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27 獣どもの性奴隷

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     ◆獣どもの性奴隷

 私がシマームへ来てから二週間ほどが過ぎた頃。三峰社長と平川本部長が、そろってシマーム国の王都ナビーヤへやってきました。

 建築や石油プラントの知識など、私にはほとんどありませんでしたが。平川本部長の指示を忠実にこなすことで、仕事を順調に進められています。
 まだプロジェクトも始まったばかりで、人員をシマームへ集めるところからのスタートなので。その準備や調整ならば、私も力添えができるという感じです。
 人見知りが直ったわけではありませんが。シマーム陣営と相対するときにまず窓口になるのが、気心の知れたムサファなので。それは本当にありがたいことで。仕事をスムーズに進められる大きな要因でもあります。

 社長と本部長は、午後に国王陛下との会食が予定されている。
 その前に、私は平川本部長とともに油田建設予定地へと向かっています。

 そこまで道路は舗装されているが、上に砂がかぶっているので、そこに道路があるようには見えなくて。車は砂埃をあげて砂漠の上を走っているように見えます。
 王宮が用意した四輪駆動車は、オフロードを走るのに特化したミニバンで。四角いフォルムながら要人を乗せられる気品を醸すラグジュアリーなスタイル。
 砂漠を走っているというのに、振動も少ない高級車なのだった。

 その車から、私と本部長が降り立った、その場所は。
 砂漠のど真ん中に建つ小さな塔、のようなものがあるところ。その周り三百六十度は、砂の色しかなかった。
 スーツの上着だけを作業着にして、頭にはヘルメットを着用。
 一応建設現場になるので、この出で立ちが規則だった。

 渇いた暑さと風に舞う砂が、ふたりをジリッと焼く。
「この塔は、油田の質や油量を調査するために作られた、一番初めの建築物になる。ここからさらに大きな油田プラントが建築されていくわけだ。壮大な計画だな?」
 運動部の先輩のような、さわやかで明るい笑顔を平川本部長が向ける。本部長はその肩書からは想像しがたいくらいに、愛嬌のある方なのです。
 しかし、その本部長の顔が、くしゃりと歪んだ。

「実はな。シマーム政府から正式な抗議文が届いたんだ」
「…っ、私のミスですか?」
 ギョッとして、私は本部長をうかがい見る。
 こうして人気のない場所に来たのも、人前ではばかられる叱責をするからなのかとも考えたが。
 彼は、パッと明るい顔に戻って、手を横に振った。
「いや、天野ではなく。紺野のことだ。まるで君を人身売買したかのような言い分で。シマーム国への侮辱の言葉も数々受けた、と」
 それを聞いて、私も、あぁと顔をゆがめる。

 あのとき、ラダウィとムサファはその場にはいなかった。
 けれど、私を応接室に案内した王宮の執事は、レシーバーをつけていて。会話はふたりに筒抜けだったのです。
 紺野の失礼な物言いに、日本語を理解できる執事も眉間にシワを寄せ。
 王とムサファもかなり憤慨していた。
 課長の日本語が正確にシマームのトップに伝わったのは、明らかです。

「君からの事前報告では、天野のシマーム行きに関して紺野が誤解し、無理やり日本へ連れ帰ろうとした、とのことだったが。抗議文の内容は、想像以上に酷く。音声データも残っているものだから。こちらはぐぅの音も出なかったというか…」
「騒ぎの発端というか、動機は、報告したもので合っていると思います。けれど、紺野課長の言葉の端々に、暴言がありまして…陛下を乱暴者と断じる場面もあったのです」

 音声データが日本に送られたということは、当時の課長の言動はすべて明らかに示されたのでしょう。
 しかし、ラダウィは私を妻とか言っていたけれど、本部長の態度が変わりないところを見ると、上手く編集してあるのでしょうね?
 そうだと思いたい…です。

 人身売買のくだりは、営業一課が私を国に売り飛ばした…の辺りでしょうか。
 他にも、偏境や辺鄙といった見下す発言や。拉致や犯罪、悪の巣窟という国や王への強い侮辱の言葉。
 思い返すと、頭を抱えたくなるほどの強烈なワードで。
 本当に、その場で手打ちにされなかったのが奇跡のような行いでした。

「紺野、やらかしてくれたな…」
 見た目が体育会系で、華やかな笑顔が似合う平川本部長だが。
 そのときばかりは、あからさまに顔をこわばらせ。険しい目つきになった。
「シマーム側からの通告は、以後このようなことがないように、という寛大なものだった。即座にこちらも謝罪文を送ったが。ここはやはり社長が出向いて、陛下に直接お詫びをするべきだろうと判断して。今日のシマーム訪問になったわけなんだ」
「そうでしたか。もう少し詳細にお話しておくべきでしたね?」
 自分の失態のような気になり、肩を落とす。
 紺野のこと自体は、自分のせいではないが。
 暴言のことなども、ちゃんと報告しなければならなかったようです。
 そう反省する私を、本部長は大きめの口を開けてニッコリ笑顔で励ましてくれた。

「いや、音声データには天野が体を張って陛下をなだめた部分もあった。天野はよくやっているよ。君の取り成しがなかったら、この計画は反故になっていただろう。それだけの予期せぬ大事件だった。だがな、手に負えないことが起きたら、ひとりでなんとかしようと思ってはいけないぞ? シマームの案件は三峰の心臓だ。こじれれば命に関わる」
「はい。肝に銘じます」
 しっかりとうなずきを返すと。本部長は肩の力を抜けとばかりに、ぽんと肩を叩いた。
「まぁ、慣れない仕事を君に押しつけている点は、我々も負い目を感じているんだ。会社は横暴だと…紺野に非難されて、耳が痛かった。君…紺野と付き合っていたとか、ある?」
「いいえ、そんな事実は一切ありません」

 普段ならば、及び腰になってしまうところですが。
 私はきっぱりと、食い気味に言い切った。
 誰彼構わず自分を恋人扱いしているらしい課長の妄言を、完全に否定したかったのだ。
 そんな事実はありませんっ。勘ぐられるのも不快です。

 そして、これ以上ラダウィに誤解されたくもありません。

 その私の気持ちが届いたのか、本部長は苦笑した。
「そうか、だとしたらやはり、解雇は相当だったようだな」
「解雇…ですか?」
「あぁ。紺野は、社長に直訴して解雇されたんだ。一応彼の言い分も聞いたんだよ? しかしどうにも支離滅裂でね。自分の許可なく天野を異動させ、私たちの仲は引き裂かれた、とか。君を本社に戻さないなら断固戦う、とか。あと俺が…出世と引き換えに天野をモノにした、なんてこともね?」

 どういう意味か、すぐにわからなかったのですが。
 もしかして、セクハラっぽい意味ですか?
 同僚の豊田が飲みの席で『出世と引き換えに、ОLに体の関係をせまるAV見たんだけど、ベタだよなぁ? 今どきないない』なんて話をしていたことがありましたが。それですか?
 私と本部長が? 男女間でもないのに?
 あまりにも突飛な発想で、私は困惑と笑みが混ざる変な顔を浮かべてしまった。

「当事者である君が声をあげるのなら、まだわかるが。社員を人事異動するたびに直訴されていたら、会社は成り立たない。まぁそれだけなら厳重注意くらいで済んだだろうが。俺とのくだりは完全に事実無根で、妄想で、名誉棄損だ。加えてシマームとの騒動も重なり。会社の手には負えないということになったようだな」

「紺野課長の件は、私もよくわからないことばかりですが。あ、課長が解雇になったから、ホン課で文書が滞ったということですか?」
「それはそう。だがそれ以前に。紺野は煩雑な文書は全部君に回していたそうじゃないか? それでなくても今回の件でアラビア語の文書が増えたしな。君という有力選手も抜けて、かろうじて戦力だった紺野も抜けて。現状は完全に、ホン課は人手不足に陥っているというところだ」
 そうでした。課長がシマームを訪問する前から、文書は滞っていましたからね。
 確かに、自分の仕事以外に紺野課長に仕事を回されて、残業する日が結構ありましたけど。
 当時は、とにかく目の前の仕事をこなそうと懸命だったので。
 仕事を押しつけられていた意識は…そんなにはありませんでした。
 若干不満、くらいです。

「文書の仕事は慣れているので、こちらに回していただいて大丈夫ですよ。それと私としては、異動に不満を持っているようなことはありません。確かにいろいろあって、シマームへ向かうことを不安に思いましたが。この仕事を任されたことは、本当に光栄ですし。シマームは私にとって第二の故郷だから。思いがけずに里帰りができたことも、嬉しいんです」
「そう言ってくれると気が楽になるよ。その日のうちにシマーム行きは、さすがに強引ではあったからね?」
 いろいろ、と言ったところで、本部長が大きくうなずいてくれたから。すべてを言わずとも、私の真意は彼に伝わっているようです。

 シマームでの仕事で不安なのは、嘘をついていることで起きるかもしれない弊害だけですから。

「もうひとつ確認させてくれ。紺野が…いや、出まかせだとは思うんだが。君がシマームの獣どもの性奴隷、だなんて言って。シマームの方にも君にも、全く失礼な言い様なのだが…」
 車を運転して案内をしてくれた、シマームの高官に聞こえないよう、本部長は本当にこっそり囁く。
 しかしその言葉に、私は口を大きく開けて、固まってしまった。

 いくらなんでも、妄想が飛び抜けています。
 しかし、王の妃にと望まれ、ラダウィと肌を重ねているのは事実で。
 どう返事をすればいいのか、とっさに言葉が出ないが。
 いえ、性奴隷などと、そんなひどいことは決してありませんからっ。
 ラダウィと関係を持っているのは、私が望んでいることですし。
 それに獣ども、ということは。不特定多数に私がもてあそばれている、というような? ニュアンスですよね?
 そのようなことも絶対にありませんしっ。
 ただただ、紺野課長の妄想がぶっ飛んでいるだけです。

「びっくりさせて、すまない。ただ本当に強要されているのなら、会社のためにそこまで体を張ることはない。王の御心に沿うというのは、そういう意味ではないからな?」
 おそらく困惑した変な顔で、声を出せずにいたら。平川本部長は重ねて言ってきた。

 そうなのですか? 王の要求は、なんでものむ勢いだ、と言っていたので。
 いいえ、王の誘いに乗ったのは、私の意志で。会社から言われて承知したわけではないのですけれど。
 たとえば。国王とはいえ、面識がない上に同性で、夜伽よとぎをしろと言われたら。私もさすがに社長に相談したと思います。

 彼と肌を合わせたのは。シマーム国王がラダウィで。彼が初恋の相手だったから。

 そう思うと。正体を伏せたのは、会社の思惑がありましたけど。嘘に乗じて王に触れ、今窮地に立たされているのは。完全に私の自業自得のようです。
 せめて、会社や日本に迷惑をかけないようにおさめなければなりませんね。
 それも、ムサファ頼りで。情けないことこの上ないですけど。

「しかし紺野が言うには、金の腕輪が性奴隷の印らしく。天野、腕輪をしているようだが? それは…」
「これは、王のちょ…」
 よく次から次へと変なことを考えつくものだと。私はおののくが。
 王の寵姫の証とか、所有されているとか、金の腕輪の説明をすると、さらに誤解を与えてしまいそうですね?
 会社には、伴侶の件は内緒です。
 元より、ラダウィと体の関係があることも。妃や寵姫のことも。嘘つきがどういう末路をたどるのか、とかも。全部全部、会社には言えませんけどねっ。
 えぇっと…説明は、所有ではなくて。

「この腕輪は、王に特別に許された通行証のようなものです。王宮を歩くのに必要です」
「あぁ、確かに外人が王宮を歩いていたら、驚く者もいるだろうからな。では、本当にそういう事実はないんだな? もしそうなら、抗議できるぞ?」
「いいえ、性奴隷なんてないですよ。あまりにも、な言葉に。驚いて、すぐに言葉が出なかっただけです。ですが、国王陛下に目をかけていただいているのは事実です。王宮で寝泊まりという過分なもてなしをいただいているので。でもそれは、私と陛下がご学友だからなので…」
「あぁ、そうだよな? わかっている、わかっているとも。陛下と親しい友達なんだよな?」

 失礼なことをたずねて、いたたまれなくなったのか。本部長は私の言葉を途中で引き取り、うんうんとうなずいた。
「紺野は事実と妄想を混ぜ込んでくるから、それらしく聞こえてしまうんだな? 天野は確かに栄転したが、俺と天野が…なんてあり得ないことだし。陛下と天野の旧知の仲も、金の腕輪を見て、その事実をゆがめて、下種げすの勘繰りをしたということだろう。とにかく、性奴隷なんて馬鹿げたことが事実じゃなくて、安心した」

 そうしてホッとした顔を見せる本部長に、私は少し嬉しくなった。
 二週間前、私が国王に嘘をついたのを承知の上で、会社がシマーム行きを決めたとき。
 社長は見捨てないと言ってくれたが。私はその言葉を本気でとらえてはいなかった。
 会社は味方になってくれない。
 自分のことは自分でどうにかしなければならないと思いつめ。悲しかった。
 でも、私が窮地に立っているかもしれないと思い、社長と本部長は様子を見に来てくれたのかもしれません。
 このプロジェクトの要の位置にいる私を、気に掛けている。ということもあるでしょうが。
 それでも、ありがたいことで。
 会社への信頼を、このとき私は取り戻したのだ。

 その後、シマームでの仕事について、私は本部長からレクチャーを受けた。
 油田建設予定地には、まず工事を請け負う者たちが、拠点とする施設を造る。
 そのプロセスを、本部長が説明し。私にしっかりと今後の指示などを授けてくれました。

「君に負担をかけないよう、いろいろと考えているからな? まずは天野をサポートするチームを立ち上げた。一週間後にはシマームに到着する予定で、天野がエルバルに手配してくれたビルにシマーム支社発足を…」
 近代化に消極的だったシマームには、今はまだ高層建築物がない。その中でも、エルバルに珍しく五階建ての小さなビルがあって。ムサファの采配でそこを借りられることになったのだ。
 エルバルはこの油田候補地にほど近く。
 プロジェクトが本格始動するまでの仮の会社としてなら、充分条件の良い物件だったのだ。
 とりあえず、はじめてのシマームでの仕事は無事に完遂しました。

 レクチャーを聞き終えた私は、本部長に笑みを向けて、言った。
「シマームの近代化が進めば、エルバルや首都ガザハーンにも、三峰主体で高層ビルが続々と建設されていくでしょう。ですが私は経験も浅く、本部長や他の方たちのお力添えがなければ、なにも務まりません。まだまだ至らなくて、危なっかしいので。本部長のお気遣いがとてもありがたいです。できれば…」
 照れくさいというか、夢を語るみたいで恥ずかしく思いながらも、口にする。
「いずれ、仕事の面でも必要とされる存在になれたらなと、思っているんですけど」

 シマームへ派遣されたのは、ほぼ、ラダウィの我が儘によるもので。自分の実力ではないことは。重々承知しているのです。
 そんな立場でも。
 伝説の商社マンであった父のように。その十分の一でも。
 会社のためになんとか力を尽くしたくて。
 言われたことは、なんでもこなそうと思っているのです。

「なにを言う。君がシマームと円満な関係を築いているからこそ、大きなプロジェクトを進めることができるんだぞ? もっと大きな顔をしてもいい」
 平川本部長はガハハと笑って、私の背中をバンバン叩いた。
 彼なりの気合い入れのようなものかと思うが。やはり、痛い。

 そうして今後の展望などを教えてもらって。私と本部長は油田建設予定地から王宮へ戻った。
 そのあとは、上質なスーツに袖を通し、午後の会食の席に着く。
 ごく親しい者しか相席を許されない円卓での酒食の宴だ。

 部下の無礼を平身低頭して詫びる社長の謝意を、王は鷹揚に受け取り。
 シマームと三峰の強固なつながりをさらに望むと、社長をねぎらった。

 会食を終え、私とムサファは王宮殿の玄関まで出る。
 そして社長と本部長がアテンドの車に乗って王都を出て行くのを見送った。

 彼らはすべての懸念事項を無事解決し、笑顔で日本に帰国したのだった。

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