上 下
1 / 17

00 序幕

しおりを挟む


 鏡の前で、ネクタイを締める。

 白いシャツと紺色のストライプが入ったスーツに身を包んだ、細身の青年が写っている。
 食べても鍛えても逞しくならない体質のせいか、全く日に焼けない白い肌のせいか、儚げで線の細い印象を受ける。
 整った目鼻立ちに長い睫毛から黒目が覗くその様は人形を思わせる。さらりとした黒髪も手伝い、一見すると女性と見間違えそうな容姿だ。


「それなりに綺麗な顔してるよな」

 自分の顔を見ながら、しみじみと呟いていた。
 庇護欲をかき立てられる容姿や華奢な体つきは、どうみても『オメガ』だ。番のいないオメガは、思春期の頃から、自らの身を守るために項を保護することが推奨されており、首にチョーカーなどを付けるのが一般的となっているが、俺は一度もつけたことはない。

 以前、恋人から「首輪買ってあげようか?俺のものだって印になるし」と笑顔で言われたことがある。もちろん丁重にお断りした。


「樹、出かけるのか?就活……じゃないよな」
 スーツ姿の俺を見て、同居している恋人が怪訝そうに声を漏らす。

「ああ、うん、ちょっと」
 何と説明すれば良いか分からず言葉を濁し、曖昧に笑う。

「気を付けて行ってこいよ」
 いつものように、彼は玄関先で俺を軽く抱き締めると、額にキスをした。

「……帰ったら、大事な話がある」
 俺は覚悟を決めて恋人に告げた。ずっと喉元に溜め込んで打ち明けられなかった事実を、今日こそ伝えるつもりだった。

 彼は一瞬だけ目を見開いたあと、「……別れ話以外なら、聞くよ」と呟き、笑顔で送り出してくれた。



 マンションを出てスマホを取り出すと、「黒川樹さん」と涼やかな声で名前を呼ばれた。振り返れば、そこには爽やかな笑みを浮かべた男の姿があった。
 身長百八十センチを超える長身に、程よくついた筋肉。艶のある漆黒の髪を短く切り揃え、落ち着いた大人の雰囲気を纏う男は、端正な顔立ちをしていた。切れ長の目元からは深い知性を感じさせるが、どこか冷たく近寄り難い雰囲気がある。

「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 助手席のドアを開きながら恭しく頭を下げられ、思わずたじろぐ。車種は詳しくないが、高級車であることが分かる。緊張しながら車に乗り込むと、車は滑るように走り出した。

「今日は来てくださってありがとうございます。そのスーツ、お似合いですね」
 運転席に座る男が柔和な笑みを浮かべて話しかけてきた。

「いえ……」
 俺は居心地悪くなり、視線を落とす。

「あの、前回お会いしたときも気になったのですが……」

 そこで一旦言葉を切ると、男は探るような目を向けてくる。




「……その項の傷、噛み痕、ですか?」




 憐れみとも蔑みとも取れる表情を浮かべながら訊ねられ、俺は眉根を寄せた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

俺の指をちゅぱちゅぱする癖が治っていない幼馴染

海野
BL
 唯(ゆい)には幼いころから治らない癖がある。それは寝ている間無意識に幼馴染である相馬の指をくわえるというものだ。相馬(そうま)はいつしかそんな唯に自分から指を差し出し、興奮するようになってしまうようになり、起きる直前に慌ててトイレに向かい欲を吐き出していた。  ある日、いつもの様に指を唯の唇に当てると、彼は何故か狸寝入りをしていて…?

βを囲って逃さない

ネコフク
BL
10才の時に偶然出会った優一郎(α)と晶(β)。一目で運命を感じコネを使い囲い込む。大学の推薦が決まったのをきっかけに優一郎は晶にある提案をする。 「αに囲われ逃げられない」「Ωを囲って逃さない」の囲い込みオメガバース第三弾。話が全くリンクしないので前の作品を見なくても大丈夫です。 やっぱりαってヤバいよね、というお話。第一弾、二弾に出てきた颯人がちょこっと出てきます。 独自のオメガバースの設定が出てきますのでそこはご了承くださいください(・∀・) α×β、β→Ω。ピッチング有り。

番を囲って逃さない

ネコフク
BL
高校入学前に見つけた番になるΩ。もうこれは囲うしかない!根回しをしはじめましてで理性?何ソレ?即襲ってINしても仕方ないよね?大丈夫、次のヒートで項噛むから。 『番に囲われ逃げられない』の攻めである颯人が受けである奏を見つけ番にするまでのお話。ヤベェα爆誕話。オメガバース。 この話だけでも読めるようになっていますが先に『番に囲われ逃げられない』を読んで頂いた方が楽しめるかな、と思います。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

処理中です...