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「お待たせいたしました。お代わりは遠慮なくお申し付けくださいね」
 侍女が持ってきてくれたのは、ミルクがゆと、甘くとろりと煮た桃のような果物だった。
 ああ、おいしぃー!
 そうだよねぇ。風邪を引いたら桃の缶詰!っていう位だから、体力なくても消化できるよね、きっと。
 ポロリと、涙がこぼれた。
 病気をしたときの、優しい記憶だ。もう、どれだけ望んでも手に入らなかった優しさが、ここにはある。
「大丈夫ですか?奥様っ!」
「う、うん、大丈夫よ。その、ほっとしたから……」
 侍女は涙をこぼした私をすぐに心配して声をかけてくれた。
 侯爵家の使用人とは違う。きっと大丈夫……。
「さぞ、恐ろしかったでしょう。魔の森の谷底といえば、魔物が沸きやすい場所ですし……」
 そうだったんだ。
 魔物に襲われなかったのは運がよかったのかな。
「護衛の姿はなく……いまだに見つかっておりませんし」
 いや、それは初めからいなかったんだけどね?
「馬車と一緒に転落したはずの馬や御者も……すでに魔物に食われてしまって跡形もなかったとか」
 え?
 御者は亡くなったの?魔物に食われるとか、怖っ!
 それとも、もともと転落はしていなかったとか……?魔物と遭遇して私を置いて逃げたのではなかろうかねぇ……。侯爵家の使用人ならやりそうだわ。
 ……っていうか、馬車をわざと転落させたなんてことはないよね?さすがにそこまではしないか。
「申し訳ありません。怖がらせるようなことを……」
「いいえ、大丈夫です。少し驚いただけで……その……」
「やはり、本当のことだったのですね」
 侍女が小さく頭を横に振った。
 本当?何が?
「王都も侯爵領も魔物はほとんど出ないと……。このあたりでは魔物は年中いたるところで見ますし、会話の中に魔物の話はしょっちゅう出てきます。ですが、奥様は魔物の姿を見たこともない、魔物の話などすることもないだろうから、怖がらせないようにと……」
 え?そんな風に言われてたのか。
 そりゃ確かに、あんな環境……8歳まではかわいがられて恐ろしいことからは遠ざけられ、8歳こえたら自由に歩き回ることも人と話をすることも禁止されていたんだし、魔物のことを知ることもなかったよ。ああ、でも時々魔物が出たという噂を使用人がしてたかな。すぐに騎士たちが退治してくれたとか。年に数回あるかないか。
「大丈夫ですよ。お屋敷の中にいれば安全ですから」
 侍女が安心させるように笑った。それから、食器の中が空になったのを確認する。
「お代わりは必要ですか?食べても吐き気などしませんか?」
 質問に首を振ってこたえる。
「でしたら、明日の朝はもう少しちゃんとしたお食事をお持ちいたします」
「ありがとう。あの、名前は?」
 侍女が手を止めて私を見た。
「申し訳ありません、自己紹介もまだでした……私は奥様のお世話をさせていただくマーサと申します」
 少しふっくらとした優しそうに笑う女性だ。私の世話係がマーサでよかった。
「ではごゆっくりお休みください」
 マーサが出て行った後、ベッドに寝転がる。
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