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35 可愛いと思う方がおまえだ   ★

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     ◆可愛いと思う方がおまえだ

 怒って謁見の間を出て行った弟を、追うムサファ。
 ふたりを見送り、私はつぶやく。
「…ハナちゃん、大丈夫かな?」
「ムサファは抜かりないから大丈夫だ。空港までハナを迎えに行ったのもムサファだし。ハナのために極上の客室をすでに用意してあるだろう」
 そう言って、ラダウィは私を肩に担いだ。そのまま、彼らとは別のルートで廊下に出て、王の寝室に入る。
「空港に迎えって…」
「三峰の社員に携帯を借りたところで、電波は傍受している。おまえがハナに連絡を取ったことは、昨夜から承知していた」

 私の動向はすべて筒抜けだったようです。
 味方だと思っていたムサファが、実はすべてを仕組んでいたのだと知り。
 なにがなんだかわからなくて、私は混乱極まりないという状態です。

「というか、おまえは弟の心配をしている場合ではないぞ? これから、おまえと私の答え合わせの時間だからな」
 王は私をベッドのふちに座らせ、その隣に彼も腰かける。
 飛びっきり、色っぽい目で流し見られ。
 その恋愛を匂わせる濃密な空気感に…私は戸惑ってしまう。
「陛下は、本当に私…蓮月のことを?」

 私が蓮月だと知ったあとも、そのような慈愛のこもる目で見られることが、信じられなかった。
 彼の愛を感じる仕草も、言葉も、すべては華月のものだと思っていたから。
 十年近く、ずっと思ってきたから。
 誤解だったと知った今も、頭の中で修正が追いつかなくて。
 ただただ、心が掻き乱されている。
 私は嘘をついて、彼のそばにいたのだ。
 彼に好かれる要素が、全く思い当たらない。
 先ほどまで死罪を覚悟していたのに。急に良い方へ傾いたから。逆に不安が増した。

「ふた月の間、こんなにもおまえに愛を囁いてきたというのに。まだわからないのか?」
「だって、私は。ラダウィ様と華月が恋人同士なのだと十年以上も思い込んできたのです。突然すぎて、頭がついてこない。私は、遊びもスポーツも会話も下手で。陛下を楽しませられなかった。だから、嫌われていると思っていたのです」
 自分で言っていて、当時のことを思い出して悲しくなってきた。
 そんな私を、ラダウィは眉をしかめて、困り顔で見る。
「嫌ってなどいない。私は、おまえのはにかんだ笑顔が好きだったのだ」
 私の手をぎゅっと握って、甲にキスを落とす。
 わかってほしいと言われているみたいで。
 私は彼の言葉に耳を傾けた。

「本を読んでいるときの、静謐せいひつな雰囲気が好きだった。伏し目で、まつ毛の影が頬にかかるのを、ついジッと見ていたら。ハナにすねを蹴られたっけ」
 当時は子供とはいえ、弟の仕出かしに、血の気が下がる。
「そ、んなことを? 弟が申し訳ありません」
「ふふ、ハナのことはどうでも良い。今はおまえの話だ。己を律するレンの生真面目なところや、聡明で控えめな態度。おまえの好きなところなど、まだまだたくさんあるが。とにかく私は、ハナとは真逆のおまえの人柄を好いていたのだ」
 熱情を宿す瞳が、間近にある。
 心も体もグズグズに溶けてしまうから、そんな目でみつめないでほしい。

「大体…私がおまえたち双子を見分けられないと思っている、そこが腹立たしいのだ。レン、おまえは私を見くびっているだろう?」
 見くびってはいませんけれど。それは確かに。ラダウィはどうして私が華月ではないと気づかないのだろうと、思ってはいました。
 言動や仕草や雰囲気などは、弟と同じようにはできなかったから。でも…。
「でも、私たちは医者も見分けられないほどに似通った双子なので…」

「私が可愛いと思う方がおまえだ」

 なにやら尊大に腕組みをして、得意げな顔で言ってきますが。
 えぇ? そうなのですかぁ?

「初対面から、そうだった。だからハナに聞いたのだ。おまえたちは一卵性双生児なのに、なんでレンの方が可愛いのかと。ハナは怒ったが…」
 そりゃ、そんなことを聞いたら、弟も怒ります。自分はけなされているのですから。
 というか、初対面は。同じ顔と言われて、一卵性双生児だからという面白味のない会話をして。
 ラダウィに不興を買ったような覚えしかないのですけど?

「あの、初対面から、私が?」
「あぁ、可愛かった。オドオドした目が潤んでいて。もっと泣かせたいと思った」
「それは嫌です」
 子供の頃からラダウィがいじめっ子気質なのは、変わりないようです。
 とはいえ、はじめて出会ったときから好意を持っていたとも知らず。彼のその気持ちに気づかなくて。
 なんだかせつなくて。申し訳なくて。
 私はしっかりと頭を下げて謝罪した。
「陛下のお気持ちを疑って…申し訳ありませんでした」
 ちょっとしたお仕置きのように、私の唇を甘くかじって。ラダウィは謝罪を受け取った。

「…おまえがシマームへ来てから、私たちは上手くやっていたはずだ。微笑み合い、なにも話さなくてもそばにいて、わかり合えるような。優しい時間を過ごした。鷹で脅えさせることもなく。妃として遇し。王家の秘密も明かして。熱く抱き合った。なのに、なぜハナを呼んで自ら蜜月を壊すようなことをしたのだ?」
 絡まった糸をほぐす、重要な点をズバリ聞かれ。
 私は自分の心情を打ち明けた。

「貴方に、本当の恋人を返してあげたかったのです。それに、私を通して貴方が弟に愛を囁く。そのことに耐えられなかった。貴方がつむぐ愛の言葉は、華月のものだと思っていたから。悲しくて。そんなこと、思う資格もないのに…私はラダウィ様のお気持ちを無視して、華月に成り代わり、黙って抱かれたのだから。それはラダウィ様への手ひどい裏切りです。自分の気持ちを私に押しつけた、紺野と同じ。その過ちに気づいて。もう一刻も、貴方に嘘をついていられないと思ったのです」

「なぜそう思ったのだ? レン…もう一度私に向かって言ってくれないか? 私への想いを…」
 私の手を握って、ラダウィがたずねる。
 蓮月だと認識されて、みつめられている。
 今までも、そうだったのかもしれませんが。
 私がそれを知ってから、はじめて熱い胸の内を彼に伝えられる。
 彼の期待に、真に連月として応えられる。その喜びが涙としてあふれ返った。

「貴方を、愛しているから。私は。天野蓮月は。ラダウィ様を愛しています」

「あぁ。私もレンを愛してる。レン…蓮月。やっとおまえの名が呼べる」
 自分の名を呼び、愛しているという彼の声を、言葉を聞いて。
 私の体は幸福感に痺れ。自分から身を寄せ、彼に抱きついた。

「レン…レン…ありていに言えば、最初は名など、どうでも良いと思っていたのだ。レンと呼べなくても。おまえが目の前にいることが重要なのだと思って。だが、おまえの名を呼べないことが、存外苦しかった。おまえがハナに泣きついたらゲームオーバーだったが。ふた月も頑張るおまえが悪いのだぞ?」
 罰だと言うように耳たぶをかじって、低い美声が吹き込まれる。
「んっ、ゲームだなんて、ひどいです。私は死罪を覚悟していたのに」
「おまえが始めたゲームだろう? すぐに訂正すれば、こんなに苦しまずに済んだというのに」
 それは、その通りなのですが。
 会社の兼ね合いもあったのです。むむむ。
 そちらもこちらも、糸が絡んでいたようです。

「とはいえ、私は満足しているぞ。おまえの心も体も、このふた月でがっちり掴んだしな。王家の秘密と三峰の契約で、レンをシマームにがんじがらめに縛りつけられた。一生離さないぞ、蓮月」
 耳の際を舐めて、色っぽい掠れ声で蓮月と囁かれ。物凄く感じてしまって。
 私は体をびくびくと震わせた。

「で、ですが。本当に私なんかで良いのですか? 私は陛下を私欲で騙したのですよ? 醜く、自分勝手な心の持ち主なのです」
「ふむ、私欲とは?」
「ラダウィ様のおそばにいたくて。陛下を欺いて、弟の恋人を寝取ったのです。心にいやしき闇が巣食っている」
 くくっと、ラダウィは喉の奥で愉快そうに笑った。
「なんと、可愛らしい我欲だな? 私のことが好き好き、としか聞こえぬぞ?」
「そ、んな…」
 その気持ちは、合っているのですが。
 そのように流してはいけないことだと思うのです。
 けれどラダウィは鷹揚に笑う。

「おまえが言う、いやしき闇というのは。欲望と言うのだ。人間ならば、口に出来ぬ欲望を誰もが抱えている。おまえは弟の恋人を寝取ったなどと言うが、弟を押しのけても私が欲しいということではないか? その上、実際には誰も傷ついていないのだ。結果、相思相愛になったのだから、いいじゃないか」
「いいえ、そのような邪な想いを持つ私は、ラダウィ様のおそばにいる資格がありません」
「馬鹿者、ムサファに比べたら、おまえの闇など取るに足りん。そんなものは私が軽く御してやるし。嫉妬も独占欲も、おまえになら許してやる。むしろ、それほど強く想われているのは、私は嬉しいし。愛されている気になるからどんどん私を独り占めするがよい」

 確かに、ムサファに比べたら。私の行いはそれほどひどくないかもしれません。
 いえ、王を裏切るのは駄目なのですけど。
 しかしラダウィは、あのムサファをも従えようとする大きな懐の方だから。
 私の醜い心の闇も、その手で包んでくれるのかもしれません。
 いえ、今回のようなことは、もういたしませんからっ。

「レン、愛している」
 話は終わりだ、とばかりに。ラダウィは、また熱く愛を囁く。
 私がラダウィの声に弱いのを知って、わざと耳孔に吹き込むように言うから。
 頭の後ろの方がぞわぞわして。ギュンと顔に血が上った。

「いつもより敏感だな?」
「だって、名前を…」
 ラダウィに、レンと呼ばれると。初恋が鮮やかによみがえって。心も体も喜ぶのです。
「ふふ、レン、愛してる…レンん?」
 名前を囁かれて私が感じているのに気づいたようで。ラダウィはレンと愛してるを連投してくる。
 溺れて、のぼせて、溶けてしまうから、やめてほしいです。
 んん、と語尾を伸ばされると、甘えているみたいで可愛いから、それもやめてほしいです。

「なぁ? レン。嘘と誤解と思い込みで無駄にした十年の時を、取り戻そう」
 両手で私の頬を包み込み、ラダウィは甘い果実を味わうようなキスをする。
「好きだぞ、レン」
 上と下の唇を交互に柔らかく吸いついて。
 唇が痺れて、ゆるくあわいが開くまで、しっとりとしたくちづけが続いた。

「や、ぁ、ラダ、ウィさ、ま」
「いや? こうされるの、嫌いなのか?」
 舌先を舐め上げられ、唇をつけたままでたずねられる。
 そのささやかな動きに、じゅわじゅわと蕩けてしまう。
「す、き。好き、です。ラダウィ様」
「可愛いな、私のレンは」
 くちづけの最中、ラダウィが背中を撫でた。スーツの上から、彼の指先が背筋をたどり。
 ゆっくり、とろ火であぶるように、体の熱を上げさせられていく。
「もっと、するぞ? レン」
 王に名を呼ばれるたびに。体がびくりと勝手に反応する。
 キスしかしていないのに。
 もう中心が痛いくらいに脈打っていた。

「いけません、も、あ」
「拒むな。逃げない約束だ」
 強引な手つきで頬をおさえられ、舌をねじ込む乱暴なキスをされた。
 いつもの、王の傲慢なくちづけ。
 それが好きだと。
 高まり切っていた感情を私は弾けさせた。
「ん、んぅっ」
 情熱が飛び散って、自分から舌を結びつけるように巻き付ける。
 ラダウィを求め。やるせない想いで身を擦りつける。
 もう、それを許されているのだと思うと、大胆な心持ちになった。
 王の剛直が私のモノに当たって。
 屹立から受ける鮮烈な刺激が、腰から背筋を伝って脳天まで一気に走り抜け。なやましい感覚が身を貫いていった。
「ん、んぅ…っん、んっ」
 舌を囚われたままで、ぴくぴくと達したみたいに震えてしまったから。
 ラダウィにも異変は伝わってしまったようだ。
 唇を離した王が、ニヤリと笑う。
「まさか、キスだけでイったか?」
 あけすけな指摘に、私は顔を赤くするしかなかった。

「あぁ…これは。おまえが全面的に悪い。可愛すぎだろ」
 そう王はつぶやいて。私を敷布の海に沈めたのだ。

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