人違いなので離してください。

フジミサヤ

文字の大きさ
上 下
18 / 27

【六】泣かせる理由と大嫌いな追手

しおりを挟む
*時系列が現在に戻ります。【五】の続きです。









 俺は盛大に溜め息をついた。
 自分がどうするか、どうしたいか、答えは決まっている。


「気色悪いんだよ。離せ、変態」

 俺は吐き捨てるようにそう言うと、自分の腰に回されていたアドラシオン王子の腕を思い切り蹴り上げた。

「っ!」
 王子が、声にならない悲鳴を上げて俺の腕を離した。その隙に俺は素早く後ろに飛び退る。そしてそのまま崖のギリギリまで後退すると、剣を抜き放った。鞘を投げ捨て、刃を相手に向けて構える。

「……本当に躾がなっていないな、君は」
 王子は、俺の剣の切っ先を見て呆れたように溜め息をついた。しかし、どこか嬉しそうにも見える。


「人違いだから、連れて帰るとか結構。迷惑だ。自分のことは自分で決めるし、あんたの思い通りには絶対ならない。俺は俺のしたいように生きる」

 俺はそう宣言した。王子は俺の言葉に一瞬目を瞠ったが、すぐにその口元に笑みを浮かべる。

「……なんだ、ちゃんと僕にも本音を言ってくれるんじゃないか。君はいつも泣いてるときにしか本当の顔が見えないから、つい泣かせてばかりになってしまったけど、やっぱり素直になった方がずっと可愛いね」

 俺は無言で王子に切っ先を向けたまま、彼を睨み付けた。王子は何がそんなに嬉しいのか、ニコニコと笑いながら俺の反応を伺っている。そして彼はゆっくりと一歩足を踏み出した。


「……ルシア。君が望むなら聖女も切り捨てるし、君が嫌がることはもうしないと約束するよ。僕はね、君だけいればいい。僕には君が必要なんだ」

 王子が一歩ずつ俺に近付いてくる。俺は剣を握りしめたまま、それをただ見つめていた。王子は俺との距離を詰めると、俺の首に手を伸ばす。


「君を手に入れたい。ずっと隣に置いておきたいんだ」

 王子は俺の喉元に爪を立てたまま、優しく微笑んでいる。そのまま指先に力を込めようとしたので、俺は容赦なく剣の柄を彼の鳩尾に打ち込んだ。

「ぐっ!」
 王子の口から苦しげな呻きが漏れる。その場に膝から崩れ落ちた彼に素早く跨り、その首筋に剣先を押し当てる。痛みに悶絶しながらも俺を見上げる彼の表情は、どこか恍惚としていた。


 



「……俺は玩具じゃない。あんたなんか大嫌いだ」


 俺は王子を見下ろしながらそう告げた。そして剣を握る手に力を込める。

「っ、……はは。面と向かって言われると流石に傷付くな。……だけど、そんな君も好きだよ」

 王子は喘ぐように呟き、翡翠色の瞳を悲しげに細めた。その素の表情に一瞬気を取られていると、彼は俺の腕を強く掴んだ。そのまま勢いよく俺を引き寄せて抱き締め、その唇を自分のそれで塞ぐ。
 突然のことに驚いて、俺は思わず剣を手離してしまった。

「ん……っ!」
 口内に侵入してきた舌に歯を立てるが、逆にその舌に絡め取られてしまう。まるで蛇のようにしつこく纏わりつくそれに嫌悪を感じ、俺は思わず王子の舌を思いっきり噛んだ。

「っ……!」
 王子が痛みに呻き、唇を離した。そして肩で息をしながら口元を押さえている。俺は拳を握りしめて再び彼の鳩尾にその拳を振り下ろした。しかし、彼は俺の両腕を掴み上げると、そのまま地面へと押さえ込んだ。思わず舌打ちすると、王子はそんな俺を見て満足そうな笑みを浮かべる。

「行儀が悪いよ、ルシア」

 余裕ぶった台詞を吐きながら俺を見下ろし笑う彼を蹴り飛ばしてやりたいが、両腕を拘束されているため身動きが取れない。どこにこんな力を隠してたんだコイツ。

「人違いだって言ってるだろ。離せよ、変態」

 俺が冷たく告げるが、王子はそれを無視するように俺の首筋に顔を埋めた。そして舌先で首筋をなぞるように舐めると、そこに強く吸い付いた。

「っ……!」
 チリっとした痛みに、思わず眉を顰める。俺は何とか王子から逃れようと身体を捻るが、両腕を拘束されているため上手くいかない。そのまま耳の後ろや鎖骨にも舌を這わされ、思わず身体が震えてしまった。その反応を見てか、王子が楽しそうに笑う。そして俺の耳元に唇を寄せると甘く囁いた。


「……可愛い」
「!」
 俺はカッとなって頭突きを喰らわせたが、王子は咄嗟に避けたようでこめかみの上辺りを掠めただけだった。

「っの野郎!」
 俺は自由な方の脚で彼を蹴り上げようとしたが、蹴り出した脚をそのまま彼に掴まれてしまう。

「……、離せっ!」
 俺がそう叫んだ瞬間だった。


 王子の身体が俺から離れて吹っ飛んだ。



「……え?」


 ゆっくり起き上がると、王子が遥か後方に倒れている。一瞬何が起きたのか分からなかったが、どうやら崖の方まで蹴り飛ばされたようだ。王子は気を失ったのか、ピクリとも動かない。そして奴は今にも断崖絶壁から落下しそうになっている。





「落とすか?」

 背後から聞き覚えのありすぎる低い声がして、俺はゆっくりと振り返った。そこには、今朝別れたばかりの幼馴染、ジラルドが立っている。どうやら彼が王子を蹴り飛ばしたようだ。とんでもない馬鹿力である。


「いや……流石にそれは……。命に関わるし」

 俺がそう答えると、ジラルドは無表情のまま「そうか」とだけ言って、崖から落ちかけていた王子を片手で引き上げた。そしてそのまま地面に横たえると、鳩尾の辺りに強く蹴りを入れる。

「うぐ……!」
 王子は苦悶の声を上げて意識を取り戻したが、ジラルドはそのまま無言で彼の急所を蹴り続けている。

「ちょ、ちょっと!ストップ!もう気絶してるから!」

 俺が慌てて止めに入ると、王子は白目を剥いて泡を吹いていた。かなりヤバそうだ。コレ、大丈夫だろうか?

「……死んではないよな?」
「多分」
 俺はジラルドに確認する。彼は無表情のまま頷いた。そして王子の鳩尾から足を上げると、その頭を踏みつけた状態で俺を振り返る。

「何か問題でもあったか?」
「……いや、一応この人、この国の王子だから。俺はいいけど、お前の立場とか考えると、色々不味いだろ?」

 俺がそう告げると、彼は少し考えるような仕草をしてから腰の剣を引き抜き、王子の首にそっと押し当てた。

「……そうだな。証拠隠滅のために殺しておこう」
「待て待て待て!」

 物騒なことを言い出したジラルドを慌てて止める。彼を犯罪者にするわけにはいかないし、俺だって王族殺しなんてしたくない。

「冗談だ」
 ジラルドはそう言うと、王子の首から剣を離して鞘に納めた。
 この真面目男が冗談なぞ言ったことがあっただろうか?半分本気だった気がする。


「行くぞ」
 ジラルドはそう言うと、俺の腕を掴んで歩き出した。俺は慌てて彼に声をかける。

「え?いや、でもコイツこのままにしておくわけには……」
「大丈夫だ。取り巻きが数人周囲に潜んでいたのでとりあえず無力化しておいた。そのうちコレを回収しに来るだろう」
「無力化って、お前……」
「殺しはしていない」
「……」

 俺はそれ以上何も言えずに沈黙した。無力化……の内容は、敢えて聞かないことにする。多分聞いたら後悔する気がした。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...