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「すいません、学生相談室ってどこですか?」
 通りすがりの学生に声をかけて、場所を尋ねました。
「え?まさか、相談しに行くの?」
 オシャレに力の入った女学生さんが、驚いた顔を見せ、それからなぜか私の服装を上から下までチェックした。
「あー、本気で相談組?」
 本気で相談組?
 本気じゃない相談もあるっていうことなのでしょうか?
「悪いことは言わない。玉の輿狙いじゃなくて、本気で相談するつもりならやめたほうがいい。友達に相談したほうがいいよ。なんなら、私が相談に乗ろうか?」
 玉の輿?
 友達に相談したほうがまし?
 ……学生相談室って、いったい何なのでしょう?
 一見チャラそうな髪の毛が茶色くてくりんくりんの女学生は、実は面倒見が良い子のようです。
 提出する書類を持っていくだけですと説明すると、学生相談室の近くまで道案内をしてくれました。
 あれ?そもそも私、学生ではないのですが……学生だと勘違いされました?学生相談室は学生の相談を受ける場所ですよね?
「ありがとうございます」
「うん、気にしないで。あ、そうだ、新入生?サークル決まった?よかったらはい」
 女学生さんが、カバンから1枚紙を取り出して私の手に持たせて去っていきました。
「……サークルの勧誘されてしまった」
 学生に間違えられたどころか、新入生に間違えられていたようです。
 二十八歳の春であります。
 おっと、のんびりしていられません。
 今日は月曜日です。いつもよりも30分も帰りが遅くなっているんでした。
 スーパーの夕方タイムセールに間に合わなくなってしまいます!
 学生相談室とプレートが付いている扉をノックする。
「留守にしています。ご相談内容とお名前、連絡先を記入して相談箱に入れてください」
 ドアの隣に置かれた小さな机にはそんなメッセージと、南京錠のついた郵便受けが置かれていました。
「ここに入れればいいのかな?」
 一言メッセージを書き加えて郵便受けに入れることにします。
【学生食堂へ寄せられたご意見から、大学への申し送りです。ご不在のようでしたので、こちらに入れておきます。食堂の白井】


ご意見【カレーとアイスミルク試してみたら、本当に辛くなかった!これでカレーが食べられる!ありがとう白井さん!】
ご意見【モーニングって、朝って意味じゃないから!】
ご意見【甘納豆がない!】
ご意見【俺は辛いカレーが食べたい!】
ご意見【いやいや、白井さん面白すぎwww】


「はい、白井ちゃん」
 今日は火曜日のはずです。
 ご意見箱の用紙回収は、週に1回月曜日だと聞いたはずですが……。
 昨日、確かにご意見に返答をして掲示板に張り出しましたよね?
「どういうことでしょうか、チーフ」
 なぜか、終業時間終了5分前に、またもやチーフが紙を持って目の前に立っています。
「ふふふ。白井ちゃんのメッセージが大評判。気が付いてなかったのかい?」
 え?
 そういえば、掲示板を見ている人がいるなぁとは思っいましたけれど。
 いつも通り、注文の品を捌くのがやっとで、食堂の様子はあまり気にしている暇はありませんでした。
「ほら、やっぱり。これこれ、見てごらんよ。いつもよりもアイスミルクの注文数が多いとは思ったら、白井ちゃんの手柄だねぇ」
 アイスミルクの注文?

【カレーとアイスミルク試してみたら、本当に辛くなかった!これでカレーが食べられる!ありがとう白井さん!】

 チーフに見せられた紙にはそう書かれていた。
「は、はぁ」
 手柄ですか……。
 売り上げに貢献するとかしないとかは、どうでもいいのですが……。
 ありがとうですって。
 ふ、ふふふ。
 お礼を言われてしまいました。
「無理しなくていいんだけど、残業できそうだったら、頼むね」
 手元の紙は5枚。
 残業代30分。時給+25%アップ。
 はい、やらせていただきます。

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