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07 告白
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アルファとオメガが番うには性行為中にアルファがオメガの項を噛む必要がある。お互い発情していないと成立しない可能性が高い。
一度番えば、どちらかが死ぬまで解消されることはない。アルファは複数のオメガと番うことができ、オメガは一人のアルファとしか番うことはできない。番を得たオメガのフェロモンは番のアルファにしか効力がなくなる。
俺は特に容体に問題なかったので、翌日退院した。蓮は学校から帰宅するとすぐに俺の自宅にやって来た。
「…本当は退院に付き添いたかったのにさ」
蓮は玄関に上がった途端、不服そうに唇を尖らせた。
俺は蓮から項は噛まれたが、無理矢理犯されてはいない。相手がヒートを起こした高瀬ではなく俺だったので、おそらく自制できたのだろう。
蓮は納得していなかったが、あの日の出来事は全て『事故』として処理された。
病院で検査をした結果、俺と蓮は『番』になっていないと判断された。
「項の傷痕は酷いけど、別に番の契約したわけじゃないんだし。だから蓮くんは気にしなくていいわ。興奮状態のアルファに不用意に近づいた樹が悪いんだもの」
母はいつものおっとりとした口調で告げた。相変わらず肝が据わった人だと思う。
「別にお前が責任感じることなんてねーんだよ。ちょっと噛まれただけで番になってない。結婚とか飛躍し過ぎ」
俺の部屋で蓮と二人きりになるのは気まずかったが、きちんと話しておかないといけないと思い、蓮を部屋に招き入れた。
本当はちょっとどころではなく、はっきり噛み痕と分かる、ものすごく酷い傷痕が項に残っているが、蓮には黙っていた。
俺達は並んでベッドに腰掛けた。
「でも、樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」
「いや、その言い方ヤメロ。母さんの前で絶対言うなよ?誤解を招くだろうが」
俺は焦りながら抗議の声を上げるが、蓮は聞く耳を持たなかった。
「あのさあ、責任とか結婚とか言ってたけど、そもそもお前俺とそういうことできないだろ?」
俺は溜め息をつきながら、蓮に現実を突きつけた。
「え?普通に抱けるし、むしろ発情してなくても抱きたいけど」
「……あ、そう……」
蓮は真顔で即答した。予想外の返答に俺は思わず赤面して視線を逸らした。その様子を見た蓮は、俺の両手を握ると真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「俺、樹のこと好きだよ。一生俺の側に居てよ」
今まで何度もかけられた言葉だ。その時は簡単に返せたのに、今回は言葉が出てこなかった。黙っていると、蓮が悲しそうに微笑んだ。
「……いつもみたいに、『俺も好きだよ』って言ってくれないのか?」
「だって、……今までと違うだろ」
真剣な言葉には、軽々しく返事をしないほうがいいと思った。誤魔化したり、茶化したりしてはいけないと思った。
「今までだって本気だったけど」
「嘘つけ。お前、高瀬さんと付き合ってたじゃん。ずーっと俺のこと好きだった訳じゃないだろ?」
つい口から溢れた言葉に、蓮は目を丸くした。
「……やっぱり高瀬に嫉妬してたんだ。可愛い」
蓮は目を細めてふわりと笑った。甘すぎる眼差しを向けられ、恥ずかしくなった俺は俯く。
「高瀬とは、お互い牽制し合ってただけだよ。そんなに甘い関係じゃなかったし……。今はやっぱり樹が好きだって気が付いた。今は樹だけ。それじゃ駄目か?樹のこと、俺に護らせて欲しい」
蓮は俺の両頬を手で包んで自分の方を向かせた。至近距離で見つめられ、俺は身動きが取れなかった。
「……俺、お前の『運命の番』じゃないけど」
自分で口に出した言葉に傷ついていることを自覚しながら、俺は視線を伏せた。
「俺にとっての『運命の番』は樹だよ」
蓮は迷いなく言い切った。嬉しいはずの蓮のその言葉に絶望する。
勘違いだよ、と口に出せなかった。真実を伝えて、そんな訳ないだろと軽口を叩いて笑い飛ばせば終わるのに。
いつの頃からか、蓮の唯一になりたいと願うようになった。
もう、自分はその存在になれないことを知っているけれど。
「……俺も、蓮のこと好きだよ」
いつものように、自分の本当の言葉を紡ぐ。目に涙が溜まるのが分かり、俺は俯いた。
蓮は微笑んで俺を抱き寄せると、俺の瞼の上に唇を押し当てた。
蓮が俺を『運命の番』だと信じているのなら、蓮が真実に気が付くまで、偽りの自分を演じよう。
真実を告げず、そんな日が永遠に来なければいいと、自分勝手なことを願う俺は卑怯者なのかもしれない。
翌日、項にガーゼを貼ったまま蓮と一緒に登校すると、クラスメイト達に心配された。半分以上、好奇心も混じっていた気がするが。
「それどうしたんだ?」
「飼い犬に嚙まれてさ」
俺がそう答えると、クラス中が爆笑した。冗談だと思われたようだ。
「九條の番にされたって、わりと噂になってんぞ」
三嶋が笑いを堪えて俺の耳元で囁いた。曖昧な笑顔を返す。
高瀬は、何か言いたげにずっと俺を見つめていたが、休み時間になると俺の近くには常に蓮が張り付いていたからか、結局卒業まで何も言ってこなかった。
「樹。あんた、自分の第二性、ちゃんと蓮くんに言った?蓮くん、あんたのこと『オメガ』と勘違いして、責任とるとか言ってたでしょ?不用意に言い触らしたら駄目だけど、蓮くんにはちゃんと説明しておきなさいね」
「……うん、ちゃんと、言うよ」
母の指令に小さな声で返答する。
病院で渡された第二性の検索結果を見て、俺は溜め息をついた。
周囲から『オメガ』として扱われることに慣れきっていた自分に唾を吐く。
ある意味、『護られるべき存在』と見なされるのは楽だった。
支配階級のエリートとは、誰のことだろう。聞いて呆れる。
胸がこんなに痛くて苦しいのは、実は自分がただの落ちこぼれだったと判明したからだろうか。それとも。
俺と蓮は、運命どころか、番になれないことが確定してしまった。
高校3年生の冬、俺と蓮は『恋人』になった。
一度番えば、どちらかが死ぬまで解消されることはない。アルファは複数のオメガと番うことができ、オメガは一人のアルファとしか番うことはできない。番を得たオメガのフェロモンは番のアルファにしか効力がなくなる。
俺は特に容体に問題なかったので、翌日退院した。蓮は学校から帰宅するとすぐに俺の自宅にやって来た。
「…本当は退院に付き添いたかったのにさ」
蓮は玄関に上がった途端、不服そうに唇を尖らせた。
俺は蓮から項は噛まれたが、無理矢理犯されてはいない。相手がヒートを起こした高瀬ではなく俺だったので、おそらく自制できたのだろう。
蓮は納得していなかったが、あの日の出来事は全て『事故』として処理された。
病院で検査をした結果、俺と蓮は『番』になっていないと判断された。
「項の傷痕は酷いけど、別に番の契約したわけじゃないんだし。だから蓮くんは気にしなくていいわ。興奮状態のアルファに不用意に近づいた樹が悪いんだもの」
母はいつものおっとりとした口調で告げた。相変わらず肝が据わった人だと思う。
「別にお前が責任感じることなんてねーんだよ。ちょっと噛まれただけで番になってない。結婚とか飛躍し過ぎ」
俺の部屋で蓮と二人きりになるのは気まずかったが、きちんと話しておかないといけないと思い、蓮を部屋に招き入れた。
本当はちょっとどころではなく、はっきり噛み痕と分かる、ものすごく酷い傷痕が項に残っているが、蓮には黙っていた。
俺達は並んでベッドに腰掛けた。
「でも、樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」
「いや、その言い方ヤメロ。母さんの前で絶対言うなよ?誤解を招くだろうが」
俺は焦りながら抗議の声を上げるが、蓮は聞く耳を持たなかった。
「あのさあ、責任とか結婚とか言ってたけど、そもそもお前俺とそういうことできないだろ?」
俺は溜め息をつきながら、蓮に現実を突きつけた。
「え?普通に抱けるし、むしろ発情してなくても抱きたいけど」
「……あ、そう……」
蓮は真顔で即答した。予想外の返答に俺は思わず赤面して視線を逸らした。その様子を見た蓮は、俺の両手を握ると真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「俺、樹のこと好きだよ。一生俺の側に居てよ」
今まで何度もかけられた言葉だ。その時は簡単に返せたのに、今回は言葉が出てこなかった。黙っていると、蓮が悲しそうに微笑んだ。
「……いつもみたいに、『俺も好きだよ』って言ってくれないのか?」
「だって、……今までと違うだろ」
真剣な言葉には、軽々しく返事をしないほうがいいと思った。誤魔化したり、茶化したりしてはいけないと思った。
「今までだって本気だったけど」
「嘘つけ。お前、高瀬さんと付き合ってたじゃん。ずーっと俺のこと好きだった訳じゃないだろ?」
つい口から溢れた言葉に、蓮は目を丸くした。
「……やっぱり高瀬に嫉妬してたんだ。可愛い」
蓮は目を細めてふわりと笑った。甘すぎる眼差しを向けられ、恥ずかしくなった俺は俯く。
「高瀬とは、お互い牽制し合ってただけだよ。そんなに甘い関係じゃなかったし……。今はやっぱり樹が好きだって気が付いた。今は樹だけ。それじゃ駄目か?樹のこと、俺に護らせて欲しい」
蓮は俺の両頬を手で包んで自分の方を向かせた。至近距離で見つめられ、俺は身動きが取れなかった。
「……俺、お前の『運命の番』じゃないけど」
自分で口に出した言葉に傷ついていることを自覚しながら、俺は視線を伏せた。
「俺にとっての『運命の番』は樹だよ」
蓮は迷いなく言い切った。嬉しいはずの蓮のその言葉に絶望する。
勘違いだよ、と口に出せなかった。真実を伝えて、そんな訳ないだろと軽口を叩いて笑い飛ばせば終わるのに。
いつの頃からか、蓮の唯一になりたいと願うようになった。
もう、自分はその存在になれないことを知っているけれど。
「……俺も、蓮のこと好きだよ」
いつものように、自分の本当の言葉を紡ぐ。目に涙が溜まるのが分かり、俺は俯いた。
蓮は微笑んで俺を抱き寄せると、俺の瞼の上に唇を押し当てた。
蓮が俺を『運命の番』だと信じているのなら、蓮が真実に気が付くまで、偽りの自分を演じよう。
真実を告げず、そんな日が永遠に来なければいいと、自分勝手なことを願う俺は卑怯者なのかもしれない。
翌日、項にガーゼを貼ったまま蓮と一緒に登校すると、クラスメイト達に心配された。半分以上、好奇心も混じっていた気がするが。
「それどうしたんだ?」
「飼い犬に嚙まれてさ」
俺がそう答えると、クラス中が爆笑した。冗談だと思われたようだ。
「九條の番にされたって、わりと噂になってんぞ」
三嶋が笑いを堪えて俺の耳元で囁いた。曖昧な笑顔を返す。
高瀬は、何か言いたげにずっと俺を見つめていたが、休み時間になると俺の近くには常に蓮が張り付いていたからか、結局卒業まで何も言ってこなかった。
「樹。あんた、自分の第二性、ちゃんと蓮くんに言った?蓮くん、あんたのこと『オメガ』と勘違いして、責任とるとか言ってたでしょ?不用意に言い触らしたら駄目だけど、蓮くんにはちゃんと説明しておきなさいね」
「……うん、ちゃんと、言うよ」
母の指令に小さな声で返答する。
病院で渡された第二性の検索結果を見て、俺は溜め息をついた。
周囲から『オメガ』として扱われることに慣れきっていた自分に唾を吐く。
ある意味、『護られるべき存在』と見なされるのは楽だった。
支配階級のエリートとは、誰のことだろう。聞いて呆れる。
胸がこんなに痛くて苦しいのは、実は自分がただの落ちこぼれだったと判明したからだろうか。それとも。
俺と蓮は、運命どころか、番になれないことが確定してしまった。
高校3年生の冬、俺と蓮は『恋人』になった。
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