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「はい。また和臣さんがお店を探してくださるんでしょうか?」
 つい、探りをいれるような文面を送信してしまう。
「あー、そうだね!あいつに店を探すように伝えておくよ!うん、そっか。よかった、よかった」
 菜々さんが和臣さんに伝える……か。
 そうですよね。二人は仲良しなんですよね……。
 もう、二人が一緒の姿を見るのはつらいけれど、でも、今このタイミングで菜々さんの誘いを断ってしまったら……。
 菜々さんはきっと、隠し事をしていたから私が怒って離れていったと思うでしょう。だから、断るわけにはいきません。
「あとさ、兄貴のことなんだけど……なんか、様子が変だったのは、事実を知って気が動転していたからで」
 事実を知って?
 事実を知られてというのの変換ミスでしょうか。
 私も時々予測変換でうっかりミスしたまま気が付かないことがあります。
「分かりました。それほど、菜々さんと兄妹だという事実を知られたことに動揺したのですね。絶対他言しません」
 もしかすると……。
 黒崎さん目当ての女性が、菜々さんに迷惑をかけたりした過去があるのかもしれませんね。
「ありがとう。また連絡するね!」


 次の日、職員用通用口でタイムカードを押して食堂に向かう途中。
「ひゃっ!」
 曲がり角から急にビニール袋を持った手が出て来て思わず小さく悲鳴を上げる。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
 この声は、和臣さん……であるわけはなく、黒崎さん?
 ぬっと、まがり角から長身の男が姿を現しました。
「ひゃっ!」
 思わず2度目の悲鳴を上げます。
 だ、だって……。
「ど、どうしたんですか?」
 グラサンにマスクにニット帽……。
 まるで銀行強盗でもしそうないでたちです。
 いえ、グラサンにマスクにニット帽なのに、服はいつもの仕立てのよいスーツなので、むしろ銀行強盗以上の怪しさです。
「私の顔が……」
「顔?」
「苦手だと言っていたので、嫌われないようにと……」
 あー。はい。
 確かに、言いました。うっかり。
「私の言い方が悪かったです。謝ります。苦手って嫌いということではないんです。えっと、黒崎さんのように容姿の良い顔を見慣れていないので、ちょっと緊張するのです」
「嫌いでは、ない?」
 黒崎さんの表情は見えませんが、ほっとしているような声が聞こえました。
「えーっと、ですから、見慣れれば苦手意識も減ると思うので、顔を隠すのはむしろ逆効果……」
 というか、その姿で歩いていると、大学の評判が落ちるのでは……と、心配です。怪しい人がうろうろしていると。
 あ、学生相談室にこもってうろうろはしないのでしょうか?
 でも、コインランドリー設置のための打ち合わせや、就活メイク講座スタートに向けてとかいろいろ人とも会うんですよね?
 サングラスとマスクとニット帽を取り、いつもの眼鏡姿の黒崎さんに戻りました。
「早く、慣れてくれるといいな……。会う回数が増えれば、慣れてくれる?」
「会う回数が増える?」
 それって、学生相談室への呼び出しが増えるということでしょうか……。
 目いっぱい遠慮したいです。
「回数の問題ではなくて、えーっと……あの、何か私に用事でしたか?仕事に遅れてしまうので」
「ご、ごめん。これが渡したくて」
 先ほど曲がり角から差し出されたビニール袋を私の前に持ち上げて見せてきます。
「え?」
「お礼……としては、その、大したものじゃないけれど、あー……っと、白井さん、知らないみたいだったから」
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