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01 擬態

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 俺の幼馴染みの九條蓮は、すごい奴だ。


 両親はともにアルファで、その優秀な遺伝子を受け継いで生まれた奴は、幼い頃から将来が期待されていた。

 勉強も運動も子どもの頃から常にトップクラス、絵を描けば大人顔負けの実力を披露し、楽器を持たせればプロの演奏と肩を張るくらいの腕前を発揮していた。
 そして容姿端麗なんて言葉じゃ足りないくらいに顔が良くて、成長とともに身長も伸び、高校生の頃にはとんでもなく足が長いモデル体型になり、しかもスタイルまでいいときているんだからもう神様は不公平だと思う。

 蓮が笑顔を振りまけば周りには花でも咲きそうな勢いだったし、男も女も顔を赤らめる、実際小学生の頃はその人気っぷりといったら、アイドルのように騒がれていて、ちょっと大変そうだった。

 ともかくそんなハイスペックなスーパー優等生である奴の周りには常に人がいて、蓮は大勢の人の輪の中心にいるような状態だった。蓮はいつもその中心で穏やかに笑っていた。人当たりがよくて、頼りがいがあって、面倒見がよくて……誰からも慕われていた。

 見目麗しく、才能に溢れ、人望すら掌握している完璧すぎる俺の幼馴染みは、早々に『アルファ』だと判明した。天は二物どころか三物以上与えていると周囲から羨望の眼差しで見られていた。

 『アルファ』は希少種で、生まれながらにして高い能力を有していることから、特別視される傾向がある。生まれつき容姿端麗で優秀な人間が多い。
 人口の大半は所謂『ベータ』と呼ばれる一般人種で、『アルファ』や社会的弱者の『オメガ』は数%しか存在しない。


 蓮は何でもできて当たり前だと思われていたし、勝ち組の人生を楽勝で歩んでいると羨ましがられた。





 俺と蓮は家が隣同士だということもあって幼稚園の頃からの付き合いだ。
 蓮の父親は貿易関係の会社を経営しており、母親はバイオリニストということで共に海外を飛び回ったりして家を空けることも多く、一人っ子の蓮は、家で一人で過ごすことも珍しくなかった。(と言ってもほとんどお手伝いさんがいたけど)それならと同じ年の俺達はお互いの家を行き来して一緒に遊んだり、ご飯を食べたりした。


 小学5年生の夏、夏休みの自由研究のため、昆虫図鑑と虫かごと網を抱えて「虫採りに行くぜ!」と張り切って誘いにきた俺の姿をみて、蓮は大爆笑しながらもちゃんと一緒に付いてきてくれた。

「こういうイベント、大真面目にやるところが樹の良いところだよ」と言いながら、それでも嬉しげについてくる様子からは、本当は内心わくわくしながら遊びたくって仕方がなかったんだということがよく分かった。

 蓮は昆虫を見つけるのも得意で、草むらの中に隠れているカマキリなんかを一瞬で見つけ出し、「ここ、いるよ」と俺に教えてくれたりした。

「すげーな、お前。よく分かったな」
 ぱっと見ただけでは、昆虫がいることは全く分からなかった。感心して尊敬の眼差しで蓮を見上げると、蓮は「ふふん」と誇らしげに胸を張った後、噴き出して笑っていた。

「擬態してる奴を見破るのは得意なんだ」
「擬態って何?」

「虫なのに、他の葉っぱなんかに似せたり植物のフリをして他の生物を騙すこと、かな?天敵から身を護るためだったり、逆に騙されて寄ってきた生物を食べるためだったり」

「へえ~、賢いんだな」

 蓮は昆虫や自然のことにも詳しかった。俺は擬態していたカマキリをそっと元の場所に戻した。


「お前みたいだな」
「え?どういう意味?」
「ん~、なんかうまく言えないんだけど、キモい笑顔で人を誘き寄せてるっていうか」

 学校で皆んなに囲まれているときや、大人たちの前で、蓮はいつも穏やかにニコニコ笑っていた。俺はその笑顔は嘘っぽくてあまり好きではない。

 俺と一緒に居るときの蓮は、大口を開けて大声で笑ったり、ちょっと小馬鹿にしたように笑ったり、とにかくいろんな表情を見せてくれていた。何なら、俺の前では毒も吐くし、不機嫌になれば素直にキレる。

 蓮は俺が言いたいことが何となく分かったのか、苦笑しながら肩を竦めた。

「……自分を護るために、必要なんだよ」
「よく分かんないけど、優等生も大変だな」

 俺は腕を伸ばし、自分と同じ高さにある蓮の頭をよしよしと撫でた。

「……何してんの?急に」
「なんとなく。労ってやろうかと」
「……さっきこの手でカマキリ触ってたよな?」
「んー、細かいことは気にすんな」
「お前なあ」

 蓮は心底呆れたような声を出したが、俺の手を振り払ったりはしなかった。
 俺を眩しそうに見つめながら、ちょっと複雑そうに笑っている。
 その笑顔はいつもと違ってたけど、嫌な感じはしなかった。


 子どもの頃から、すぐ近くでずっと蓮のことを見てきたから、蓮が天才でないことも俺は知っていた。

 努力に努力を重ね、常に自分を磨き上げて完璧を装う。
 蓮がニセモノの笑顔を貼り付けて周囲を欺いているのは、何かを護るためなのか、誰かに認めて欲しいからなのか。


 デカい立派な家で何不自由なく生活しているように思えるが、家族と接する機会が少なかった蓮は、もしかしたら寂しかったのかもしれない。
 蓮のその想いの矛先はどこに行くのだろう。

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