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16 三百年後も、千年後も…。
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◆三百年後も、千年後も…。
紫輝が所属する二十四組九班の者は、前線基地から数キロ離れた、樹海の中を見回り警備していた。
現在、戦場で相対する、大規模戦闘は行われていない。
手裏軍幹部の安曇眞仲、そう名乗っている天誠が、兵を引いているからだ。
緻密な戦略で、陣形を崩しにかかる安曇の手法に。将堂軍は、いつも翻弄されていた。
将堂軍は、話し合いによる解決を信条としており。攻撃に対しては、防戦一方である。
なので、押したり引いたりと、駆け引きする安曇の攻撃に、いちいち対応しなければならないのだが。
それでは兵を疲弊させるだけになる。
安曇はそれを狙って、よくその戦法を使用してきた。
しかし、安曇は。紫輝と再会したのちに、攻撃の手をゆるめている。
かといって、ずっと動かないでいるわけにもいかず、あくまで『駆け引きの一環としての、一時休戦』という形をとっているのだが。
安曇が動かない理由の中に、兄の身を案じているという思いが、多分にあることは明白だった。
であるが、それは手裏側、というか安曇の事情であり。
その事情を、将堂側が知る術はない。
将堂の兵たちは、手裏がいつ攻めてきても対応できるよう、見回りに力を入れるだけだった。
でも紫輝は、安曇の思惑を知っているので、純粋に弟に感謝しつつ、少し気を落ち着かせている。
しかし、それとは別口で。
紫輝の胸に、心配の種が芽吹いていた。
「紫輝、点呼を取れ」
千夜に指示され、紫輝は戸惑いの目を向ける。
基地の外に出てから、千夜がすべき仕事すべてを、紫輝が肩代わりさせられていた。
「ほら、早く」
じっとりとした目で千夜に見返され、昨晩の件のお仕置きなのだなと紫輝は感じていた。
「うぅ…整列、番号」
紫輝が声をかけると、仲間が割り振られた己の番号を口にする。
仲間は、紫輝が慣れない様子で千夜の用事をするのを、にやにやと笑いながら見ている。
助けてくれるつもりはなさそうだ。
「散開して、状況確認後、紫輝に報告」
「ええぇっ」
千夜の言葉に、紫輝は不満の叫びを上げた。
「まさか、組長への報告も、俺にやらすつもりか?」
「それが一連の、班長の仕事内容だ。行け」
涼しい顔で、仲間に散開をうながす千夜の言葉に。野際が笑った。
「はは、いったいなにをやらかしたのやら。御愁傷さまです、紫輝」
樹海の、鬱蒼とした木々の合間を、仲間たちが分け入っていく。
いつもとは違う仕事をやらされ、紫輝は、意味がわからず。不満な顔つきで千夜にたずねた。
「ちょっと、なんだよ、これ。嫌がらせ?」
「そういうつもりはないが。じゃあ、抜け出した罰ってことにしておく」
紫輝の頭のてっぺんを、千夜は片手で鷲づかみして、固定する。
「ここを動くな。みんな、おまえがいるところに戻ってくるから。報告を聞いたら、しっかり覚えておくんだぞ?」
そう言い、千夜も仲間たち同様、木々の合間に消えていった。
ここは初めて来るところで、木の配置とか見覚えがない。
苔むしていて、変な虫もうごめいていていて、木の洞がこっちを見ているみたいで、気持ち悪いんですけどぉ。
それに、みんなが帰ってくるまで、なにをしていたらいいんだよぉ。
初めてのことはなんでもドキドキするから、嫌いなんだよぉ。
それにしても、千夜が、こんな大人げないことをするとは思わなかった。
罰と言っていたから、本格的に目をつけられてしまったかもしれない。
胸の奥が、なんだかキリキリして…紫輝は昨晩のことを思い返す。
天誠とイチャイチャしたあと。紫輝は深夜に前線基地に戻った。
『御手洗いに行ってきましたけど、なにか?』という顔で、部屋に戻ろうとしたのだ。
しかし、宿舎の前で、どこかから帰ってきた千夜と鉢合わせしてしまった。
紫輝はもちろん、言い訳を切り出そうとしたのだが。
みんなが寝静まった夜更けに、外で話していると声が響くと思ったのか。
千夜は紫輝の首根っこを掴み、猫を運ぶような態で、樹海の奥へと連行されてしまったのだった。
「いやいや、ちょっと御手洗いに行ってただけだって」
掴んだ手を離されて、宿舎からもだいぶ距離が開いたところで。紫輝は小声ながらも、千夜に訴えた。
「…宴会が終わったあと、おまえの姿がないと、廣伊に相談に行っていたんだが?」
ヤバい。結構、最初の方から気づかれていたみたいだ。
紫輝は、言い訳をグルグルと考える。
「いやいや、千夜だって。どんだけ長い時間、廣伊と相談してんだよ?」
千夜は、ちょっと考える顔つきをしていたが、翼がサワサワとせわしなく動いている。
うん。やましいな。
「長い時間、席を外していたと認める、ということだな?」
口元を引き攣らせた笑いを浮かべ、千夜が問う。
はぅ、墓穴を掘ってしまった。
「外へ出るときは、俺に報告しろって、言っておいただろうが。なぁ、俺は心配してんだ。もしかして、恋人ができたのか?」
紫輝は目を丸くして、顔も赤くする。
こ、恋人は…できましたけども。言えませんけども。
「お、俺ゃ、龍鬼だよ。恋人なんか、いるわけないっつうか…」
なんか、言ってて悲しくなってきた。
なんで、龍鬼だと恋人作れないんだよ?
龍鬼を言い訳にするの、嫌だな。
「ま、確かに。一般人とだと、俺や野際くらい仲が良くないと、そうはならんだろうけど。野際は、いびきかいて寝てたしな。でも、龍鬼なら? 時雨様と付き合っている、とか?」
思わぬ人物の名前が出てきて、紫輝はびっくりして。
ありえなさ過ぎて、笑ってしまった。
「ないない。堺みたいな美人さんが、俺なんか、相手にするわけないだろ?」
あんまり紫輝が、少しの可能性もない、みたいな言い方をするから。
紫輝と堺が付き合っているということはないのだと、千夜は思う。
でも。紫輝の台詞に『そうかな?』と首を傾げた。
だいぶ重い感じで、紫輝は堺に好かれているような気がするのだ。
千夜は、堺が紫輝といるところを二度ほどしか見たことはない。しかし。氷のようだと言われている堺の目が、紫輝をみつめるときは、温度を感じる。
微々たるものだが、そんな変化を感じていた。
「…もしかして、断れない相手に、無理矢理とかじゃないだろうな? 赤穂様とか瀬来様とか」
ダブル親父来たー。と紫輝は半笑いになった。
それこそあり得ない。親父だし。
「ないよ。それも幹部の名を出すとか。失礼でしょ?」
「じゃあ、誰なんだ?」
「誰とも付き合ってないってば。変な心配すんな。無理矢理とか、それこそライラがいるのに、あり得ないから」
今、ライラの存在を思い出した、という顔を千夜がした。
それ、ライラにも失礼ですからっ。怒。
「そうか、そうだな。おまえはライラに、守られてる。なら、安心だな?」
千夜はホッとしたような、心からの笑みを見せてくれた。
変なことに巻き込まれているんじゃないかって、本当に心配してくれたみたいだ。
友達として、彼が自分を気遣ってくれるのは、すごく嬉しいけど。
「ん? ちょっと待て。今、出た名前、みんな男なんだけど。俺の恋人は、男断定なのか?」
「…帰るぞ、明日も早い」
紫輝の問いに、千夜は答えなかった。
なんか、モヤモヤしますなぁ?
でも、ふたり肩を並べて、仲良く宿舎に帰ったんだよ? なのに。
翌日の仕打ちが、これだよ。なんで?
千夜は、紫輝に恋人がいるのかと、その心配ばかりしていたから。外に出る理由なんかを、今回は追及されなかったけれど。
紫輝が一番、恐れているのは。天誠のことがバレることだ。
親友である千夜の目を、怖いと思う。そんな日が来るなんて、思いもしなくて。
紫輝はひとり不安に駆られていた。
★★★★★
九班全員、見回りを、つつがなく終わらせ。前線基地に戻った。
千夜はやはり『組長への今日の報告は、おまえがしろ』と紫輝に命じた。
なので、おずおずと。廣伊の前に立つ。
「九班担当区域、手裏兵は見当たらず。異常なしです」
「了解。任務終了。九班解散」
廣伊の言葉を受け、整列していた九班のみんなは、宿舎に帰っていった。
でも紫輝は、廣伊の前から動けなかった。
「あの、俺が報告するの、おかしいと思わないのか?」
紫輝とほぼ同じ身長の廣伊が、目線を上げる。大きな緑色の瞳が、印象的に光り輝く。
「いや。千夜は仕事が早いな、と思っただけだ」
「仕事? 千夜になにか言われた? 報告…とか」
告げ口、と言うと、千夜が一方的に悪い感じになるから。紫輝は報告という言葉を使ったのだが。
千夜が廣伊に、なにを相談したのかとか、ちょっと探りを入れたかった。
「報告、というか打診?」
廣伊の答えに、紫輝は、どっきりと大きく鼓動を震わせながら、彼の前から立ち去った。
夜に紫輝が抜け出したことは、たぶん廣伊にバレていると思う。相談しに行ったと言っていたから。
その罰を実行したから、仕事が早い?
打診って、なに?
異動させるとか? 他のお仕置きとか?
いやいや、千夜は。友人に無体なことをする男じゃない。
でも、曲がったことは大嫌いだからな。ルール違反を報告すること自体は、間違いではない。
うん。千夜は悪くない。
悪いのは、夜抜け出した、自分。でも…どうしても天誠に会いたくなってしまうから。
頭の中で、紫輝はぐるぐると考えを巡らせる。
どうしよう、と。どうしようもないけど、つぶやいたとき。
背中に背負った剣が、ガタガタと揺れた。はたから見たら、ちょっとホラー。
「おんちゃん、おんちゃん」
ライラが紫輝を呼ぶときの、愛称が聞こえ。
紫輝は人目のない、樹海の奥へと入っていき、ライラを剣から獣型へと変えた。
白くて大きな猫が登場する。
ライラを見ると、いつもほっこりして。悩みなんか吹き飛んでしまう。
「どうしたんだ? ライラ。おんちゃんがグルグルしてたから、心配したか?」
「ううん」
違うんかい、と胸のうちでツッコむ。
でも、ライラはツンデレだから、そうは言っても、心配していたに違いない。
ツンがきつい猫を飼っている者は、常にポジティブに考えなければならない。
「おんちゃん、天ちゃんが、今日あいたいんだって」
「今日は難しいよ。千夜にみつかって、目をつけられたかもしれないし」
「でも、今日じゃなきゃ、ダメなんだって。あしたじゃ、ダメなんだって」
明日じゃ駄目という言葉に、紫輝は背筋が冷たくなる感覚を受ける。
天誠の方も、なにか不測の事態が起きたのかもしれない。
今日、どうしても天誠に会わないと。会って、彼が無事なことを、この目で確かめないと。この先ずっと不安なまま、離れて暮らさなきゃならなくなる。
そう、本能的に思った。
でも。昨日、基地を抜け出して。今夜も抜け出したら…それが千夜にバレてしまったら。
完全にアウトだ。
千夜の信用を、完璧に失うことになるし。
なにより、理由を追及されたら。嘘をつき通せる自信がない。
天誠のことを口にしなくても、きっと、挙動不審な態度で、なにか隠しごとがあると露呈してしまう。
「おんちゃん、どうする?」
ライラにも、紫輝の不安が伝わるのだろう。心配そうに、目尻が垂れ、甲高い声も震えた。
「大丈夫、おんちゃんに任せろ。ライラ、とりあえず剣に戻って。あと…天誠に、必ず行くと伝えて」
紫輝は一大決心をして、ライラに告げた。
剣に戻ったライラを、鞘におさめ。神妙な顔つきで水場へと向かう。
ちょろちょろと湧水が流れ出ているところに、水の流れを誘導する水路と、ある程度の量の水が溜まる、木製のたらいがあり。そこに、ひしゃくや桶といった備品がある。
紫輝は桶に水を汲んで、辺りに撒き。
ドロドロになった地面を、さらに足で擦ってぐちゃぐちゃにし。
その場で、うつ伏せに倒れ込んだ。
「いやぁーぁ! ど、どうしたのぉ? どうしたのぉ?」
背負われたライラには、被害がないはずだが。紫輝の突飛な行動に慌てて、剣がガタガタブルブルした。
紫輝は顔を上げ、顔の泥を手で拭う。
「もう、千夜に黙って、外には出られない。だから、理由を作ったんだよ。ちゃんと説明してから出掛けような?」
ライラに言うと。剣から、気遣うオーラを感じる。
かなり疑惑の目を向けられているようだから、きっと、簡単にはいかない。
だから千夜に、仕方ないな、と思わせるくらい、派手に泥まみれになったのだ。
泥んこの紫輝は、早速、千夜を探した。
すると、目立つ青い羽が、ちょうど宿舎から出てきたところだった。
「千夜、話があるんだけど」
「わっ、紫輝? なんだ、その格好」
前面が、完全に泥だらけの紫輝の姿に。千夜は本当に驚いていた。
「その件で、ちょっと」
紫輝は千夜を木陰に呼び寄せ。思い切って、お願いした。
「あの、前に千夜と一緒に行ったことがある泉で、体、洗ってきたいんだけど」
ちらりと、彼の様子をうかがうが。
千夜の表情には変化がなく。紫輝は逆に焦りを感じた。
「き、昨日の今日で、また抜け出すのは、俺もどうかと思うよ? でも、こんなだし。…いいかな?」
「あぁ、いいぞ」
あっさりとうなずかれ。紫輝は呆気にとられた。
「…あの、罰は受けるよ。でも、どうしても…」
「だから、良いって。罰なんか出さないから、早く行って来いよ」
「でも千夜、昨日、怒っていただろ? 班長の仕事させたのも、罰だって言ってたし」
「あれは…そういうんじゃないんだ」
「じゃあ、なに? 廣伊は、千夜は仕事が早いって言ってた。抜け出したことの罰を、早々に実行したって意味じゃないのか?」
どういうことなのか、と困惑して、眉尻を下げる紫輝に。
千夜は、腕組みをして。考える素振りをする。
「…俺も若いとき、ほんの少しの自由が欲しくて、宿舎を抜け出したことがある。まぁ、基地の外には、俺は出られないけど。集団で生活していると、息苦しくなるから、誰でも一度は、やらかしているだろう。抜け出すことは悪いことだが、そんなに重きを置くべき事柄ではない」
小首を傾げると、彼の、キラキラ光る青い髪が、揺らめいた。
「…もうすぐ。あとひと月ほどで、第五大隊は領地に戻る。そのとき、俺は正式な辞令を受け、組長補佐になるわけだが。そのあとの九班班長に、紫輝を推した」
「え…ええぇ?」
全く想像もしていなかったことを言われ、紫輝は驚きすぎて、目が飛び出るかと思うくらい、びっくりした。
「だから昇進前に、あまり説明のつかない行動をしてほしくなかっただけなんだ」
つまり、千夜は。疑惑の目で、紫輝を見ていたんじゃなくて。班長としてやれるのか、と見守っていただけだったらしい。
それは理解したけどぉ。
まだ、びっくりしたまま、心も体も固まっていた。
「廣伊が言ったのは、さ。班長推薦のこと、まだ廣伊にしか言っていないんだけど。もう紫輝を班長扱いしてるって、俺もからかわれてさ。罰だって言ったのも、まだ公にできない事柄だから、おまえの勘違いに便乗して、誤魔化しただけなんだよ」
「マジで? マジで、そんなこと考えてんの? いやいや、無理だって。班長なんか、俺、したことないし。羽なしだし。みんなついてこないよ」
天誠は、生徒会長なんかやっていたけど。紫輝は、元の世界でも、班長とか、リーダー的なものをやったことがなかった。
こうやった方が良いんじゃない? みたいなアドバイスは、たまにしたけど。それも仲間内の話で。
それに、この世界の班長というのは、戦場での話だから。もれなく、命懸かってくるし。
責任の重さが、段違いすぎますっ。
紫輝が両手を横に振っていると、千夜は眉間にしわを寄せた。
「まさか、その泥は誰かにやられたとか?」
「いや、そんなことはない。これはマジで、俺が水場で、ひとりでこけただけだから。嫌がらせとかじゃない」
正真正銘の自作自演なので、紫輝は慌てて否定した。
その様子にホッと息をつき。千夜は顔を引き締めた。
「俺も、友達だから、なんて甘い理由で、紫輝を班長に推薦したわけじゃない。昨日の、左とのいざこざを、丸くおさめただろ? あの場にいたみんな、もう、紫輝のこと、得体の知れない龍鬼だなんて思っていない。仲間として受け入れていたのを、俺も感じたんだよ」
千夜は。紫輝の頭を撫でようとして、髪も泥だらけなのに気づき、手を引っ込めた。
おい。
「入隊当初は、ひどい嫌がらせもあったな。でも腐らず。戦場でも、充分に力を発揮した。そんな紫輝を、みんなが認めている。羽なしだろうと、力のある者は昇進するべきだと、俺は思っているし。だから、おまえを推挙したんだ」
千夜は、そう言ってくれるけれど。紫輝としては、まだ、みんなとの距離が少し縮まったかも、くらいな感覚だから。班長なんて、仲間を率いる自信がない。
千夜はよく『班長なんて、ただの雑用係で、一般兵となにも変わらない』とか言っていたけど。
戦場では、仲間の配置を細かく指示していたし。誰かが怪我をしたら、すぐに後退させるとか。人をよく見て、先回りして動いていた。
そういう機転とか、行動力があるから、千夜はすごい班長なのだと思うのだ。
その域には、まだまだ程遠い、と紫輝は己を分析している。
だから、情けなく眉を下げて、千夜を見てしまう。
「無理だと思う前に、やるべきことをやる。無理かどうかは、廣伊がちゃんと判断してくれるさ。廣伊に従っていれば、間違いないから。自分じゃなく、選んでくれた者を信じるんだ。まぁ、今はともかく…」
千夜がニヤリと、いつもの悪い男の顔で笑った。
「体、洗って来いよ。できる限り、消灯前までに戻ってくるのが望ましい」
「ありがとう、千夜」
紫輝は、いっぱい、いっぱい、頭を下げて。それから駆け出した。
「あの後ろ姿は、どう見ても、恋人の元へいそいそ向かう男の図だけどな」
半目で見やる千夜のつぶやきは、紫輝には聞こえなかった。
★★★★★
紫輝は、天誠のことが知られそうになっているのではないとわかり、ホッとした。
そして、千夜に高く評価されているのだと知り、嬉しく思う。
再会した弟、そして恋人と会う、喜びに。いつも紫輝は、舞い上がっていたのだが。
これからの自分たちのためにも。千夜の気持ちに応えるためにも。
天誠と頻繁に会うのは、控えようと思う。
いや、会いたいけど。毎日会いたいけど。
手裏の幹部と、将堂の龍鬼が、こっそり会っているなんて。普通にヤバい事案だからな。自重はしないと。
ライラが飛ぶように地を駆けると、あっという間に、紫輝たちの家についた。
天誠は、まだ到着していない。
なので、家の中には入れないし。辺りは日が落ちて真っ暗で。虫の声しかしなくて。
俺たちの家なのに。物悲しい空き家みたいに見えてしまった。
まぁ、仕方がない。
紫輝は天誠に会う前に、泥だらけの体をなんとかしようと思い、家の裏に行った。
露天風呂だから、外から回って入れる。
まぁ、天誠がいないから、冷たい水が溜まっているだけだろうけど。でも夏だから。全然、水で大丈夫。
軍服を全部脱いで全裸になると、紫輝は大岩に囲まれた風呂の中に手を突っ込んだ。
「えっ、温かいんですけど?」
夏の熱気で温まっている、というのではなく。ほんのり湯気が上がる程度に、温かい。
なんで?
まさか、天誠のスタッフが、家の手入れをしているんですか?
もしかして今もいるんですか?
天誠以外の誰かが、いるのかもしれないと思って。紫輝はこっそり、つぶやいてみた。
「す、スタッフぅー」
つか、古い。それに、誰も出てこない。ですよねぇ?
紫輝はホッとして。体や顔を洗い。温かいから、ついでに湯船にも浸かり。軍服の洗濯もして。
持ってきた着替えを身につけて。
玄関前で、ライラと一緒に、天誠が来るのを待った。
近くに、いい枝ぶりの木があったので。そこに洗濯物を引っかけて干していたら。
天誠が馬に乗って現れた。
「呼び出してすまない、紫輝」
ひらりと馬の背から飛び降りた天誠は、広い胸に紫輝を抱き寄せた。
「ん、髪が濡れている。水浴びをしたのか?」
天誠が、紫輝の頭の後ろをひと撫でし、濡れても跳ねてる部分を指先でなぞる。
なんとなく、髪の先まで神経が行き渡っているみたいに、天誠の指の行く先を感じてしまい。ぴりぴり痺れるような、ぞくぞく感を味わった。
「あの、抜け出すのに、理由が必要で。ちょっと泥遊びした」
笑って紫輝は言うが。それが無茶なことだと、天誠にはわかっていた。
それでも己の要請に応え、会いに来てくれた兄を。本当に、愛おしく想う。
大切な大切な宝物、その想いを込め、額にキスした。
「…悪い立場になったら困るから、泥遊びは、ほどほどにな? 兄さん」
兄の気遣いを無にしないためにも、天誠はフと笑って。
しばらく放っておいた馬の手綱を、木に結ぶ。
その慣れた仕草を見ると、彼がこの地に長くいることを、実感してしまい。
紫輝はどうしても、悪いなと思う気持ちと。悲しい気持ちが、込み上げてくるのだ。
「お風呂入ったら、あったかくて、びっくりした」
「うん…その件も含めて、少し話しておきたいことがある」
天誠に家の中へとうながされ、紫輝は嫌な予感を覚える。
家の中では、灯りをひとつだけ灯し。部屋には上がらず。小上がりに腰かけて話をした。
ライラはいつもの、土間の端っこで、丸くなって寝ている。
「慌ただしい感じで、ごめんな? 兄さん。実は俺、領地に下がることになった。京都だ」
天誠が言う領地は、手裏側だから、南の方なのだ。
手裏の本拠地は京都。
将堂の本拠地は東京の位置だ。
「もう移動が始まっていて、今は、隊列を離れて来たので。あまり時間が多く取れない。あぁ、マジで不本意だ」
天誠は紫輝の隣で、紫輝の手を、両の手で包み込む。
彼の手は震えていて。時折ギュッと力が入る。
天誠の複雑な心境が、紫輝にもダイレクトに伝わるようだった。
「ここに居られるよう、ずいぶん粘ったのだが。俺は紫輝が前線基地に入る前から、ここで指揮を執っていたんだ。五ヶ月ほどになるか…いわゆる超過勤務というやつだ。もう、ここにいるべき明確な理由を、提示できなくなった」
天誠は、不破とのやり取りを思い返して。眉間にしわを寄せる。
積極的に打って出ない安曇に、不破は痺れを切らしたのだ。
冬は、雪が積もると兵を出せなくなる。つまりシーズンオフ。
それまでに、今一度、大規模戦闘を吹っ掛けたい、手裏の思惑があった。
しかし安曇は、紫輝のいる将堂とやり合いたくない。
そんな安曇に、不破は領地で政治に専念しろと命じた。
腰の重い安曇を領地に下げることで、不破は戦闘を開始するつもりなのだ。
「これ以上食い下がると、怪しいと思われる。仕方がないので、俺は一旦、戦場から離れる」
天誠がいなくなると思うと、心細くなる。
その気持ちが表情にも出て、紫輝はおどおどと瞳を揺らした。
でも、そういうこともあるのだ。逆もあるのだ。
紫輝が将堂の領地に帰るのも、千夜の言によれば、あとひと月ほどだ。そう遠い話ではない。
「俺も。昨日の夜、抜け出したのが千夜にバレてて。えっと、天誠のことまではバレてないよ? でも、変に思われて、追及されたくないじゃん? 天誠と会えなくなるのは、すっごい寂しいけど。でもタイミング的には、ちょうどいいのかもしれないね」
「…紫輝」
天誠は紫輝を抱き寄せて、頬を紫輝の頭に押しつける。
「兄さんを、戦場に残していくのが、気掛かりだ」
心配そうに、悲しそうに、声を揺らして天誠が囁く。
「いいか。トップが交代したら、すぐにも戦闘が開始される。俺と入れ替わるのは、不破だ」
「え、それ…俺に言っていいの?」
手裏軍のトップシークレットではないかと、紫輝はびっくりした顔で天誠をみつめた。
「手裏の司令官が交代すると、紫輝が上に報告したら、内通者だと疑われるから。誰にも言ってはいけない。でも、兄さんは知っておかなければならない。不破には、絶対に会っては駄目だからだ」
不破に、自分が紫月であると知られたら、どうなるのかはわからないけれど。
目をつけられて、集中砲火とか?
誘拐監禁とか?
厄介な想像しか浮かばないのは確かだ。
そして、紫輝は。あの手に掴まれたときのことを思い出す。
あの、どうにも抗えなかった感覚。恐怖。脅威。自然、背筋が震えた。
「不破は、司令官の名を安曇眞仲で通すかもしれない。不破と、手裏家当主の基成は。かく乱のため、互いの名を用いることがあり、それが許されている。その場の状況で、臨機応変に名を変えるということだ。だから、公言された名前に反応したら、ダメだぞ?」
「安曇眞仲がいるって噂があっても、天誠はそこにいないってことだな?」
「そうだ。俺たちは、ライラとつながっているんだから。罠かもしれないと思ったら、ライラに聞けばいい」
紫輝は神妙にうなずき。
そして、やっぱり。ライラはハイパーチートカワイ子ちゃんだと思うのだった。
遠く離れても、ライラがしっかりと、自分たちの絆をつないでくれるのだ。
「攻撃パターンも変わる。不破は波状攻撃と奇襲が得意だ。それと、大隊長をピンポイントで狙うこともある。大隊長が崩されると、大きく陣形が乱れ、攻略しやすくなるんだ」
「それ、わかっていても、一兵士の俺には、なにもできないぞ?」
天誠は紫輝を、己の腿に乗っけて、正面から抱き合った。
触れ合える場所、全部で、触れ合いたいという弟の気持ち。
それは紫輝も、同じ気持ちだ。
胸と胸がくっつくと、互いの鼓動を感じて、ここに共にあると思え。
頬と頬をつけ合えば、互いの体温を感じて、同じ時を生きていると思え。
唇と唇を合わせれば、互いの魂が一番近くにあると思える。
「知っていることが大事なんだ。仕掛けられたら、逃げろ」
離れたくないという思いから、ふたりは唇をつけ合ったまま、話を続ける。囁く天誠の声が、情欲にかすれ、それが色っぽくて。紫輝はどきどきする。
「ん、逃げる?」
「引いて、上官に指示を仰ぐということだ。その場で起きたことなら、それは事前に知っていたことではない。だから、どんどん相談しろ。できる上官なら、対処法を心得ている。一兵士よりも高い位を持つということは、そういうときのためなのだから」
天誠は、紫輝の頭を大きな手のひらで包み込み、情熱的に舌を絡めるキスをした。
逃がさない、という彼の気迫を、紫輝は感じるが。
逃げるわけない。
紫輝も天誠を求めるように、つたないながらも、彼の舌を愛撫した。
くすぐるように、結びつけるように。
官能を覚え、背筋は反ってしまうけど。胸も腹も、天誠の体にくっつくから。嬉しい。
もっと、くっつきたい。天誠が、欲しい。
天誠の熱さを、体の中で、いつもみたいに感じたい。
今までは、望まれて抱かれていたけれど。紫輝は初めて、このとき、自分から天誠に抱かれたいって思った。
だけど。甘美な時間は長く続かない。
天誠は、苦しげな面持ちで唇を離すと。告げた。
「とにかく。死ぬな。お願いだ」
「ん。頑張る」
重みのある弟の懇願を。紫輝は、わざと軽めに返した。
わかってる。天誠が心底心配して。本当は己を手放したくなくて。苦渋の想いで、ここから去ると言ったことを。
だから、紫輝は兄として。弟の不安の芽を摘んであげないとならないのだ。
紫輝は、天誠のしっとりとした黒髪を、丁寧に撫でて。
とびっきりの笑顔を、彼に見せる。
「天誠、ありがとう。俺にライラを託してくれて。天誠がライラを俺につけてくれたから、今まで生きてこられたし。これからも生きていける。だから、大丈夫。俺は死なない。天誠が思い描くとおりに、な」
納得するように、ひとつうなずき。
天誠は紫輝を土間におろすと、己も立ちあがる。
「な、この家はどうするんだ? 俺が手入れしに来た方が良いか?」
「いや。手入れは、こちらが手配する。ここは手裏側に近いから、紫輝は俺がいない間は、ここに近寄らない方が良い。会える場所を用意したら、ライラを通して連絡するから。待っていてほしい」
「うん。楽しみにしてる」
にっこり笑う紫輝に。天誠は、くちづけせずにはいられない。
ひとつ、ふたつ、ついばんで。もっと深く、舌も絡めて。
でも、後ろ髪惹かれる思いで紫輝から離れ。家の明かりを消した。
ライラを起こして。家を出て、戸締りをすると。
紫輝はライラと共に、玄関の前に立った。
隊列を離れて来たという天誠を、今日は紫輝が見送るのだ。
昨日の夜は、自分が彼に背を向けた。今まで、いつも見送られる側だった。
だけど今は、弟の大きな背中を見ている。
自分から去るときは、切り捨てるなんて気はなくても、背中を向けることが、なんだか冷たい人間のような気分になって。つらいし。
離れたくないのに、帰らなければならない。そんな気持ちを、知ってほしいし。
絶対、いつも、自分の方が寂しいし。悲しがっていると、そう思っていた。
でも。今、天誠が馬に乗ってゆっくり遠ざかっていく姿を見ていると。
置いてけぼりにされるような、物悲しさがあふれてきた。
取り残されるのも、こんなに寂しいのだと感じる。
天誠も、ずっと、こんな気分を味わっていたのだろうか。
ふと。彼が駆る馬が、足を止めた。
そのまま天誠は動かず。こちらを見ることもない。
でも紫輝は、自分の気持ちがたまらなくなって、彼に向って歩を進めた。
ひとつ、ふたつと、歩いていくと。
天誠も馬を降りたから。
もう我慢できなくて、駆け寄った。
「…紫輝ッ」
彼の呼びかけに答える間もなく。紫輝は、大きく手を広げて彼に抱きついた。
天誠は頼もしく、体ごとぶつかってくる紫輝を抱き止め。力強く抱き締めてくれた。
「天誠…天誠ぃ」
「紫輝。やっと会えたのに。離れたくない。こんなの、耐えられないよっ」
背中に、天誠の手を。もがくように、すがるように立てられる指の感触を感じる。
彼のはっきりした弱音を、紫輝は初めて聞いた。
冗談めいたものや、自嘲するようなものは、元の世界のときから、時々聞くことはあったが。
それは大概、紫輝に甘えたり、愛情を試したりするとき、自分を弱く見せる演出で。本気で弱っているわけではない。
でも、今の言葉は、彼の本音だ。
自分ばかりが、寂しがりで、弟を恋しがっているのだと思っていた。
でもこの世界で、八年もひとりで生きてきた。永遠にひとりかもしれないという絶望を味わった、天誠の人恋しさは。きっと、自分には推し量れないほどに、深く、熱く、激しいのだろう。
「俺は、不安だ。ここで兄さんと離れてしまったら。紫輝に、必要とされなくなるんじゃないかって…」
「なに言ってんだ? 馬鹿。俺が頼れるのは天誠だけだ。俺には…天誠しか…な、なのにっ」
ぎゅっと、胸がつぶれるように痛くなった。
紫輝は、全然、天誠の不安を拭えていなかったのだ。
「そ、それを言ったら、俺だって。こんなとこに連れてきちゃった、俺の方が、化け物なのに。天誠に見捨てられてもおかしくないのにっ」
「馬鹿を言うな。それは何度も違うと言っただろう?」
顔と顔を見交わし、天誠はしっかりと目を合わせて否定したが。紫輝は瞳を潤ませた。
「うぅ…だって。後悔してんだ、ずっと。どうして、俺ひとりじゃなかったんだって」
「俺たちをまとめて握ったのは、不破だぞ。紫輝は、なにも悪くないんだ。それに、時空を操る紫輝がいたから、俺もライラも無事でここにいられるんだ。今ここに俺たちがいることが、紫輝が引き起こした奇跡なんだぞ」
天誠の手のひらに、頬を包まれる。
紫輝の目からこぼれた涙が、天誠の手のひらも濡らした。
「ひとりだったら、なんて…そんな悲しいことを言うな。兄さんは、俺たちがいなくても生きていけるのか?」
「いけないよ。嫌だよ。無理だよ。天誠もライラもいないなんて…」
「俺も。前の、物質が豊かな平穏な地でも。今の、差別に満ちた腐った世でも。紫輝がいるなら、どちらで生きても構わない。だが、紫輝がいないなら、生きる意味などない」
自分も、天誠と同じ気持ちだった。
そう伝えたいけれど。なんとなく言葉だけでは、弟の不安を拭ってやれない気がして。
紫輝はたずねた。
「なぁ、どうすればいい? どうすれば天誠の不安は和らぐ? 俺は、なんでも天誠の望むとおりにするよ」
「…暗闇に閉じ込めて、紫輝を一晩中抱いていたい」
弟のダークを引き出してしまった。
あんまり闇なものだから。
心配して駆け寄ってきていたライラの耳が、イカ耳になってしまっている。
「いいよ、逃げても。俺を暗闇に閉じ込めても、いいよ」
紫輝は、天誠の額に額を合わせて、ひっそりと微笑む。
天誠の闇の部分は、紫輝の闇の部分でもあった。
しばらく会えなくなる、それだけで、こんなにも胸が詰まるような苦しさを感じる。
紫輝だって、弟と離れている間は、鬱屈した日々でしかない。
だから、もしも天誠が望むのなら、今、この場から、ふたりで逃げてもいいのだ。
一生、罪人として追われても構わない。
暗い部屋の中で、弟とふたり、いつまでも、好きなだけ、抱き合っていてもいい。
天誠は、紫輝の頬から手を離し。ひとつため息をつく。
そして心配そうにみつめるライラに、目をやる。
「大丈夫だ、ライラ。兄さんを閉じ込めたりしない」
「俺、天誠がそばにいるなら幸せだよ。どんな状況でも頑張れる」
拳を握って、紫輝はやれるとアピールするが。
天誠は首を横に振った。
「いいや、俺は紫輝を幸せにしたいんだ。兄さんの笑顔を守らなきゃ」
天誠は紫輝の脇に手を差し入れて、体を宙に持ち上げた。
いわゆる、高い高いだ。
こんなの、幼児扱いだっ。
恥ずかしくて、顔が熱くなる。
「な、子供みたいなこと、やめろよ。兄だぞ、俺はっ」
弟の方が、昔から大人っぽくて、なんでもできて、今では、年齢も彼の方が上だけど。
でも、自分が天誠の兄なのは、未来永劫変わらないことなのだっ。
「そうだよ。俺の大事な兄さんだ」
一度、紫輝を地べたにおろしたが。天誠は、もう一度高い高いをして、今度はそのまま、翼を羽ばたかせて飛び上がった。
びっくり目のライラが、急速に遠ざかっていき。
森の木々を抜けて、大きな月が輝く、高い空の上に。
「う、うおぉっ、お、おまえの高い高いはシャレになんねぇ」
紫輝は、足が地べたについていないと、途端に不安になる。
天誠が落としたりしないのは、わかっているけど。
この恐怖は理屈じゃないと思いますぅ。
でも、黒い闇に埋もれた木々を下に、上には光を散りばめられたような星々と明るい月が、夜闇に映えていて。
とても美しい景色、ではある。
「ねぇ、兄さん。地上に降りるまでの間、優しいキスして。俺を目いっぱい甘やかすような」
満月よりも少し欠けた月が、天誠を明るく照らしていた。
紫輝を見上げるような位置の、天誠の瞳は。昔のように、夏の空の青い色。
大好きで、愛している人の、色。
切れ長の目元は鋭いが、いつも紫輝を甘くみつめ。
鼻梁は、神が精巧に、丁寧に作り上げたかのごとく、高すぎず、低すぎず。
綺麗で整った顔立ちだが、男らしく。
しっとり艶やかな黒髪は、彼の精悍さを際立たせている。
こんなに美しい男が、自分の恋人だなんて。なんて贅沢な、神からの贈り物なんだ。
要求なんかされなくても、キス、しちゃうだろ?
紫輝は柔らかい笑みを浮かべ、天誠の唇に、優しいキスを捧げた。触れるだけ、それから少しついばんで。
あやすような、キス。
癒すような、キス。
心臓が高鳴るような、キス。
天上の花畑で戯れるような、キス。
瑠璃に輝く瞳にも、キス。
愛しい彼を甘やかす、くちづけを。
「天誠、腕輪をくれたあのときから、三百年経ったみたいだけど。また、三百年後も、千年後も…ずっとおまえのそばにいる」
なんで、この言葉を言うとき、目頭に熱いものが込み上げるのだろう。
でも、言わずにはいられない。
「愛しているよ、天誠」
彼が、潤んだ己の目をみつけると。
いつも、すごく嬉しそうに、美しく微笑むから。
ゆっくりとした浮遊感の中で、紫輝は天誠と、胸が温まるような、濃密なキスを交わした。
誰にも邪魔されない、時間。揺れるように、漂うように、地面に足がつくまで、ふたりは唇を離さなかった。
「ひどいわ、おんちゃん、天ちゃん、あたしをおいていくなんてっ」
地上に着くと、ライラがご立腹だったので。
紫輝はライラをギュッと抱っこして、桃色の鼻に鼻をつける。鼻チューだ。
「ごめん、ごめん。ライラも、三百年後も千年後も愛してるぞ。チュー」
「うざいわ、おんちゃん、うざいわ。あと、なんとなく、ざつだわ」
「ライラさん、愛というのは、とかく、うざいものなんです」
「いやぁぁぁ」
ツンデレのライラには不評で、天誠の背後に隠れてしまったが。
弟の顔つきは、晴れやかなものになっていた。
「俺をたやすく引き上げてしまうのだから、やっぱり兄さんは、俺の天使なんだ」
天誠に言われると、本物の天使に天使扱いされているみたいで、脇腹がこそばゆくなる。
「ごめんな、兄さん。ちょっと…甘えたくなったんだ。でも、俺が揺らいだら、紫輝も揺れるよな。だけど、それって。俺と兄さんの心が、ひとつということだよね?」
不安を解きほぐすように、天誠は紫輝の肩を抱き寄せ、優しく撫でさすった。
「俺には兄さんが必要だ。そばにいたいと、いつも思っている。それと同じように、兄さんも俺を必要としてくれる。そうだよね?」
紫輝はしっかりと、うなずいて見せた。
「ならば、俺たちの心は、決して離れない。ずっとそばにいると、兄さんも言ってくれたしね」
天誠は少し体を離し、両の手で、紫輝の手を握り締め。そして腕輪の黒水晶にキスをする。
誓いを立てるような、厳かな雰囲気を感じた。
「兄さんのおかげで、俺の不安は解消した」
「え?」
「なんでも俺の望むとおりにすると、言ったよね?」
艶っぽく目を細め、甘々のエロい声を出す天誠に、紫輝は慌てた。
「え、えぇ?」
「ふふ、今度会ったとき、なにをしてもらおうかなぁ。じっくりと考えておくな? 離れている間、俺に、この上ない楽しみを提供してくれて、ありがとう。兄さんは天才だ」
一旦、ぎゅっと握り。天誠は手の力をゆるめる。
一歩一歩後ずさりながら、名残惜しげに、ゆっくりと手を引いていく。
指先と指先が離れる瞬間まで、紫輝は天誠のぬくもりを噛み締めていた。
「冬の間に、事を進める。兄さんと暮らすための、第一歩だ」
天誠が馬にまたがる、その姿を目に焼きつけるように、紫輝はじっとみつめた。
一緒に暮らすための第一歩、というのは、戦終結のための第一歩でもある。
紫輝は、天誠とライラと、家族みんなで暮らせる日が、待ち遠しかった。
「兄さん、いつもの、太陽のようにすっきりと明るい笑顔、見せて? 離れている間、兄さんの泣いた顔を思い出すのは、つらいからさ」
気持ち的には、すっきりと、というわけにはいかない。
だって、離れるのは嫌だと、本能が体の奥で叫んでいる。
それでも、天誠の求めに応え、紫輝は笑みを浮かべた。
「またな、天誠。なんでもいいから、ライラに連絡して」
紫輝の笑みを受け、天誠はひとつうなずく。
ひらりと手を振って、今度こそ馬を走らせて行ってしまった。
悲しい、寂しい、そんな想いで。涙が一粒、頬を伝うけれど。
弟は兄に、いったいなにをさせる気なのだろうと。一抹の不安も覚える紫輝だった。
◆幕間 眞仲のすたっふー。
馬を早駆けさせながら、眞仲はつぶやいた。
「無粋なやつだ」
すると、どこからともなく、二頭の馬に乗った者たちが現れ、眞仲の馬に並走した。
「申し訳ありません、安曇様。銀杏様が、姿の見えない貴方様を探すよう、配下の者に命じたので。これ以上は騒ぎになります」
カラス羽の者に言われ、眞仲は舌打ちする。
家の中で、紫輝と話していたときから、急かされていたのだ。
「あの女、ひとりでなにもできないのか。俺がいないから、なんだって言うんだ? 俺の天使と別れを惜しむ時間ぐらい、なんとか誤魔化しておけよ」
「一兵士が、手裏家の方に意見など申せません」
カラス羽が正論を言い。
アカモズ血脈の赤茶の羽にこげ茶の風切り羽根は茶々を入れる。
「銀杏様は、安曇様に惚れてるから、うざいんですよ。愛はとかく、うざいものだと、あの方も申していました」
「女が顔の皮一枚で振り回されるのは、どの時代も変わらないな」
「安曇様は、顔の皮一枚だけではありません。手裏の黒い大翼はレアアイテムなのでしょう?」
眞仲はアカモズの言葉に、フッと鼻で笑った。
七年前、まだ眞仲が金髪碧眼の龍鬼だった頃、戦災孤児だった何名かを引き取って育てた。
『龍鬼の家に行ったら、すぐに死ぬぞ』という者の中で『どうせ死ぬなら、腹いっぱい食べてから死ぬ』と言ったやつを、眞仲は選んだ。
そして、男は隠密に。女と隠密に不適合だった男を、家の使用人として雇っている。
今、並走しているのは、眞仲の隠密で。
長年、一緒に暮らしているから。元の世界の和製英語を、たまに真似されるのだ。
「これは、レアアイテムじゃなく、クソアイテムだ。家柄とか、クソどうでもいい」
「しかし、あの方と暮らすのに、クソアイテムは有用ではないですか?」
カラス羽が、またもや正論を吐く。
「あぁ。クソむかつくことに、クソ有用だ」
「口が悪いですよ、安曇様」
たしなめるカラス羽を無視し、アカモズが眞仲に聞いた。
「あの方にすたっふー、と呼ばれたんですが。すたっふーって、なんですか?」
「んー、部下みたいなもんだ。部下より軽め、使用人より重め、な感じか?」
「昔の言葉って、微妙な感覚ついてきますよね。にあんす」
「ニュアンス、な。どうでもいいが、おまえ、将堂でカタカナ語使うなよ。特に、紫輝の前では気をつけろ。隠密ってバレるぞ」
「護衛だと、もう言ってもいいのでは?」
「おまえ、昨日、紫輝が『嫌ーい』って言ったの、見てたろ。将堂入った当初から、護衛つけてたなんて知ったら、また怒られるだろうが、俺がっ」
「…冷酷無比と名高い安曇眞仲が、なんでこんなにヨワヨワなんっすか?」
「弟は、兄に頭が上がらないもんだ」
眞仲が手をひと振りすると、アカモズは眞仲のそばから離れ、暗闇に消えていった。
そして眞仲とカラス羽も、森の中へと消えた。
紫輝が所属する二十四組九班の者は、前線基地から数キロ離れた、樹海の中を見回り警備していた。
現在、戦場で相対する、大規模戦闘は行われていない。
手裏軍幹部の安曇眞仲、そう名乗っている天誠が、兵を引いているからだ。
緻密な戦略で、陣形を崩しにかかる安曇の手法に。将堂軍は、いつも翻弄されていた。
将堂軍は、話し合いによる解決を信条としており。攻撃に対しては、防戦一方である。
なので、押したり引いたりと、駆け引きする安曇の攻撃に、いちいち対応しなければならないのだが。
それでは兵を疲弊させるだけになる。
安曇はそれを狙って、よくその戦法を使用してきた。
しかし、安曇は。紫輝と再会したのちに、攻撃の手をゆるめている。
かといって、ずっと動かないでいるわけにもいかず、あくまで『駆け引きの一環としての、一時休戦』という形をとっているのだが。
安曇が動かない理由の中に、兄の身を案じているという思いが、多分にあることは明白だった。
であるが、それは手裏側、というか安曇の事情であり。
その事情を、将堂側が知る術はない。
将堂の兵たちは、手裏がいつ攻めてきても対応できるよう、見回りに力を入れるだけだった。
でも紫輝は、安曇の思惑を知っているので、純粋に弟に感謝しつつ、少し気を落ち着かせている。
しかし、それとは別口で。
紫輝の胸に、心配の種が芽吹いていた。
「紫輝、点呼を取れ」
千夜に指示され、紫輝は戸惑いの目を向ける。
基地の外に出てから、千夜がすべき仕事すべてを、紫輝が肩代わりさせられていた。
「ほら、早く」
じっとりとした目で千夜に見返され、昨晩の件のお仕置きなのだなと紫輝は感じていた。
「うぅ…整列、番号」
紫輝が声をかけると、仲間が割り振られた己の番号を口にする。
仲間は、紫輝が慣れない様子で千夜の用事をするのを、にやにやと笑いながら見ている。
助けてくれるつもりはなさそうだ。
「散開して、状況確認後、紫輝に報告」
「ええぇっ」
千夜の言葉に、紫輝は不満の叫びを上げた。
「まさか、組長への報告も、俺にやらすつもりか?」
「それが一連の、班長の仕事内容だ。行け」
涼しい顔で、仲間に散開をうながす千夜の言葉に。野際が笑った。
「はは、いったいなにをやらかしたのやら。御愁傷さまです、紫輝」
樹海の、鬱蒼とした木々の合間を、仲間たちが分け入っていく。
いつもとは違う仕事をやらされ、紫輝は、意味がわからず。不満な顔つきで千夜にたずねた。
「ちょっと、なんだよ、これ。嫌がらせ?」
「そういうつもりはないが。じゃあ、抜け出した罰ってことにしておく」
紫輝の頭のてっぺんを、千夜は片手で鷲づかみして、固定する。
「ここを動くな。みんな、おまえがいるところに戻ってくるから。報告を聞いたら、しっかり覚えておくんだぞ?」
そう言い、千夜も仲間たち同様、木々の合間に消えていった。
ここは初めて来るところで、木の配置とか見覚えがない。
苔むしていて、変な虫もうごめいていていて、木の洞がこっちを見ているみたいで、気持ち悪いんですけどぉ。
それに、みんなが帰ってくるまで、なにをしていたらいいんだよぉ。
初めてのことはなんでもドキドキするから、嫌いなんだよぉ。
それにしても、千夜が、こんな大人げないことをするとは思わなかった。
罰と言っていたから、本格的に目をつけられてしまったかもしれない。
胸の奥が、なんだかキリキリして…紫輝は昨晩のことを思い返す。
天誠とイチャイチャしたあと。紫輝は深夜に前線基地に戻った。
『御手洗いに行ってきましたけど、なにか?』という顔で、部屋に戻ろうとしたのだ。
しかし、宿舎の前で、どこかから帰ってきた千夜と鉢合わせしてしまった。
紫輝はもちろん、言い訳を切り出そうとしたのだが。
みんなが寝静まった夜更けに、外で話していると声が響くと思ったのか。
千夜は紫輝の首根っこを掴み、猫を運ぶような態で、樹海の奥へと連行されてしまったのだった。
「いやいや、ちょっと御手洗いに行ってただけだって」
掴んだ手を離されて、宿舎からもだいぶ距離が開いたところで。紫輝は小声ながらも、千夜に訴えた。
「…宴会が終わったあと、おまえの姿がないと、廣伊に相談に行っていたんだが?」
ヤバい。結構、最初の方から気づかれていたみたいだ。
紫輝は、言い訳をグルグルと考える。
「いやいや、千夜だって。どんだけ長い時間、廣伊と相談してんだよ?」
千夜は、ちょっと考える顔つきをしていたが、翼がサワサワとせわしなく動いている。
うん。やましいな。
「長い時間、席を外していたと認める、ということだな?」
口元を引き攣らせた笑いを浮かべ、千夜が問う。
はぅ、墓穴を掘ってしまった。
「外へ出るときは、俺に報告しろって、言っておいただろうが。なぁ、俺は心配してんだ。もしかして、恋人ができたのか?」
紫輝は目を丸くして、顔も赤くする。
こ、恋人は…できましたけども。言えませんけども。
「お、俺ゃ、龍鬼だよ。恋人なんか、いるわけないっつうか…」
なんか、言ってて悲しくなってきた。
なんで、龍鬼だと恋人作れないんだよ?
龍鬼を言い訳にするの、嫌だな。
「ま、確かに。一般人とだと、俺や野際くらい仲が良くないと、そうはならんだろうけど。野際は、いびきかいて寝てたしな。でも、龍鬼なら? 時雨様と付き合っている、とか?」
思わぬ人物の名前が出てきて、紫輝はびっくりして。
ありえなさ過ぎて、笑ってしまった。
「ないない。堺みたいな美人さんが、俺なんか、相手にするわけないだろ?」
あんまり紫輝が、少しの可能性もない、みたいな言い方をするから。
紫輝と堺が付き合っているということはないのだと、千夜は思う。
でも。紫輝の台詞に『そうかな?』と首を傾げた。
だいぶ重い感じで、紫輝は堺に好かれているような気がするのだ。
千夜は、堺が紫輝といるところを二度ほどしか見たことはない。しかし。氷のようだと言われている堺の目が、紫輝をみつめるときは、温度を感じる。
微々たるものだが、そんな変化を感じていた。
「…もしかして、断れない相手に、無理矢理とかじゃないだろうな? 赤穂様とか瀬来様とか」
ダブル親父来たー。と紫輝は半笑いになった。
それこそあり得ない。親父だし。
「ないよ。それも幹部の名を出すとか。失礼でしょ?」
「じゃあ、誰なんだ?」
「誰とも付き合ってないってば。変な心配すんな。無理矢理とか、それこそライラがいるのに、あり得ないから」
今、ライラの存在を思い出した、という顔を千夜がした。
それ、ライラにも失礼ですからっ。怒。
「そうか、そうだな。おまえはライラに、守られてる。なら、安心だな?」
千夜はホッとしたような、心からの笑みを見せてくれた。
変なことに巻き込まれているんじゃないかって、本当に心配してくれたみたいだ。
友達として、彼が自分を気遣ってくれるのは、すごく嬉しいけど。
「ん? ちょっと待て。今、出た名前、みんな男なんだけど。俺の恋人は、男断定なのか?」
「…帰るぞ、明日も早い」
紫輝の問いに、千夜は答えなかった。
なんか、モヤモヤしますなぁ?
でも、ふたり肩を並べて、仲良く宿舎に帰ったんだよ? なのに。
翌日の仕打ちが、これだよ。なんで?
千夜は、紫輝に恋人がいるのかと、その心配ばかりしていたから。外に出る理由なんかを、今回は追及されなかったけれど。
紫輝が一番、恐れているのは。天誠のことがバレることだ。
親友である千夜の目を、怖いと思う。そんな日が来るなんて、思いもしなくて。
紫輝はひとり不安に駆られていた。
★★★★★
九班全員、見回りを、つつがなく終わらせ。前線基地に戻った。
千夜はやはり『組長への今日の報告は、おまえがしろ』と紫輝に命じた。
なので、おずおずと。廣伊の前に立つ。
「九班担当区域、手裏兵は見当たらず。異常なしです」
「了解。任務終了。九班解散」
廣伊の言葉を受け、整列していた九班のみんなは、宿舎に帰っていった。
でも紫輝は、廣伊の前から動けなかった。
「あの、俺が報告するの、おかしいと思わないのか?」
紫輝とほぼ同じ身長の廣伊が、目線を上げる。大きな緑色の瞳が、印象的に光り輝く。
「いや。千夜は仕事が早いな、と思っただけだ」
「仕事? 千夜になにか言われた? 報告…とか」
告げ口、と言うと、千夜が一方的に悪い感じになるから。紫輝は報告という言葉を使ったのだが。
千夜が廣伊に、なにを相談したのかとか、ちょっと探りを入れたかった。
「報告、というか打診?」
廣伊の答えに、紫輝は、どっきりと大きく鼓動を震わせながら、彼の前から立ち去った。
夜に紫輝が抜け出したことは、たぶん廣伊にバレていると思う。相談しに行ったと言っていたから。
その罰を実行したから、仕事が早い?
打診って、なに?
異動させるとか? 他のお仕置きとか?
いやいや、千夜は。友人に無体なことをする男じゃない。
でも、曲がったことは大嫌いだからな。ルール違反を報告すること自体は、間違いではない。
うん。千夜は悪くない。
悪いのは、夜抜け出した、自分。でも…どうしても天誠に会いたくなってしまうから。
頭の中で、紫輝はぐるぐると考えを巡らせる。
どうしよう、と。どうしようもないけど、つぶやいたとき。
背中に背負った剣が、ガタガタと揺れた。はたから見たら、ちょっとホラー。
「おんちゃん、おんちゃん」
ライラが紫輝を呼ぶときの、愛称が聞こえ。
紫輝は人目のない、樹海の奥へと入っていき、ライラを剣から獣型へと変えた。
白くて大きな猫が登場する。
ライラを見ると、いつもほっこりして。悩みなんか吹き飛んでしまう。
「どうしたんだ? ライラ。おんちゃんがグルグルしてたから、心配したか?」
「ううん」
違うんかい、と胸のうちでツッコむ。
でも、ライラはツンデレだから、そうは言っても、心配していたに違いない。
ツンがきつい猫を飼っている者は、常にポジティブに考えなければならない。
「おんちゃん、天ちゃんが、今日あいたいんだって」
「今日は難しいよ。千夜にみつかって、目をつけられたかもしれないし」
「でも、今日じゃなきゃ、ダメなんだって。あしたじゃ、ダメなんだって」
明日じゃ駄目という言葉に、紫輝は背筋が冷たくなる感覚を受ける。
天誠の方も、なにか不測の事態が起きたのかもしれない。
今日、どうしても天誠に会わないと。会って、彼が無事なことを、この目で確かめないと。この先ずっと不安なまま、離れて暮らさなきゃならなくなる。
そう、本能的に思った。
でも。昨日、基地を抜け出して。今夜も抜け出したら…それが千夜にバレてしまったら。
完全にアウトだ。
千夜の信用を、完璧に失うことになるし。
なにより、理由を追及されたら。嘘をつき通せる自信がない。
天誠のことを口にしなくても、きっと、挙動不審な態度で、なにか隠しごとがあると露呈してしまう。
「おんちゃん、どうする?」
ライラにも、紫輝の不安が伝わるのだろう。心配そうに、目尻が垂れ、甲高い声も震えた。
「大丈夫、おんちゃんに任せろ。ライラ、とりあえず剣に戻って。あと…天誠に、必ず行くと伝えて」
紫輝は一大決心をして、ライラに告げた。
剣に戻ったライラを、鞘におさめ。神妙な顔つきで水場へと向かう。
ちょろちょろと湧水が流れ出ているところに、水の流れを誘導する水路と、ある程度の量の水が溜まる、木製のたらいがあり。そこに、ひしゃくや桶といった備品がある。
紫輝は桶に水を汲んで、辺りに撒き。
ドロドロになった地面を、さらに足で擦ってぐちゃぐちゃにし。
その場で、うつ伏せに倒れ込んだ。
「いやぁーぁ! ど、どうしたのぉ? どうしたのぉ?」
背負われたライラには、被害がないはずだが。紫輝の突飛な行動に慌てて、剣がガタガタブルブルした。
紫輝は顔を上げ、顔の泥を手で拭う。
「もう、千夜に黙って、外には出られない。だから、理由を作ったんだよ。ちゃんと説明してから出掛けような?」
ライラに言うと。剣から、気遣うオーラを感じる。
かなり疑惑の目を向けられているようだから、きっと、簡単にはいかない。
だから千夜に、仕方ないな、と思わせるくらい、派手に泥まみれになったのだ。
泥んこの紫輝は、早速、千夜を探した。
すると、目立つ青い羽が、ちょうど宿舎から出てきたところだった。
「千夜、話があるんだけど」
「わっ、紫輝? なんだ、その格好」
前面が、完全に泥だらけの紫輝の姿に。千夜は本当に驚いていた。
「その件で、ちょっと」
紫輝は千夜を木陰に呼び寄せ。思い切って、お願いした。
「あの、前に千夜と一緒に行ったことがある泉で、体、洗ってきたいんだけど」
ちらりと、彼の様子をうかがうが。
千夜の表情には変化がなく。紫輝は逆に焦りを感じた。
「き、昨日の今日で、また抜け出すのは、俺もどうかと思うよ? でも、こんなだし。…いいかな?」
「あぁ、いいぞ」
あっさりとうなずかれ。紫輝は呆気にとられた。
「…あの、罰は受けるよ。でも、どうしても…」
「だから、良いって。罰なんか出さないから、早く行って来いよ」
「でも千夜、昨日、怒っていただろ? 班長の仕事させたのも、罰だって言ってたし」
「あれは…そういうんじゃないんだ」
「じゃあ、なに? 廣伊は、千夜は仕事が早いって言ってた。抜け出したことの罰を、早々に実行したって意味じゃないのか?」
どういうことなのか、と困惑して、眉尻を下げる紫輝に。
千夜は、腕組みをして。考える素振りをする。
「…俺も若いとき、ほんの少しの自由が欲しくて、宿舎を抜け出したことがある。まぁ、基地の外には、俺は出られないけど。集団で生活していると、息苦しくなるから、誰でも一度は、やらかしているだろう。抜け出すことは悪いことだが、そんなに重きを置くべき事柄ではない」
小首を傾げると、彼の、キラキラ光る青い髪が、揺らめいた。
「…もうすぐ。あとひと月ほどで、第五大隊は領地に戻る。そのとき、俺は正式な辞令を受け、組長補佐になるわけだが。そのあとの九班班長に、紫輝を推した」
「え…ええぇ?」
全く想像もしていなかったことを言われ、紫輝は驚きすぎて、目が飛び出るかと思うくらい、びっくりした。
「だから昇進前に、あまり説明のつかない行動をしてほしくなかっただけなんだ」
つまり、千夜は。疑惑の目で、紫輝を見ていたんじゃなくて。班長としてやれるのか、と見守っていただけだったらしい。
それは理解したけどぉ。
まだ、びっくりしたまま、心も体も固まっていた。
「廣伊が言ったのは、さ。班長推薦のこと、まだ廣伊にしか言っていないんだけど。もう紫輝を班長扱いしてるって、俺もからかわれてさ。罰だって言ったのも、まだ公にできない事柄だから、おまえの勘違いに便乗して、誤魔化しただけなんだよ」
「マジで? マジで、そんなこと考えてんの? いやいや、無理だって。班長なんか、俺、したことないし。羽なしだし。みんなついてこないよ」
天誠は、生徒会長なんかやっていたけど。紫輝は、元の世界でも、班長とか、リーダー的なものをやったことがなかった。
こうやった方が良いんじゃない? みたいなアドバイスは、たまにしたけど。それも仲間内の話で。
それに、この世界の班長というのは、戦場での話だから。もれなく、命懸かってくるし。
責任の重さが、段違いすぎますっ。
紫輝が両手を横に振っていると、千夜は眉間にしわを寄せた。
「まさか、その泥は誰かにやられたとか?」
「いや、そんなことはない。これはマジで、俺が水場で、ひとりでこけただけだから。嫌がらせとかじゃない」
正真正銘の自作自演なので、紫輝は慌てて否定した。
その様子にホッと息をつき。千夜は顔を引き締めた。
「俺も、友達だから、なんて甘い理由で、紫輝を班長に推薦したわけじゃない。昨日の、左とのいざこざを、丸くおさめただろ? あの場にいたみんな、もう、紫輝のこと、得体の知れない龍鬼だなんて思っていない。仲間として受け入れていたのを、俺も感じたんだよ」
千夜は。紫輝の頭を撫でようとして、髪も泥だらけなのに気づき、手を引っ込めた。
おい。
「入隊当初は、ひどい嫌がらせもあったな。でも腐らず。戦場でも、充分に力を発揮した。そんな紫輝を、みんなが認めている。羽なしだろうと、力のある者は昇進するべきだと、俺は思っているし。だから、おまえを推挙したんだ」
千夜は、そう言ってくれるけれど。紫輝としては、まだ、みんなとの距離が少し縮まったかも、くらいな感覚だから。班長なんて、仲間を率いる自信がない。
千夜はよく『班長なんて、ただの雑用係で、一般兵となにも変わらない』とか言っていたけど。
戦場では、仲間の配置を細かく指示していたし。誰かが怪我をしたら、すぐに後退させるとか。人をよく見て、先回りして動いていた。
そういう機転とか、行動力があるから、千夜はすごい班長なのだと思うのだ。
その域には、まだまだ程遠い、と紫輝は己を分析している。
だから、情けなく眉を下げて、千夜を見てしまう。
「無理だと思う前に、やるべきことをやる。無理かどうかは、廣伊がちゃんと判断してくれるさ。廣伊に従っていれば、間違いないから。自分じゃなく、選んでくれた者を信じるんだ。まぁ、今はともかく…」
千夜がニヤリと、いつもの悪い男の顔で笑った。
「体、洗って来いよ。できる限り、消灯前までに戻ってくるのが望ましい」
「ありがとう、千夜」
紫輝は、いっぱい、いっぱい、頭を下げて。それから駆け出した。
「あの後ろ姿は、どう見ても、恋人の元へいそいそ向かう男の図だけどな」
半目で見やる千夜のつぶやきは、紫輝には聞こえなかった。
★★★★★
紫輝は、天誠のことが知られそうになっているのではないとわかり、ホッとした。
そして、千夜に高く評価されているのだと知り、嬉しく思う。
再会した弟、そして恋人と会う、喜びに。いつも紫輝は、舞い上がっていたのだが。
これからの自分たちのためにも。千夜の気持ちに応えるためにも。
天誠と頻繁に会うのは、控えようと思う。
いや、会いたいけど。毎日会いたいけど。
手裏の幹部と、将堂の龍鬼が、こっそり会っているなんて。普通にヤバい事案だからな。自重はしないと。
ライラが飛ぶように地を駆けると、あっという間に、紫輝たちの家についた。
天誠は、まだ到着していない。
なので、家の中には入れないし。辺りは日が落ちて真っ暗で。虫の声しかしなくて。
俺たちの家なのに。物悲しい空き家みたいに見えてしまった。
まぁ、仕方がない。
紫輝は天誠に会う前に、泥だらけの体をなんとかしようと思い、家の裏に行った。
露天風呂だから、外から回って入れる。
まぁ、天誠がいないから、冷たい水が溜まっているだけだろうけど。でも夏だから。全然、水で大丈夫。
軍服を全部脱いで全裸になると、紫輝は大岩に囲まれた風呂の中に手を突っ込んだ。
「えっ、温かいんですけど?」
夏の熱気で温まっている、というのではなく。ほんのり湯気が上がる程度に、温かい。
なんで?
まさか、天誠のスタッフが、家の手入れをしているんですか?
もしかして今もいるんですか?
天誠以外の誰かが、いるのかもしれないと思って。紫輝はこっそり、つぶやいてみた。
「す、スタッフぅー」
つか、古い。それに、誰も出てこない。ですよねぇ?
紫輝はホッとして。体や顔を洗い。温かいから、ついでに湯船にも浸かり。軍服の洗濯もして。
持ってきた着替えを身につけて。
玄関前で、ライラと一緒に、天誠が来るのを待った。
近くに、いい枝ぶりの木があったので。そこに洗濯物を引っかけて干していたら。
天誠が馬に乗って現れた。
「呼び出してすまない、紫輝」
ひらりと馬の背から飛び降りた天誠は、広い胸に紫輝を抱き寄せた。
「ん、髪が濡れている。水浴びをしたのか?」
天誠が、紫輝の頭の後ろをひと撫でし、濡れても跳ねてる部分を指先でなぞる。
なんとなく、髪の先まで神経が行き渡っているみたいに、天誠の指の行く先を感じてしまい。ぴりぴり痺れるような、ぞくぞく感を味わった。
「あの、抜け出すのに、理由が必要で。ちょっと泥遊びした」
笑って紫輝は言うが。それが無茶なことだと、天誠にはわかっていた。
それでも己の要請に応え、会いに来てくれた兄を。本当に、愛おしく想う。
大切な大切な宝物、その想いを込め、額にキスした。
「…悪い立場になったら困るから、泥遊びは、ほどほどにな? 兄さん」
兄の気遣いを無にしないためにも、天誠はフと笑って。
しばらく放っておいた馬の手綱を、木に結ぶ。
その慣れた仕草を見ると、彼がこの地に長くいることを、実感してしまい。
紫輝はどうしても、悪いなと思う気持ちと。悲しい気持ちが、込み上げてくるのだ。
「お風呂入ったら、あったかくて、びっくりした」
「うん…その件も含めて、少し話しておきたいことがある」
天誠に家の中へとうながされ、紫輝は嫌な予感を覚える。
家の中では、灯りをひとつだけ灯し。部屋には上がらず。小上がりに腰かけて話をした。
ライラはいつもの、土間の端っこで、丸くなって寝ている。
「慌ただしい感じで、ごめんな? 兄さん。実は俺、領地に下がることになった。京都だ」
天誠が言う領地は、手裏側だから、南の方なのだ。
手裏の本拠地は京都。
将堂の本拠地は東京の位置だ。
「もう移動が始まっていて、今は、隊列を離れて来たので。あまり時間が多く取れない。あぁ、マジで不本意だ」
天誠は紫輝の隣で、紫輝の手を、両の手で包み込む。
彼の手は震えていて。時折ギュッと力が入る。
天誠の複雑な心境が、紫輝にもダイレクトに伝わるようだった。
「ここに居られるよう、ずいぶん粘ったのだが。俺は紫輝が前線基地に入る前から、ここで指揮を執っていたんだ。五ヶ月ほどになるか…いわゆる超過勤務というやつだ。もう、ここにいるべき明確な理由を、提示できなくなった」
天誠は、不破とのやり取りを思い返して。眉間にしわを寄せる。
積極的に打って出ない安曇に、不破は痺れを切らしたのだ。
冬は、雪が積もると兵を出せなくなる。つまりシーズンオフ。
それまでに、今一度、大規模戦闘を吹っ掛けたい、手裏の思惑があった。
しかし安曇は、紫輝のいる将堂とやり合いたくない。
そんな安曇に、不破は領地で政治に専念しろと命じた。
腰の重い安曇を領地に下げることで、不破は戦闘を開始するつもりなのだ。
「これ以上食い下がると、怪しいと思われる。仕方がないので、俺は一旦、戦場から離れる」
天誠がいなくなると思うと、心細くなる。
その気持ちが表情にも出て、紫輝はおどおどと瞳を揺らした。
でも、そういうこともあるのだ。逆もあるのだ。
紫輝が将堂の領地に帰るのも、千夜の言によれば、あとひと月ほどだ。そう遠い話ではない。
「俺も。昨日の夜、抜け出したのが千夜にバレてて。えっと、天誠のことまではバレてないよ? でも、変に思われて、追及されたくないじゃん? 天誠と会えなくなるのは、すっごい寂しいけど。でもタイミング的には、ちょうどいいのかもしれないね」
「…紫輝」
天誠は紫輝を抱き寄せて、頬を紫輝の頭に押しつける。
「兄さんを、戦場に残していくのが、気掛かりだ」
心配そうに、悲しそうに、声を揺らして天誠が囁く。
「いいか。トップが交代したら、すぐにも戦闘が開始される。俺と入れ替わるのは、不破だ」
「え、それ…俺に言っていいの?」
手裏軍のトップシークレットではないかと、紫輝はびっくりした顔で天誠をみつめた。
「手裏の司令官が交代すると、紫輝が上に報告したら、内通者だと疑われるから。誰にも言ってはいけない。でも、兄さんは知っておかなければならない。不破には、絶対に会っては駄目だからだ」
不破に、自分が紫月であると知られたら、どうなるのかはわからないけれど。
目をつけられて、集中砲火とか?
誘拐監禁とか?
厄介な想像しか浮かばないのは確かだ。
そして、紫輝は。あの手に掴まれたときのことを思い出す。
あの、どうにも抗えなかった感覚。恐怖。脅威。自然、背筋が震えた。
「不破は、司令官の名を安曇眞仲で通すかもしれない。不破と、手裏家当主の基成は。かく乱のため、互いの名を用いることがあり、それが許されている。その場の状況で、臨機応変に名を変えるということだ。だから、公言された名前に反応したら、ダメだぞ?」
「安曇眞仲がいるって噂があっても、天誠はそこにいないってことだな?」
「そうだ。俺たちは、ライラとつながっているんだから。罠かもしれないと思ったら、ライラに聞けばいい」
紫輝は神妙にうなずき。
そして、やっぱり。ライラはハイパーチートカワイ子ちゃんだと思うのだった。
遠く離れても、ライラがしっかりと、自分たちの絆をつないでくれるのだ。
「攻撃パターンも変わる。不破は波状攻撃と奇襲が得意だ。それと、大隊長をピンポイントで狙うこともある。大隊長が崩されると、大きく陣形が乱れ、攻略しやすくなるんだ」
「それ、わかっていても、一兵士の俺には、なにもできないぞ?」
天誠は紫輝を、己の腿に乗っけて、正面から抱き合った。
触れ合える場所、全部で、触れ合いたいという弟の気持ち。
それは紫輝も、同じ気持ちだ。
胸と胸がくっつくと、互いの鼓動を感じて、ここに共にあると思え。
頬と頬をつけ合えば、互いの体温を感じて、同じ時を生きていると思え。
唇と唇を合わせれば、互いの魂が一番近くにあると思える。
「知っていることが大事なんだ。仕掛けられたら、逃げろ」
離れたくないという思いから、ふたりは唇をつけ合ったまま、話を続ける。囁く天誠の声が、情欲にかすれ、それが色っぽくて。紫輝はどきどきする。
「ん、逃げる?」
「引いて、上官に指示を仰ぐということだ。その場で起きたことなら、それは事前に知っていたことではない。だから、どんどん相談しろ。できる上官なら、対処法を心得ている。一兵士よりも高い位を持つということは、そういうときのためなのだから」
天誠は、紫輝の頭を大きな手のひらで包み込み、情熱的に舌を絡めるキスをした。
逃がさない、という彼の気迫を、紫輝は感じるが。
逃げるわけない。
紫輝も天誠を求めるように、つたないながらも、彼の舌を愛撫した。
くすぐるように、結びつけるように。
官能を覚え、背筋は反ってしまうけど。胸も腹も、天誠の体にくっつくから。嬉しい。
もっと、くっつきたい。天誠が、欲しい。
天誠の熱さを、体の中で、いつもみたいに感じたい。
今までは、望まれて抱かれていたけれど。紫輝は初めて、このとき、自分から天誠に抱かれたいって思った。
だけど。甘美な時間は長く続かない。
天誠は、苦しげな面持ちで唇を離すと。告げた。
「とにかく。死ぬな。お願いだ」
「ん。頑張る」
重みのある弟の懇願を。紫輝は、わざと軽めに返した。
わかってる。天誠が心底心配して。本当は己を手放したくなくて。苦渋の想いで、ここから去ると言ったことを。
だから、紫輝は兄として。弟の不安の芽を摘んであげないとならないのだ。
紫輝は、天誠のしっとりとした黒髪を、丁寧に撫でて。
とびっきりの笑顔を、彼に見せる。
「天誠、ありがとう。俺にライラを託してくれて。天誠がライラを俺につけてくれたから、今まで生きてこられたし。これからも生きていける。だから、大丈夫。俺は死なない。天誠が思い描くとおりに、な」
納得するように、ひとつうなずき。
天誠は紫輝を土間におろすと、己も立ちあがる。
「な、この家はどうするんだ? 俺が手入れしに来た方が良いか?」
「いや。手入れは、こちらが手配する。ここは手裏側に近いから、紫輝は俺がいない間は、ここに近寄らない方が良い。会える場所を用意したら、ライラを通して連絡するから。待っていてほしい」
「うん。楽しみにしてる」
にっこり笑う紫輝に。天誠は、くちづけせずにはいられない。
ひとつ、ふたつ、ついばんで。もっと深く、舌も絡めて。
でも、後ろ髪惹かれる思いで紫輝から離れ。家の明かりを消した。
ライラを起こして。家を出て、戸締りをすると。
紫輝はライラと共に、玄関の前に立った。
隊列を離れて来たという天誠を、今日は紫輝が見送るのだ。
昨日の夜は、自分が彼に背を向けた。今まで、いつも見送られる側だった。
だけど今は、弟の大きな背中を見ている。
自分から去るときは、切り捨てるなんて気はなくても、背中を向けることが、なんだか冷たい人間のような気分になって。つらいし。
離れたくないのに、帰らなければならない。そんな気持ちを、知ってほしいし。
絶対、いつも、自分の方が寂しいし。悲しがっていると、そう思っていた。
でも。今、天誠が馬に乗ってゆっくり遠ざかっていく姿を見ていると。
置いてけぼりにされるような、物悲しさがあふれてきた。
取り残されるのも、こんなに寂しいのだと感じる。
天誠も、ずっと、こんな気分を味わっていたのだろうか。
ふと。彼が駆る馬が、足を止めた。
そのまま天誠は動かず。こちらを見ることもない。
でも紫輝は、自分の気持ちがたまらなくなって、彼に向って歩を進めた。
ひとつ、ふたつと、歩いていくと。
天誠も馬を降りたから。
もう我慢できなくて、駆け寄った。
「…紫輝ッ」
彼の呼びかけに答える間もなく。紫輝は、大きく手を広げて彼に抱きついた。
天誠は頼もしく、体ごとぶつかってくる紫輝を抱き止め。力強く抱き締めてくれた。
「天誠…天誠ぃ」
「紫輝。やっと会えたのに。離れたくない。こんなの、耐えられないよっ」
背中に、天誠の手を。もがくように、すがるように立てられる指の感触を感じる。
彼のはっきりした弱音を、紫輝は初めて聞いた。
冗談めいたものや、自嘲するようなものは、元の世界のときから、時々聞くことはあったが。
それは大概、紫輝に甘えたり、愛情を試したりするとき、自分を弱く見せる演出で。本気で弱っているわけではない。
でも、今の言葉は、彼の本音だ。
自分ばかりが、寂しがりで、弟を恋しがっているのだと思っていた。
でもこの世界で、八年もひとりで生きてきた。永遠にひとりかもしれないという絶望を味わった、天誠の人恋しさは。きっと、自分には推し量れないほどに、深く、熱く、激しいのだろう。
「俺は、不安だ。ここで兄さんと離れてしまったら。紫輝に、必要とされなくなるんじゃないかって…」
「なに言ってんだ? 馬鹿。俺が頼れるのは天誠だけだ。俺には…天誠しか…な、なのにっ」
ぎゅっと、胸がつぶれるように痛くなった。
紫輝は、全然、天誠の不安を拭えていなかったのだ。
「そ、それを言ったら、俺だって。こんなとこに連れてきちゃった、俺の方が、化け物なのに。天誠に見捨てられてもおかしくないのにっ」
「馬鹿を言うな。それは何度も違うと言っただろう?」
顔と顔を見交わし、天誠はしっかりと目を合わせて否定したが。紫輝は瞳を潤ませた。
「うぅ…だって。後悔してんだ、ずっと。どうして、俺ひとりじゃなかったんだって」
「俺たちをまとめて握ったのは、不破だぞ。紫輝は、なにも悪くないんだ。それに、時空を操る紫輝がいたから、俺もライラも無事でここにいられるんだ。今ここに俺たちがいることが、紫輝が引き起こした奇跡なんだぞ」
天誠の手のひらに、頬を包まれる。
紫輝の目からこぼれた涙が、天誠の手のひらも濡らした。
「ひとりだったら、なんて…そんな悲しいことを言うな。兄さんは、俺たちがいなくても生きていけるのか?」
「いけないよ。嫌だよ。無理だよ。天誠もライラもいないなんて…」
「俺も。前の、物質が豊かな平穏な地でも。今の、差別に満ちた腐った世でも。紫輝がいるなら、どちらで生きても構わない。だが、紫輝がいないなら、生きる意味などない」
自分も、天誠と同じ気持ちだった。
そう伝えたいけれど。なんとなく言葉だけでは、弟の不安を拭ってやれない気がして。
紫輝はたずねた。
「なぁ、どうすればいい? どうすれば天誠の不安は和らぐ? 俺は、なんでも天誠の望むとおりにするよ」
「…暗闇に閉じ込めて、紫輝を一晩中抱いていたい」
弟のダークを引き出してしまった。
あんまり闇なものだから。
心配して駆け寄ってきていたライラの耳が、イカ耳になってしまっている。
「いいよ、逃げても。俺を暗闇に閉じ込めても、いいよ」
紫輝は、天誠の額に額を合わせて、ひっそりと微笑む。
天誠の闇の部分は、紫輝の闇の部分でもあった。
しばらく会えなくなる、それだけで、こんなにも胸が詰まるような苦しさを感じる。
紫輝だって、弟と離れている間は、鬱屈した日々でしかない。
だから、もしも天誠が望むのなら、今、この場から、ふたりで逃げてもいいのだ。
一生、罪人として追われても構わない。
暗い部屋の中で、弟とふたり、いつまでも、好きなだけ、抱き合っていてもいい。
天誠は、紫輝の頬から手を離し。ひとつため息をつく。
そして心配そうにみつめるライラに、目をやる。
「大丈夫だ、ライラ。兄さんを閉じ込めたりしない」
「俺、天誠がそばにいるなら幸せだよ。どんな状況でも頑張れる」
拳を握って、紫輝はやれるとアピールするが。
天誠は首を横に振った。
「いいや、俺は紫輝を幸せにしたいんだ。兄さんの笑顔を守らなきゃ」
天誠は紫輝の脇に手を差し入れて、体を宙に持ち上げた。
いわゆる、高い高いだ。
こんなの、幼児扱いだっ。
恥ずかしくて、顔が熱くなる。
「な、子供みたいなこと、やめろよ。兄だぞ、俺はっ」
弟の方が、昔から大人っぽくて、なんでもできて、今では、年齢も彼の方が上だけど。
でも、自分が天誠の兄なのは、未来永劫変わらないことなのだっ。
「そうだよ。俺の大事な兄さんだ」
一度、紫輝を地べたにおろしたが。天誠は、もう一度高い高いをして、今度はそのまま、翼を羽ばたかせて飛び上がった。
びっくり目のライラが、急速に遠ざかっていき。
森の木々を抜けて、大きな月が輝く、高い空の上に。
「う、うおぉっ、お、おまえの高い高いはシャレになんねぇ」
紫輝は、足が地べたについていないと、途端に不安になる。
天誠が落としたりしないのは、わかっているけど。
この恐怖は理屈じゃないと思いますぅ。
でも、黒い闇に埋もれた木々を下に、上には光を散りばめられたような星々と明るい月が、夜闇に映えていて。
とても美しい景色、ではある。
「ねぇ、兄さん。地上に降りるまでの間、優しいキスして。俺を目いっぱい甘やかすような」
満月よりも少し欠けた月が、天誠を明るく照らしていた。
紫輝を見上げるような位置の、天誠の瞳は。昔のように、夏の空の青い色。
大好きで、愛している人の、色。
切れ長の目元は鋭いが、いつも紫輝を甘くみつめ。
鼻梁は、神が精巧に、丁寧に作り上げたかのごとく、高すぎず、低すぎず。
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あやすような、キス。
癒すような、キス。
心臓が高鳴るような、キス。
天上の花畑で戯れるような、キス。
瑠璃に輝く瞳にも、キス。
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でも、言わずにはいられない。
「愛しているよ、天誠」
彼が、潤んだ己の目をみつけると。
いつも、すごく嬉しそうに、美しく微笑むから。
ゆっくりとした浮遊感の中で、紫輝は天誠と、胸が温まるような、濃密なキスを交わした。
誰にも邪魔されない、時間。揺れるように、漂うように、地面に足がつくまで、ふたりは唇を離さなかった。
「ひどいわ、おんちゃん、天ちゃん、あたしをおいていくなんてっ」
地上に着くと、ライラがご立腹だったので。
紫輝はライラをギュッと抱っこして、桃色の鼻に鼻をつける。鼻チューだ。
「ごめん、ごめん。ライラも、三百年後も千年後も愛してるぞ。チュー」
「うざいわ、おんちゃん、うざいわ。あと、なんとなく、ざつだわ」
「ライラさん、愛というのは、とかく、うざいものなんです」
「いやぁぁぁ」
ツンデレのライラには不評で、天誠の背後に隠れてしまったが。
弟の顔つきは、晴れやかなものになっていた。
「俺をたやすく引き上げてしまうのだから、やっぱり兄さんは、俺の天使なんだ」
天誠に言われると、本物の天使に天使扱いされているみたいで、脇腹がこそばゆくなる。
「ごめんな、兄さん。ちょっと…甘えたくなったんだ。でも、俺が揺らいだら、紫輝も揺れるよな。だけど、それって。俺と兄さんの心が、ひとつということだよね?」
不安を解きほぐすように、天誠は紫輝の肩を抱き寄せ、優しく撫でさすった。
「俺には兄さんが必要だ。そばにいたいと、いつも思っている。それと同じように、兄さんも俺を必要としてくれる。そうだよね?」
紫輝はしっかりと、うなずいて見せた。
「ならば、俺たちの心は、決して離れない。ずっとそばにいると、兄さんも言ってくれたしね」
天誠は少し体を離し、両の手で、紫輝の手を握り締め。そして腕輪の黒水晶にキスをする。
誓いを立てるような、厳かな雰囲気を感じた。
「兄さんのおかげで、俺の不安は解消した」
「え?」
「なんでも俺の望むとおりにすると、言ったよね?」
艶っぽく目を細め、甘々のエロい声を出す天誠に、紫輝は慌てた。
「え、えぇ?」
「ふふ、今度会ったとき、なにをしてもらおうかなぁ。じっくりと考えておくな? 離れている間、俺に、この上ない楽しみを提供してくれて、ありがとう。兄さんは天才だ」
一旦、ぎゅっと握り。天誠は手の力をゆるめる。
一歩一歩後ずさりながら、名残惜しげに、ゆっくりと手を引いていく。
指先と指先が離れる瞬間まで、紫輝は天誠のぬくもりを噛み締めていた。
「冬の間に、事を進める。兄さんと暮らすための、第一歩だ」
天誠が馬にまたがる、その姿を目に焼きつけるように、紫輝はじっとみつめた。
一緒に暮らすための第一歩、というのは、戦終結のための第一歩でもある。
紫輝は、天誠とライラと、家族みんなで暮らせる日が、待ち遠しかった。
「兄さん、いつもの、太陽のようにすっきりと明るい笑顔、見せて? 離れている間、兄さんの泣いた顔を思い出すのは、つらいからさ」
気持ち的には、すっきりと、というわけにはいかない。
だって、離れるのは嫌だと、本能が体の奥で叫んでいる。
それでも、天誠の求めに応え、紫輝は笑みを浮かべた。
「またな、天誠。なんでもいいから、ライラに連絡して」
紫輝の笑みを受け、天誠はひとつうなずく。
ひらりと手を振って、今度こそ馬を走らせて行ってしまった。
悲しい、寂しい、そんな想いで。涙が一粒、頬を伝うけれど。
弟は兄に、いったいなにをさせる気なのだろうと。一抹の不安も覚える紫輝だった。
◆幕間 眞仲のすたっふー。
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長年、一緒に暮らしているから。元の世界の和製英語を、たまに真似されるのだ。
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「しかし、あの方と暮らすのに、クソアイテムは有用ではないですか?」
カラス羽が、またもや正論を吐く。
「あぁ。クソむかつくことに、クソ有用だ」
「口が悪いですよ、安曇様」
たしなめるカラス羽を無視し、アカモズが眞仲に聞いた。
「あの方にすたっふー、と呼ばれたんですが。すたっふーって、なんですか?」
「んー、部下みたいなもんだ。部下より軽め、使用人より重め、な感じか?」
「昔の言葉って、微妙な感覚ついてきますよね。にあんす」
「ニュアンス、な。どうでもいいが、おまえ、将堂でカタカナ語使うなよ。特に、紫輝の前では気をつけろ。隠密ってバレるぞ」
「護衛だと、もう言ってもいいのでは?」
「おまえ、昨日、紫輝が『嫌ーい』って言ったの、見てたろ。将堂入った当初から、護衛つけてたなんて知ったら、また怒られるだろうが、俺がっ」
「…冷酷無比と名高い安曇眞仲が、なんでこんなにヨワヨワなんっすか?」
「弟は、兄に頭が上がらないもんだ」
眞仲が手をひと振りすると、アカモズは眞仲のそばから離れ、暗闇に消えていった。
そして眞仲とカラス羽も、森の中へと消えた。
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