輝のことを、そら恐ろしく感じた。
昨夜のことも、みんな、お見通しだったとは。
凡庸に見えても、やはり安曇の兄なのだなと実感し。ビビった。
「天誠の隠密ってことは、俺のこと知ってるんだよね? どれくらい?」
「三百年過去から来て、安曇様とラブラブなとこまで」
「それって全部じゃんっ」
照れ隠しでツッコむが。
恥ずかしさはなくならず、紫輝は顔を赤くしつつ、おにぎりをかじった。
「安曇様に殺されるので、エッチシーンは見てません。キスシーンは、しょっちゅう見てますが」
「わかった、やめろ、もう言わないでくれ。俺は聞かないぞ」
頭から湯気が出そうだ。くっそう、天誠のやつめっ。
「まぁ、でも。そばにいるのが、全部知っている人なら、心強いよ。大和は、天誠といつ出会ったの?」
十一歳のとき、大和が安曇眞仲に拾ってもらったところから。彼は、かいつまんで紫輝に話してくれた。
眞仲に施された隠密の修業は、厳しかったようで。大和の眉間のしわは、ずっと消えなかった。
それでも礼儀作法、家事全般、一般教養、さらには医療の知識まで、あらゆるものを叩き込まれたので。もう、食うには困らない。それがありがたいのだと言って。孤児であった彼は、笑った。
大和が語る、眞仲は。長く、殺伐としていた。
だが一年前、そこから百八十度転換したのだという。
紫輝が現れる希望が見えたから。
大和の話を聞いて、紫輝は知らぬ間に泣いていた。いつの間にか、頬が濡れている。
「し、紫輝様。俺、なにか変なこと言いましたか?」
大和は狼狽した。紫輝を泣かせたと知られたら、首が飛ぶ。
比喩でなく。
「ううん、嬉しかったから。天誠が、ずっと、ひとりだったわけじゃ、ないんだって、わかって」
「いえ、俺たちは部下なので。貴方のような存在とは違うんです」
「なんだっていいんだよ。家の中に、誰かの気配があるだけで。完全な孤独ではないから。マジで、良かった」
紫輝は、心底ホッとしていた。
兄を見失った天誠は、ずっと闇の中でもがいていただろう。
でも、大和たちを教育しているときは、気が紛れていたんじゃないかと思うのだ。
「あの、怒らないでくださいね、安曇様が、貴方に隠密をつけていたこと」
「怒らないよ。昨日、彼が言っていただろ? 今も守っていると。大和は、天誠なんだ」
にっこりと紫輝に笑いかけられ、大和はぶわわっと、血が頭に駆け上るのを感じた。
安曇への愛のかけらを、大和にもくれたみたいな感覚だった。
目の前の紫輝は、全然、色恋めいた雰囲気を出していない。
けれど、感じたのだ。信頼とか親愛の情を。
「大和は、天誠を守ってくれた家族だから。俺にとっても家族だよ。これからよろしくな? あと、紫輝様は駄目だから。紫輝って呼べよ」
おにぎりを食べ終わった紫輝が、ちょっと潤んだ目で、大和をみつめる。
わかっている。これは安曇を想って流した涙の名残だと。
でも、己に言い聞かせなければならないほどには…ドキドキしてしまった。
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紫輝は、天誠のことを考えていた。
将堂軍に入り、戦場へ出た、あのとき。紫輝は天誠のことを探し出すことができなくて。嘆き悲しんだ。
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俺を守ると言ってくれた弟は、どこにいるのだ?
何故、そばにいないのか?
何故…俺を守ってくれないのか、と。
でも、天誠はあのときから。いや、紫輝がこの世界に現れたときから、ずっと守ってくれていたのだ。
ライラを紫輝に授けたのも、大和を派遣したのも、天誠の采配だ。
『兄さんは僕が守る』その、三百年前の誓いは。今も変わらず、果たされている。
「貴方は何故、安曇様を許すのですか?」
大和に問われ、紫輝は小首を傾げる。
なにか、許したっけ?
「貴方は、三百年前の、平和な時代からやってきた。殺傷は、ご法度の世界だったのでしょう? 安曇様が言うには、清廉潔白な方だと…安曇様は貴方に嫌われることを、ひどく恐れている」
「天誠が人を殺めたことを、俺が許さないって? 今は戦争中なのに。人を殺すなと言うのは、おまえは死ねと言っているのと同じことじゃないのか? そんなの、綺麗ごと通り越して、傲慢だ」
「…まぁ、そうですね」
うなずいて。大和は考えを巡らせる。
敵も味方も、死に物狂いで戦っているのだ。その相手を殺すなということは、死ねということ。
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ただ、平和な世界で暮らしていた紫輝が、その境地に到達しているということが、すごいと思う。
「俺は、聖人君子の良い子ちゃん、じゃない。確かに、以前の社会の常識に、未だ縛られているところもある。ライラのおかげで、人を殺さないで済むことに、安心もしているよ。でもさ、俺は、本当に人を殺していないのかな? 違うよ。仲間たちが戦ってくれるから、俺は生きてられる。だったら、千夜が斬った相手も、野際が斬った相手も、俺が斬ったも同然だ。もちろん、天誠が生きるために斬った相手も。俺は天誠が生きていてくれて、嬉しいんだから」
そう、紫輝は天誠が生きていてくれて、嬉しいのだ。
だから、昔の常識からは、目をそらし。愛する者と生きるために、この世界の常識に向き合うと決めたのだ。
「許したんじゃない。天誠の重荷の半分を、俺も背負うということだ。天誠と俺は同じもの。同じなのに、許すも許さないも、ないんだよ」
己の気持ちを真剣に述べて、紫輝は、次の瞬間は軽く笑って見せた。
「だから、殺さずの雷龍ってあだ名、ちょっと、俺的には不本意。俺、そんなに出来た人物じゃないもん。いつまでも弟頼りの、ダメダメな兄貴だしな。あぁ、天誠が言う、俺の賛辞は真に受けないで。話半分以下だからな。変なフィルターかかってて、盛り盛りの増し増しになっているんだ。どうせ、天使とか清いとか、変なこと言ってんだろ? 嘘、嘘、そんなの柄じゃないって見ればわかるだろ?」
「ふぃるたあ…」
「あぁ、えっと…膜? 『兄貴大好き』っていう膜を通り抜けると、どんな感情にも『兄貴大好き』ってのがコーティング…く、包まるような…キモッ。想像したら、キモッ」
紫輝は説明している最中に、天誠のハイパーブラコンのキモさに当てられてしまった。
「なぁ、あいつ、おかしいと思わないか? 冷静に考えて、なんで俺みたいのを、可愛いとか天使とか思えるんだ? あいつの審美眼、なんとか修復できねぇかな?」
「無理っす」
即答され、紫輝は疑問符を飛ばす。
「安曇様の審美眼は正確です。だって、あなたは綺麗な人だ」
「…は?」
「姿も心も美しい。だから安曇様は、貴方に惚れているんです。安曇様の審美眼が正確だというのは、俺もそう思うからです」
真顔で大和が力説するものだから。
紫輝は引いた。
「え、大和も、極悪ノラ猫顔が可愛いとか思う口?」
「極悪ノラ猫顔は、見れば見るほど味が出ると思っています」
「あぁ、そう…」
同じ釜の飯を食べていたから、天誠と似てしまったのか。
可哀想に。大和の審美眼もどうかしちゃったのだな。
無駄な説得をするのを、紫輝はやめた。
「俺も軍服、紫にしていいっすか?」
「ええぇ? 軍服の色、変えていいなら、俺、茶色にしたいんだけど。目立ちたくない」
「ダメっす。似合ってるっす。紫にするっす。紫輝を守り隊、会員番号一番っす…あ、一番は、安曇様に譲るっす」
急におどおどし始めた大和が、切り株から腰を上げて、闇に染まる木々の間に消えていった。
紫輝が振り返ると、近くに大きなライラの顔があった。
いや、目がキリリとしているから、天誠だ。
「あいつ、紫輝を口説きやがった」
「ライラの可愛い声で、そういうこと言ってはいけません。つか、口説かれてない」
「おんちゃん、ちゅー、して」
どんな顔で、ライラに成りきっているんだと。イケメン弟を思い浮かべたら、笑えた。
笑えたから、鼻チューしてやった。
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☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
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小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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