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4 キス、しちゃいました(照)
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今、どうなってんの? 状況が追い切れなかった。
怖くて、目をつぶるが。見えない方が怖いぃ。
思い切って、もう一度目を開けた。
「わっ…うそ…」
視界いっぱいに、黄金色に輝く三日月が映った。
あり得ない。
月明かりも届かない樹海の中にいたんだよ?
なのに、なんで月がこんな間近に見えるんだ?
欠けた月なのに、びっくりするほど明るい月光が眼下の樹海の表面を照らしている。
っつか、なんで森が下に?
まさかと思った。
下に樹海があるということは、樹木の上に出ているということだ。
足を動かすが、空を切るばかりで。
地面に足がついていないってこんなにも恐ろしいのかと、紫輝はパニックを起こしそうになった。
「な、なに? わ、わぁ…ラ」
恐怖のあまり、紫輝はライラを呼ぼうとした。
「紫輝」
背後の人物から名前を呼ばれ。紫輝は、固まった。
その声。
どこか甘さがにじむ、聞き覚えのある声を耳にし。
紫輝は喜び半分、戸惑い半分で、顔を後ろに振り向けた。
「眞仲!?」
腕の下から手を回し、自分を抱きかかえている人物を見て。改めて目をみはる。
本当に、眞仲だ。
「うそ、マジで? 眞仲? どうしてここに…わぁ」
眞仲の漆黒の翼が羽ばたくと。一瞬ぐらりと揺れて、心臓がギュッと縮こまる。
空中で、眞仲が。紫輝の膝下に片手を入れ替え。お姫様抱っこする。
このときばかりは、恥ずかしさより安堵感が勝った。
「紫輝に会いたくて。我慢できなくなったんだ」
大きな三日月が眞仲の背後から彼を照らしている。
艶やかな黒髪が、月色の輝きを反射し。まるで天からの使いのように感じてしまう。
間近にある柔らかな瞳の色は、紫輝を温かく包み込んでくれた。
「今、降りるから。しばらくジッとしていろよ? 紫輝」
「降りる…って、わ、わぁっ!」
久しぶりに聞く眞仲の魅惑ボイスにうっとりしていたら。
話がすぐに入ってこなかった。
降りるって、なんだっけ?
と、思っていたら。マジで落ちた。
眞仲は、腕に抱いた紫輝ごと真下に落ちていった。ように、紫輝には感じたのだが。
落下ではなく、滑空だった。
しばらく落ちながら、前に進んでいくと。翼を羽ばたかせて上昇する。それを繰り返すのだ。
それは怖いと評判のジェットコースターより、百倍怖い。
だってシートベルトも、なんもないっ。
「こ、怖っ…無理、ま、眞仲、無理無理」
思わず紫輝は、眞仲の首にしがみついた。
「大丈夫だ、紫輝を絶対に離したりしない」
月光が、眞仲の頬にまつ毛の影を落としている。
紫輝は、彼の端正な顔をみつめた。
色気を醸す、切れ長の目元。
微笑んでいる眞仲を見ていれば、風を切って飛翔する恐怖なんか薄れていく。
強靭な彼の体躯に身を預ければ。どんなものからも守られる。
そんな安心感があった。
しばらくして眞仲はふわりと着地する。
そこは豊かに水をたたえた泉のほとりだった。
水際の一部分が砂浜のようになっているが。右手は、切り立った崖。左手は、木々で囲まれていて。秘境のような印象だ。
とても綺麗な泉…なのだが。
幻想的な景色を楽しむ余裕は、ない。
眞仲が紫輝を地におろした途端。砂地に膝をついた。
先ほどの恐怖が足に来ていて、腰が抜けているよぉ。
眞仲をみつめて、恐怖を誤魔化してみたものの。
やっぱり、怖いものは怖かった。
地上に足はついていて、もう怖くないはずなのに。体がまだ勝手にビビッている。
だって、空を飛んだの初めてだったからっ。
「がっかりだなぁ、紫輝はもっと再会を喜んでくれると思っていたのに」
泉の上に木々はかかっていなくて。月明かりが眞仲の立ち姿を照らしていた。
するりとした真っ黒な長い髪。黒く立派な翼。頼もしい大柄な体躯。
そして兄のような親しさを感じさせる態度。
眞仲だ。
眞仲がそばにいる。
そう実感したとき、紫輝の目から涙がこぼれた。
「わ、なんで泣くんだ? 空を飛んだの、そんなに怖かったのか? それともどこか痛い?」
眞仲は慌てて紫輝の前に片膝をついた。
自分こそ、どこか痛そうな顔をして。紫輝の頬を大きな手のひらでやんわりと包み込む。
その温かさに、紫輝はまた涙をこぼす。
嬉しくて。
彼のぬくもりが指の先までジンと染み入るようだった。
「眞仲に、会いたかったから」
ぽつり、ぽつりと、こぼれ落ちる紫輝の涙を。眞仲は親指で拭っていく。
でも、キリがなくて。
眞仲は紫輝を引き寄せて、きつく抱き締めた。
「本当に? 泣いちゃうくらい、俺に会いたかった?」
「うん」
紫輝は片膝をつく彼に乗り上げ。眞仲の脇の下から手を差し入れ肩を抱いた。
前から羽交い絞めするような形だ。
そうすると胸と胸がぴったりと合わさって、よりくっつけるのだ。
彼の太い首筋に頭をうずめ。懐かしい眞仲の匂いを思い切り吸い込んだ。
「この世界で、こんな風に俺を抱き締めてくれるのは、眞仲だけだ。はは、いつの間にか人肌恋しくなっていたのかな? 前の世界では、弟がウザいくらいくっついてきたから。ここで、ひとりで…寂しかった」
泣きながら、自嘲気味に笑い。
将堂にいる間ずっと隠してきた胸の内を、眞仲に吐露した。
「将堂で、つらい目にあったか?」
「…いっぱい。でも上司は良い人で、つらいばかりでもないんだけど…」
「高槻廣伊?」
ズバリ名を言われ、紫輝はハッとして顔を上げる。
びっくりして涙が引っ込んだ。
目の前の眞仲は、前に会ったときと変わらず穏やかに微笑んでいるけれど。
着ているものは黒の詰襟…手裏軍の軍服だった。
太めの刀も脇に差している。
「その様子じゃ、聞いたんだな? 俺が手裏軍幹部の安曇眞仲だって」
「でも、同姓同名だと思っていたんだ。だって安曇眞仲は。龍鬼だって聞いたから」
「このとおり翼があるから。龍鬼ではない。まぁ、嘘の情報を流すのも作戦の内なんだよ」
正体がバレても、特に慌てた様子もなく。眞仲は『内緒だぞ』と、口の前に人差し指を立てた。
なんか色気がダダ洩れてるんだが…。
そんな流し目で誘惑しても、ご、誤魔化されないんだからなっ。
「最初から、手裏の人だったのかよ? だったらどうして、俺を手裏に…」
少し拗ねた気分で、紫輝はつぶやく。
なんで自分を手裏に連れて行かなかったのか?
眞仲にとって、自分はその程度の、取るに足りない存在だったのか?
寂しい、悲しい、苦しい、腹立たしい、そんな負の感情が紫輝の中に渦巻いていた。
「もちろん俺は紫輝を手裏に連れて行きたかったよ。ずっと一緒にいたかった。騙して、連れて行っちゃおうかと、何度も思った。でもそうしなかったのは、紫輝が強い龍鬼を探していたから。嘘をついて、君に…嫌われたくなかったからね?」
眞仲は、己の唇に当てていた人差し指を紫輝の額に突きつける。
「元の世界に戻るために、強い龍鬼に会いに行きたかったんだろう? 紫輝には、嘘じゃない、本当の龍鬼の情報を教えてあげるけど。手裏にいる龍鬼はただひとり。不破だけなんだよ。でも彼には、それほどの能力はないと知っていた。だから将堂へ行くという君を、俺は止めなかった」
諭すように言われ。紫輝は拗ねて、突き出していた唇を噛んだ。
自分の甘えた気持ちを見透かされたような気がして。赤面する。
「う、そうだった。俺がそれを望んだ。眞仲はいつだって俺の気持ちを優先してくれて、そして助けてくれた」
「そうだよ。いつだって…君のことを考えている」
額に押し当てていた指を動かし、眞仲は紫輝の前髪を払った。
指先を耳へと動かし、際に触れ。
そのまま手を頭の後ろに回し、やんわり撫でる。
その彼の手の感触が心地よくて、紫輝は気持ちが良いと感じていた。
「でも、今回ばかりは失敗したようだ。やっぱり強引にでも紫輝を手裏に連れて行くべきだった。ずっとそばにいられたら、つらい目になんかあわせなかったのに」
そっと、眞仲が顔を寄せる。
驚く間もなく、唇に彼の唇が優しく触れた。
力強い彼の手が後頭部を押さえていたから、避けられなかった…わけではない。
眞仲とキスするのは、自然な流れだった。
彼が自分を大事にしてくれるのを知っていて。
紫輝も、再会しただけで涙を流すほどに、彼に心を添わせていた。
だから…紫輝は目を閉じた。
眞仲とするくちづけは、ぬくもりが胸を満たしてほんわかする。
けれど、体がカッと熱くなる感覚もある。
触れただけの唇が、一度離れた。
「眞仲…」
「…紫輝っ」
吐息が触れるほど近くで、互いの名を呼び合う。
そして今度はどちらからともなく体を寄せ、深く結びつくようなキスを交わした。
紫輝の口の中に、眞仲の舌が入り込む。
唇と唇が隙間なく密着し。口腔で眞仲の舌がねっとりと、紫輝の舌に絡みつく。
「…ん、ん」
艶めいた声が鼻から漏れても構わず。紫輝は、彼の舌に舌をすり合わせる。
今、自分は。彼の最も近いところにいる。それが実感できて、嬉しかった。
でも、もっと彼が欲しい。
もどかしく体を押しつけ、背に回した手で彼の体温を掻き抱く。
手のひらに触れる彼の羽が、くすぐったい。
温かい。さらに強く、激しく、彼と混ざり合いたい。
けれど。己から求めた熱を自ら引きはがし、紫輝は眞仲から離れた。
「…ごめん、眞仲」
乗り上げていた彼から、降り。地べたにストンと腰を落とした。
座り込んだ紫輝を、眞仲が不安げに見下ろす。
「どうした? 男同士だから、気持ち悪くなっちゃったのか?」
「違うんだ、そうじゃなくて…」
「なら、何故? 俺は本気で紫輝を愛している」
躊躇いもなく、愛していると言い切る眞仲を。紫輝はみつめる。
彼が自分を想ってくれる気持ちに、嘘はない。
それは、今までの彼の行動から充分に伝わっている。
彼の気持ちに正直に向き合わなければならないと、紫輝は感じた。
だがそれは、今まで目を背けてきた問題に、真っ向からぶつかることでもある。
「眞仲の気持ちを疑ったりしない。えっと…男同士だとか、異世界から来たとか。眞仲は美男子だから、俺より良い人がみつかるんじゃないかとか。思うところは、いろいろあるんだけど。そういうのじゃなくて、今は俺の話をするよ。聞いてくれないか?」
紫輝は胸に手を当てて、心の奥の方にずっと隠してあった想いを取り出すように。正直に、慎重に、打ち明けた。
「天誠は俺の弟だけど。血縁ではないんだ。本当の兄弟じゃない」
眞仲は小さく息を呑んだが、紫輝の話を黙って聞いた。
「この世界に来る前、天誠に告白された。愛しているって。心も体も自分のものにしたいって」
「…紫輝は、なんて答えた?」
「天誠の誕生日が来るまで…彼が十八になるまで待ってほしいと言った」
紫輝が初めて胸のときめきを感じたのは。十歳のとき。天誠が、紫輝の唇にキスした日だった。
母がアメリカ人で、家族間のスキンシップは多い方だったけれど。
唇にキスするのは恋人同士で、特別なことなのだとわかっていた年齢だった。
両親が頬にキスするときは、包むような、穏やかな愛情を感じた。
でも天誠とキスしたときに感じたものは、それとは違う。
いばらの蔓で囲い込むかのように、強烈な独占欲だった。
天誠がどれだけ自分のことを好きで、特別に想っていて、誰にも渡したくないか。その気持ちがわかって、どきどきした。
でも兄弟だから。
いくら特別に好きでも、兄弟でキスをしたらダメなのだと天誠に教えて。
それ以後ふたりは唇にキスをしなかった。
しかし天誠の目は、いつまでも紫輝を特別に愛していると伝えていた。
彼が寄り添う、肩を抱く、髪に触れる、紫輝はそこに意味を感じていた。
それからずっと、紫輝も天誠にどきどきしている。
「天誠は素性のわからない俺を、大切に育ててくれた人たちの息子だ。両親のこと、同性であること、兄としての責任…そんなことを考えてしまうと、すぐに返事ができなかった。でも同級生の女の子や、仲の良い男友達の中に。天誠よりもどきどきさせる人なんて。現れなくて。天誠だけが、俺の心を揺さぶる」
紫輝は、眞仲にしっかり目を合わせて。告げる。
「この感情は、たぶん恋だ。告白されて、俺はすごく嬉しかった」
「…天誠のことが好きだから、俺の気持ちに応えられないって。そういう話なのか?」
眞仲に問われ、紫輝は小さくため息をつく。
立ち上がって、水際まで歩いた。
泉の水は透明で、波紋がきらきら光っていて。
先ほど眞仲とキスしたときに心を埋め尽くした、あのキラキラと同じだと思った。
「もっと俺が、馬鹿みたいに単純だったら、良かった…」
心がざわざわする。この不快感が気持ち悪くて、紫輝はおもむろに靴を脱ぎ捨て、泉に入った。
膝まで浸かる深さのところまで行って、荒々しく水で顔を洗う。
流れるしずくをそのままに、叫んだ。
「俺、眞仲に魅かれていると思う。眞仲が、好きだっ」
この世界で眞仲と出会い。
天誠に感じていたものと同じ感情が、芽生えてしまった。
異世界に転移してしまって、どうしたらいいかわからなくて。
怖くて、困惑していたとき。
彼は紫輝にいろいろ教えてくれた。導いてもくれた。心から案じてくれた。
眞仲の気持ちを知って、胸がときめき。
離れるときは、心細くて。
悲しみで、心臓が本当に痛いと感じ。
再会したときは…暗かった景色が一瞬で明るく色づいた。
否定できぬほど、眞仲に恋をしている。
紫輝はそんな己の想いに、ずいぶん前から気づいていたのだ。
振り返って、眞仲に視線を合わせる。
ほとりに立つ彼は、嬉しさと悲しさが同居しているような、複雑な笑みを浮かべていた。
「俺を好きだと言いながら、どうして紫輝はそんなに苦しそうな顔をするんだ?」
「だって…同時にふたりの人を好きになる俺は、ダメじゃん」
言うと、眞仲の目に、天誠への嫉妬。そして紫輝を手に入れられるかもしれない期待の色が見えた。
彼の期待に応えたかった。
でも、天誠との日々も。かけがえのない宝物で、紫輝の胸を大きく占めている。
心が半分に引き千切れそう。
水滴と一緒に、涙も、紫輝の頬をすべり落ちていく。
「とりあえず、そこから上がってくれないか? 風邪をひいてしまうよ」
苦笑する眞仲に手招かれ、紫輝は渋々泉から上がった。
でも、まともに彼の顔を見られなくて。うつむく。
ただただ申し訳なくて。
そんな紫輝を、眞仲は正面から抱き締めた。
剣の鞘をかいくぐり、背中に回る眞仲の大きな手のひらが、背骨が反るほどに力強く掻き抱く。
熱くて。狂おしくて。
紫輝はせつない吐息をついた。このまま潰れてしまってもいい。
「…濡れるよ、眞仲」
「いいんだ、君が好きだと言ってくれた。それが、とても嬉しいから」
「でも俺、天誠のことも同じくらい好きなんだ。そんなの…なんて言ったっけ。尻軽? 浮気性? とにかく、誠実じゃない。でも、あの、眞仲にこうしてずっと抱き締められてたい…なに言ってんだ。こんな気持ちになるなんて、マジで、自分で自分がわかんないっ」
眞仲と体をぴったり合わせていると、心地よくて、もっともっとくっつきたいと思ってしまう。
心も体も、切実に彼のことを求めているのだ。
でもそれは、ズルいこと。
眞仲も天誠も、同じくらい好きで。どちらも選べないなら。いっそ、離れた方がいい。
だけど眞仲が離れていくのを想像するだけで、なんだか泣けてきた。
「紫輝、これは俺と君の問題だよ。ひとりで悩んだらダメだ」
そう口にして、眞仲は紫輝の頭のてっぺんに、音の鳴る小さなキスを贈った。
「紫輝は、尻軽でも浮気性でもない。ただ俺を愛して、弟を愛しているだけ。こんなに混乱して、一生懸命考えてくれているんだから、紫輝は誠実だよ。自分を貶めるような、そんな言い方をしないでくれ」
「どうして、こんなに好きになっちゃったんだ? 眞仲、苦しいよ。でも、気持ちをはっきりしなきゃダメだよな」
それがケジメだと紫輝は思ったし。
彼もそれを望むだろうと思った。
けれど眞仲は、紫輝の唇を人差し指で止めた。
「それは俺に分が悪い。俺は紫輝と過ごした時間が短い。弟にその点では敵わないからな。だから、すぐに結論を出さないでくれないか? どうか、お願いだから。紫輝が元の世界に戻る、そのときまで。俺の恋心を殺さないでほしい。目の前に紫輝が存在する限り、君に愛を注ぎ続けたいんだ」
眞仲は腰をかがめ、紫輝に目と目を合わせて囁く。
これぞ、悪魔の誘惑だ。
「そんな…それじゃあ、俺に都合が良すぎるよ。ただ愛されるばかりじゃ眞仲に甘えすぎだ」
「馬鹿だな、紫輝。君はこの世界に来て、もう充分苦しんでいるじゃないか。俺に甘えるくらいのこと…神様だって許してくれる」
低音で、甘く響く眞仲の声は、大人の色気がにじむ落ち着きのある美声だ。
その声で優しく諭されたら…どんな無理難題でもうなずいてしまいそう。
「甘えて、もっと、俺に…」
ひっそり囁かれると、声にくすぐられているみたいで、ぞわぞわする。
顔を寄せられても、もうなにもできなかった。
紫輝は眞仲のくちづけを受け入れる。
顎を撫でる、彼の手つきは優しいが。唇は紫輝のすべてを取り込む勢いで、荒々しく動く。
「ん、んぅ…」
頭が振れるたびに、声が小さく漏れてしまって恥ずかしい。
なのに眞仲は、紫輝の口腔に深くもぐり込もうとする、唇がしとどに濡れる淫らなキスで攻めてきた。
紫輝は身も心も、眞仲に預けてしまいたくなった。
自分の体の奥の奥から、別の手を出して。彼の全部をもぎ取りたい。
そんな強烈な衝動を感じて、体が燃え上がる。
欲望に任せて、彼の頭を引き寄せた。
紫輝がノッてくると、眞仲もいやらしい舌遣いで煽ってくる。
口蓋を舌でくすぐられると、背筋にぞくりとした快感が走り、彼の髪に差し入れた指先が喜悦に震えた。
「は…ん、ま、眞仲…も、んぅ」
感じすぎるから、眞仲の舌の動きを舌で邪魔するが。逆に結びつくように絡められ、ちゅくちゅく音が鳴るほど吸われてしまう。
「ん…ふ、ぁ」
激しい眞仲の口撃に負け、紫輝は腰に力が入らなくなった。
もう地に座り込んでしまいたい。
そう思っていると、眞仲も身をかがめてきて。先に、地面に胡坐をかいた。
その膝の上に力の抜けた紫輝を乗せる。
頭の高さが一緒になって、ふたりは存分に深いキスに酔いしれた。
くちづけをしたまま、眞仲の手が紫輝に触れていく。
背中の肩甲骨や、背骨や、脇腹…どんどん下に降りていって、尻の丸みを確かめ、太ももまで。紫輝の体の形をじっくりとなぞっていく。
そのエロさに、紫輝はどきまぎした。
思春期だから、キスも気持ちが良いことも、興味はあるに決まっている。
大人な眞仲に身を任せていたら、どこまで行ってしまうのか。
のぼせるような。雲間を漂うような。夢心地のこの感触をずっと味わっていたい。
でも、と。心の中にいるもうひとりの自分がつぶやいた。
この世界のどこかで、天誠はひとりで苦しんでいるのかもしれないのに。
紫輝のことを必死に探しているのかもしれないのに。
自分ばかりがこんなことをしていたら。
唐突に、天誠に対して申し訳ない気になった。
ふたりの唇が息継ぎで一瞬、離れたとき。紫輝は素早くうつむいた。
「も、ダメだ。これ以上、俺だけ幸せになるのは…つらい」
紫輝の心の中では、同じ場所に天誠と眞仲が立っている。
どちらかが、より紫輝に近づく。
それは紫輝にとって、幸せであり。つらいことだった。
眞仲の愛の言葉に心が揺れれば、天誠に悪いと思い。
天誠に想いを馳せれば、眞仲に後ろめたさを感じる。
「俺、天誠がみつかるまでキスしない」
きゅっと唇を噛んで、紫輝は究極の宣言をする。
けれど眞仲は、紫輝の耳の際をゆるゆると舐め、甘ったるい声を耳孔に吹き込んだ。
「キスって、これのこと?」
紫輝に目を合わせたまま眞仲が唇を軽くついばんだ。
甘く齧って、チュッと吸いついて、舌で舐める。その行為を何度も繰り返した。
「紫輝の世界では、これをキスって言うのか?」
唇をつけたまま、口先で聞かれ。紫輝はうなずく。
「ん、キス…とか、ちゅう、と、か」
答えている合間にも唇を軽く噛まれて邪魔される。
「ここ、は? ここでは、なんて言う?」
「んー、くちづけ、とか…口吸い、かな?」
口吸い!? って思った瞬間、眞仲が本当に口を吸った。
そのまま、またねっとりと舌を絡められてしまう。
口腔を舌で探られると、くすぐったいのとジンとするのとぞくぞくが、交互に訪れ。
紫輝はあんまり気持ち良いから、もっとと催促するみたいに唇を動かしてしまった。
そうしたら眞仲はくちづけをしながら、口角を引き上げて笑ったのだ。
その、大人の余裕。男の色気。
だが、決して戯れではないと思わせる情熱的な態度。
すべてが男としてパーフェクトだった。彼の魅力には抗えない。
でも。でもぉぉ。
「ダメだってば。眞仲は、神様が許してくれるって言うけど。俺はふたりを好きなままで眞仲とキスしちゃうのはダメだと思いますっ」
彼の胸に手をついてキスをもぎ離し。紫輝はしっかりと言い切った。
紫輝にとって眞仲は、とっても頼れる男なのだ。
その圧倒的な包容力で、紫輝のなにもかもを受け止めてくれる。
でもこのまま眞仲に寄り掛かるばかりになってしまっては、甘やかされっぱなしでは、いけない。
これは自戒なのだ。
「だって、それって眞仲にすごく失礼なことだ。天誠をみつけ出したら、ちゃんと自分の気持ちをみつめて、答えを出す。だからそれまで…眞仲とも、天誠とも、誰とも、キスしない」
眞仲の膝から降りて、紫輝は砂地の上に正座した。
すると眞仲は…珍しく視線をそらして、舌打ちする。
「チッ、流されなかったか、残念」
一瞬、耳を疑った。
でも、そういえば。眞仲の中には、黒眞仲がいたっけ。と、紫輝は思い出す。
眞仲は眉間にしわを寄せ、やるせないため息をついた。
「じゃあ、もし天誠がみつからなかったら? 一年? 二年? 十年経っても、紫輝は俺とキスしてくれないのか?」
たずねられ、紫輝は困ったが。
この答えは決まっていた。
「みつかるまで、探し続けるから」
あまり表情は変わらないが、黙り込んでしまった眞仲に。紫輝は真摯に訴えかける。
「わかってほしい。今は、眞仲のことも天誠のことも選べないし。この先どうなるかわからないから。眞仲に待っていろ、とは。言えないんだけど…」
「待つさ。俺は紫輝をお嫁さんにするって決めているんだ。だから、待つけど…キスはダメでも、こうしてギュってするのは良いだろ?」
間髪入れずに、そう言い。眞仲はにじり寄って紫輝のそばに行くと。シカッと抱き締めた。
背中に回る彼の指先にグッと力がこもる。
紫輝は眞仲に求められているのを強く感じ。心臓がキュンと、高鳴った。
「うん。俺も…したい」
紫輝も眞仲の胴に手を回し、抱き締める。
彼のぬくもり。彼の鼓動。
彼がそばにいる…ただそれだけで、紫輝は心の安寧を得られる。
眞仲は…大勢の冷たい目、針のような視線の中で過ごしてきた、紫輝のオアシスだから。
この世界で、龍鬼として生きていかなければならない紫輝にとって。眞仲の存在は貴重だ。
手を広げて迎えてくれる。
力強く、抱き締めてくれる。
紫輝のすべてを認めてくれる。
そんな眞仲が、この世界のどこかに存在している。
そのこと自体が、紫輝の心の支えになっていたのだ。
そんな彼でも、ふたりを同様に好きなのだと伝えたら、自分の前から去ってしまうだろうと思った。
彼を失うことを考えると、本当に怖くて。身が震える。
だけど、彼の純粋な想いを穢すことだけは絶対にしたくなかった。
だから、ものすごく怖かったけれど、紫輝は己の心情を正直に打ち明けたのだ。
結局、眞仲を失わないで済み。
彼は愛情も残してくれた。
それは紫輝にとって、この上なく幸せな展開。
でもどちらも好きで、どちらも選ばないというのは、想いを寄せてくれる人に甘える行為だとわかっている。
そのズルさを承知の上で、紫輝は眞仲を手放せなかった。
「月が高くなってきたな。そろそろ紫輝を基地に戻さないと…」
眞仲に言われ、紫輝も消灯時間が近いと気づいた。
でも、明日またあの戦場に出るのかと思うと。憂鬱で。
つい、ため息をついてしまう。
「今からでも遅くないよ。俺と一緒に手裏に行くか?」
浮かない顔の紫輝を見て、彼が魅力的な提案をした。
眞仲が手裏軍の幹部だと知って、強引に手裏に連れて行ってくれたら良かったのに、と。先ほどは思ったけれど。
彼についていきたい気持ちも、なくはないのだけど。
紫輝は、うなずけなかった。
もう廣伊や千夜を裏切れないくらいに、彼らとの間に情が生まれていたし。
なにより、一番の問題が片付いていない。
「まだ、会えていない龍鬼がいるんだ」
眞仲の情報では、手裏の龍鬼には会わなくても良さそうだが。
将堂の龍鬼である、時雨堺は。
もしかしたら紫輝が探している龍鬼であるかもしれないと、廣伊が思うくらい強力らしいので。
絶対に会わなければならない。
会うためには、将堂内で地位を上げる必要がある。
かなり時間がかかりそうだが。時雨堺に会うまでは、あきらめられない。
できたらそれまでに天誠も探し出しておきたいのだ。
「そうか。じゃあ、弟をみつけて。その龍鬼にも会って…元の世界に帰れないと絶望したら、紫輝は俺のお嫁さんになってくれるんだな?」
「ハイッ、意地悪発言、キたーっ」
神妙な顔つきで言う、眞仲に。紫輝は唇をとがらせて怒って見せる。
けれど、拗ねたり、笑ったり、泣いたり、そんな心をさらけ出せる間柄でいられることが、一番嬉しいことだった。
眞仲は『怒らないで』と言い、後頭部を手でナデナデする。
むくれながらも、紫輝の頬は緩んでしまった。
「ライラ、出ておいで。紫輝は方向音痴のようだから、道順を覚えておいてほしいんだ」
そして紫輝が背中に背負っている剣の柄を、眞仲がこんこんと叩いた。
たちまちドロンと煙が上がる。
その煙が丸くなると、獣姿のライラがババーンと現れた。
紫輝は…方向音痴と言われ、反論したかったが。
ここがどこだか、さっぱりわからないので。不本意だが黙るしかない。
でもなんとなくむかつくから、脱いだ靴を黙々と履いた。
「ライラ、今日まで紫輝を守ってくれてありがとう。引き続き頼むよ」
「あい。おんちゃんは、あたしが守るぅ」
元気よく宣言したライラに、眞仲は頭をよしよしと撫でたり、ピンクの鼻をつんつんしたりする。
大きなライラに優しく接する眞仲を見て。紫輝は、ただいまのむかつきも忘れ、惚れ直した。
千夜なんか、まだライラにビビッてるもん。
何故だ? こんなに可愛いのに。
眞仲はその点、ライラの良さを最初からわかっていて、さすがだと思う。
「帰したくはないが、仕方がない。行こうか、紫輝」
立ち上がった眞仲が、紫輝に手を差し出す。
マラソンで紫輝が兵士に差し伸べた手は、無視された。
でもこうして、自分に手を差し伸べてくれる人がいる。
そのことが、とても嬉しいし。そんな彼を大切にしたいと心から思う。
心を温かくして、紫輝は彼の手を握った。
握った手を引っ張って、紫輝を立たせると。
眞仲は紫輝の腰の辺りをいやらしい手つきで触った。
「大丈夫か? もう腰は抜けていないか?」
せっかく良い雰囲気だったのに、感動が半減した。
「大丈夫だよ。もう…エロいの禁止」
「エロ、は…なんとなくわかる」
ふふっと笑い、眞仲は紫輝の手を握ったまま歩き出した。
ふたりのあとに、ライラもついてくる。
「なぁ、眞仲は俺の何をそんなに気に入ってくれたんだ? 俺、迷惑しかかけていない自覚があるんだけど」
樹海の中、帰り道の途中で、紫輝は眞仲に問いかけた。
子供の頃からずっと好意を向けられていた天誠は、ともかく。
以前の世界で、紫輝は天誠以外の者にモテた経験がない。
極悪ノラ猫顔とののしられたことだってあるのだ。
そんな自分に、眞仲がなぜ友達以上の気持ちを持つようになったのか。謎でしかない。
「紫輝のそばにいると…すごく癒されるんだ。太陽の光を浴びると、草花は元気になるだろう? アレに似た安らぎがあるのかな? 紫輝は俺の太陽だ」
「えぇ? 褒めすぎじゃね?」
「見目も、性格も、紫輝のことは全部、可愛いと感じる。手裏兵に襲われていたとき。紫輝は真っ黒な目を涙で潤ませていたな? キラキラ輝く宝石のようで、綺麗だった。ぷっくりした唇が色っぽくて。顔が小さくて。性格がしっかりと男らしいところも、好きだな。決断力がある。まぶしいくらいに明るくて。素直で正直で。清らかで…」
「わぁ、もう、いい。なんか恥ずかしくなってきた」
際限なくずらずら出てくる誉め言葉に、紫輝は溺れそうになった。
褒め殺しってやつだ、これは。
「紫輝はさっき、俺のことを美男子だなんて言っていたが。皮一枚整っているだけで寄ってくる人のことを。昔から俺は好きになれないんだ。内面の方がより重要だから」
天誠も同じことを言っていたと、紫輝は思い返す。
イケメンならではの贅沢な悩み。
でも本人にしたら、切実な悩みなのだろう。
眞仲にしろ、天誠にしろ、そう思ってしまったのなら。
もう、自分が好きになった相手としか付き合えないということになる。
紫輝は、好きだと言われたら嬉しくなってしまうけれど。
激しい好意を向けられると、気持ちが萎えてしまう。そういう人もいるということだ。
「そりゃ、内面大事だけど。でも、どうしても第一印象で左右されちゃうものなんじゃないかな? 俺だって眞仲のこと、格好良いって思っているよ」
でも紫輝は、天誠に一目惚れした女の子たちの気持ちもわかるから。そういう人もいると、擁護したくなった。
きっかけが一目惚れで恋したっていいじゃないか?
「じゃあ紫輝は、俺の顔が良いから好きになった? もしかして、弟に顔が似ているから?」
切り返されて、どきりとする。
つないだ手のひらに汗かきそう。
「顔を見て、好きになったわけじゃないよ。俺は…助けてもらったとき、眞仲の大きな背中を見て。もう、どきどきしていた気がする。あとは…いろいろな積み重ねだっ。変なこと言わすな、馬鹿、バーカ」
言っていて、猛烈に、顔から火が出そうなほどに恥ずかしくなった。
いつ、どうして好きになったのか。なんて。
照れくさくて、ついつい誤魔化しの暴言を放ってしまった。
そんな真っ赤な顔をした紫輝を見て、眞仲は嬉しげにふふっと笑った。
「良かった。弟に似ているから、ってわけじゃなくて」
「眞仲を弟の代わりにするつもりなんかない。っていうか、ならないよ。俺の方が眞仲の弟って感じだもん。甘えてばかりだし…」
暗闇の中、木々の間を抜けて、三十分くらい歩いただろうか。
気づくと丸太で囲まれた前線基地の防御塀の前だった。
つまり眞仲は、紫輝を連れて基地の外へ出ていたことになる。
「紫輝が甘えてくれるのは、嬉しいよ。いくらだって頼ってほしい。でも俺は、紫輝を弟にするつもりはない。わかっているよな?」
足を止め、眞仲が紫輝の顔をのぞき込む。
木々が邪魔をして、月明かりは届かない。本当の真っ暗闇だが。
優しい微笑みが見えるくらい近くまで、彼が顔を寄せる。
「愛しているよ、紫輝。また会いに来る」
彼の愛の言葉が、耳の奥で積み重なっていく。
心地よくて。嬉しくて。心が浮き立つ。
けれど、紫輝は不安も感じた。彼の手をぎゅっと握る。
「俺も…会いたいけど。でも眞仲は手裏の人なんだから。えらい人、なんでしょ? 敵の基地に何度も来たら、危ないよ」
「大丈夫。誰も俺を捕まえられない…紫輝以外はね」
離れたくない気持ちが強くなって、紫輝は背伸びをして彼の首に手を回す。
「あぁ、紫輝。君が求めてくれるなんて…このまま飛んで行ってしまいたくなる」
眞仲は、肩口に紫輝を抱え上げ。その場で、ぐるりとひと回りした。
浮かれている。
視線が同じ高さになって、紫輝も、眞仲も、名残惜しい気持ちを隠さず。互いの首元に頭をすり寄せる。
「あの泉で、また遊ぼうよ。約束…な?」
「うん。でも、慎重に、だぞっ」
笑い合い、存在を存分に感じ合ってから、ふたりは身を離した。
手を振る眞仲に見送られる中、紫輝はライラの背にまたがって、高い塀を越えた。
眞仲も、もちろん飛べるのだが。万が一将堂の兵にみつかったら大変だ。
でも眞仲が飛んで出入りできるのなら、こんな塀は無意味なんじゃないかな? と。紫輝は基地の中でひとり、首をひねったのだった。
★★★★★
「ちゅう、ちゅう、おんちゃんがぁ、ちゅう」
大きな白い猫が、変な歌を歌いながら樹海を歩いている。
基地の中に戻ったはいいが、自分の宿舎の位置が、ぜんぜん、わっかんない。
紫輝は鼻が利くライラに、千夜のいる方角へ導いてもらっている最中だ。
「もう、ライラっ、その歌やめてくれよ。恥ずかしすぎんだろっ」
紫輝は半泣きだが、ライラは尻尾をゆっさゆっさ揺らしているので、かなり御機嫌ちゃんだった。
「仲がいいのは、いいことよ。ちゅう、ちゅう…」
そうは言うけど、誰かに聞かれたらドン引きだ。
遠くに宿舎の明かりが見えてきたので。ライラには剣に戻ってもらった。
この歌を、誰にも聞かれてはならない。
とはいえ、今日戦場で自分を守ってくれて。ここまで道案内してくれたライラには、ものすっごく感謝している。
剣を背負う前に、ライラの瞳の色と同じ宝石部分にチュッとキスした。
するとライラは。また、ちゅうちゅう言い始めた。
「もう、黙ってて。頼むし…」
眉尻を下げた困り顔で、紫輝はライラに懇願したのだった。
そのとき、青髪の男が紫輝に向かってきた。
「紫輝、どこへ行っていたんだ? 廣伊のところじゃなかったのか?」
ライラの歌は聞こえていなかったようで、ギリギリセーフ。
ホッとして、紫輝はライラを鞘に戻し。出迎えてくれた千夜に笑みを向けた。
「あは、迷っちゃって、ここら辺グルグルしてた。あ、そういえば。千夜、俺、千夜のこと誤解していたんだ、ごめんな」
「はぁ?」
突然の、脈絡のない謝罪に。千夜はわけわからず、首を傾げた。
消灯時間が近かったので、紫輝たちは声を気にして宿舎の外で話すことにした。
松明の明かりが届く草地に腰を下ろすと。千夜が小さな包みを渡してくれた。
「ほら。食べてないだろ? おまえの分、もらっておいたから」
「ありがとう、助かるぅ。お腹空いた」
夕食は食堂でとるものだが。
龍鬼は食堂立ち入り禁止だ。
龍鬼用にお弁当があり。それを受け取るよう指示を受けている。
一応、公共の場でいらぬ小競り合いを起こさせぬため。と、言われているが…。
それは一般人の都合でしょ! って思う。
同じ理由で風呂もダメ。
本部でもそうだったけど、腹立つわぁ。
ともあれ千夜がお弁当を持ってきてくれたので、ありがたくいただく。
おにぎり、最高。
「で、なにがなんだって? 誤解?」
「えっと、聞いちゃったんだよ、千夜が班の人に、俺の後ろにいれば死なないって言ってたのを」
「あぁ、野際が言ってたやつ。おまえ、アレ聞いたのか?」
大きめのおにぎり二個を紫輝はぺろりと食べ。竹で編んだ弁当箱のふたを閉めた。
朝食時に弁当箱は返却しなければならない。
使い捨てじゃないのは、良いことだ。エコだね。
「それで、千夜は俺の…ライラの能力を利用して、自分が生き残るために俺と友達になったんだって。盾にする気で、友達のフリしてんじゃないかって…考えちゃって」
紫輝が言い終えた途端、千夜はブハッと盛大に吹き出した。
「ははっ、バッカじゃねぇの? おまえの後ろにいたら、命がいくつあっても足りないっつうの。盾に…盾になんか、全くならなかったしぃ」
声を気にして、抑えめに、囁きモードで言っているから、余計におかしいようで。
千夜は笑いを止められなかった。
いつまでもヒーヒー笑っている千夜を見て。紫輝は、顔を真っ赤にする。
自分の思い上がりっぷりが、激烈に恥ずかしい。
「わかってるよぉ、ってか、今日の戦闘で身に染みたっていうか。自分がここまでヘタレだったとは思いもしなかったっていうか」
大笑いを引っ込め、千夜は、唇をとがらせて拗ねる紫輝をド突いた。
「だから馬鹿だっていうんだよ。初陣なんか、誰だって怖いに決まってんだろ」
腕組みをした千夜は正面から紫輝を見据え、丁寧に説明した。
「いいか、本来は。見回りのとき、小競り合いで初陣を迎えるって奴が大半なんだ。だが今日の戦闘は、最大規模と言っていいものだった。あれだけ大規模な戦闘に駆り出されれば、ベテランだって足が震えるものだ」
「千夜もか? 全然怖がっているように見えなかった」
「おまえが先に潰れたからだろうがっ。補助に入って、怖がる暇もねぇ。ま、それもあるが。俺は場数踏んでるから、戦うことに恐れを感じることはあまりない」
明るい千夜には珍しく、唇を引き結ぶ神妙な表情で話を続けた。
「俺が一番恐れているのは。犬死にすることだ。なんの意味もなく、ただ死ぬのだけは御免だ。兵士だから、いずれ死ぬだろうが。爪痕くらいは残さなきゃ、な」
笑顔のない、瞳を強く光らせての言葉。
とても重い想いであることが、紫輝にも伝わった。
だがすぐに雰囲気を変え、千夜が軽く笑う。
「野際との話、最後まで聞かなかったんだろ? 紫輝を盾にしろと言ったあと、あいつ怒り出して。子供を盾にできるかってさ。野際は古株で、故郷には十歳くらいの息子を筆頭に、四人の子供がいる。まだ子供欲しいのかって、ツッコミ入れといたが。あいつ、紫輝と長男がかぶって気が気じゃないんだと。龍鬼の血が怖いのもあるだろうが、あのときあいつが言いたかったのは、つまり、おまえが戦場に行くのはまだ早いってことだったようだ」
「え、そうなの?」
わかりづらい、とか。
俺は十八なんだが十歳児とかぶるってどういうこと? とか。
いろいろ思うところは、ありつつも。
いわゆる、野際は心配してくれたわけで。
なんか胸の内が、ほっこり温かくなる。
今度彼と、ちゃんと話してみようと思った。
ごつい顔と体に見合わない、白いふわふわの大きめな翼を持つオジサンだ。
「確かに野際の言うとおり、一ヶ月程度で初陣は早いかもしれない。でも紫輝にも事情があるし。行くな、とは言えないだろ? だから。紫輝が血を流さないように、おまえが守れ。先達としての誇りを見せやがれって、カマしといた」
吉木とは全くわかり合えないまま終わった。
九班でも、千夜以外の班員と、まだ話らしい話をしたことはない。
でも自分の知らないところで、自分のことを気に掛けてくれる人がいたのだ。
それは紫輝には、嬉しい出来事だった。
廣伊や千夜以外の人ともわかり合えるのかもしれない。そんな風に思わせてくれた。
「まぁ、俺も野際もおまえを盾にはしないだろうが。もし他の奴らがおまえの後ろに隠れたら。なにも言わずにかばってやれよ。戦場に立つ男たちは、それなりに剣技に自信を持つ者だ。そんな男共が誰かの後ろに隠れる事態っていうのは、そりゃあ屈辱的なことだと思うぜ? それでも紫輝の後ろに隠れたのなら。それはそいつにとって、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだろう」
紫輝は盾にされることを、友達としての屈辱だと考えていた。
友に利用されるのだと。
だが隠れることも屈辱だと言われ、紫輝はそっち側の気持ちは全く考えていなかったな、と反省した。
ただただ、千夜に友達として認められていなかったのかと思って、それがショックだったのだ。
でも、いざ戦場に立ってみると。
あの場は、友達とか屈辱とか考えてなどいられない。本当に切羽詰った場所だった。
戦場で一歩も動けなくなったあの感覚を、紫輝は思い返す。
もし、誰かがあんな気持ちになっていたとしたら。
千夜の言うとおり、なにも言わずにかばってあげたいと。紫輝は思った。
「…っつか、隠れていいなら、俺は紫輝の後ろじゃなくて、廣伊の後ろを断固希望する。とはいえ廣伊の後ろになんか、ついていられねぇけどな?」
「え? どういう意味?」
「おまえも見ただろ? 俺が廣伊に後ろを取られたときのこと。いつの間にか後ろにいるってことは。いつの間にか消えるってことだ。ついて行けっこない」
紫輝は、廣伊が戦っているところをまだ見たことがない。一度対戦しそうな場面はあったが…吉木に邪魔されたっけ。
吉木トラウマがひどい、紫輝だった。
「それになんていうか、戦場にいるときの廣伊は。凄味が強い。長くそばにいられねぇ」
「凄味? 空気感…ってこと?」
「あぁ、戦闘態勢に入った龍鬼は…廣伊も氷龍も。ぞくぞくするほど圧倒的だ」
廣伊の話だったが、紫輝は関心事である氷龍の話に食いついてしまった。
「え、氷龍? 氷龍って、時雨堺のことだよね。千夜、会ったことあるのか?」
「俺の地位で目通りできるわけねぇだろ。会ったんじゃなくて、戦場で見かけたんだ。羽なしとか関係なく、氷龍だってすぐに判別できるぞ。彼のまとう空気が、もう、全然違うからな? 腰まで届く白髪が、返り血で真っ赤に染まっていた。彼がどう進んできたか、倒れている手裏兵のあとをたどればわかるんだぜぇ」
恐怖を煽る千夜の語り口に。紫輝は彼の肩をはたいてツッコミを入れる。
「怪談かよっ、つか、怖くないしぃ」
「幽霊よりも怖い話だって。廣伊は、緑の気が高まるが。時雨様は、冷気を呼ぶ。周辺の空気が凍てつき、白くかすむ中でたたずむ時雨様の姿は。まるで、雪女のように恐ろしげだ。氷龍と目を合わせると魂を抜かれる…なんて言う奴もいる。俺はそんなの信じねぇから、じっくり見てやったけど。確かなことは、凄まじい美形だということだ」
「そんなに怖がられているなんて。なんか可哀想だな。いくら美形でもさ、千夜みたいな怖いものなししか、時雨堺と目を合わせないんだろ?」
龍鬼というだけで避けられる要素があるのに。目も合わせないとなったら、今の自分よりよっぽど孤独なのだろう。
自分たちをここへ連れてきた、悪い男かもしれないが。
まだ会ったこともない氷龍に、紫輝はちょっと同情した。
「いや、怖い怖い言いながら、みんな絶対に見てんだよ。だって時雨様が美形なのは周知の事実だからさ。おまえだって見られてんだぞ。新しい龍鬼はヘタレだって、噂の的だ」
「嘘でしょ! ひどくない?」
からかってくる千夜の腕に、ヘタレパンチをかましていたら。
消灯だから宿舎に入れ、と。見回り番に怒られた。
それはともかく。
自然に千夜と友人のスタンスに戻れて、紫輝は安堵した。
眞仲との、どっぷり甘えられる親しさは別物で大事だが。
千夜との遠慮のいらない交流も、かけがえのない大事なものなのだ。
怖くて、目をつぶるが。見えない方が怖いぃ。
思い切って、もう一度目を開けた。
「わっ…うそ…」
視界いっぱいに、黄金色に輝く三日月が映った。
あり得ない。
月明かりも届かない樹海の中にいたんだよ?
なのに、なんで月がこんな間近に見えるんだ?
欠けた月なのに、びっくりするほど明るい月光が眼下の樹海の表面を照らしている。
っつか、なんで森が下に?
まさかと思った。
下に樹海があるということは、樹木の上に出ているということだ。
足を動かすが、空を切るばかりで。
地面に足がついていないってこんなにも恐ろしいのかと、紫輝はパニックを起こしそうになった。
「な、なに? わ、わぁ…ラ」
恐怖のあまり、紫輝はライラを呼ぼうとした。
「紫輝」
背後の人物から名前を呼ばれ。紫輝は、固まった。
その声。
どこか甘さがにじむ、聞き覚えのある声を耳にし。
紫輝は喜び半分、戸惑い半分で、顔を後ろに振り向けた。
「眞仲!?」
腕の下から手を回し、自分を抱きかかえている人物を見て。改めて目をみはる。
本当に、眞仲だ。
「うそ、マジで? 眞仲? どうしてここに…わぁ」
眞仲の漆黒の翼が羽ばたくと。一瞬ぐらりと揺れて、心臓がギュッと縮こまる。
空中で、眞仲が。紫輝の膝下に片手を入れ替え。お姫様抱っこする。
このときばかりは、恥ずかしさより安堵感が勝った。
「紫輝に会いたくて。我慢できなくなったんだ」
大きな三日月が眞仲の背後から彼を照らしている。
艶やかな黒髪が、月色の輝きを反射し。まるで天からの使いのように感じてしまう。
間近にある柔らかな瞳の色は、紫輝を温かく包み込んでくれた。
「今、降りるから。しばらくジッとしていろよ? 紫輝」
「降りる…って、わ、わぁっ!」
久しぶりに聞く眞仲の魅惑ボイスにうっとりしていたら。
話がすぐに入ってこなかった。
降りるって、なんだっけ?
と、思っていたら。マジで落ちた。
眞仲は、腕に抱いた紫輝ごと真下に落ちていった。ように、紫輝には感じたのだが。
落下ではなく、滑空だった。
しばらく落ちながら、前に進んでいくと。翼を羽ばたかせて上昇する。それを繰り返すのだ。
それは怖いと評判のジェットコースターより、百倍怖い。
だってシートベルトも、なんもないっ。
「こ、怖っ…無理、ま、眞仲、無理無理」
思わず紫輝は、眞仲の首にしがみついた。
「大丈夫だ、紫輝を絶対に離したりしない」
月光が、眞仲の頬にまつ毛の影を落としている。
紫輝は、彼の端正な顔をみつめた。
色気を醸す、切れ長の目元。
微笑んでいる眞仲を見ていれば、風を切って飛翔する恐怖なんか薄れていく。
強靭な彼の体躯に身を預ければ。どんなものからも守られる。
そんな安心感があった。
しばらくして眞仲はふわりと着地する。
そこは豊かに水をたたえた泉のほとりだった。
水際の一部分が砂浜のようになっているが。右手は、切り立った崖。左手は、木々で囲まれていて。秘境のような印象だ。
とても綺麗な泉…なのだが。
幻想的な景色を楽しむ余裕は、ない。
眞仲が紫輝を地におろした途端。砂地に膝をついた。
先ほどの恐怖が足に来ていて、腰が抜けているよぉ。
眞仲をみつめて、恐怖を誤魔化してみたものの。
やっぱり、怖いものは怖かった。
地上に足はついていて、もう怖くないはずなのに。体がまだ勝手にビビッている。
だって、空を飛んだの初めてだったからっ。
「がっかりだなぁ、紫輝はもっと再会を喜んでくれると思っていたのに」
泉の上に木々はかかっていなくて。月明かりが眞仲の立ち姿を照らしていた。
するりとした真っ黒な長い髪。黒く立派な翼。頼もしい大柄な体躯。
そして兄のような親しさを感じさせる態度。
眞仲だ。
眞仲がそばにいる。
そう実感したとき、紫輝の目から涙がこぼれた。
「わ、なんで泣くんだ? 空を飛んだの、そんなに怖かったのか? それともどこか痛い?」
眞仲は慌てて紫輝の前に片膝をついた。
自分こそ、どこか痛そうな顔をして。紫輝の頬を大きな手のひらでやんわりと包み込む。
その温かさに、紫輝はまた涙をこぼす。
嬉しくて。
彼のぬくもりが指の先までジンと染み入るようだった。
「眞仲に、会いたかったから」
ぽつり、ぽつりと、こぼれ落ちる紫輝の涙を。眞仲は親指で拭っていく。
でも、キリがなくて。
眞仲は紫輝を引き寄せて、きつく抱き締めた。
「本当に? 泣いちゃうくらい、俺に会いたかった?」
「うん」
紫輝は片膝をつく彼に乗り上げ。眞仲の脇の下から手を差し入れ肩を抱いた。
前から羽交い絞めするような形だ。
そうすると胸と胸がぴったりと合わさって、よりくっつけるのだ。
彼の太い首筋に頭をうずめ。懐かしい眞仲の匂いを思い切り吸い込んだ。
「この世界で、こんな風に俺を抱き締めてくれるのは、眞仲だけだ。はは、いつの間にか人肌恋しくなっていたのかな? 前の世界では、弟がウザいくらいくっついてきたから。ここで、ひとりで…寂しかった」
泣きながら、自嘲気味に笑い。
将堂にいる間ずっと隠してきた胸の内を、眞仲に吐露した。
「将堂で、つらい目にあったか?」
「…いっぱい。でも上司は良い人で、つらいばかりでもないんだけど…」
「高槻廣伊?」
ズバリ名を言われ、紫輝はハッとして顔を上げる。
びっくりして涙が引っ込んだ。
目の前の眞仲は、前に会ったときと変わらず穏やかに微笑んでいるけれど。
着ているものは黒の詰襟…手裏軍の軍服だった。
太めの刀も脇に差している。
「その様子じゃ、聞いたんだな? 俺が手裏軍幹部の安曇眞仲だって」
「でも、同姓同名だと思っていたんだ。だって安曇眞仲は。龍鬼だって聞いたから」
「このとおり翼があるから。龍鬼ではない。まぁ、嘘の情報を流すのも作戦の内なんだよ」
正体がバレても、特に慌てた様子もなく。眞仲は『内緒だぞ』と、口の前に人差し指を立てた。
なんか色気がダダ洩れてるんだが…。
そんな流し目で誘惑しても、ご、誤魔化されないんだからなっ。
「最初から、手裏の人だったのかよ? だったらどうして、俺を手裏に…」
少し拗ねた気分で、紫輝はつぶやく。
なんで自分を手裏に連れて行かなかったのか?
眞仲にとって、自分はその程度の、取るに足りない存在だったのか?
寂しい、悲しい、苦しい、腹立たしい、そんな負の感情が紫輝の中に渦巻いていた。
「もちろん俺は紫輝を手裏に連れて行きたかったよ。ずっと一緒にいたかった。騙して、連れて行っちゃおうかと、何度も思った。でもそうしなかったのは、紫輝が強い龍鬼を探していたから。嘘をついて、君に…嫌われたくなかったからね?」
眞仲は、己の唇に当てていた人差し指を紫輝の額に突きつける。
「元の世界に戻るために、強い龍鬼に会いに行きたかったんだろう? 紫輝には、嘘じゃない、本当の龍鬼の情報を教えてあげるけど。手裏にいる龍鬼はただひとり。不破だけなんだよ。でも彼には、それほどの能力はないと知っていた。だから将堂へ行くという君を、俺は止めなかった」
諭すように言われ。紫輝は拗ねて、突き出していた唇を噛んだ。
自分の甘えた気持ちを見透かされたような気がして。赤面する。
「う、そうだった。俺がそれを望んだ。眞仲はいつだって俺の気持ちを優先してくれて、そして助けてくれた」
「そうだよ。いつだって…君のことを考えている」
額に押し当てていた指を動かし、眞仲は紫輝の前髪を払った。
指先を耳へと動かし、際に触れ。
そのまま手を頭の後ろに回し、やんわり撫でる。
その彼の手の感触が心地よくて、紫輝は気持ちが良いと感じていた。
「でも、今回ばかりは失敗したようだ。やっぱり強引にでも紫輝を手裏に連れて行くべきだった。ずっとそばにいられたら、つらい目になんかあわせなかったのに」
そっと、眞仲が顔を寄せる。
驚く間もなく、唇に彼の唇が優しく触れた。
力強い彼の手が後頭部を押さえていたから、避けられなかった…わけではない。
眞仲とキスするのは、自然な流れだった。
彼が自分を大事にしてくれるのを知っていて。
紫輝も、再会しただけで涙を流すほどに、彼に心を添わせていた。
だから…紫輝は目を閉じた。
眞仲とするくちづけは、ぬくもりが胸を満たしてほんわかする。
けれど、体がカッと熱くなる感覚もある。
触れただけの唇が、一度離れた。
「眞仲…」
「…紫輝っ」
吐息が触れるほど近くで、互いの名を呼び合う。
そして今度はどちらからともなく体を寄せ、深く結びつくようなキスを交わした。
紫輝の口の中に、眞仲の舌が入り込む。
唇と唇が隙間なく密着し。口腔で眞仲の舌がねっとりと、紫輝の舌に絡みつく。
「…ん、ん」
艶めいた声が鼻から漏れても構わず。紫輝は、彼の舌に舌をすり合わせる。
今、自分は。彼の最も近いところにいる。それが実感できて、嬉しかった。
でも、もっと彼が欲しい。
もどかしく体を押しつけ、背に回した手で彼の体温を掻き抱く。
手のひらに触れる彼の羽が、くすぐったい。
温かい。さらに強く、激しく、彼と混ざり合いたい。
けれど。己から求めた熱を自ら引きはがし、紫輝は眞仲から離れた。
「…ごめん、眞仲」
乗り上げていた彼から、降り。地べたにストンと腰を落とした。
座り込んだ紫輝を、眞仲が不安げに見下ろす。
「どうした? 男同士だから、気持ち悪くなっちゃったのか?」
「違うんだ、そうじゃなくて…」
「なら、何故? 俺は本気で紫輝を愛している」
躊躇いもなく、愛していると言い切る眞仲を。紫輝はみつめる。
彼が自分を想ってくれる気持ちに、嘘はない。
それは、今までの彼の行動から充分に伝わっている。
彼の気持ちに正直に向き合わなければならないと、紫輝は感じた。
だがそれは、今まで目を背けてきた問題に、真っ向からぶつかることでもある。
「眞仲の気持ちを疑ったりしない。えっと…男同士だとか、異世界から来たとか。眞仲は美男子だから、俺より良い人がみつかるんじゃないかとか。思うところは、いろいろあるんだけど。そういうのじゃなくて、今は俺の話をするよ。聞いてくれないか?」
紫輝は胸に手を当てて、心の奥の方にずっと隠してあった想いを取り出すように。正直に、慎重に、打ち明けた。
「天誠は俺の弟だけど。血縁ではないんだ。本当の兄弟じゃない」
眞仲は小さく息を呑んだが、紫輝の話を黙って聞いた。
「この世界に来る前、天誠に告白された。愛しているって。心も体も自分のものにしたいって」
「…紫輝は、なんて答えた?」
「天誠の誕生日が来るまで…彼が十八になるまで待ってほしいと言った」
紫輝が初めて胸のときめきを感じたのは。十歳のとき。天誠が、紫輝の唇にキスした日だった。
母がアメリカ人で、家族間のスキンシップは多い方だったけれど。
唇にキスするのは恋人同士で、特別なことなのだとわかっていた年齢だった。
両親が頬にキスするときは、包むような、穏やかな愛情を感じた。
でも天誠とキスしたときに感じたものは、それとは違う。
いばらの蔓で囲い込むかのように、強烈な独占欲だった。
天誠がどれだけ自分のことを好きで、特別に想っていて、誰にも渡したくないか。その気持ちがわかって、どきどきした。
でも兄弟だから。
いくら特別に好きでも、兄弟でキスをしたらダメなのだと天誠に教えて。
それ以後ふたりは唇にキスをしなかった。
しかし天誠の目は、いつまでも紫輝を特別に愛していると伝えていた。
彼が寄り添う、肩を抱く、髪に触れる、紫輝はそこに意味を感じていた。
それからずっと、紫輝も天誠にどきどきしている。
「天誠は素性のわからない俺を、大切に育ててくれた人たちの息子だ。両親のこと、同性であること、兄としての責任…そんなことを考えてしまうと、すぐに返事ができなかった。でも同級生の女の子や、仲の良い男友達の中に。天誠よりもどきどきさせる人なんて。現れなくて。天誠だけが、俺の心を揺さぶる」
紫輝は、眞仲にしっかり目を合わせて。告げる。
「この感情は、たぶん恋だ。告白されて、俺はすごく嬉しかった」
「…天誠のことが好きだから、俺の気持ちに応えられないって。そういう話なのか?」
眞仲に問われ、紫輝は小さくため息をつく。
立ち上がって、水際まで歩いた。
泉の水は透明で、波紋がきらきら光っていて。
先ほど眞仲とキスしたときに心を埋め尽くした、あのキラキラと同じだと思った。
「もっと俺が、馬鹿みたいに単純だったら、良かった…」
心がざわざわする。この不快感が気持ち悪くて、紫輝はおもむろに靴を脱ぎ捨て、泉に入った。
膝まで浸かる深さのところまで行って、荒々しく水で顔を洗う。
流れるしずくをそのままに、叫んだ。
「俺、眞仲に魅かれていると思う。眞仲が、好きだっ」
この世界で眞仲と出会い。
天誠に感じていたものと同じ感情が、芽生えてしまった。
異世界に転移してしまって、どうしたらいいかわからなくて。
怖くて、困惑していたとき。
彼は紫輝にいろいろ教えてくれた。導いてもくれた。心から案じてくれた。
眞仲の気持ちを知って、胸がときめき。
離れるときは、心細くて。
悲しみで、心臓が本当に痛いと感じ。
再会したときは…暗かった景色が一瞬で明るく色づいた。
否定できぬほど、眞仲に恋をしている。
紫輝はそんな己の想いに、ずいぶん前から気づいていたのだ。
振り返って、眞仲に視線を合わせる。
ほとりに立つ彼は、嬉しさと悲しさが同居しているような、複雑な笑みを浮かべていた。
「俺を好きだと言いながら、どうして紫輝はそんなに苦しそうな顔をするんだ?」
「だって…同時にふたりの人を好きになる俺は、ダメじゃん」
言うと、眞仲の目に、天誠への嫉妬。そして紫輝を手に入れられるかもしれない期待の色が見えた。
彼の期待に応えたかった。
でも、天誠との日々も。かけがえのない宝物で、紫輝の胸を大きく占めている。
心が半分に引き千切れそう。
水滴と一緒に、涙も、紫輝の頬をすべり落ちていく。
「とりあえず、そこから上がってくれないか? 風邪をひいてしまうよ」
苦笑する眞仲に手招かれ、紫輝は渋々泉から上がった。
でも、まともに彼の顔を見られなくて。うつむく。
ただただ申し訳なくて。
そんな紫輝を、眞仲は正面から抱き締めた。
剣の鞘をかいくぐり、背中に回る眞仲の大きな手のひらが、背骨が反るほどに力強く掻き抱く。
熱くて。狂おしくて。
紫輝はせつない吐息をついた。このまま潰れてしまってもいい。
「…濡れるよ、眞仲」
「いいんだ、君が好きだと言ってくれた。それが、とても嬉しいから」
「でも俺、天誠のことも同じくらい好きなんだ。そんなの…なんて言ったっけ。尻軽? 浮気性? とにかく、誠実じゃない。でも、あの、眞仲にこうしてずっと抱き締められてたい…なに言ってんだ。こんな気持ちになるなんて、マジで、自分で自分がわかんないっ」
眞仲と体をぴったり合わせていると、心地よくて、もっともっとくっつきたいと思ってしまう。
心も体も、切実に彼のことを求めているのだ。
でもそれは、ズルいこと。
眞仲も天誠も、同じくらい好きで。どちらも選べないなら。いっそ、離れた方がいい。
だけど眞仲が離れていくのを想像するだけで、なんだか泣けてきた。
「紫輝、これは俺と君の問題だよ。ひとりで悩んだらダメだ」
そう口にして、眞仲は紫輝の頭のてっぺんに、音の鳴る小さなキスを贈った。
「紫輝は、尻軽でも浮気性でもない。ただ俺を愛して、弟を愛しているだけ。こんなに混乱して、一生懸命考えてくれているんだから、紫輝は誠実だよ。自分を貶めるような、そんな言い方をしないでくれ」
「どうして、こんなに好きになっちゃったんだ? 眞仲、苦しいよ。でも、気持ちをはっきりしなきゃダメだよな」
それがケジメだと紫輝は思ったし。
彼もそれを望むだろうと思った。
けれど眞仲は、紫輝の唇を人差し指で止めた。
「それは俺に分が悪い。俺は紫輝と過ごした時間が短い。弟にその点では敵わないからな。だから、すぐに結論を出さないでくれないか? どうか、お願いだから。紫輝が元の世界に戻る、そのときまで。俺の恋心を殺さないでほしい。目の前に紫輝が存在する限り、君に愛を注ぎ続けたいんだ」
眞仲は腰をかがめ、紫輝に目と目を合わせて囁く。
これぞ、悪魔の誘惑だ。
「そんな…それじゃあ、俺に都合が良すぎるよ。ただ愛されるばかりじゃ眞仲に甘えすぎだ」
「馬鹿だな、紫輝。君はこの世界に来て、もう充分苦しんでいるじゃないか。俺に甘えるくらいのこと…神様だって許してくれる」
低音で、甘く響く眞仲の声は、大人の色気がにじむ落ち着きのある美声だ。
その声で優しく諭されたら…どんな無理難題でもうなずいてしまいそう。
「甘えて、もっと、俺に…」
ひっそり囁かれると、声にくすぐられているみたいで、ぞわぞわする。
顔を寄せられても、もうなにもできなかった。
紫輝は眞仲のくちづけを受け入れる。
顎を撫でる、彼の手つきは優しいが。唇は紫輝のすべてを取り込む勢いで、荒々しく動く。
「ん、んぅ…」
頭が振れるたびに、声が小さく漏れてしまって恥ずかしい。
なのに眞仲は、紫輝の口腔に深くもぐり込もうとする、唇がしとどに濡れる淫らなキスで攻めてきた。
紫輝は身も心も、眞仲に預けてしまいたくなった。
自分の体の奥の奥から、別の手を出して。彼の全部をもぎ取りたい。
そんな強烈な衝動を感じて、体が燃え上がる。
欲望に任せて、彼の頭を引き寄せた。
紫輝がノッてくると、眞仲もいやらしい舌遣いで煽ってくる。
口蓋を舌でくすぐられると、背筋にぞくりとした快感が走り、彼の髪に差し入れた指先が喜悦に震えた。
「は…ん、ま、眞仲…も、んぅ」
感じすぎるから、眞仲の舌の動きを舌で邪魔するが。逆に結びつくように絡められ、ちゅくちゅく音が鳴るほど吸われてしまう。
「ん…ふ、ぁ」
激しい眞仲の口撃に負け、紫輝は腰に力が入らなくなった。
もう地に座り込んでしまいたい。
そう思っていると、眞仲も身をかがめてきて。先に、地面に胡坐をかいた。
その膝の上に力の抜けた紫輝を乗せる。
頭の高さが一緒になって、ふたりは存分に深いキスに酔いしれた。
くちづけをしたまま、眞仲の手が紫輝に触れていく。
背中の肩甲骨や、背骨や、脇腹…どんどん下に降りていって、尻の丸みを確かめ、太ももまで。紫輝の体の形をじっくりとなぞっていく。
そのエロさに、紫輝はどきまぎした。
思春期だから、キスも気持ちが良いことも、興味はあるに決まっている。
大人な眞仲に身を任せていたら、どこまで行ってしまうのか。
のぼせるような。雲間を漂うような。夢心地のこの感触をずっと味わっていたい。
でも、と。心の中にいるもうひとりの自分がつぶやいた。
この世界のどこかで、天誠はひとりで苦しんでいるのかもしれないのに。
紫輝のことを必死に探しているのかもしれないのに。
自分ばかりがこんなことをしていたら。
唐突に、天誠に対して申し訳ない気になった。
ふたりの唇が息継ぎで一瞬、離れたとき。紫輝は素早くうつむいた。
「も、ダメだ。これ以上、俺だけ幸せになるのは…つらい」
紫輝の心の中では、同じ場所に天誠と眞仲が立っている。
どちらかが、より紫輝に近づく。
それは紫輝にとって、幸せであり。つらいことだった。
眞仲の愛の言葉に心が揺れれば、天誠に悪いと思い。
天誠に想いを馳せれば、眞仲に後ろめたさを感じる。
「俺、天誠がみつかるまでキスしない」
きゅっと唇を噛んで、紫輝は究極の宣言をする。
けれど眞仲は、紫輝の耳の際をゆるゆると舐め、甘ったるい声を耳孔に吹き込んだ。
「キスって、これのこと?」
紫輝に目を合わせたまま眞仲が唇を軽くついばんだ。
甘く齧って、チュッと吸いついて、舌で舐める。その行為を何度も繰り返した。
「紫輝の世界では、これをキスって言うのか?」
唇をつけたまま、口先で聞かれ。紫輝はうなずく。
「ん、キス…とか、ちゅう、と、か」
答えている合間にも唇を軽く噛まれて邪魔される。
「ここ、は? ここでは、なんて言う?」
「んー、くちづけ、とか…口吸い、かな?」
口吸い!? って思った瞬間、眞仲が本当に口を吸った。
そのまま、またねっとりと舌を絡められてしまう。
口腔を舌で探られると、くすぐったいのとジンとするのとぞくぞくが、交互に訪れ。
紫輝はあんまり気持ち良いから、もっとと催促するみたいに唇を動かしてしまった。
そうしたら眞仲はくちづけをしながら、口角を引き上げて笑ったのだ。
その、大人の余裕。男の色気。
だが、決して戯れではないと思わせる情熱的な態度。
すべてが男としてパーフェクトだった。彼の魅力には抗えない。
でも。でもぉぉ。
「ダメだってば。眞仲は、神様が許してくれるって言うけど。俺はふたりを好きなままで眞仲とキスしちゃうのはダメだと思いますっ」
彼の胸に手をついてキスをもぎ離し。紫輝はしっかりと言い切った。
紫輝にとって眞仲は、とっても頼れる男なのだ。
その圧倒的な包容力で、紫輝のなにもかもを受け止めてくれる。
でもこのまま眞仲に寄り掛かるばかりになってしまっては、甘やかされっぱなしでは、いけない。
これは自戒なのだ。
「だって、それって眞仲にすごく失礼なことだ。天誠をみつけ出したら、ちゃんと自分の気持ちをみつめて、答えを出す。だからそれまで…眞仲とも、天誠とも、誰とも、キスしない」
眞仲の膝から降りて、紫輝は砂地の上に正座した。
すると眞仲は…珍しく視線をそらして、舌打ちする。
「チッ、流されなかったか、残念」
一瞬、耳を疑った。
でも、そういえば。眞仲の中には、黒眞仲がいたっけ。と、紫輝は思い出す。
眞仲は眉間にしわを寄せ、やるせないため息をついた。
「じゃあ、もし天誠がみつからなかったら? 一年? 二年? 十年経っても、紫輝は俺とキスしてくれないのか?」
たずねられ、紫輝は困ったが。
この答えは決まっていた。
「みつかるまで、探し続けるから」
あまり表情は変わらないが、黙り込んでしまった眞仲に。紫輝は真摯に訴えかける。
「わかってほしい。今は、眞仲のことも天誠のことも選べないし。この先どうなるかわからないから。眞仲に待っていろ、とは。言えないんだけど…」
「待つさ。俺は紫輝をお嫁さんにするって決めているんだ。だから、待つけど…キスはダメでも、こうしてギュってするのは良いだろ?」
間髪入れずに、そう言い。眞仲はにじり寄って紫輝のそばに行くと。シカッと抱き締めた。
背中に回る彼の指先にグッと力がこもる。
紫輝は眞仲に求められているのを強く感じ。心臓がキュンと、高鳴った。
「うん。俺も…したい」
紫輝も眞仲の胴に手を回し、抱き締める。
彼のぬくもり。彼の鼓動。
彼がそばにいる…ただそれだけで、紫輝は心の安寧を得られる。
眞仲は…大勢の冷たい目、針のような視線の中で過ごしてきた、紫輝のオアシスだから。
この世界で、龍鬼として生きていかなければならない紫輝にとって。眞仲の存在は貴重だ。
手を広げて迎えてくれる。
力強く、抱き締めてくれる。
紫輝のすべてを認めてくれる。
そんな眞仲が、この世界のどこかに存在している。
そのこと自体が、紫輝の心の支えになっていたのだ。
そんな彼でも、ふたりを同様に好きなのだと伝えたら、自分の前から去ってしまうだろうと思った。
彼を失うことを考えると、本当に怖くて。身が震える。
だけど、彼の純粋な想いを穢すことだけは絶対にしたくなかった。
だから、ものすごく怖かったけれど、紫輝は己の心情を正直に打ち明けたのだ。
結局、眞仲を失わないで済み。
彼は愛情も残してくれた。
それは紫輝にとって、この上なく幸せな展開。
でもどちらも好きで、どちらも選ばないというのは、想いを寄せてくれる人に甘える行為だとわかっている。
そのズルさを承知の上で、紫輝は眞仲を手放せなかった。
「月が高くなってきたな。そろそろ紫輝を基地に戻さないと…」
眞仲に言われ、紫輝も消灯時間が近いと気づいた。
でも、明日またあの戦場に出るのかと思うと。憂鬱で。
つい、ため息をついてしまう。
「今からでも遅くないよ。俺と一緒に手裏に行くか?」
浮かない顔の紫輝を見て、彼が魅力的な提案をした。
眞仲が手裏軍の幹部だと知って、強引に手裏に連れて行ってくれたら良かったのに、と。先ほどは思ったけれど。
彼についていきたい気持ちも、なくはないのだけど。
紫輝は、うなずけなかった。
もう廣伊や千夜を裏切れないくらいに、彼らとの間に情が生まれていたし。
なにより、一番の問題が片付いていない。
「まだ、会えていない龍鬼がいるんだ」
眞仲の情報では、手裏の龍鬼には会わなくても良さそうだが。
将堂の龍鬼である、時雨堺は。
もしかしたら紫輝が探している龍鬼であるかもしれないと、廣伊が思うくらい強力らしいので。
絶対に会わなければならない。
会うためには、将堂内で地位を上げる必要がある。
かなり時間がかかりそうだが。時雨堺に会うまでは、あきらめられない。
できたらそれまでに天誠も探し出しておきたいのだ。
「そうか。じゃあ、弟をみつけて。その龍鬼にも会って…元の世界に帰れないと絶望したら、紫輝は俺のお嫁さんになってくれるんだな?」
「ハイッ、意地悪発言、キたーっ」
神妙な顔つきで言う、眞仲に。紫輝は唇をとがらせて怒って見せる。
けれど、拗ねたり、笑ったり、泣いたり、そんな心をさらけ出せる間柄でいられることが、一番嬉しいことだった。
眞仲は『怒らないで』と言い、後頭部を手でナデナデする。
むくれながらも、紫輝の頬は緩んでしまった。
「ライラ、出ておいで。紫輝は方向音痴のようだから、道順を覚えておいてほしいんだ」
そして紫輝が背中に背負っている剣の柄を、眞仲がこんこんと叩いた。
たちまちドロンと煙が上がる。
その煙が丸くなると、獣姿のライラがババーンと現れた。
紫輝は…方向音痴と言われ、反論したかったが。
ここがどこだか、さっぱりわからないので。不本意だが黙るしかない。
でもなんとなくむかつくから、脱いだ靴を黙々と履いた。
「ライラ、今日まで紫輝を守ってくれてありがとう。引き続き頼むよ」
「あい。おんちゃんは、あたしが守るぅ」
元気よく宣言したライラに、眞仲は頭をよしよしと撫でたり、ピンクの鼻をつんつんしたりする。
大きなライラに優しく接する眞仲を見て。紫輝は、ただいまのむかつきも忘れ、惚れ直した。
千夜なんか、まだライラにビビッてるもん。
何故だ? こんなに可愛いのに。
眞仲はその点、ライラの良さを最初からわかっていて、さすがだと思う。
「帰したくはないが、仕方がない。行こうか、紫輝」
立ち上がった眞仲が、紫輝に手を差し出す。
マラソンで紫輝が兵士に差し伸べた手は、無視された。
でもこうして、自分に手を差し伸べてくれる人がいる。
そのことが、とても嬉しいし。そんな彼を大切にしたいと心から思う。
心を温かくして、紫輝は彼の手を握った。
握った手を引っ張って、紫輝を立たせると。
眞仲は紫輝の腰の辺りをいやらしい手つきで触った。
「大丈夫か? もう腰は抜けていないか?」
せっかく良い雰囲気だったのに、感動が半減した。
「大丈夫だよ。もう…エロいの禁止」
「エロ、は…なんとなくわかる」
ふふっと笑い、眞仲は紫輝の手を握ったまま歩き出した。
ふたりのあとに、ライラもついてくる。
「なぁ、眞仲は俺の何をそんなに気に入ってくれたんだ? 俺、迷惑しかかけていない自覚があるんだけど」
樹海の中、帰り道の途中で、紫輝は眞仲に問いかけた。
子供の頃からずっと好意を向けられていた天誠は、ともかく。
以前の世界で、紫輝は天誠以外の者にモテた経験がない。
極悪ノラ猫顔とののしられたことだってあるのだ。
そんな自分に、眞仲がなぜ友達以上の気持ちを持つようになったのか。謎でしかない。
「紫輝のそばにいると…すごく癒されるんだ。太陽の光を浴びると、草花は元気になるだろう? アレに似た安らぎがあるのかな? 紫輝は俺の太陽だ」
「えぇ? 褒めすぎじゃね?」
「見目も、性格も、紫輝のことは全部、可愛いと感じる。手裏兵に襲われていたとき。紫輝は真っ黒な目を涙で潤ませていたな? キラキラ輝く宝石のようで、綺麗だった。ぷっくりした唇が色っぽくて。顔が小さくて。性格がしっかりと男らしいところも、好きだな。決断力がある。まぶしいくらいに明るくて。素直で正直で。清らかで…」
「わぁ、もう、いい。なんか恥ずかしくなってきた」
際限なくずらずら出てくる誉め言葉に、紫輝は溺れそうになった。
褒め殺しってやつだ、これは。
「紫輝はさっき、俺のことを美男子だなんて言っていたが。皮一枚整っているだけで寄ってくる人のことを。昔から俺は好きになれないんだ。内面の方がより重要だから」
天誠も同じことを言っていたと、紫輝は思い返す。
イケメンならではの贅沢な悩み。
でも本人にしたら、切実な悩みなのだろう。
眞仲にしろ、天誠にしろ、そう思ってしまったのなら。
もう、自分が好きになった相手としか付き合えないということになる。
紫輝は、好きだと言われたら嬉しくなってしまうけれど。
激しい好意を向けられると、気持ちが萎えてしまう。そういう人もいるということだ。
「そりゃ、内面大事だけど。でも、どうしても第一印象で左右されちゃうものなんじゃないかな? 俺だって眞仲のこと、格好良いって思っているよ」
でも紫輝は、天誠に一目惚れした女の子たちの気持ちもわかるから。そういう人もいると、擁護したくなった。
きっかけが一目惚れで恋したっていいじゃないか?
「じゃあ紫輝は、俺の顔が良いから好きになった? もしかして、弟に顔が似ているから?」
切り返されて、どきりとする。
つないだ手のひらに汗かきそう。
「顔を見て、好きになったわけじゃないよ。俺は…助けてもらったとき、眞仲の大きな背中を見て。もう、どきどきしていた気がする。あとは…いろいろな積み重ねだっ。変なこと言わすな、馬鹿、バーカ」
言っていて、猛烈に、顔から火が出そうなほどに恥ずかしくなった。
いつ、どうして好きになったのか。なんて。
照れくさくて、ついつい誤魔化しの暴言を放ってしまった。
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「良かった。弟に似ているから、ってわけじゃなくて」
「眞仲を弟の代わりにするつもりなんかない。っていうか、ならないよ。俺の方が眞仲の弟って感じだもん。甘えてばかりだし…」
暗闇の中、木々の間を抜けて、三十分くらい歩いただろうか。
気づくと丸太で囲まれた前線基地の防御塀の前だった。
つまり眞仲は、紫輝を連れて基地の外へ出ていたことになる。
「紫輝が甘えてくれるのは、嬉しいよ。いくらだって頼ってほしい。でも俺は、紫輝を弟にするつもりはない。わかっているよな?」
足を止め、眞仲が紫輝の顔をのぞき込む。
木々が邪魔をして、月明かりは届かない。本当の真っ暗闇だが。
優しい微笑みが見えるくらい近くまで、彼が顔を寄せる。
「愛しているよ、紫輝。また会いに来る」
彼の愛の言葉が、耳の奥で積み重なっていく。
心地よくて。嬉しくて。心が浮き立つ。
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「俺も…会いたいけど。でも眞仲は手裏の人なんだから。えらい人、なんでしょ? 敵の基地に何度も来たら、危ないよ」
「大丈夫。誰も俺を捕まえられない…紫輝以外はね」
離れたくない気持ちが強くなって、紫輝は背伸びをして彼の首に手を回す。
「あぁ、紫輝。君が求めてくれるなんて…このまま飛んで行ってしまいたくなる」
眞仲は、肩口に紫輝を抱え上げ。その場で、ぐるりとひと回りした。
浮かれている。
視線が同じ高さになって、紫輝も、眞仲も、名残惜しい気持ちを隠さず。互いの首元に頭をすり寄せる。
「あの泉で、また遊ぼうよ。約束…な?」
「うん。でも、慎重に、だぞっ」
笑い合い、存在を存分に感じ合ってから、ふたりは身を離した。
手を振る眞仲に見送られる中、紫輝はライラの背にまたがって、高い塀を越えた。
眞仲も、もちろん飛べるのだが。万が一将堂の兵にみつかったら大変だ。
でも眞仲が飛んで出入りできるのなら、こんな塀は無意味なんじゃないかな? と。紫輝は基地の中でひとり、首をひねったのだった。
★★★★★
「ちゅう、ちゅう、おんちゃんがぁ、ちゅう」
大きな白い猫が、変な歌を歌いながら樹海を歩いている。
基地の中に戻ったはいいが、自分の宿舎の位置が、ぜんぜん、わっかんない。
紫輝は鼻が利くライラに、千夜のいる方角へ導いてもらっている最中だ。
「もう、ライラっ、その歌やめてくれよ。恥ずかしすぎんだろっ」
紫輝は半泣きだが、ライラは尻尾をゆっさゆっさ揺らしているので、かなり御機嫌ちゃんだった。
「仲がいいのは、いいことよ。ちゅう、ちゅう…」
そうは言うけど、誰かに聞かれたらドン引きだ。
遠くに宿舎の明かりが見えてきたので。ライラには剣に戻ってもらった。
この歌を、誰にも聞かれてはならない。
とはいえ、今日戦場で自分を守ってくれて。ここまで道案内してくれたライラには、ものすっごく感謝している。
剣を背負う前に、ライラの瞳の色と同じ宝石部分にチュッとキスした。
するとライラは。また、ちゅうちゅう言い始めた。
「もう、黙ってて。頼むし…」
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そのとき、青髪の男が紫輝に向かってきた。
「紫輝、どこへ行っていたんだ? 廣伊のところじゃなかったのか?」
ライラの歌は聞こえていなかったようで、ギリギリセーフ。
ホッとして、紫輝はライラを鞘に戻し。出迎えてくれた千夜に笑みを向けた。
「あは、迷っちゃって、ここら辺グルグルしてた。あ、そういえば。千夜、俺、千夜のこと誤解していたんだ、ごめんな」
「はぁ?」
突然の、脈絡のない謝罪に。千夜はわけわからず、首を傾げた。
消灯時間が近かったので、紫輝たちは声を気にして宿舎の外で話すことにした。
松明の明かりが届く草地に腰を下ろすと。千夜が小さな包みを渡してくれた。
「ほら。食べてないだろ? おまえの分、もらっておいたから」
「ありがとう、助かるぅ。お腹空いた」
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いつまでもヒーヒー笑っている千夜を見て。紫輝は、顔を真っ赤にする。
自分の思い上がりっぷりが、激烈に恥ずかしい。
「わかってるよぉ、ってか、今日の戦闘で身に染みたっていうか。自分がここまでヘタレだったとは思いもしなかったっていうか」
大笑いを引っ込め、千夜は、唇をとがらせて拗ねる紫輝をド突いた。
「だから馬鹿だっていうんだよ。初陣なんか、誰だって怖いに決まってんだろ」
腕組みをした千夜は正面から紫輝を見据え、丁寧に説明した。
「いいか、本来は。見回りのとき、小競り合いで初陣を迎えるって奴が大半なんだ。だが今日の戦闘は、最大規模と言っていいものだった。あれだけ大規模な戦闘に駆り出されれば、ベテランだって足が震えるものだ」
「千夜もか? 全然怖がっているように見えなかった」
「おまえが先に潰れたからだろうがっ。補助に入って、怖がる暇もねぇ。ま、それもあるが。俺は場数踏んでるから、戦うことに恐れを感じることはあまりない」
明るい千夜には珍しく、唇を引き結ぶ神妙な表情で話を続けた。
「俺が一番恐れているのは。犬死にすることだ。なんの意味もなく、ただ死ぬのだけは御免だ。兵士だから、いずれ死ぬだろうが。爪痕くらいは残さなきゃ、な」
笑顔のない、瞳を強く光らせての言葉。
とても重い想いであることが、紫輝にも伝わった。
だがすぐに雰囲気を変え、千夜が軽く笑う。
「野際との話、最後まで聞かなかったんだろ? 紫輝を盾にしろと言ったあと、あいつ怒り出して。子供を盾にできるかってさ。野際は古株で、故郷には十歳くらいの息子を筆頭に、四人の子供がいる。まだ子供欲しいのかって、ツッコミ入れといたが。あいつ、紫輝と長男がかぶって気が気じゃないんだと。龍鬼の血が怖いのもあるだろうが、あのときあいつが言いたかったのは、つまり、おまえが戦場に行くのはまだ早いってことだったようだ」
「え、そうなの?」
わかりづらい、とか。
俺は十八なんだが十歳児とかぶるってどういうこと? とか。
いろいろ思うところは、ありつつも。
いわゆる、野際は心配してくれたわけで。
なんか胸の内が、ほっこり温かくなる。
今度彼と、ちゃんと話してみようと思った。
ごつい顔と体に見合わない、白いふわふわの大きめな翼を持つオジサンだ。
「確かに野際の言うとおり、一ヶ月程度で初陣は早いかもしれない。でも紫輝にも事情があるし。行くな、とは言えないだろ? だから。紫輝が血を流さないように、おまえが守れ。先達としての誇りを見せやがれって、カマしといた」
吉木とは全くわかり合えないまま終わった。
九班でも、千夜以外の班員と、まだ話らしい話をしたことはない。
でも自分の知らないところで、自分のことを気に掛けてくれる人がいたのだ。
それは紫輝には、嬉しい出来事だった。
廣伊や千夜以外の人ともわかり合えるのかもしれない。そんな風に思わせてくれた。
「まぁ、俺も野際もおまえを盾にはしないだろうが。もし他の奴らがおまえの後ろに隠れたら。なにも言わずにかばってやれよ。戦場に立つ男たちは、それなりに剣技に自信を持つ者だ。そんな男共が誰かの後ろに隠れる事態っていうのは、そりゃあ屈辱的なことだと思うぜ? それでも紫輝の後ろに隠れたのなら。それはそいつにとって、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだろう」
紫輝は盾にされることを、友達としての屈辱だと考えていた。
友に利用されるのだと。
だが隠れることも屈辱だと言われ、紫輝はそっち側の気持ちは全く考えていなかったな、と反省した。
ただただ、千夜に友達として認められていなかったのかと思って、それがショックだったのだ。
でも、いざ戦場に立ってみると。
あの場は、友達とか屈辱とか考えてなどいられない。本当に切羽詰った場所だった。
戦場で一歩も動けなくなったあの感覚を、紫輝は思い返す。
もし、誰かがあんな気持ちになっていたとしたら。
千夜の言うとおり、なにも言わずにかばってあげたいと。紫輝は思った。
「…っつか、隠れていいなら、俺は紫輝の後ろじゃなくて、廣伊の後ろを断固希望する。とはいえ廣伊の後ろになんか、ついていられねぇけどな?」
「え? どういう意味?」
「おまえも見ただろ? 俺が廣伊に後ろを取られたときのこと。いつの間にか後ろにいるってことは。いつの間にか消えるってことだ。ついて行けっこない」
紫輝は、廣伊が戦っているところをまだ見たことがない。一度対戦しそうな場面はあったが…吉木に邪魔されたっけ。
吉木トラウマがひどい、紫輝だった。
「それになんていうか、戦場にいるときの廣伊は。凄味が強い。長くそばにいられねぇ」
「凄味? 空気感…ってこと?」
「あぁ、戦闘態勢に入った龍鬼は…廣伊も氷龍も。ぞくぞくするほど圧倒的だ」
廣伊の話だったが、紫輝は関心事である氷龍の話に食いついてしまった。
「え、氷龍? 氷龍って、時雨堺のことだよね。千夜、会ったことあるのか?」
「俺の地位で目通りできるわけねぇだろ。会ったんじゃなくて、戦場で見かけたんだ。羽なしとか関係なく、氷龍だってすぐに判別できるぞ。彼のまとう空気が、もう、全然違うからな? 腰まで届く白髪が、返り血で真っ赤に染まっていた。彼がどう進んできたか、倒れている手裏兵のあとをたどればわかるんだぜぇ」
恐怖を煽る千夜の語り口に。紫輝は彼の肩をはたいてツッコミを入れる。
「怪談かよっ、つか、怖くないしぃ」
「幽霊よりも怖い話だって。廣伊は、緑の気が高まるが。時雨様は、冷気を呼ぶ。周辺の空気が凍てつき、白くかすむ中でたたずむ時雨様の姿は。まるで、雪女のように恐ろしげだ。氷龍と目を合わせると魂を抜かれる…なんて言う奴もいる。俺はそんなの信じねぇから、じっくり見てやったけど。確かなことは、凄まじい美形だということだ」
「そんなに怖がられているなんて。なんか可哀想だな。いくら美形でもさ、千夜みたいな怖いものなししか、時雨堺と目を合わせないんだろ?」
龍鬼というだけで避けられる要素があるのに。目も合わせないとなったら、今の自分よりよっぽど孤独なのだろう。
自分たちをここへ連れてきた、悪い男かもしれないが。
まだ会ったこともない氷龍に、紫輝はちょっと同情した。
「いや、怖い怖い言いながら、みんな絶対に見てんだよ。だって時雨様が美形なのは周知の事実だからさ。おまえだって見られてんだぞ。新しい龍鬼はヘタレだって、噂の的だ」
「嘘でしょ! ひどくない?」
からかってくる千夜の腕に、ヘタレパンチをかましていたら。
消灯だから宿舎に入れ、と。見回り番に怒られた。
それはともかく。
自然に千夜と友人のスタンスに戻れて、紫輝は安堵した。
眞仲との、どっぷり甘えられる親しさは別物で大事だが。
千夜との遠慮のいらない交流も、かけがえのない大事なものなのだ。
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その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
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番だと言われて囲われました。
桜
BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。
そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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