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00 序幕
しおりを挟む鏡の前で、ネクタイを締める。
白いシャツと紺色のストライプが入ったスーツに身を包んだ、細身の青年が写っている。
食べても鍛えても逞しくならない体質のせいか、全く日に焼けない白い肌のせいか、儚げで線の細い印象を受ける。
整った目鼻立ちに長い睫毛から黒目が覗くその様は人形を思わせる。さらりとした黒髪も手伝い、一見すると女性と見間違えそうな容姿だ。
「それなりに綺麗な顔してるよな」
自分の顔を見ながら、しみじみと呟いていた。
庇護欲をかき立てられる容姿や華奢な体つきは、どうみても『オメガ』だ。番のいないオメガは、思春期の頃から、自らの身を守るために項を保護することが推奨されており、首にチョーカーなどを付けるのが一般的となっているが、俺は一度もつけたことはない。
以前、恋人から「首輪買ってあげようか?俺のものだって印になるし」と笑顔で言われたことがある。もちろん丁重にお断りした。
「樹、出かけるのか?就活……じゃないよな」
スーツ姿の俺を見て、同居している恋人が怪訝そうに声を漏らす。
「ああ、うん、ちょっと」
何と説明すれば良いか分からず言葉を濁し、曖昧に笑う。
「気を付けて行ってこいよ」
いつものように、彼は玄関先で俺を軽く抱き締めると、額にキスをした。
「……帰ったら、大事な話がある」
俺は覚悟を決めて恋人に告げた。ずっと喉元に溜め込んで打ち明けられなかった事実を、今日こそ伝えるつもりだった。
彼は一瞬だけ目を見開いたあと、「……別れ話以外なら、聞くよ」と呟き、笑顔で送り出してくれた。
マンションを出てスマホを取り出すと、「黒川樹さん」と涼やかな声で名前を呼ばれた。振り返れば、そこには爽やかな笑みを浮かべた男の姿があった。
身長百八十センチを超える長身に、程よくついた筋肉。艶のある漆黒の髪を短く切り揃え、落ち着いた大人の雰囲気を纏う男は、端正な顔立ちをしていた。切れ長の目元からは深い知性を感じさせるが、どこか冷たく近寄り難い雰囲気がある。
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
助手席のドアを開きながら恭しく頭を下げられ、思わずたじろぐ。車種は詳しくないが、高級車であることが分かる。緊張しながら車に乗り込むと、車は滑るように走り出した。
「今日は来てくださってありがとうございます。そのスーツ、お似合いですね」
運転席に座る男が柔和な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「いえ……」
俺は居心地悪くなり、視線を落とす。
「あの、前回お会いしたときも気になったのですが……」
そこで一旦言葉を切ると、男は探るような目を向けてくる。
「……その項の傷、噛み痕、ですか?」
憐れみとも蔑みとも取れる表情を浮かべながら訊ねられ、俺は眉根を寄せた。
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