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〚02〛複雑な感情と密かな野望

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 人生二度目のプロポーズは13才のとき。
 相手からで、俺に拒否権は無かった。







「ルシア、僕の想いを受け入れてくれてありがとう。一生大切にするから」

 相手はこの国の第二王子、アドラシオン殿下だ。
 王家からの婚約の打診を拒める筈もなく、俺は引き合わされたその日に彼と婚約した。
 何故、子を産めない男性である俺が、王子の婚約者に選ばれたのかは謎だったが、王子と会ったときにその理由は判明した。


 
 結局、外見だった。
 俺は男性にしては小柄で、中性的な顔立ちをしていた。それが王子の好みだったらしい。大して珍しくもないプラチナブロンドの髪に蒼色の瞳も、王子にとっては魅力的に映ったようだ。しかも年は同じ。侯爵家の次男という立場も王家にとっては都合が良かった。アドラシオンは第二王子だったからか、俺の性別はそれほど問題にされなかった。

 俺は王子の顔を知らなかったが、王子は俺の顔を知っていた。何処で見初めたのか分からないが、引き合わされた日に「やっと見つけた、僕の運命の人」と熱烈に口説かれた時は鳥肌が立ったものだ。


 王子は俺にご執心で隙あらば愛の言葉を囁いてきた。俺はその度に鳥肌を立てていたが、周囲はそれを俺が照れていると勘違いしていたようだから不思議だ。まあ、一応、王子はかなりの美男子だから、歯の浮くような台詞がなかなか似合っていたからかもしれない。イケメンは得だ。

 俺の両親は単純に王子との婚約を喜んでいたが、屋敷内で一番身近にいる執事は、俺の表情の微妙な変化に気付き「可愛いのも大変ですね」と苦笑しながら気遣ってくれた。彼の過去の言動から、何か企んでいるのではないかと一瞬疑ったが、王子との関係を揶揄されたりはしなかった。


 ジラルドに婚約の報告をすると、彼は一瞬複雑そうな顔をした後、「そうか……おめでとう」と笑顔で祝福してくれた。俺は少しだけ罪悪感を感じつつ頷いたが、ジラルドの内心までは分からなかった。
 彼はそれからも変わらず俺の親友でいてくれたし、剣の稽古も続けてくれていたが、俺の婚約以降は少し距離を置かれるようになった。いつも彼の背を追いかけていた俺にとって、それは少しだけ寂しい出来事だった。


 王子は何かと理由をつけて俺を呼び出しては自分の側に置きたがったし、王城へと足を運べば必ず彼が迎えに出ていた。彼曰く「運命の相手だから」らしいが俺には理解出来ない思考だ。沢山の贈り物と愛の言葉を白々しい笑顔で受け取った。

 
 時折、騎士団の鍛錬場でジラルドを見かけることもあった。騎士団の見習いとして入団し、日々鍛錬に励んでいると聞いている。彼はいつも俺を見ると小さく手を振ってくれたが、俺はそれに返すことが出来なかった。






「知り合いがいるの?」
 王子が何気なく尋ねた言葉に、俺は首をかしげた。
 何故か部屋に誰もおらず、2人きりにされたことも気になっていた。

「騎士団の鍛錬場によく顔出してるから、知り合いがいるのかなと思って」
 王子が補足する。遠くから通りすがりに見ているだけで、把握されていたことに驚いた。

「……友人が、います」
 俺は正直にそう告げたが、王子は何故か不満そうな顔をした。

「友人?男だよね?」
「はい」

 王子の質問の意図が分からないまま、そう答えると彼はさらに不機嫌になった。何故だ。俺は何か間違えたのか?

「その友人と何をしてるの?もしかして、2人で会ってる?」
「いえ……その友人は騎士団の見習いで、たまに手合わせを……今日見かけたのも、鍛錬場にいたからです」
「手合わせ?剣で?その友人と?」
「はい」

 俺の答えに、王子は益々不機嫌になった。なぜだ?そもそも、何故こんな尋問みたいなことをされているのかさっぱり分からない。

「剣はダメだな。君みたいなか弱い人が剣なんて持ったら危険だ」
「はあ……でも、私が強くなれば、いざというときに殿下のお役に立てるかと思って」

「必要ないよ。僕も、君も、きちんと護衛がついてる。君は守られる立場の人間なんだ。危険なことはしなくていい」
「……はい」

 俺は王子の言葉に頷いたが、内心不満だった。俺だって強くなりたい。口には出さなかったが顔には出ていたのだろう、王子は俺の表情を見て小さく笑った。


「ルシア、こっちへおいで」

 手招きされて、俺は王子の側に寄る。すると彼は俺の腰に手を回し、そのままグイッと抱き寄せた。

「座って」
 王子に促されるまま、俺は彼の膝の上に座る。王子は満足気に微笑むと、そのまま俺を抱きしめた。ゆっくり背中や腰を撫でられる。俺はこの状況に少し動揺したが、彼の婚約者である身としては拒否することもできず受け入れていた。

「……あまり身体を鍛えて欲しくないんだよね。せっかくルシアは可愛いんだから、そのままでいてほしい」

 王子はそう言って俺の頬に口付けた。俺は思わず身体を硬直させる。

「……嫌?」

 王子は俺の反応に気を悪くした様子はなく、むしろ楽しんでいるように見えた。俺は小さく首を振ると「な、慣れてなくて……」と言い訳めいた言葉を口にした。

「少しずつ慣れていけばいいよ。時間はたっぷりあるんだし」

 王子はそう言って、また俺に口付けた。今度は唇に触れるだけの軽いものだったが、それでも俺にとっては衝撃的だった。俺は思わず自分の唇を手で押さえる。自分の意思と関係なく、目に涙が溜まっていくのが分かった。
 そんな俺の様子を見て、王子はクスクスと笑った後再び強く抱きしめてきた。

「可愛いね、ルシア……本当に可愛いよ」

 耳元で囁かれる言葉に、背筋がゾクッとした。恐怖と嫌悪感が入り混じった複雑な感情だった。




***  


 その夜、俺は久し振りにジラルドの部屋を訪れた。


 昔のように庭にある大樹をよじ登り、2階にある彼の部屋の窓を小さく叩く。子どもの頃、彼の部屋へ遊びに行くときはよく窓から侵入したものだ。

 ジラルドとは今も普通に交流はあるが、王子と婚約してからはこんな訪れ方は一切していなかった。


「ルシア?」

 ジラルドは驚いた顔で窓を開け、俺の姿を認めるとさらに目を見開いた。俺はそんな彼に小さく微笑む。しかし、ジラルドは困惑しているようだった。

「……ルシア。部屋に入れてやりたいところだが、流石にこの時間はまずい」

 真面目な顔でそう返されて、俺は思わず声を出して笑ってしまった。この男は浮気なんて出来そうにもないな、と何となく思う。

「部屋に入れてくれなくてもいいんだ。身体を動かしたい。付き合ってくれないか?勝負しようぜ」
 俺は笑顔を作って、彼を誘った。

「こんな時間にか?」
 ジラルドは呆れた顔で俺を見る。確かに、もう時間は深夜に差し掛かっていた。

「頼むよ。……眠れないんだ」
 自分が、物凄く迷惑なことを言っている自覚はあった。けれど、夜部屋に一人でいるといろいろ考え込んでしまって、とても耐えられそうにない。

 ジラルドはそんな俺の様子を見てしばらく考えた後、小さく溜め息を吐いた。

「分かった。少しだけだぞ」

 ジラルドはそう言うと、一度部屋の中へと戻っていった。俺はそれを大人しく待つ。再び姿を現した彼の手には練習用の木剣が握られていた。彼は窓を全開にすると、いきなり飛び降りた。ジラルドは落下の衝撃など全く感じていないかのように綺麗に地面に着地すると、そのまま俺を振り返る。


「ほら、受け止めてやるから飛び降りてこい」

 そう言って彼は両腕を広げた。暗くて彼の表情まではよく見えない。俺は一瞬躊躇したが、意を決して2階から飛び降りた。今は夜中で人に見られる心配もないから、多少無茶な行動をしても大丈夫だろう。

「っと!」
 そんな俺の身体を彼は難なく受け止めた。ジラルドの腕の中にすっぽりと収まった瞬間、彼の体温を感じて少しだけ安心した。が、すぐにその体温が離れていってしまい、残念な気持ちになる。


「広い場所まで移動するぞ」
「あ、ああ……」

 俺は戸惑いながらも彼の後について行った。ジラルドは俺に背を向けたまま先に進んでいく。その背中は記憶の中のものよりも少し大きくなっていた。

 それから暫く歩いて、森の中へ入ったところでジラルドは立ち止まった。辺りは薄暗くて視界があまり良くない。月明かりのおかげで辛うじて見える程度だ。

「ここら辺でいいか」

 ジラルドはそう言うと、木剣を俺に向けて構えた。俺も慌てて自分の剣を構える。久しぶりの勝負に少しだけ緊張する。

「よし、来い」

 ジラルドの言葉に頷いて、俺は地面を蹴って一気に距離を詰める。彼の胴体を狙って横薙ぎにした俺の一撃は簡単に受け止められてしまったが、それは想定内だ。俺はそのまま剣を滑らせ、彼の首筋を狙って薙ぎ払う。しかしそれも呆気なく避けられてしまった。

「遅いぞ、ルシア」
 ジラルドは笑いながらそう言うと、俺の剣を弾いてそのまま突きを繰り出した。間一髪でそれを避けるが、その衝撃で体勢が崩れる。そこにジラルドの蹴りが飛んできた。俺はそれを何とか腕で防ぐが、耐えきれず後ろに吹き飛ばされた。

「っ!」
 地面に尻もちをつく前に受け身を取りながら着地する。顔を上げると目の前には既にジラルドの剣先があった。避けきれず剣の腹で受け止めると鈍い音が辺りに響いた。力では押し負けると判断し、すぐに剣を引いて後ろへ飛び退く。ジラルドも深追いはしてこず、すぐに剣を構え直した。

「今度は俺から行くぞ」

 ジラルドが地を蹴った。一瞬で間合いを詰められ、慌てて自分の剣を構える。しかし、次の瞬間には鈍い音と共に俺の手から木剣が弾き飛ばされていた。
 一瞬何が起こったのか分からなかった。

「終わりだ」
 ジラルドの言葉と同時に、首筋に木剣の切っ先が当てられた。俺は降参の意味を込めて両手を上げると、そこで漸く彼の殺気が消えたのが分かった。


 俺は小さく息をつくと、その場に座り込んでしまった。あっさり勝負に負けた悔しさもあるが、それ以上に久しぶりに全力を出して動いたことによる疲労感が強かった。

「大丈夫か?ルシア」
 ジラルドも俺に合わせて地面に腰を下ろした。心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。俺はそんな彼の気遣いに苦笑しながら小さく首を振った。
 

「……弱すぎるな、俺」
 自嘲するように呟くと、ジラルドは首を横に振った。

「ルシアは十分強いよ」
「お前が言うと、嫌味にしか聞こえない」

 俺はそう言ってジラルドを睨みつけた。しかし、彼は全く気にした様子はなく、困ったように笑うだけだった。

 ジラルドの右頬には、大きな切り傷の跡が残っている。子供の頃、俺を守るために魔物からつけられたものだ。俺はその傷跡をそっと指でなぞった後、彼の頬に手を添えた。


「この傷……まだ痛むのか?」
「まさか」
 ジラルドは小さく笑ってそう答える。そして、自分の右頬にある俺の右手に優しく手を重ねた。





 
 もし、俺が魔物に傷つけられてたら。
 もし、俺の顔に傷が残っていたら。

 王子は恐らく俺を婚約者にしなかっただろう。

 今となっては有り得ないその可能性を、その未来を、俺が望んでしまっているということを、ジラルドには知られてはならない。 
 俺を守ってくれたこの優しい男を、傷付けたくない。

 

「……強くなりたいなあ」 
 口から零れ落ちた言葉は、ほとんど無意識のものだった。涙が流れそうになり、思わず俯く。弱い自分が嫌になる。

「毎日、頑張って、鍛えて、体力づくりして、そしたら、いつか強くなれるかな」
「……ルシアは、頑張ってるよ」

 ジラルドは優しい口調でそう言った後、俺の頭をそっと撫でた。その温かさに、余計に涙腺が緩む。


「明日から、毎日筋トレしまくって、ムキムキになってやる。絶対『可愛い』とか言われないくらい、強くなってやる」
 密かな野望を俺が述べると、ジラルドが声を出して笑った。
「そうか。頑張れよ、ルシア」
 そして、再び俺の頭を優しく撫でる。



「……ルシアがどんな外見になっても、俺はずっとルシアのそばにいるよ」

 結局涙が溢れてしまった。俯いたまま嗚咽を漏らす俺の頭を、ジラルドはずっと撫で続けてくれた。


 
 



 抱き締めてくれないのが、寂しかった。



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