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28 ダンジョンだけど、星空デート テオ・ターン

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     ★ダンジョンだけど、星空デート テオ・ターン

 海に、夕日が半分隠れるまで。俺はサファと、長くて優しいキスをした。
 だって、サファが。なんだか、すっごい、幸せそうな顔をしているから。
 銀の髪が、夕日に桃色に染まっていて。それが不思議で。彼の髪を撫でたら。
 嬉しそうに、目を細めるから。
 なんでか、胸が苦しくなって。
 離れたくなくて。
 互いに、離れがたくて。未練がましく。いつまでも唇をつけていた。

「サファ?」
「ん?」
「…サファ」
「うん、テオ」

 離れてとは、言いたくないから。名前だけを呼ぶ。
 サファも、わかっているんだろうけど。離れられなくて。
 熱い吐息交じりに、俺の名を呼ぶ。

 唇のキスをほどいて、鼻の頭や額にチュウして。
 頭をせつなく、俺の首に擦りつける。やるせない彼の気持ちが、その仕草に見えるから。
 やっぱり、また。唇を合わせてしまう。

「キリが、ないね?」
「あぁ。キリが、ない。だって、テオのこと、好き。もう、ホント、好き。好き好き…」
 言葉の合間と、好きの合間に、いっぱい唇をついばまれる。

 なんだよぉ、こんな、甘いの。
 なんか、ようやく。恥ずかしくなってきた。

「テオは、俺のこと、好き?」
「すーすすす、調子に乗んなっ」
 俺は甘ったるい空気の鎖を引きちぎり、サファの額に手刀をかました。

「もう、夕食の時間が遅くなっちゃうだろうがっ、時間がないっつったのに、このアホエロ駄犬がぁッ」
「えぇぇ? 俺のせい? ひどいよぉ、テオっ」
 額を手でこすりながらも、サファはつないだ手は離さないで。テントのある場所までの道を、二人並んで戻っていった。

「きゃっ、ユーリ、魔法を使うのはズルいわぁ」
「イオナこそ、そんなに水をかけないでぇ」
「もう、びしょびしょよぉ? うふふ」
 そうしたら、テントの前の海辺で、女性陣が浅瀬でちゃぷちゃぷ遊んでいて。俺はギョッとしたのだ。

「あああぁ、もう、みんな? 海水はベタベタになるから、水浴びにはならないんだよっ?」
 女の子が、海でキャッキャうふふしているのは、大変麗しい光景で。癒しではあるのだけど。
 でも、真水で洗い流さないとならないんだからね?
 海水浴のあとは、結構、大変なんだからね?
 あとで絶対、後悔するやつなんだからね?

「大丈夫ですわよぉ?」
 なんて。イオナは言うけど。

 海から上がって、着替えて。
 夕食時、ステーキ肉やコーンやポテトを鉄板で焼いてバーベキューしているときに。
「ベタベタですわぁ」
 って。眉間にシワを寄せるのだった。
 だから、言ったでしょ?

「探せば、風呂場があるんじゃないか? 今までもそうだったし」
「でも、ここは退避場所じゃなくて、ボス部屋の中だからなぁ」
 のんきな勇者の言葉に、苦言を呈す、俺。
 でも、おそらく。あるのだろう。

 クリスたちを海辺に残し、俺とサファは風呂場探検に向かうのだった。
 果たして、風呂は。あったのだ。海辺からほど近い場所に。
 しかも、岩風呂の露天温泉とか。サイコーかよっ。
 鑑定しても、湯温38度、効能も、肩こり、筋肉痛、神経痛、冷え性という。ごく普通の温泉成分で。
 イイねっ。

 実際の海辺などに、温泉が湧いてるようなところは、数えるほどしかないだろうが。
 ダンジョンの中はデタラメ空間なので、なんでもアリなのだろう。

 俺たちは、女性陣、クリス、俺とサファの三グループに分かれて、順繰りに風呂に入ることになった。
 まず女性陣が風呂、俺たちが風呂周辺の警備、クリスは火の番。
 そしてクリスが風呂、俺たちは警備続行、女性陣が火の番。
 最後に俺たちが風呂、クリスが警備、女性陣は火の番続行、という振り分けだ。

 女性陣が風呂に入っているとき、俺たちは、彼女たちの気配は感じるくらいの場所で。待機する。
 もう、夜遅いので。魔獣も現れないと思うけど。
 稀に夜行性の魔獣もいるので。注意はおこたれない。
 それでなくても、風呂では無防備だしな?

「はぁ、気持ち良いわぁ? ちょっとユーリ? 杖を持ってきたの?」
「だって、魔獣が出るかもしれないでしょ? ちゃんと用心しなきゃ」
「真面目なのね? ユーリったら」

 遠くに、彼女たちの声が、ギリ聞こえる。
 魔法使いのユーリには、無防備でも関係ないみたいだね。

「テオ、上を見て」
 サファにうながされて、顔を上げると。空には満天の星が輝いていて。とても綺麗だ。
 うわぁっ、と。思わず声が出た。
「ダンジョンだけど、星空デートだね?」
 そう言って、サファが俺の手を握る。
 彼に目を移すと。真剣な顔で、俺をみつめていた。

「教えて? テオの気持ち」

 あぁ、とうとう誤魔化せなくなったな、と思って。俺は地べたに座る。
 サファも、隣に腰かけて。ふたりで星空を見上げた。
「俺は、サファが好きだ」
「テオっ」
 俺の言葉に喜んだワンコが、満面の笑みで、俺をみつめるが。俺は話を続ける。
「でも、同じくらい。サファのこと、嫌い」
「テオぉ…」
 同じく、名前呼びだが。声のトーンがまるで違った。喜びと、落胆の、テオだな。

「子供のときは、変なことを考えずに、ただ、サファが好きで、一緒にいた。でも、成長してくると。サファは危ないことをよくするようになって。俺はそれに、ついていけなくて。ま、基本、ビビりだからな。怖いのは、普通に嫌いで。でも、村の子たちは、森で遊ぶ勇気がなかっただろ? だから、俺。サファが森に行くときは、ついていった。森ではサファのこと、ひとり占めできるし」
「俺もっ、森でテオと遊ぶのが、好きだったよ?」
 俺は、地べたに寝っ転がって。星をじっくりみつめた。

「醜い、独占欲だよ。村で大人気のサファは、俺とだけ遊ぶみたいな。優越感?」
「そんなこと、ないだろ。テオは、怖くても、俺のそばにいてくれた。いつも。それって、誰にもできることじゃないし。実際、テオにしかできなかった。年長の子だって、俺についてこれなかったじゃん?」

 ほぼ最下層なのに、星が見えるのは不自然。これは、本物ではない。見せかけの星なのだ。
 それでも、綺麗だけど。

「ま、そうだな。子供のときは。そんな感じ」
 俺は、届かないとわかっていて、星に手を伸ばす。
 決して手の届かない、憧れの勇者に。手を伸ばすように。

「鑑定の儀の前の、まぁ、十歳くらいのとき? 思春期の女の子に言われたんだ。テオくん邪魔。サファくんは、私たちと遊びたいんだって。でも、テオくんがいるから、遊べないって言うのよ…みたいなこと」
 年上の女子は、もう、結婚相手とか恋愛相手という目で、サファを見ていた。
 俺は、ほんのりだったけど。サファに初恋みたいな想いを抱いていたから。
 彼女たちの気持ちがわかってしまって。
 サファを取られたくなくて、ムッとしたり。
 でも、そんな気持ちはおかしいのかなって、ソワソワしたり。
 心が上がったり下がったりして、苦しかったし、忙しかったよ。うん。

「あぁ、もしかしたら。言ったかも。邪魔ってことじゃなくて。俺はテオと約束があるから遊べない、みたいな? 女子を断る口実みたいなもんだよ」
「サファには、そうかもしれないけど。女子は、そう思っていなくて。俺がいなければ、サファと遊べると思ったんだろうな」
 その気もないのに、俺をダシにして断るとか。不実な男だよ、全く。

「それで、ほんのりサファに好意を抱いていた俺は。気づいたわけ。俺とサファがふたりでいるのは、不自然なんだって。サファはいつか、俺ではない誰か、可愛い女の子を選ぶんだって」
「そんな。俺はずっと、テオが好きだったよ? 子供のときも。今も」

 ホント。十歳くらいで、いろいろ考えちゃったのは。サファが女子に余計なことを言ったせいだったかもね。
 深く考えずに、無邪気な心で、男友達と遊んでいるのが楽しいって思っていられたら。
 サファの王都行きも、普通に。離れたくないって、悲しんだり。勇者なんてすっげぇって、喜んだり。できたかもしれないのに。
 でも。そう遠くない未来に、いずれ湧きあがった考えだろうけど。

「でも。普通は。結婚するのは異性で。好きになるのも、異性で。サファのことが好きな俺は、少数派。決して恋は実ることはない。だったらもう、俺はただただ、友達でいようって。恋愛とか、考えないで。なにも見ないふりをするんだ。でもさ。そうしたら、おまえ。勇者だなんて鑑定されて。あぁ、俺は間違っていなかった。勇者なんて、神様に恋するみたいなもんじゃん。報われるわけない。だから、これでいいって。サファが王都に行ったら、これで終わりでいいんだって。そう、思っていた」

 ふと笑って、手を引っ込めようとしたら。
 サファが、その俺の手を掴んだ。

「勝手に、終わらせんじゃねぇよ。俺は、ずっと。王都へ行って、テオと離れているときも。テオが婚約者だって、思っていた。テオが、立派な勇者になってって、言ってくれたから。俺は修行を頑張ったんだ。手紙にも、いっぱい書いたよ。可愛い婚約者のテオへって。愛しい婚約者のテオへって。好きだ、愛してる、早く会いたいって。何度も、何度も」
 引き出しいっぱいに入っている、サファの手紙。
 そんなことが、書いてあったなんて。
 だから村に帰ってきたサファは、俺が否定も肯定もしなかったから。俺のこと婚約者だって思い込んでいたんだな?

「ごめん。読まなかった」
「バカっ。テオの、馬鹿。くそっ小憎らしい、俺の婚約者めっ…」
 寝転がる俺に、ギュッと抱きついてきたサファの頭を。俺はやんわり抱きしめた。

「でも、じゃあ。テオが俺のこと好きなら。ちょっと強引に抱いちゃったこととか、同意のないチュウとかハグとかは、セーフ?」
「ま、ギリ、セーフかな」

 本当は、性的なことは全部初めてだったから。もっとゆっくり進めてほしかったけど。
 それに、ファーストキスも、いきなりすぎでしょ。
 やっぱ、アウトだったかなぁ。
 ………まぁ、いいか。
 サファが、嬉しそうに、にっこりして、俺をみつめるから。
 うぅ、そのピカピカワンコスマイルやめろ。

「だったらぁ、俺が好きなら。俺のお嫁さんになってくれるよな?」
「んー。それとこれとは別って言うかぁ」
「はぁっ???」

 サファは、牙をむいて、怒った。でしょうね?

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