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13 邂逅

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 沢渡と別れて病院を出たところで、懐かしい人物と遭遇した。

「黒川くん……?」
 俺に声をかけてきたのは、高校の同級生だった高瀬歩美だ。久しぶりに見た蓮の元カノは、高校時代よりずっと大人っぽく綺麗になっていて、胸騒ぎを覚えた。

「久しぶり、元気だった?そのスーツ似合ってるね。大人っぽい。ていうか、何か病気なの?」
「……いや、今日は知り合いのお見舞いに来ただけ」
 俺は平静を保ちながらそう答える。


「そうなんだ。……あのさ、ちょっと時間ある?私ずっと黒川くんに謝りたくて、私のせいで蓮が……」

 そこまで言うと、高瀬の顔がくしゃりと歪んだ。今にも泣きそうになる彼女に驚いて思わず固まってしまう。
 
 俺達は病院の中庭にあるベンチに並んで座り、少しだけ話をした。

 高瀬は高校を卒業後、進学せず家を出て働いているらしい。「進学は親が許してくれなくて、早く結婚しろって煩いし。オメガの就職ってかなり大変なんだよ」と彼女は笑っていたが、それなりに苦労しているのだろう。母の姿を見ていたので、何となく分かる気がした。
 オメガは番を持てば安定する。そのため、学校を卒業したら早々にアルファに嫁がせようとする親は多い。裕福な家庭であれば尚更だ。


「えーと。高校生のとき、……蓮が俺の項噛んだことなら、全く気にしなくていいよ。俺ら結局番になってないし」

 高校3年生の冬、俺は蓮から項を噛まれた。蓮によれば、既成事実を作ろうと誘発剤で自分からヒートを起こした高瀬に影響されて、だ。おそらく謝りたいのはそのことだろう。

「それは分かってる。だって2人とも『アルファ』だもんね。でも……」
「えっ」

 高瀬が当たり前のように呟いた発言に驚愕する。高校のクラスメイトの大半は俺のことを『オメガ』だと思い込んでいた。だが、まさか目の前の彼女が真実に気が付いていたとは思わなかった。

「あれ?違った?」
「……いや、違ってないよ」
 動揺を隠しながら首を振る。

「蓮とはまだ一緒にいるの?」
「……今は、一緒に住んでる」
「そっか。上手くいってるんだね。良かったね、『好きな人』と一緒になれて」

 高瀬は屈託のない笑顔でそう言った。それは本心から言っているように思えた。
 混乱しながら、もう蓮のことは吹っ切れているのか尋ねると、彼女は首を傾げた。

「私は、蓮のことは好きになれなかったよ。蓮もそうだと思う。私が高校生のとき、ずっと好きだったのは黒川くんだよ。ずーっと見てたから、黒川くんが蓮のこと想ってたことも、蓮が黒川くんを大切にしてたことも知ってたよ。だから悔しくて、悲しくて、邪魔したりもしたし」

 そう言って、切なげに苦笑いを浮かべる彼女を見て、俺は複雑になる。

「……なんか、ごめん」
 何と返せばいいか分からないまま謝ると、高瀬は慌てて「違うの」と手を左右に振った。


「私、最低な奴なんだよ。卒業したら、親が決めたアルファの男の人と結婚させられるの分かってて、どうやったらそれから逃れられるかずっと考えてて……、時間もなかったし、それならせめて、自分が選んだアルファと番になろうとしたの。相手に好きな人がいるの知ってたのに、自分のことしか考えてなかった」

 懺悔するように早口で喋る彼女の目には、涙が滲んでいる気がした。

「私が、あの時、強制的に番になろうとしてたのは、黒川くんなんだ。蓮だけ別のところに呼び出して、黒川くんを独りにさせて……、教室の前で誘発剤使ったの。結局蓮にバレて失敗したけどね」
 高瀬は自嘲気味に呟いた。

「……高瀬さん、強制的にヒート起こすのは本当に危ないことだと思う……。蓮と番になってた可能性もあったし……」
「そうかもね、危なかった。本当に助けてくれてありがとうね」
 あっさり笑顔で肯定されて面食らう。

「蓮と番になってたら、躊躇なく捨てられてただろうしね。蓮はそういう人だもん。意外と中身は冷酷な人間だって、黒川くんも気が付いてるよね?金銭的な保証くらいはしてくれるかもしれないけど。でも黒川くんは違うでしょ?たとえ私のこと好きじゃなくても、一度番になってしまったら、ずっと一緒にいてくれて、絶対大切にしてくれると思ったの」

 俺はかなり衝撃を受けていた。彼女が護られるべき弱い存在だとどうして思っていたのか。周囲をものすごく冷静によく見てる。俺が呆然としている間にも、高瀬は話し続ける。

「本当にごめんね。余裕ぶっこいてた蓮が束縛男に成り果てたのは、半分私の責任でもある。アルファがオメガに襲われる可能性に現実味を感じさせちゃって、多分蓮が本性隠せなくなった」

「……あのさ。さっきから、ちょっと気になるんだけど、蓮は俺が『アルファ』だって知らないはずで……」

 まだ理解が追いつかない俺を置いてきぼりにして、高瀬は更にとんでもないことを言い出した。

「何言ってるの?蓮がどれだけ黒川くんに執着してると思ってんの。普通に気がついてるよ」

 呆れたように呟く高瀬の言葉に、俺は心臓が止まるかと思った。混乱している俺の様子に何かを察したのか、高瀬は憐れむような視線を向ける。


「……黒川くんは『運命の番』って信じてる?」
 唐突に投げかけられた質問の意図が全く分からなかったが、取り敢えず俺は無難に答えた。

「……都市伝説みたいなものだろ。俺は、信じてないけど」

 俺の返答を聞いて、高瀬は少し笑ったようだった。

「うん、そうだよね。私もそう思う。自分の運命の人は自分で選びたいよね。……蓮も、多分そうだよ」

 だから、素直になっても大丈夫だと思うよ。

 高瀬はそう呟くと、「じゃあ、またいつか会おうね」と言って笑った。
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