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プロローグ テオ・ターン
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◆プロローグ テオ・ターン
俺が生まれた村では、毎年、四月になると。国の役所から鑑定人が派遣されてきて。十歳の少年少女が、鑑定の儀を受けるという習わしがあった。
「おめでとうございます。この村から、職業:勇者、が誕生いたしました」
鑑定人は、広場に集まった村人たちに高らかに告げ。
村の大人たちは、おぉっ、と声をあげる。
でも、この勇者、というのは。
大人の村人にまざって、ぼへぇと鑑定人を見ている、俺こと、テオドール・リンツ(テオ)のことではない。
なんでか、今。俺の腕に抱きついて、おののいている幼馴染。
この村の、ガキ大将のことだった。
みんなの前で、勇者だと言われた彼は。
白銀に輝く、キラキラしい癖っ毛を揺らし、深い深い海の底のような青い瞳で、俺を見やる。
「なぁ、テオ。おまえのステータスって、どんなだった?」
「ん? 職業は料理人でぇ。スキルは、料理に関係ある感じのやつ。まぁ、普通だよ」
「そっか。おまえ、両親のパン屋を継ぎたいって、言っていたもんな? じゃあ、パン屋になるのか?」
こくりと、やつの言葉にうなずくと。
彼は、瞳をウリュッとうるませて、言った。
「嫌だぁ、勇者なんか、嫌だよぉ。テオと一緒に、この村にずっといたいよぉ」
そう言って、とうとう泣き出した。
俺は、こっそり。ため息をつく。
俺は、この村のパン屋の息子だ。
母譲りの黄緑色の髪と瞳は、ちょっと人目を引くが。髪は短めにしているし? まぁ、母も、この色なので。そんなに珍しくないとは思うんだけどぉ。
つか、俺なんかより。幼馴染の方が。
銀髪に碧眼で、目んめくりくりな、お人形さんみたいな整った顔をしているから。
あっちの方が目立つよ、うん。
てか、こいつは普通じゃない。いろいろな面でな。
なにが言いたいのかというと。俺は、普通ってこと。
なにもかも、普通。どこの村にもひとりはいる、普通のガキ。
そして普通に、両親の営むパン屋を継ぐつもりなの。
ステータスも、料理人だったから。
うん。そうなるようにできている? みたいな?
この世界の人々は、十歳で鑑定を受け、ステータスを知って、職業欄に書かれた職種になるというのが一般的だ。ステータスに書かれた職業が、その人物に最適な職種だからだ。
この村は、小さな村で。人口も、百人もいないけど。
みんな、最適な職種について、日々を真面目に働いていた。
それで。なんで、俺は。このように俯瞰して、この世界は…などと言うのかというと。
うっすら、前世の記憶があるからだ。
その件だけは、普通じゃないかもしれないけど。他は、いたって普通だよ?
だってね。前世の記憶、なんて言っても。
自分が誰で、どんな環境で育ったとか。記憶鮮明なわけじゃないし。
この世界が、前世のゲームの中の世界だと、知っているっていうだけ?
それに、この世界が、どのゲームとかも、わからないからね。
でも、あれだろ? 勇者が魔王を倒して、お姫様を救う、みたいな?
そういうゲームは、前世には星の数ほどあって。
たぶん、そのうちのどれか、なんだよな?
そして、この小さな、普通な村人たちが住む、普通な村は。
はじまりの村、なんだ。
ゲームの主人公が、一番初めに立ち寄る、村。
それを知っているだけのことだ。
で、俺のステータスだけど。
やつに言った職業は、嘘…ではないけれど。ちょっと隠した事柄がある。
まぁ、正確に言うとね。
テオドール・リンツ 十歳 種族:人間
職業:鑑定士、料理人、村人A
特殊スキル:鑑定、Lv.3
スキル:料理、Lv.1
片付け、Lv.1
荷物運び、Lv.2
俊足、Lv.2
って、感じ。
村人Aは。俺に、ゲームの知識が少しあるから。だから出たのだろう。
きっと、ゲームの主人公が村に来たら、なにか情報をあげる役どころなのだろうな?
了解、了解。
あ、でも。勇者が、あいつだから。
あいつが、このゲームの主人公なのかな?
ええぇぇ? あいつに、情報を渡すの、嫌だなぁ。
しかし。どうせ、勇者は。すぐにも旅立つ。
いつまでも、はじまりの村でぐずぐずしている勇者など、いないからな。
あとね。俺は、特殊スキル:鑑定があるから。鑑定士にもなれるんだけどぉ。
鑑定士は、役所に勤めて、国中の町や村を巡り巡って、齢十歳になる子供を鑑定しまくるという、職業になってしまうから。
特殊スキルなのに、クソスキルって言われているんだ。
鑑定士のおねぇさんに。鑑定士になる? って聞かれたけど。
速攻で首を横に振ったら。ですよね? と、おねぇさんが言うくらいには。人気のない職である。
幸い、俺には。料理人スキルがあるし。俺はパン屋の息子なので。
家を継ぐ、一択ですっ。
というわけで、クソスキルのことを、あいつに言いたくなかったから。黙っていたわけ。
村人Aは、おねぇさんも首を傾げていたし。
説明が面倒だから。黙っていた。
あいつに余計なことを言うと、ウザがらみしてきて、クソめんどくさいし、クソウザいからな。
それで。鑑定士に、勇者と言われた、あいつ。
サファイア・マーロウ(サファ)のことだけど。
彼は、村長の息子で。この村では唯一、俺と同い年の幼馴染だ。
でも、俺は。サファのこと、きらーい。
だって。俺はあいつに、散々、振り回されてきたんだからね。
サファは、この村では一番お金持ちの家の子で。大人たちも、サファには笑顔で応対する。
それは、うちの両親も例外ではなくて…。
サファは、俺より上等なシャツを着て。俺と同じ遊びをするから。
服を汚して。
それで、なんでか、俺が母さんに怒られるんだ。坊ちゃんを泥遊びに誘うな、とか?
俺が言い出したんじゃなくて、サファが自分で始めた泥遊びなのに。
俺が怒られるの、理不尽。
「テオ、一緒に、お風呂に入ろう。綺麗にしたら、おばさんも、もう、怒らないよ」
それで、サファとお風呂に入る羽目になった。
そしたら、どこかから、ピコーンと音がするの。
そのときは、なんの音か、わからなかったけど。
鑑定のスキルがあると知って、なるほど、と思ったね?
あの、ピコーンは。レベルアップしたときに鳴る、音なのだ。
やっぱり、ここは。ゲームの世界なんだな?
サファとのクソな思い出は、まだまだあるっ。
秘密基地に案内する、っていうサファについて行ったら。入り口が崩れて、洞窟に閉じ込められたり。
泣く、俺。慰める、あいつ。そしてピコーン。
今の、どこでレベルアップする要素があるんだよっ?
ま、洞窟の入り口が崩れたのは、すぐに村人が気づいてくれて。俺らは、無傷で助かったけど。
いつも、俺に怖い思いをさせるサファが、やっぱ嫌い。
まだまだ、あるぜ?
木の上に逃げた猫を捕まえるって。俺に木登りさせるけど。
足を踏み外す、俺。落ちる俺の尻を支える、あいつ。
そして、ピコーン。なんでだっ?
森の奥に入り過ぎて、魔獣に追われて。半狂乱で逃げる俺、おもちゃの剣で魔獣を倒す、あいつ。
魔獣から助けてくれて、嬉しかったけど。でも、靴が壊れて。
おんぶされて村に戻るという、恥をさらす俺。なぜかニコニコの、あいつ。
そして、ピコーン。
魔獣を倒したあとじゃなくて、なんで、おんぶしているときに鳴るかな?
つか、半狂乱に逃げたせいか、すでに俊足のレベルが2じゃねぇかよ。マジでねぇわ。
とにかく、そんな風に、振り回されてきたが。
そんな、お坊ちゃんに振り回される日々は、もう終わりだ。
だって、勇者の鑑定が出たら。修行のために、あいつは王都に行かなくてはならないんだもん。
「テオぉぉ、嫌だよぉ。王都なんかに、行きたくなぁい」
黙って立っていたら、お人形さんのように、可愛い顔をしているのに。
情けなく、俺にしがみついて、泣く、あいつ。
銀色の髪は、絹糸のようにサラサラで、キラキラで。白く透き通るみたいに見えるが、うっすら青みがかる影がつくんだ。ゆるやかなウェーブの癖っ毛が、彼の髪を柔らかそうに見せている。ふわふわ?
まつ毛はバサバサ、くっきりとしたアーモンド形の目元。
そして。名と同じ、濃い青色の、サファイアの瞳。
今はまだ、十歳だから。細っこい手足をしているが。
伝説の勇者は、みんな、見目麗しく、体格が良く、身体能力がずば抜けて高いんだって、絵本に書いてある。
サファも、いつか、そうなるんだろうな?
俺には、関係ないけど。
まぁ、そんな、今でも十分、整った顔立ちのサファだけど。
いい年して、こんなにギャン泣きするとか。本当に勇者になれるのか?
「なに、言ってんだ。勇者のステータスは、十年にひとり、出るか出ないかの。レアステータスだぞ? 喜べ」
「嫌だぁ、テオと、離れたくなーい。俺はこの村に、ずっといるぅ」
ごねて、グズッて、俺にしがみつくサファを。大人たちが、困った顔で見やる。
そして、大人たちが。ぽつりと言う。
テオも一緒に…。は?
いやいやいや。俺は、行かないよ?
でも、大人たちは。この村から、せっかく英雄になりうる勇者を輩出できそうなのに。サファがごねたら、その栄誉もなくなるから。焦っている。
俺も、焦っている。俺はこの村で、パン屋を継ぐのだっ。
王都になど、ましてや、サファの従者になど、なるものか。
あいつのお守りは、もう、ごめんだ。
「サファ? 勇者だなんて、すっごいなぁ? 俺の幼馴染が、勇者になったら。超、自慢だな? 俺、サファが立派な勇者になるところ、見たいなぁ?」
俺は、考えつく限りの賛辞を贈り、サファのやる気を引き上げた。
「本当か? じゃあ、俺が立派な勇者になったら。ずっと俺のそばにいてくれる?」
「…うん」
ちょっと、即答はできなかったけど。
どうせ王都に行ったら、俺のことなんか、すぐに忘れる。
そう思って、うなずいた。
だって、王都には。大きな町があって、大きなお店がいっぱいあって、人も多くて。楽しいことがてんこ盛りだよ? 村のことを思い出す暇なんか、絶対にないよ?
だから、その気もないけど。とりあえず、うんって返事をしたんだ。
この村には、サファと同い年の子供が、俺しかいなかった。
だからサファは、俺にくっついて遊んでいたけど。
王都には、いっぱいの人がいるんだもん。友達も、いっぱいできるよ。
俺よりも、サファに見合った、お友達が。
「本当だな? 約束だぞ? そうしたら、俺。頑張って、勇者の修行してくる。すぐに、この村に帰ってくるから。テオ、俺のこと忘れないで。待っててくれよ?」
「もちろんだよ。頑張って、立派な勇者になってくれ?」
そうして、翌日。サファは、鑑定士の一団と、彼の両親とともに、王都へ旅立っていったのだ。
村人はみんな、手を振って、彼らに声援を贈った。勇者の前途に栄光あれ、と。
俺も、見送りに参加したけど。
いつ、一緒に行こうと、サファが言い出すかと。ひやひやしていた。
でも、子供の我が儘で。子供をひとり、親元から遠く離れた王都なんかに、連れて行くわけにはいかないよな?
ヨシヨシ。常識のある村長さんで、良かった。
子供のサファは、常識が少し、アレだけどね。
そして、いつまでも振り返って、俺に手を振り続ける、サファを。
俺は。最後の思い出的な意味合いで。鑑定してみた。
そうしたら。
サファイア・マーロウ 十歳 種族:勇者
職業:勇者
特殊スキル:ラッキースケベ(村人A専用)Lv.40
は?
なんか他にも、スキルの欄に、剣技とか魔法無効化とか、それはそれは、いっぱい並んでいたけど。
しかも、レベルが100超えだったけど。
そして、種族が勇者とか、なに? 勇者って生き物なの? とか。
ツッコミどころ満載で、いろいろ言いたいところではあったが。
そんなの、全部、吹っ飛ぶくらいの、衝撃のスキルが?
勇者のスキルにラッキースケベがある(村人A専用)レベル40。
なんじゃ、そりゃぁぁ??
村人A専用って、俺ぇぇ!? 俺のことじゃね? マジか?
つか、特殊スキル欄の筆頭がラッキースケベって、どういうこと??
そうして、俺は。あの、ピコーン音の正体を知ったのだ。
アレは、ラッキースケベのレベルが上がった音だったのだ??
そういえば、なんか。
慰める態で、体をナデナデされたり。
支える態で、尻をモミモミされたり。
おんぶして、腿をサワサワされたり。
あれは、あいつ的、ラッキースケベだったってことかぁぁ?
幼馴染が旅立って、ちょっと、しんみりしていたけど。
鑑定をした瞬間に。俺はサファを忘れることにしたのだった。
だって、黒歴史ぢゃん。最低っ!
俺が生まれた村では、毎年、四月になると。国の役所から鑑定人が派遣されてきて。十歳の少年少女が、鑑定の儀を受けるという習わしがあった。
「おめでとうございます。この村から、職業:勇者、が誕生いたしました」
鑑定人は、広場に集まった村人たちに高らかに告げ。
村の大人たちは、おぉっ、と声をあげる。
でも、この勇者、というのは。
大人の村人にまざって、ぼへぇと鑑定人を見ている、俺こと、テオドール・リンツ(テオ)のことではない。
なんでか、今。俺の腕に抱きついて、おののいている幼馴染。
この村の、ガキ大将のことだった。
みんなの前で、勇者だと言われた彼は。
白銀に輝く、キラキラしい癖っ毛を揺らし、深い深い海の底のような青い瞳で、俺を見やる。
「なぁ、テオ。おまえのステータスって、どんなだった?」
「ん? 職業は料理人でぇ。スキルは、料理に関係ある感じのやつ。まぁ、普通だよ」
「そっか。おまえ、両親のパン屋を継ぎたいって、言っていたもんな? じゃあ、パン屋になるのか?」
こくりと、やつの言葉にうなずくと。
彼は、瞳をウリュッとうるませて、言った。
「嫌だぁ、勇者なんか、嫌だよぉ。テオと一緒に、この村にずっといたいよぉ」
そう言って、とうとう泣き出した。
俺は、こっそり。ため息をつく。
俺は、この村のパン屋の息子だ。
母譲りの黄緑色の髪と瞳は、ちょっと人目を引くが。髪は短めにしているし? まぁ、母も、この色なので。そんなに珍しくないとは思うんだけどぉ。
つか、俺なんかより。幼馴染の方が。
銀髪に碧眼で、目んめくりくりな、お人形さんみたいな整った顔をしているから。
あっちの方が目立つよ、うん。
てか、こいつは普通じゃない。いろいろな面でな。
なにが言いたいのかというと。俺は、普通ってこと。
なにもかも、普通。どこの村にもひとりはいる、普通のガキ。
そして普通に、両親の営むパン屋を継ぐつもりなの。
ステータスも、料理人だったから。
うん。そうなるようにできている? みたいな?
この世界の人々は、十歳で鑑定を受け、ステータスを知って、職業欄に書かれた職種になるというのが一般的だ。ステータスに書かれた職業が、その人物に最適な職種だからだ。
この村は、小さな村で。人口も、百人もいないけど。
みんな、最適な職種について、日々を真面目に働いていた。
それで。なんで、俺は。このように俯瞰して、この世界は…などと言うのかというと。
うっすら、前世の記憶があるからだ。
その件だけは、普通じゃないかもしれないけど。他は、いたって普通だよ?
だってね。前世の記憶、なんて言っても。
自分が誰で、どんな環境で育ったとか。記憶鮮明なわけじゃないし。
この世界が、前世のゲームの中の世界だと、知っているっていうだけ?
それに、この世界が、どのゲームとかも、わからないからね。
でも、あれだろ? 勇者が魔王を倒して、お姫様を救う、みたいな?
そういうゲームは、前世には星の数ほどあって。
たぶん、そのうちのどれか、なんだよな?
そして、この小さな、普通な村人たちが住む、普通な村は。
はじまりの村、なんだ。
ゲームの主人公が、一番初めに立ち寄る、村。
それを知っているだけのことだ。
で、俺のステータスだけど。
やつに言った職業は、嘘…ではないけれど。ちょっと隠した事柄がある。
まぁ、正確に言うとね。
テオドール・リンツ 十歳 種族:人間
職業:鑑定士、料理人、村人A
特殊スキル:鑑定、Lv.3
スキル:料理、Lv.1
片付け、Lv.1
荷物運び、Lv.2
俊足、Lv.2
って、感じ。
村人Aは。俺に、ゲームの知識が少しあるから。だから出たのだろう。
きっと、ゲームの主人公が村に来たら、なにか情報をあげる役どころなのだろうな?
了解、了解。
あ、でも。勇者が、あいつだから。
あいつが、このゲームの主人公なのかな?
ええぇぇ? あいつに、情報を渡すの、嫌だなぁ。
しかし。どうせ、勇者は。すぐにも旅立つ。
いつまでも、はじまりの村でぐずぐずしている勇者など、いないからな。
あとね。俺は、特殊スキル:鑑定があるから。鑑定士にもなれるんだけどぉ。
鑑定士は、役所に勤めて、国中の町や村を巡り巡って、齢十歳になる子供を鑑定しまくるという、職業になってしまうから。
特殊スキルなのに、クソスキルって言われているんだ。
鑑定士のおねぇさんに。鑑定士になる? って聞かれたけど。
速攻で首を横に振ったら。ですよね? と、おねぇさんが言うくらいには。人気のない職である。
幸い、俺には。料理人スキルがあるし。俺はパン屋の息子なので。
家を継ぐ、一択ですっ。
というわけで、クソスキルのことを、あいつに言いたくなかったから。黙っていたわけ。
村人Aは、おねぇさんも首を傾げていたし。
説明が面倒だから。黙っていた。
あいつに余計なことを言うと、ウザがらみしてきて、クソめんどくさいし、クソウザいからな。
それで。鑑定士に、勇者と言われた、あいつ。
サファイア・マーロウ(サファ)のことだけど。
彼は、村長の息子で。この村では唯一、俺と同い年の幼馴染だ。
でも、俺は。サファのこと、きらーい。
だって。俺はあいつに、散々、振り回されてきたんだからね。
サファは、この村では一番お金持ちの家の子で。大人たちも、サファには笑顔で応対する。
それは、うちの両親も例外ではなくて…。
サファは、俺より上等なシャツを着て。俺と同じ遊びをするから。
服を汚して。
それで、なんでか、俺が母さんに怒られるんだ。坊ちゃんを泥遊びに誘うな、とか?
俺が言い出したんじゃなくて、サファが自分で始めた泥遊びなのに。
俺が怒られるの、理不尽。
「テオ、一緒に、お風呂に入ろう。綺麗にしたら、おばさんも、もう、怒らないよ」
それで、サファとお風呂に入る羽目になった。
そしたら、どこかから、ピコーンと音がするの。
そのときは、なんの音か、わからなかったけど。
鑑定のスキルがあると知って、なるほど、と思ったね?
あの、ピコーンは。レベルアップしたときに鳴る、音なのだ。
やっぱり、ここは。ゲームの世界なんだな?
サファとのクソな思い出は、まだまだあるっ。
秘密基地に案内する、っていうサファについて行ったら。入り口が崩れて、洞窟に閉じ込められたり。
泣く、俺。慰める、あいつ。そしてピコーン。
今の、どこでレベルアップする要素があるんだよっ?
ま、洞窟の入り口が崩れたのは、すぐに村人が気づいてくれて。俺らは、無傷で助かったけど。
いつも、俺に怖い思いをさせるサファが、やっぱ嫌い。
まだまだ、あるぜ?
木の上に逃げた猫を捕まえるって。俺に木登りさせるけど。
足を踏み外す、俺。落ちる俺の尻を支える、あいつ。
そして、ピコーン。なんでだっ?
森の奥に入り過ぎて、魔獣に追われて。半狂乱で逃げる俺、おもちゃの剣で魔獣を倒す、あいつ。
魔獣から助けてくれて、嬉しかったけど。でも、靴が壊れて。
おんぶされて村に戻るという、恥をさらす俺。なぜかニコニコの、あいつ。
そして、ピコーン。
魔獣を倒したあとじゃなくて、なんで、おんぶしているときに鳴るかな?
つか、半狂乱に逃げたせいか、すでに俊足のレベルが2じゃねぇかよ。マジでねぇわ。
とにかく、そんな風に、振り回されてきたが。
そんな、お坊ちゃんに振り回される日々は、もう終わりだ。
だって、勇者の鑑定が出たら。修行のために、あいつは王都に行かなくてはならないんだもん。
「テオぉぉ、嫌だよぉ。王都なんかに、行きたくなぁい」
黙って立っていたら、お人形さんのように、可愛い顔をしているのに。
情けなく、俺にしがみついて、泣く、あいつ。
銀色の髪は、絹糸のようにサラサラで、キラキラで。白く透き通るみたいに見えるが、うっすら青みがかる影がつくんだ。ゆるやかなウェーブの癖っ毛が、彼の髪を柔らかそうに見せている。ふわふわ?
まつ毛はバサバサ、くっきりとしたアーモンド形の目元。
そして。名と同じ、濃い青色の、サファイアの瞳。
今はまだ、十歳だから。細っこい手足をしているが。
伝説の勇者は、みんな、見目麗しく、体格が良く、身体能力がずば抜けて高いんだって、絵本に書いてある。
サファも、いつか、そうなるんだろうな?
俺には、関係ないけど。
まぁ、そんな、今でも十分、整った顔立ちのサファだけど。
いい年して、こんなにギャン泣きするとか。本当に勇者になれるのか?
「なに、言ってんだ。勇者のステータスは、十年にひとり、出るか出ないかの。レアステータスだぞ? 喜べ」
「嫌だぁ、テオと、離れたくなーい。俺はこの村に、ずっといるぅ」
ごねて、グズッて、俺にしがみつくサファを。大人たちが、困った顔で見やる。
そして、大人たちが。ぽつりと言う。
テオも一緒に…。は?
いやいやいや。俺は、行かないよ?
でも、大人たちは。この村から、せっかく英雄になりうる勇者を輩出できそうなのに。サファがごねたら、その栄誉もなくなるから。焦っている。
俺も、焦っている。俺はこの村で、パン屋を継ぐのだっ。
王都になど、ましてや、サファの従者になど、なるものか。
あいつのお守りは、もう、ごめんだ。
「サファ? 勇者だなんて、すっごいなぁ? 俺の幼馴染が、勇者になったら。超、自慢だな? 俺、サファが立派な勇者になるところ、見たいなぁ?」
俺は、考えつく限りの賛辞を贈り、サファのやる気を引き上げた。
「本当か? じゃあ、俺が立派な勇者になったら。ずっと俺のそばにいてくれる?」
「…うん」
ちょっと、即答はできなかったけど。
どうせ王都に行ったら、俺のことなんか、すぐに忘れる。
そう思って、うなずいた。
だって、王都には。大きな町があって、大きなお店がいっぱいあって、人も多くて。楽しいことがてんこ盛りだよ? 村のことを思い出す暇なんか、絶対にないよ?
だから、その気もないけど。とりあえず、うんって返事をしたんだ。
この村には、サファと同い年の子供が、俺しかいなかった。
だからサファは、俺にくっついて遊んでいたけど。
王都には、いっぱいの人がいるんだもん。友達も、いっぱいできるよ。
俺よりも、サファに見合った、お友達が。
「本当だな? 約束だぞ? そうしたら、俺。頑張って、勇者の修行してくる。すぐに、この村に帰ってくるから。テオ、俺のこと忘れないで。待っててくれよ?」
「もちろんだよ。頑張って、立派な勇者になってくれ?」
そうして、翌日。サファは、鑑定士の一団と、彼の両親とともに、王都へ旅立っていったのだ。
村人はみんな、手を振って、彼らに声援を贈った。勇者の前途に栄光あれ、と。
俺も、見送りに参加したけど。
いつ、一緒に行こうと、サファが言い出すかと。ひやひやしていた。
でも、子供の我が儘で。子供をひとり、親元から遠く離れた王都なんかに、連れて行くわけにはいかないよな?
ヨシヨシ。常識のある村長さんで、良かった。
子供のサファは、常識が少し、アレだけどね。
そして、いつまでも振り返って、俺に手を振り続ける、サファを。
俺は。最後の思い出的な意味合いで。鑑定してみた。
そうしたら。
サファイア・マーロウ 十歳 種族:勇者
職業:勇者
特殊スキル:ラッキースケベ(村人A専用)Lv.40
は?
なんか他にも、スキルの欄に、剣技とか魔法無効化とか、それはそれは、いっぱい並んでいたけど。
しかも、レベルが100超えだったけど。
そして、種族が勇者とか、なに? 勇者って生き物なの? とか。
ツッコミどころ満載で、いろいろ言いたいところではあったが。
そんなの、全部、吹っ飛ぶくらいの、衝撃のスキルが?
勇者のスキルにラッキースケベがある(村人A専用)レベル40。
なんじゃ、そりゃぁぁ??
村人A専用って、俺ぇぇ!? 俺のことじゃね? マジか?
つか、特殊スキル欄の筆頭がラッキースケベって、どういうこと??
そうして、俺は。あの、ピコーン音の正体を知ったのだ。
アレは、ラッキースケベのレベルが上がった音だったのだ??
そういえば、なんか。
慰める態で、体をナデナデされたり。
支える態で、尻をモミモミされたり。
おんぶして、腿をサワサワされたり。
あれは、あいつ的、ラッキースケベだったってことかぁぁ?
幼馴染が旅立って、ちょっと、しんみりしていたけど。
鑑定をした瞬間に。俺はサファを忘れることにしたのだった。
だって、黒歴史ぢゃん。最低っ!
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独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
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