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11 龍鬼って大変だ② ★
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◆龍鬼って大変だ ②
紫輝たちは、作戦指令室を出た。
堺は、幹部の仕事をするということで、屋敷の前で別れて。
紫輝と廣伊は、仕事を終えた二十四組が集結する広場に向かうため、樹海の中を歩いていた。
紫輝は、廣伊の少し斜め後ろを歩く。いつもの、千夜の位置だ。
廣伊は紫輝と身長がほぼ同じなので、なんか、落ち着く。
この世界に来てから、知り合う人たちは、なんだか、みんな背が高いから。いつも見上げていて、首が痛い。
いや、自分が小さいわけではない。やつらがでかいのだ。
「あのさ、廣伊。さっきの話、聞いてもいい?」
指令室で話した、アレが、紫輝は気になっていた。
いわゆる、廣伊の失脚話なんだけどぉ。
「さっきの話? あぁ、堺が謝っていた、あれか?」
「そう、あれ…」
「たいした話ではないのだが…広場に戻るまで暇だし。紫輝にも関係あるかもしれないからな」
そう言って、廣伊は昔話を始めた。
両親が死んだことで、存在が明らかになった廣伊は。十三歳のとき、村人によって将堂軍に売り飛ばされた。
そして、すぐに初陣を飾る。
龍鬼ではあるが、戦場で使える能力は皆無。なので、身体能力一本で成り上がるしかなかった。
俊足で、剣技がずば抜けていたので、なんとか生き残れたのだ。
同じ龍鬼のよしみで、藤王にも目をかけてもらった。
村人から暴力を受けていた廣伊は、龍鬼にはありがちの人間不信に陥っていたが。
龍鬼でありながら、才知に優れた働きを見せ、みんなの信頼を得ている藤王を見て。廣伊は、龍鬼でも人々と心を通わせられるのだと知った。
藤王に心酔し、心を開いたのだ。
そうして、藤王の力添えもあり。廣伊は順調に出世し、十五歳で左第一大隊二組組長になった。
廣伊は、叩き上げで、実力があり。藤王の傍らに控えていることも多く、礼儀作法がしっかり身についていた。
そんなところを買われ、右軍幹部候補の教育係にも指名されたのだ。
本来、龍鬼が、将来の幹部の指導をするなど、あり得ない。
みんな、名のある家柄の子息だからだ。
しかし、その幹部候補の中に、堺がいた。
下手な作戦などで、強力な戦力になりうる龍鬼を、食い潰されてはならない。龍鬼の効果的な使い方、戦術などを、伝授する必要があったのだ。
それは、藤王がしても良いことだったが。
藤王と堺は兄弟で、しかも、溺愛気味だ。
指導が偏るのは良くないということで、白羽の矢が、廣伊に立ったというわけだった。
そして、いざ、子弟の前に廣伊は立ったのだが。
そこにいたのは、名家の子息という名の、礼儀がなっていない、クソガキどもだったのだ。
将堂家の次男で、右次将軍の地位で初陣する、将堂赤穂、十一歳。
戦闘の素質があり、戦術や剣技を指南する必要はなかったが。とにかく口が悪く、態度が横柄。
赤穂の補佐に、瀬来月光、十一歳。
月光は緻密な作戦を立てることに特化していて、こちらも技術指南は必要なかったが。赤穂とともに質の悪い悪戯をすることがあり。綺麗な言葉を並べ立てて、言い訳をする。厄介な子供だった。
右筆頭参謀である、麟義瀬間、十三歳。
一見、おとなしく常識人に見えるのだが。彼は、己より強い者にしか、頭を下げない男だった。上官であっても、弱ければ見下していた。
そして右参謀で龍鬼の、時雨堺、十三歳。
藤王に準じ、龍鬼の能力は高く、剣技にも優れている。しかし心が繊細、悪く言えばヘタレで。赤穂の暴言を真に受けて、陰で泣くこともしばしば。
★★★★★
「紫輝、わかるか? 大人を舐め腐る、個性の尖り切ったクソガキどもを、指導した私の気持ちが。先ほど赤穂様は、金蓮様に対し…慇懃無礼ながらも最低限の礼節を重んじていた。あの暴言男を、あそこまでに仕上げた、私の苦労を察してほしい」
「…あぁ」
ともすれば中学生に見える、幼さの残った廣伊の表情が。一瞬、年相応の疲れた顔に見えた。
それだけで、幹部連中が一筋縄ではいかなかったのだと想像でき…心底同情した。
そして、先ほど話していた、堺の事件があった年、二二九三年。
廣伊は十七歳。今の紫輝と同じ年齢だったが、経験値の点で比べ物にはならない。
そのとき廣伊は、左第一大隊の隊長補佐という地位まで出世していた。
左の筆頭参謀であった藤王の、直属の部下という扱いでもあり。これは、家柄のない龍鬼には、破格の待遇であった。
しかし、その地位は。藤王の失踪に伴い、あっけなく瓦解した。
藤王は、将堂軍大将の懐刀という名声と。三大名家と言われた、時雨家という家柄と。正義と平等を重んじる人格で。龍鬼でありながら、高い評価を得ていた。
だが、その藤王がいなくなり。左軍は急速に、元の体質に戻っていったのだ。
左は、家柄や血脈を誇り、希少な我らは尊いと思う気質だ。
その中で、家柄のない龍鬼である廣伊は。居場所を失った。
藤王に目を掛けられていた、というのも。仇になった。
藤王により引き立てられた廣伊に、嫉妬した者たちが、従わなくなったのだ。
つまり、己の力で成り上がってきたと思っていた地位は、藤王あってこその地位…砂上の楼閣だった。
さらに金蓮も。藤王のすぐそばにいた廣伊が、彼の失踪を止められなかったことに怒り。視界に入らない場所、右軍に異動させられたのだった。
「それから、ずっと二十四組にいる」
「嘘でしょ? 金蓮、マジ、あり得ねぇ…」
藤王にゆかりのある者、排除しすぎ問題。
つか、そんな理由で、廣伊は出世できないわけ?
「金蓮、さま、な」
大将に様をつけない、紫輝を。軽くたしなめて、廣伊は話を続ける。
「まぁ、先ほど堺にも言ったように。私には右軍の方が、水が合っている。家柄、経歴問わず、戦闘力が高い者が成り上がれる、というところが。イイ。龍鬼が差別されるのは、どこでも変わらないしな」
「なるほどな。俺は。入軍して、すぐ廣伊に会えたのはラッキー…幸運だったっていうか。廣伊が右軍にいてくれて、良かったって思っているよ?」
紫輝は廣伊に、とっても明るい笑みを向けた。
金蓮の我が儘がなければ、左にいたかもしれない廣伊には、まだ出会えていなかったはず。そうしたら、もっと厳しい日々が、紫輝を待ち受けていたことだろう。
廣伊もつらかっただろうけれど、今、右にいることに不満はなさそうだし。入軍してすぐ廣伊に出会えた、この巡り合わせには感謝したい気持ちだった。
「で、今の話の中で、俺に関係ある場面って、あったっけ?」
首を傾げたら、かなり強めの拳骨が、紫輝の頭上に振り落とされた。
「おまえの礼儀作法が、クソだから。あの幹部連中が、泣いて許しを乞うたという私が、一から叩き込んでやるって意味だよ!」
その日、猫の断末魔が。樹海に響き渡ったという噂が、流れたような、流れなかったような…。
★★★★★
二十四組の集合場所である広場に戻ってきた紫輝は、廣伊に鉄拳制裁されながら、礼儀のイロハを教育されていた。
一班班長の上条が、それを苦笑しながら、みつめている。
千夜たちは、まだ巡回から帰ってきていない。
「上官には丁寧な言葉遣い、敬う気持ちを持って、頭を下げるべし。敬えない相手だったら、どうしたらいい?」
紫輝がたずねると、まず廣伊の拳が飛んでくる。
避けても受け止めても良い、と言われているので。紫輝は華麗に受け流した。
体術の訓練をしながら、礼儀作法を学ぶみたいな感じ。
体を動かしながら勉強すると、身につきやすいとか言うけど…そういうことなのかな?
「敬えない相手でも、上官なら頭を下げる。それが礼儀だ」
「でも、敬えない上官に無理難題言われたら、無理なんですけど」
言葉の切れ目に、パンチやキックが飛んでくる。
廣伊の息は全然乱れていないし、ものすごく加減されているのがわかるから。
それはそれで、腹立つぅ。
「なんでも、唯々諾々と従え、という意味ではない。丁寧な言葉で頭を下げておけば、断る場面でも、それほど角が立たないだろうが。礼儀は、処世術だっ」
強めのキックがきて、紫輝は両腕で受け止めたけど。
力が強くて吹っ飛んだ。
受け身を取って、地面でごろんとひと回り。地べたに座り込んだ紫輝を、廣伊は見下ろした。
「おまえ、入軍当初は、今より礼儀正しかったのに。千夜のところで気をゆるめすぎたか?」
この世界に来たばかりの頃、紫輝は嫌われないように気を張っていた。
明るく、元気に、仕事はコツコツ丁寧に、やるべきことを真面目にこなす。
それでなくても、龍鬼ということで、マイナススタートだから。いわれなく殺されないよう、無害ですよアピールをしてきたのだ。
ずっと、緊張感があった。でもこの頃は、それほどピリピリしていなかったかもしれない。
それは、千夜のところでゆるんだのではなくて。
天誠と再会したからだ。
安心したのだ。なにがあっても、天誠と一緒なら生きていけるって。
心の拠り所がしっかりしたから、軸がぶれなくなったというか。
精神的に、天誠、眞仲、この頼れる相手に心を預けていて、本来の自分より、少し甘えてしまっているのかも。
これは、いけない。と、自分でも思う。
まだ、天誠とライラと、三人で暮らす目途が立っていないんだから。
気をゆるめ過ぎたら、目標達成への道のりが遠くなるではないかっ。
「わかりました、組長。これからは心を入れ替えて、頑張ります」
立ち上がって、シカッとした目を向ける紫輝に、廣伊は小首を傾げた。
「…あぁ。急に、どうした?」
「廣伊が言うように、確かにこの頃、ゆるゆるだったなと思って。初心を取り戻そうかと」
「良い心掛けだ。だがそんなこと言って、おまえ幹部連中に、タメ口ではないか?」
またもやパンチが飛んできた。それをひとつ、ふたつと、かわしていく。
「それは、赤穂が呼び捨てにしろって言うから。堺なんか、タメ口じゃなきゃ、髪切るとか言って。脅してきたんだ」
実際はそんな台詞じゃなかったけど。大筋そんな感じのニュアンスだった。
「まぁ、確かに。タメ口許すくらいには、赤穂様に気に入られているんだろうよ。おまえが生きているのが、その証拠のようなものだからな」
珍しく渋い表情に顔をゆがめ、繰り出す拳は止めることなく廣伊が言う。
「赤穂様は気まぐれな方だ。邪気と無邪気を、腹の中で一緒に飼っているような、複雑な性格をしておられる。気に障れば、仲間でも容赦なく剣を振るう恐ろしい方だが。昨日、手討ちになさらなかったあの時点で、紫輝は彼に気に入られたということなのだ」
「え、ウゼ…うわっ」
右足と左足の、二連撃のキックがきた。さすがに受け止められなくて、紫輝は尻餅をついた。
「親しき中にも礼儀あり。幹部にうぜぇは禁止」
「りょ、了解です。で、月光さんは、どういう人なんだ?」
すぐさま立ち上がり、紫輝は廣伊に挑んでいく。
もはや、礼儀の勉強ではなく。体術の訓練がメインになりつつある。
それを上条は、呆れた視線で見ていた。
「瀬来様は、将堂軍設立当初から、将堂家を補佐する名家の出身で。名軍師として名高い。大規模戦闘での作戦は、ほとんど彼が立てている。その手腕を称え、将堂の宝玉と呼ばれている。右側近の地位は伊達ではない」
そんなにすごい人だとは思わず、紫輝は目を丸くした。
本人が、家柄のせいで今の地位についたみたいなことを言っていたし。
紫輝より身長高いけど、細身で華奢だから。赤穂に、ただただ振り回されているんじゃないかって…勘違いしていたのだ。
まぁ、赤穂にツッコミ入れていたから、弱いばかりじゃないんだろうけど。
とにかく、みんなから一目置かれていて。ひ弱そうだが、イジメにもあっていないようで、安心した。
「そうなんだ。俺、赤穂が、あの人をパシリにしてるかもって、ちょっと心配してたんだ」
「パシリがなにか、わからんが。瀬来様は、軍師の仕事に専念なさっていて。今は、戦闘の前面に出ることはないが。おまえより断然、お強いから、なっ」
また強い蹴りがきたけど。今度は受け止めきったぞ。
「まさか。あんな細腕で…桃色なのに」
「色は関係ないだろ。瀬来様は名家の出だから、幼少の頃から、基本の剣術を叩き込まれている。幼馴染みが赤穂様だし。あのふたりは子供の頃からやり合っていたからな、見た目を裏切る、鬼猛者だ」
見た目を裏切る、鬼猛者の廣伊に言われたくないのでは? と紫輝は脳内ツッコミする。
受け止められた足を、廣伊はひょいと下ろし。ひと息ついた。
ようやく、ひと息ついてくれた。
二十四組の兵士が、ぼちぼち帰ってきている。助かった。
「間宮、強くなったなぁ。組長の組み手に、最後まで付き合うなんて。すごいぞ?」
上条に褒められて、紫輝は嬉しくて、照れてしまった。
「あ、ありがとうございます。上条班長」
カモメ血脈の、灰色の、大きめの羽を持つ上条は。実は、紫輝が将堂に入軍して、初めて会話が成立した相手だった。
五班にいたとき、どこへ行って、なにをするのか、誰も教えてくれなくて。まごまごしていた紫輝に。
二十四組のリーダー格である上条が、ここに集合するとか、食堂ではこう振舞うとか、廣伊がどこにいるのかとか、いろいろ教えてくれたのだ。
千夜みたいに、特別目をかけてくれたわけではないが。無視しないでくれただけで、当時の紫輝にはありがたい存在だった。
つまり、お兄さんぽくって好きです!
「龍鬼の割には、どんくさいから。生き残れるのか心配していたが…」
「あはは、ひどいなぁ。組長や右将軍と比べられたら、誰でもどんくさいと思いますけどぉ」
「おい、なんで組長の私にタメ口で、上条には敬語なんだ?」
照れ照れしながら、紫輝が上条と話していると。廣伊が低い声を出した。
鋭い視線は、標準装備だが。そこに眉間のシワが加わっている。
「ええぇぇ、そんなこと、ないよぉ…」
そこに天の助け、千夜たち九班の面々が帰ってきた。
紫輝はお出迎えをしに、そそくさとその場を離れたのだった。
★★★★★
消灯は、十時過ぎ。
この世界には、テレビみたいな娯楽はないし。ネオン輝く、繁華街もない。
朝日が昇るとともに、行動を開始し。日没に仕事を終える、という生活が基本だ。
さらに、山のふもとの巡回警備などは、肉体労働だから。みんな消灯前にぐっすり寝ちゃっている。
そんな中、紫輝は。こっそりと部屋を抜け出した。
今日は、天誠と会う約束をしているのだ。
見回りの兵にみつからないように、注意しつつ。前線基地をぐるりと囲む防御塀まで来た。
高い木の幹を、そのまま利用して作られている防御塀は、大人三人分くらいの高さがあり。羽を持つ者が越えられない、仕様になっている。
ただ、大翼で跳躍力があれば、ギリ越えられるようだ。千夜が、よじ登れたようなので。
紫輝は、後ろ手に柄を握り、背負っていた大太刀を鞘から抜く。
刃の大きさは、地面から紫輝の腹の位置まである、大きな剣だ。
刃の形は包丁で、全く切れないなまくら。
柄と刃の間にある鍔には、ふさっとした白いファー、そして金緑色の、綺麗な宝石がついている。
「ライラ、出てきて」
名を呼ぶと、大太刀が紫輝の目の前で、ぐるりと回転し。白く、大きな獣に変化した。
鍔についていた宝石と同じ、金緑色の瞳、白毛、長毛の可愛いにゃんこ。
普段は剣の姿、しかしてその実態はぁ?? 猫又のライラであった!!
「おんちゃん、あたしも、天ちゃんにあいたいわぁ。はやく行きましょう」
「そうだな。よし、行こ」
紫輝が背中に乗ると、ライラはジャンプして軽々と塀を越えた。
ライラにかかれば、高い丸太の木塀なんか、ひとっ飛びだ。
敷地の外へ出ると、ライラは高速で、樹海の中を駆けていく。
数分も経たず、ライラは速度を落とし、やがて足を止めた。
紫輝が降り立ったのは、月明かりで波紋がきらめく、美しい泉だ。
そして岸辺には、黒の装束、黒い大翼の男が立っていた。男は紫輝を優しい眼差しでみつめ、大きく手を広げて招く。
「会いたかった、兄さん」
紫輝は喜びにあふれる満開の笑顔で、彼に駆け寄り、思いっきり抱きついた。
「俺も会いたかった、天誠」
天誠は、抱き止めた紫輝の額に己の額をくっつけて、ひそやかに笑う。出会えた嬉しさが、にじみ出ていた。
男の正体は、間宮天誠。紫輝の弟であり、手裏軍幹部の安曇眞仲であり。そして…恋人だった。
天誠は紫輝のこめかみや頬に挨拶のキスをして、それから…唇にくちづけた。
母がアメリカ人だったから、挨拶のキスは日常でしていて、一般の日本の家庭よりはスキンシップが濃い方ではあったのだが。
唇へのキスは、恋人になってから。
恋人になって、結婚しよう…ってとこまできてはいるのだけど。まだ日が浅いから、唇のチュウに紫輝は慣れていなかった。
近くでライラがジッとみつめているのも、なんか、恥ずかしい。
そんな紫輝のことを、わかっていて。初々しい兄の反応を楽しんでいる、天誠だった。
「どこも、怪我はない? 守ってあげられなくて、すまない」
唇を離した天誠が、紫輝の姿を、頭から足先までじっくり眺める。
幼い頃から、弟は、ブラコンをこじらせていて。重度の心配症だ。
「怪我なんかしていないよ。ライラが守ってくれるから、大丈夫だ」
弟を安心させるように、紫輝はにっこり笑って見せた。
その顔を見て、天誠もホッと息をつく。
「そうか。ライラ、兄さんのこと、引き続き頼むぞ」
「あい、天ちゃん」
ライラの頭を撫でる天誠の大きな手に、彼女は頬をなすりつけ、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「…なぁ、兄さん。見せたいものがあるんだけど、ちょっと一緒に来てくれるか?」
そう言い、天誠は手を差し出した。
前にもここで、眞仲に手を差し出されて、彼と手を繋いで歩いたな…なんて思い出しながら。紫輝は彼の手に手を重ねる。
がっしりと力強く握り込まれるが、優しい温もりで。大きくて、分厚い。
紫輝は眞仲の手の感触だと思い…胸がきゅんと高鳴った。
「ん? どうかした?」
天誠は手を引いて歩きながら、珍しくおとなしい、紫輝の顔をのぞき込んだ。
頬がほんのり赤く。上目遣いに見る、黒曜石の瞳が潤んでいる。
先ほどキスして、色づいた唇が少し開き…そこからのぞく赤ピンクの舌が、己を誘っているように思えた。
穏やかな表情の裏に、天誠は早く紫輝を抱きたいという欲望を隠していた。
「なんか、照れるな。いや、昔は俺が、小さなおまえの手を引いていたし。眞仲の手も握ったことあるから。今更、照れるのも、おかしいんだけど」
「おかしくないよ。今は、正式な恋人同士なんだから」
ただ掴んでいた手を、天誠は握り直して、紫輝の指一本一本に指を絡める恋人繋ぎにした。
「子供の手を引くような気分じゃなくて、兄さんが俺を、恋人として意識しているってことだろう? それは俺にとっては、嬉しい変化だ」
甘ったるい声で、紫輝の心を揺さぶった天誠は。いかにも楽しげに、ふふっと笑った。
「兄さんと、こうして、手を繋いで歩いたり、外でキスしたり。以前の世界では、絶対できなかったことだな。そう思うと、この世界も悪くないと思えるね?」
「天ちゃん、あたしのそんざい、わすれているでしょ?」
ふたりの世界を構築しかけていた天誠を、ライラは二本のフサ尻尾でビタンと叩いた。
ちゃんとライラも、ふたりのあとをついてきていたのだ。
イチャイチャしているところを、ライラに見られるのはなんだか気恥ずかしくて。紫輝は頬を赤く染めたのだった。
「まさか、忘れるわけないだろ? ライラは俺たちの、お姫様なんだからな?」
「そうよ、あたし、姫なの」
ドヤ顔のライラを伴い、茂みの奥に入っていくと、馬がいた。木に手綱が結んである。
「え、馬? 天誠、馬に乗れるの?」
「あぁ、移動は全部、馬だよ。紫輝は一兵卒だから、まだ馬に乗る練習は、していないんだな?」
軽やかに、天誠が馬にまたがる。紫輝にはライラに乗るよう、うながした。
慣れた様子で馬を操る天誠に、紫輝とライラは並走する。
つか、早駆けの馬に乗る天誠、超カッコイイんですけどっ。
まるで、バイクを乗りこなす、レーサーみたいだ。
横顔が凛々しくて、黒髪がさらりと後ろに流れて。ときどき、こっちを気にして、フッと笑みを浮かべたりして…。
心配げに、こっち見ないでぇ、なんだか眉間がこそばゆくなるからぁ。
あと大人の色気、駄々漏れてるんですけどぉ。
つい最近まで、紫輝の中で、天誠は十七歳だった。充分大人びた十七歳だったけれど。
今の天誠は、本当に大人の余裕というか、落ち着きが半端ないのだ。
キリリとした顔つきのときは、眞仲だって思ってしまう。
もちろん、眞仲は天誠だ。
素地は天誠なんだけど。黒髪になったし、翼もあるし、身長も伸びているし、圧倒的な包容力とか、すべてがグレードアップされていて、もはや別人なのだ。
そして、眞仲に恋をしたときのときめきが、紫輝の胸を締めつける。
弟なんだけど、弟とは別の人に恋をしているような。
自分でもよくわからないのだけど。ふたりに恋をしているような。でもひとりのような。不思議な感じ。
つまり。ごく、簡単に言うと。
目の前の男に、恋愛感情が芽生えているのだ。
いや、今まで恋をしていなかった、というわけではないけれど。
いろいろあって。なにもかもわかったうえで。一度リセットしたかのように、恋し始めちゃっているのだった。天誠にも。眞仲にも。
今までの自分は、子供だったんだなって、改めて思ってしまった。
十八歳の誕生日の少し前に、天誠に告白されて。いろいろ…それはそれはいろいろ考えた。
天誠のことは好きだったし。彼がちゃんと将来を見据えて、自分に告白したのか。わからなかったけれど。
一年経ってもまだ、真剣に好きなのだとしたら。その気持ちに応えようと。そう思うくらいには好きだった。
戸籍上兄弟だから、結婚はできないものの。それに近い感じで、生活できたらいいなと思っていたし。そうならば、体の関係も、もちろんアリということで。ちゃんと、覚悟していたのだ。
覚悟、していたつもりだったけれど。
いざそうなってみて、振り返ると。あのときの覚悟は、全然、覚悟ではなかったのだった。
頭だけで考えていた恋愛で、心がそこに追いついていなかった。
頭が先走っちゃって、ゴールしてるのに。心が完全に出遅れて、まだスタート地点、みたいな。
紫輝にとって、天誠は弟で。肉親の愛情と、恋愛の愛情の部分が、半分半分で混在していた感じだった。
そして恋をしたのは、眞仲だった。
紫輝の中では、今、肉親の愛情と、恋愛の愛の部分と、恋の部分が、それぞれあって。ゆっくり、ゆっくり、混ぜ合わされている過程のような状態だった。
つまり。ごく、簡単に言うと。エッチはしちゃったけど、恋愛初心者、的な?
自分はきっと、これから天誠と恋愛し始める。
まだ、はじめの一歩なんだな。なんて、紫輝は考えていた。
樹海の中だから、紫輝は、どこを走っているのか、わからない。
だが、突然。ぽっかりと開けた場所に出て、そこには小さな家が建っていた。
なんとなく、初めて眞仲と出会ったとき、お世話になった、あの山の家に似ている。
天誠が馬から降りたので、ここが目的地だとわかった。
「もしかして、ここ、天誠の家?」
ライラの背中から降りた紫輝は、彼に問う。
月明かりしかない、暗闇の中。天誠は後光がさしたのかと見まがう、天使の微笑みを浮かべた。
「違うよ。俺たちの家だ」
さらりと言われたことを、すぐには呑み込めなくて。紫輝は確認するみたいに、もう一度、天誠に聞いた。
「俺たちって…天誠と、ライラと、俺の、家?」
「そうだよ。俺たちの家、第一号。小さいから、気に入らないか?」
驚きと、困惑と、気に入らないなんて滅相もございません…という気持ちで、紫輝は目を見開いた。
「そ、そんな…小さいわけないだろ。俺なんか今、小さい部屋で十人くらいで寝てんのに。いやいや、そうじゃなくて。本当に、俺もライラも、ここに住んでいいのか?」
動揺して、なにを言っているのか、自分でもわからなくなっていたが。
そこに、天誠が。笑顔ながら、冷静に口をはさんだ。
「泉で落ち合うのは、常々、危険だと思っていたんだ。あそこは、将堂の龍鬼がたまに現れるし。将堂側に近い位置だから。俺と紫輝が一緒にいるところを、誰かに見られたくない」
紫輝は、自分たちが置かれている状況の悪さを考え、暗い気持ちで視線を落とす。
紫輝は将堂の龍鬼で。
天誠は手裏の幹部だ。
互いに軍の中枢にいる間は、ともに暮らせないと、紫輝は天誠に教えられていた。
軍を抜けることは、大罪人として一生追われることを意味しているからだ。
でも、この戦さえ終わらせられれば。みんなで暮らせる。
敵味方なんて、関係なく。家族で。幸せに。
そのために、今は離れている。
紫輝と天誠とライラで、戦の終結を目指しているのだ。
「まだ、みんなで暮らすところまでは、いけない。お互いに、軍の目が光っているうちは…」
天誠は紫輝の手を取り、優しく握りしめる。温もりで、紫輝の手を包み込んだ。
「ここは、俺たちが戦場に来るタイミングが合ったときだけ使用する、仮の住処だ。でも、俺たちの家に違いない。喜んでくれるか?」
「当たり前だろ。こんなすぐに、みんなで暮らせるなんて、想像もしていなかったから、びっくりしたんだ。嬉しいよ。嬉しいに決まってる」
素直な気持ちを口にして、紫輝は天誠にギュッと抱きついた。
「いつも、一緒にいられなくても。こうして、俺たちだけの居場所があるっていうのが、なんか、安心するじゃん?」
「中に入っても、そう言ってくれるかな? さぁ、兄さん。新居を案内するよ。来て」
天誠は馬に乗せていた、あの、なんでも出てくる黒マントから、ランプを取り出し。火をつける。
引き戸を開け、入り口から、ランプが設置してある五ヶ所ほどに、どんどん火をつけていく。
すると、夜でも明るい室内になった。
紫輝は、家の敷居をまたいで、中に足を踏み入れた。
入ってすぐのところは、土間で。左手に台所があり。小上がりの座敷は、二部屋の板の間。囲炉裏もあるみたいだけど、夏なので蓋が閉じてある。
そこまでは、ほぼ、眞仲の家と同じ間取りだった。
なんか、懐かしい。
早速家に上がり込もうとするライラのピンクの肉球を、手拭いで拭く。
さぁ、どうぞ。
自分もブーツを脱いで、新居に上がった。俺たちの家…感動するなぁ。
「あらぁ。いいわねぇ。こっちにも、なにかありそうね。なにかしら?」
ライラは、入って左手の突き当りにある壁を、興味津々で見やる。
「お目が高いですね、お嬢様。ここは…」
ライラの言葉を受け、ババーンと天誠が引き戸を開ける。
小さめの部屋の向こう側が、野外に繋がっているが、これは…。
「露天風呂っ」
紫輝が、瞳にハートマークを映し、叫んだ。
しかし、ライラは。いや~んと泣いた。
「あたしは、おふろには入らない生き物なの。そういうものなのっ」
さっさと回れ右をしたライラは、風呂から一番遠い部屋に移動し、そこで丸くなって寝た。
ライラそっちのけで、紫輝は大興奮していた。
だって、風呂は。眞仲の家で入ったきりなんだ。
あったかいお湯が、恋しかったんだよぉ。
露天風呂といっても、温泉宿みたいに大きいものではない。でも、天然の大きめの石を組み合わせて作られた、ちゃんとした風呂だった。
風呂の向こう、家の周囲は高い樹木に覆われていて、人目にはつかない。
浴槽に湧水が流れ込むよう、菅が引き込まれていて。風呂からあふれた水は、湧水が本来染み込んでいくべき場所に流れていく。
地下に落ちているのかな。なんで水たまりにならないのかは、謎だ。
「すごいよ、天誠。お風呂作っちゃうなんて…俺の弟がスパダリすぎて、ヤバいんですけどぉ」
「湧水の通路を少し動かしただけだ」
紫輝は風呂に手を入れて、パシャパシャした。
「なんで、あったかいんだ?」
「熱湯で温度調節しただけだ。少しぬるめだが、夏だからいいだろう」
「入って…いい?」
この世界に来て、龍鬼だという理由で、風呂の使用を許されなかった。
龍鬼に水を汚染される、と責められ続けていたから。
なので、みんなにみつからないように、手拭いを水で濡らして拭いたり。こっそり泉に来て、冷たい水で体を洗っていたのだ。
そんな意識が残っていて。紫輝は恐る恐る、天誠にたずねた。
「当たり前だろ。兄さんに喜んでほしくて、作ったんだから」
お許しが出て、紫輝はぱぁっと、明るさ輝く笑みを浮かべた。
さっそく、うきうきと、軍服を脱ぎ始める。
天誠はそんな紫輝を、慈愛の眼差しでみつめつつ。脱衣所の扉を閉め。自分も服を脱ぎ始める。
裸になった紫輝は、浴槽に足を入れるべく、縁の大岩をまたぐ。
深さはそれほどなく、座った状態で、湯が胸の辺りにくるくらい。
底には、座っても痛くないよう、すのこが沈められている。
テレビで見た、秘境の天然温泉みたいだ。
とにもかくにも…お風呂、癒されるぅ。
「気に入った?」
隣に入り込んできた天誠に聞かれ。岩に背をもたれかけ、紫輝は風呂の中で足を伸ばすだけ伸ばして、リラックスした。
「気に入った、なんてもんじゃない。涙出そうだよ」
空を見上げれば満天の星、天の川が綺麗に見える。
ランプの灯火が、天誠の姿をオレンジ色に浮かび上がらせ。
湧水がしたたり落ちる水音も。夏の虫の声も。なんて、風流で、贅沢な空間なんだっ。
「どっぷり浸かりたいって、言っていたもんな」
「あ、それも聞かれていたか」
天誠には、ライラを通じて。紫輝の動向がバレバレだった。
「俺も、龍鬼扱いだったときは。風呂が一番、難儀な問題だった。だから、つらさはよくわかるよ」
天誠は、紫輝の伸ばした足を取ると、指で、紫輝の足の裏を洗いながらモミモミし始めた。
「あぁ、やべぇ。気持ち良い…でも、足は汚いから。いいよ」
「兄さんに、汚いところなんかない。さっきも、風呂に入っていいかなんて聞いてきて。この世界のくだらない常識に、ずいぶん毒されているんじゃないか?」
そう言って、天誠は紫輝の足の裏にチュウした。
その、くすぐったい感触に、ひぇってなる。
確かに、紫輝は。己が龍鬼だということについて、過敏になっていた。
今までは。紫輝は、龍鬼として振舞っていながら。差別は受けても、自分は龍鬼じゃないからと思って、まだ他人事のような気分だったのかもしれない。
だが、自分が正真正銘の龍鬼だとわかり。忌み嫌われる存在だということを、廣伊や堺の過去話を聞くことによって、肌で感じてしまったりして。
改めて、龍鬼って大変だと思って。疲れてしまったわけだった。
「かも。なぁ、今日は、眞仲って呼んでいい? なんか、甘やかされたい気分なんだ」
「いいけど。なにかあったのか? 紫輝」
天誠はすぐに、二十五歳の大人の顔つきになって。紫輝と呼ぶ、眞仲モードになった。
紫輝も。思う存分、甘えモードになって。岩から背を起こして、眞仲の肩に頭をもたせかける。
「今日はいろいろあったんだよ…」
紫輝は。今日の顛末を、眞仲にぶっちゃけた。
金蓮が、堺や廣伊を嫌っていること。
それが、藤王という龍鬼が、行方不明なせいの、とばっちりであること。
金蓮に、護衛の任務をもらいそうになったけど、断ったこと。
売り言葉に買い言葉で喧嘩みたいになったけど、赤穂が間に入ってくれたこと。などなど。
「なんか、将堂の情報がダダ漏れで、大丈夫か? 一応、俺。手裏の幹部なんだけど」
「幹部の前に、俺の弟だろ。終戦に向かうためには、お互いの情報を知っていた方が良いと思うし。俺はまだ、よくわからないことが多いから、眞仲に全部任せるつもりで、全部話してんだけど…ダメか?」
「ダメじゃない。信頼してくれて、嬉しいし。絶対に、紫輝の信頼を裏切ったりもしないよ」
眞仲は紫輝の肩を抱いて、ギュッとした。
濡れた手で、髪を掻き上げるから。眞仲の額があらわになって。彼の端正な顔が、吐息を感じる距離にあって。ドキドキする。
その額と、紫輝の額を合わせて、グリグリもする。
眞仲は、額をごっつんこするのが好きだと思う。
「紫輝が早々に、将堂の上層部と顔を合わせたことは、驚きだが。できれば。金蓮との接触は避けてほしい」
「眞仲の言うとおりにする。それに、俺は将堂の底辺、あっちは頭。会いたくたって、もう会うことなんかないと思うけど?」
「だったら、いい。紫輝が金蓮に傷つけられるなんて、許さないから」
ごく至近距離で、耳をくすぐる甘い声で囁き。眞仲が、紫輝の唇をついばむ。
チュッ、チュッと、音を立てるバードキスから。しっとりと唇を潤す、ディープなキスに移っていった。
「待って、眞仲。俺、今日、龍鬼として、いろいろ考えさせられて…まずいこと思いついちゃって…」
「まずいこと?」
未練ありげに、紫輝の柔らかい唇を舌先で舐めていた眞仲は。仕方なく、話す状態に整える。
そうは言っても、胡坐をかく眞仲の上に、対面で紫輝を乗せる、距離感ゼロの体勢だが。
眞仲の方が座高が高く、いつも紫輝を見下ろさなければならないが。この体勢だと、目の高さが紫輝と同じになる。
紫輝を近くに感じられて、嬉しいから。眞仲はいつも、紫輝を膝に乗せてしまうのだった。
「俺…エッチしちゃったあとで、龍鬼だって教えてもらっただろ? だから。今更どうにもできないんだけど。龍鬼って、うつるって言われているじゃん? それで、忌み嫌われてるっていうか。でも眞仲は、本当は龍鬼じゃなくて、立派な翼があって、手裏の幹部で…俺と深く関わると、将来とか…子孫に影響が出るんじゃないかって…」
眞仲のことを心配して、紫輝は真面目に言い募るのだが。
眞仲は。紫輝が言い終わらないうちから、肩を震わせて笑っていた。
「くくくっ、なにそれ。ツッコミどころ満載で、どこから訂正すればいいのやら」
紫輝は、眞仲の将来の邪魔になったかもしれないと思って、真剣に案じているのに。
笑われて。
どうしたらいいのかと、眉尻を情けなく下げた。
「まずひとつ目。俺は、紫輝が龍鬼だとわかっていて、関係を持った。だから紫輝が責任を感じる必要は全くない」
紫輝が龍鬼でも、なにも気にしていないと証明するかのように。眞仲は紫輝の唇を唇で柔らかく包み込み、舌を絡める、深くて甘露なキスをした。
「二つ目。龍鬼はうつらない。龍鬼に触れると、子孫に龍鬼が出るなんて噂は、間違いだ」
「俺も、それぐらいでうつったら、龍鬼は戦場にいることが多いし、そこで遭遇した人みんなが、対象になるわけだから、龍鬼であふれちゃうよって…千夜に言ったことがあるんだけど。でも、俺のわからない可能性もあるだろうから、絶対うつらないとは言い切れないかなって…」
「俺たちは、文明も医療技術も発達した時代に育ったから、紫輝もある程度、察していると思うが。今、紫輝が言ったように、接触感染、空気感染も、あり得ない。龍鬼の数が少なすぎるからな。さらに、遺伝子情報は、生活上の接触ではうつらない」
頭の良い眞仲に断言してもらうと、心強くて。紫輝は、もう、かなり安心していた。
「俺も、龍鬼だと蔑まれていたとき。この世界の、理不尽なクソ差別が腹立たしくて。龍鬼ってのはいったいなんなんだって、独自に研究したことがあるんだ。龍鬼は、おおよそ二十年周期で、二、三人生まれ出でるようだ。現在確認されている龍鬼は、俺を含め五名だが。俺は羽がなかっただけで、龍鬼ではないし。紫輝も、本来なら現在六歳。今、活躍している龍鬼たちと、同じ年代の生まれではない。つまり、龍鬼が増加したとは言えず。やはり二十年に二、三人しか生まれないという規則性があると、仮定できる」
ほぇぇ、と。紫輝は、眞仲に感心する。
龍鬼を研究だなんて、すごい。
金髪のマッドサイエンティストの龍鬼が、紫輝を研究材料にした。なんて、仮の話でしたけれど。
まさか、マジで。眞仲が、龍鬼を研究していたとはっ。
「この時点で、俺は、遺伝子レベルの突然変異説を、結論づけたいのだが。龍鬼がうつると声高に叫ぶやつがいるから、その方向性も探ってみた。うつるとするなら、病原菌やウィルスなどの感染が、思い浮かぶ。二十年周期を考慮すると、普段は発症しない程度の、極弱い病原体が、ある時期に異常発生する、なんて考えられるが。龍鬼が生まれる地域には、偏りがなく。むしろ点在しているので。病原菌説はなさそうだ」
「そうか、原因が発生した地点を中心に、広がっていかないと、仮説が成り立たないんだね?」
紫輝の問いに、眞仲はうなずく。
可能性を提示し、それを自分で否定する行為を、眞仲は繰り返していった。
「ウィルスは、龍鬼の数が少なすぎるので、なしだ。たとえば、感染症ではない病気だったら。途中で治って、能力が消えたり、翼が生えてきたり。そんな事例があっても、おかしくないだろう? だが、そういう話もないんだ。龍鬼は、龍鬼として生まれ。龍鬼のまま、死を迎える。つまり、性質や能力が、生まれつき備わっていると考えられる」
「以前の世界でも、感染症って、どんどん患者数が増えていって、大変だったもんな? 龍鬼がうつるものなら、龍鬼の人数が増えていかなきゃ、やっぱ、おかしいんだよ」
うんうんと、うなずき合い。
ふたりの中で、龍鬼感染症説は確実になくなった。
「あと、考えられるのは、遺伝だ。だが、それもほぼ、あり得ない。世間の差別感情が強すぎて、ほとんどの龍鬼が結婚まで至らないからだ。子孫が残っていないのだから、遺伝子も受け継がれていないはずだ」
「…あの、兄弟で龍鬼って人が、そばにいるんだけど」
「兄弟は、遺伝子配列が似通っているから、そうなる可能性は高いだろう。でも、龍鬼が出やすい家系というのは、ないみたいなんだ」
眞仲は、ひとつ、息を置いて。学者のような顔つきで、話を続けていった。
「これは憶測だが。鳥の遺伝子を組み込んで人類を存続させた、三百年前。ランダムに突然変異が生まれるよう、遺伝子操作されているんじゃないか? 意図もわからないし。完全に、推測の域を出ないが」
「翼のない人間が暮らせるか、試したんじゃね? なんてな」
紫輝は、軽い感じで言ったのに。
おぉと唸った眞仲は、真面目な表情でうなずいた。
「なるほど。昔の人間は、翼がないのが当たり前だったから、翼がないことで迫害されるなんて思いもしないで。龍鬼が子孫を残し、徐々に数を増やし、いずれ翼のない人間の世界に戻ることを、想定した…あり得るかもな?」
眞仲は難しい顔で、頭の中を考察でいっぱいにしているが。
紫輝はひとり、どきどきと胸を高鳴らせていた。
期待した瞳で、眞仲をみつめる。
「じゃあさ、つまり…龍鬼はうつらない。一緒にお風呂入っても、ベロちゅうやムニャムニャしても、眞仲に影響はないってことだよね?」
セックスのことを、濁してムニャムニャという初心な紫輝が、ヤバ可愛くて。眞仲はクスリと笑ってしまった。
「なんでも、絶対はない。でも、俺はそう思う」
「いいんだ。眞仲が、そう思っているんなら」
嬉しさを表すように、目の前の眞仲の首に腕を回し。自分から眞仲の唇にキスした。
以前の世界ではこうでした、というような話を。この世界ですることはできないし。
龍鬼である紫輝が、龍鬼はうつらないと声高に叫んだところで、世間が耳を貸してくれるわけもないのだが。
それでも。
眞仲や千夜に触れるとき、紫輝の方がビクつくというか、遠慮するようなことがあった。
あまりにも、人から避けられ。ばい菌のような扱いをされるから。自分が本当に汚いもののように感じてしまって。触れても気にしていない人にまで、触れたらいけないような気がしていたのだ。
配慮、という名の恐れだった。
事実、人の目があるところで、紫輝は千夜に触れるのを自粛している。廣伊もそのように気を配っているので、それに倣っているのだ。
千夜のことが、好きだから。
紫輝は、紫輝が龍鬼だからという理由で、紫輝の友達である千夜が、疎外されるのは嫌だった。
自分と親しくしてくれる友達だから。大事にしたい。
つい半年前、以前の世界にいたときは、全く考えていなかった、友達の距離。
それを今は、ものすごく繊細に考えなければならなかった。
自分のせいで、親友までいじめにあってしまう…そんな感覚と似ている。
紫輝は眞仲にも、配慮という名の恐れを持っていた。
そんなことはないと、思いつつ。もしも、噂通りに龍鬼がうつってしまったら。
それで、眞仲の将来の可能性が狭められたり、迫害を受けたりしたら、どうしよう。
そんな考えを持っていた。
弟と顔を合わせると、つい嬉しくて、抱きついてしまう。
でも、同じ湯に浸かるのは、心配してしまう。大丈夫なのかなって、思っちゃうのだ。
でも今、百パーセントじゃなくても。ふたりで考え。龍鬼はうつらないって結論に行きついた。
それは、紫輝が眞仲に触れても。一緒に生活しても、影響はないということで。
眞仲に思いっきり甘えても良い、ってことだ。
「紫輝。俺はまだ、ツッコミの最中だ。三つ目。俺の子孫って、どういうことかな? 紫輝は俺が、紫輝以外の誰かと結婚するとか、子供を持つとか、思っているのか?」
今までは、甘やかすような優しい声で話していた眞仲が、地を這うような低音でたずねてきた。
そんな、地獄から響いてくるような声、出せるの?
怖い…つか、激おこですね?
紫輝は慌てて言い訳した。
「そうじゃない。でも、絶対はないんだから。眞仲はモテるだろうし。俺は、眞仲の未来を、邪魔したくないだけなんだ」
「ふーん、今日は眞仲として、紫輝のことをデロデロに甘やかしてやろうと思っていたが…紫輝、眞仲は優しいばかりの男じゃないぞ?」
がぶっと、噛みつかれる勢いでキスされ。怖くて、涙出そうになる。
でも、この眞仲の怒りは、受け止めなきゃならない、彼の愛情だとわかっている。
「この世のすべての者が、俺に恋したって…俺は紫輝を選ぶよ。俺のこの想いを、二度と疑うな」
眞仲に深くくちづけられ、舌を絡められる。
口腔を蹂躙する、荒々しい彼のキスに、ついて行けず。紫輝はすがるように、彼の長い黒髪を握り締める。
「ごめ…眞仲、怒った? 怒らないで…だって、俺、眞仲が大事なんだ。誰よりも、幸せにしたいから」
涙目で、弟の幸せを願う兄が、いじらしい…。
眞仲は、自分の愛情をあなどる紫輝に、怒っていた。
優しく、穏やかに、甘く、包み込むように…己の愛情はそんな生易しいものではないのだ。
自分と紫輝の仲を引き裂くものは、人でも、龍鬼という概念でも、許さない。
なにもかも蹴散らしてやる。そんな、暴力的で苛烈な愛情。
それを前面に出したら、紫輝が怖気づくから。オブラートに包んでいるだけなのだ。
けれど、自分を心配して、大事にして、幸せにしたいと泣く、この可愛すぎる生き物に。怒りを向け続けることなんか、できはしない。
できるものかっ。
眞仲は再び、大人な男の仮面をかぶり。目尻にたまる紫輝の涙を、気高い魂の欠片をいただくような神聖な気持ちで、そっと舐め取る。
「馬鹿だな、紫輝。俺を絶対ひとりにしないと…つないだこの手を離さないと、言ってくれただろ? それでいいんだ。俺の、唯ひとりの恋人として、俺のそばにいてくれ。紫輝、それが俺の幸せなんだ」
腰を支えている眞仲の手が、臀部を揉んで、後孔に指が入り込む。
性急に求められているのを感じ、紫輝は戸惑うが。
眞仲の行為を止める気もなかった。
だって、眞仲が欲しい。
自分の存在が、眞仲の邪魔になるのでは? 邪魔になりたくない。なんて。ぐじゃぐじゃ考えたけど。
心の奥底には、眞仲に手を伸ばす、欲望に忠実な己がいる。
その己が、叫んでいるのだ。
龍鬼だから何? 男同士も兄弟も、どうだっていいじゃん。眞仲が欲しいんなら、とっとと手を伸ばせよ、と。
だから紫輝は、己の本能に従い。がっつり、眞仲を掴みにいった。
「そばにいる。眞仲のことが、好きなんだ。ずっとそばにいさせて。好き。眞仲、大好き…ん」
致命傷並みの、紫輝の大好き攻撃に。眞仲は、目がくらみそうになり。
己の心臓を止めかねない言葉を吐く、その小さめな口元を覆うように、食らいつく。
紫輝の唇は、自然な色づきで、健康的で、少しぽってりとしていて。キスがとても気持ち良い。
いつまでも味わっていたい、極上のごちそうだった。
ただ、己の高ぶりが、すでに天を向いている。
先ほどの、極悪攻撃の余波が、響いているのだ。
もう、すぐにでも、紫輝自身を食らいたくて、たまらなかった。
紫輝の後ろは、すでに、二本の指でほぐしている。
初めて抱き合ったときから、紫輝の蕾は、眞仲の指を拒むことなく、花びらを一枚一枚、柔軟に開いてくれた。
この蕾の柔らかさが、紫輝が己を受け入れている証のようで。眞仲は嬉しい。
己の剛直で貫いても、紫輝の蕾は散らされない。己を優しく包み込み、最上の快楽へと導いてくれるのだ。
その期待に、胸が満ちる。
眞仲は紫輝から指を抜き、彼の足を持ち上げて、切っ先を蕾に押し当てた。
「紫輝、いいか?」
首にしがみつく紫輝が、こくこくとうなずく。
恥ずかしそうに、頬を赤く染め。でも上目遣いで、黒い瞳を欲望をにじませているのが、色っぽい。
いつもは無邪気で、元気で、まだまだ子供っぽさがあるが。
己を欲しがる、なまめかしい紫輝を目に映せるのは、眞仲だけの特権。
ゆっくりと、紫輝の腰を下ろしていき。己を紫輝の中へ埋めていく。
剛直が隘路を進んでいく感覚に、紫輝があえぐ。その顔を、つぶさに見やるのも…己だけの特権だ。
「あ、おっき…眞仲の、おっきいぃ」
それは、反則です。
半開きの唇から飛び出した弾丸に。またもや、殺られそうになり。眞仲は思わず、羽をびくりと揺らした。
湯が跳ね上がる。
「まだ、おっきくなる? も、俺、全部、眞仲になるよ」
「紫輝、紫輝、いい子だから。ちょっと黙ろうか」
暴発しそうになるのを、気力でこらえ。眞仲は深呼吸した。
いくらなんでも、早すぎる。
それにしても、紫輝の口撃は、破壊力がありすぎだろ?
眞仲は、紫輝の中に己を挿入したあと、あまり動かず。くちづけを堪能した。
紫輝の口の中で、己の舌先と、紫輝の舌先が、遊び戯れる。
くすぐるようにすると、フッて、鼻息を漏らすから。紫輝はキスが好きなんだと思う。
口中を、舌でかき混ぜる。そんな微かな振動でも、下半身に響くので、もちろん気持ちが良いが。
紫輝も、後孔をひくひくさせ、剛直の存在を感じて身悶えているから、イイのだろう。
彼の後頭部を右手で支え、左手は臀部を揉みながら支え、徐々に動きを加えていく。
すると紫輝から、こらえきれない、艶やかなあえぎが漏れ始める。
「ふ、ん、ん…んぁ、ふぁ…あ」
キスをほどかぬまま、頭を支えている手の薬指で紫輝の耳をくすぐる。
親指は、紫輝の左耳近くに。薬指が、紫輝の右耳の際に届く。
つか、兄さん、頭ちっさ。
「眞仲…手、でっか」
同じこと考えてるとか、紫輝、可愛い。
そして唾が糸引いたまま、赤ピンクの舌が見えてて、エロッ。
「眞仲、も、動いて…ジンジンして、ん、俺…んぁあ」
じゅくじゅくに熟している紫輝を突き上げて、燃え上がらせたいが。
まだ焦らしたい。
「紫輝、達するときは『イく』って、ちゃんと俺に言わなきゃダメだよ?」
「え、や、だよぉ…恥ずかしいじゃん」
紫輝は頬を染めて恥じらう。
ちょっと吊り気味の目の際が、赤くなって、すごく色っぽい。
眞仲がこめかみや目尻を舐めると、紫輝はどこを触られても感じちゃうというふうに、ピクンと震えた。
なんで、こんなに可愛くて色っぽい紫輝の容姿を、けなす者がいるのか…本当に理解できない。と、眞仲は思うのだった。
「お湯の中で、精液、お漏らししちゃったら、紫輝が恥ずかしいだろうと思ったんだけどな? イくとき俺に知らせてくれたら…なんとかしてあげるから」
「そ、そうか。うん。じゃあ…言う、な?」
自分ちの風呂でなにしようが、どうでもいいんだけど。
お漏らしとか、恥ずかしいとか言って、羞恥を煽れば。紫輝は従ってくれると思い。誘導した。
だって、見たいじゃないか。
切羽詰った声で、イくって啼きながら達する、兄さんを。
「じゃあ、ゆっくり動くよ。今日は眞仲だから、優しく、甘やかしてあげるからね」
両手で紫輝のお尻を持ち、腰を入れると、焦らされた紫輝は、んぁっと可愛く啼いた。
うん。快楽に、身も心も満たされた、完熟の果実だ。
小刻みに紫輝を突き上げると。風呂の湯が、ちゃぷちゃぷと波立ち。その水音が、更に欲情をそそる。
「紫輝、いい? 痛くない?」
わかっていることを、眞仲はあえて聞く。
紫輝の口から、淫らな言葉を引き出したいから。
「あ、あ、ん…い、いい。眞仲ぁ、気持ち、い…」
両手で、紫輝の臀部の角度を微調整しつつ、眞仲は紫輝の良い部分を執拗に責めた。
目の前で、卑猥なリズムで揺さぶられる紫輝が、己の与える刺激に陶酔している。
半開きの唇が、濡れて、いやらしかった。
「っあ、そこ、ゴリッて、しないでぇ」
「どうして? ここ、良いんだろ? 紫輝の良いところ、いっぱい擦ってあげないと」
「良すぎ…だから。そこ、するの…ダメ、あぁ、ダメぇ」
紫輝の屹立が硬く勃ち、眞仲の腹に当たる。腹筋に力を入れ、紫輝の先端にわざと擦りつけた。
「エロいな、俺の腹で擦って、ひとりで気持ち良くなっちゃって」
「こ、擦って、ない。当たっちゃう、だけ。だって、眞仲が、眞仲がぁ…中、ゴリゴリってするから、も、俺…」
眞仲はピタリと動きを止め、紫輝の屹立を握り込んだ。
「あぁ…今、触っちゃ…」
眞仲の指先が、紫輝のモノを、根元から、血管の筋をたどって、茎をなぞり上げる。張り出した部分を親指で丸く撫で、時折、鈴口をかすめるようにくすぐる。
すぐそばまできている射精感に、紫輝はブルリと震えた。
「俺は…なに?」
「眞仲、俺、イ、く、も…イきそう」
紫輝はガバッと眞仲の首にしがみつくと、耳元に囁いた。
「も、優しいの、やだ。眞仲ぁ、もっと動いて。奥、ごんごんって、して」
心よりも先に、眞仲の黒い翼が反応し、ブワッと羽が広がった。そして欲望のままに、眞仲は紫輝を激しく突き上げた。
「いいよ? 紫輝の望みどおり、奥、ごんごんってしてやる」
紫輝は、体の奥の突き当りまで、眞仲のすべてを受け入れたことに、満ち足りた心地だった。
荒っぽくされても、最奥をズクズク突かれても、それが欲しかった。
「眞仲、して。眞仲の、全部、欲しいっ」
「俺の、全部? じゃあ、紫輝が孕んじゃうくらい、いっぱい中に出してやる」
しがみついていないと、どっか行っちゃいそうなくらい、上下に揺さぶられるから。
紫輝は、眞仲の胴に足を巻きつけ、眞仲にもたらされる淫蕩な責め苦を、こらえた。
そして、急速に燃え上がり、突き抜けて、高みに放り出される。
「ふぁ、イく。あ、あ、あ…も、眞仲、イくっ」
ドクンと大きく心臓が鳴って、紫輝は勢いよく精を飛ばした。
だが、まだ眞仲の突き上げは続いている。
「ん、イった、眞仲、も、イったからぁ」
「ダメ。紫輝、いい子…いい子だから、もう少し、な?」
揺さぶりながらも、あやすように言われ。
紫輝はなんだか、自分が我が儘を言っているような気になって、せつなくなる。
「ん…うん。わかった、からぁ…眞仲、イって…ね、はやくぅ」
「ふふ、でもなぁ…気持ちいいから、ずっと、このままにしようか?」
「やぁ、変になるぅ。イって…眞仲ぁ、いじわる、しないで、イって、あ、あ」
「はっ…イきっぱなしの中、ずっと、びくびくしてて、すげっ、イイ」
穏やかで、優しげな眞仲の顔が、ワイルドにニヤリと笑う。
その顔に、紫輝の胸がきゅんと高鳴る。
ギャップ? 自分にだけ見せる表情に、優越感?
あぁ、なんでもいい。
達している中を、あっつい剛直に抜き差しされて。
また、くる。ぶわって、くる。
「あぁ…眞仲ぁ、いい、やぁ、も、イっちゃ…また、イ…ちゃぅ、んんっ」
再び、ビクンと大きく体を揺らし、眞仲のモノを後孔で強く締めつけた。
同時に、彼も精を放つ。
体の奥に熱い精を叩きつけられ、その感触に、放心するほどの悦に入る。
激しすぎて、まだ息も整っていないけど。
紫輝は眞仲と、甘い甘いくちづけを、交わし合った。
「あぁ、可愛かった。後ろだけでイけたね。すごく上手だったよ、紫輝」
キスとキスの合間に、唇をつけたまま囁かれ。紫輝はその高等テクニックにメロメロになった。
「精液ぃ、いっぱい漏らしちゃった。ごめんな」
「馬鹿、馬鹿。これ以上可愛いこと言うな。いい加減、殺意を感じるぞ」
言葉の脈絡が、紫輝には理解不能で。頭にハテナマークが浮かんだ。
でも、失態がチャラなことは、わかった。
「結婚も子供も興味ない、紫輝だけいればいいって、思っていたが…紫輝が孕んで、俺の子供産むのは、アリだな」
「眞仲の、赤ちゃん? 俺も欲しいな。俺と、眞仲の赤ちゃん」
情事のあとの気だるさの中、ちょっと舌足らずな感じで、紫輝が言うから。ギュンとみなぎった。
「え、硬く…なんで? 今の話で、なんでまた、おっきくしちゃうんだよ?」
「紫輝、赤ちゃん欲しいんだろ? 奥に、いっぱい精液注いでやるから。な?」
「な? じゃねぇよ。男なんだから、赤ちゃんは無理ぃ」
「大丈夫。龍鬼だから、なんとかなる」
「あ、あ、な、ならないよ…たぶん。つか、のぼせるしぃ…」
龍鬼のメカニズムが、いまいちよくわかっていない紫輝は。あやふやな気持ちのまま、また眞仲に挑まれて。翻弄されてしまう。
とにもかくにも、優しい大人キャラなはずの眞仲は、もう止まらなくなった。
紫輝が泣きを入れるまで、貪ってしまったのだった。
紫輝たちは、作戦指令室を出た。
堺は、幹部の仕事をするということで、屋敷の前で別れて。
紫輝と廣伊は、仕事を終えた二十四組が集結する広場に向かうため、樹海の中を歩いていた。
紫輝は、廣伊の少し斜め後ろを歩く。いつもの、千夜の位置だ。
廣伊は紫輝と身長がほぼ同じなので、なんか、落ち着く。
この世界に来てから、知り合う人たちは、なんだか、みんな背が高いから。いつも見上げていて、首が痛い。
いや、自分が小さいわけではない。やつらがでかいのだ。
「あのさ、廣伊。さっきの話、聞いてもいい?」
指令室で話した、アレが、紫輝は気になっていた。
いわゆる、廣伊の失脚話なんだけどぉ。
「さっきの話? あぁ、堺が謝っていた、あれか?」
「そう、あれ…」
「たいした話ではないのだが…広場に戻るまで暇だし。紫輝にも関係あるかもしれないからな」
そう言って、廣伊は昔話を始めた。
両親が死んだことで、存在が明らかになった廣伊は。十三歳のとき、村人によって将堂軍に売り飛ばされた。
そして、すぐに初陣を飾る。
龍鬼ではあるが、戦場で使える能力は皆無。なので、身体能力一本で成り上がるしかなかった。
俊足で、剣技がずば抜けていたので、なんとか生き残れたのだ。
同じ龍鬼のよしみで、藤王にも目をかけてもらった。
村人から暴力を受けていた廣伊は、龍鬼にはありがちの人間不信に陥っていたが。
龍鬼でありながら、才知に優れた働きを見せ、みんなの信頼を得ている藤王を見て。廣伊は、龍鬼でも人々と心を通わせられるのだと知った。
藤王に心酔し、心を開いたのだ。
そうして、藤王の力添えもあり。廣伊は順調に出世し、十五歳で左第一大隊二組組長になった。
廣伊は、叩き上げで、実力があり。藤王の傍らに控えていることも多く、礼儀作法がしっかり身についていた。
そんなところを買われ、右軍幹部候補の教育係にも指名されたのだ。
本来、龍鬼が、将来の幹部の指導をするなど、あり得ない。
みんな、名のある家柄の子息だからだ。
しかし、その幹部候補の中に、堺がいた。
下手な作戦などで、強力な戦力になりうる龍鬼を、食い潰されてはならない。龍鬼の効果的な使い方、戦術などを、伝授する必要があったのだ。
それは、藤王がしても良いことだったが。
藤王と堺は兄弟で、しかも、溺愛気味だ。
指導が偏るのは良くないということで、白羽の矢が、廣伊に立ったというわけだった。
そして、いざ、子弟の前に廣伊は立ったのだが。
そこにいたのは、名家の子息という名の、礼儀がなっていない、クソガキどもだったのだ。
将堂家の次男で、右次将軍の地位で初陣する、将堂赤穂、十一歳。
戦闘の素質があり、戦術や剣技を指南する必要はなかったが。とにかく口が悪く、態度が横柄。
赤穂の補佐に、瀬来月光、十一歳。
月光は緻密な作戦を立てることに特化していて、こちらも技術指南は必要なかったが。赤穂とともに質の悪い悪戯をすることがあり。綺麗な言葉を並べ立てて、言い訳をする。厄介な子供だった。
右筆頭参謀である、麟義瀬間、十三歳。
一見、おとなしく常識人に見えるのだが。彼は、己より強い者にしか、頭を下げない男だった。上官であっても、弱ければ見下していた。
そして右参謀で龍鬼の、時雨堺、十三歳。
藤王に準じ、龍鬼の能力は高く、剣技にも優れている。しかし心が繊細、悪く言えばヘタレで。赤穂の暴言を真に受けて、陰で泣くこともしばしば。
★★★★★
「紫輝、わかるか? 大人を舐め腐る、個性の尖り切ったクソガキどもを、指導した私の気持ちが。先ほど赤穂様は、金蓮様に対し…慇懃無礼ながらも最低限の礼節を重んじていた。あの暴言男を、あそこまでに仕上げた、私の苦労を察してほしい」
「…あぁ」
ともすれば中学生に見える、幼さの残った廣伊の表情が。一瞬、年相応の疲れた顔に見えた。
それだけで、幹部連中が一筋縄ではいかなかったのだと想像でき…心底同情した。
そして、先ほど話していた、堺の事件があった年、二二九三年。
廣伊は十七歳。今の紫輝と同じ年齢だったが、経験値の点で比べ物にはならない。
そのとき廣伊は、左第一大隊の隊長補佐という地位まで出世していた。
左の筆頭参謀であった藤王の、直属の部下という扱いでもあり。これは、家柄のない龍鬼には、破格の待遇であった。
しかし、その地位は。藤王の失踪に伴い、あっけなく瓦解した。
藤王は、将堂軍大将の懐刀という名声と。三大名家と言われた、時雨家という家柄と。正義と平等を重んじる人格で。龍鬼でありながら、高い評価を得ていた。
だが、その藤王がいなくなり。左軍は急速に、元の体質に戻っていったのだ。
左は、家柄や血脈を誇り、希少な我らは尊いと思う気質だ。
その中で、家柄のない龍鬼である廣伊は。居場所を失った。
藤王に目を掛けられていた、というのも。仇になった。
藤王により引き立てられた廣伊に、嫉妬した者たちが、従わなくなったのだ。
つまり、己の力で成り上がってきたと思っていた地位は、藤王あってこその地位…砂上の楼閣だった。
さらに金蓮も。藤王のすぐそばにいた廣伊が、彼の失踪を止められなかったことに怒り。視界に入らない場所、右軍に異動させられたのだった。
「それから、ずっと二十四組にいる」
「嘘でしょ? 金蓮、マジ、あり得ねぇ…」
藤王にゆかりのある者、排除しすぎ問題。
つか、そんな理由で、廣伊は出世できないわけ?
「金蓮、さま、な」
大将に様をつけない、紫輝を。軽くたしなめて、廣伊は話を続ける。
「まぁ、先ほど堺にも言ったように。私には右軍の方が、水が合っている。家柄、経歴問わず、戦闘力が高い者が成り上がれる、というところが。イイ。龍鬼が差別されるのは、どこでも変わらないしな」
「なるほどな。俺は。入軍して、すぐ廣伊に会えたのはラッキー…幸運だったっていうか。廣伊が右軍にいてくれて、良かったって思っているよ?」
紫輝は廣伊に、とっても明るい笑みを向けた。
金蓮の我が儘がなければ、左にいたかもしれない廣伊には、まだ出会えていなかったはず。そうしたら、もっと厳しい日々が、紫輝を待ち受けていたことだろう。
廣伊もつらかっただろうけれど、今、右にいることに不満はなさそうだし。入軍してすぐ廣伊に出会えた、この巡り合わせには感謝したい気持ちだった。
「で、今の話の中で、俺に関係ある場面って、あったっけ?」
首を傾げたら、かなり強めの拳骨が、紫輝の頭上に振り落とされた。
「おまえの礼儀作法が、クソだから。あの幹部連中が、泣いて許しを乞うたという私が、一から叩き込んでやるって意味だよ!」
その日、猫の断末魔が。樹海に響き渡ったという噂が、流れたような、流れなかったような…。
★★★★★
二十四組の集合場所である広場に戻ってきた紫輝は、廣伊に鉄拳制裁されながら、礼儀のイロハを教育されていた。
一班班長の上条が、それを苦笑しながら、みつめている。
千夜たちは、まだ巡回から帰ってきていない。
「上官には丁寧な言葉遣い、敬う気持ちを持って、頭を下げるべし。敬えない相手だったら、どうしたらいい?」
紫輝がたずねると、まず廣伊の拳が飛んでくる。
避けても受け止めても良い、と言われているので。紫輝は華麗に受け流した。
体術の訓練をしながら、礼儀作法を学ぶみたいな感じ。
体を動かしながら勉強すると、身につきやすいとか言うけど…そういうことなのかな?
「敬えない相手でも、上官なら頭を下げる。それが礼儀だ」
「でも、敬えない上官に無理難題言われたら、無理なんですけど」
言葉の切れ目に、パンチやキックが飛んでくる。
廣伊の息は全然乱れていないし、ものすごく加減されているのがわかるから。
それはそれで、腹立つぅ。
「なんでも、唯々諾々と従え、という意味ではない。丁寧な言葉で頭を下げておけば、断る場面でも、それほど角が立たないだろうが。礼儀は、処世術だっ」
強めのキックがきて、紫輝は両腕で受け止めたけど。
力が強くて吹っ飛んだ。
受け身を取って、地面でごろんとひと回り。地べたに座り込んだ紫輝を、廣伊は見下ろした。
「おまえ、入軍当初は、今より礼儀正しかったのに。千夜のところで気をゆるめすぎたか?」
この世界に来たばかりの頃、紫輝は嫌われないように気を張っていた。
明るく、元気に、仕事はコツコツ丁寧に、やるべきことを真面目にこなす。
それでなくても、龍鬼ということで、マイナススタートだから。いわれなく殺されないよう、無害ですよアピールをしてきたのだ。
ずっと、緊張感があった。でもこの頃は、それほどピリピリしていなかったかもしれない。
それは、千夜のところでゆるんだのではなくて。
天誠と再会したからだ。
安心したのだ。なにがあっても、天誠と一緒なら生きていけるって。
心の拠り所がしっかりしたから、軸がぶれなくなったというか。
精神的に、天誠、眞仲、この頼れる相手に心を預けていて、本来の自分より、少し甘えてしまっているのかも。
これは、いけない。と、自分でも思う。
まだ、天誠とライラと、三人で暮らす目途が立っていないんだから。
気をゆるめ過ぎたら、目標達成への道のりが遠くなるではないかっ。
「わかりました、組長。これからは心を入れ替えて、頑張ります」
立ち上がって、シカッとした目を向ける紫輝に、廣伊は小首を傾げた。
「…あぁ。急に、どうした?」
「廣伊が言うように、確かにこの頃、ゆるゆるだったなと思って。初心を取り戻そうかと」
「良い心掛けだ。だがそんなこと言って、おまえ幹部連中に、タメ口ではないか?」
またもやパンチが飛んできた。それをひとつ、ふたつと、かわしていく。
「それは、赤穂が呼び捨てにしろって言うから。堺なんか、タメ口じゃなきゃ、髪切るとか言って。脅してきたんだ」
実際はそんな台詞じゃなかったけど。大筋そんな感じのニュアンスだった。
「まぁ、確かに。タメ口許すくらいには、赤穂様に気に入られているんだろうよ。おまえが生きているのが、その証拠のようなものだからな」
珍しく渋い表情に顔をゆがめ、繰り出す拳は止めることなく廣伊が言う。
「赤穂様は気まぐれな方だ。邪気と無邪気を、腹の中で一緒に飼っているような、複雑な性格をしておられる。気に障れば、仲間でも容赦なく剣を振るう恐ろしい方だが。昨日、手討ちになさらなかったあの時点で、紫輝は彼に気に入られたということなのだ」
「え、ウゼ…うわっ」
右足と左足の、二連撃のキックがきた。さすがに受け止められなくて、紫輝は尻餅をついた。
「親しき中にも礼儀あり。幹部にうぜぇは禁止」
「りょ、了解です。で、月光さんは、どういう人なんだ?」
すぐさま立ち上がり、紫輝は廣伊に挑んでいく。
もはや、礼儀の勉強ではなく。体術の訓練がメインになりつつある。
それを上条は、呆れた視線で見ていた。
「瀬来様は、将堂軍設立当初から、将堂家を補佐する名家の出身で。名軍師として名高い。大規模戦闘での作戦は、ほとんど彼が立てている。その手腕を称え、将堂の宝玉と呼ばれている。右側近の地位は伊達ではない」
そんなにすごい人だとは思わず、紫輝は目を丸くした。
本人が、家柄のせいで今の地位についたみたいなことを言っていたし。
紫輝より身長高いけど、細身で華奢だから。赤穂に、ただただ振り回されているんじゃないかって…勘違いしていたのだ。
まぁ、赤穂にツッコミ入れていたから、弱いばかりじゃないんだろうけど。
とにかく、みんなから一目置かれていて。ひ弱そうだが、イジメにもあっていないようで、安心した。
「そうなんだ。俺、赤穂が、あの人をパシリにしてるかもって、ちょっと心配してたんだ」
「パシリがなにか、わからんが。瀬来様は、軍師の仕事に専念なさっていて。今は、戦闘の前面に出ることはないが。おまえより断然、お強いから、なっ」
また強い蹴りがきたけど。今度は受け止めきったぞ。
「まさか。あんな細腕で…桃色なのに」
「色は関係ないだろ。瀬来様は名家の出だから、幼少の頃から、基本の剣術を叩き込まれている。幼馴染みが赤穂様だし。あのふたりは子供の頃からやり合っていたからな、見た目を裏切る、鬼猛者だ」
見た目を裏切る、鬼猛者の廣伊に言われたくないのでは? と紫輝は脳内ツッコミする。
受け止められた足を、廣伊はひょいと下ろし。ひと息ついた。
ようやく、ひと息ついてくれた。
二十四組の兵士が、ぼちぼち帰ってきている。助かった。
「間宮、強くなったなぁ。組長の組み手に、最後まで付き合うなんて。すごいぞ?」
上条に褒められて、紫輝は嬉しくて、照れてしまった。
「あ、ありがとうございます。上条班長」
カモメ血脈の、灰色の、大きめの羽を持つ上条は。実は、紫輝が将堂に入軍して、初めて会話が成立した相手だった。
五班にいたとき、どこへ行って、なにをするのか、誰も教えてくれなくて。まごまごしていた紫輝に。
二十四組のリーダー格である上条が、ここに集合するとか、食堂ではこう振舞うとか、廣伊がどこにいるのかとか、いろいろ教えてくれたのだ。
千夜みたいに、特別目をかけてくれたわけではないが。無視しないでくれただけで、当時の紫輝にはありがたい存在だった。
つまり、お兄さんぽくって好きです!
「龍鬼の割には、どんくさいから。生き残れるのか心配していたが…」
「あはは、ひどいなぁ。組長や右将軍と比べられたら、誰でもどんくさいと思いますけどぉ」
「おい、なんで組長の私にタメ口で、上条には敬語なんだ?」
照れ照れしながら、紫輝が上条と話していると。廣伊が低い声を出した。
鋭い視線は、標準装備だが。そこに眉間のシワが加わっている。
「ええぇぇ、そんなこと、ないよぉ…」
そこに天の助け、千夜たち九班の面々が帰ってきた。
紫輝はお出迎えをしに、そそくさとその場を離れたのだった。
★★★★★
消灯は、十時過ぎ。
この世界には、テレビみたいな娯楽はないし。ネオン輝く、繁華街もない。
朝日が昇るとともに、行動を開始し。日没に仕事を終える、という生活が基本だ。
さらに、山のふもとの巡回警備などは、肉体労働だから。みんな消灯前にぐっすり寝ちゃっている。
そんな中、紫輝は。こっそりと部屋を抜け出した。
今日は、天誠と会う約束をしているのだ。
見回りの兵にみつからないように、注意しつつ。前線基地をぐるりと囲む防御塀まで来た。
高い木の幹を、そのまま利用して作られている防御塀は、大人三人分くらいの高さがあり。羽を持つ者が越えられない、仕様になっている。
ただ、大翼で跳躍力があれば、ギリ越えられるようだ。千夜が、よじ登れたようなので。
紫輝は、後ろ手に柄を握り、背負っていた大太刀を鞘から抜く。
刃の大きさは、地面から紫輝の腹の位置まである、大きな剣だ。
刃の形は包丁で、全く切れないなまくら。
柄と刃の間にある鍔には、ふさっとした白いファー、そして金緑色の、綺麗な宝石がついている。
「ライラ、出てきて」
名を呼ぶと、大太刀が紫輝の目の前で、ぐるりと回転し。白く、大きな獣に変化した。
鍔についていた宝石と同じ、金緑色の瞳、白毛、長毛の可愛いにゃんこ。
普段は剣の姿、しかしてその実態はぁ?? 猫又のライラであった!!
「おんちゃん、あたしも、天ちゃんにあいたいわぁ。はやく行きましょう」
「そうだな。よし、行こ」
紫輝が背中に乗ると、ライラはジャンプして軽々と塀を越えた。
ライラにかかれば、高い丸太の木塀なんか、ひとっ飛びだ。
敷地の外へ出ると、ライラは高速で、樹海の中を駆けていく。
数分も経たず、ライラは速度を落とし、やがて足を止めた。
紫輝が降り立ったのは、月明かりで波紋がきらめく、美しい泉だ。
そして岸辺には、黒の装束、黒い大翼の男が立っていた。男は紫輝を優しい眼差しでみつめ、大きく手を広げて招く。
「会いたかった、兄さん」
紫輝は喜びにあふれる満開の笑顔で、彼に駆け寄り、思いっきり抱きついた。
「俺も会いたかった、天誠」
天誠は、抱き止めた紫輝の額に己の額をくっつけて、ひそやかに笑う。出会えた嬉しさが、にじみ出ていた。
男の正体は、間宮天誠。紫輝の弟であり、手裏軍幹部の安曇眞仲であり。そして…恋人だった。
天誠は紫輝のこめかみや頬に挨拶のキスをして、それから…唇にくちづけた。
母がアメリカ人だったから、挨拶のキスは日常でしていて、一般の日本の家庭よりはスキンシップが濃い方ではあったのだが。
唇へのキスは、恋人になってから。
恋人になって、結婚しよう…ってとこまできてはいるのだけど。まだ日が浅いから、唇のチュウに紫輝は慣れていなかった。
近くでライラがジッとみつめているのも、なんか、恥ずかしい。
そんな紫輝のことを、わかっていて。初々しい兄の反応を楽しんでいる、天誠だった。
「どこも、怪我はない? 守ってあげられなくて、すまない」
唇を離した天誠が、紫輝の姿を、頭から足先までじっくり眺める。
幼い頃から、弟は、ブラコンをこじらせていて。重度の心配症だ。
「怪我なんかしていないよ。ライラが守ってくれるから、大丈夫だ」
弟を安心させるように、紫輝はにっこり笑って見せた。
その顔を見て、天誠もホッと息をつく。
「そうか。ライラ、兄さんのこと、引き続き頼むぞ」
「あい、天ちゃん」
ライラの頭を撫でる天誠の大きな手に、彼女は頬をなすりつけ、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「…なぁ、兄さん。見せたいものがあるんだけど、ちょっと一緒に来てくれるか?」
そう言い、天誠は手を差し出した。
前にもここで、眞仲に手を差し出されて、彼と手を繋いで歩いたな…なんて思い出しながら。紫輝は彼の手に手を重ねる。
がっしりと力強く握り込まれるが、優しい温もりで。大きくて、分厚い。
紫輝は眞仲の手の感触だと思い…胸がきゅんと高鳴った。
「ん? どうかした?」
天誠は手を引いて歩きながら、珍しくおとなしい、紫輝の顔をのぞき込んだ。
頬がほんのり赤く。上目遣いに見る、黒曜石の瞳が潤んでいる。
先ほどキスして、色づいた唇が少し開き…そこからのぞく赤ピンクの舌が、己を誘っているように思えた。
穏やかな表情の裏に、天誠は早く紫輝を抱きたいという欲望を隠していた。
「なんか、照れるな。いや、昔は俺が、小さなおまえの手を引いていたし。眞仲の手も握ったことあるから。今更、照れるのも、おかしいんだけど」
「おかしくないよ。今は、正式な恋人同士なんだから」
ただ掴んでいた手を、天誠は握り直して、紫輝の指一本一本に指を絡める恋人繋ぎにした。
「子供の手を引くような気分じゃなくて、兄さんが俺を、恋人として意識しているってことだろう? それは俺にとっては、嬉しい変化だ」
甘ったるい声で、紫輝の心を揺さぶった天誠は。いかにも楽しげに、ふふっと笑った。
「兄さんと、こうして、手を繋いで歩いたり、外でキスしたり。以前の世界では、絶対できなかったことだな。そう思うと、この世界も悪くないと思えるね?」
「天ちゃん、あたしのそんざい、わすれているでしょ?」
ふたりの世界を構築しかけていた天誠を、ライラは二本のフサ尻尾でビタンと叩いた。
ちゃんとライラも、ふたりのあとをついてきていたのだ。
イチャイチャしているところを、ライラに見られるのはなんだか気恥ずかしくて。紫輝は頬を赤く染めたのだった。
「まさか、忘れるわけないだろ? ライラは俺たちの、お姫様なんだからな?」
「そうよ、あたし、姫なの」
ドヤ顔のライラを伴い、茂みの奥に入っていくと、馬がいた。木に手綱が結んである。
「え、馬? 天誠、馬に乗れるの?」
「あぁ、移動は全部、馬だよ。紫輝は一兵卒だから、まだ馬に乗る練習は、していないんだな?」
軽やかに、天誠が馬にまたがる。紫輝にはライラに乗るよう、うながした。
慣れた様子で馬を操る天誠に、紫輝とライラは並走する。
つか、早駆けの馬に乗る天誠、超カッコイイんですけどっ。
まるで、バイクを乗りこなす、レーサーみたいだ。
横顔が凛々しくて、黒髪がさらりと後ろに流れて。ときどき、こっちを気にして、フッと笑みを浮かべたりして…。
心配げに、こっち見ないでぇ、なんだか眉間がこそばゆくなるからぁ。
あと大人の色気、駄々漏れてるんですけどぉ。
つい最近まで、紫輝の中で、天誠は十七歳だった。充分大人びた十七歳だったけれど。
今の天誠は、本当に大人の余裕というか、落ち着きが半端ないのだ。
キリリとした顔つきのときは、眞仲だって思ってしまう。
もちろん、眞仲は天誠だ。
素地は天誠なんだけど。黒髪になったし、翼もあるし、身長も伸びているし、圧倒的な包容力とか、すべてがグレードアップされていて、もはや別人なのだ。
そして、眞仲に恋をしたときのときめきが、紫輝の胸を締めつける。
弟なんだけど、弟とは別の人に恋をしているような。
自分でもよくわからないのだけど。ふたりに恋をしているような。でもひとりのような。不思議な感じ。
つまり。ごく、簡単に言うと。
目の前の男に、恋愛感情が芽生えているのだ。
いや、今まで恋をしていなかった、というわけではないけれど。
いろいろあって。なにもかもわかったうえで。一度リセットしたかのように、恋し始めちゃっているのだった。天誠にも。眞仲にも。
今までの自分は、子供だったんだなって、改めて思ってしまった。
十八歳の誕生日の少し前に、天誠に告白されて。いろいろ…それはそれはいろいろ考えた。
天誠のことは好きだったし。彼がちゃんと将来を見据えて、自分に告白したのか。わからなかったけれど。
一年経ってもまだ、真剣に好きなのだとしたら。その気持ちに応えようと。そう思うくらいには好きだった。
戸籍上兄弟だから、結婚はできないものの。それに近い感じで、生活できたらいいなと思っていたし。そうならば、体の関係も、もちろんアリということで。ちゃんと、覚悟していたのだ。
覚悟、していたつもりだったけれど。
いざそうなってみて、振り返ると。あのときの覚悟は、全然、覚悟ではなかったのだった。
頭だけで考えていた恋愛で、心がそこに追いついていなかった。
頭が先走っちゃって、ゴールしてるのに。心が完全に出遅れて、まだスタート地点、みたいな。
紫輝にとって、天誠は弟で。肉親の愛情と、恋愛の愛情の部分が、半分半分で混在していた感じだった。
そして恋をしたのは、眞仲だった。
紫輝の中では、今、肉親の愛情と、恋愛の愛の部分と、恋の部分が、それぞれあって。ゆっくり、ゆっくり、混ぜ合わされている過程のような状態だった。
つまり。ごく、簡単に言うと。エッチはしちゃったけど、恋愛初心者、的な?
自分はきっと、これから天誠と恋愛し始める。
まだ、はじめの一歩なんだな。なんて、紫輝は考えていた。
樹海の中だから、紫輝は、どこを走っているのか、わからない。
だが、突然。ぽっかりと開けた場所に出て、そこには小さな家が建っていた。
なんとなく、初めて眞仲と出会ったとき、お世話になった、あの山の家に似ている。
天誠が馬から降りたので、ここが目的地だとわかった。
「もしかして、ここ、天誠の家?」
ライラの背中から降りた紫輝は、彼に問う。
月明かりしかない、暗闇の中。天誠は後光がさしたのかと見まがう、天使の微笑みを浮かべた。
「違うよ。俺たちの家だ」
さらりと言われたことを、すぐには呑み込めなくて。紫輝は確認するみたいに、もう一度、天誠に聞いた。
「俺たちって…天誠と、ライラと、俺の、家?」
「そうだよ。俺たちの家、第一号。小さいから、気に入らないか?」
驚きと、困惑と、気に入らないなんて滅相もございません…という気持ちで、紫輝は目を見開いた。
「そ、そんな…小さいわけないだろ。俺なんか今、小さい部屋で十人くらいで寝てんのに。いやいや、そうじゃなくて。本当に、俺もライラも、ここに住んでいいのか?」
動揺して、なにを言っているのか、自分でもわからなくなっていたが。
そこに、天誠が。笑顔ながら、冷静に口をはさんだ。
「泉で落ち合うのは、常々、危険だと思っていたんだ。あそこは、将堂の龍鬼がたまに現れるし。将堂側に近い位置だから。俺と紫輝が一緒にいるところを、誰かに見られたくない」
紫輝は、自分たちが置かれている状況の悪さを考え、暗い気持ちで視線を落とす。
紫輝は将堂の龍鬼で。
天誠は手裏の幹部だ。
互いに軍の中枢にいる間は、ともに暮らせないと、紫輝は天誠に教えられていた。
軍を抜けることは、大罪人として一生追われることを意味しているからだ。
でも、この戦さえ終わらせられれば。みんなで暮らせる。
敵味方なんて、関係なく。家族で。幸せに。
そのために、今は離れている。
紫輝と天誠とライラで、戦の終結を目指しているのだ。
「まだ、みんなで暮らすところまでは、いけない。お互いに、軍の目が光っているうちは…」
天誠は紫輝の手を取り、優しく握りしめる。温もりで、紫輝の手を包み込んだ。
「ここは、俺たちが戦場に来るタイミングが合ったときだけ使用する、仮の住処だ。でも、俺たちの家に違いない。喜んでくれるか?」
「当たり前だろ。こんなすぐに、みんなで暮らせるなんて、想像もしていなかったから、びっくりしたんだ。嬉しいよ。嬉しいに決まってる」
素直な気持ちを口にして、紫輝は天誠にギュッと抱きついた。
「いつも、一緒にいられなくても。こうして、俺たちだけの居場所があるっていうのが、なんか、安心するじゃん?」
「中に入っても、そう言ってくれるかな? さぁ、兄さん。新居を案内するよ。来て」
天誠は馬に乗せていた、あの、なんでも出てくる黒マントから、ランプを取り出し。火をつける。
引き戸を開け、入り口から、ランプが設置してある五ヶ所ほどに、どんどん火をつけていく。
すると、夜でも明るい室内になった。
紫輝は、家の敷居をまたいで、中に足を踏み入れた。
入ってすぐのところは、土間で。左手に台所があり。小上がりの座敷は、二部屋の板の間。囲炉裏もあるみたいだけど、夏なので蓋が閉じてある。
そこまでは、ほぼ、眞仲の家と同じ間取りだった。
なんか、懐かしい。
早速家に上がり込もうとするライラのピンクの肉球を、手拭いで拭く。
さぁ、どうぞ。
自分もブーツを脱いで、新居に上がった。俺たちの家…感動するなぁ。
「あらぁ。いいわねぇ。こっちにも、なにかありそうね。なにかしら?」
ライラは、入って左手の突き当りにある壁を、興味津々で見やる。
「お目が高いですね、お嬢様。ここは…」
ライラの言葉を受け、ババーンと天誠が引き戸を開ける。
小さめの部屋の向こう側が、野外に繋がっているが、これは…。
「露天風呂っ」
紫輝が、瞳にハートマークを映し、叫んだ。
しかし、ライラは。いや~んと泣いた。
「あたしは、おふろには入らない生き物なの。そういうものなのっ」
さっさと回れ右をしたライラは、風呂から一番遠い部屋に移動し、そこで丸くなって寝た。
ライラそっちのけで、紫輝は大興奮していた。
だって、風呂は。眞仲の家で入ったきりなんだ。
あったかいお湯が、恋しかったんだよぉ。
露天風呂といっても、温泉宿みたいに大きいものではない。でも、天然の大きめの石を組み合わせて作られた、ちゃんとした風呂だった。
風呂の向こう、家の周囲は高い樹木に覆われていて、人目にはつかない。
浴槽に湧水が流れ込むよう、菅が引き込まれていて。風呂からあふれた水は、湧水が本来染み込んでいくべき場所に流れていく。
地下に落ちているのかな。なんで水たまりにならないのかは、謎だ。
「すごいよ、天誠。お風呂作っちゃうなんて…俺の弟がスパダリすぎて、ヤバいんですけどぉ」
「湧水の通路を少し動かしただけだ」
紫輝は風呂に手を入れて、パシャパシャした。
「なんで、あったかいんだ?」
「熱湯で温度調節しただけだ。少しぬるめだが、夏だからいいだろう」
「入って…いい?」
この世界に来て、龍鬼だという理由で、風呂の使用を許されなかった。
龍鬼に水を汚染される、と責められ続けていたから。
なので、みんなにみつからないように、手拭いを水で濡らして拭いたり。こっそり泉に来て、冷たい水で体を洗っていたのだ。
そんな意識が残っていて。紫輝は恐る恐る、天誠にたずねた。
「当たり前だろ。兄さんに喜んでほしくて、作ったんだから」
お許しが出て、紫輝はぱぁっと、明るさ輝く笑みを浮かべた。
さっそく、うきうきと、軍服を脱ぎ始める。
天誠はそんな紫輝を、慈愛の眼差しでみつめつつ。脱衣所の扉を閉め。自分も服を脱ぎ始める。
裸になった紫輝は、浴槽に足を入れるべく、縁の大岩をまたぐ。
深さはそれほどなく、座った状態で、湯が胸の辺りにくるくらい。
底には、座っても痛くないよう、すのこが沈められている。
テレビで見た、秘境の天然温泉みたいだ。
とにもかくにも…お風呂、癒されるぅ。
「気に入った?」
隣に入り込んできた天誠に聞かれ。岩に背をもたれかけ、紫輝は風呂の中で足を伸ばすだけ伸ばして、リラックスした。
「気に入った、なんてもんじゃない。涙出そうだよ」
空を見上げれば満天の星、天の川が綺麗に見える。
ランプの灯火が、天誠の姿をオレンジ色に浮かび上がらせ。
湧水がしたたり落ちる水音も。夏の虫の声も。なんて、風流で、贅沢な空間なんだっ。
「どっぷり浸かりたいって、言っていたもんな」
「あ、それも聞かれていたか」
天誠には、ライラを通じて。紫輝の動向がバレバレだった。
「俺も、龍鬼扱いだったときは。風呂が一番、難儀な問題だった。だから、つらさはよくわかるよ」
天誠は、紫輝の伸ばした足を取ると、指で、紫輝の足の裏を洗いながらモミモミし始めた。
「あぁ、やべぇ。気持ち良い…でも、足は汚いから。いいよ」
「兄さんに、汚いところなんかない。さっきも、風呂に入っていいかなんて聞いてきて。この世界のくだらない常識に、ずいぶん毒されているんじゃないか?」
そう言って、天誠は紫輝の足の裏にチュウした。
その、くすぐったい感触に、ひぇってなる。
確かに、紫輝は。己が龍鬼だということについて、過敏になっていた。
今までは。紫輝は、龍鬼として振舞っていながら。差別は受けても、自分は龍鬼じゃないからと思って、まだ他人事のような気分だったのかもしれない。
だが、自分が正真正銘の龍鬼だとわかり。忌み嫌われる存在だということを、廣伊や堺の過去話を聞くことによって、肌で感じてしまったりして。
改めて、龍鬼って大変だと思って。疲れてしまったわけだった。
「かも。なぁ、今日は、眞仲って呼んでいい? なんか、甘やかされたい気分なんだ」
「いいけど。なにかあったのか? 紫輝」
天誠はすぐに、二十五歳の大人の顔つきになって。紫輝と呼ぶ、眞仲モードになった。
紫輝も。思う存分、甘えモードになって。岩から背を起こして、眞仲の肩に頭をもたせかける。
「今日はいろいろあったんだよ…」
紫輝は。今日の顛末を、眞仲にぶっちゃけた。
金蓮が、堺や廣伊を嫌っていること。
それが、藤王という龍鬼が、行方不明なせいの、とばっちりであること。
金蓮に、護衛の任務をもらいそうになったけど、断ったこと。
売り言葉に買い言葉で喧嘩みたいになったけど、赤穂が間に入ってくれたこと。などなど。
「なんか、将堂の情報がダダ漏れで、大丈夫か? 一応、俺。手裏の幹部なんだけど」
「幹部の前に、俺の弟だろ。終戦に向かうためには、お互いの情報を知っていた方が良いと思うし。俺はまだ、よくわからないことが多いから、眞仲に全部任せるつもりで、全部話してんだけど…ダメか?」
「ダメじゃない。信頼してくれて、嬉しいし。絶対に、紫輝の信頼を裏切ったりもしないよ」
眞仲は紫輝の肩を抱いて、ギュッとした。
濡れた手で、髪を掻き上げるから。眞仲の額があらわになって。彼の端正な顔が、吐息を感じる距離にあって。ドキドキする。
その額と、紫輝の額を合わせて、グリグリもする。
眞仲は、額をごっつんこするのが好きだと思う。
「紫輝が早々に、将堂の上層部と顔を合わせたことは、驚きだが。できれば。金蓮との接触は避けてほしい」
「眞仲の言うとおりにする。それに、俺は将堂の底辺、あっちは頭。会いたくたって、もう会うことなんかないと思うけど?」
「だったら、いい。紫輝が金蓮に傷つけられるなんて、許さないから」
ごく至近距離で、耳をくすぐる甘い声で囁き。眞仲が、紫輝の唇をついばむ。
チュッ、チュッと、音を立てるバードキスから。しっとりと唇を潤す、ディープなキスに移っていった。
「待って、眞仲。俺、今日、龍鬼として、いろいろ考えさせられて…まずいこと思いついちゃって…」
「まずいこと?」
未練ありげに、紫輝の柔らかい唇を舌先で舐めていた眞仲は。仕方なく、話す状態に整える。
そうは言っても、胡坐をかく眞仲の上に、対面で紫輝を乗せる、距離感ゼロの体勢だが。
眞仲の方が座高が高く、いつも紫輝を見下ろさなければならないが。この体勢だと、目の高さが紫輝と同じになる。
紫輝を近くに感じられて、嬉しいから。眞仲はいつも、紫輝を膝に乗せてしまうのだった。
「俺…エッチしちゃったあとで、龍鬼だって教えてもらっただろ? だから。今更どうにもできないんだけど。龍鬼って、うつるって言われているじゃん? それで、忌み嫌われてるっていうか。でも眞仲は、本当は龍鬼じゃなくて、立派な翼があって、手裏の幹部で…俺と深く関わると、将来とか…子孫に影響が出るんじゃないかって…」
眞仲のことを心配して、紫輝は真面目に言い募るのだが。
眞仲は。紫輝が言い終わらないうちから、肩を震わせて笑っていた。
「くくくっ、なにそれ。ツッコミどころ満載で、どこから訂正すればいいのやら」
紫輝は、眞仲の将来の邪魔になったかもしれないと思って、真剣に案じているのに。
笑われて。
どうしたらいいのかと、眉尻を情けなく下げた。
「まずひとつ目。俺は、紫輝が龍鬼だとわかっていて、関係を持った。だから紫輝が責任を感じる必要は全くない」
紫輝が龍鬼でも、なにも気にしていないと証明するかのように。眞仲は紫輝の唇を唇で柔らかく包み込み、舌を絡める、深くて甘露なキスをした。
「二つ目。龍鬼はうつらない。龍鬼に触れると、子孫に龍鬼が出るなんて噂は、間違いだ」
「俺も、それぐらいでうつったら、龍鬼は戦場にいることが多いし、そこで遭遇した人みんなが、対象になるわけだから、龍鬼であふれちゃうよって…千夜に言ったことがあるんだけど。でも、俺のわからない可能性もあるだろうから、絶対うつらないとは言い切れないかなって…」
「俺たちは、文明も医療技術も発達した時代に育ったから、紫輝もある程度、察していると思うが。今、紫輝が言ったように、接触感染、空気感染も、あり得ない。龍鬼の数が少なすぎるからな。さらに、遺伝子情報は、生活上の接触ではうつらない」
頭の良い眞仲に断言してもらうと、心強くて。紫輝は、もう、かなり安心していた。
「俺も、龍鬼だと蔑まれていたとき。この世界の、理不尽なクソ差別が腹立たしくて。龍鬼ってのはいったいなんなんだって、独自に研究したことがあるんだ。龍鬼は、おおよそ二十年周期で、二、三人生まれ出でるようだ。現在確認されている龍鬼は、俺を含め五名だが。俺は羽がなかっただけで、龍鬼ではないし。紫輝も、本来なら現在六歳。今、活躍している龍鬼たちと、同じ年代の生まれではない。つまり、龍鬼が増加したとは言えず。やはり二十年に二、三人しか生まれないという規則性があると、仮定できる」
ほぇぇ、と。紫輝は、眞仲に感心する。
龍鬼を研究だなんて、すごい。
金髪のマッドサイエンティストの龍鬼が、紫輝を研究材料にした。なんて、仮の話でしたけれど。
まさか、マジで。眞仲が、龍鬼を研究していたとはっ。
「この時点で、俺は、遺伝子レベルの突然変異説を、結論づけたいのだが。龍鬼がうつると声高に叫ぶやつがいるから、その方向性も探ってみた。うつるとするなら、病原菌やウィルスなどの感染が、思い浮かぶ。二十年周期を考慮すると、普段は発症しない程度の、極弱い病原体が、ある時期に異常発生する、なんて考えられるが。龍鬼が生まれる地域には、偏りがなく。むしろ点在しているので。病原菌説はなさそうだ」
「そうか、原因が発生した地点を中心に、広がっていかないと、仮説が成り立たないんだね?」
紫輝の問いに、眞仲はうなずく。
可能性を提示し、それを自分で否定する行為を、眞仲は繰り返していった。
「ウィルスは、龍鬼の数が少なすぎるので、なしだ。たとえば、感染症ではない病気だったら。途中で治って、能力が消えたり、翼が生えてきたり。そんな事例があっても、おかしくないだろう? だが、そういう話もないんだ。龍鬼は、龍鬼として生まれ。龍鬼のまま、死を迎える。つまり、性質や能力が、生まれつき備わっていると考えられる」
「以前の世界でも、感染症って、どんどん患者数が増えていって、大変だったもんな? 龍鬼がうつるものなら、龍鬼の人数が増えていかなきゃ、やっぱ、おかしいんだよ」
うんうんと、うなずき合い。
ふたりの中で、龍鬼感染症説は確実になくなった。
「あと、考えられるのは、遺伝だ。だが、それもほぼ、あり得ない。世間の差別感情が強すぎて、ほとんどの龍鬼が結婚まで至らないからだ。子孫が残っていないのだから、遺伝子も受け継がれていないはずだ」
「…あの、兄弟で龍鬼って人が、そばにいるんだけど」
「兄弟は、遺伝子配列が似通っているから、そうなる可能性は高いだろう。でも、龍鬼が出やすい家系というのは、ないみたいなんだ」
眞仲は、ひとつ、息を置いて。学者のような顔つきで、話を続けていった。
「これは憶測だが。鳥の遺伝子を組み込んで人類を存続させた、三百年前。ランダムに突然変異が生まれるよう、遺伝子操作されているんじゃないか? 意図もわからないし。完全に、推測の域を出ないが」
「翼のない人間が暮らせるか、試したんじゃね? なんてな」
紫輝は、軽い感じで言ったのに。
おぉと唸った眞仲は、真面目な表情でうなずいた。
「なるほど。昔の人間は、翼がないのが当たり前だったから、翼がないことで迫害されるなんて思いもしないで。龍鬼が子孫を残し、徐々に数を増やし、いずれ翼のない人間の世界に戻ることを、想定した…あり得るかもな?」
眞仲は難しい顔で、頭の中を考察でいっぱいにしているが。
紫輝はひとり、どきどきと胸を高鳴らせていた。
期待した瞳で、眞仲をみつめる。
「じゃあさ、つまり…龍鬼はうつらない。一緒にお風呂入っても、ベロちゅうやムニャムニャしても、眞仲に影響はないってことだよね?」
セックスのことを、濁してムニャムニャという初心な紫輝が、ヤバ可愛くて。眞仲はクスリと笑ってしまった。
「なんでも、絶対はない。でも、俺はそう思う」
「いいんだ。眞仲が、そう思っているんなら」
嬉しさを表すように、目の前の眞仲の首に腕を回し。自分から眞仲の唇にキスした。
以前の世界ではこうでした、というような話を。この世界ですることはできないし。
龍鬼である紫輝が、龍鬼はうつらないと声高に叫んだところで、世間が耳を貸してくれるわけもないのだが。
それでも。
眞仲や千夜に触れるとき、紫輝の方がビクつくというか、遠慮するようなことがあった。
あまりにも、人から避けられ。ばい菌のような扱いをされるから。自分が本当に汚いもののように感じてしまって。触れても気にしていない人にまで、触れたらいけないような気がしていたのだ。
配慮、という名の恐れだった。
事実、人の目があるところで、紫輝は千夜に触れるのを自粛している。廣伊もそのように気を配っているので、それに倣っているのだ。
千夜のことが、好きだから。
紫輝は、紫輝が龍鬼だからという理由で、紫輝の友達である千夜が、疎外されるのは嫌だった。
自分と親しくしてくれる友達だから。大事にしたい。
つい半年前、以前の世界にいたときは、全く考えていなかった、友達の距離。
それを今は、ものすごく繊細に考えなければならなかった。
自分のせいで、親友までいじめにあってしまう…そんな感覚と似ている。
紫輝は眞仲にも、配慮という名の恐れを持っていた。
そんなことはないと、思いつつ。もしも、噂通りに龍鬼がうつってしまったら。
それで、眞仲の将来の可能性が狭められたり、迫害を受けたりしたら、どうしよう。
そんな考えを持っていた。
弟と顔を合わせると、つい嬉しくて、抱きついてしまう。
でも、同じ湯に浸かるのは、心配してしまう。大丈夫なのかなって、思っちゃうのだ。
でも今、百パーセントじゃなくても。ふたりで考え。龍鬼はうつらないって結論に行きついた。
それは、紫輝が眞仲に触れても。一緒に生活しても、影響はないということで。
眞仲に思いっきり甘えても良い、ってことだ。
「紫輝。俺はまだ、ツッコミの最中だ。三つ目。俺の子孫って、どういうことかな? 紫輝は俺が、紫輝以外の誰かと結婚するとか、子供を持つとか、思っているのか?」
今までは、甘やかすような優しい声で話していた眞仲が、地を這うような低音でたずねてきた。
そんな、地獄から響いてくるような声、出せるの?
怖い…つか、激おこですね?
紫輝は慌てて言い訳した。
「そうじゃない。でも、絶対はないんだから。眞仲はモテるだろうし。俺は、眞仲の未来を、邪魔したくないだけなんだ」
「ふーん、今日は眞仲として、紫輝のことをデロデロに甘やかしてやろうと思っていたが…紫輝、眞仲は優しいばかりの男じゃないぞ?」
がぶっと、噛みつかれる勢いでキスされ。怖くて、涙出そうになる。
でも、この眞仲の怒りは、受け止めなきゃならない、彼の愛情だとわかっている。
「この世のすべての者が、俺に恋したって…俺は紫輝を選ぶよ。俺のこの想いを、二度と疑うな」
眞仲に深くくちづけられ、舌を絡められる。
口腔を蹂躙する、荒々しい彼のキスに、ついて行けず。紫輝はすがるように、彼の長い黒髪を握り締める。
「ごめ…眞仲、怒った? 怒らないで…だって、俺、眞仲が大事なんだ。誰よりも、幸せにしたいから」
涙目で、弟の幸せを願う兄が、いじらしい…。
眞仲は、自分の愛情をあなどる紫輝に、怒っていた。
優しく、穏やかに、甘く、包み込むように…己の愛情はそんな生易しいものではないのだ。
自分と紫輝の仲を引き裂くものは、人でも、龍鬼という概念でも、許さない。
なにもかも蹴散らしてやる。そんな、暴力的で苛烈な愛情。
それを前面に出したら、紫輝が怖気づくから。オブラートに包んでいるだけなのだ。
けれど、自分を心配して、大事にして、幸せにしたいと泣く、この可愛すぎる生き物に。怒りを向け続けることなんか、できはしない。
できるものかっ。
眞仲は再び、大人な男の仮面をかぶり。目尻にたまる紫輝の涙を、気高い魂の欠片をいただくような神聖な気持ちで、そっと舐め取る。
「馬鹿だな、紫輝。俺を絶対ひとりにしないと…つないだこの手を離さないと、言ってくれただろ? それでいいんだ。俺の、唯ひとりの恋人として、俺のそばにいてくれ。紫輝、それが俺の幸せなんだ」
腰を支えている眞仲の手が、臀部を揉んで、後孔に指が入り込む。
性急に求められているのを感じ、紫輝は戸惑うが。
眞仲の行為を止める気もなかった。
だって、眞仲が欲しい。
自分の存在が、眞仲の邪魔になるのでは? 邪魔になりたくない。なんて。ぐじゃぐじゃ考えたけど。
心の奥底には、眞仲に手を伸ばす、欲望に忠実な己がいる。
その己が、叫んでいるのだ。
龍鬼だから何? 男同士も兄弟も、どうだっていいじゃん。眞仲が欲しいんなら、とっとと手を伸ばせよ、と。
だから紫輝は、己の本能に従い。がっつり、眞仲を掴みにいった。
「そばにいる。眞仲のことが、好きなんだ。ずっとそばにいさせて。好き。眞仲、大好き…ん」
致命傷並みの、紫輝の大好き攻撃に。眞仲は、目がくらみそうになり。
己の心臓を止めかねない言葉を吐く、その小さめな口元を覆うように、食らいつく。
紫輝の唇は、自然な色づきで、健康的で、少しぽってりとしていて。キスがとても気持ち良い。
いつまでも味わっていたい、極上のごちそうだった。
ただ、己の高ぶりが、すでに天を向いている。
先ほどの、極悪攻撃の余波が、響いているのだ。
もう、すぐにでも、紫輝自身を食らいたくて、たまらなかった。
紫輝の後ろは、すでに、二本の指でほぐしている。
初めて抱き合ったときから、紫輝の蕾は、眞仲の指を拒むことなく、花びらを一枚一枚、柔軟に開いてくれた。
この蕾の柔らかさが、紫輝が己を受け入れている証のようで。眞仲は嬉しい。
己の剛直で貫いても、紫輝の蕾は散らされない。己を優しく包み込み、最上の快楽へと導いてくれるのだ。
その期待に、胸が満ちる。
眞仲は紫輝から指を抜き、彼の足を持ち上げて、切っ先を蕾に押し当てた。
「紫輝、いいか?」
首にしがみつく紫輝が、こくこくとうなずく。
恥ずかしそうに、頬を赤く染め。でも上目遣いで、黒い瞳を欲望をにじませているのが、色っぽい。
いつもは無邪気で、元気で、まだまだ子供っぽさがあるが。
己を欲しがる、なまめかしい紫輝を目に映せるのは、眞仲だけの特権。
ゆっくりと、紫輝の腰を下ろしていき。己を紫輝の中へ埋めていく。
剛直が隘路を進んでいく感覚に、紫輝があえぐ。その顔を、つぶさに見やるのも…己だけの特権だ。
「あ、おっき…眞仲の、おっきいぃ」
それは、反則です。
半開きの唇から飛び出した弾丸に。またもや、殺られそうになり。眞仲は思わず、羽をびくりと揺らした。
湯が跳ね上がる。
「まだ、おっきくなる? も、俺、全部、眞仲になるよ」
「紫輝、紫輝、いい子だから。ちょっと黙ろうか」
暴発しそうになるのを、気力でこらえ。眞仲は深呼吸した。
いくらなんでも、早すぎる。
それにしても、紫輝の口撃は、破壊力がありすぎだろ?
眞仲は、紫輝の中に己を挿入したあと、あまり動かず。くちづけを堪能した。
紫輝の口の中で、己の舌先と、紫輝の舌先が、遊び戯れる。
くすぐるようにすると、フッて、鼻息を漏らすから。紫輝はキスが好きなんだと思う。
口中を、舌でかき混ぜる。そんな微かな振動でも、下半身に響くので、もちろん気持ちが良いが。
紫輝も、後孔をひくひくさせ、剛直の存在を感じて身悶えているから、イイのだろう。
彼の後頭部を右手で支え、左手は臀部を揉みながら支え、徐々に動きを加えていく。
すると紫輝から、こらえきれない、艶やかなあえぎが漏れ始める。
「ふ、ん、ん…んぁ、ふぁ…あ」
キスをほどかぬまま、頭を支えている手の薬指で紫輝の耳をくすぐる。
親指は、紫輝の左耳近くに。薬指が、紫輝の右耳の際に届く。
つか、兄さん、頭ちっさ。
「眞仲…手、でっか」
同じこと考えてるとか、紫輝、可愛い。
そして唾が糸引いたまま、赤ピンクの舌が見えてて、エロッ。
「眞仲、も、動いて…ジンジンして、ん、俺…んぁあ」
じゅくじゅくに熟している紫輝を突き上げて、燃え上がらせたいが。
まだ焦らしたい。
「紫輝、達するときは『イく』って、ちゃんと俺に言わなきゃダメだよ?」
「え、や、だよぉ…恥ずかしいじゃん」
紫輝は頬を染めて恥じらう。
ちょっと吊り気味の目の際が、赤くなって、すごく色っぽい。
眞仲がこめかみや目尻を舐めると、紫輝はどこを触られても感じちゃうというふうに、ピクンと震えた。
なんで、こんなに可愛くて色っぽい紫輝の容姿を、けなす者がいるのか…本当に理解できない。と、眞仲は思うのだった。
「お湯の中で、精液、お漏らししちゃったら、紫輝が恥ずかしいだろうと思ったんだけどな? イくとき俺に知らせてくれたら…なんとかしてあげるから」
「そ、そうか。うん。じゃあ…言う、な?」
自分ちの風呂でなにしようが、どうでもいいんだけど。
お漏らしとか、恥ずかしいとか言って、羞恥を煽れば。紫輝は従ってくれると思い。誘導した。
だって、見たいじゃないか。
切羽詰った声で、イくって啼きながら達する、兄さんを。
「じゃあ、ゆっくり動くよ。今日は眞仲だから、優しく、甘やかしてあげるからね」
両手で紫輝のお尻を持ち、腰を入れると、焦らされた紫輝は、んぁっと可愛く啼いた。
うん。快楽に、身も心も満たされた、完熟の果実だ。
小刻みに紫輝を突き上げると。風呂の湯が、ちゃぷちゃぷと波立ち。その水音が、更に欲情をそそる。
「紫輝、いい? 痛くない?」
わかっていることを、眞仲はあえて聞く。
紫輝の口から、淫らな言葉を引き出したいから。
「あ、あ、ん…い、いい。眞仲ぁ、気持ち、い…」
両手で、紫輝の臀部の角度を微調整しつつ、眞仲は紫輝の良い部分を執拗に責めた。
目の前で、卑猥なリズムで揺さぶられる紫輝が、己の与える刺激に陶酔している。
半開きの唇が、濡れて、いやらしかった。
「っあ、そこ、ゴリッて、しないでぇ」
「どうして? ここ、良いんだろ? 紫輝の良いところ、いっぱい擦ってあげないと」
「良すぎ…だから。そこ、するの…ダメ、あぁ、ダメぇ」
紫輝の屹立が硬く勃ち、眞仲の腹に当たる。腹筋に力を入れ、紫輝の先端にわざと擦りつけた。
「エロいな、俺の腹で擦って、ひとりで気持ち良くなっちゃって」
「こ、擦って、ない。当たっちゃう、だけ。だって、眞仲が、眞仲がぁ…中、ゴリゴリってするから、も、俺…」
眞仲はピタリと動きを止め、紫輝の屹立を握り込んだ。
「あぁ…今、触っちゃ…」
眞仲の指先が、紫輝のモノを、根元から、血管の筋をたどって、茎をなぞり上げる。張り出した部分を親指で丸く撫で、時折、鈴口をかすめるようにくすぐる。
すぐそばまできている射精感に、紫輝はブルリと震えた。
「俺は…なに?」
「眞仲、俺、イ、く、も…イきそう」
紫輝はガバッと眞仲の首にしがみつくと、耳元に囁いた。
「も、優しいの、やだ。眞仲ぁ、もっと動いて。奥、ごんごんって、して」
心よりも先に、眞仲の黒い翼が反応し、ブワッと羽が広がった。そして欲望のままに、眞仲は紫輝を激しく突き上げた。
「いいよ? 紫輝の望みどおり、奥、ごんごんってしてやる」
紫輝は、体の奥の突き当りまで、眞仲のすべてを受け入れたことに、満ち足りた心地だった。
荒っぽくされても、最奥をズクズク突かれても、それが欲しかった。
「眞仲、して。眞仲の、全部、欲しいっ」
「俺の、全部? じゃあ、紫輝が孕んじゃうくらい、いっぱい中に出してやる」
しがみついていないと、どっか行っちゃいそうなくらい、上下に揺さぶられるから。
紫輝は、眞仲の胴に足を巻きつけ、眞仲にもたらされる淫蕩な責め苦を、こらえた。
そして、急速に燃え上がり、突き抜けて、高みに放り出される。
「ふぁ、イく。あ、あ、あ…も、眞仲、イくっ」
ドクンと大きく心臓が鳴って、紫輝は勢いよく精を飛ばした。
だが、まだ眞仲の突き上げは続いている。
「ん、イった、眞仲、も、イったからぁ」
「ダメ。紫輝、いい子…いい子だから、もう少し、な?」
揺さぶりながらも、あやすように言われ。
紫輝はなんだか、自分が我が儘を言っているような気になって、せつなくなる。
「ん…うん。わかった、からぁ…眞仲、イって…ね、はやくぅ」
「ふふ、でもなぁ…気持ちいいから、ずっと、このままにしようか?」
「やぁ、変になるぅ。イって…眞仲ぁ、いじわる、しないで、イって、あ、あ」
「はっ…イきっぱなしの中、ずっと、びくびくしてて、すげっ、イイ」
穏やかで、優しげな眞仲の顔が、ワイルドにニヤリと笑う。
その顔に、紫輝の胸がきゅんと高鳴る。
ギャップ? 自分にだけ見せる表情に、優越感?
あぁ、なんでもいい。
達している中を、あっつい剛直に抜き差しされて。
また、くる。ぶわって、くる。
「あぁ…眞仲ぁ、いい、やぁ、も、イっちゃ…また、イ…ちゃぅ、んんっ」
再び、ビクンと大きく体を揺らし、眞仲のモノを後孔で強く締めつけた。
同時に、彼も精を放つ。
体の奥に熱い精を叩きつけられ、その感触に、放心するほどの悦に入る。
激しすぎて、まだ息も整っていないけど。
紫輝は眞仲と、甘い甘いくちづけを、交わし合った。
「あぁ、可愛かった。後ろだけでイけたね。すごく上手だったよ、紫輝」
キスとキスの合間に、唇をつけたまま囁かれ。紫輝はその高等テクニックにメロメロになった。
「精液ぃ、いっぱい漏らしちゃった。ごめんな」
「馬鹿、馬鹿。これ以上可愛いこと言うな。いい加減、殺意を感じるぞ」
言葉の脈絡が、紫輝には理解不能で。頭にハテナマークが浮かんだ。
でも、失態がチャラなことは、わかった。
「結婚も子供も興味ない、紫輝だけいればいいって、思っていたが…紫輝が孕んで、俺の子供産むのは、アリだな」
「眞仲の、赤ちゃん? 俺も欲しいな。俺と、眞仲の赤ちゃん」
情事のあとの気だるさの中、ちょっと舌足らずな感じで、紫輝が言うから。ギュンとみなぎった。
「え、硬く…なんで? 今の話で、なんでまた、おっきくしちゃうんだよ?」
「紫輝、赤ちゃん欲しいんだろ? 奥に、いっぱい精液注いでやるから。な?」
「な? じゃねぇよ。男なんだから、赤ちゃんは無理ぃ」
「大丈夫。龍鬼だから、なんとかなる」
「あ、あ、な、ならないよ…たぶん。つか、のぼせるしぃ…」
龍鬼のメカニズムが、いまいちよくわかっていない紫輝は。あやふやな気持ちのまま、また眞仲に挑まれて。翻弄されてしまう。
とにもかくにも、優しい大人キャラなはずの眞仲は、もう止まらなくなった。
紫輝が泣きを入れるまで、貪ってしまったのだった。
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