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2巻
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しおりを挟む第一章 行き遅れ巫女、聖女の影武者になる
「うん、王都の様子もだいぶ落ち着いたみたいね」
ガタガタと揺れる馬車の中、カーテンの隙間から通り過ぎる街並みを眺める。
「ハナ巫女のおかげね」
逆側の窓から外を眺めていたルーシェが、私に笑顔を向けた。
今、私とルーシェが乗っているのは、キノ王国の王城を出発し、ミーサウ王国に向かう馬車だ。
この世界には癒しの力を持った「巫女」と呼ばれる女性たちがいる。
巫女の中で最も力の強い者は、聖女と呼ばれる。
上級巫女は、命に係わる大怪我や大病を完治させられる力を持った者。
中級巫女は、完治まではいかないものの、命をつなぐことができる力を持った者。
下級巫女は、かすり傷を癒したり、少しだけ熱を下げる程度の力を持った者。
ルーシェは聖女候補だ。本来なら最底辺の下級巫女の私と行動を共にするようなことはないんだけれど。
……ここ数日の出来事を思い出す。
私たちが暮らすキノ王国で、感染力が強く、体力のある兵たちも次々に倒れていくほど強力なはやり病が広がった。
多くの人が亡くなってしまい、一時はどうなるかと思った。けれど、癒しの力を持ったたくさんの巫女たちの働きで近く収束しそうだ。
「ハナ巫女が、巫女が巫女を癒すと魔力も回復するから、多くの人を癒すことができるって発見したおかげ」
「発見といっても、偶然知っただけだし。皆が救われたのは私の力じゃないわよ。キノ王国の巫女たちが懸命に癒しているからね」
国中を襲ったはやり病で多くの人が犠牲になることを、誰もが覚悟した。街の神殿の中級巫女たちが治療にあたっていたけれど、一日に癒せる人数に限りがあり、病の広がりを食い止められずにいた。……それどころか、無理に治療にあたって命を落とす巫女もいた……
もっと早く、魔力を回復させる方法を発見できていたら、あの街の神父様の妻、シャナ巫女も死なずにすんだかもしれない。形見にもらった「巫女の花」という赤いかわいい花の刺繍が施されたハンカチを、ポケットの中で握りしめる。
巫女が巫女を癒せば、魔力が回復する。巫女が二人いれば、お互いに癒しながら何人も癒せる――。その方法を発見したのは私かもしれないけれど、そのおかげで国が救われたとは思わない。
私は、下級巫女で癒しの力は弱い。「行き遅れ」と言われるまで長年力を使い続けて、能力が上がったので少しは役に立てたと思う。けれど、他の巫女がいなければ救えなかった。皆のおかげだ。
もちろん聖女候補であるルーシェも必死に人々を癒してきた。
「私たちが行く、ミーサウ王国には聖女様がいないんだよね? 巫女だけじゃ病を収束させられないのかな?」
長年国境で睨み合っていた敵国ミーサウ王国は、聖女不在の国と言われている。
「巫女の数も少ないと聞いているけれど、どれくらいの巫女がいるんだろうね……」
巫女が巫女を癒して魔力を回復するという方法を伝えてもそれを実行するだけの巫女がいない。だから、はやり病をどうすることもできずに戦争の降伏状が送られてきたのだ。降伏の条件は「聖女を送ること」だ。
しかしキノ王国としても聖女を渡すわけにはいかない。そこで、聖女候補であるルーシェを送ることにした。まだ、十三歳と幼いルーシェを。私はルーシェを助けたいと思い、一緒にミーサウ王国へ行くことを決めたのだ。
「大丈夫。たとえ巫女の数が少なくても、ハナ巫女がいれば百人力だもんっ!」
ルーシェが鼻息荒く訴える。
ルーシェが私のことをやたらと持ち上げるのは、一緒にミーサウ王国へと行くことを感謝しているからだろうか。
「あ、王都を出たようね」
カーテンの隙間から外を確認する。周りに建物はなく、王都を取り囲む城壁の外へと出たことが分かる。
「ミーサウ王国まで何日かかるんだったかな」
私の言葉に、ルーシェがごくりと小さく唾をのむ。
そして急に、下を向いて暗い顔になってしまった。やはりミーサウ王国へ行くのが怖いのだろうか。
しばらくして、何かを決心したように顔を上げた。
「ハナ巫女、今ならまだ引き返せる。私のために、ハナ巫女までミーサウ王国へ行く必要は――」
そう言いながらも、ルーシェの手が小刻みに震えているのが見える。
「私、ルーシェが付いてくるなと言っても、ミーサウ王国へ行くわよ? だって、ミーサウ王国の人たちははやり病で苦しんでいるんでしょ? 私、できるだけ多くの人を救いたいもの」
にこりと笑ってみせると、ルーシェがほっとしたように力を抜いた。
「ありがとう、ハナ巫女」
隣に座るルーシェの肩をぽんっと軽く叩きながら、今朝のことを思い出していた。
ルーシェの護衛に付くと紹介されたのは、六名の兵だった。
聖女候補の移動だというのに、馬車も二台だけ。
『何百人と護衛兵を引き連れて行って身構えさせないよう、精鋭を用意した』と、眼鏡の痩せた文官から説明を受けた。
確かに、いくら戦争終結の合意がなされたとしても、敵国の兵が大量に国に向かってくれば不安になるかもしれない。でも、六人はさすがに少なすぎないだろうか。大丈夫かなぁ。
少し不安を覚える中、王城の裏口からひっそりと出発することになった。
そう、ひっそり、こっそり。聖女候補とはいえ、まだはやり病が猛威を振るっているさなか、国民を癒しもせずに敵国へ行くことに反対する人もいるだろうという配慮だ。
……と、文官が言っていた。確かにそう言われると辻褄は合うんだけれど。
キノ王国では近くはやり病は収束し、軍備を整えられる。
一方ミーサウ王国は、巫女がいなくてはやり病の収束のめどが立たず、キノ王国よりも被害が甚大になる可能性が高い。
戦争を再開すれば、キノ王国の勝利は固い。となれば、戦争再開を望むキノ王国の勢力が、「友好の証に送った聖女候補様を死なせるとは許せない」と再び戦火を起こす理由にしたいと思ってるのかもとか。そのためにルーシェを犠牲にするつもりで秘密裏に出立させたわけじゃないよねとか、つい、いろいろ考えちゃって、なかなか文官の人が言っていることが信じられないんだよねぇ。
実際、特に騒がれることもなく確かに王都は抜けたけれど……
と、こうしちゃいられない。街道を進んでいる間にすることがあったんだ。
「さぁ、ルーシェ。服を取り換えましょう」
私の言葉にルーシェがちょっと困った顔をする。
「ハナ巫女……本当に入れ替わるの?」
聖女の装束は特別にあつらえられたものだ。金糸で刺繍が施された白い膝丈のベストを、青い帯で結ぶ。中の服はどのようなものでもいいのだけれど、ベストと帯が聖女の目印だ。候補ではあるけれども、聖女としてミーサウ王国へ行くルーシェのためにこの装束が用意されていた。
「ええ。道中、聖女をお守りするために身代わりになっていると言えば、護衛たちも文句はないでしょう? 幸い六人しか護衛はいないし」
いつも身につけているエプロンを外しながら、ルーシェの顔を見る。
「でも、もしかしたら……距離を取って他にも護衛が付いているかも」
なるほど、旅人のふりをして付いている護衛……うーん、確かにあるかもしれないけれど。
「まぁ、何か聞かれたらきちんと説明すればいいし。気にしない、気にしない」
きっと、ミーサウ王国ではルーシェの顔は誰も知らないだろう。それに、私の方が年齢的に聖女っぽい。……ああ、ちょっと年は取りすぎてるけれど、見た目が明らかにまだ子供なルーシェよりはマシなはずだ。
聖女の命を狙う者がいたら、装束を目印に私を狙ってくるだろう。
もし、私が傷ついたとしても……
「即死じゃなきゃ、ルーシェが癒してくれるものね」
よほど腕のよい暗殺者でもなければ即死になることはないよね?
「ハ、ハナ巫女、何を言って……まさか、私が狙われると思って身代わりを……? 聖女扱いされるのが苦手だから身代わりをしてくれるんじゃ……」
おっと。ついうっかり口を滑らせてしまった。
「違う違う。もし、万が一、そういうことがあったとしたらっていう、護衛を納得させられる理由としてね?」
ルーシェがまだ納得していない顔を見せる。
「あと、えーっと、宰相と陛下の言葉、覚えてる? 下級巫女なら惜しくないみたいなこと言ってたでしょ? 私が下級巫女だっていうのは、護衛たちも知ってるけれど、もしかすると彼らもそう思ってるかもしれないじゃない? 賊に襲われた時に、聖女を優先して守るのは当たり前で、私はすぐに捨てられても仕方がないと思ってる。でもこの服着てたらさ、形だけでも私を守らないと賊に怪しまれちゃうから、結果として私も守ってもらえるかもしれないじゃない?」
と、とっさに思いついた言い訳を話す。
「見せてあげればいいっ」
突然、ルーシェが大きな声を出した。
「ハナ巫女が、私よりずっとずっとすごい巫女だって、見せてやればいいのよっ!」
ああ、私が軽んじられていることに怒ったのか。
「ありがとう、ルーシェ。まぁ、とにかく……ミーサウ王国に入るまではのんびりしてましょう。ミーサウ王国に入ったら――」
ミーサウ王国との国境を越えた後のことを考えると、胸がぎゅっと締め付けられる。
聖女不在で、巫女がほとんどいない国。
過去にミーサウ王国では、巫女を戦争の道具にするため力を使い続けさせた。巫女が子供を生まなかったことで巫女の数は減り、今度は慌てて巫女に無理に子供を生ませた。だけれど巫女が生まれることはなかった。だから今では巫女はほとんどいないと、ガルン隊長が言っていた。
キノ王国と違い、街の神殿に巫女が常住していることはないんだろう。苦しんでいる人たちのいる街や村を素通りできるだろうか……
聖女の装束を身につけてから、ふと考える。ひっつめた髪に、大きな眼鏡とマスクはどうしようか。さすがに聖女っぽくないからやめた方がいい? でもはやり病がうつるといけないし、外さなくても大丈夫よね?
「その恰好は?」
しばらくして休憩を取る場所で馬車を降りると、護衛兵たちに怪訝な顔をされた。
「……と、いうわけなので服を入れ替えたんです」と、馬車の中で考えた話をすると、六人のリーダーらしき四十歳前後の兵が納得したように頷いた。一人だけ騎士の恰好をしているこの兵は、確かダージリ隊長と呼ばれていた。……隊長……
同じ隊長でも、ずいぶんガルン隊長とは風貌が違う。ガルン隊長は長身で、鍛えあげた筋肉が全身を覆っていた。騎士だというのに髪も整えず、無精ひげもそのままのことも多かった。それは、身なりを整えるよりも優先するべきことがたくさんあったからなのだと今では分かる。
一方、目の前に立つダージリ隊長は、薄くなった髪の毛を整髪料できっちりと整え、口ひげを丁寧に作り、香水までふりかけている。とても鍛えているとは思えないひょろりとした体つきだけれど、隊長を任せられるくらいだからそれなりの実力はあるのかな?
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説明? 命じられた兵が馬に乗り、どこかへ駆けていった。
「やっぱり、他にも護衛がいるみたいね」
ルーシェが声を潜める。そうなのかな。……ってことは、ルーシェを犠牲にするつもりはない? いやいや、まだ油断はできないよね。
「どうぞ」
護衛兵の一人が、水分の多いフルーツを差し出してくれる。侍女を一人も連れていないので、お茶一つ出ない。……というか、私がやってもいいんだけれど、聖女のふりをした今、私が率先して動いてるのを第三者に見られたらおかしいよね。
「ありがとう」
マスクを外して果物に歯を立てようとしたところで、後ろから伸びてきた手にマスクを戻された。
「ハナ巫女……駄目ですよ。人前で顔をさらしては」
ん? この声……?
「マーティー、どうしてあなたが!」
振り返ればマーティーがいた。
隊で上位の実力者に与えられる称号――ナンバーズの一人で、槍の三番手だ。
マーティーは駐屯地の兵で、騎士になる試験を受けるために王都に向かったんだよね。はやり病で試験はどうなるか分からないとはいえ、なんで、ミーサウ王国へ向かう私たちのところにいるの?
「マーティー、だってあなたに、ガルン隊長宛の手紙を持って行ってもらったわよね? そのままガルン隊長のもとに戻るように、手紙に書いたはずだけど……」
だけどマーティーは私の言葉を無視して、ダージリ隊長に向き直る。
「お前は? 追加の護衛か?」
ダージリ隊長がマーティーに話しかけた。
「マーティーと申します。僕は聖女一行の護衛ではありませんので、ダージリ隊長の指揮下には入りません」
「何だと? じゃあ、何しに来た?」
マーティーが私の顔を見る。無造作に後ろで束ねた黒い髪。ああ、マーティーも髪を整えるよりも訓練していた方がいいというタイプなのかもしれないなぁ。でも長い前髪は少し切ったほうがいいですよ。視力が悪くなるから。
やがて、涼やかな目がふっと優しく笑う。
「僕は、ハナ巫女の護衛です」
「何を? 下級巫女に護衛が付くなど聞いたこともない!」
ダージリ隊長がマーティーを睨みつけた。
「誰の手の者だ? 同行を許されるとでも思っているのか?」
ダージリ隊長が腰に下げた短剣の柄に手をかける。
すると、マーティーが手にしていた短剣を鞘ごとダージリ隊長へ差し向けた。
「僕は、ガルン隊長――ファシル侯爵家より遣わされました。ディリル領をはやり病から救った、ディリルの聖女ともいうべきハナ巫女を守るために」
うひゃー。マーティー、ちょっと、マーティー。
ディリルの聖女って何、それ。
「領都を救ったのは、私の力じゃなくて、皆が頑張ったからだよ?」
確かに、巫女が巫女を癒すという方法を伝えたから助かったということはあるだろう。だけれど、実際に癒しを頑張ったのは、領都の中級巫女と見習い巫女たちだ。それから初めはやる気がなかった上級巫女のピオリーヌ様とシャンティール様のお二人の力も、なくてはならないものだったし。それに、同じ下級巫女であるマリーゼも頑張った。決して私だけがディリル領を救ったわけではない。
「下級巫女がディリルの聖女? ふっ、おかしな話だな? それを信じろと言うのか?」
ですよね、分かってくれます?
「帰れ。帰ってファシル侯爵家に伝えろ。下級巫女に護衛はいらない……と」
ダージリ隊長の言葉を聞いて、マーティーは短剣を引き抜いた。
「マーティー何をするのっ!」
ズシュッと、嫌な音が聞こえた。
マーティーの持つ短剣が、マーティーの腹に突き立つ。
「な、なんてことを! マーティー!」
自分で自分のお腹を刺すなんて!
「何を考えているっ! 正気か?」
ダージリ隊長も理解しがたいと言わんばかりに動揺した声を出す。
「正気ですよ。ハナ巫女の護衛として認めてもらうには、これが一番手っ取り早いと思ったから」
「【癒し】」
なるべく血が流れないように、短剣を引き抜くタイミングで癒しを施す。
それでも、服の穴の開いたあたりは血でかなり汚れてしまった。
「ふっ。ハナ巫女の癒しは気持ちがいい……」
「バカっ! 何言ってるの! 自分で自分を傷つけるなんて、もう一度同じことをしたら、今度は癒してあげませんからね!」
私が怒っているのに、マーティーは笑っている。
「知ってる。そう言って、ハナ巫女はいつも癒してくれるんだ」
「マ、マーティー……!」
もしかして、癒さないと言いつつ癒してしまうって見抜かれてるから、ガルン隊長も懲りずに怪我をこさえてくるんだろうか?
マーティーは制服のボタンを外し、短剣を突き刺した腹をダージリ隊長に見せた。
「彼女は下級巫女ですが、護衛が必要な、大切な巫女って分かってもらえました?」
マーティーが挑発的にダージリ隊長に言葉を発する。
「嘘だと思うなら、試してみますか?」
マーティーが血まみれになっている短剣を拾い、ダージリ隊長に刃先を向けた。
「これだけの力……下級巫女というのは、嘘か……。どういうつもりだ。何を考えている、ファシル侯爵家は……」
「何も考えていませんよ。大切だから、守る。それだけです」
マーティーの言葉にも、ダージリ隊長は嘘をつけという疑いの目を向ける。
「仕方がありません。こんなことで信じてもらおうなんて思っていませんが、騎士として中央で働くあなたならば、こちらのほうが説得力ありますか?」
マーティーが私の顔から眼鏡とマスクを外して、すぐに戻した。
するとダージリ隊長は驚いた顔をした後、マーティーの肩をぽんぽんと叩く。
「了解した。マーティーと言ったか。血まみれでうろつかれては困る。着替えて護衛に加われ」
あれ? なぜか説得されちゃったけど……。あの一瞬で何があったの?
「ふふふ、ふふふふっ」
ふと側を見ると、ルーシェが笑っている。え、面白いことあった?
「ハナ巫女、兵服を調達して着替えなければいけません。少し離れますが、すぐにハナ巫女のもとに戻ります」
と、マーティーに話しかけられる。
「ちょっと、待って、マーティー。護衛って、ガルン隊長が私の護衛に行けって言ったの? だって、手紙には……」
駐屯地の仕事を辞めて王都で働きます。今までありがとうございました――と、書いたはずだ。
私らしいと思われるように、「王都で苦しんでいる人たちを見捨てて駐屯地へ戻るなんてできません。勝手を言ってごめんなさい」と理由も書いた。
「手紙に何が書いてあったのか僕は知りませんが、手紙を見たガルン隊長はすぐに『よかったな』とつぶやいていました」
よかったな? 新しいやりがいを見つけたから?
「あと、『アルフォードと会って、うまくいったのか』……と」
は? うまく?
「アルフォード? ……えっと、氷の将軍のことだよね? 会ってないけど」
王都の人たちを見捨てられないというのは言い訳で、氷の将軍と結婚するから駐屯地を辞めると思われたってこと? なんで、そんな斜め上の発想になるの?
まあ確かに、行き遅れだと言われる二十四歳にもなって結婚しない理由として、女性たちのあこがれの的である「氷の将軍」が好きだからと言っていた。けれど本当は、恋をして結ばれると巫女は力を失ってしまうから、誰とも結婚したくなかったんだけどね。周りが「結婚しないのか」とうるさくなってきたころから、面倒くさくなって氷の将軍を言い訳に使っている。とはいえ、行き遅れ下級巫女の私が、氷の将軍のような雲の上の人間を射止められるわけないじゃないねぇ?
「え? マリーゼ巫女に頼んで、アルフォード様と会う機会を作ってもらったんですよね? ガルン隊長が言ってましたけど?」
「会う機会? マリーゼは、確かに『なんとかします』と言ってたけど……」
まさか、ガルン隊長に頼んでいたとは……。どう言って頼んだんだろう。
というか、結局アルフォード様とは会ってないけど……と首を傾げる。
「それで、その……すみません、ハナ巫女っ!」
急にマーティーが頭を下げた。
「これ、本当はガルン隊長からハナ巫女に渡してくれと頼まれたもので……」
マーティーが先ほど腹を貫いた短剣を私に差し出した。
「ファシル侯爵家の紋章が刻まれているから、何かあれば兵や騎士や貴族にこれを見せれば役に立つかもと……お守り代わりにって……」
「お守り……」
お守りに短剣……ふふ、ガルン隊長らしい。
お守りって言ったら、女性が身につけやすいように、アクセサリー類にするものなんだけどね。
「それを渡しに城に戻ったら、ハナ巫女が聖女候補とともにミーサウ王国に旅立ったと聞いて……すぐに追いかけてきたんです」
そうなのか。あれ? そのマーティーの言い方からすると……
「私の護衛をしろと、ガルン隊長に言われてきたわけじゃないの?」
それどころか、ガルン隊長はまだ私が王城にいると思ってる?
「あー……」
マーティーがばつの悪そうな顔で頭をかいた。
「僕は、その、ガルン隊長とハナ巫女の連絡係の任を解かれていないので、仕事を続けるためにはハナ巫女のそばにいないと、その……」
うん、そういう意味では任務違反じゃないというのは、分かったけど……
「マーティーは騎士選抜試験を受けるために王都へ来たんでしょ? そっちに集中しなきゃ。私は大丈夫だから」
「僕が大丈夫じゃない。ハナ巫女を一人でミーサウ王国へ行かせるなんて」
「一人じゃないよ? ルーシェも護衛もいるから」
「護衛は聖女候補であるルーシェ様の護衛でしょう! ハナ巫女の護衛はいない」
もう、ああ言えばこう言う。どうしたらいいんだろう。
困り果てて、ルーシェの顔を見る。
「私、マーティーがいてくれた方がいいと思う。だって、知らない人ばかりの護衛より、信用できる人がいてくれた方が……」
ルーシェの言葉にはっとする。確かにそうかもしれない。もし、ルーシェを犠牲にするつもりであれば、護衛が本当に守ってくれるかも怪しい。
だけど……
「マーティー、本当にいいの? 騎士になるチャンスなのに……」
「ハナ巫女、騎士になることよりも大切なことは世の中にいくらでもありますよ」
そうだけど。でも、私のわがままで……。私がルーシェを守りたいと、ミーサウ王国に行くことで、マーティーの未来を棒に振らせてしまうようなことをしてもいいんだろうか。
「でも……」
「じゃあ、こうしましょう。ハナ巫女」
マーティーが膝をついて騎士の礼を取る。
「ハナ巫女……いいえ、ハナ聖女。道中は、ハナ聖女直属の騎士に任命していただけますか。あなただけのナイトに」
「私の……ナイト……」
馬鹿ね。マーティー。私の騎士になったって、何の得にもならないのに。なんで、そこまでしてくれるんだろう。
「それ、いい考えね! 聖女は聖女近衛隊として何人か取り立てることができるって聞いたことがあるわ。騎士採用試験を受けなくても騎士になる道はある」
ルーシェが楽しそうな声をあげた。
「そうなの?」
「うん。私が帰国して聖女になったら、絶対マーティーを騎士に推挙するって約束する」
「ありがとう、ルーシェ!」
ぎゅっとルーシェを抱きしめる。
――聖女になりたくないと言っていたルーシェが、こうして聖女になったらという前向きな話をしてくれるようになった。……よかった。
「あ、いや、だから、僕は別に騎士になりたかったわけでは……もごもご」
なんかマーティーが言っている。
よく聞こえなくて聞き返そうとしたけれど、出発の時刻になったので会話を中断。マーティーは馬に、私とルーシェは馬車に乗り込んだ。
王都から六日かけて、国境へと到着した。
途中で通りすぎた街の様子は落ち着いていた。中級巫女と見習い巫女の連携で死者を増やさずにすんでいることが、その理由なんだろう。
よかった。私たちが伝えた方法は、きちんと国中に行き届いて実践されているんだ。
約束の時間になると、国境の向こう側にミーサウ王国の騎士服に身を包んだ少年が一人現れた。
「ようこそ、お越しくださいました」
騎士の最上礼を取り、片膝をつく少年を見ながら馬車を降りる。
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